面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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とうとうスリの彼に出番が
あたしの母校は校則フリーで、夏休みの宿題を冬休み前に出したりしてたの。嘘のような本当の話。


「まいど~代金はお気持ちで」

 

とうとうまともに会計する気もなくなったマリーの店を出ると、

あたし達は路地裏でお別れした。

今日もアヤはアース製のジャンクを買い漁って、両手に抱えながらホクホク顔。

 

「じゃあ、またね」

 

「今回もいい収穫があったのだ!

リサとガラクタ屋に来ると、いつもいいものが見つかる気がするのであーる!」

 

「100パー気のせいよ。あなたが無意識に欲しいものを目で追ってるだけ」

 

「リサはまだ用事であーるか?」

 

「うん、ちょっとね」

 

「ならばアヤも付き合うのだー!」

 

「気持ちだけもらっとくわ。

本当にちょっとした野暮用だし、アヤも門限近いんじゃない?」

 

「う、そうだったのだ。遅くなりすぎると将軍のおじさまに怒られるのである……」

 

「今日はここでお別れにしましょう。それじゃあ」

 

「リサも暗くならないうちに帰るのだ。

それが犯罪被害を避ける有効な手段であることは明々白々な事実であるので、

そうするべきなので、あーる」

 

「母さんみたいなこと言ってんじゃないわよ。バイバイ」

 

「ばいなら~で、あーる」

 

白衣の後ろ姿を見送ると、あたしは路地裏を更に奥に進んだ。

この辺はちょっと危ないわね。あたしでも用事がない限り近づかない。

こっちが何もしなくても、ヤクの売人が軍の偵察と勘違いして、

ナイフでブスっとしてくる可能性がゼロじゃない。

決して物見遊山で来るようなところじゃないけど、会いたい人がいるのよ。

 

さっきより、もっと暗くなった辺りで角を曲がると、

目的の人物が空き家前の段差に座り込んでいた。

古くなった継ぎ当てだらけのシャツに、サスペンダー付きのズボンを履いて、

キャスケット帽を目深に被った少年。

彼は足元を見ながら、独り言のように話しかけてくる。

 

「……ハッピーマイルズの英雄さんが、こんな汚ねえところに何の用だよ」

 

「久しぶり。大体1年位ぶりかしら、マーカス君」

 

あたしがミドルファンタジアに来たばかりの頃、街に買い物に来た時、

彼があたしの財布をスろうとしたの。

結局スタンガンのカウンターを食らって失敗したけど。

 

「金も名誉も尊敬もある早撃ち里沙子様が、スラムのガキに何の用か聞いてるんだよ!」

 

「その態度はよくないわね。レデーに対するマナーがなってないわ。

女性が住所まで教えたのに、今の今まで音沙汰なしなんて。

あと、金以外の2つは肝心な時に何の役に立たないから覚えときなさい」

 

「うるせえな!何がレディだチビ女!用がないならもう帰れよ、鬱陶しい!」

 

「お願いがあるの」

 

「俺が知るか!」

 

「もうすぐあたしがこの世界に来て一周年なの。一緒に祝って」

 

「聞け!」

 

「今、ハッピーマイルズ教会でみんなパーティーの準備の真っ最中なの。

ご馳走もたくさんあるわ」

 

「いやだ、つったら?」

 

「誘拐する」

 

「面白え。やってみ」

 

 

 

 

 

「ろ?」

 

俺がポケットに手を突っ込んで飛び出しナイフを取り出そうとしたら、

景色が一瞬で、汚いスラムから草原地帯に佇む教会の前に変化した。

 

「よいしょ。あなた軽いわね。買い物袋持って帰るのと変わらなかったわ。

ちゃんとご飯食べてる?」

 

里沙子は抱きかかえた俺を下ろすと、玄関に鍵を差し込んで、ドアを開けた。

 

「お、おい!俺に何したんだ、今!」

 

「時間止めた。さあ入って」

 

「説明になってないぞ!

くそっ、もう街まで戻ってる時間ねえだろうが!入りゃいいんだろ!」

 

 

 

クロノスハックで無事ゲストをお迎えしたあたしは、

マーカス君が聖堂に入って、

マリア像やステンドグラスを珍しそうに眺めているのを見ると、ドアの鍵を閉めた。

錠の掛かる音にちょっとビクついてたのは、気づかなかったふりをしてあげましょう。

 

「ちょっと待て!鍵なんか閉めてどうする気だ!」

 

「もちろん。あなたを閉じ込めて夕飯のステーキにするためよ。うふふ……」

 

「てめえ、やっぱり!魔女を殺してスープにしてるって噂は本当だったんだな!?」

 

彼が後ずさりしながら飛び出しナイフをあたしに向ける。

 

「冗談よ。

ちゃんと戸締まりしないと、泥棒に入ってくれって言ってるようなもんでしょう。

さあ、奥に入って。もう準備はできてるはずだから。

あと、その変な噂の出処、あとで教えてね。

大丈夫、絶対後日レミントンの一粒弾がどこかで弾けたりなんかしないから」

 

「信用できっか!俺を出せ!」

 

「あら残念ね。なら鍵を開けて街まで帰るといいわ。

野盗や野犬のエサにならずにたどり着けるといいわね」

 

あたしは時間停止で彼の脇を通り抜け、ダイニングに向かった。

停止解除すると、また驚いたマーカス君が、

焦った様子でナイフとあたしに交互に視線を向け、迷った末に渋々ついてきた。

ダイニングではパーティーの準備の真っ最中。

料理はもう出来上がってて、いつかイエスさんが来た時みたいに、

ジョゼットが色紙で輪っかを作って、みんなで飾ってた。

 

「ただいま。特別ゲスト連れてきたわよー。スラム街にお住まいのマーカス君」

 

「お、誰だ誰だー?」

 

「紹介するわ。あたしがこの世界に来たばかりの頃、

財布をかっぱらおうとしてスタンガンLv2を食らったマーカス君よ!

一周年を記念するのに相応しいゲストだと思って来てもらったの。

将軍はお忙しいから、後で挨拶状でも書いとくわ。ルーベル、予備の椅子ある?」

 

「待ってろ、物置にあったはずだ」

 

「お願いね」

 

「いらっしゃいませ~お好きな席に座ってお待ちくださいね。

もう準備が終わりますから」

 

「あっ、どうも……」

 

「はじめまして、マーカスさん。

里沙子さんの記念日を祝いに来てくださって、ありがとうございます」

 

「はじめまして。あの、記念日って?誕生日じゃないのか?」

 

「残念だけどあたしの誕生日は7月でとっくに過ぎてんの。さあ、座った座った」

 

「お、おう……」

 

女の子だらけのダイニングに入った瞬間、

借りてきた猫みたいに大人しくなるマーカス君。

まあ、思春期の少年としては健全な反応だと思うわ。

 

「あら、里沙子お姉さまのお知り合い?はじめまして、パルフェムといいますの。

よろしくお願いしますね」

 

「私はピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールよ。覚えておきなさい。

特別にピーネと呼ぶことを許すわ」

 

ワクワクちびっこランドから出てきた2人も、珍しい男の子の客に興味津々。

 

「俺はマーカスだ。よろしく……ピーネって言ったか?その格好は」

 

「まーまー細かいことは気にしないの!

小二病ってやつで、自分を吸血鬼だと思い込んでるのよ。

変な格好だけどそっとしといてあげて」

 

「……里沙子、後で話があるわ」

 

あたしはマーカス君の隣に陣取ると、彼の肩に手を回した。

 

「何だよ、やめろっての!」

 

「そう言わないの。あと2人いるから楽しみにしてて。

片方は残念な住人だけど、もう片方はとびきりイケてる女よ。

ちょっとしたキャバレーだと思って楽にしてよ」

 

「できるわけないだろ!」

 

「里沙子殿~そろそろお線香の時間でござる。おりんも鳴らして欲しいでござるよ……」

 

2階からエリカがふわふわと漂ってきた。

あたしらは慣れてるけど、初対面のマーカス君は当然驚くわけでありまして。

 

「うわっ、幽霊!?」

 

「うむ!拙者こそ、シラヌイ家の血を引くサムライの魂、シラヌイ・エリカである!」

 

「確かに幽霊だけど、何も出来ないから心配いらないわ。

風船と戦ったら7割以上の確率で風船に負ける。

残りの3割は乱入したカラスに突かれて風船が割れた場合の不戦勝」

 

「ちがーう!憑依した風船を膨らませて破裂させた場合である!

武士たるもの、敗北を喫するくらいなら、刺し違えてでも敵を倒すものじゃ!」

 

「風船相手に命のやり取りしてる時点で終わってるけどね」

 

「なんか……変なやつもいるんだな。ちょっと気が楽になったぜ」

 

「ま、そゆこと。エリカ、あんたは飲み食いできないから、

今日はその辺で浮かんで飾りの風船になっててよ」

 

「また幽霊を馬鹿にして!失礼しちゃうわ!」

 

「はい、語尾忘れたー。もう諦めて普通に喋ったら?今更引けないのはわかるけどさ」

 

その時、背後に突然人の気配が現れて、

カシオピイアが女の子としては大きめな手で、マーカス君にお冷を出した。

 

「……どうぞ」

 

「あ、ありがとうござい、ます」

 

「わっ!あなたどこにいたの」

 

「ジョゼットの、横」

 

「ねえ、マーカス君。この娘はカシオピイアっていうの。これでもあたしの妹なのよ」

 

「よろしく」

 

「よろしく、お願いします……」

 

パリッとした軍服を着た、紫のロングヘアの美女が急に接近して、しどろもどろになる。

これも少年としては普通の反応なんだけど、

この娘無意味に気配を殺す癖があるから、あたしまで驚いちゃったわ。

カシオピイアとの仲がこじれたら、クロノスハック使う間もなく背中を刺されそう。

 

「みなさーん!会場のセッティングが終わりました!

これより里沙子さん転移1周年パーティーを始めたいと思いまーす!」

 

ささやかながら、

みんなが朝から貧乏くさいダイニングに華を添えてくれた、パーティー会場。

嬉しいと同時に感慨深くもあるわね。

昔はこういうノリは大嫌いだったんだけど、あたしも丸くなったもんだわ。

 

大学時代、数合わせで呼ばれた合コンの雰囲気が、

それはもう怖気がするほど気色悪くて、

テーブルにアイスピックで1万円札ぶっ刺して、開始5分で帰ったのは懐かしい思い出。

言葉を失った、身体のデカい子供連中の凍りついた顔を思い出す度に笑える。

それ以来、友人関係とは無縁の生活を送ることになったけど、

間違ったことをしたとは今でも思っていない。

 

そんな話はさておいて、みんなが一斉にクラッカーを鳴らし、紙テープが空を舞った。

あたしは頭に引っかかった紙テープを払いながら、挨拶を始めた。

 

「ん、あ、えーと。こういう時なんて言ったらいいのかしらね。

今日であたしがミドルファンタジアに来てから大体1年なわけよ。

まぁ、それをこうして祝ってくれるのは、嬉しいっていうか気恥ずかしいっていうか。

君が代でも歌えばいいのかしら。違うわね、天皇陛下でもあるまいし。

とにかく、みんなありがとう。

たった1年でこんなに大勢と生活することになるなんて思わなかったわ。

これからもよろしく。以上」

 

狭いダイニングに拍手が響く。やっぱり、なんというか、照れる。

 

「さあ、皆さん。食べましょう!

マーカスさんも遠慮せずに、好きなだけ食べてくださいね~」

 

「ういっす……」

 

ジョゼットが大きな七面鳥の丸焼きをみんなに運び、各自で好きな分量切り分ける。

あたしはサラダを皿に取るけど、まだマーカス君が緊張気味。

彼の耳元でそっとささやく。

 

「んふふ、どうよ。こん中で気になるタイプの娘とかいる?

ジョゼットみたいなカワイイ系?それともカシオピイアみたいな美人系?

そっちはもれなくあたしという姑が付いてくるけどさ。

あ、白い修道服のエレオノーラって娘はダメよ。

次期法王だから高嶺の花ってレベルじゃない」

 

「うるせえ!俺は女追いかけ回してる暇なんかねえんだよ!」

 

「ふふっ、照れちゃって。それも少年のあるべき姿よ。ほら、チキンが回ってきたわよ。

2cmは食いたいわね。……おっしゃ切れた。いただきまーす」

 

「はい、マーカスさんも好きな分を切ってくださいね~」

 

「……食っていいのか?」

 

「食わなきゃどうしろって言うのよ。なんでもあるわ、ほら。

サンドイッチ、サラミ、煮豆、チャーハン、ピザ、シーザーサラダ。

好きな物好きなだけ取ってとにかく食うのよ、阿修羅のごとく」

 

「おう、いただくぜ!」

 

ご馳走を前に少し自分のペースを取り戻したマーカス君。

まずサンドイッチと煮豆を皿いっぱいに取って、ガツガツと食べ始めた。

あんなに軽くなっちゃうくらいだから、普段からお腹を空かせてたんでしょうね。

 

あたしはとりあえずシーザーサラダとピザを一切れ。

シーザーサラダのソースを発明した人は神。クルトンとの組み合わせを考えた人は仏陀。

みんなも思い思いに料理を食べながら、思い出話に花を咲かせる。

 

「ジョゼットさんは、ここでは一番長く里沙子さんと住んでいるんですよね」

 

「そうなんですよ~初めて会った頃の里沙子ってば本当に冷たい人で……

暴走魔女に連れて行かれそうになってたわたくしを、

本気で見捨てようとしたんですから~」

 

「げっ、マジかよ里沙子。

じゃあ、私もここに来る時期間違えてたら、バラバラにされてたってことなのか?」

 

「結果そうなる。東京砂漠で生きていると、情けってもんがどうしても邪魔になるのよ。

昔やってた不動産会社のCM思い出すわ」

 

「そうやって都合が悪くなると、すぐふざけるんですから……」

 

「あんただって、割と人格破綻者だったじゃない。

水が冷たいってだけで、このあたしに皿洗わせるわ、シャワールームに乱入してくるわ、

勝手にあたしのシャンプー使うわ。ここまで矯正するのに何発殴ったかわかりゃしない」

 

「アハハ……それもどうかと思いますが」

 

「エレオも人のことは言えないわよ。突然聖堂に現れたかと思えば、

開口一番“金よこせ”だもん。反射的に腰のものに手が伸びたわよ」

 

「もう、里沙子さんたら。そんな言い方じゃなかったじゃありませんか。

定められた額の献金を回収に来ただけであって、借金取りのような物言いでは」

 

「どうせ金取るならおんなじよ。

まぁ、エレオと住む事になって各種税金がチャラになったから、

プラマイゼロ……うーん、若干プラスで結果オーライなんだけど」

 

「結局金かよ。お前らしいぜ」

 

「ふむむ、ジョゼットと出会った頃のあたしで居続ければ、

今までに味わった厄介事の約6割は回避できたと思うんだけど、

みんながここに揃うことも多分なかったでしょうね。

いつの間にこうなっちゃったのかしら。禍福は糾えるなんとかって本当だわ。

そう思うでしょ、マーカス君」

 

主に肉類を頬張っていたマーカス君が、急に話を向けられて、

慌てて口の中のものを噛んで飲み込んだ。

あら、ごめんあそばせ。なんかゲストが放ったらかし状態な気がしたからついね。

 

「んぐ、なんだよ、いきなり話しかけんな。

……まるで今は冷たい人じゃないって言いたそうだが、

お前が攻め込んで来たならず者を皆殺しにして、

見せしめに魔女を再起不能にしたって話は、その手の業界じゃ有名だぞ。

あと、俺はマーカスでいい。“君”なんて気持ち悪りいや」

 

「やーねぇ。噂には尾ひれが付くっていうけど、誰も殺してはいないのよ?

痛い目には合ってもらったけど。

魔女はタコ殴りにしたのは事実だけど、死ぬよりマシでしょ」

 

「死んだほうがマシってこともあるぞ。その魔女、未だに寝たきり生活らしいぜ」

 

「あらら。今度菊の花束持ってお見舞いに行かなきゃ」

 

「ん、なんで菊なんだ?」

 

見栄えのいい分厚いガラス製のジョッキで水を飲み、

少しだけシーザーサラダを食べていたルーベルが尋ねる。

 

「ああ、この世界じゃこのギャグ通じないのね。

あたしの国じゃ、菊は葬式で飾ったり、墓に供えるものなのよ」

 

「んなもんギャグにすんじゃねえっての。やっぱ里沙子はどっか壊れてやがる。

エールの飲み過ぎなんじゃないか」

 

「そのなんでもかんでもエールのせいにする論調には大いに反論したいわね。

いい?酒は百薬の長と言われているように、適度なアルコール摂取は」

 

「知ってる。お前の量は過剰だから言ってるんだ。

私の目を盗んで昼間から飲んでること、バレてないと思ったか」

 

「ちょっ!どうしてあたしの行動筒抜けなのかしら!?

まさかあんた、内緒でアサシン教団に所属してて、タカの目でも持ってるの?

だったらこの世界にもテンプル騎士団の魔の手が……」

 

「特定の範囲の人にしかわからないネタはやめるって決めただろ?

知らねえ人は、アサシンクリードってゲームについて調べてくれ。

面倒だって人のために解説すると、

主人公のアサシンは大体タカの目って特殊能力を持ってて、

見つめたターゲットをハイライトさせたり、壁の向こうから追ったり色々出来る。

人間の自由を求めるアサシン教団と、

自分達の手による世界秩序を正義とするテンプル騎士団が、

何千年も争ってるって背景があるんだ」

 

「なあ、食わせてもらっといてアレなんだが、

ここの晩飯っていつもこんなに狂ってんのか?」

 

「恥ずかしながらそうなんだよ。違うとすれば飾り付けされてることくらいだ。

誰かさんのせいでな」

 

「あらー、それは一体誰なのかしらー、見つけたらとっちめないと」

 

「お姉ちゃん……白々しい」

 

「里沙子さん、くどうようですが、お酒は程々になさってくださいね?

その……今までに何度か、お酒で失敗なさっているので」

 

「失敗?へっ、なんだよ聞かせてくれよ」

 

「はい!先月里沙子さんは、ウィスキーの飲み過ぎでおね……へぶっ!」

 

「あ~らごめんなさい!

皮を剥こうとしたリンゴが、手が滑ってそっちに飛んで行ってしまったわ!

ちなみにその件については、液体の正体が白黒ついてないから、

二度と話題に出さないこと。いいわね?」

 

「うう、リンゴはやめてくださいよ~硬さと重さがすごいんですから……」

 

「ジョゼット殿も幽霊になるでござる。霊体なら投擲武器などに負けることはないのだ」

 

「勝てもしないけどね」

 

そんなこんなで、時々マーカスを交えて馬鹿話を繰り広げながら、

いつもより豪華な晩餐を楽しんだあたし達。

夕食を終えて、みんなで皿を洗い場に運んでいる間、

マーカスは壁にもたれながらあたしをずっと見てた。あたしは背中にも目があるのよ。

片付けが一段落したら、後はジョゼットに任せてマーカスを私室に招いた。

 

「ねえマーカス。ちょっと話があるの。あたしの部屋に来てくれない?」

 

「まあ、お姉さまったら、若いツバメを私室に連れ込むなんて。ウププ」

 

「最後まで責任持って引き取ってくれるなら、私は別に構わねえぜ。耳は閉じとくから」

 

「えっ!?お姉ちゃん、まさか……!」

 

「いつまでも馬鹿みたいなノリ引きずってんじゃないわよ!ビジネスの話よ、ビジネス!

こっちよ、マーカス!」

 

「おう」

 

本当、人のことばっかりいじって何が楽しいのかしら。

自分達の身の振り方でも心配してろっての。

あたしはずっと独り身、孤独な旅人、夕陽のガンマン!

 

「悪いわね。いっつも暇な連中でさ」

 

「別に。わざわざ客に俺を呼んだってことは、

なんか俺にしかできない依頼でもあるんだろ?」

 

「さすが、危険なスラムで生き延びてるだけあって察しがいいわね。詳しい話は中で」

 

私室のドアを開いて、マーカスを中に案内する。

案内って言っても一歩中に入っただけで全体像の9割が見えるんだけど。

マーカスにデスクの椅子を出して、あたしはベッドに座る。

お互い向き合うと、彼の方から話を始めた。

 

「さっきはビジネスとか言ってたが、依頼ってなんだ」

 

「児童養護施設の偵察。ついでに救出任務も果たしてくれたら、追加報酬を出すわ」

 

「詳しく聞かせろ」

 

「以前、見た目は子供だけど実年齢が100を超えてる暴走魔女が、

うちを襲撃してきたの。

それ自体はある人によって完全に防がれて、魔女も長生きの生命力以外を奪われたから、

罰として普通の子供として児童養護施設にぶち込んでやったんだけど……

どうもその施設、裏で怪しいことやってるらしいのよ。

別のそのアホ魔女はどうでもいいんだけど、

他の子供達が洗脳教育とかされてたら、助けてあげなきゃだめじゃない?」

 

「なんで、あんたがそこまでする必要があるんだ」

 

「魔女の方も心はババアなのに、ずいぶん長いことお子様向けのお遊戯とかやらされて、

屈辱的な思いもしたらしいから、そろそろ許してやろうかなって思ってさ。

何より、罪のない子供が人体実験の道具とかにされてたら、

急いで救出しなきゃいけない。

偵察任務の報酬は10000G。前金で半額渡すわ。もし、虐待等の事実があった場合、

子供達を救出してくれたら更に成功報酬として10000G追加する。

あと……あたしのツテで安定した仕事も紹介するけど、どう?」

 

「前金で5000か……乗った。

だが、俺がそいつを持ち逃げするとは、どうして考えないんだ」

 

「これでも人を見る目はあるの。だから、この教会にこのメンバーが集まった。

あ、これは誰にも言うんじゃないわよ。前金に口止め料も含むことにする」

 

「後出し条件とか最悪だな。まあいいさ、引き受けてやるよ。施設の場所は?」

 

「地図を用意するわ。それと、必要な“手土産”と手紙も」

 

あたしは例のデカい財布から金貨を全部取り出し、小さな布袋に詰め、

施設への紹介状を書いた。

マーカスは親に捨てられた孤児で、そちらで引き取って欲しい。そんな内容。

それに施設から渡された面会用の地図を添えて、マーカスに渡した。

 

「それで問題なく施設に入所できるわ。

でも、例え何かあったとしても、追加報酬欲しさに無茶はしないで。

目的はあくまで偵察よ」

 

「わかってる。これでもスリだけが脳じゃねえ。引き際はわきまえてるさ。

ええと?……俺は親に捨てられた孤児だから引き取って欲しい、か。

当たらずも遠からずってとこだな」

 

「……前金を用意するわね。ちょっと待ってて、床下の金庫から」

 

「あ、やっぱいい。んな重いもん引きずって偵察なんかできねえしな。

ただ、妙なこと考えたら、俺と知り合いで、

二度とハッピーマイルズでまともな仕事ができなくしてやる。それは忘れんな」

 

「うん。……ありがとう」

 

「よせよ、気色悪い。“魔王殺し”里沙子のセリフじゃねえよ」

 

「あー!また変な二つ名が邪魔をする!やっぱり植物のような平穏な人生が一番ね!」

 

誰かが勝手につけた名前が独り歩きしているわね。

役所で二つ名を削除する手続きとかやってないかしら。

 

「とにかく、今日はここで泊まっていきなさい。

期日は定めないけど、なるべく急いでくれると助かる」

 

「明日にも出発する。1階の長椅子借りるぜ」

 

「ここのベッドで寝なさい。きちんと休まないと、いい仕事はできないわ」

 

「お前はどうすんだよ」

 

「寝袋があるのよ。不本意な経緯で手に入れたやつがね。ハハ……」

 

二度と世話になりたくなかったアレを思い出して、乾いた笑いが出る。

 

「……礼は言わねえぞ」

 

「もちろん。これも福利厚生の一部よ」

 

 

 

そして、俺は今まで寝たことのない柔らかなベッドで一夜を過ごした。

里沙子の言う通り、地べたで寝てるいつもと違って、寝覚めの良さが全然違う。

多少汚い格好の方が怪しまれないってことで、シャワーは浴びなかった。

少し気持ち悪いがいつものことだ。

 

1階に下りて、まず顔を洗って、ダイニングに行く。もう朝食が用意されてた。

食材はいつも確保されてて、誰かが作ってくれる。これが一般人の常識なんだろうな。

俺達は朝が来てから飯を調達するんだ。

パン屋から盗んだり、他の奴と奪い合ったり、生ゴミをあさったり。

 

「あ、マーカス君。おはようございます~」

 

「おはよう」

 

「マーカス……おはよう……」

 

「なんでお前が死にかけてんだ、里沙子」

 

「あの寝袋の寝心地の悪さは異常。

通気性最悪で夏暑く冬涼しい、悪意に満ちた素材で構成されてる。

地球ならクレーム殺到アマゾンで投げ売りの一品よ……」

 

「いっそ床で寝りゃよかったのに」

 

「マヂでその方がよかったと後悔してる……」

 

「大丈夫ですか?

言ってくだされば、多少狭くても、わたしのベッドで一緒に寝ればよかったのでは」

 

「気持ちはありがたいけど、

誰であろうと知的生命体が50cm以内に接近してると眠れないの、あたし」

 

「お前の人嫌いだけは1年経ってもついに治らなかったなぁ。

それだけは残念だよな、カシオピイア」

 

「うん。ワタシでも、駄目?」

 

「ごめん。繰り返すけど、誰なのかは関係ないの。体質の問題。

もしくは精神的疾患の疑い」

 

「せめてご飯をお腹に入れて体力をつけましょう。マーカス君もどうぞ座って」

 

「うっす……」

 

昨日の晩飯もそうだったが、朝食もうまかった。

焼き立てのトースト、サラダ、ベーコンエッグ、コーヒーのシンプルな組み合わせだが、

俺達のスラムじゃお目にかかれないご馳走だ。

少々がっつくように飯をかきこむ。

 

……仕事前の栄養補給は十分できた。

後は街に行って、里沙子から持たされた“預り金”の一部で馬車を雇って、

児童養護施設・ハッピーハッピーこども園に行けばスタートだ。

 

「ごちそうさん。俺はもう行くよ。飯、うまかったぜ。ジョゼットさん」

 

「ああ……もう行っちゃうんですか。

ピーネちゃん達と少し遊んであげて欲しかったんですけど、

マーカス君にも都合がありますし、しょうがないですね」

 

「別に、私は一人で優雅に時間を潰せるもん。一人で平気だし?」

 

「確かに、カワイイ着せ替え人形は一人にカウントされませんものね、ウシシ!」

 

「パルフェムうるさいわよ!」

 

「まぁ、とにかく世話になった。ありがとな」

 

「お気をつけてお帰りくださいね。またいつでも遊びにいらしてください」

 

「じゃあ、マーカス。ね?」

 

「ああ」

 

ね?だけで全てが伝わる。

俺は教会を後にすると、一旦ハッピーマイルズ・セントラルの街に戻った。

 

 

 

 

 

そして、馬車から下りた俺は、ハッピーハッピーこども園の正門前に立っていた。

子供達の養護施設とは思えないほど厳重な警備で、

外から内部が見えないほど高い壁に、有刺鉄線が張り巡らされてる。

依頼が成功すれば、もう少しマシな暮らしが出来るはずだ。日の当たる街での生活も……

俺は金貨袋を握りしめ、謎の施設へと入っていった。

 

 

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