面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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3段重ねのアイスクリームって落とさずに食べられるものなのかしら。怖くて頼んだことない。

「では、頂こうかの。今日も心尽くしの食事を用意させた。楽しんで欲しい」

 

法王猊下の言葉で、会食が始まった。

スープ、サラダ、白パン、牛ヒレ肉をとろけるまで煮込んだビーフシチュー。

真っ白なクロスが敷かれた長いテーブルに、

豪華過ぎないけど、庶民が毎日食べるには厳しい程度の、ちょいリッチな食事が並ぶ。

 

あたし達全員が着席すると、エレオノーラ達、聖職者チームはお祈りを始めた。

仏教徒のあたしは祈りの言葉なんてわかんないから、ただ合掌して終わるのを待つ。

 

いつもなら、いただきま~すで構わず先に食うんだけど、

法王がまだ手を付けてないのに、先に食べるわけにはいかないじゃない。

あたしだってそのくらいの慎みはあるのよ?……今、笑った奴ぶっ殺。

 

実際、大聖堂教会には破格の待遇でお世話になってる。

魔導空調機の設置された部屋で快適に過ごせてるし、

3食栄養バランスの取れた食事を提供してもらってるし、

なにより、法王猊下と食事を共にする事自体、普通はありえない。

 

お祈りが終わったわね。これで遠慮なく飯にありつける。

法王が優雅な手付きでナイフとフォークを使い、ビーフシチューの肉を切り、

ルゥに浸して口に運ぶ。

滅多に見れない上流階級の作法を、白パンをちぎって食べながら横目で覗く。

あらまあ、食い物もこんなに綺麗な食べ方されたら飯に生まれた甲斐もあるでしょうね。

その時、一口水を飲んだエレオノーラが、一旦手を止めて口を開いた。

 

「お食事中すみませんが、少し話を聞いていただけますか。

皆さん、今回はわたしの不注意でご迷惑をおかけしました。

素早く対応してくださった方々のおかげで、だいぶ体調も良くなりました。

特に里沙子さん。あなたの応急処置が適切だったので、重症化に至らず済んだそうです。

本当にありがとうございます」

 

まだ本調子ではないものの、すっかり回復したエレオが目を伏せ、あたしに礼を述べる。

 

「お礼を言われることじゃないわ。むしろあなたが倒れたのは、

蒸し風呂状態の家を、さっさとなんとかしなかったあたしのせい。

ごめんね。ジョゼットも」

 

「えっ!里沙子さんが謝ってる……?自分から?わたくしに?1Gも儲からないのに?

ひょっとして里沙子さんも暑さで……」

 

「この長くて硬ってえフランスパンならそっちにも届きそう」

 

「あ、ごめんなさい嘘ですすみません」

 

「まったく。そのいちいち一言多い癖は死にかけても治らないみたいね」

 

クツクツ……テーブルの上座から抑えた笑い声が聞こえる。

法王猊下がしわの多い顔に笑みを浮かべて笑っている。

 

「実に愉快な食卓である。普段はひとりきりでどこか味気ないものだが、

客人が増えるとこうも色豊かなものになるとは思わなんだ。のう、エレオノーラ?」

 

「はい。ハッピーマイルズ教会の食事は、

ジョゼットさんの手料理と、皆さんの団らんで、毎日とても楽しいんです!」

 

思わずいつものノリでジョゼットに仕置きしようとしてしまったことに気づき、

顔から火が出る思いをした。大人しくフランスパンを置いて席に着く。

 

「お、お見苦しいところをお見せしました。なにぶん改まった場に不慣れなもので……

ほらジョゼットも」

 

あたしは、テーブルの下でジョゼットの足を蹴る。

 

「いたっ!あ、いえ、大変失礼致しました……」

 

「いや、気にせんで欲しい。本当に諸君との会食が楽しくて仕方ないのだ。

それに、里沙子嬢。以前にも申したが、孫の件は貴女のせいではない。

自己管理を怠ったエレオノーラ自身の問題である」

 

「その通りです。この暑さを甘く見ていたわたし自身の失態です。

どうかご自分を責めないでください」

 

「ありがとね。でも、教会の状況は放置して置けないわ。

来年もまた暑くなるかもしれないしね。

ここでお世話になってるうちに、何か対策を考えておくわ」

 

「う~ん。パルフェムも協力したいんですが、和歌魔法も余りに季節が違いすぎると、

本来の半分も効果を発揮できないという弱点がありますの。

この真夏に真冬の吹雪を詠んでも、ひとすくいのシャーベット位しかできませんわ」

 

「気持ちだけもらっとくわ。

とりあえず、パルフェムとピーネは自分の部屋にいれば安全だから、

残りのメンバーに一人ずつ対処していくつもり」

 

「じゃあ、私から提案。夏の間は、エレオノーラと私が一緒に寝ればいいんじゃない?

パルフェムはジョゼットと。

二人共体が小さいから、シングルベッドでも並んで寝られると思うけど」

 

思わず目を丸くした。わがままなピーネが寝床のスペースを分けるだなんて。

しばらく何も言えずに見つめていると、彼女が言い訳のように続けた。

 

「べ、別に里沙子に協力しようってわけじゃないわよ!?

ただ、こんなゴタゴタは二度とごめんだって言ってるの!

仮にも悪魔である私が、人間界で最大の教会で施しを受けるなんて、

吸血鬼としての沽券に関わるの!」

 

「ふふっ、はいはい。……ありがとう」

 

「何笑ってんのよ!お礼なんか言ったって、あんたは絶対入れてあげないから!」

 

「カカッ、里沙子嬢。貴女の人を視る眼は確かであるようじゃな。

諸君を見ていると、ひょっとしたら数百年後、

魔族と人間は共存の道を歩んでいるかも知れない。そんな甘い幻想に浸ってしまう。

誰よりも厳しい目で世を見なくてはならない立場であるというのに」

 

「お祖父様……わたしは、そうあるよう望んでいます」

 

「猊下。わたくしには、数世紀先の種族間の関係にまで考えは及びませんが、

必ずピーネの世界は探し当ててみせます。その責任だけは果たすつもりです」

 

「うむ。わしは貴女を信用しておるぞ」

 

法王猊下があたしに笑いかけると、部屋にノックが響いた。

ドアが開くと正装した神官が入室し、うやうやしく一礼して法王の側に立って、

連絡事項を述べた。

 

「お食事中失礼致します。猊下に面会を求めている方がいらっしゃいます。

応接室にお通ししましたが、いかが致しましょう」

 

なんだか妙な立場ね?

アポ無しで法王に面会を求めても、追い返されることなく、中に通される。誰かしら。

法王がナプキンで口を拭いてから神官に問う。

 

「ふむ。どなたかな?」

 

「は。芸術の女神、マーブル様です」

 

「猊下のお食事が終わるまで何時間でも待たせておいてください」

 

思わず口を挟んでしまった。飯時にあのジョゼット2号は何を考えているのか。

神官がキョトンとした顔であたしと法王を交互に見る。

法王は落ち着いた雰囲気を崩さず、グラスの水を飲み干すと、返事をした。

 

「構わぬ、すぐ行こう。さて、女神様の訪問は久しぶりじゃ。何の御用であろうか」

 

「ああ、お食事もまだなのに……

法王猊下、彼女は甘やかすとどこまでも付け上がるタイプなので、

どうかお気をつけください」

 

「ククッ、承知しておる。心配なら里沙子嬢たちも同席するかね?」

 

「是非!」

 

即座に返事をした。あたしが睨みを利かせていれば、法王へのおねだりを阻止できる。

どうせ小遣いでもせびりに来たに決まってる。

あのファッションオタクは万年金欠だからね。

 

 

 

……と、思ったけど、ちょっと様子が違った。

応接室に入ると、そこには力なくソファの背によりかかるマーブルが。

ずれたベレー帽から、パサパサになったブラウンの髪。

くぼんだ目、乾いた唇、そして全身から吹き出す汗。これあかんやつや。

 

さすがに法王も慌てて、エレオノーラと一緒に彼女の正面に座る。

あたし達は人数が多いから遠慮して部屋の隅に立つ。

マーブルはグールのようなぎこちない動きで身体を起こすと、

弱々しい声で法王に言った。

 

「ごはん、たべさせてくださ~い……」

 

 

 

メンバーを1人増やして、全員元の食卓に逆戻り。鬱陶しいわね。

あたしらだって、こんな短いスパンで場面転換させられちゃ敵わないわよ。

冷たい目でマーブルを見ながら、あたしは、ぼそっと吐き捨てる。

 

「……それ食べ終わったら事情聴取」

 

「わ~い!ごはん、ごはん、嬉しいな!」

 

聞こえているのかいないのか、さっきあたし達が食べていたものと同じメニューを前に、

両手のナイフとフォークをチャンチャン鳴らしながら、

最後のスープが出されるのを待つ。最悪。あたしより行儀悪いじゃない。

 

「いただきまーす!」

 

しばらく何も食べてなかったという事実が何の免罪符にもならない食べっぷり。

水の入ったグラスを左手、スープ用スプーンを右手に持ち、

コーンスープと水をズルズルと派手な音を立てながら交互に飲む。

 

それがなくなると、水のおかわりを要求してから、今度はビーフシチューに手を付ける。

肉もスプーンでグチャグチャに崩して、これまた盛大に音を立ててすする。

挙句の果てには白パンをちぎって、残ったルゥに付けて食べる。

それはね、家だから許される食べ方なのよ。よそでやるんじゃありません!

 

ちっとも芸術的でない食事マナーを披露し、

結局マーブルは水を大きめのグラス5杯飲んで、

ルゥの余っていたシチューまでおかわりして、ようやく満足した。

 

「ふぅ~げふ。あ、すみません。ごちそうさまでした、とっても美味しかったです!」

 

「お口に合ったようでなによりである。

さて。皆の昼食も済んだところで、女神マーブルのご用件を伺おうではないか。

貴女が直々においでになるのは何年ぶりであろうか。何か神界で異変でも?」

 

そんなもんあるわけない。タダ飯をたかりに来たに決まってる。

今は法王が喋ってるから黙ってるけど、あたしは無表情で怒ゲージをチャージしていた。

 

「えへ。お久しぶりです法王猊下。

あの、申し上げにくいんですけど、今日伺ったのは、なんと言いますか……

私の神殿の台所事情が、このところあまり芳しくなくって、この猛暑の影響も相まって、

水道とか?いろんなものの支払いがちょっと厳しかったり?

大学も夏休みで時給制の私は収入減になっちゃったり……」

 

「要点!!」

 

「まあまあ、落ち着かれるがよい。

今日は公務もないから、話を聞く時間はいくらでもある」

 

「ひっ、里沙子ちゃん!あなたも来てたなんて、あまりの空腹で気づかなかったわ。

あ、ああ、わかった。ちゃんと話すから伸び縮みする鉄の棒しまって?」

 

「わかりやすく、法王猊下に、お話ししなさい。わかりやすく、よ……?」

 

シャン、と特殊警棒を縮めて腰にしまうと、席に着いた。

怒ゲージがMAXになり、思わず法王の前で大声を出してしまった。

こんなクソみたいな状況を生み出した奴の罪は重い。

改めてマーブルは指をモジモジしながら話を始めた。

いい年した大人の振る舞いとは思えないわね。

 

「実はぁ……神殿の資金繰りが良くなくて、あまりご飯を食べてなかったんですぅ。

水道も料金が…ちょっと払えなくて、喉も渇いてて。

だから、あの、教会に行けばもしかしたら

ご飯を食べさせてくれるんじゃないかぁ?って思って……来ちゃった。テヘ!」

 

怒りも限界を突破すると明鏡止水の境地に達する。あたしの心には怒りも悲しみもない。

法王が何か言う前に、あたしはただ、さっきのフランスパンを掴んで、

マーブルの手を引っ張って廊下に連れ出した。

 

「マーブル、こっちへ」

 

「あら、なに?里沙子ちゃん」

 

「いいから、早く、こっち」

 

お聞き苦しい音をみんなに聞かせたくないから外に出したんだけど、

ドアを締め忘れてたせいで、結局こんなやり取りが聞こえてたらしい。

 

“壁に手をついて、腰はこっちに”

 

“え、なになに?何するの?”

 

“いいから。……そう、そんな感じ。3,2,1”

 

バシィン!!

 

“いったーい!なんで叩くの?暴力反対!”

 

“叩かれた理由を自分で考えるまで一切の抗議は受け付けない。戻るわよ”

 

“納得できなーい!里沙子ちゃんは神様に対する敬意が足りません!めっ!”

 

“(もう)一本行っとく?”

 

“そろそろ戻らなきゃ”

 

そして、半泣きでケツをさするマーブルはともかく、

あたしは素知らぬ顔で部屋に戻った。

ああ、食い物を玩具にするという禁忌を犯してしまったわ。

でも、特殊警棒じゃ流石に尾てい骨辺りが折れるし、

他にケツバットに相応しいものがなかったらどうしようもなかったの。

せめてこのフランパンはあたしが責任を持って食べるから許してちょうだい。

 

あたしもマーブルも席に着くけど、

知りたくもないやり取りを知ってしまった法王猊下も、これには若干引いている。

 

「まあ…里沙子嬢、彼女も人に近いとは言え神である。それなりの手心を。

大聖堂教会は神の家。食事を求めてやってきても、何ら問題はないのじゃ」

 

「まずはお騒がせしたことをお詫びします。

しかし、彼女は非常勤ではありますが、美術大学の講師をしており、

神殿で絵画教室も開いています。つまり、必要十分な収入があり、

人間で言う餓死寸前に陥るほど食事に困ることは、本来ありえないはずなのです」

 

「というと?」

 

「彼女にはとんでもない悪癖がありまして……」

 

「あわわわ!里沙子ちゃんだめー!」

 

「でい!」

 

「はい」

 

テーブルから身を乗り出してくるマーブルを一喝して下がらせた。

コホンと喉を慣らしてから続きを述べる。

 

「いわゆる買い物依存症なのです。おしゃれな洋服に目がなく、

後先考えずブランド物の服や靴を買い漁るため、慢性的な生活費不足。

単なる生活苦で食事を求めてきたのならともかく、

贅沢三昧の末に金がなくなったから、

信者の方々の心のこもった献金で用意された食べ物を恵んでくれなど、言語道断かと」

 

「ふむ、それは……ふむ」

 

法王猊下もさすがに擁護しかねている。

エレオノーラも何も言えずに、微妙な笑顔を浮かべるだけ。

ピーネもパルフェムも、何かよごれたものを見るような目で見ている。

子供にこんな目をさせるようになったらおしまいよ。

 

「あうあうあ…あの、そういうこともありましたけど、今回はそれだけじゃないんです!

この暑さでモヤシの値段が2Gに上がって……

そうだ!猛暑で神殿内の室温が急上昇して、

絵の具や画材の一部がダメになっちゃったんです!美術品数点も!

これらの損失補填にまとまったお金が必要に……」

 

マーブルが最後の抵抗を試みるけど、それで情けを掛けるあたしじゃないってことは、

常連さんならわかってくれてると思う。

 

「ねえ、マーブル。あたし何度も忠告したわよね。

モヤシ炒めの生活から抜け出したかったら、節約を覚えろって。

あと、その度にちょっとしたお金も渡したはず。あれ結局何に使ったの?

トータルで一家四人が一月楽に暮らせる程度の額だったと思うんだけど」

 

「はわわ、それまで滞納してた公共マナの支払いに充てちゃって……」

 

「それだけじゃないはずよ。あなた最近、皇帝陛下から心付けを受け取らなかった?」

 

「えっ、どうして知ってるの!?」

 

あたしはそっと法王に目配せする。すると彼はほんの僅かにうなずいた。

そう、大聖堂教会も共同でマグバリスへの対処に当たったあの事件。

 

「あたしがあなたに褒賞金を送るよう頼んだからよ。

詳しい事情は言えないけど、カードの代金だと思ってくれればいいわ。

そりゃあ、皇帝陛下からのお小遣いだもの。

生活費としては多すぎるほどの金額だったんでしょうねぇ?」

 

「どうして?里沙子ちゃんが?皇帝陛下に?わからない!マーブルわからない!ひー!」

 

パニックと焦燥と混乱で脳の処理能力がオーバーフローしたマーブルは、

とうとうガクッと椅子の上で泡を吹いて気絶した。

果てしなくどうでもいい追求劇の幕が下りる。

ファッションオタクもこれだけ法王の前で赤っ恥をかいたら、今度こそ懲りるでしょう。

あたしはグラスの水で、渇いた口を潤した。これが本当の勝利の美酒。

 

 

 

そんで。あたしは氷の入った水差しをマーブルのほっぺにつけて、目を覚まさせた。

いつまでもここにいられちゃ迷惑なのよ。食事係の人がお皿下げにくいでしょう。

法王猊下は急用で、今は私室でお仕事をされてる。

 

「冷たっ!……あれ、私寝ちゃってた?」

 

「ええ。法王猊下にあんたの浪費癖が全部バレたショックで気絶してたのよ」

 

「な、なんてことするのよう!里沙子ちゃんの意地悪!

いいもん!エレオノーラちゃんは、いつでも来ていいって言ってくれてるし~」

 

でも、エレオは気まずそうな表情で現実を突きつける。

 

「ええと、マーブル様?先程お祖父様と話し合ったのですが、

今後は献金の使い道、例えば来客への待遇に関しては、

より厳しく検討するということになりまして……

なにぶん信者の方々の大切なお気持ちなので。ご理解ください」

 

「ガーン!あなたまで!?わ、私の最後のライフラインが……」

 

「いいと思うわ。クレジットカードの審査みたいで合理的よ。

ていうか今、ライフラインて言った?

ここはね、マ・リ・ア・さ・んの家。あんたの別荘じゃない!

わかったんなら、今すぐゲラウェイ!」

 

聖堂へ続く通路を指差すと、今回もあたしに叩きのめされたマーブルが渋々立ち上がる。

そして恨めしそうな目であたしを見る。

 

「いつか……里沙子ちゃんを題材にした大人向けの薄い本を描いて、

伝説の逆三角形の神殿で売りさばいてやる!……うう」

 

「やってみなさいよ。あんた一人の弱小サークルがスペースなんて貰えるはず無いし、

貰えたとしても1冊も売れなくて、メロンもとらも委託してくれず、

全部廃棄処分が関の山よ。さあ、帰った帰った」

 

あたしはどうしようもねえ神様の尻を軽く叩く。

 

「いたい!まだ腫れてるんだから……え?」

 

スカートのポケットに、硬貨3枚。

彼女が中身を確かめると、それまでのしょぼくれた顔がパッと明るくなる。

でも、あたしは静かに近づき、マーブルの顎を軽く持ち上げて、

感情を顔に出さず警告する。

 

「ラストチャンスよ。

カードの件がなかったら、金貨の代わりにケツバットが飛び込んでたと思いなさい」

 

「里沙子ちゃん……大好き!なんだかんだ言って結局助けてくれるところ、大好き!」

 

「むぐ、抱きつくな!暑苦しい!ただでさえ暑いのに!」

 

「うふふ、ごめんごめん。それじゃあね。今度こそ節約するから」

 

「“今度こそ”は駄目人間の常套句なんだけど……“今度こそ”期待してるわよ」

 

「任せて!あ、それと確かめなきゃいけないことが……」

 

廊下に出たマーブルが振り返った。なにかしら。

 

「里沙子ちゃんって受け?攻め?」

 

「帰れ!!」

 

ついにプッツン来たあたしは、マーブルを怒鳴りつけて神聖な建物から追い払った。

薄い本だの受け攻めだの、意味がわからない人は調べようとしないでね。

知らないってことは、健全な人生を送ってるってことだから。

健全なる精神は健全なる身体に宿るだのどうの。

 

あたしはフランスパンをかじりながら、

嬉しそうに尻尾のような後ろ髪を揺らす芸術の神様を見送った。

パサパサした食感でチョコバットを思い出す。思い出したら急に食べたくなったわ。

ハッピーマイルズに帰ったら、またマリーの店で探してみましょう。

チョコが溶けてるかもしれないけど。

 

 

 

まだ7317文字か……このまま終わるには微妙に短すぎるな。

暑さを理由に手を抜いてると思われかねない。

それに、今回は私の出番というか、台詞すらないじゃねえか。

同じハブられ者同士、適当に絡んでみるか。

そういや、あいつとはまともに世間話もしたことねえからな。

私は、目的の人物の部屋に行き、ドアをノックする。

 

「お~い、カシオピイア。ルーベルだ。

ちょっと文字数が余ったから、暇だったら少し喋らねえか?」

 

応答がない。待つこと30秒。もしかして留守なのか?と、思ったらドアが開いた。

いつものようにピシッと軍服を着込んだ無表情の彼女が立っている。

里沙子に言わせれば、よく見れば変化はわかるらしいんだが、

私にはさっぱりわからねえ。

突然尋ねてきた私に驚いているのかもしれないし、いないのかもしれない。

 

「いきなり悪かったな。ここはいいとこだが、部屋の中でじっとしてるのは退屈でさ。

……迷惑だったか?」

 

カシオピイアは首を振り、短く返事をする。

 

「ううん……入って」

 

「おっ、サンキュー!」

 

彼女は私を招き入れてくれた。遠慮なく中に入ると、部屋は片付いていて、

備え付けの紙とペンで何かをメモしているようだった。

ここに来る時みんな手ぶらだったから、片付いてるのは当然、なはずなんだが……

 

私の部屋は手を拭いたタオルやら、

置いてあったから試しに読んでみた聖書やらが散らばってる。

1ページで飽きちまったが。

まぁ、里沙子の部屋はもっと汚いだろうから、あれくらいは許容範囲だろ。

 

「綺麗な部屋だな。里沙子にも見せてやりてえよ」

 

「お姉ちゃんの部屋は、きれい。よそでは」

 

「あー、そうだった!外ではお行儀がいいんだよな、あいつ。

言葉遣いとかもそうだよな。どこであんなお嬢様言葉覚えたんだか。

私も時々練習してるけど、里沙子ほどスムーズに行かねえんだよ」

 

「うん。不思議。座って」

 

「おう、ありがとな」

 

カシオピイアはデスクの椅子、私が二人がけのソファに座って、彼女と向かい合った。

本当、自分で言うのもなんだが、珍しい組み合わせだ。何を話したもんかな。

ちょっと部屋を見回すと、机の上に一冊の本があった。“月夜の二人”ってタイトル。

私はそれを見ながら聞いてみた。

 

「読書、好きなのか?」

 

「うん」

 

「どんな話なんだ」

 

すると、彼女は少し顔を赤らめて、月夜の二人を手にとって、ぽそっとつぶやいた。

 

「……恋愛小説。本屋で買った」

 

「そっか!そう言えば別に外に出るな、なんて言われてないんだから、

私も帝都を見物すればよかったんだ。うっかりしてたぜ。

話は戻るが、カシオピイアはその手の本が好きだって里沙子が言ってたな。

この前も2冊くらいプレゼントしたって……」

 

「その話はやめて」

 

うっ、固い声ではっきりと拒絶の意思を示された。

相変わらずの無表情だが、今なら私でもわかる。

触れられたくない古傷に触られた嫌悪と怒り……!

里沙子、お前一体何やらかしたんだよ?

 

「わかった。なんか知らないけど悪かったよ。

……そうだ!私は普段読書とかしないんだが、昔、母さんが行商人から買った古本に、

恋愛小説が交じってたから読んでみたんだ」

 

「どんな話?」

 

カシオピイアが明らかに興味を示した。今度は興味と興奮。

段々彼女の表情が読めるようになってきた。私は物語のあらすじを掻い摘んで話す。

 

「タイトルは忘れちまったが、アースの書物でな。

金持ちの息子と、貧乏な家庭に生まれた女が恋に落ちるんだ。

男は親父の反対を押し切って女との愛を育むんだが、その時悲劇が起きる」

 

「うん、うん!」

 

「女が不治の病に罹ってしまうんだ。

治療の甲斐もなく、女は最期にこう言い残して息を引き取った。

“愛とは決して後悔しないこと”ってな。

遺された男は二人の思い出の場所に赴き、物語は終わる。

……私は恋愛って柄じゃないが、その台詞が妙に忘れられなくてな」

 

「とっても悲しいけど、素敵なお話!」

 

短いあらすじだけだが、カシオピイアは喜んでくれたようだ。今度は確かに微笑んでる。

よーく見ないとわからない程度だが。

 

「やっぱりカシオピイアも恋に興味があるのか?」

 

「えっ……?」

 

「暇つぶしでも、わざわざ恋愛小説選ぶってことは、

自分もいい男と恋してみたいんじゃないかと思ってな」

 

「……」

 

「お前美人だから、逆に男、選び放題だろ。

いっその事、色仕掛けで皇帝の玉の輿狙ってみたらどうだ?

まだ独身なんだろ?皇帝さん」

 

すると、急に彼女の表情が曇る。あれ、なんか変なこと言っちまったか?

 

「ワタシなんかじゃ、無理だもん……」

 

「なんで。顔もスタイルもいいし仕事もできる。男が放っとかねえだろ」

 

彼女はまた首を振って、とつとつと語り始める。

 

「ワタシ、全然おしゃべりとか、できない。仕事の話しかできないし、わからないし、

うまく自分の気持ちも伝えられない。お友達もマリーしかいないし……」

 

「喋りだの会話だのは男に任せときゃいいんだよ。そうだ、職場。

ずっと要塞で働いてきたんなら、一人くらいイイ男がいるんじゃないのか?」

 

「ダメ。みんな知ってる。あなたも知ってる。ワタシがずっと、獣みたいに暴れてた姿。

きっと、また、ああなるかもって、みんな思ってる……」

 

……思い出したぜ。

カシオピイアは里沙子と出会った頃は、突然発狂して暴れだす癖があったんだよな。

当時は私も取り押さえるのに苦労したもんだ。

なにしろオートマトンでも手に余るほど凄い力だったからな。

結局、里沙子と遠い姉妹だってわかってからは完全に治まったんだが。

ただ、寂しかったんだろう。

 

「あー、あれか……そうだなぁ。

でも、うちに来てからは、一度もあの状態には戻ってないんだろ?

もう里沙子と一緒に暮らしてるんだから大丈夫だって」

 

「……ワタシには、お姉ちゃんがいてくれれば、いいもん」

 

カシオピイアが“月夜の二人”を抱えて、自分の世界に閉じこもってしまった。

うむむ、これ以上押しても逆効果だろうな。話題というかターゲットを変えてみるか。

 

「そういや里沙子はどうなんだろうな。

教会じゃ一番年長だが、将来結婚する気は……ねえんだろうなぁ」

 

「お姉ちゃんが、結婚!?」

 

今度は誰の目にも明らか。絶望に打ちのめされた表情で私を見る。

こりゃひでえや。慌ててフォローする。

 

「落ち着け!もしもの話だし、ないだろうって仮定しただろ?

自分の時間がなくなるからって友人関係すら毛嫌いしてる里沙子が、

結婚っていうある意味一番面倒くさい人間関係を、自分から築くと思うか?」

 

「そう、よね……お姉ちゃんが結婚なんてするはずない。ずっとワタシといてくれる」

 

おーい、姉に対して結構酷いこと言ってることに気づいてるか?まあいいや。

あいつが結婚に興味ないのは事実だし、何しろ結婚には相手が必要だ。

昼間からエールを瓶から飲んでるような女を、嫁にもらうような物好きはいないだろう。

アプローチを変えてみるか。

カシオピイアが無理なく付き合える範囲を探る必要があるな。

 

「なあ、カシオピイア。お前が里沙子大好きなのはわかったが、私たちはどうなんだ?

好き、嫌い、どっちでもない。どんなタイプなら付き合いやすいか分かれば、

そこから人付き合いの範囲を広げていけると思うんだ」

 

「みんな、大好き。大事な、仲間」

 

「そっか。じゃあ、その“大好き”の中でも、特に一緒にいて気分が楽だな~とか、

なんだか楽しいな~って感じるやつはいないか?」

 

「ええと……」

 

彼女は迷った末に、私を指差した。なるほど私か。……私!?

 

「えっ、私!?ぶっちゃけ、あんまり喋ったこともないのに、なんで」

 

「……ワタシが暴れてたころ、いつも目一杯の力で止めてくれた。

あなたの木の香り、覚えてる。そばにいると、落ち着く」

 

「瓢箪から駒っていうか、意外なところからボールが跳ね返ってきたな。

あ、嫌ってわけじゃないんだ。

ただ、いざ自分が好意を向けられると……なんか照れるな。へへ」

 

照れ隠しについ頭をかく。実際私に微笑む彼女を見ると、心がそわそわする。

 

「そうだな。

よく考えたら、教会の外にこれと言った知り合いがいないのは、私も同じだった。

なあ、ただの提案なんだが、これからは一緒に人付き合いの範囲を広げないか?

まずは……私と、友達になってくれよ。嫌じゃなければ、だが」

 

私が手を差し出すと、カシオピイアが力強く握り返してきた。

 

「うん。ワタシとルーベルは、友達」

 

「おっしゃ!ちょっとだが、さっそく交友関係が深まったぜ。

そのうち里沙子も巻き込んで、人間嫌いも治しちまうのもいいかもな。

実はこれ、だいぶ前に定めた目標なんだが、全然前に進んでないんだよ……」

 

「アヤさんが、いる」

 

「なるほど、将軍さんとこの姪っ子か!変人だが、なぜか里沙子と親しいよな。

本人は否定してるが、ありゃもう友達だ。

確かにあの人から攻めていくのが良さそうだな」

 

 

 

……そしてあたしはそっと立ち去った。

その後も、ルーベルとカシオピイアがあたしについて勝手なことをくっちゃべってた。

軽くため息を漏らす。

ルーベルが妹を訪ねるところを見たから、珍しいこともあるもんだと思って、

悪いけどちょっとだけ立ち聞きさせてもらったの。

 

あの娘は普段無口だし、ルーベルともそれほど親しい感じにも見えなかったから、

この機会に仲良くなってくれたのは嬉しいけど、

あたしの人付き合いに関しちゃ大きなお世話よ。

あと、別にいいんだけど、あたしが結婚する可能性について、

妹にキッパリ否定されたのが地味に堪えてる。いいんだけどさ、本当にいいんだけどさ。

 

心に刺さったトゲの痛みを、盗み聞きをした罰として甘んじて受けながら、

あたしは自分の部屋に戻った。

 

「……もうすぐアラサーなのよね。どうでもいいけど。本当に」

 

 


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