面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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パロが過ぎた黒歴史
ウィスキー買ったけど、この猛暑が収まるまでは控えることにしたわ。お願い理由は聞かないで。


♪ペールギュント『朝』

 

明るい日差し。小鳥のさえずり。窓から吹き込む爽やかな風。朝はこうでなくちゃね。

身支度を終え、朝食が出来上がるまでの間、一足先にコーヒーを。

マグカップに粉コーヒーをひとさじ。そしてポットを傾けお湯を注ぐ。

注ぎ口からコポコポと音を立てて、熱いお湯が出てきて香ばしい香りが立ち上る。

はずだった。

 

「ふぃ~。あ、里沙子殿。おはようでござる~」

 

脳天気なエリカの顔があたしのマグカップに。錆びついた理性のワイヤーがぶち切れる。

後先考えず、製造から軽く30年は経ってる昭和臭いデザインの魔法瓶を手に取り、

ふざけた一行目に叩きつけた。

 

「何がペールギュントよ!名前も知らないくせに!!」

 

♪ペール ギュ  ント『朝』

 

文字列がガシャンと大きな音を立てて砕け、

驚いたジョゼットやみんなが駆けつけてきた。でも、あたしの怒りは収まらない。

全力でポットを振り回す。

 

「コーヒーの一杯も飲ませやしない!こんなクソみたいな世界、破壊してやる!」

 

「里沙子さん落ち着いてください!完全にポプ○ピピックの丸パクリじゃないですか!

出典書けば許されると思ってるんですか!?」

 

「うるさい!奴のアイデアが枯渇したのよ!」

 

♪ ペー ント『朝

 

あたしは更にポットを叩きつけ、破片を踏みにじって、

人を舐めた冒頭一行を壊し続ける。

 

「おい、危ねえだろ!落ち着け里沙子!」

 

「だったらあたしに落ち着ける環境をちょうだいよ!

大体、誰がこんなとこに悪霊の魔法瓶、置きゃあがった!!」

 

「あう~!これ、拙者のせいでござるか?そうなんでござるか?」

 

エリカが両手を垂らしながら空中を行ったり来たりしてまごまごする。

 

「コーヒーも飲めない朝なんか二度と来るな!」

 

破片だけになった音楽家とタイトルを何度も踏みつける。

 

『朝

 

気がつくと、本当に“朝”っぱらから大声で暴れまわったあたしをみんなが取り囲んで、

頭のおかしい奴を見るような目で見ていた。

ルーベルがあたしを刺激しないようゆっくりと近づき、そっと肩を抱く。

 

「何があったかは知らねえが、とりあえず座れよ、な?

朝飯食えばちょっとは落ち着くから」

 

「……そうね。あたしも言いたいことがあるし」

 

興奮していたあたしは深呼吸を繰り返し、どうにか精神を鎮めると、席に着いた。

数秒様子を見て安全を確認したルーベルは、

『朝やその他の破片を拾い上げ、窓の外に投げ捨て、同じくテーブルのいつもの位置へ。

 

無言の朝食開始。あたしがずっと険しい顔で、

喋んなオーラ出しながらフレンチトーストを切ってるもんだから、

ジョゼットもエレオノーラもお祈りを省略してサラダを口に運ぶ。

 

「……ごちそうさま」

 

朝食を食べ終えると、あたしは皿をシンクに持っていって、

軽く水で流して洗い場に置いた。ああ、今日は出だしから絶不調ね。

調子の悪い日は寝てやり過ごすに限るわ。あたしは私室に戻ろうとした。その時。

 

「待ってください、里沙子さん」

 

呼び止めたのはジョゼット。返事もせずに振り返ると彼女が続けた。

 

「エリカさんのポットを持ってきたのは、わたくしなんです」

 

言うことあるの忘れてたわ。思い出させてくれてあ・り・が・と!ポンコツシスター!

 

「あんたねえ!エリカの寝床は物置から動かすなって言っておいたでしょうが!」

 

「それじゃあ、可哀想です!

姿はどうあれ、わたくし達は同じ屋根の下で暮らす仲間なのに、

あんな埃っぽいところで瓶詰めにされて……」

 

「仲間違う!デザートイーグルにくっついてきたオマケ!

いや、オマケなら残念賞のティッシュでも鼻をかめるけど、

こいつは何にも触れない、すなわち何の雑用もできない!

完全なる役立たずを居候させてるだけでも十分慈悲深いと思うがどうか!」

 

「ジョゼット殿、頑張れ~拙者の存在価値を示して欲しいでござる……」

 

ハクション大魔王の出来損ないが、魔法瓶に隠れながらジョゼットを応援する。

 

「里沙子さんは冷たすぎます!役に立たないなら物置で寝てろなんて!」

 

「あんたは自分の本分思い出しなさい!

本来、死んだやつがいつまでも現世に留まってるのは自然の摂理に反することで、

聖職者であるあんたは、むしろエリカの成仏に向けて動くべきなのよ、わかってる!?」

 

「わかってます。わかってますよぅ……

でも、だからってポットに詰め込んで放ったらかしなんて、酷すぎるじゃないですか。

それに、エリカさんが現世に留まってる理由だって聞いてないのに……」

 

「単にエレオの除霊魔法が効かないから仕方なく放置してるだけで、

こいつの事情なんかどーでもいいわ!ねぇ、エレオ。あなたならわかってくれるわよね?

奴を追っ払う方法があるなら、即座にゴートゥーヘヴンしてくれるわよね?」

 

「えっ、わたしですか?」

 

いきなり言い争いの矛先を向けられたエレオノーラがうろたえる。

 

「ええと、確かに里沙子さんの言う通り、

死者に必要以上に関わることは不幸な結末を招くことになりかねないのですが……」

 

「ほら、ごらんなさい!」

 

「最後まで聞いてください……ですが、ですがですよ?

こうして偶然であろうとこの家に取り憑いてしまい、

本人の意思でもわたし達の魔術でもどうにもならないとなると、

せめて成仏するまでは普通に接してあげてはどうかと、思うのですが……」

 

「しっかりしてよエレオ。あなたには言ったかしら。

無害に見えてもこういう霊は優しくしてるといつまでも留まるの。

どんな手段を使ってでも成仏させるのが一番の親切!」

 

「もう、里沙子さんのイケズ!この家にはもう沢山の仲間がいるのに、

どうしてエリカさんだけ仲間はずれにするんですか!?」

 

「生きてるやつと三途の川を渡るべき存在の違いがわからない!?」

 

その時、あたしらの言い争いに業を煮やしたルーベルが、

テーブルをドンと叩いて立ち上がった。

 

「うるせえええ!!全員聖堂に集合だ!」

 

いきなり怒鳴られたあたし達は、困惑しながら黙って聖堂に移動した。

当のルーベルは物置に行って何かの準備を始めた。

 

 

 

 

 

あたしらは聖堂の長椅子に座って、ルーベルの到着を待つ。

10分ほどして彼女が大きな紙を持って入ってきて、壁にそれを貼り付け、宣言した。

 

『第1回 里沙子のうんざり生活!! チキチキ 里沙子は冷たい人間か?徹底討論会!』

 

みんなどう反応していいか分からず、聖堂が妙な雰囲気になる。

マリアさんも“何やってんだ、このイカレポンチ”と、中指立ててらっしゃる事と思う。

 

「何かと思えば今度はガキ使のパクリ?

テーマもさっきケンカになってたことと、微妙にズレてんだけど」

 

「いーや!元はと言えば、

お前がエリカに対して冷たい態度しか取らないことが原因だ!」

 

「そうである、そうである!里沙子殿はもう少し拙者に人道的な扱いを求めるのじゃ!

死んでたって心はあるんだから!じゃから!」

 

うるさいエリカにあたしが軽く拳を挙げると、ジョゼットがあたしをキッと睨んで、

かばうように魔法瓶を抱きしめた。

エリカはシュルシュルと中に逃げ込む。なによ、結構それ気に入ってんじゃないの?

 

「ふん、馬鹿馬鹿しい。モクでもやらにゃ、やってられないわ」

 

あたしはポケットから小さな紙箱を取り出し、フィルムを剥がして底を叩き、

一本出してくわえた。それを見たジョゼットが、また大声を張り上げる。

 

「あー!聖堂は全面禁煙です!ここはマリア様のお部屋なんですよ!?」

 

「ぶー、引っかかった。ココアシガレットです~。マリーの店で買った駄菓子」

 

あたしはカリッとハッカの香りがする長細いラムネを噛んだ。

 

「り、里沙子さんのそういう意地悪なところも冷たいと思いまーす!」

 

小学生の頃、終わりの会にも似たような訴え方する女の子いたわねえ。

あたしはとりあえず隣にいたピーネにも一本勧めた。

 

「食べる?アースのお菓子。子供の小遣いでも無理なく買える歴史ある駄菓子よ」

 

「駄菓子ですって?高貴な生まれの私には似合わないけど、

アースの文化に触れるのも悪くないわね。いただくわ」

 

ピーネも箱から一本抜いてかじる。

ハッカの味が口に合わなかったらしく、妙な顔をする。

 

「あんまり美味しくはないわね。ココアよりハッカの匂いが勝ってて甘みが少ない」

 

「それは残念。カビが生えてたら言ってね。それ賞味期限3年過ぎてるから」

 

「なんですって!?ペッ、ペッ、なんてもん食べさせるのよ!そして食べてるのよ!

信じられない、最低!はい、はーい!私も里沙子は冷酷非道な殺人鬼だと思いまーす!」

 

「マリーの店は骨董品しか置いてないの。そこに新鮮な食い物が並んでると思う?

大丈夫よ、ラムネなんてちょっとくらい賞味期限過ぎたところで、

ダメになるようなものじゃないわ」

 

「ちょっとどころじゃないし、そういう問題じゃないでしょう!

人に食べられる期限を過ぎたものを!」

 

あたしは指を振って訂正する。

 

「チッチッチ、賞味期限はあくまで美味しく食べられる目安。

飲食した際の安全を保証する消費期限とは似て非なるものなの。

わかったら、ほれ、もう一本」

 

「まだやるかー!」

 

「だぁ!うるせえ!!」

 

一向に進まない議論に怒りが弾けたルーベルが、また大声であたし達を黙らせる。

 

「とりあえず!ここで一旦中間投票するぞ!里沙子が冷たいと思うやつは挙手!」

 

ジョゼットが固く口を結んで手を挙げる。

魔法瓶の中の餅女も中からそっと手だけを出す。見えてないと思ったら大間違いだから。

エレオノーラは困った様子で、視線をさまよわせてる。

気にしなくていいのよ?冷血女、大いに結構。

 

「あの……里沙子さんは、口は悪いし、少々乱暴なところがありますし、

お酒ばかり飲んでますし、意地悪なところもありますけど、

心根は優しい人だと思うんです。

だからこそ、わたし達が共に暮らしているのであって、今すぐ結論を出すのは拙速かと。

もう少しエリカさんへの態度を観察してからでも……」

 

「悪いが今決めてくれ。でないと今晩もエリカが魔法瓶の中で寝ることになる」

 

「そうですか。では……」

 

エレオも決まりが悪そうにゆっくりと手を挙げた。

迷った割には結構酷いこと言ってくれてありがとう。

 

「他には誰かいないのかー?」

 

「ルーベルはさっきの凶行を見なかったの!?私よ、私!

古くなった菓子を食べさせられたピーネが一票を投じるわ!」

 

「うへへ。あと5本くらいあるわよ。一本行っとく?」

 

「いらないわよ!犯行が露見してもなお食わせようとするあんたの神経がわからない!」

 

「なら、パルフェムにも一本頂戴できます?」

 

後ろの席に座っていたパルフェムが声を掛けてきた。

腕を後ろに伸ばして、彼女にも紺色の箱を差し出す。

 

「はいよ。これは駄菓子の中でもちょっと背伸びしたい大人の味っぽい感じね。

だからパッケージもタバコに似せたのかしら」

 

彼女が一本取ってコリコリとかじる。

 

「……うん、パルフェムには好みの味ですわ。爽やかな味が口に広がります」

 

「いい子いい子。最近の連中は食い物に対して潔癖過ぎるのよ。

明らかにまだ食えるものでも、賞味期限たった1日過ぎたらゴミ箱にポイなんだから。

アースじゃ毎日新鮮な野菜やきれいな生モノが大量投棄されてんのよ、信じられる?」

 

「皇国も似たような状況ですわ。最近なんかヒーローのカードが付いたお菓子を、

おまけ欲しさにカードだけ取ってお菓子を捨てる事案が……」

 

「立場を表明して欲しいんだが?」

 

「わかってますわ。もちろん、里沙子お姉さまは優しい方ですわ。

パルフェム、受けた恩は忘れませんの。

お姉さま達は、行き場のないパルフェムのために、

ホコリまみれの部屋をパルフェム達の寝室に改装してくれました。

その優しさは決して忘れません。どこかの吸血鬼とは違って~」

 

パルフェムがニシシと笑いながらピーネをちらりと見る。彼女が少したじろいだ。

 

「うっ……えと、それは、あるんだけど。

あー!私が初めてここに来た時、里沙子に殺されかけたのみんな思い出してよ!

私も恩は忘れないけど、恨みはもっと忘れないのよ!」

 

「ふぅ、何を言い出すかと思えば。ピーネさんが不用意だっただけではなくて?

吸血鬼がいきなり教会に押しかけてきたら、始末されるのは致し方ないことでしょう?」

 

「それそれ。当時あたしも言ったのよ。腹減ってたのはわかるけど、

なんでわざわざ敵の要塞に突っ込むような真似をしたのか未だによくわかんない」

 

「だからそれは、戦争の責任者の里沙子が戦災孤児のあたしを……」

 

「あー、もういい!最後にカシオピイアは!?」

 

強引にエンドレスエイトな会話をぶった切って、最後の有権者に話を向けるルーベル。

 

「……お姉ちゃんは、優しい。髪、といてくれる」

 

「わかりきってたが回答ありがとう。じゃあ、中間結果を発表するぞ?」

 

「ちょっと待って」

 

「ん?」

 

あたしは、最初から気になってたけど、一向に説明がない事柄について尋ねた。

 

「もし、この選挙まがいの議論で、

あたしが冷たい女だって結論に達したらどうなるわけ?」

 

「もちろん!里沙子殿は拙者の待遇を大幅に改善する義務が生じるのである!

仏壇とか、香炉とか、おりんとか!」

 

魔法瓶の注ぎ口から顔だけ出して勝手なことを宣う姿は、腹立つというよりキモい。

というか、ポットにいろと言ったのは寝てるときだけで、

邪魔にさえならなきゃ昼まで律儀に引きこもらなくてもいいのに。

 

「あのね。あんたは、一刻も早く涅槃に旅立たなきゃいけないの!

完全にここで末永く暮らすつもりじゃないの!!」

 

「そんなこと言ったってお迎えが来ないからしょうがないじゃない。ないでござるか」

 

「それじゃあ、一体どうすりゃ成仏するのよ」

 

「多分……シラヌイ家の再興を果たした時でござる、わ」

 

修正すべきところを間違えたエリカに、パルフェムが付け加える。

 

「なら、永久に無理ですわね。皇国から取り寄せた歴史書によると、

シラヌイ家は行碌十年に政府が発表した廃刀令をきっかけに解散。

刀を置いたシラヌイ家一族と家臣は、武家社会終焉と共に一般人となり、

散り散りになったとのことですわ。

かつて25万石を誇ったシラヌイ家はもう、存在しませんの」

 

「それは……わかってる。でも、諦めきれないの……」

 

魔法瓶からずるずると出てきたエリカは、素に戻ってぼそぼそとつぶやく。

しょうがないやつね、本当。

 

「前向きに生きる死に武者になるんじゃなかったの?民を守り悪を討つだのどうの。

今時そんなの、あたしの目の届く範囲にいやしないけどね」

 

「そうですよね……この何も斬れない刀だって、今となっては……」

 

エリカが腰に差した刀を抜いて両手で優しく持つ。見た目だけは立派な刀。

そういや変ね。

 

「ねえ。あんた女だけど、武家って完全に男社会よね。

なんであんたがサムライやってたの?」

 

「オホン、本来なら兄上が家督を継ぐはずだったのであるが……

流行り病に倒れてしまい、拙者がシラヌイ家を守るべく、世継ぎになるため、

修行の旅に出ることを決めたのじゃ。である」

 

「惜しい、今のは別に直さなくてもよかったわね。その辺の事情詳しく」

 

「承知した。あの旅立ちの日は、まるで昨日のことのように思い出されるわ……」

 

いちいち遠い目しなくていいから、ざっくりとお願いね。

 

 

 

……

………

 

私は楚々とした歩調を心がけ、縁側を進みます。

父上の部屋の前に座ると、少しだけ障子を開け、三つ指を着いて頭を下げ、

中の人物に声を掛けました。

 

「父上、絵里香でございます。お呼びでしょうか」

 

「うむ。そこに座るが良い」

 

呼び出しを受けた私は、敷居を踏まないよう部屋に入り、袴姿の父上の前に座りました。

側には腹心の部下、龍ノ丈が控えています。

庭の鹿威しが、石桶に水を流し、コンと音を立てました。

 

皇国も今ほど文明の発達していなかった時代。

しかし、海外の文化を取り入れ、発展を始めようともしていた頃でした。

実際、私も着物より洋服を着ることが多くなっていました。

 

「絵里香、お前を呼び出したのは他でもない。正太郎のことじゃ」

 

「……兄上が、どうなさったのですか?」

 

「お前も知っておろう。正太郎は……もう長くない」

 

「そんな……!」

 

「唯一の世継ぎである正太郎が命を落とせば、不知火家は断絶。

400年の歴史を紡いだこの家も、もう終わろうとしている」

 

父上が表情のない目で鹿威しを眺めながら、そう告げたのです。

 

「それなら、父上に親交の深い方から養子を貰い受ければ!」

 

「絵里香様……!御老公は自らの代で、不知火家を終わりにしようとお考えなのです!」

 

龍ノ丈が、苦渋に満ちた表情で、頭を下げながら私に言いました。

 

「なぜです!なぜ諦めなければならないのですか!」

 

必死に問いかけると、父上が扇子で庭の鹿威しを指しました。

 

「……あれを見よ。

竹筒に満ちた水も、時が来れば古い水は流れ落ち、また新しい水が流れ込む。

我々、武士の時代は、終わったのだ。

新政府に抵抗する動きもあるようじゃが、

わしは静かに消え失せ、新たな時に身を任せるのを潔しと考える」

 

「納得できません!だからといって何故、代々守り継いで来た武士の家を!?」

 

「わしらがどう足掻こうと、時の流れには逆らえんものだ。龍ノ丈、例のものを」

 

「はっ!……絵里香様、こちらを」

 

龍ノ丈が私に、大判の白黒写真を見せました。椅子に座る殿方の写真。

 

「父上、これは?」

 

「この家を畳むに当たって、既に部下や使用人に餞別を配り、

知り合いの道場や宿から働き口を探し、今後の暮らしに困らぬよう務めておる。

もちろん、お前も例外ではない」

 

「……と、おっしゃいますと?」

 

「見合いじゃ。お前も妙齢の女子、そろそろ嫁入りを考えてもよいだろう。

その御仁は若く、家柄も立派な好人物じゃ。お前を任せても、安心して隠居ができる」

 

写真を手にした私の手が震えます。

 

「…です」

 

「どうした」

 

「嫌です!このまま成り行きに任せて、

父上や皆さんが守ってきた不知火家を絶やすことなどできません!

私は嫌です、生まれ育ったこの家を誇りに思っています!」

 

そう叫ぶと、私は写真を放り出し、靴下のまま外に飛び出していました。

 

「絵里香様!?」

 

「待つのじゃ!どこ行く!」

 

裏庭の蔵まで走ると中に飛び込み、刀一振りと私でも身につけられる鎧の一部を掴んで、

玄関に急ぎました。

 

「待つのじゃ絵里香、そんなものを持って何をする気じゃ」

 

「絵里香、どこへ行くんだい?」

 

「兄上が病で動けないなら、私が証明してみせます!

新政府と諸外国に、侍の魂は健在であると!父上、兄上、待っていてください!

この絵里香が、必ずや武勲を立ててこの国に不知火家の旗を掲げてご覧に入れます!」

 

「待て、待つんじゃ!」

 

そして、父上の声にも耳を貸さず、財布に入った路銀だけで旅を始め、

武者修行とは名ばかりの泊まり込みの雑用仕事で日銭を稼ぎ、

この国にたどり着きました。どこをどう彷徨ったのかは、もう覚えていません。

 

ある日、偶然流れ着いた村で、夜になると現れる妖怪の噂を聞き、

人助け半分名誉半分で退治を請け負い……それが私の最期でした。

 

………

……

 

 

 

「サムライじゃなくて箱入り娘だったってわけね。

結婚してりゃよかったのに。とんだ親不孝だわ」

 

人のこと言えないだろう、とはなぜか誰もツッコまなかった。

 

「なんてこと言うんですか、里沙子さん!

立派な志を抱いたまま命を落とした女性に対して!」

 

「そ、そーでござる!これで里沙子殿も拙者が悪霊などではなく、

気高いサムライの魂であることがわかったでしょう?じゃろう?」

 

どうもジョゼットはエリカの味方らしいわね。

元々味方だろうが戦力にはならないから別にいいけど。

あたしはルーベルに会議の進行を求める。

 

「もういいわ。中間結果発表してちょうだい。

好かれようが嫌われようが、来るもの拒まず去る者追わずよ」

 

「おーし、行くぞ。

里沙子は冷たい。エリカ、ジョゼット、エレオノーラ、ピーネ。4票だな。

里沙子は優しい。パルフェム、カシオピイア、本人投票はナシだから2票。

どうするよ、逆転には頑張って3ポイント稼がなきゃだぞ」

 

「それで4人のご機嫌取って3点も取れですって?

こんなどうでもいい勝負に血道を上げるくらいなら、

いっその事しけた2ポイントくれてやるわよ。あたしの負け。これでいい?」

 

最後の一本をかじると、あたしはやる気なく返事した。

こういう運動会に代表される、点取り競争みたいなイベント嫌いなのよね。

なんでかって?面倒くさいからに決まってる。

 

「なんだよー。里沙子、態度悪いぞ」

 

「えーと、映画サタデーナイトフィーバーにこんな感じのセリフがあったの。

“人の注文に応えようとするな、惨めになるだけだ”ってね。

あんたら含む誰かの機嫌を取って、

何の足しにもならない勝利を収めたところでどうなるってのよ。

今言ったけど、もう負けでいいわよ。

あたしの小遣いの範囲内なら好きな物買ってあげるから、昼寝してもいいかしら」

 

あたしはデカくて白い財布を腹の上に置いて長椅子に横になる。

おっと、ごめんピーネ、顔蹴った。ついでに膝に足置かせて。

 

「ギャッ、気をつけなさいよ!足が邪魔!」

 

「里沙子さーん……そういうの白けるからやめましょうよ」

 

「ああそうだ!お前ちょくちょく面倒なことを金で片付けるところがあるぞ!

良くない癖だ!」

 

「失礼ね。あたしは時間という基本的に金で買えないものを買ってるの。

資産の有効活用よ」

 

「起きろ。そもそもこんな馬鹿げた会議開く羽目になったのは、

お前が暴れたのが原因だろう」

 

「その暴れる原因になったのが、そこの青風船だった気がする。

ついでに風船の入れ物を勝手に移動したジョゼット」

 

「人のせいにすんな。もう一度言うぞ。起きろ」

 

「ぐがー、すぴー」

 

「おい」

 

ルーベルの声色が変わる。何だかものすごくつまんない空気になってる気がするわ。

でも、言っとくけどあたしは全然悪くない。

“負けでいい”っていう最大限の譲歩をしてるんだから。

 

「あわわわ、二人共、やめるでござる。拙者のせいでケンカしないでほしいのじゃ……」

 

「ケンカになんてなってないわ。あたしの負けで決着が付いたんだから」

 

「いーや、お前には話がある!」

 

「ちょっと、何すんのよ!やめなさいよ!こら!」

 

ルーベルがあたしを抱えて物置から裏口に出た。

ちょうどダイニングの窓があるところで放り出された。

柔らかい草が生えてるところだからよかったけど、

土の地面だったら腰を痛めてたところよ。

 

「痛ったいわね!あんた一体どういうつもりよ!」

 

「今日のお前は最悪だ!それ全部拾って反省しろ!」

 

「はぁ!?説教は虫酸が走るものランキング殿堂入り……」

 

バタン!と、あたしの声も聞かずに乱暴に戸を閉められた。

最悪だって言いたいのはこっちの方よ。

あたしは眼鏡を直して地面に散らばるものを見る。

 

♪ペ ール ギュ  ント『朝 』

 

「……こんなもん拾って何になるんだか」

 

しょうがないからあたしはまず♪ペから拾い上げる。

意外と重量があるのね。爽やかな朝の雰囲気とは対照的。

文章じゃ伝わらないだろうけど、割と粉々になって数が多くなった

“ペールギュント『朝』”を拾い集める。

スカートの足の間に、拾った破片を置いていく。

しばらく作業を続けていると、家の壁をエリカがぶよんとすり抜けてきた。

 

「どうしたの。ルーベルになんか吹き込まれた?」

 

「……ごめんでござる。拙者のわがままのせいで、ルーベル殿と仲違いを……」

 

「あれが仲違いに見える!?一方的に外に放り出されたの!あたしは被害者!以上!

用がないなら戻ってくれるかしら?今、“―ル”の回収で忙しいの!」

 

「拙者も手伝うでござる」

 

「えっ?」

 

エリカはあたしに答えず、散らばる何かの破片のひとつに取り憑いた。

すると、破片が浮かび上がり、あたしのスカートに飛び込んできた。

彼女は破片から抜け出ると、また別の破片へ。

 

「あんた、何やってんの?」

 

「二人なら早く終わるでしょ?でござろう?」

 

“ギュ”の中から話しかけるエリカ。そのヘンテコな姿に、呆れ半分の笑みがこぼれる。

ああ、馬鹿馬鹿しい。何をイラついてたのかしらね。

ルーベルの悪口でも言いながら、とっとと掃除を済ませましょう。

 

それからあたし達は二人がかりで音楽家と曲名のかけらを集め、

全部回収するころには太陽が真上に昇っていた。

あたしはスカートに破片を集め、物置の作業机に持っていく。

机に欠片をぶちまけると結構な量。

 

「さて、これをきれいにくっつけるとしますかね」

 

「これに取り憑いた時、美しい調べの一部が意識に流れ込んできたのだ。

早く全部聞きたいでござる!」

 

「待ってなさい。AK-47の修理に比べればどうってことないわ。

ええと、必要な工具はバックスペースとデリートキーで……」

 

あたしは自分で破壊し尽くした文字列をつなぎ合わせていく。

欠片は適切な別の欠片に近づくと、磁石のようにくっついて行く。

わくわくしながらあたしの作業を見守るエリカ。

うん、浮かんでる籠手が邪魔だからどけて?

 

「できた……!」

 

♪ペールギュント『朝』

 

今朝、最後まで聴きそこねた、まさしく“朝”に相応しい音色が響く。

 

「やっぱり、断片的にしか聞こえなかったが、美しい音色なのじゃ……」

 

「ふふ、もう朝っていうか昼だけどね」

 

それを聞きつけた他のメンバーも集まってくる。

 

「……すてき」

 

「これをお姉さまがお作りに?流石は里沙子お姉さまですわ!」

 

「作ったというより修復したって言う方が正しいわ」

 

「なにこれ、アースの曲?……ふーん、悪くないんじゃない?」

 

「とても和やかで、寝覚めの朝に聴いたら心地よいでしょうね」

 

「本当は今朝聴ける予定だったんだけど、色々予定が狂ってね。

さて、休憩に今度こそ『朝』をBGMにコーヒーでも飲みましょうか」

 

「わたくし、お湯を沸かしてきます!」

 

伸びをするとジョゼットがキッチンに向かったから、あたしも物置から出ようとすると、

誰かとぶつかりそうになった。ルーベル。

 

「なあに、まだ何か?」

 

「……別に」

 

「そう。……おっと、忘れてたわ。エリカ」

 

「なんでござろう?」

 

「後であんたの名前、漢字で書いといて。

あと…実家が栄えてたころの事業とか家紋とか、ヒントになりそうなものも色々とね」

 

「それは一体、どのような用途で?」

 

「戒名。位牌に書くものが必要でしょう。

仏壇は無理だけど、位牌と香炉くらいは個人輸入で皇国から買ってやれるわ。

さっきの手伝いのお駄賃よ」

 

「真でござるですか!?拙者、ここにいてもいいんでござるか!」

 

「出てけったって出ていく方法がないんだからしょうがないでしょう。今更だけど」

 

「やったー!やっぱり里沙子殿は優しいに一票でござる!」

 

「それまだやってたの?現金なやつね。行くわよ」

 

その時、ルーベルがあたしの前にズイと何かを差し出した。あたしの白い財布。

 

「……忘れ物だ」

 

「ふふっ、どーも」

 

あたしはズシリと金貨が重い財布を受け取った。

 

「な、何笑ってんだ。言っとくが、私は謝らねえからな!」

 

「謝るって何を~?」

 

「うっせ!もういい、さっさと行くぞ!」

 

あたしはエリカと、肩を怒らせながらダイニングに向かうルーベルを追いかけていった。

たまたま虫の居所が悪かっただけで、とんだ厄介事を自分で作り出したなんて、

ついてないわ。

 

明日はテンションの上がるBGMで初っ端から飛ばしていこうかしら。

メタルマックスの『WANTED!』とか。

そんなことを考えつつ、あたしはコーヒーの置かれた席に着いた。

 

熱いコーヒーでリラックスしながら考える。

後で本屋に行って位牌のカタログ見てこなきゃ。

皇国は無宗教の国だけど、インテリアとして仏壇仏具があるらしいのよ。

 

で、位牌が届くまでは、エレオノーラが魔力を通した糸を、

エリカの足っぽいところに結びつけて、あたしの部屋に浮かべといた。

サムライの幽霊は名実ともに風船になりましたとさ。

 

 


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