面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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猛暑回避とチャラいブン屋
うなぎの蒲焼きをまるごと一尾食べたら胃もたれで動けなくなったわ…


法王謁見の間

 

あたし達は玉座に座る法王の前に整列していた。あたしが一同を代表して前に出る。

エレオノーラもジョゼットも完全回復し、暑さもようやく落ち着いたから、

そろそろハッピーマイルズに帰ることになったの。

もう夕方になれば心地良い風が吹き、秋の足音が聞こえる。

 

そっちはまだ観測史上最高気温?あたしに言われても困るわ。

あなたもこっちまで来るといいんじゃない?

ゴミ捨て場で寝てたらワープできるかも知れない。できなくても知らない。

 

そう言えば、気象予報士が熱中症対策のために、

“迷わずエアコンを使ってください”って言ってるけど、

世界中のみんなが一斉にエアコンを付けたら、

ますます地球温暖化が加速すると思うんだけど、どうすればいいのかしらね。

まさしく負のスパイラル。

 

まぁ、あたしじゃどうにもならないことを気にしててもしょうがないわ。

とにかく法王猊下にご挨拶を。

彼の前に進み出たあたしは、まずはスカートの端をつまんで腰を落とし、西洋式の一礼。

 

「法王猊下、この度は本当にお世話になりました。

おかげ様で皆、酷暑を乗り切ることができ、本当に感謝しています。

来年はこのようなことが無いよう、十分な対策を備えておきます。

重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました」

 

「うむ。今年の夏は一段落したとは言え、残暑がまだまだ厳しい。

もし対処法が見つからなければ、またいつでも気軽に訪ねるが良い」

 

この言葉を真に受けて本当に泊まり込むようじゃ、社会人失格よ。マーブルみたいに。

 

「お心遣い、誠に恐縮です。それでは、わたくし達はこれで失礼させて頂きます」

 

「気をつけて帰られよ。……エレオノーラも、より一層勉学に励むように」

 

「はい、お祖父様。またしばらくお別れですが、お祖父様もお元気で」

 

しばらくつっても、2、3日に1度のペースで帰ってるんだけどね。ワープ魔法って便利。

ダテレポ(FFT)の魔術書とかあったら、500ページあろうが気合いで覚えるんだけど。

あたしは今度は頭を下げて、改めて礼をすると、

みんなを引き連れて大聖堂教会を後にした。

 

開け放たれた大きな玄関扉から外に出ると、暑さの和らいだ陽の光に照らされる。

うん、なんとか馬鹿みたいな猛暑をやり過ごせたみたい。

外の空気を思いっきり吸い込んで深呼吸。いい季節になったわ。

エレオノーラの“神の見えざる手”で家に戻るため、円陣を組んでいると、

ルーベルが話しかけてきた。

 

「なあ、来年に備えて暑さ対策するって言ってたけど、なんかアテでもあるのか?」

 

「そうね。とりあえずみんなにはTシャツと短パンで過ごして貰おうと思う。

“I♡NY”とかプリントされてるやつ。みんなオン・オフの切り替えが必要よ。

ミサもないのに修道服着る意味がわかんない」

 

「エレオノーラとジョゼットにか?ありえねー。

カシオピイアも着たくねえだろ、そんなの」

 

「うん。軍服は、脱げない……」

 

「後は冷温庫フル稼働して、一日中氷嚢を携帯してもらうことくらいね。

今の所思いつくのは」

 

「皆さん、準備ができました。今から詠唱を始めますので……」

 

パシャッ

 

今度は違う光で照らされた。光源を見ると、大きな箱型カメラを構えたチャラい女が。

 

「エブリワン、ストップだよ~自然な感じのポース、おねしゃす!」

 

あたしがじっと見てると、また一枚。

うんざりしつつギャル系のガキにつかつかと歩み寄る。

 

地毛か染めてるのか知らないけど、

ピンクのロングヘアを耳の辺りの両サイドで編んでる。

メイド服とセーラー服足して2で割って、慎みをマイナスしたようなヒラヒラした服。

爪に髪と同じピンクのマニキュアを塗って、変なつぶつぶで飾り付けしてる。

正式名称は知らない。

 

大人として、頭の悪そうな女に注意する。

 

「ちょっとあなた。今、誰に断って写真撮ったの。

普通こういう時は相手に許可を取るのが礼儀ってもんでしょう」

 

「だってぇ~声を掛けたら被写体が逃げちゃうじゃないですか~。

あ、自己紹介が遅れちゃった。テヘペロ!特ダネのためなら、例え火の中水の中!

次元を駆ける新聞記者、マジカル・メルーシャとはメルのことだよ!」

 

「あんたが誰だろうが知ったこっちゃない。何の目的で写真を撮ったのか答えなさい。

あと、言っちゃなんだけど、その服着てられる時期はもう長くないわよ、あんた」

 

「ぐっ!」

 

あ、自覚はしてたみたいね。ちょっと言葉に詰まった。

 

「超ヤガモ……思わぬ塩対応に、メル、鬼おこだよ。

そっちがその気なら、こっちにも考えがあるっぴょん!」

 

バカ女が数枚の写真を見せつけてきた。どれどれ。

……はぁ、何かと思ったら、全部あたしの写真じゃない。

ベッド近くの窓から撮ったと思われる、あたしが腹出して寝転んでる写真。

ダイニング付近から盗撮した、あたしが立ったままエールをラッパ飲みしてる写真。

暑さを凌ぐため、上にキャミソール1枚で、スカートの中にうちわで風を送ってる写真。

はん、これがなんだっての。

 

「よく集めたわねえ。こんなどうでもいい写真」

 

「ハッピーマイルズ教会のみんなをピコって集めた苦労の結晶だっぴょん!

世界を騒がせてる斑目里沙子とその仲間達の写真集を作ろうとしたら、

”偶然”見つけちゃったっぽいンだよ~

ふふ、これをバラまかれたくなかったら……」

 

「鬱陶しいわね」

 

あたしは写真をひったくった。

一般的な女性なら慌てて破り捨てたりするんでしょうけど。

 

「甘い。激甘いっぴょん!写真を奪ったところで……」

 

「ネガがあるんでしょ。甘いのはあんたよ。

今からあんたの努力が、いかに無駄で無意味なものだったか教えてあげる」

 

「や、やってみるぴょん!」

 

「おーい、里沙子。どこ行くんだよ」

 

「ちょっと待ってて。すぐ済むわ」

 

あたしは教会前広場のベンチのひとつに向かう。男性が一人、休憩を取っている。

ちょうどいいわ。あたしは彼に話しかけて、さっきの写真を見せる。

 

「お休みのところごめんなさい。

ところで、あたしの写真を見てくれ。こいつをどう思う?」

 

「すごく…自堕落です…。

あははっ、早撃ち里沙子がものぐさで酒飲みだって噂は本当だったんだな!

でも……3枚目の写真はちょっといいな」

 

「変な趣味してるわね。茶番に付き合ってくれたお礼に進呈するわ」

 

「え、いいのか?うへへ……」

 

「ごきげんよう~」

 

踵を返してバカ女のところに戻ると、残った2枚の写真を突き返した。

奴は目を丸くして、口をパクパクさせる。

 

「なんで?どうして?

普通、あんな写真見られたら、女の子は恥ずかしくて表を歩けないっぴょん!?」

 

「あんたさぁ。取材対象に対するリサーチが全然できてないのよ。

あたしが写真に写ってたような生活送ってる事は、ハッピーマイルズじゃ有名な話よ。

今更、公表されたところで痛くも痒くもないわねえ。

何がしたかったのかはわかんないけど、ヒヨッコのあんたじゃ、

まだまだスクープなんて掴めやしない。10年早いってやつよ」

 

「うぐぐ……」

 

「里沙子ー!早くしてよ!このレインコート暑い!」

 

「ごめん、ピーネ。じゃ、そういう事だから地道に区民だよりでも書いてなさい。アホ」

 

あたしはバカ女に中指を立てると、神の見えざる手の輪に入った。

そして、エレオが詠唱を始め、いつもの浮遊感に包まれながら、

目的の聖母マリア縁の地、すなわちハッピーマイルズ教会に転移した。

 

 

 

 

 

聖堂内に直接ワープしたあたし達は、

帝都で買い揃えたちょっとした生活用品などの荷物を下ろすと、とりあえずほっとした。

 

「んああ、豪華な大聖堂教会もいいけど、このボロ屋のほうが落ち着くわ」

 

仰向けに反って身体を伸ばす。

以前、やっぱり我が家が、的な発言に対して疑問を投げかけたけど、

今回は不可抗力だからノーカンね。

 

「とりあえず窓開けましょう窓。熱い空気が淀んでて更に不快だわ」

 

「そーだな。空気を入れ替えよう。ホコリ臭くてしょうがねえや」

 

「パルフェムは魔導空調機のスイッチを入れてきますわ」

 

「お願いね、この際マナ料金は考えずに、夏が終わるまでつけっぱなしでいいから」

 

で、屋内に新鮮な空気を入れ、各自で当面の暑さ対策をして、

それぞれ自分の部屋に戻った。

あたしも私室に戻る。ドアを開けると、まあびっくり!なんて汚い部屋なんでしょう。

汚したのは自分なんだけど、脱ぎっぱなしの服やら工具やらガジェットやらスマホやら。

惚れ惚れするほどの散らかりようだわ。

 

「りーさーこーどーのー!!」

 

汚ねえ部屋に見とれてると、隅からあたしを呼ぶ声が聞こえ、

位牌からエリカが飛び出してきた。

なんか忘れてるなって思ってたけど思い出せなかった、モヤモヤの正体がわかったわ。

彼女があたしの肩をポカポカ殴るけど、当然幽霊だからすり抜けるだけ。

ひんやりする感触しか伝わらない。

 

「酷いでござる!いきなり姿を消して半月も拙者をほったらかしなど!」

 

「あーごめん。これは本当にごめん。でも、やむを得ない事情があったのよ」

 

「お留守番の人も一日で辞めてしまい、

拙者はずっとひとりぼっちだったでござるよ。……くすん」

 

「お留守番?あんたも暑さでおかしくなったの?

とりあえずお線香焚いてあげるから、機嫌直してよ」

 

「やったー!ずっと灰の香りで、ひもじい気分をごまかしていたの。

幽霊は腹は減らぬが、心が冷えていくのである」

 

「はい、ひとつ間違えた。……ええと、マッチはここね。ほら、新しいの5本」

 

「ん~芳しい香り!心が満たされるわ!やはり位牌と線香は二つで一つなのである!」

 

「確かにいい香りだけど、そこまで大喜びするものなの?」

 

「里沙子殿も死んでみるとわかるのでござる。

この胸に広がる幸福感……まるで、天国にいるみたい」

 

「本当は天国にいなきゃおかしいんだけどね、あんたは」

 

雑談しながら荷解きをして、軽く部屋を片付けて歩くスペースを作ったら、

なんだか疲れが出てきた。

大聖堂教会の待遇は格別だったけど、

やっぱりよそに行くと無意識に気を張るものなのかしら。

 

少し眠くなったから、昼寝をすることにした。ベッドに横になる。

使い慣れて自分に最適な柔らかさになった布団が、あたしを眠りの世界に誘う。

おやすみなさい……

 

「寝れるか」

 

ピークを過ぎたとは言え、まだ夏の暑さが残る中、

扇風機もなしに昼寝なんかできるかっての。扇風機?

もしかしたらマリーの店に、昭和時代のゴツいやつが、1台くらいはあるかもしれない。

今度探してみよう。少なくとも今日じゃない。

 

何か今涼む方法はないかしら。うちわで扇ぎながら寝られるわけないし、

片付けの続きをして暇つぶしなんてもっと勘弁。

ガラクタが散らばる床に目を落とすと、あるものが目についた。そうだ。

 

「エリカ、ちょっと来て」

 

「ううん……なんでござるか~」

 

位牌からにゅるんとエリカが出てきた。

眠そうに目をこすってるってことは、ぐっすり寝てやがってのね。

家主のあたしを差し置いて。

 

「しばらく位牌じゃなくて、こっちであたしと寝てちょうだい」

 

「どうして?位牌が一番身体に馴染むのだけど」

 

「寝ぼけてまるっきり言葉忘れてるわよ。とにかくこっちへ。ほれ」

 

あたしはベッドにスペースを作って、ポンポンと叩いた。

エリカが浮かんできてあたしの隣で横たわる。そして彼女を抱きしめるように手を回す。

 

「ひゃん!何をするの!?するでおじゃるか!」

 

さっき肩を叩かれた時にピンと来たんだけど、やっぱり幽霊は身体が冷たいのよね。

しかもすり抜けるから邪魔にならない。当分エリカで快適に寝られそう。

ああ、霊体が放つ冷気が気持ちいい。全身でエリカを味わう。

 

「やめて!そこは……拙者と里沙子殿は、その、女同士で……」

 

「女同士だからいいんでしょうが。じっとしてなさいよ。あー気持ちいい」

 

そう言えばエリカには謎が多いわね。

DIOみたいに脳みそに手を突っ込んだらどんな反応するのかしら。

指先でこめかみをぐりぐりする。

 

「えい」

 

「ああっ、ダメでござる!そんなところに手を入れられたら……あばばばば」

 

「やっぱりこういうところは弱いのかしらねえ」

 

ちょうどいいサイズの冷たい抱き枕を手に入れて、今シーズンは無事に乗り切れそう。

みんなの部屋は風通しが悪いから、交代で使うのもありかもね。

 

「あたしだけいい思いするのも良くないわね。全員で回しましょう」

 

 

 

おmg!メルのテレポートで里沙子を追いかけてきたら、神ってる展開ktkr!

壁にへばりついて聞き耳を立ててたら、とんでもないやり取りを聞いちゃった!

里沙子が嫌がる少女に無理やり……!

マリア様がお住まいの教会で、あんなことやこんなことが行われてたなんて!

 

“女同士で”

 

里沙子と女の子が!

 

“じっとしてなさいよ”

 

家出少女や借金のカタに売られた女の子を!

 

“あー気持ちいい”

 

一線を超えてしまった!!

 

“そんなところに手を”

 

もうやめて!

 

“こういうところは弱い”

 

まだやるの!?

 

“全員で回しましょう”

 

し、し、しかも多人数でっ……!ショッキングピーポーマックス!!

 

とてもじゃないけどメルはこんな状況直視できないっぴょん!

連続テレポートで擬似的に空を飛びながら、

カメラを持った腕を伸ばして、シャッターを押しまくる。

 

……これで部屋の様子は撮れたはず。

“英雄の隠れた素顔、密室で哀れな少女にあれやこれ!”

ワーオ、特ダネじゃなくない?これ!うん、大スクープ間違いなし!

そうと決まればメルはソクサリ!この悲惨な……アレの現場を現像しなきゃ!

 

 

 

バシャッ!バシャバシャ!

 

あん?いきなり窓からフラッシュが焚かれたから、何事かと思ったら、

カメラを持った手が伸びてる。ってことは何?

エリカを抱きまくらにしてた様子が、写真に撮られたってことでいいのかしら。

なるほどね、おやすみ…………

 

「寝れるか!!」

 

「耳元で叫ばないでほしいし、いい加減拙者を撫で回すのをやめるでござる!

今日という今日は堪忍袋の緒が切れたのじゃ!

里沙子殿、幽霊は置物でもなければ抱きまくらでもないの!

ちゃんと“じんけん”というものが……」

 

「こうしちゃおれんわ、ただでさえ街じゃあたしがアレだって噂が流れてるのに!」

 

あたしは窓の外を見る。

帝都で会ったバカ女が、飛び石のようにワープを繰り返して逃げていく。

 

「エリカ、位牌に入りなさい!」

 

「言われなくても、もう寝るでござるよ!」

 

エリカが入り込んだ位牌を持って、ガンベルトを掴み、素早く身体に巻くと、

窓から飛び降りた。悠長に階段下りてる暇はない。あのバカを逃しちゃいけない。

街道を街に向かって進むターゲットを追って、全速力で走る。

 

炎天下の中、走ったもんだから、滝のように汗が流れる。勘弁してよ気持ち悪い。

奴が街に入って行った。あいつを叩きのめしたら、冷水シャワーで汗を流して、

氷水で祝杯を上げましょう!

 

 

 

大スクープを手にしたメルは、編集部に向かってワープを繰り返していたんだけど……

げっ、里沙子が追いかけて来たっぴょん!

捕まったら死ぬより悲惨な目に遭わされるってゴロツキの間でもっぱらの噂!

メル、こんなところで終わるわけにはいかないぴょん!

 

 

 

ハッピーマイルズ・セントラルに突入したあたしは、いきなり吐きそうになる。

人混みと熱の暴力があたしの精神力を急速に奪う。

頭がぐるぐる揺れて、なんで途中で倒れなかったの自分でもわからない。

どうにか広場に抜けると、目的地に駆け込む。

酒場に入ると、カウンターに銀貨数枚を叩きつけ、息も絶え絶えに告げた。

 

「情報……氷水……」

 

「あ、ああ。何が知りたいんだい」

 

困惑するマスターがジョッキにたっぷり氷と水を注ぎながら訪ねる。

 

「バカ女、新聞記者、所属」

 

「あの派手な姉ちゃんなら、ハッピー・タイムズ紙の新聞記者だよ。

北東のビジネス街に本社がある」

 

あたしは氷水をゴクゴクと飲み干して、気力を幾分回復するとジョッキを置いた。

 

「行かなきゃ……」

 

「どうしたんだよ、里沙子さん。なんか変だぜ、今日」

 

「散弾銃と中古のタイプライターが必要ね。

赤報隊が復活したことを異世界に知らしめてやらなきゃ!」

 

タイプライターはともかく、バカ女を震え上がらせる必要はある。

シカゴタイプライターでバラバラにするのもいいけど。

今度は銃砲店を目指して走り出す。やっぱり残暑厳しい中でのランニングはキツい。

 

南北エリアを結ぶ大通りを駆け抜けて、交差点を一旦左に曲がってすぐの銃砲店に入る。

ここはエアコンが効いてるわね。扱うブツがブツだけに温度管理が必要なんだろうけど。

 

「いらっしゃい。なんだ、あんたか」

 

「はぁ…はぁ…散弾銃はどこ?」

 

「そっちのショーケースと壁に掛けてある」

 

「ありがと……」

 

あたしがフラフラといくつもショットガンが並ぶコーナーへ足を運んだ。

トミーガンみたいな筒型弾倉を持つもの。4連バレルの強力なもの。

デリンジャーみたいな手のひらに収まる単発式。面白いものがたくさん。

じっくり見ていたいけど、今は早急に実用性に優れた物を選ばなきゃいけない!

 

標準的なシルエットの物に素早く目を通すと……あった、これしかない!

 

「おじさん、これちょうだい!12ゲージ弾も20発!」

 

「銃と弾丸、合わせて2万5000Gだ。待ってな」

 

例のデカい財布から代金を取り出してる間に、おじさんはショーケースの鍵を開けて、

中から銃を出し、カウンター奥の棚から12ゲージ弾を一箱抜いた。

ちょうど金貨を並べ終えたところで商品が一通り揃う。

 

おじさんが現金を数える間、

あたしはシルバーボディがイカス、ポンプアクション式ショットガンを手に取る。

鋼鉄の銃身の重さが両手に食い込む。

戦いになるかもしれないから、さっそくバックショットを装填。

 

ハンドグリップを引いてチャンバーを開き、初弾を込めて一旦戻し、

下部のローディングポートから一発一発12ゲージ弾を差し込むように入れる。

念の為、今はボタン式の安全装置を掛けておく。

 

「丁度だな。毎度あり」

 

「邪魔したわね!準備は万端。この斑目里沙子が悪徳記者に誅伐を下してくれるわ!」

 

むき出しのまま銃を持って外に出ていったあたしを、呆気にとられて見ていたおじさん。

道路に出ると、ビジネス街はここから東にまっすぐ。

また灼熱マラソンが始まるけど、今度は新しい相棒を手にした嬉しさで、

辛さを忘れてワクワクした気分で風を切って走る。

 

東京の摩天楼ほど高くはないけど、高層オフィスビルが立ち並ぶエリアに進入した。

ショットガン持ってビル街を走るなんて、

日本でやったら機動隊が出動するレベルだけど、

この世界じゃ誰が銃を持っててもおかしくないから、“まだ”大丈夫。

銃社会も場合によりけりね。

 

……見つけた。3階建ての古い建物。

3階の窓ガラスに「ハッピー・タイムズ本社」の白い文字が、

ステンシルで吹き付けられてる。ここがあのバカ女のハウスね。

あたしはレミントンM870を持ったまま、社屋に入る。

 

散弾銃を持って入ってきたあたしを見て、受付嬢がギョッとする。

構わずあたしはニッコリ笑って彼女に話しかけた。

 

「ごめんください。わたくし、斑目里沙子と申します。

いきなりで申し訳ないのですが、急ぎの用でメルーシャさんとお会いしたいので、

お取次ぎ願えませんでしょうか。

……あらやだ、私ったら!これは気にしないでください。

帰りに買おうと思っていたものをうっかり」

 

「しょ、少々お待ちください……」

 

受付嬢は、各階に延びる真鍮で出来たラッパ状の連絡管のひとつの糸を引いて、

ひそひそと何かを話す。ラッパがビリビリ震えて返事を返してきた。

こうして二言三言会話が続くと、受付嬢がまた糸を引いて連絡管を閉じる。

 

「あのう……大変お待たせ致しました。編集長のデロガが3階でお待ちしております」

 

「ありがとうございました。一旦失礼します」

 

で、あたしは階段に足をかけると、笑顔を般若のような形相に変えて3階に向かった。

途中、ポケットの中の位牌を指先でトントンと叩くと、エリカが抜け出て文句を言う。

 

「里沙子殿、ずっと揺られっぱなしだったから目が回ると思ったじゃない!」

 

「シッ、あんたにミッション。

さっき光る箱を見たでしょ。バカ女がそれ持って現れたらゴニョゴニョ……」

 

「もう、里沙子殿は要求ばかりでござる!

幽霊の都合なんかどうでもいいと思ってるんでしょ!」

 

「本当ごめん!今回ばっかりは時間がないの。

うまく行ったらお詫びとお礼に、おりんを買ってあげるから」

 

「誠でござるか!?……ん~、なら協力しないこともないでござる!」

 

「決まりね。それじゃあ、レツゴー」

 

 

 

その頃、3階の編集部はちょっとしたパニックになっていた。

 

「死にたくねえ、俺は逃げる!」

 

「違う、軍の手入れだ!証拠は紙袋に入れて、空きロッカーに隠せ!」

 

「誰だ!誰のせいだ!」

 

「お前ら落ち着け!目的はあのバカだ!最悪奴を首にすればなんとかなる!」

 

「斑目はトリガーハッピーですよ!?そんな保証がどこに!」

 

良くも悪くも、帝国中に名を知られる斑目里沙子が散弾銃を持って乗り込んできた。

この緊急事態に、非常階段から逃げ出す者もいれば、

粉飾決算の証拠書類を隠すものもいる。

災害にでも見舞われたような混乱に陥るハッピー・タイムズ編集部。

 

「来たぞ!」

 

コツ…コツ…

 

ゆっくりとその足音が近づいてきた。

 

 

 

レミントンM870を携えて、あたしは編集部のある3階にたどり着いた。

ところどころ塗装がひび割れた、社名の書かれているドアをノックする。

 

「ごめんくださいまし~。お取次ぎ頂いた斑目里沙子です」

 

“は、はい、ただいま!”

 

すぐに返答があり、向こうからドアが開いた。

黄色いサングラスを掛けた、タバコの匂いが漂う、編集長らしき人が応対に出た。

 

「お仕事中申し訳ありません。

どうしてもメルーシャさんに、お話ししなければならないことがありまして……」

 

「そうでございますか!

社員は今、席を外しておりまして、すぐにお呼びしますので中でお待ち下さい」

 

「ありがとうございます」

 

あたしは頭を下げて、小幅に歩き、あくまで敵意はないことをアピールする。

壁紙が茶色くなった古い編集部の隅にある、

衝立で仕切られた小さな応接スペースに通される。

対面する2つのソファがあり、片方に腰掛けた。

ドアを開けてくれた編集長があたしの前に座る。

 

「ハッピー・タイムズ紙編集長の、タイコン・デロガと申します。

この度は、どういったご用件で……?」

 

「はい。メルーシャさんが、わたくし達の取材をなさっているのですが、

なんと言いましょう……

少し私生活に踏み込み過ぎているのでは、と思わざるを得ない写真を、

撮られてしまいまして。

わたくしだけならともかく、共に暮らす仲間は、

公人でもなければ芸能人でもありませんので、少々差し支えのある写真については、

使用を控えて頂けないかとお願いに上がった次第です」

 

エレオノーラはおもっくそ公人だけど、ただの方便だから問題ない。

 

「そうでしたか!少々お待ちください。奴は2階の現像室におりますので……」

 

編集長は、受付で見たような、壁に設置されたラッパ型の連絡管の蓋を開き、

大声で怒鳴った。真鍮の管がバリバリ音を立てる。

 

「メルーシャァ!!お前は何をしてるんだ!今すぐ戻れ!」

 

“編集長!?あの、私、今回は何も失敗してないっていうか、

鬼ヤバなスクープ手に入れたっていうか……”

 

「その事で斑目さんが乗り込…訪ねて来られてるんだ!さっさと来い!」

 

“ゲッ、もうここまで!?Bダッシュで行きまーす!”

 

通話が終わると、編集長は連絡管の蓋を閉じた。

 

「いや、すみませんな。

瞬間移動能力を買って採用したものの、くだらんネタしか拾ってこない奴でして」

 

「あらあら、そうですの。便利な能力をお持ちですのね」

 

本当くだらないわ。口には出さないけど。

女性社員が入れてくれたコーヒーに口をつけていると、

突然編集部に一人の気配が現れて、応接スペースに走ってきた。

 

「お待たせしました!メルーシャ只今参上だぴょん!」

 

「そのバカみたいな喋り方をやめろと何度言ったらわかるんだ。

お前、一体何をやらかした。

なんで斑目さんが散弾銃を持って我が社に来るような事態になる!?」

 

メルーシャは口を一文字に結んで、

コスプレ女に似合わない真剣な目であたしに向き合う。

そっとポケットの上から位牌をつついた。

 

「メル、暴力には屈しないぴょん!編集長……メル、見ちゃったんです。

斑目さんの、許されざる罪を!これです!」

 

彼女が大きなカメラを見せつけた。

今よ、傘みたいに広がってるスカートのフリルを伝ってGO!

メルーシャの服を経由してカメラの中にエリカが入る。

服とカメラの間に青白い線がうっすら通ってるけど、幸い二人共気づいてない。

 

「許されざる罪?何を言ってるんだお前は。

また誰かの着替えとかオッサンの立ち小便レベルのネタだったら、

本当に経理部に異動するぞ」

 

「待っててください。すぐに現像して来ますから!1枚目がもうすぐ出来上がるんです!

ミラクル・メルーシャ、プリリンパ!」

 

メルーシャの姿がパッと消える。

1枚目?う~ん、微妙に間に合わなかったっぽい。だったらしょうがない。

趣味がアレな女として生きていくしかないわ。人生時には諦めも肝心よ。

残りの写真はどうにかなるだろうけど。

あたしはまたコーヒーを一口。さて、そろそろかしら。カウントダウンスタート。

5,4,3,2,1…

 

ひぎゃあああ!!

 

連絡管を通さなくても、2階から悲鳴が響き渡った。編集長が舌打ちして席を立つ。

 

「本当に申し訳ない。様子を見てきます」

 

「わたくしも行きます」

 

編集部から出て階段を下りると、現像室の前で腰を抜かしているメルーシャが。

時限爆弾が爆発した。あたしは笑いをこらえながら彼女に近づく。

周りには現像したばかりの写真が散らばってる。

編集長がそれらを拾い上げたから、横から覗いてみる。どれどれ。

 

「まあ!これは一体何なんでしょう!わたくしの隣に悪霊が!」

 

すっとぼけて驚いて見せる。

霊体はカメラのフィルムにうまく焼き付かないらしく、

ベッドの隣に寝かせたエリカが餓死した子供みたいになってる。

他の写真も同様に、何本も走る不気味な光や、ぼやけた顔のアップらしき物が写ってる。

なかなか美人に写ってるわよ、エリカ。

 

「たたた、助けて編集長!メルの写真にマジありえんてぃーなオバケが……」

 

「馬鹿野郎。うちが出してるのは、まともな領地新聞やムック本で、

怪しいオカルト雑誌じゃないんだよ!」

 

「あだっ!」

 

編集長が写真の束で、ピンク色したメルーシャの頭を叩いた。

やっぱり地毛なのか染めてるのかわからない。

 

「もういい、ろくなネタを拾ってこない。訳のわからん騒ぎは起こす。

お前は経理部に行け。写真はもう撮らなくていい」

 

「そんな……私確かに見たんです!いや、厳密に言えば見てないけど、

確かに斑目さんは少女をベッドに寝かせて!」

 

「会社自体クビになりたいのか?」

 

「いえ……」

 

コスプレ衣装と派手なピンクの髪で落ち込む姿は余計悲哀を誘う。どうしようかしらね。

このまま終わりにするのは、あんまりにもつまらない。

何より!せっかく買った新兵器を1発も撃たないなんて、読者が納得しない。

あたしは編集長に声を掛けた。

 

「お取り込み中すみません。あの、先程の話についてなのですが」

 

「いや、うちのバカが失礼しました。写真は全て破棄しますので」

 

「その事なのですが、どうせ捨てるなら、こちらで活用させて頂けませんか?」

 

「活用?」

 

「はい。あと、お話させていただいたと思うのですが、差し支えのない範囲でしたら、

取材をお受け致しますし、写真を撮って頂いても構いません。

彼女の人事については、その結果を見るまで、待っては頂けないでしょうか?」

 

メルーシャが驚いた様子で顔を上げた。編集長は困惑した様子。

 

「取材…と言いましても、どのような題材で?」

 

 

 

 

 

社屋から出たあたしとメルーシャは、いつも射撃練習に使ってる荒れ地にいた。

ちょうど標的を置く台になってる横長の岩に、紐で固く縛った例の写真を置く。

安全な距離にいる彼女に合図をしてから耳栓をする。

 

「じゃあ、今から撃つからしっかり撮るのよ?」

 

「おけ!いつでもいいっぴょん!」

 

レミントンM870の安全装置を解除し、標的に向かって構える。そこで写真が1枚。

集中力を高め、フラッシュに気を散らすことなく、狙いを定めてトリガーを引く。

鋭い銃声が荒野に轟き、バックショットが写真の束を粉砕した。さらば、今回の厄介者。

 

その後も、あたしは家から持ってきた全部の銃の射撃訓練を披露し、彼女がそれを撮る、

ということを繰り返した。

 

何をやってるかっていうとね。

「ガンマニアに捧ぐ・アース製銃器の全て」っていうムック本の制作をしてるの。

あたしが地球の銃を撃って、彼女が射撃の瞬間や、銃器のアップを写真に収める。

そこにあたしのコメントなんかも添えて一冊の本にしようってわけ。

 

「次、行くわよー」

 

「へい、かしこまり!」

 

その後も、ピースメーカーのファニング、ベレッタ93Rの3点バースト、

ドラグノフの長距離狙撃、ヴェクターSMGの10mmオート弾連射、

M100とデザートイーグルの破壊力を披露し、撮影は終了。

 

次は、今日使った銃に関して、使用感や特徴、実戦での威力、

ついでに思い出話なんかを話してメルーシャに聞かせた。

原稿を書くのは彼女の仕事だから、あたしにできるのはここまでね。

 

「ふぅ、久しぶりに全部撃ったら手が痺れちゃったわ」

 

「お疲れ様ぴょん!絶対いい本にして見せるから!」

 

「出来上がりに期待してるわ。元気でね。……で、きれいに終わりになると思った?

結局あんた、誰だったの?」

 

「え、なんで過去形ぴょん?」

 

「二度と現れない使い捨てキャラになるかもしれないから」

 

「そんなことないっし!?

メルは、ハッピー・タイムズ社の社員でも若手のホープ、18歳だよ!

短距離しか飛べないけど、魔力消費が少なくて行き先が自由な、

テレポート能力を持ってる、ミラクルエスパージャーナリストなんだよ?MJD(マジで)!」

 

「エスパーはエスパー伊藤だけで十分なんだけど、とにかくわかったわ。

ムック本売れると良いわね。幸運を祈ってる。それじゃあ」

 

「ちょっと待ったぁ!!」

 

「なによ、もう帰りたいんだけど」

 

今回は丸く収まったし、早く家で汗流したい。

 

「……あなた、あの部屋の中で女の子に何してたの?

ねえ、正直に答えて!写真もあなたの仕業なんでしょう?」

 

トンチキな格好で真っ直ぐな眼差しをして問う。大きく長いため息が出る。

それが残ってたか……写真にはまともに写らないっぽいし、辺りには誰もいないから、

見せても大丈夫そうね。ポケットから位牌を取り出して、エリカに呼びかける。

 

「起きなさい。おりん買ってあげないわよ」

 

「困る、困る、それは困る!」

 

位牌から、どろんと出てきた幽霊にまたも腰を抜かすメルーシャ。

 

「うひゃあああ!お、ば、け……」

 

「何を勘違いしてたのか知らないけど、こいつを抱きまくらにして昼寝してただけよ。

幽霊は身体が冷たいから、暑い部屋の中で寝るのに必要だったの」

 

「だから、拙者は抱きまくらではござらん!」

 

「エリカっていうの。心配しなくても、何もできやしないから。

あんたの写真に変なのが写ってたのは、全部こいつのせい」

 

「そ、そうだったの。心臓が止まるかと思ったぴょん」

 

「お互い疑問が解消したところで、今度こそお別れしましょう。売れるといいわね、本」

 

「ねえ、里沙子」

 

「なによ、まだ引っ張る気!?」

 

メルーシャが立ち上がって、あたしをじっと見てから言った。

 

「どうして、メルにチャンスをくれたの……?」

 

「別に。新兵器を使う理由が欲しかっただけ。

それに、チャンスになるかどうかは売れ行き次第よ。

ぬか喜びにならないよう、気合い入れて良い記事書きなさい。じゃあね」

 

「うん。それじゃあ。……ありがと。MK(マジ感謝)だから」

 

あたしは何も答えず、荒れ地を進んで教会への帰路についた。

 

 

 

 

 

半月後。

出版にこぎつけた「ガンマニアに捧ぐ・アース製銃器の全て」が送られてきた。

読んでみたけど、なかなか良く撮れてるじゃない。

ジャーナリストじゃなくて、普通に写真家目指したほうが良いと思うけど。

まあ、それは本人が好きにすればいいわ。

 

内容が一般向けとは言えないから大ヒットとは行かないけど、

やっぱりターゲットの銃愛好家や賞金稼ぎの間で評判が高くて、

まずまずの売上を出しているらしい。

初めてまともな利益を出したメルーシャは、編集部にいられるようになったんですって。

エロ本にも手を広げたらもっと稼げるわよ。

 

りーん…くゎん、くゎん、くゎん……

 

部屋の隅では、反響するおりんの音色でエリカがトリップしてる。

とにかく、今回も一騒動片付けてあたしは一息つく。窓から吹き込むそよ風が心地いい。

暑さもすっかり和らいで、風に秋を感じるようになった。もうすぐここに来て1年か。

今回みたいに割と平和な日々が続きますように。どうせ通じやしない祈りを天に捧げた。

 

 


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