面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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豪華二話構成(笑)
前回の反省を踏まえて、シリアスか日常か迷いながら出来た話がこれよ、ごめんなさいね。


ジョゼットはキッチンの洗い場でお皿をカチャカチャ洗ってる。

あたしはテーブルで手の中のものをカチカチ鳴らしてる。

 

「ねえ、またココアシガレットが食べたくなって、

マリーの店にある、駄菓子コーナーという名の廃棄物の山を見に行ったの」

 

あたしは満足げにそれをいろんな角度から眺める。そしてまたカチカチ。

ジョゼットは皿を洗い続ける。

 

「そしたらいいもの見つけちゃって。プラスチック製のモデルガン。

ブラックカラーの44マグナムリボルバーよ。

まあ、デザインは架空のもので、バレルにぶっとい消炎器が付いてるんだけど、

この急角度のカーブを描くグリップは、コルトのリボルバーを参考にしてるっぽいわ。

ほら、コルトってのは、あたしが持ってるピースメーカーの製造会社よ」

 

「……」

 

「いやあ、さすがメイドインジャパンだわ。

ハンマーやシリンダーと言った細かいところまでよく作り込まれてるのよ。

コンパクトなルガーP89っぽいのもあったんだけど、

音を鳴らす緑色の部品が露出してて、ちょっとリアルさが落ちちゃってたから、

結局名もなきマグナムにしたってわけ。

あえて注文を付けるなら、シングルアクションにして、

ハンマーを起こす感触を味わいたかったわねえ。

あ、ちゃんとアイアンサイトまで付いてる!」

 

「……」

 

「んふふ、あんたにこいつの魅力がわかるかしら。

金メッキの“44MAGNUM”と豹のシンボルがイカスわ。

そりゃ安全装置はただの型抜きだけど、これにつべこべ言うのは贅沢よね。

だって弾なんか出るわけないんだもん。アハハ!」

 

上機嫌に語っていると、ジョゼットが洗い物を終えて、最後の皿を水切りカゴに置き、

エプロンで手を拭きながらあたしに向き合った。

 

「……里沙子さん、確かにこの企画は書きたいものをその時の気分で書く方針ですが、

あまりにも元ネタが伝わらないパロが独りよがりでしかないことは、

前回学習しましたよね」

 

淡々と喋るけど、怒っているのかいないのか微妙な表情。

あら?ジョゼットこんな顔する娘だったっけ?

 

「そ、そうよ?だから今回はパロなしでやって脱線気味の作風を元に戻そうって、

あの後反省会したじゃない」

 

「でもね、企画は里沙子さんの日記帳でもないんです。

その話を聞いた読者の方が、今ではもう珍しくなった駄菓子屋に行って、

置いてあるかもわからないその銃を買うことができると思いますか?」

 

「そりゃあ、あの、多少はあたしの私生活を通して、

異世界の四方山話をお送りしなきゃだしさ……」

 

なんだか心臓がゆっくりと嫌な鼓動を立てる。

助けを求めるようにプラスチックの44マグナムを手の中でもてあそぶ。

 

「さっきのモデルガン云々の話に、読者を楽しませる要素がありましたか?」

 

「それは……。なかったけど。わかった、わかったわよ!

今からこの銃で話を面白くしてやるわよ!」

 

「どうやって?」

 

「誰かにちょっとイタズラしてみる」

 

「自殺ネタとか強盗ネタはやめてくださいね。本気で怒りますから」

 

「うっ……わかってるって。なんとか面白いネタ披露してみせるわよ」

 

「じゃあ、早く行ってください。ここで座ってても何の展開もありませんよ」

 

「行くわよう。行けばいいんでしょ。……あんたも言うようになったわね」

 

「伊達に誰かさんにしごかれ続けてませんから。一応ここの最古参ですし」

 

あたしはすごすごとダイニングから逃げるように立ち去り、私室に戻った。

ぽすんとベッドに座ると、複雑な気持ちを持て余す。

 

頼りないシスターがたくましくなった事実が、嬉しくもあり寂しくもある。どうしよう。

うつむいていると、部屋の隅に設置した位牌から、エリカがにゅるっと抜け出してきた。

 

「里沙子殿、それは新しい鉄砲でござるか~?」

 

「違う。玩具の銃よ……」

 

「なんだか元気がないでござるよ。拙者に話してみるがよい!」

 

ジョゼットにはああ言ったものの、ネタがなくて途方に暮れていたあたしは、

目の前のヘッポコ幽霊に事の経緯を打ち明けた。

8つも下の女の子に叱られたこと。手の中の玩具で面白い話を作る羽目になったこと。

完成どころか着手にも至っていないこと、全部。

 

「あたしってさ……。SかMかで分類すると間違いなくSの方に入ると思うんだけど、

Sは打たれ弱いって俗説は本当だったみたい。マヂへこんでる今回……」

 

うなだれるあたしを見たエリカは、何かを決意した表情で気合を入れた。

輪郭がおぼろげだった刀や甲冑がビシッとはっきりした形を取る。

 

「シャキーン!拙者に任せるでござる!

里沙子殿はシラヌイ家を取り戻してくれたのじゃ!小さくはなってしまったが、

そこにこの不知火・絵里香が住んでいる以上、ここはシラヌイ家なのである!」

 

「家……?」

 

視線の先には皇国から取り寄せた位牌と香炉。

位牌に記された戒名は達筆な行書で書かれていて読めない。

どうにか“不知火”の3文字が分かる程度。

 

「そう!今度は拙者がその恩返しをする番なのよ、だ!」

 

「でも、どう面白くしろっていうのよ、こんな玩具のマグナムで。

ピーネの前で頭ぶち抜く振りして脅かしたら、またジョゼットに怒られる……」

 

「あー……。相当参っているようでござるな。まずは方向性を決めなくちゃね」

 

「方向性?悪いけど、今回は語尾修正してる余裕ないから」

 

「真剣勝負の物語か、それともいつもの生活、どちらをお送りするか、でござる。

……どこで間違ったのかしら?」

 

「まずシリアスかほのぼのかを決めろ、ってことでいいのかしら」

 

「ん~、まあ、そうでござる」

 

「絶対わかってないだろうけど、その案には賛成だわ。

ちょっと道筋が見えてきた気がする」

 

「うむ!では、まずは真剣勝負の物語を紡ぐのじゃ。

拙者が“せってぃんぐ”をするから、玩具の鉄砲に憑依させて欲しいのである」

 

「わかった。じゃあ、とりあえず外に行きましょうか。中に入って」

 

「いざ出陣じゃ~!」

 

そして、エリカは玩具の44マグナムに取り憑き、

あたしはとりあえず家から出て街に向かった。

本音を言えば面倒だけど、ここに居ちゃ何も始まらない。

 

 

 

Episode 1. 荒野の決闘者

 

 

地球のようにアスファルトで舗装なんてされちゃいない、

ただ人や馬車が行き来して道になった、むき出しの砂地を歩くこと1時間。

ようやく目的地に到着した。サンディ・ムーンの町。

 

広く長い通りに沿って、焦げ茶の木造建築が並ぶ小さな町に、

無法者の集団が住み着いた。

 

その知らせがあたしに届いたのは一週間前。皇帝陛下からの討伐依頼。

保安官は既に殺害され、銃で武装した集団が住人から金品を巻き上げ、

抵抗するものは情け容赦なく射殺、とのこと。

 

なんであたしなのか。いろんな事情、可能性が推測できるけど、

考えても無意味なことだと面倒になり、思考を放棄した。

 

断ることもできたかもしれない。死ぬことになるかもしれない。

でも、毎日エールを睡眠剤に、ベッドで泥のように眠る、

崩れきった生活を送っていたあたしは、

何の大義も目的もなく、気がついたら仕事を引き受けていた。

 

サンディ・ムーン。4つの領地の端が重なって、偶然現れた空白地帯にできた町。

周囲は見渡す限りの荒野で、自生する植物はサボテンしかない。

農作物の出荷など望むべくもない住人は、ルート27を進む旅人を相手に、

宿や酒を提供して生計を立てていた。

 

そこに目をつけた、ならず者の集団。

どの領地の騎兵隊も管轄外である絶好の獲物に、彼らが目をつけるのは当然とも言えた。

 

町に着いたあたしは、最初に向かった銃砲店の片隅で、

黙って親父がガンベルトの改造を完了させるのを待っていた。

壁に背を預け、両腕を組む。革を切ったり鋲を打ち込む音だけが店内に広がる。

 

そう言えば、今まであたしのガンベルトの構造を詳しく説明したことはなかったわね。

出来上がるまで、少しお話ししましょうか。

 

まず左脇にショルダーホルスター。それを固定した革のベルトを、

タスキのように右腰まで伸ばし、そこにもう一つホルスターを装着。

腰回りのベルト左側には、

更に上から革を筒型に縫い込んで予備の弾丸を差してある。

 

背中にはヴェクターSMG、ドラグノフ、ダイナマイトを装着するフックの付いた

分厚い革のプレート。今まではあたしはこれで戦ってきたわけよ。

ちなみに、スカートに隠れた右の太ももにはサイホルスターを巻いてあるけど、

それは今回必要ない。親父が工具をしまう。……作業が終わったみたいね。

 

「出来たぜ、嬢ちゃん」

 

あたしはカウンターに近づき、新しいガンベルトを受け取る。

 

「前に4丁差しなんざ、無茶するぜ。

まぁ、あんたの鉄板みたいな胸なら無理なく着けられるだろうが」

 

「殴るわよ。料金は?」

 

改造したガンベルトを装備し、手持ちの銃を差し込みながら尋ねる。

 

「いらねえよ。

……カルロスの野郎とその一味を、1日でも早く墓場送りにしてくれんならな」

 

「奴らに明日は来ない。邪魔したわね」

 

寂れた銃砲店を後にして、

再びルート27沿いの田舎町、サンディ・ムーンの大通りに戻る。

両脇に銀行や安ホテルの木造家屋が立ち並ぶ道路の真ん中を、

目的地に向けて真っ直ぐ進む。

あたしは“BAR”の看板が掛かった店のウェスタンドアを身体で開き、中に入った。

 

「オラ、店主!ビールが冷えてねえぞ!」

 

「す、すみません!すぐ入れ直しますので……」

 

「ネーちゃん、いいケツしてんな!こっち来いよ!」

 

「やめてください……!」

 

入った途端、大声、グラスの割れる音、そしてむせ返るような酒と男の臭い。

垢だらけの無頼漢たちが、

嫌がるウェイトレスを無理やりソファに引き寄せて酒の相手をさせ、

テーブルに両脚を乗せてスコッチをラッパ飲みしている。

 

酒場に関しては、ハッピーマイルズの方がまだマシだと思う。

テーブル席を無法者達が占領し、地元の住民が寄り付かないらしい。

好都合だわ。これから良くないことが起こるから。

 

また一歩足を踏み出すと、銃をぶら下げた無法者連中が一斉にあたしを見る。

こいつらじゃない。

カウンター席で葉巻を吹かしている、赤いポンチョにテンガロンハット、

そしてブロンドのショートヘアの男。

……こいつが街を牛耳ってるカルロスファミリーの親玉らしいわね。

 

「カルロス・バレリアーノさんで間違いないかしら」

 

話しかけると、男はゆっくり体ごと振り返り、あたしを真っ直ぐに見つめ、

口元で不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふっ。三つ編みに白のストール、か。

“早撃ち里沙子”がハッピーマイルズから、こんな田舎まで何の用だ」

 

「このアマ!ボスに近づくんじゃねえ!」

 

よれよれのシャツを着た荒くれ者の一人が、銃を抜きながらあたしに近づいてきた。

その瞬間、腕を弾くように胸の4連ホルスターからベレッタ93Rを抜き、

そいつの心臓を撃ち抜いた。後ろに吹っ飛ぶ男の死体。

 

突然の銃声に一気に騒然となる酒場。

マスターやウェイトレスが悲鳴を上げながら奥に逃げ、銃撃戦が始まった。

カルロスの手下があたしに銃を撃ちまくる。

 

右手にベレッタを持ったあたしは、

軽く後ろに跳んで店内を視界に収め、銃弾の射線から身を反らす。

 

そして限界まで集中力を高めて視線を走らせ、敵の人数、配置、手の動きを読み、

攻撃の順番が早い敵を察知。前方160度の敵に弾丸を放つ。

銃声が轟き、薬莢が飛び、銃口から閃光が走る。

 

頭、胸、腹に銃弾が突き刺さった手下達は、

窓から外に放り出され、床に倒れ、シートに寄りかかるようにして絶命した。

ダブルカラムマガジンの20発を使い切る前に、手下は全滅。

 

銃撃戦は、まばたきもなく、2.27秒で決着した。

あたしは誕生日ケーキのロウソクのように、銃口から漏れる硝煙をそっと吹き消す。

カルロスはカウンターにもたれながら、眉ひとつ動かさずその様子を眺めていた。

 

「……こんな用事よ、賞金200,000Gのカルロスさん。

次はあなたと手合わせ願いたいんだけど」

 

「店に入ってから前を向いて歩いちゃいたが、

視界を広げて連中の数と配置を確認してた、か。

なるほど、“こっち”の手配書でとんでもねえ額が付くほどのことはある」

 

「ずいぶん落ち着いてるのね。仲間を全員殺されたってのに」

 

「覚えとけ。お前らみたいな正義のヒーローと違って、俺達の間に仲間は存在しねえ。

金になるなら手を組む。用済みになれば殺す。そんだけだ」

 

「シンプルで素敵ね。でも、生憎あたしも正義の味方を名乗った覚えはないの。

今、働いてるのは、将来楽するための先行投資よ。

それで、決闘を受けてくれるの、くれないの?」

 

「……せっかくのお誘いは残念ながらパスだ」

 

カルロスは葉巻を灰皿に置き、カウンターに置いていたグラスのウィスキーを煽る。

表面が滑らかに解けた氷がカランと小気味よい音を立てた。

 

「物騒な二つ名を山ほど持って帝国中に名を馳せる、無敵のガンマン・斑目里沙子。

無敵、無敵、無敵、ねえ。

……常勝無敗の秘密は時間停止。訳の分からねえ能力で、

動けない敵をただ的のように撃ち殺す。

そんなつまらねえ戦いばかりしてる奴と、命のやり取りすんのは、御免だ。

クズにもクズなりのポリシーってもんがあんだよ。

お前らにしちゃ馬鹿馬鹿しいだろうがな」

 

「そんなことはないわ。立場が違えば、あたし達、分かり合えたかもね。

もちろんそんな卑怯な真似はしない。

時間停止は使わないと誓うわ、皇帝陛下の名のもとに。町の住人全員が証人よ。

もし能力を使えば、場面を切り取ったような不自然な現象が、素人目にもわかる。

そうなれば、あたしの“評判”とやらはガタ落ち。

純粋な早撃ちの腕前で勝負せざるを得ないってわけよ」

 

「ほう……?」

 

グラスを置いたカルロスがあたしの話に興味を向けた。

また葉巻を一服してから続きを促す。

 

「まだ、足りねえ。その平らな胸に拳銃4つ……。気に入らねえな」

 

「あなたを平手打ちしにきたわけじゃないの。銃は多ければ良いってものじゃないわ。

例えば、この一番下に差しているCentury Arms Model 100。

これなんか3kgもあるからクイックドローには絶対に向かない。

実はこれらも条件を対等にするために用意した」

 

「面白くなってきたな……。続けろ」

 

「この4つの中から、あたしが使う銃をあなたが選んで。

実はこの中に、ひとつだけ良く出来たモデルガンがあるの。

ベレッタを今ぶっ放したばかりだから……。実質確率は3分の1。

運良く玩具の銃をあたしに使わせたら、無条件であなたの勝ち。

上からベレッタ93R、コルトSAA(ピースメーカー)、44マグナム、そして、M100」

 

言い終えると、あたしはカルロスから二歩後ろに下がって両手を広げた。

 

「さあ、どれにする?」

 

「はっ……面白い女だな。いいぜ、俺の町に埋めてやる。

そうだな、お前が使うのは……。上から2つ目。ピースメーカーだ」

 

「それで、いいのね?」

 

「これでも目は良い方だ。表に出な」

 

 

 

あたし達は酒場から出て、熱い風が砂を運ぶ、町の大通りに出た。

両脇に並ぶ家屋から、大勢の住人達が不安げにあたしとカルロスの決闘を見守る。

そんな彼らにあたしは叫んだ。

 

「聞いて!今からあたしとカルロスが決闘をする!

あたしは決して能力を使わず、彼が指定したピースメーカーで勝負する!

その条件で戦う事を見届けて!今からこの金時計を1分後に鳴るように設定する!

時計が鳴った瞬間、同時にファイア。

あたしが死んだら……。サボテンの下にでも埋めてちょうだい!」

 

あたしはポケットからミニッツリピーターを取り出し、アラームを一分後に設定し、

そばにある雑貨屋の階段に置いた。

そして、カルロスが指定したピースメーカーを腰のホルスターに差し直す。

 

精巧な金時計が時を刻み始める。二人にとって永遠とも言える時間。

タンブル・ウィードが転がり、風が砂を巻き上げる。

カルロスが通りの向こうからニヤリと笑いながら語りかけてきた。

 

「お前みたいな恵まれてる女が、どうして賞金稼ぎなんかやってる。

皇帝さんお付きの護衛でもやってりゃ、一生安泰だろう」

 

「毎朝時間どおりに出勤する。そんな規則正しい生活なんて真っ平よ。

女捨てようが、あたしは自由に生きていきたい。

朝寝て、昼に飲んで、また夜に飲んで寝る。他の人生なんて考えられないわ」

 

「つくづく惜しい女だよ、お前は。

俺達みたいな生き方も、案外楽しかったのによ……!」

 

そして、カルロスがポンチョを翻し、

同じく古ぼけたピースメーカーが収まったホルスターに手を掛けた。

同時に金時計が美しい音色を奏でる。

あたしもピースメーカーを抜き、ハンマーを起こし、トリガーを引いた。

 

2つの.45LC弾がほぼ同時にサンディ・ムーンの空を疾走る。

銃声は、ひとつにしか聞こえなかった。

 

真っ白な鳩の群れが青空に向かって飛んでいく。

 

……金時計の演奏が終わると、それをポケットにしまい、

道路に大の字になって倒れるカルロスに歩み寄った。

胸から血を流す彼は、あたしを見上げて、へへ、と笑った。

彼の銃弾で肩を裂かれたあたしは、カルロスに問う。

 

「……どうして、マグナムを選ばなかったの」

 

「言っただろう…俺は、目がいいんだ……。そんな、軽そうな銃、あって、たまるか」

 

「確実に勝てたのよ?そのチャンス、いえ、命を捨てるなんて」

 

「“早撃ち里沙子”と、真剣勝負ってもんを、してみたくなった、それだけだ……」

 

「その時の、ただなんとなくで、命を賭ける。

本当、あたし達、似た者同士だったのかもね」

 

「……あばよ。地獄で、待ってる、ぜ……」

 

カルロス・バレリアーノは事切れた。

あたしは、睡る彼の顔をしばし見つめてから、両手を取って、胸の上に乗せた。

 

勝負の行く末を見届けた住人達が、一斉に建物から出てきて、歓声を上げる。

皆、あたしを取り巻いて感謝や感激の言葉を掛けるけど、

ほとんど耳には入っちゃいなかった。

 

仕事を済ませたあたしは、踵を返してサンディ・ムーンから立ち去る。

一人の女性があたしに気づいて呼び止めるけど、

足を止めることなく、2.5マイル先の街にある駅馬車広場に向かって歩き続ける。

 

「待ってください!ならず者達を倒してくれて、本当に、何てお礼を申し上げていいか!

駐在所に隠してある賞金を受け取ってください!私達が少しずつお金を出し合って……」

 

「いらないわ」

 

「えっ?」

 

他にも何か話しかけられた気がするけど、

あたしはストールをマスクにして、ただぼんやりとルート27を進み続けた。

 

ただハッピーマイルズの自宅に戻るため。

明日の保証など何もない毎日に還るため。

酒と銃だけがあたしを待つ、朝日のあたる家に帰るため。

ひときわ強い熱風があたしを叩いた。

 

 

 

 

 

Episode 2. あたしの拳銃どこ行った!

 

 

「ない!どこよ!あたしのピーちゃんどこ!誰が隠しゃあがった!?キー!」

 

あたしは私室をひっくり返す勢いで愛しの拳銃を探していた。

朝起きて、顔洗って身支度整えて、いつものガンベルトを着けたら、

妙に軽い事に気づいた。

そしたら、右腰のホルスターからピースメーカーがなくなってたのよ、奥さん。

 

左のショルダーホルスターにはベレッタ。これは問題ない。

でも右のホルスターに差しといたピースメーカーがどこ探してもないのよ!

 

ガンロッカーは何度も調べた。デスクの引き出しも全部引き抜いて逆さにしたけど、

マナの抜けた雷光石、エールの空き瓶、ガジェットの失敗作、

すなわちゴミしか出てこない。

 

無駄とわかっていても、

部屋の隅にある位牌と香炉をどけて床を這うように探すけど、どこにもない。

左手の位牌から、餅フォームのエリカがにゅるんと出てきて、文句を付けてきた。

 

「あわわわ!世界が回っているのでござるー!

……はぁ、びっくりした。何するのよ、もう!」

 

「起きたとこ悪いけど、あんたもあたしの銃探して!

アースの銃だから替えが効かないのよ!」

 

「里沙子殿の銃?拙者には火縄銃しかわからないでござる」

 

「持ち手がぐりん!と曲がってるあの銃よ。見たことない?」

 

「違いがよくわからないでござる。拙者があの村から持って来た銃しか……」

 

「デザートイーグルはあるのよ、ガンロッカーに。

でもあの銃はこの世界に来て初めて買った……」

 

“うるせえぞ!もう朝食の時間だぞ、早く来い!”

 

階下のダイニングからルーベルの怒鳴り声が響いた。

……しょうがない、一旦ピーちゃん探しは中断しましょう。

あたしはエリカの食事の線香に火を灯してから、1階に下りた。

食卓にはもうみんなが集まっている。

 

「ごめん、みんな。野暮用で遅れた」

 

「遅いわよ!このピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールを」

 

「さあ食べましょう、待たせたわね」

 

あたしが席に着くと、みんなも食事を始めた。

 

「いただきます……」

 

「沙国にも焼きそばパンがありますのね。パルフェムも大好きですわ」

 

「マリア様に感謝の祈りを捧げます。あなたの恵みを分け与えてくださり……」

 

「聞けー!」

 

ピーネが子供椅子の上で癇癪を起こす。いつものことだから誰も聞いちゃいないけど。

ルーベルがジョッキの水を飲みながら聞いてきた。

彼女は何も食べなくても問題ないオートマトンだけど、みんなが食べてる中、

手持ち無沙汰ってのもアレだから、こうして形だけ水を飲んでるってわけよ

 

「ま、私は水飲むだけだけどな。

ところで里沙子。さっきは朝っぱらから何を騒いでたんだ?」

 

「“朝”って単語にはまだ思うところがあるから、控えてくれると助かる。

あたしのピースメーカーがなくなったのよ。確かにガンベルトに差しておいたのに」

 

「むちゃくちゃ言うな。“朝”なんてすげえ一般的な言葉封印したら、

喋りづらいどころの話じゃねえだろ。それに、銃なくしたなんて危ないじゃねえか。

知らない奴が拾ったらどうすんだ。しっかりしろよ里沙子」

 

「それに関しちゃ返す言葉もない。

そういうわけで、今日は全員の部屋探させてもらうから、そこんとこシクヨロ」

 

「「えーっ!?」」

 

全員が抗議交じりに驚きの声を上げる。

 

「なによ、家主が困ってる時くらい助けてくれたっていいじゃない」

 

「困ってるっていうか、単なるお前のポカミスだろ!?

どうせ部屋中ひっくり返して、片付けもせずにとんずらする気だろうが」

 

「そんなことないわよ~?片付けくらいするし?あたしってきれい好きだし?」

 

「信用できねえ!特に2つ目!

お前の部屋を写真に撮って、アップロードして読者に見せてやりてえよ!」

 

「ごちそーさまー。まずはワクワクちびっこランドから捜索ね」

 

ややこしい言い争いになる前に、あたしは食器を流しに置くと、

ダッシュでまずはピーネとパルフェムの部屋に駆け込んだ。

 

「あ、こら!待ちなさい里沙子!」

 

「まぁまぁ、ピーネさん。お部屋くらい見せて差し上げればいいじゃありませんか。

それとも、何か見られて恥ずかしいものでもあって?」

 

「そ、そんなものないわよ!でも里沙子に勝手に触られるのはムカつくのー!」

 

「はぁ。一日くらい我慢してあげてもよろしいのに。まだトマトが残っていましてよ。

いずれにせよ、それを食べ終える前に席を立つのはレディ失格ですわ」

 

「うう……。これ好きじゃない」

 

助かるわ、パルフェム。精神的年齢の差が出てるわね。

さっそく子供部屋に突入したあたしは、

二人のベッドのサイドボードを引いて、中身を確認。

 

パルフェムは着物の帯。

ピーネはクマのぬいぐるみや、可愛らしい着せ替え人形が入ってた。

いつの間に買ったのかしら。まぁ、二人には毎月200Gずつお小遣いあげてるから、

別にいつ買ってても不思議じゃあないんだけど。

 

お次は洋服ダンス。上の段から次々開けていくけど、見つからない。

やっぱりパルフェムは替えの着物。ピーネは普通にいつものドレスの着替えが入ってた。

こんなところにピースメーカーがあるわけないとは思ってたけど、やっぱりがっかり。

 

でも、肩を落としてる場合じゃないわ。

あたしがドタドタと2階に上がると、手近な部屋から鍵を開けた。

ルーベルの部屋に入ろうとした時、全員朝食を終えたようで、同時に駆けつけてきた。

 

「うぉい!そこは私の部屋だぜ?お前の銃なんかあるわけないだろ!」

 

「可能性は一つずつ潰して行かなきゃいけないの。協力して。

紛失した銃が誰かを傷つける前に!」

 

「……そうだな。別に見られて困るもんでもねえし、早く見つけろよ?」

 

「わかったわ!」

 

真剣そうな表情を作って訴えると、あっさりOKしてくれた。楽勝。

あたしは鍵束を指先でクルクル回しながら、堂々とルーベルの部屋に入った。

そう言えば、彼女のプライベートってどうなのかしら。見るのは初めてね。

 

結論から言うと、この教会で2番目に汚かった。

妙な形の小刀、用途不明の軟膏、片っぽだけのボクシンググローブ。

ベッドの布団が床までずり落ちてる。

あと、バレットM82のメンテナンス器具が使ったまま床に放置されてる。

さすがに銃自体はちゃんと壁のガンラックに掛けてあったけど。

 

「里沙子お姉さま。パルフェム達の部屋にはなかったんですか?」

 

「うん。

そもそもあの部屋に銃が移動するなんて考えられなかったから、望み薄だったけど。

今、この足の踏み場もないカオスを彷徨ってるから、入っちゃだめよ。

踏んづけたら怪我する」

 

「はーい。……あら?」

 

首をかしげるけパルフェムをどけて、ルーベルも部屋に入り文句を付けてきた。

 

「何がカオスだ、お前の部屋よりずっとマシだっての!

まだ作業の途中だから床に置いてるんだ!」

 

「じゃあ、この変な形の彫刻刀は何に使うの?」

 

「オートマトンは木の体にささくれが出来たら、そいつで削って滑らかにするんだ。

人間で言う爪切りみたいなもんだ」

 

「へえ。

あんたが来たばっかりの時、薬局で買ってた謎アイテムの使い道が初めてわかったわ。

こっちの軟膏は?」

 

「関節に塗る潤滑油だ。人間と違って新陳代謝がない私達は、

外部的な方法で身体をメンテする必要があるんだよ」

 

「なるほどね~。おっと、感心してちゃいけない。

ピースメーカー、ピースメーカーは、と……」

 

あたしがガサゴソ部屋を漁ってると、小さな足音が廊下からペタペタと。

 

「ここがルーベルさんのお部屋なんですね。見たこともないものがたくさんです。

……あ、ごめんなさい、わたしったら勝手に」

 

「気にすんなよ、エレオノーラ。お前がうちに来た時、部屋見せてもらったしな。

面白いもの一杯あったな、確か」

 

「ふふ、全部聖職者以外には用のないものですが、

見ているだけで気持ちが安らぐ品もありますから」

 

ルーベルとエレオの昔話を聞きながら、机やクローゼットの中身を確かめる。

 

「ええと……。クローゼットには、ない。ここは駄目ね。

次はジョゼットの部屋に突撃よ」

 

「ええっ!?あの、わたくしの部屋には、その……」

 

「ん?その態度は怪しいわね。

あたしの寝首をかいて、この家乗っ取ろうとしている可能性が微レ存」

 

「違いますよう!女の子の私物を漁ってる自分に何か疑問を感じないんですか!?」

 

「これっぽっちも感じない。

そうだ、いい機会だから、みんなの部屋をお互い見学しましょう?」

 

「素直に探すの手伝ってって言えばいいのに」

 

「ピーネ黙る。見たくないなら無理に見なくてもいいのよ?」

 

「うるさいわね、見るわよ!付き合ってあげるから感謝しなさい」

 

結局ピーネも参加することになった大捜索は続く。次はジョゼットの部屋。

うーん、なかなか片付いてて小ざっぱりしてる。

机には聖書や、何かを書き留めたノート。魔法の勉強でもしてるのかしら。

あたしはシスターじゃないからさっぱりわかんないけど。

 

例によって机の引き出しを次々と開けていく。

机にはマリアさんの模型と勘違いされたアンクや、家計簿の束くらいしかなかった。

ジョゼットがこの家に来てからの支出を全部記録してるから、ノートがたくさん。

 

やっぱり銃は見つからない。次は洋服ダンスね。

あたしが引き出しを開けようとすると、ガッと腕に手を掛けられた。

 

「そこはっ!わたくしが見ますから、みなさん外に出てくださーい……」

 

「あんたじゃ見落とす可能性があるでしょ。ほら、手ぇ邪魔」

 

「ああっ!」

 

ジョゼットの手を振り払い、一番上の引き出しを引っ張った。

中には修道服数セット、下の方の段にはパジャマや下着が詰まってた。

慌ててジョゼットが割り込んでくる。

 

「あうあう!見ないでください!里沙子さんのスケベ!」

 

「なに、もしかして下着のこと気にしてたの?まったく、男がいるわけでもあるまいし。

何これ?普通のデザインじゃない。普通のくせに大げさなのよ」

 

ひとつ、つまんでしげしげと眺める。

 

「やめてください!里沙子さんはデリカシーがなさすぎるんです!

皆さんも出ていってくださーい!」

 

「はいはい、出ていくわよ。出りゃいいんでしょ」

 

ジョゼットに追い出される形で部屋を出たあたし達は、

今度は向かいにあるカシオピイアの部屋の捜索を開始した。

こっちもやっぱり片付いてるわね。

そりゃ、直接的な血縁関係ではないにしろ、どうして姉妹でこうも違うのかしらね。

 

「おじゃましま~す。……おや」

 

机の上のブックスタンドに、恋愛小説が並んでる。その中には……

 

「ウヘヘ。これ読んだ?」

 

先日カシオピイアにプレゼントしたフランス書院の一冊。

抜き取って彼女に表紙を見せると、彼女はカッと顔を赤くして、官能小説をひったくり、

それであたしを叩いた。

 

「いたっ」

 

「お姉ちゃんの……ばか!」

 

まー、こないだは説明し忘れたけど、フランス書院ってのは官能小説、

つまりエロい小説を専門に出版してる会社よ。

この娘がここまでウブだとは思わなかったけど。

 

「赤くなってるってことは、結局最後まで読んだってことでいいのかな?

女教師と男子高校生の禁断の恋を。んー?正直にお姉ちゃんに話してごら」

 

ゴツッ!!

 

「ぎゃうっ!」

 

「お姉ちゃんなんて、もう知らないっ……!」

 

今度はゲンコツで殴られる。

前にも言ったけど、あの娘割と手が大きいから、拳の一撃が地味に痛い。

カシオピイアはフランス書院を放り出して、どこかへ行ってしまった。

 

ちょっとからかいすぎたわね。今度“普通”の恋愛小説を買ってごめんなさいしなきゃ。

まあ、この機会にと言っちゃなんだけど、彼女の部屋も調べさせてもらうわ。

 

机の引き出しには定期的に帝都に送る日報。

あたしに取っちゃ何もなかった日でも、敵襲の有無、街の治安状況、物流の安定性、

ハッピーマイルズの安寧維持に関する情報がびっしり書き込まれてる。

 

あの娘、無口な分、文章を書くのは得意なのね。やっぱり姉妹なのに正反対の性格ね。

あたしなんか、小学校の読書感想文で、いつも“わたしは”で膠着状態だったのに。

 

いけない、いけない。思い出に浸ってないで銃を探さなきゃ。

部屋の主がいないから遠慮なく隅々まで調べさせてもらう。

ベッドの下、ない。洋服ダンス、ない。

中身は至って普通だったけど、それはあくまであたしの主観であって、

彼女が何を身につけているかは読者の想像に任せるわ。

 

何の収穫もないままエレオノーラの部屋に向かう。ここが最後。

これで見つからなきゃ本当にお手上げ。

 

「エレオ、入るわよ?」

 

「どうぞ」

 

「なんで私らには断りなしなのに、エレオノーラは別なんだ?」

 

「文句言わないの。

ここで全てが解決するかもしれないし、手詰まりになるかもしれない」

 

彼女の部屋の鍵を開けて中に入る。

やっぱり部屋はきれいに片付いていたけど、ドアから見て部屋の右の壁沿いに、

アンクと燭台を飾った小さな祭壇があった。

珍しそうに眺めていると、エレオが後ろから説明してくれた。

 

「毎晩寝る前にロウソクに火を灯し、その日を無事に生きられたマリア様のご加護に、

感謝の祈りを捧げているんです」

 

「本当に真面目なのねえ。あたしみたいな苦しい時の神頼みタイプとは大違い」

 

「そんなことないじゃないですか。

エリカさんがいらっしゃった時も、長い呪文を空で唱えていましたし」

 

「う~ん、あれは信仰というよりお婆ちゃんの思い出だからねえ。机、見るわよ?」

 

「はい、どうぞ」

 

「だから、なんで私と扱いが別なんだ」

 

「細かいこと気にしない。

えーと?中身は聖書と聖水、ロザリオ、その他マジックアイテム多数。

あと、クローゼットはいつものローブ2着、他には何もなし。

洋服ダンスも首に下げるクロスや、さっきジョゼットが大騒ぎしてた類のものが数点。

……ああもう、やっぱりここにもないじゃない!

どこ行ったってのよ、あたしのピーちゃんは!」

 

「落ち着け、里沙子!」

 

「……」

 

最後の望みを絶たれたあたしが地団駄を踏み、ルーベルがなだめる。

その時、様子を見ていたパルフェムが後ろから近づき、小さな体を活かして、

突然あたしのロングスカートの中に潜り込んだ。

 

「ちょっ!何してんの、このお馬鹿!

何かひとつでも感想その他の状況説明を口にしたらタコ殴りに……!」

 

もぞもぞと動き回るパルフェム。

脚の周りの何かが動き回る感触が、くすぐったいやら気持ち悪いやら。

 

“フシシシ……”

 

そして彼女がスカートから出てくると、

その手には探し求めたピースメーカーが収まっていた。

 

 

 

全員がダイニングに集まり、あたしの事情聴取が始まった。

みんなが冷たい目であたしを見てる。

 

「里沙子お姉さまのスカートがなんだか盛り上がってましたから、

まさかと思いましたの」

 

「パルフェムのお手柄だな。

……で、なんで散々探していた銃を自分で持っていたんだ?」

 

「あー、なんか段々思い出してきた気がする。

そういや昨日しこたま飲んだんだっけ……」

 

……

………

 

“ウヒャヒャヒャ!見てよこれ!マリーの駄菓子屋で奇跡の銃を見つけたの!

これこそまさにワン・オブ・サウザンドよ!”

 

“(隣の声)里沙子さーん、静かにしてください。寝られないじゃないですか……”

 

“ふん、お上品なシスターにこの銃の魅力がわかるもんですか!

あたしはこれから荒野のガンマンになる!

ええと、ピースメーカーにはサイホルスターに移動してもらって、と。

……いいか?三歩あるいたら銃を抜け。1,2,3,…ダァン!”

 

“うるせえ!今何時だと思ってんだ!”

 

“相手が悪かったわね、ビリー・ザ・キッド!あたしのクイックドローの前には……”

 

“いい加減にしろ!ぶん殴ってベッドに沈めるぞ!”

 

“わかったわよ、寝るわよ!ロマンのわからない連中ね!おやすみなさーい!”

 

………

……

 

「それで、あたしはこれを放り出してそのまま寝ちゃったってわけなのよ」

 

あたしは、プラスチックのモデルガンのトリガーを引いてカチカチ鳴らす。

シリンダーとハンマーが連動して、細かいところが作り込まれている。

 

「わけなのよ、じゃねえだろ!医者に“多少”の飲酒が認められたからって、

馬鹿みたいに酔い潰れて、みんなに迷惑かけて!申し訳ないと思わねえのかよ!」

 

「うん、それは、思ってる。うん、本当ごめん」

 

「里沙子さん、最低です!

酔っ払って記憶が飛んで、わたくしのパ…下着を汚いものでも触るように!」

 

「安心なさい。新品でもない限り、きれいなパンツなんて存在しないから」

 

「全然反省してないじゃないですか!」

 

「そーだ、反省してねえ!ジョゼット、冷温庫のエール、全部処分しろ」

 

「ちょ、ちょっと待った!あたしだって確かに今回の一件、

禁酒令を下されても仕方がないと理解してるわ!でも、酒も立派な飲食物よ?

それを廃棄するのはいかがなものか!

ちゃんとあたしが飲んで処分するのが筋ってものでしょうが!」

 

「ああん?」

 

「すぐ、すぐに飲むから!グラスとエールを全部ちょうだい!

飲み終わったら如何様な処分も受けるつもりよ!」

 

「ま・だ・飲・む・つ・も・り・か?……今、受けろぉ!」

 

怒りで目から光を失ったルーベルが飛びかかってきた瞬間、

全員があたしを取り押さえた。

 

 

 

あのね、確かにこの騒動の原因はあたしにあるわけだけど、

もうすぐアラサー女をみんなでボコることはないと思うの。

一応この家で一番年長者のあたしを、もっといたわるべきだわ。

 

ともかく、教会から追い出されたあたしは、玄関の前で体育座りをしながら、

ただ時が過ぎるのを待っていた。

ふと空を見ると、あたしの私室がある辺りの壁からエリカが抜け出てきた。

 

「里沙子殿~そろそろ新しいお線香を上げて欲しいでござる」

 

「ごめんね……。鍵も取り上げられたから、そっちには……。行けない」

 

「何があったでござるか~?拙者で良ければ力になるでござる」

 

「気持ちだけもらっとく。いや……。ここで一緒に空を眺めてくれるかしら」

 

「お安い御用でござる!今日は良い天気でござるなぁ!」

 

青白い幽霊が哀れなウワバミ女の隣に座る。足がないから座れないんだけど。

 

ピー、ヨロヨロ……

 

野鳥が空を飛んでいく。あたし達はいつまでも自由に羽ばたく鳥を眺めていた。

日没後、ようやく帰宅を許されたけど、

ルーベルが冷温庫に鍵を取り付け、ジョゼットが大変喜んだそうな。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

………

 

「まぁ、こんな感じでシリアス編、日常編、2本エピソードを書いてみたの。

もちろん完全オリジナルよ」

 

あたしは、酒場で書き上げたシナリオ2本をジョゼットに見せていた。

無表情でページをめくる彼女に、内心ハラハラしていた。

ちなみに、外に出た意味は全くなかった。

むしろ、自分の部屋で書いた方が捗ったと思う。

 

街中でエリカを出すわけにもいかないから、モデルガンの中で待たせといたんだけど、

退屈だの外が見たいだのぐずる度に、一発弾いて大人しくさせないといけなかったから、

むしろ邪魔だった。

 

あ、読み終えたみたい。ジョゼットは、ふぅ、と息をつくと感想を述べた。

 

「……日常編はオチが弱い気がしますけど、

シリアス編はまあまあ良かったんじゃないんですか?」

 

「でしょう!?古典的西部劇をテーマにした、おふざけ抜きの決闘を描いた自信作なの!

本当は“大回転ワゴン撃ち”をやりたかったけど、非現実的になるし、

今回はオリジナルを貫くって決めてたから我慢したのよ!

気になる人は“真昼の用心棒”の予告編をYouTubeか何かで探して。今度こそあるから!

空高くバク転して敵の後ろに回り込んで、ファニングで一網打尽にする大技よ」

 

「努力は認めますが、皆さんの意見も聞かないと。お呼びしてきますね」

 

「うん!」

 

そんで、ジョゼットがみんなを集めて、

ダイニングのテーブルであたしの傑作二編を回し読みした。

全員が読み終えると、あちこちから感想が上がる。

 

「そこそこ面白くはあったが、

決闘編で私達がいないことにされてるのは、この企画としてどうなんだ?」

 

「そこは大目に見てよ。ガンマンってのは一匹狼なのよ。

大勢の仲間と力を合わせることなんてありえない。荒野の七人みたいな例外はあるけど。

まさに、わずかばかりの小銭のために命を賭ける、

明日をも知れぬ人生を送る孤独なストレンジャーなのよ。

あと、ラストにあたしの大好きなナンバー、“朝日のあたる家”を仕込んだのも

大きなポイント。タイトルだけだから規約違反にもならないしね」

 

「日の当たらない人生を送る者達の生き様、興味深く読ませていただきました。

生まれてからの大半を大聖堂教会の中で過ごして来たわたしには、少々刺激的でしたが」

 

「わかってくれて嬉しいわ、エレオ!」

 

「2本目は笑えたわ。里沙子、家から追い出されてやんの!ウフフ!」

 

「その調子で少しくらい、リアル読者からも笑いが取れるといいんだけどね。

パルフェムはどうだった?」

 

「1作目の銃だけに人生を賭ける里沙子お姉さまも、渋くてカッコいいと思いますけど、

パルフェムとしては、2作目にもっと明確な描写が必要だと思いますわ!」

 

「例えばどんな?」

 

「パルフェムがお姉さまのスカートに入った時、そこで何を見たのか!ウシシ!」

 

「悪趣味ねえ。そんなに見たいなら、ほれ」

 

「おほほ、これはこれは……」

 

扇子で口元を隠しながらニヤケ笑いをするパルフェム。

彼女はわかるけど、なんであなたまでしゃがみこんでるの?カシオピイア。

 

「……うん。わかった」

 

「わかったって一体何が!?あなたは言葉と表情から意図が読めないから正直怖い!

あと、あたしも見せたんだから、後であなたも見せなさいよ?

部屋に戻ってからでいいから」

 

「わかった」

 

「なんでもホイホイ言うこと聞かない!」

 

あたし達が馬鹿やってると、ジョゼットが立ち上がって告げた。

 

「では、皆さんに2編の物語が行き渡ったことと思いますので、決を採ります。

このお話しを次回の更新で掲載しても良いと思う方は、挙手を願います」

 

少し悩んだ様子で、まずルーベルが手を挙げた。次にエレオ、ピーネ、カシオピイア。

大体読み終えた順に手が挙がった。こんなところね。

 

「では、次の更新内容が決まったところで、解散したいと思います。

ご協力ありがとうございました。

今夜のメニューはハンバーグとポテトサラダです。以上」

 

ジョゼットの解散宣言で、みんな部屋に戻ったり、裏庭に遊びに行ったり、

思い思いのところに散っていった。残ったのはあたしとジョゼット。

彼女はまた昼食のお皿を洗ってる。なんか話しかけづらいわね……

 

「ああ、あのね、ジョゼット。今回あたしもちょっとくらいは、やり切ったと思うのよ。

短編とは言え2本シナリオ書いて。オリジナルでもやってけるって証明もしたつもり。

この企画の趣旨とは矛盾するけど……。主人公としてちょっとくらいは頑張るからさ、

機嫌直してよ……」

 

ジョゼットの手が止まり、泡の着いた皿を水で流して、水切りカゴに置き、

またエプロンで手を拭きながら近づいてきた。そして。

 

「ジョゼット?」

 

それこそ鉄板みたいなあたしの胸に顔をうずめる。

 

「あのお話し、わたくしが怒ったから書き上げたんですか……?」

 

「ん、えーと、まぁ、そういうことになるわね」

 

ちょっとしどろもどろになっていると、今度はあたしの身体に腕を回す。

 

「わたくしのこと、無視しないでいてくれて、ありがとう、ございます……

嫌なら出てけって言われちゃうんじゃないかって、わたくし……」

 

その言葉に心底安心しつつ、彼女の後ろ髪を撫でる。

 

「無視なんてできるわけないでしょう。

普段怒らないやつがいきなりキレると、かなりビビるでしょ?

心臓に悪いから、もう勘弁してほしいわ。それに、メイドがいなくなっても不便だし」

 

「メイドじゃないですー!ふふっ、わたくしだって、いつまでも子供じゃないんですよ?

また自分の世界に閉じこもってたら、里沙子さんのこと、叱っちゃうんですから」

 

「それはおっかないわね。せいぜいパロも加減をわきまえるよう、あいつに言っとくわ。

……じゃあ、あたしはちょっと昼寝するわ。

朝から短編2本も書いたから、横になってリラックスしたい」

 

「はい。おやすみなさい」

 

あたしは階段を上り、私室に戻ると、

今回の騒ぎの元凶になったプラスチックのモデルガンを手に取った。

ベッドに入る前に、裏庭側の窓を開けて、

定期的に回収を依頼してるゴミを積んであるスペースに放り投げた。

 

ようやく心労から開放されたあたしは、ゴロンとベッドに寝転がり、目を閉じた。

そして、大切なことを思い出す。

 

「やべ、エリカ捨てた」

 

 


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