面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

63 / 143
注)「番外編」ではありません。いつものノリもありません。


銃のない里沙子
特別編:近所のガキがハロウィンハロウィンうるさい……えっ?


「う~ん、ど・れ・に・し・よ・う・か・な」

 

デスクのブックスタンドに並ぶ小説や雑誌に指を滑らせる。

夕方と言うには少し早い中途半端な時間。

夕食まで何か暇つぶしにちょうどいいものは、と。指先に何か引っかかる。

本の間に薄いノートを見つけた。

 

「懐かしいわね」

 

あたしはノートを引っ張り出して、開いてみた。

この世界に来たばかりの頃、自衛隊の救助が来る可能性を考慮して、

状況説明のために書き始めた日記兼備忘録。やっぱり3日で飽きたけど。

どれどれ、ちょっと読み返して見ましょうか。

椅子に腰掛けて、ほんの数ページの過去を振り返る。

 

 

1ページ目

 

「トリック・オア・トリート!!」

 

また来やがったわね。このところひっきりなしにこれだからマヂでうんざり。

中途半端に地球と文化融合してんじゃないわよ。

 

>アハハ。そういえば、あたしが来た時はちょうどハロウィンの時期だったわねぇ。

 

とにかく、今まさに味わおうとしてた、ちょっとお高いエールをお預けにされ、

あたしはぶつくさ言いながら玄関に向かった。

ホコリまみれの聖堂にある出入り口を開ける前に、そばに置いておいた壺を持って、

仕方なくドアを開けた。

 

>逃げなさい、子供らよ。その中身はぬか漬けよ。

 

「トリック・オア・トリート!」

 

「うるさいわね!何回も言わなくても聞こえてるわよ」

 

ご苦労なこと。近所の村からこんな辺鄙なところまで、

わずかばかりの菓子をせしめにやってくるなんて。

 

>あれ、近所の村?この辺に人が住んでる集落なんかあったかしら。

ここから西には荒れ地と岩山と海しかない。何か記憶と食い違う。続きに目を通す。

 

あたしは間抜けな仮装をしたガキ共に、

眼鏡の奥からジト~っとした視線を投げかけるけど、やつらはそんなこと気にもせず、

 

>それからは、ぬか漬けを巡る子供達とのどうでもいいやり取りが続く。続くんだけど。

 

(略)

 

「こんなの絶対おいしくないもん!もう帰る!お姉ちゃんのケチンボ!」

 

そんでガキ共は逃げるように帰っていった。よっしゃ、今回も凌いだ。

 

「最近のガキは好き嫌いが多くて困るわ」

 

>やっぱりおかしい。知っての通り、地球のハロウィンは、

仮装した子供達が夜に近所の家を周って、お菓子をせしめるイベントだけど、

この世界で夜に子供が外を出歩くなんてあるわけない。

即座に野犬やはぐれアサシンの餌食よ。

 

ここのハロウィンは、仮装した子供達が、お昼から夕方に近所の公民館とかに集まって、

親に持たされたお菓子を交換したり、おばけ姿で歌ったり遊んだりするイベント。

日が落ちるまでには家に帰る。あたしは更に矛盾だらけの日記を読み進める。

 

 

4ページ目

 

「気に入って頂けてなによりですわ。

……ところで、お忙しい将軍がわざわざお越しになるなんて、一体どんなご用向きで?」

 

「実はまた貴女の知恵を拝借したくてな。

このサラマンダラス帝国を擁する、オービタル島の東に出没する海賊の

掃討作戦が実施されることになったのだが、(中略)

貴女ならまた何か上手い兵法を心得ているのではないかと参上した次第である」

 

「なるほど、海賊ですか。海の戦いとなると……

この世界の技術じゃ、近接炸裂弾は、だめで……ガスタービンは作れないし……

46cm砲は……ダメダメ、もっと無理」

 

あたしがどうにか海のゴロツキ共を効率よく殺せる方法を考えていると、

一つの考えが浮かんだ。

 

「そうですわ。機雷ならこの世界の素材でも作成可能です」

 

「むむ!その機雷とは何なのだ」

 

「簡単に言うと海に浮かべる爆弾ですわ。

船が接触すると大爆発を起こして船を真っ二つにします。

まず、樽の内側に油紙を何重にも貼り付けて……」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

「カロネード砲の射程外から威嚇射撃して挑発すれば、あとは勝手にドカンです」

 

あたしは原始的な機雷の作り方と運用法を将軍に説明した。

彼は熱心にあたしを見て聞き入っている。説明が終わると将軍は(以下略)

 

 

>頭が痛くなってきた。あたしが帝都に技術提供を始めたのは、

ずっと後になる魔王との戦いからだし、そもそも機雷なんて作った覚えはない。

作ろうと思えば作れるけど、マグバリスが致命傷からまだ立ち直れていない今、

もう海賊が出ることはない。

 

一体どういう事?腕を組んで考え込むけど、答えが出るはずもなく、

心地よい昼の陽気を浴びながら頭を使っていると、段々眠くなってきた。

今更考えたってわかるわけないわね。

 

日記の文字に目を滑らせていると、ウトウトしてきて、

ベッドに移動するのも億劫になって、デスクに突っ伏して眠ってしまった。

 

 

 

……う~ん、すっかり寝込んじゃったわ。もうとっくに日が落ちて、外は真っ暗。

そろそろ夕食だから、ちょっと顔を洗ってからダイニングに下りましょう。

でも、椅子から立ち上がると異変に気づく。

家具以外の一切の小物や本、なにより銃がなくなってる。

まるで引っ越してきて家具だけ先に運び込んだように。

ガンロッカーを開けようと、ポケットに手を突っ込むけど、

鍵も何者かに抜き取られていた。

 

「ちょっと、誰が触ったのよ!」

 

ガランとした部屋を探そうとすると、

机の上に、特殊警棒と愛しのミニッツリピーターだけが置いてあった。まったくもう。

あたしは金時計を首から下げて、特殊警棒を持つと、

とりあえず部屋から出て、みんなを呼ぶ。

 

「ねーえ!誰かあたしの銃知らない?」

 

返事はない。廊下両脇のドアを手当たり次第にノックするけど、やっぱり梨の礫。

1階に下りると、誰もいないダイニング。

 

「ジョゼット!エレオ!ルーベル!カシオピイア!パルフェムー!?」

 

ピーネが“私を忘れんじゃないわよ!”って飛び出てくれることを期待したけど、

誰も、何も、言ってくれない。さっきから気になるんだけど、視界が微妙にぼやけてる。

眼鏡の度が合わなくなってきたのかしら。

一旦眼鏡を外して目をこするっていると、玄関のドアを叩く音が。

 

コンコンコンコン……

 

いつもまともな来客をよこさないドアが、それも夜に、正気の人間を招くわけがない。

あたしは聖堂に入り、ゆっくりドアに近づいて、向こうに居る誰かに声を掛けた。

 

「誰!?悪いけど明日にしてちょうだいな!」

 

“トリック・オア・トリート!”

 

「トリック・オア・トリートだぁ?今、何月だと思ってんの!

カレンダーちゃんとめくってる!?」

 

相手を確認して、本当に子供だったら今夜は泊めるしかないわね。

あたしはクロノスハックを発動……しようとしたけど、できない。

体内の魔力がなくなってるというより、止まってる。

ミニッツリピーターから魔力を補給しようとして、竜頭を押そうとして、愕然とした。

針が逆回転してる。

 

二回連続で竜頭を押したけど、魔力が共有されてくる様子もない。

時計の内部にマナが蓄えられているのは確か。故障という線も考えにくい。

住人の失踪といい、なにか妙な事が起きているのは間違いない。

 

……コンコンコンコン

 

考え込んでいると、またノックが。

あたしは、現状を把握するために、ドアを開けることを決めた。

特殊警棒を握りながら鍵を開け、ゆっくりドアを開くと、

そこにはジャックランタンのお面を被って、黒いマントを着けた男の子が、

何かを期待するような顔で立っていた。

 

「お姉ちゃん、お菓子ちょうだい!」

 

緊張したあたしが馬鹿だった。呆れてため息をつく。

 

「あのね。ハロウィンは11月!今は6月の梅雨真っ盛り!とりあえず中、入んなさい。

よく生きてここまで来られたわね。今日は泊まって行きなさい。

明日家に送ってあげるから。運賃と宿泊費は親に請求するから安心なさいな」

 

その時、一瞬視界にノイズが走る。

 

「もう帰る!お姉ちゃんのケチンボ!」

 

一回まばたきすると、いつの間にか男の子は、教会から離れ、

街道を西に向かって走っていた。

 

「あ!待って、待ちなさい!外は危ないから……あれ?」

 

男の子が通った後に、ロウソクのような小さな火が灯り、一本の道を作り出していた。

変な光景だけど気にしてる暇はない。彼を追いかけなきゃ。

 

あたしは特殊警棒を手にしたまま、小さな火を辿って走り出す。

街道を西に行くことは滅多にない。試しに一度通ってみて、何もないから戻ってきた。

いつかジョゼットとケンカして追いかけてった。それきり。

 

そんな人がほとんど歩かない雑草が伸び放題の道を、男の子は笑いながら走る。

彼を追いかけてあたしも走る。

勘弁してよ、ジョギングなんて、やりたくないことランキング第4位なんだけど。

 

とか考えてると、次の瞬間、少年が左手に続く高い岩壁にスッと入り込んでいった。

えっ!何が起きたの?と、驚いたのも束の間。

彼が消えたところに近づくと、岩壁の間に、

大人二人が並んでやっと通れるほどの隙間があった。

 

足元のロウソク以外真っ暗な道と、平坦な壁で隠れて見えなかったわ。

あの子はどこかしら。あたしも隙間に入ると、頼りない火を追ってに奥に入っていった。

 

それが、長い夜の始まりになるとは知ることなく。

 

隙間の奥には、小さな村が広がっていた。

10件ほどの木造家屋があり、それぞれに枯れた田畑や、動かない水車などがある。

廃村になった農家かしら。ふと気づくと、側に朽ちた木製の立て看板が。

 

[マウントロックス村へようこそ]

 

消えかかってるけど、どうにか読めた。マウントロックスって村なのね。

現在地を確かめたところで、

とにかくロウソクの火が続いてる1件の家屋へ足を向けた時。

 

「助けて」

 

少年の声に振り返ると、今通ったばかりの隙間が、大きな岩を積み上げて塞がれていた。

 

「ちょっと、何やってるのよ!出しなさい、こら!」

 

慌てて引き返し、力いっぱい押したり、蹴飛ばすけど、まったく動く気配がない。

閉じ込められた。少年のいたずらとは考えられない。

こんな重そうな岩、あたしの背より高く積めるはずなんかないし、

目を離したのは数秒だけ。

 

「……別の、出口を探すしかなさそうね」

 

大声で叫んだところで、向こう側に人はいない。

最悪、野犬やはぐれアサシンを呼び寄せる結果になるかもしれない。

だったら。あたしは足元に視線を落とす。導くように50cm間隔で並ぶロウソクの火。

この村を徹底的に探すしかない。

頼りない手がかりだけど、小さな火が続いている1件の小さな家に、

恐る恐る足を運んだ。

 

「おじゃましまーす……」

 

なんとなく大きな声を出すのがはばかられて、

小声で挨拶してドアでノックしようとしたら、手が当たっただけで開いてしまった。

そっと屋内に入る。やっぱり見た目通り狭い家だった。

左右に通路が別れている。なんとなく左を選ぶ。

 

ランプの明かりだけが差し込んでくる。リビングへ続いてるようだ。

ほんの数歩歩いてリビングに入ると、テーブルの上にカラのウィスキー瓶とグラス。

そしてこちらに背を向けて座る住人。ほっとして声を掛ける。

 

「あの、勝手に入ってごめんなさい。村の入り口が崩れちゃって、戻れなくなったの。

他に外へ……っ!」

 

息と共に悲鳴を飲み込む。住人の正体は、服を着た白骨死体だった。

薄暗くて気づくのが遅れた。病死か事故死か殺人か。答えはすぐにわかった。

服の胸のあたりに鋭く幅の広い刃物で貫かれたような後があった。

犯人が人間かモンスターかわからない。警戒をしないと。

 

あたしは深呼吸して、痛いほど早まる鼓動を少しでも沈めながら、

この状況を把握する手がかりを探す。テーブルには瓶とグラス以外何もない。

クローゼットを開けてみたけど、中は空っぽ。一着も服がない。

どうやって生活してたのかしら、この人。

 

ここには何もないから、廊下に戻って奥に進む。

そこは台所だったけど、あたしの部屋と同じく、

食材どころかフライパンのひとつもない。

マナ燃焼式コンロのつまみをひねるけど、パチパチ音が鳴るだけで、火が着かない。

一応冷温庫の中も調べてみようと、取っ手に手を伸ばした時、

ドアにマグネットでわら半紙に刷られた何かの書類が貼り付けてあった。

手にとって読んで見る。

 

 

・全村民の皆さんに通知

 

ご存知の通り、夜間はモルスロウが出没するため、しっかりと施錠し、

絶対に外出は控えてください。改めて奴らの特徴を記載しておきます。

正しく理解し、対策に努め、領地の軍が到着するまで、安全確保を徹底してください。

 

・モルスロウの視界に入ると、獲物を素早い足で追いかけ、

 腕を刃物に変形して殺しに来ます。絶対彼らの前に立たないでください。

 

・逆に、奴らは耳が聞こえず、非常に鈍感です。

 万一発見された場合は、直ちに物陰に隠れ、連中が諦めるのを待ってください。

 

・ただ、いくら鈍感とは言え、接触すれば気づかれます。油断は禁物です。

 

・仮に、どうしても戦わざるを得なくなった場合、

 手近な武器になるもので頭部を潰しましょう。

 この場合、背を向けるのはかえって危険です。

 

慌てず、恐れず、安全な夜をお過ごしください

 

マウントロックス村長

(署名欄。かすれていて読めない)

 

 

モルスロウ?リビングの彼が死んだ理由と関係ありそうね。もうここには何もなさそう。

他の家を調べるために、玄関から外に出る。

 

「ちょっ、何よこいつら……!?」

 

村の様子が一変していた。

車のヘッドライトのように、あちこちで暗い村を照らしながら、

よたよたした足取りで異形の存在が大勢うろついていた。

片目だけ覗き穴が空いたズタ袋を被って、

ひび割れだらけの真っ黒な革の上下を着ている、どう見ても人間じゃない存在。

いつの間にこんな連中が……多分、こいつらがさっきのメモに出てきたモルスロウね。

 

あたしは、連中の視界に入らないよう、屈みながら少し離れた一軒家に向かう。

奴らの目が放つ光が、ちょうど危険エリアを知らせてくれる。

ライトに当たらないよう気をつけながら進む。

でも、反対側を向いていたズタ袋一体が、急に振り返ったから、

もろに目の光を浴びてしまった。

あたしに気づいたモルスロウが、袋の中で意味不明な言葉を叫ぶ。

 

『リバ、リバ、ヨギガズマリエブ!!』

 

そして、今までの足を引きずるような鈍足とは一転、

猛スピードであたしを追いかけてくる。もう見つかるかどうかなんて気にしてられない!

あたしは全速力で目の前の家に飛び込む。

 

隠れなきゃ。多分、真正面から戦っても、殺される。どこ、どこかに隠れるところは!?

あたしは素早く家中を見回す。……あった、クローゼット!

ほうほうの体で潜り込んでドアを閉める。

同時に玄関のドアが開き、モルスロウの不気味な吐息が近づいてきた。

 

しばらくすると、スリットから奴の姿が見えてきた。

さっきまで、曲がりなりにも人間の形をしていた両腕が、

長く重量感のある長剣に変化している。

なるほど、最初の小屋の住人は、こいつにやられたってことね。

 

『ガザク。イムラーシムルゼバル、ダラ』

 

奴が首を振る度に、室内が強力な目のライトで様々な方向に照らされ、

心臓がバクバクと音を立てる。

耳が聞こえないらしいから大丈夫だとは思うけど、やっぱり神経に堪える。

やがて、諦めたのか部屋から去っていく。

 

“ガガ!”

 

意味のわからない言葉と共に、乱暴に玄関が閉じられる音がした。

……もう、大丈夫よね?あたしはゆっくりクローゼットから出ると、

すぐ周辺を見回して、安全確認。よし、誰もいない。

何度も深呼吸をしてから、家の中を捜索することにした。

 

ここは……やっぱりリビングみたい。丸テーブル1つに椅子が3つ。

1冊のノートが置いてある。あたしは拾って一番最近のページを読んでみた。

 

 

7月4日

 

やはりこの村を出ることにする。

先祖代々受け継いできた畑を捨てるのは苦渋の決断だが……

わけのわからない化け物に殺されるよりはマシだ。

ローラも説得すればきっとわかってくれる。俺は妻とカイルを守らなきゃならない。

家と土地を買い上げてくれないか、村長に相談しよう。

 

 

黙って日記を閉じた。この人達も外の怪物に怯えていたのね。

確かにあんなのが外をうろついてたんじゃ、命がいくつあっても足りない。

他にめぼしいものもないから、次の部屋に入る。

寝室に入ったけど……間に合わなかったみたいね。

大人の白骨死体が2つ。骨には争ったような傷がある。

 

心の中で手を合わせて、寝室の捜索を開始。

シングルベッドが3つ。それぞれ布団をめくってみるけど、何もなし。

ひとつだけ上から突き刺したような痕と、わずかな血の跡があったけど、

今の状況を好転させるようなものじゃなかった。

 

クローゼットもカラ。化粧台にも不自然なほど何もない。

ここにあったのは犠牲者の骨と……少し離れた壁に何か貼ってあるわね。

近づいてみると、色鉛筆で描かれた子供の絵。

 

“パパ ママ だいすき”

 

……真ん中の子供が、隣の父親、母親と、笑顔で手をつないでいる。

そっと触れてみると、視界に激しいノイズが走る。

それはすぐに収まったけど、なんだかセピア色がかかって戻らない。

何度もまばたきするけど、効果がない。

 

「なんなのよ、これ……」

 

その時、ドアから大きな音が聞こえて、また心臓が跳ねた。

振り返ると、誰もいなかった部屋で男性が子供を背にモルスロウと揉み合っている。

あたしはなぜか体が動かせず、見ていることしかできない。

 

 

“ローラ!殴るものを持ってこい!なんでもいい、早く!”

 

“わかった!”

 

“ウー!レマ、レマ、ガルネリヨバンハバ!!”

 

“パパ、怖いよ!”

 

“カイル、ベッドの下に隠れてろ!”

 

“あなた、工具箱に木槌が!”

 

“よし、俺が押さえてるから、思い切りぶん殴れ!”

 

でも、接近しすぎた妻に気づいたモルスロウが、夫を放り出し、

背後の妻に刃物の腕を突き刺した。彼女の手から木槌が滑り落ち、床で重い音を立てる。

 

“あがあっ……うう”

 

“ローラ!?……この野郎、殺してやる!!”

 

素手で掴みかかる夫。だけど、両腕が刃物の怪物が、彼の腕を斬り飛ばした。

 

“ぎゃああっ!!”

 

シャワーのように飛び散る血が壁や天井を赤黒く濡らす。

そして、彼もまた、心臓を貫かれて、その場に崩れ落ちた。

モルスロウはその死体を踏み越えて、ゆっくりした歩調でベッドに近づく。

中央のベッドのそばに立つと、1mはある刃の腕を、真上からベッドを突き立てた。

 

ぎゃっ、という一声だけが部屋に響き、

モルスロウが腕を引き抜くと、血に塗れた刃が現れる。

それはベッドを少しだけ血で汚し、元の人間型の腕に戻っていった。

 

『フゥ、イミ、ガルネリヨ、マギ……』

 

やっぱり意味不明な言葉を残し、3人を惨殺した化け物は部屋から出ていった。

 

 

惨劇の一部始終を見終えると同時に、またあたしの目にノイズが走り、

総天然色の世界に戻った。足も動く。

改めて部屋を眺めると、ちょうど住人が殺されたところに骨がある。

そして、少しだけ血痕があったベッドの下には……まだ成長しきっていない一柱の人骨。

 

「……」

 

もう、行きましょう。最後にキッチンを調べる。

ここもキッチンの形をしているだけで、包丁などの備品が何もない。

あったところで、大して有効な武器にはならないんだろうけど。

冷温庫を開けると、中に一枚の紙が。こんなところに紙?一体何かしら。

読んでみると、破られた家計簿の1ページだった。

 

 

6月24日

 

玉ねぎ 3つ 2G

ニンジン 2本 1G

じゃがいも 3つ 2G

キャベツ 1玉 3G

ベーコン 200g 5G

 

積立金 100G (なんとか今月も工面できたわ)

 

 

慎ましやかな生活をしてたみたいだけど、積立金て?保険にでも入ってたのかしら。

わからない。わからないなら、これ以上ここに留まっていても仕方ないわ。

今度は隣の家を調べましょう。あたしは玄関に向かう。

ドアを開けると……思わず2,3歩後退した。モルスロウが背を向けて立っていたのだ。

やはりその目は前方約20度の範囲を照らしている。

 

でも、その時あたしの頭の中で、ついさっき見た過去の惨劇がフラッシュバックした。

何の理由もなく殺された3人の家族。暗いベッドの下で串刺しにされた少年。

あたしの心の中で何かがゆらゆらと煮えたぎり、恐怖が激しい衝動に変わる。

手に持った特殊警棒を振るって延長し、戦う決意を固めた。

 

「死になさい」

 

その瞬間、奴が振り向いたけど、あたしが特殊警棒を叩きつける方が早かった。

重く、硬い、近接戦闘武器が、モルスロウの頭にめり込む。警棒が脳を砕いていく。

頭蓋骨が人間とは思えないほど脆い。

そもそもズタ袋の下の姿が、どうなっているのかもわからないけど、

そんな事はどうでもいい。

2度3度と殴りつけると、奴は大げさ過ぎるほどの悲鳴を上げて、倒れ込んだ。

 

『ハギャアアアアアーーーアア!!アギエ、アァ……』

 

「はぁ…はぁ…ざまあみなさい」

 

初めて化け物を倒したあたしは、

慎重にモルスロウの死体に近づいて、ズタ袋を取ってみた。

でも、そこには血まみれの頭も何もなく、首から下は骨だけだった。

 

「どうなってんの?……まあいいわ。考えてわかることじゃないだろうし。

調べるのはここを脱出してからでも遅くないわ」

 

さっさと次の手がかりを求めて、隣の家に向かう。

隣と言っても、小さい坂を登って、少し歩かなきゃいけない。

当然途中にはモルスロウの群れ。

奴らの片目が放つ光に当たらないよう、壊れた荷車や積まれた木箱に身を隠しながら、

目的地に向かう。でも、どうしても玄関前から動かない奴がいる。

 

落ち着きなさい。やり方はさっきと同じ。

あたしは家屋の前でずっと立っているモルスロウの一体に、脇から回り込むように接近。

今度は玄関両サイドの仕切りが邪魔になって、後ろが取れない。それなら。

足元にある大きめの石ころを手にとって、モルスロウの視界に入るように放り投げた。

 

『ガザク!!』

 

奴が前進した、今よ。

あたしは思い切って奴に向かって駆け出し、全力で警棒を振るった。

命中したけど、今度は一撃で死ななかった。

敵は振り返ると、平時には考えられないスピードで腕を刃にして、

あたしに刺突を繰り出してきた。

 

横にステップを取って素早く回避し、もう一撃加える。

モルスロウは二度の攻撃でふらつく。

その隙を狙って、正面からトドメに体重を預けた一打を食らわせた。

ズタ袋の中で何かがぐしゃりと潰れる感触。

 

『キヤオオオオオォエ!アアアアーーーッ!!』

 

「もう今までみたいには行かないわよ。覚悟なさい。……いたた」

 

攻撃を完全には避けきれなかったみたい。左腕に切り傷。少しだけど血も垂れてる。

手当したいけど、ポケットのハンカチもなくなってる。

だけど、ここで突っ立ってるわけにも行かない。

あたしは邪魔者がいなくなった家屋に入った。

ドアを閉めると、長い廊下の左右に一部屋ずつ。最奥にキッチン。

 

まずは左側の部屋。3人掛けくらいのソファと、高さ5段の棚。あとは止まった鳩時計。

調べてみたけど、やっぱり棚には何もなかった。他には……壁により掛かる白骨死体。

壁にペンキをぶちまけたような古い血痕が。気の毒に。ここで、刺されたのね。

こんなふうに……!

 

『ヴァルディング!!』

 

振り返ると、一体のモルスロウが眩しいほど目を光らせながら、

気配もなく後ろに立っていた。両手はもちろん歪な刃物。

あたしは考える前に、身体をひねって特殊警棒を横に薙ぎ、

奴のこめかみ辺りを全力で殴りつけた。

 

『バフ!レブルサスカ……』

 

よろけた瞬間を見逃さず、素早く何度も殴り続ける。

ズタ袋の中で何かが弾けると、やはり絶叫しながら動かなくなる。

 

『ハギイイイイィ!!』

 

「……まったく、油断も隙もありゃしないわね」

 

あたしはモルスロウの死体を踏み越えて、向かいの部屋に入った。

最初に見た村長からの警告文もあてにならないわね。

化け物共が家の中に入り放題じゃない。

とにかく、できれば救急箱かなにかがあればいいんだけど。

量は少ないけど左腕の出血が止まってない。放置しておくといずれ動けなくなる。

 

ドアを開けると、絨毯の敷かれた書斎。

デスクと明かりの消えたランプ。部屋の両脇に背の高い本棚。物資と手がかりを探す。

本棚には何もなかったけど、デスクに書類2枚と小さな紙箱があった。

まずは書類を読んでみましょう。

 

 

・メディカルリーフ(仮称)

 

マウントロックス近隣の森で採取。柔らかく広い葉で、強い薬効成分を持つ。

 

使用法:

茎を折り、分厚い葉を2枚に剥がすと、薬用成分を含んだ粘着質が広がる面が現れる。

患部にその葉を貼り付けると、消毒・止血効果が得られる。

 

 

それって、この箱に入ってるのかしら。試しに開けてみる。

……やった!それらしい葉っぱが1枚入ってた。

さっそく茎を折って、肉厚の葉の内部を露出させる。そしてゆっくり剥がしていくと、

ちょうど湿布のように貼り付けられるようになってた。

 

あたしは血を流し続ける傷口を右手の袖で拭ってから、メディカルリーフを貼り付ける。

少しヒリヒリするけど、肌にぴったり張り付いて、血液垂れ流しの状態は脱した。

うん、本当湿布みたいに粘着力が強くて、絆創膏みたいに血を止めてくれてる。

 

欲しいと思ってすぐ薬草が手に入るなんて、なんだか都合が良すぎる気がするけど、

考えるのは後回し。脱出が先よ。もう一枚の書類は?

 

 

6月15日

 

奴を倒さなければ村はおしまいだ。村長の意向はわかる。騎兵隊もあてにはならない。

街の連中は、こんな僻地の村など気にも留めないだろう。

 

だが、結局戦いになれば1対1だ。誰がその役目を引き受けるのか。

“あれ”を手に入れたところで、勝てる保証など、どこにもない。

 

かつてアースには、二束三文の報酬で、

無法者から村を守り抜いた7人の勇士がいたという。

 

この村にもそんな用心棒がいてくれれば、などと無意味な無い物ねだりをしながら、

今月も積立金を収めるしかない自分が情けない。

 

 

気になる記述ね。奴ってのはモルスロウで間違いないけど、“あれ”って何?

ひとつ前の家で、主婦が家計簿に付けてた、積立金てのもわからない。

はっきりしてるのは、みんなで何かしようとしてたってことくらいね。今の所。

最後のキッチンを見たら次に行きましょう。

ドアを開けて廊下の奥にあるダイニング兼キッチンを調べる。

 

例によって一見して何もない寂しいところ。でも、どこに何があるかわからない。

あたしは引き出しや棚を虱潰しに調べる。やっぱりフォークの一本すらなかったけど、

最後の冷温庫に小さなメモがテープで貼ってあった。

 

 

徹底的に節約!ビールも我慢ね!

それにしても、積立金が高すぎるわ。来月は払えるかどうか。

 

 

ここにも積立金。さっきのメモにちょっと出てきた用心棒でも雇おうとしてたのかしら。

あたしが振り返ると、今度は別のものに驚かされた。女性の白骨死体。

女性と分かるのは、一柱の骨に埃の積もったドレスが着せられていたから。

ただそれだけ。すると、また視界にノイズが走り、セピア色の過去を見せつけられる。

 

 

“ラー。エルガザクマズカ……”

 

“お願い……こっちに来ないで……!”

 

“グィ、ガルフォンシス!”

 

“やめて、お願い、いや……ぎゃふっ!ああっ、ああ……!!”

 

“……ドグニカ”

 

 

女性がモルスロウの両腕で刺殺される現場を見せつけられたあたしは、

精神的疲労が溜まりつつあるのを感じた。

 

「今度はモルヒネのシリンジでも落ちてないかしら」

 

あたしは一人軽口を叩いてわずかでも気持ちを奮い立たせ、

重い足を引きずって、家から出た。

次の目的地は……あの大きな2階建ての建物にしましょう。

 

まるで日本の昔の小学校みたいな佇まい。

この村、入り口で見た印象よりかなり広いわね。建物までは結構距離がある。

当然モルスロウを倒すか、隠れながら進むことになる。

 

腐った干し草の山や、錆びついた大型農具に隠れながら少しずつ進む。

不気味な瞳のライトを回避しながら、奴らの様子を見ていると、異質な個体を発見した。

赤い三角帽子を無理やり鼻先まで被り、汚れきった綿のズボンを履いて、

真っ赤な火傷だらけの上半身を晒してうろついている。

 

そいつもやはり目から光を放っているけど、今までのモルスロウと違って、

この赤い個体は初めから大きなナタを持っている。

見つかったらヤバいのは間違いないわね。

 

あたしの見立てでは、今は村の中央にいる。そこには木の柵で囲われた牧草地がある。

今は枯れ草で見る影もないけど。赤モルスロウは木の柵を時計回りに巡回してる。

今度あたしが隠れてる農具の前を通り過ぎたら、

しゃがみながらゆっくり追いかけるように、通り抜けましょう。

 

赤モルスロウがあたしのすぐ隣で足音を立てる。

あたしは中腰になりながら、その後ろに付いていく。

そうしながら、視線の先に2階建て建物を捉えた時、走り出した。

その時、何故か赤モルスロウが振り返り、その光であたしを照らした。奴は即座に反応。

 

『キエアアアアアアァ!!』

 

赤い方のモルスロウは、最初から絶叫し、柵を飛び越えてあたしを追いかけてきた。

ヤバい、ヤバい、絶対ヤバい!!

あたしは全力疾走して、建物の入り口ドアを開けた。けど……!

 

『ハギッ、ハギッ、クアアアアァ!』

 

あとちょっとのところで左腕を掴まれた!奴がナタを振り下ろす。

とっさに特殊警棒で受け止めるけど、とんでもない馬鹿力で、片腕じゃ抑えきれない。

あたしは警棒を左に振り払って、どうにか奴のナタから逃れ、

赤い帽子を警棒で何度も殴った。

けど、こいつは通常体より耐久力が高くてなかなか死なない。

 

「ふん!ああっ!離しなさいよ、ウジ虫サンタ!」

 

『アアアアアア!!』

 

その時、頭部にダメージを受けた赤モルスロウが、

怒りとも苦痛とも付かない雄叫びを上げて、ナタを力任せにぶん回してきた。

また特殊警棒を縦にして、刃を受け止めたようとした。

結果、ナタは止まったけど、あたしの左手から何かが二つ落ちた。それだけじゃない。

みるみるうちに左手が真っ赤に染まる。落ちたのはあたしの小指と薬指。

 

「あ、あ、……ああああっ!いったああい!!うぁあああ……」

 

激痛で涙が出る。血も出る。

パニックに陥ったあたしは、死に物狂いで赤モルスロウを殴り続ける。

 

「死ね!死ね!くたばれ、ゴミクズ!はぁっ…はぁっ…!」

 

目を血走らせて殴り殺す。

決死の連撃で奴は体勢を崩し、反撃の余地もなく、頭を潰された。

 

『オオオン……』

 

赤モルスロウは、その場にうずくまるように倒れ、動かなくなった。

あたしは敵にとどめを刺すと、ドアから建物に飛び込んだ。

調査なんかしてる場合じゃない。

 

痛い、痛い!血も止めないと!こんなところで死んでたまるか!

血の噴き出る左手を抱きながら、棚や引き出しを引っ掻き回す。1階はダメだった。

つまづきそうになりながら、2階への階段を上る。

 

どこか、治療器具のありそうなところは?

無駄に数が多い教室のような部屋は、全部鍵が掛かってる。

廊下を走って突き当りの部屋に、ドアのない白いタイル張りの部屋が。

入り口の上には“医務室”のプレート。ここしかない!

 

転がるように医務室に駆け込むと、

やっぱり包帯や薬品と言った細かい備品は何もなかったけど、

棚の上に数枚のメディカルリーフを見つけた。時間がない!

あたしは1枚ずつ足りない指で葉を剥がし、指の切断面を覆うように巻き付けた。

 

治療効果のある魔法の葉は、本当に、驚くような効果で、出血を止めた。

とりあえず死なずに済んだあたしは、二本指がなくなった左手を見つめて、

ぼそぼそとつぶやく。

 

「くっつくかな……くっつくわよね。

ここから脱出したら、きっとエレオノーラが治してくれる……」

 

血は止まったけど、激しい痛みに挫けそうになる。今度は本気でモルヒネが欲しい。

けど、当然そんな都合のいいもん落ちてない。

ここにメディカルリーフがあったのも奇跡に近い。消沈しつつ建物の捜索に戻る。

わざわざ上った階段を下りることもないわ。もうこの2階から探しましょう。

いくつかの教室を通り過ぎて、突き当りの立派なドアの前に立つ。

 

村長室。そう書かれたプレートの貼ってあるドアを開けて中に入る。

大きな窓を背にして、立派なデスクと椅子がある。

……その椅子には白骨死体が腰掛けている。

キャビネットや本棚があるけど、キャビネットは鍵が掛かってて、

本棚はいつもどおり何もない。デスクの上には書類とノート。

まず書類から。書類というより紙切れだけど。

 

 

マウントロックス村長 様

金額 100,000G

但し (インクが色あせて判読不能)代として

上記正に領収いたしました

 

 

もしかして、みんなが収めてた積立金ってこれの代金なのかしら。

何を買ったのかはわからないけど。

こっちはノート。新品のノートに数ページ日記らしいものが書かれてるだけ。

あたしみたいな三日坊主だったのね。死亡を回避して、ほんの少し心に余裕が戻る。

彼に何が起きたのかしら。

 

 

4月2日

 

なんということだ。なぜ、静かに暮らしている私達にこんなことが。

ここが昔■■■だったなんて。それだけなら、私の胸の内に留めておけばいいのだが、

夜な夜な村をうろつく化け物は、彼らが蘇ったに違いない。

こんなところに村を作るべきではなかった……!

 

4月18日

 

マウントロックスは小さな村だが、10世帯の住人が暮らしている。

私には皆を守る義務がある。決めた。行商人のうわさ話だが、

ハッピーマイルズには伝説の■■があるらしい。

それならモルスロウ(村民会議で命名)を生み出している“奴”を、

再び墓場送りにできるかもしれない。

 

5月10日

 

積立金導入には反対意見も多かったが、既に犠牲者が出ていることを踏まえて、

多少強引ながら議決権を行使させてもらった。

あれが死んでくれるなら、来期の村長選挙など、どうでもいい。

 

6月27日

 

人が、いや、村が死に行こうとしている。村民の半数が死亡。

村を逃げ出そうとした者が、地面から生えてきたモルスロウに刺し殺された。

陽の光を浴びたモルスロウも直後に叫び声を上げて消滅。

奴らが夜にしか現れないという、私の考えは間違っていた。

この村は、捕らえられたのだ。奴らの呪いに。

例え焼け死んでも逃がすものか。そんな執念の前に我々はどうすればいいというのか。

 

7月8日

 

すまない。本当にすまない。

 

4283 地下金庫

 

 

日記を読み終えたあたしは、そっとノートをデスクに置いた。

インクが垂れていて読めないところもあったけど、

肝心なのは、この村の人達は外の化け物達に殺されたってことね。

そして、それを操ってる親玉がいる。

 

あたしは最後の暗証番号のような物を覚え、自分の血で汚れている階段を下り、1階へ。

地下金庫を探して、床を入念に調べる。

そのうち、音楽室らしき、ピアノがある広い部屋に行き着いた。

 

そこには小さな木の椅子が円を描くように並べられていて、

何かのイベントが行われていたことを伺わせる。

一歩足を踏み入れると、また視界にノイズが走り、在りし日の村民の姿が現れた。

 

椅子には子供達がハロウィンの仮装をして座っている。

……あっ。あたしを導いた男の子もいる。

じっと見ていると、彼と一瞬目が合って、あたしを見て微笑んだ。

すると、ピアノの席に着いていた、教師と思われる女性が立ち上がり、

軽く手を叩いて皆に呼びかけた。

 

 

“さあ、みなさんお待ちかね。おやつ交換の時間ですよ。

先生のピアノが鳴り終わるまで、隣のお友達にどんどんお菓子を回してくださいね。

何が来るかは、お楽しみですよ~”

 

“わーい!”

 

“では、はじめますよ。さん・はい!ハッピーハロウィン、ハッピーハロウィン♪”

 

“かぼちゃのランプに火を着けて、みんなでオバケに変身だ♪”

 

教師がピアノを弾き、子供達が歌いながらお菓子を回す。楽しそうな、平和な光景。

でも、あたしがこれを見ているということは。

 

“朝から晩までお祭り騒ぎ、ハッピーハロウィンは楽しいな……ストップ!

はい、みなさんお菓子を止めて~”

 

そして、時が来る。窓ガラスを破って、複数体のモルスロウが侵入。

楽しいお遊戯の場が一瞬にして惨劇の舞台に変わる。

 

“みんな逃げて……いぎゃっ!”

 

“いやああ、先生!!”

 

まず教師が2体がかりで串刺しにされた。

 

“ゼブ、ゼブツバスカス!”

 

“助けてー!先生が殺されちゃったよー!あうっ、かかか……!”

 

子供達も情け容赦無く虐殺される。

頭から腕を突き通され、首をはねられ、

脚を切り落とされて這いながら逃げる子の頭を、踏み潰す。

今日、あたしを連れてきた男の子は、腹を裂かれて内蔵を引きずり出されて、

全身血まみれになって死んでいった。

 

「……」

 

これはあくまで過去の出来事。あたしは見ていることしかできない。

だからといって目を背けるつもりもなかった。一度消えかけた心の火が再び燃え上がる。

最後の一人を丹念に切り裂くと、モルスロウの群れは外に戻っていった。

 

 

そして、あたしの景色も元に戻る。音楽室には大人一人、子供大勢の骨が散乱している。

子供の骨は、何人もの死体が重なり合ったせいで、どれが誰の骨かすらわからない。

 

それでも足が動くようになると、這いつくばって音楽室の床を調べ始めた。

皆の骨をかき分けながら。せめて、あの子が残したメッセージの意味を拾い上げなきゃ。

地下金庫に通じる道は1階のどこかしかない。

 

大事なものをわかりやすいところに隠すはずがない。

だったら、一見脈絡がないこの音楽室も見過ごせない。

あたしはとにかく床を這って、入り口を探し続けた。

 

30分後。全体をくまなく探したけど、隠し通路らしきものは見つからなかった。

他を当たりましょう。あたしは音楽室を出る時に、一度だけ振り返り、

あの男の子が座っていたところに視線を移した。

 

……あの子は、なんであたしのところに来たんでしょうね。

少し物思いに耽ると、あることに気づいた。やだ、まだ調べてないところがあったわ。

 

木製の椅子の下に敷いてあるカーペット。あれの下を見てなかったわ。

音楽室に戻り、カーペットの端を持つ。

 

「……ごめん」

 

一瞬ためらって、思い切り引っ張ると、たくさんの椅子と骨がゴロゴロと転がっていく。

すると、部屋の中央辺りに正方形の蓋のようなものが隠れていた。これだわ!

 

右手で持ち手を引っ張ると、蓋が開いて地下室への急な階段が現れた。

あたしは階段を踏み外さないよう、ゆっくり下りて地下室に入る。

中は空気がひんやりしていて、高さは成人男性が直立すると頭を打つ程度に低い。

問題の金庫はどこかしら。力尽き掛けた雷光石だけが暗い室内を照らす。

 

本来、備蓄食料や工具などが置かれていたと思われる、壁から突き出た棚には何もない。

どんどん奥に進んでいくと、ぽつんとそれが置いてあった。

重量感のある、4桁の数字を入力する方式の厳重な金庫。

あたしはダイヤルを回して4283を入力。

内部でガチッという音がして、錠が外れた。そして扉を開けると……

 

この農村に似つかわしくないものがそこにあった。

手持ちの大砲(ハンドキャノン)の名をほしいままにする、オートマチック拳銃。

その名は、デザートイーグル。

自動式拳銃の王道を行く洗練されたデザインと、

それに相応しい重厚感のあるメタリックな外観が特徴。当然破壊力も桁外れ。

 

「これは…….44マグナム弾を使用するタイプだわ。予備のマガジンもある。

みんなはこれを買うために積立金を収めてたのね。でも、戦う人がいなかった。

これまでは、ね」

 

『イニィケレ……ガブレマデクア!!』

 

闇からあたしの背後にモルスロウが現れる。

あたしは銃の安全装置を外し、不自由な左手の代わりに、

銃身を足で挟んでスライドを引く。そして振り返り、敵と向き合う。

既に両腕を刃物に変えている。

 

あたしは両手でグリップを握れないから、左腕に銃を持った右手を乗せ、

少しでも銃身を安定させてから、狙いを定める。

 

「バケモンに謝れだの償えだの言わないわ。せめて、的になって、死になさい」

 

モルスロウが鋭い刃を伸ばすと同時に、トリガーを引いた。

爆弾の炸裂音と形容できるほどの銃声と共に、.44マグナム弾が撃ち出され、

敵の頭部に食らいつき、ズタ袋ごと頭部を引きちぎり粉砕した。

いつものうるさい断末魔も、なかった。

 

奇妙な感触。大きな銃声は認識できたけど、耳を痛めることがなくて、

撃った時も驚くほど反動が小さかった。

その代り、射撃時に昔のブラウン管テレビのように、一瞬視界にゴーストが現れたけど。

 

変な現象だけど今のあたしには助かる。

繰り返すけど、左手を痛めた状態でハンドキャノンを撃つ事は、本来なら無謀なの。

あたしは地下室から出ると、“奴”と決着をつける覚悟を決めた。

村長の日記にあった、モルスロウを生み出している存在。そいつを探し出して始末する。

 

決意を固めて建物から出ると、大事なことに気がついた。

ドアの前に二本の指。切り落とされたあたしの指。

一応拾っとかなきゃいけないんだけど……自分の指でも気味が悪いわ。

もう結構紫色になってるし。

つまむように拾ってポケットにしまうと、更に村の奥へ進んでいった。

 

北側に目を向けると、もう建物はないけど、

巨大な広葉樹が並んで葉を広げ、自然のトンネルを形作ってる。

当然モルスロウも沢山いる。あまり派手な動きは出来ないわね。

特殊警棒とデザートイーグルをポケットに入れてて、スカートがズレそう。

避けられる敵は避ける。

 

よく動きを観察するのよ。

……なるほど、じっくり動きを見たら、ほとんどのモルスロウは左右に往復してるだけ。

ライトに当たらないよう、慎重に後ろを通れば、トンネルの向こう側に抜けられそう。

牛の死体が腐敗ガスを吐き出すような声を出しながら規則的に歩くだけのモルスロウを、

縫うようにして進む。

 

お願いだから途中で振り向かないでよ。気まぐれで方向転換したこと、あったでしょ。

……でも、あたしの心配は杞憂に終わり、

うまくモルスロウの死角を通って、トンネルの出口付近にたどり着いた。

 

しかし、トンネルの出口で赤モルスロウがこちらを向いていて、微動だにしない。

これは避けられないし、特殊警棒でやりあってたら、

はずみで他の敵の視界に入るかもしれない。

 

あたしはポケットからデザートイーグルを抜いて、再び左腕と右手で構える。

フロントサイトとリアサイトの直線上に、赤い三角帽子を収めると、

迷わず、ゆっくりトリガーを引く。

森全体に響き渡る銃声、そしてゴーストと共に、赤モルスロウの頭が弾け、

やはり声一つ上げずに骨だけの存在になった。

 

「指のお返しよ。いい気味ね」

 

まだ銃口から硝煙が立ち上るデザートイーグルを手に、敵の最期を眺めていると、

突然視界が真上になった。あたた。足元の腐った葉に足を滑らせたみたい。

早く立たなきゃ。ああ、左手が不自由だから上手く立てない。

血は止まったけど、まだ痛いのよ、指。

 

『ガザーアァク!!』

 

しまった!モタモタしてる間に、他の奴に見つかった!

腕が変形を始めてる!逃げなきゃ!また転びそうになりながらも全速力で突っ切る。

お願い、トンネルの向こうにキャリバー50で武装した要塞が、

出入り自由な状態で存在してて!

 

あたしはひたすら暗いトンネルを走り、

とうとう月明かり眩しいくらいのエリアに出たけど、都合のいい願いは打ち砕かれる。

そこは広大な円形の草原で、奥は高い崖に阻まれていて、これ以上先には進めない。

 

中央に何かが崩れたような岩の山があるだけで、逃げる場所も隠れる場所もない。

モルスロウはすぐ後ろに迫っている。思考が停止する。

万事休すって、八方塞がりって、絶望って、こんなに人の心を打ちのめすものなのね。

ふらふらと岩山に近づく。追いついたモルスロウが刃を放つ。

 

……けど、刃はあたしの胸に刺さる直前で止まっていた。彼らは急に慌てだす。

 

『バニス、バニス!リダイバオーマ、グルグ!!』

 

化け物の群れは、何かに怯えて逃げ出していった。安心して、いいのかしら……?

 

そんなわけないって、どこかでわかってたのに、つい考えちゃった。

 

冷たい夜の風が震え、足元から僅かな振動が伝わる。

何かの気配を感じて岩山を見ると、またノイズ。

単なるあたしの勘だけど、過去を見るのはこれが最後。

 

 

大勢の槍と盾を持った兵士が見守る中、

ズタ袋を被せられた男が、木の台の上に押さえつけられ、命乞いをしている。

 

“助けてくれぇ!俺が悪かった!なんでもするから、許してくれ!”

 

だが、彼の言葉に耳を貸す者はおらず、

紫色のマスクを被った巨漢が大きな鎌を持って現れた。

彼が木の台に近づくと、その気配を感じたのか、ズタ袋の男が泣き叫ぶ。

 

“ううっ……いやだ!いやだ!死にたくねえ、死にたくねえよぉ!!”

 

しかし、マスク姿の巨漢は、何かをつぶやくと鎌を振り上げ、次の瞬間。

ゴロン…と、何かが入ったズタ袋が地に転がった。

 

なるほど、ここは処刑場だったわけね。またノイズが走り、場面が切り替わる。

場所は変わらないけど、今度は処刑台が違う。

足元に木材や藁を敷き詰めた柱に縛り付けられた男が、

首まで届く赤い三角帽子を被せられて、やはり死を前に必死に叫んでいる。

 

“違うんだ!俺は何もやっちゃいない!無実なんだ!嵌められたんだ!!”

 

またも彼の叫びは虚しく刑場に響くだけ。

彼が本当に無実だったのかどうか、確かめる術は、もうない。

執行人が松明を持ってきて、赤い帽子の彼の足元に火を着ける。

火は瞬く間に勢いを増し、罪人とされた男を包み込む。

 

“ああああっつああっ!!ひぎゃああーーああぁ!!あづい、あづい!たすけてぇ!!”

 

聞くに堪えない断末魔。生きたまま焼かれる苦痛は言語に絶するものがあるだろう。

ライターか何かで、身体の目立ちにくいところを1秒炙ってみると実感できると思う。

 

 

昔話はお終い。

さあ、出てきなさい。今度はあんたが裁かれる番よ、マウントロックスを殺した犯人!

過去の映像が終わると、崩れた岩山にどす黒いオーラが集まり、

見上げるほど大きな塊となり、輪郭と色を得て、一体のモンスターとなった。

 

3メートルはある巨体を膨張しきった筋肉で包み、裸の上半身は死体のような紫色。

ズボンには様々な工具……恐らく拷問器具がぶら下がってる。

肌の色に合わせるように紫のマスクで頭部を覆い、

半径4mは薙ぎ払えるような巨大な鎌を持っている。

 

『ガス、イン、ネーモブ、ゴッ!エー、ノ、ギィヒィ!!』

 

化け物は意味不明な鳴き声を上げ、ブオンブオンと処刑用の鎌を素振りした。

 

「……何が戻ってくるわけじゃないけど、あんたを生かしておくわけにも行かないの」

 

あたしは重い特殊警棒を投げ捨て、デザートイーグルを構える。

それを見た処刑人が、あたしに鎌を振り下ろしてきた。

横に跳んで縦攻撃を避けたけど、超重量の鎌が叩いた地面が激しく揺れる。

落ち着いて揺れが収まるのを待って、またデザートイーグルを構えた。

 

あのデカい身体ならどこを狙っても当たる。

両手持ちができない今、無理にヘッドショットは狙わなくていい。

処刑人の胴体を狙って、トリガーを引く。

ゴーストを伴う銃声と共に、.44マグナム弾が敵の腹部に命中。

かつて世界最強と謳われた銃の強烈な一発を腹に食らい、思わず腹に手をやる化け物。

 

でも、すぐに体勢を立て直し、雄叫びを上げながら、今度は鎌で横に薙ぎ払ってきた。

曲線を描く巨大な刃が迫りくる。瞬時にあたしは前に跳んで地面に張り付く。

直後にあたしの頭上を鎌が通過。間一髪で回避。

あたしはそのままデザートイーグルを地面に固定し、再度処刑人に発砲。

今度は胸に命中。これはかなり効いたみたい。胸を押さえながら悲鳴を上げる。

 

『フゴオオオォ!!』

 

奴が膝を突いている間に、リロード。

カラのマガジンをリリースして、予備のマガジンを差し込む。

それから銃を足で挟んでスライドを引く。この作業、かなりしんどい。

大型拳銃の発射機構は当然重くなってるから、装填にも力が要る。

ちょうどリロードが終わると同時に、処刑人が持ち直して、頭をブルブルと振った。

 

今度は、鎌を地面に突き刺して、両手で拳を作り、あたしに向かってジャンプしてきた。

敵を慎重に観察したあたしは、大きく横に走って、回避。

ドスン!と奴の空振りが地面を叩くと同時に、その場で跳ね、

地を走る衝撃を続けて避けた。

すかさず振り返って、またデザートイーグルのトリガーを引く。

やった、今度はラッキーショット!奴の頭部に命中!

 

『アア!!ウグオオオ……』

 

流石に効いてるみたい。頭を揺らしながらその場で両膝を突いてる。

このチャンスに続けざまに数発を撃ち込む。胴に2発、腕に1発。

デザートイーグルの3連発はキツいでしょう!奴が立ち上がる姿はもうヨロヨロ。

 

このまま行けば……と思ったら、処刑人が一際大きく咆哮して、

あたしに向かってダッシュしてきた。まだこんな力が残ってたの!?

そう考える間もなく、奴の大きな手で掴み上げられた。

 

こいつ……!あたしを握りつぶす気だわ。体中の骨がきしみを上げる。

でもね、飛び道具持ってる相手に無闇に接近するもんじゃないわよ!

あたしは右手の手首を曲げて、デザートイーグルの銃口を処刑人の頭に向ける。

そして、連続してトリガーを引く。

 

目の前が多重ゴーストでわけがわからない。でも、構わない。

.44マグナム弾が奴の頭に突き刺さる感触と、奴の悲鳴が聞こえるならそれでいい。

 

処刑人が顔を押さえてあたしを放り投げる。痛い。でも奴はもっと痛いはず。

銃の反動がほとんどない不可解な空間だから出来た芸当だけど、

急所に何発もマグナム弾を食らったんだから、もう体力は尽きかけてる。

奴は地面に刺した鎌を再び手に取る。

 

決着、付けましょうか。処刑人はあたしの首を刈り取るべく、大鎌を全力で振り回す。

あたしは銃身に一発だけ残ったデザートイーグルを構える。

処刑人の鎌があたしの左側10mまで迫る。あたしは銃のトリガーを引く。

互いの殺意を込めた武器が唸りを上げる。どちらが先に命中するか、ただそれだけ。

 

そして、時間が停止。

処刑人の大鎌があたしの首の皮をわずかに斬り、音もなく血が滴る。

あたしのデザートイーグルの銃弾は……螺旋を描いて飛翔し、

奴の頭部を消し飛ばしていた。

 

『ゲフ、ゲフ……レバ、バザグダギィィ!!』

 

狂った神罰の代行者が絶命した瞬間、真っ暗な闇夜が、かすかに霧の漂う朝に一転した。

もう処刑人の死体も、鎌も、消えてなくなっていた。

広場に残されたのは、やはり崩れた岩山と、無数の人骨。

 

「数多くの罪人を処刑しているうちに、自分の凶暴性が抑えきれなくなったのかしら。

あるいは神の代行者と思い上がった傲慢?……もう何を言っても無駄だけど」

 

広場中央の崩れた岩を見ながらつぶやくと、あたしの意識が暗転した。

 

 

 

 

 

次に目が覚めたのは、教会のあたしのデスク。

ベッドにも入らずデスクで寝ていたみたい。

 

「ふが。あたし寝てたの?あああ、こうしちゃおれんわ!あたしの指……」

 

慌てて左手を見ると、小指と人差し指は何事もなかったようにくっついており、

左腕の切り傷、破れた服も元通りだった。

……と言うより、最初からそんな怪我はなかったんだろうけど。

 

落ち着いて自分の部屋を見回すと、

ガジェット、スマホ、化粧品等で溢れかえったあたしの部屋。汚ったねえいつもの部屋。

もちろん銃も金時計も特殊警棒も元の位置にある。

ポケットに手を突っ込むと、当然あたしの指じゃなくて、ガンロッカーの鍵。

 

「夢にしちゃリアル過ぎだったわね。気味が悪いわ、まったく」

 

あたしはもう、みんなが待つダイニングへ行こうと立ち上がった。

でも、その時ふと引き出しの一つが気になり、ゆっくりと開けてみた。

思わず、うおう!と変な声を出してしまった。

 

中には、処刑人との決戦で使ったデザートイーグル。

この少々古ぼけた感じは間違いない。マウントロックスで手に入れたものだ。

 

もうひとつ何かが入っている。それはちぎれたメモ用紙。ひどく古くて茶色になってる。

裏返すとそこには、大人か子供、どちらが書いたかわからない歪んだ字で、

 

あ りが と う

 

とだけ。背中に怖気が走る。悪夢はまだ終わってないってこと?

コンコン。混乱してるところでドアをノックされたから飛び上がるかと思った。

 

「だ、誰?」

 

“里沙子さん、夕食ができましたよ。みんな集まってるんで来てください”

 

「ああ、ジョゼット?ありがとう、今行く」

 

 

 

それからダイニングに下りると、みんなから文句が飛んできた。

 

「遅いぞー。せっかくのスープが冷めちまうよ」

 

「そうよ、夜寝られなくなるわよ、里沙子。吸血鬼でもないのに生意気!」

 

「今日はペンネたっぷりのミネストローネと、ハムを挟んだふっくらコッペパンですよ」

 

「ジョゼットさんのお料理はシェフ顔負けですね。いつも食事が楽しみです」

 

「えへへ、そんな事は~ちょっとくらいはあるかな、テヘ!」

 

「里沙子お姉さま、早くパルフェムの隣にお座りになって!」

 

「ワタシの、隣にね」

 

「相も変わらずうるさいわね、あんたら。寝起きなんだから勘弁してよ」

 

あたしはパルフェムとカシオピイアの間に座る。

ジョゼットとエレオノーラがお祈りを始めた。

 

「今日もマリア様のお恵みに預かり……」

 

「いただきまーす」

 

悪いけど付き合ってられん。あたしはスプーンでミネストローネをすくって一口飲む。

うん、美味しい。今度はペンネを頬張ろう。

 

またスプーンで筒型パスタをすくうと、それは、子供の骨だった。

スープも、一瞬目を離した間に、細切れにした野菜が浮かぶ、赤黒い血に変わっていた。

 

心臓が大きく跳ねる。

悲鳴を上げないよう務めて大きく息を吸って、みんなの様子を見る。

ルーベルがコップに入った血を飲んで口の周りを真っ赤にし、

他のみんなは、細い骨をバキバキと噛み砕きながら、血のスープを美味しそうに飲み、

何かの肉にかじりついている。何の肉かは考えたくもない。

 

「……ごめん、ちょっと外の空気吸ってくる」

 

「どうしたんだ。具合でも悪いのか?」

 

「やーい里沙子。お行儀悪いんだ~」

 

あたしは返事をすることなく、聖堂に駆け込んだ。

長椅子に座り込んで、深呼吸を繰り返して酸素を取り入れる。

幻覚に決まってる。まだ夢の影響が残ってるだけ。

悪夢の残滓に苛まれていると、エレオノーラが聖堂に入ってきて、

あたしのそばに立った。

 

「何があったのですか……?」

 

「夢を、見たの。住人が皆殺しにされた村で化け物と戦った」

 

「それは夢ではありません。里沙子さんの背中に、良くないものが憑いています」

 

「夕食、エレオには変なものに見えなかった?……骨とか」

 

「いいえ。里沙子さんに憑いている何かと視覚がリンクしているのです。

今すぐ祓いましょう。背中を見せてください」

 

「お願い……」

 

あたしは反対側を向いてエレオに背中を見せる。

彼女はあたしの背中に両手で触れると、魔法を詠唱した。

 

「在らざる者、還るべき者。生ある者に縋るべからず。聖母の御下へ旅立ち給え!」

 

見えてないけど、エレオノーラの手が光ってるみたいで、

暗い聖堂が、ぼんやりと明るくなる。

だんだん混乱している脳がクリアになって、心が落ち着きを取り戻した。

 

「……終わりました。気分はどうですか?」

 

「最高。身体が凄く軽くなったわ。ありがとうね」

 

「軽くなったというより、それだけ沢山のものを背負い込んでいたということです。

さあ、戻りましょう。食べて体力を付けた方がいいです」

 

「そうね。すっきりしたらお腹が空いてきたわ」

 

それから、あたし達はダイニングに戻って夕食を再開した。

少し冷めたけど、ミネストローネはやっぱり美味しかったし、

コッペパンもちぎってバターを塗ると最高だった。

さっきの光景を思い出さないようにするのに苦労したけど。

明日にでも役所に行って、あの村があった場所の調査を依頼しなきゃ。

 

 

 

 

 

ゴトゴト、ゴトゴト。

里沙子の部屋で何かが音を立てている。

デザートイーグル。彼女が激闘を征した銃の中で、何かが蠢いていた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。