面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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一人暮らし始めるとパチ屋のティッシュですらありがたくなるわよ。ソースはあたし。(2/2)

「今だ!!」

 

俺の叫びと、ライフルを構えた兵士が振り向くのは、ほぼ同時だった。

そして、俺達が敵の肩や首筋にスタンバトンを叩きつけると、

高圧電流を食らった兵士が絶叫して気絶した。

 

“あぎゃぎゃぎゃががががぁ!!ああ……”

 

「やったわ!」

 

「まだだ!」

 

兵士の凄まじい悲鳴を聞きつけた、他の警備兵や“せんせい”が警報を鳴らし、

今までどこに隠れていたのか不思議に思うほど、大勢の武装した兵士が押し寄せてきた。

 

「走るぞ!」

 

「あ、待って!」

 

俺はベネットの手を握ると、全速力で逃げ出した。

後ろから散発的な銃声と共に、闇夜で赤く光る、焼けた銃弾が俺達の脇をかすめていく。

 

“逃がすなー!追え、追え!”

 

“殺しても構わん!撃てー!”

 

とにかく、暗いところへ。

時折、一瞬後ろに目をやりながら、ベネットの様子を確かめる。

息が切れてるようだが、あと少し耐えてくれ。

 

“魔導兵、炎の矢を放て!”

 

その声を聞いた2秒後に、空から鋭く尖った形をした炎が降り注いで来た。

いくつも俺達の周りに着弾し、荒れ地を火に包み、熱風を浴びせてくる。

まずい、これじゃ、こっちの位置が丸わかりだ。

直撃は避けられたが、既に第二射が打ち上げられた。

これでも食らえ!俺はベルトの左腰辺りを殴った。

 

ベルト内部に仕込んだ、小さなガラスのカプセルが砕ける。

粉末状にした魔石に炎鉱石の欠片を一粒加え、魔女が飲み捨てたエーテル瓶を拾い、

底に残った一滴を混ぜて練ったもの。

外から強い衝撃を与えると、一瞬で魔力の粒子が半径約50mに広がり、

魔法の誘導を30秒ほど狂わせる。

 

里沙子と装備確認した時、

“チャフの原理を応用した魔法の回避兵装ね”とか言ってたな。

チャフが何なのかは知らねえ。興味もなかったからな!

肝心なのは、ちゃんと炎の矢がでたらめな方向に飛んでってくれてるってことだ。

後ろの連中も驚いてやがる。

 

だが、あと2発しかねえ。

ただでさえ俺達には手に入りにくい材料を贅沢に使ってるからな。

楽観もできねえ。大勢の兵隊が俺達を追いかけてきてる。

数撃ちゃ当たる作戦で走りながら人海戦術で銃弾を放ってくる。

……っ、痛え!右腕にかすった!かすっただけだが、血が滴ってくる。

 

「マーカス!?」

 

「構うな!走り続けろ!!」

 

俺の体力も限界だが、ベネットだけでも逃さなきゃ、任務失敗だ。

無理はすんなって言われたが、今、足を止めたら2人とも殺される。なら2人より1人だ。

だったら……!

 

「先に行け!とにかく走れ!」

 

「キャッ!」

 

ベネットを突き飛ばすように前に逃がすと、両腕を上げて兵隊共に向き合った。

 

「マーカス、どうして!」

 

「行けつったろ!……ほら、兵隊。どうした。殺してみろよ。

背中に見られたら困るもん山程抱えてるぜ」

 

「大人しくしろ、そのまま両手を挙げろ。

……おい、奴のボディチェックだ。さっきのような仕掛けを隠してるかもしれん」

 

「はっ!」

 

下っ端らしい部下が俺に銃口を向けながら近づいてくる。

へっ、金貨袋に夢中になって、最初に所持品検査しねえからこうなる。

ベネットは、逃げたみたいだな。すっかり気配が遠くなった。

ここで俺は死ぬんだろうが、まあ、どうせ生きて帰ったところで元のスラム暮らしさ。

今更ジタバタしねえ……

 

──ダララ!ダララララ!!

 

「はわっ!」「ぎゃあ!」「へぶっ!」

 

ギブアップ寸前で、突然闇夜の向こうから、猛烈な銃撃が打ち込まれ、

兵隊の足元を薙ぎ、連中をすっ転ばせた。

何が起こった!?俺も、敵も、状況が全く分からない。

 

 

 

 

 

見せ場を取っちゃって悪いわね、小さなボニーアンドクライド。あたしよ、里沙子。

ヴェクターSMGの制圧力は凄まじいわね。

10mmオート弾の連射で、マーカス達を追いかけてた兵士の足元を弾いてやったら、

連中あっという間に将棋倒しになったわ。

 

「マーカス、今よ!ベネットは無事!」

 

“お、おう!”

 

彼が再び走り出したのを確認したら、ヴェクターを構えたまま敵兵に告げる。

 

「命が惜しかったら下がりなさい!次は当てるわよ!」

 

兵士の集団が立ち上がると、反撃に出る間も与えず、

こども園に追いやるように、また足元を狙い撃つ。

トリガーを引く度、サイレンサーを着けても激しく吠える銃声。

同時に絶え間なく排出される空薬莢がぶつかり、鈴のような音を奏でる。

そして強力な10mmオート弾が、敵兵を瞬く間に後退させる。

こんなところかしら、と思ったら。

 

“せんせい、お願いします!”

 

“悪い子にはあぁ!おしおきィ、です!!”

 

なんかゴツい奴が出てきたんだけど。

鉄のインゴットを全身に貼り付けたようなアーマーを装着して、

右手にミニガンらしきものを持っている。

あ、ミニガンじゃなくてよく見たら、携行可能になったガトリングガンだわ。

パーシヴァルの社長さん、儲かってるみたいね。少し分けて欲しい。

 

流石にヴェクターの集中射撃も効果がなさそう。

奴の装甲を剥ぎ取る前に弾切れになるのがオチ。ああ、ガトリングガン発射前の空転が。

と、考えた時には弾幕が目の前に迫っていた。

横にジャンプして転がるけど、立ち上がる暇すら与えず、

AK-47から流用した7.62x39mm弾の嵐を叩きつけてくる。

 

仕方ないわね。アンタにはこれをプレゼントするわ。

ヴェクターを放り出すと、あたしは地面に伏せて転がりながら、

背中のレミントンM870を抜く。そしてガンベルトのケースから弾を一発取り出し、

銃身下部のシュラウドから装填。スライドを引いた。

 

“悪い子はあああ!皆殺しだあああ!!”

 

黙りなさい。

 

めちゃくちゃにガトリングガンを振り回す巨漢。

あたしは腹ばいになって奴の土手っ腹を狙ってトリガーを引いた。

大きな鉄球がひとつだけ入った一粒弾が炸裂し、強力な破壊力を持つ一発が命中。

奴の腹回りの装甲がバラバラになる。

 

“ご、はああっ!!”

 

攻撃の手が止まった。このチャンスにあたしは再度一粒弾をリロード。

ポンプアクションで排莢し、今度はガトリングガンの弾倉部分を狙って射撃。

眼鏡の向こうに見える巨大な連発銃に照準を合わせると、人差し指をそっと引く。

 

銃口から爆炎と鉄球が飛び出し、多銃身の兵器に食らいつく。

銃撃戦の最中にある者に取っては何分間にも思える時間。

今回クロノスハックは使ってないけど、この感覚だけはいつも訪れる。

 

着弾、そして爆発。

 

“ぎゃああああ!!”

 

鋼鉄で守られたデカブツは、今度こそ全身の金属を弾き飛ばされ、

ガトリングガンの暴発を浴び、地に足をつき、その巨体を横たえた。

まぁ、見たところ大量出血はないみたいだし、大丈夫なんじゃない?

骨は折れてるだろうけど。

あたしは耳栓を抜くと、後ろを確認した。

少し離れたところで、ベネットがマーカスの手当てをしてる。

 

「ほら、傷口にハンカチを当てますから。少し痛みますわよ」

 

「ちょっとかすっただけだ。深くないって」

 

一件落着、とは行かないのよね。

今回は敵が一方向しか来ないことがわかってたから、耳栓しながら戦えたけど、

今後はどうなることやら。

なんでサイレントボックス使わないかって?銃声を耳にできないじゃない。

そりゃ耳栓してても音が軽減されちゃうけど、完全に無音よりマシよ。

やっぱり銃声はロマン。

 

……あら、騎兵隊のラッパが聞こえてきた。

教会を出る時にアヤに電話して、将軍に話を通してもらってたの。

それであたしが先に来たってわけ。う~ん、あたしの根回し92点!

 

“騎兵隊が来たぞ!”

 

“せんせいは!?”

 

”駄目だ!完全に伸びてる!”

 

「うおおお!!全員動くな!銃を捨てて両手を頭の後ろに回せ!!」

 

シュワルツ将軍も駆けつけてくれた。

きっとこの勇ましい声もハッピーマイルズの街まで届いているに違いないわ。

すげえ近所迷惑。

無数の騎兵が陣形を成して、素早くハッピーハッピーこども園を取り囲み、

すかさずライフルを構える。

 

「将軍!来てくださってありがとうございます!」

 

「リサこそ通報感謝する!まさか児童養護施設が子供達を喰い物にしていたとは……」

 

あたし達が言葉を交わす間にも、突入部隊が次々園内に入り込み、

園児の保護、施設の捜索を開始している。

 

“なんですの!なんざますの、あなた達は!?”

 

“ベティ・カルバー。とりあえずは、私兵が子供を殺害しようとした件について、

責任者として話をしてもらう。……連行しろ!”

 

“私に何も落ち度は……!弁護士を呼ぶざます!”

 

護送馬車に乗せられていく化粧のキツいおばさん。名前は忘れちゃった。

すると、マーカスが立ち上がって、白い布に包んだ荷物を将軍に渡した。

 

「将軍……ここじゃ、子供達のマナを奪ってエーテルにして出荷してたんだ。

こいつはその証拠品だよ。

マナを吸い取られた子供は、まだ5歳くらいなのに俺より歳を取っちまった。

子供の寿命を金儲けに使った奴らを、絶対許すな……!」

 

将軍はマーカスから包みを受け取ると、大きくうなずいた。

 

「うむ、約束しよう。よくやってくれた!」

 

そして力強い言葉で、子供達を救った少年の健闘を称えた。

この事件はそれで解決…じゃないのよね。まだゴタゴタが残ってるの。

まず、マーカスとベネットは一旦治療と事情聴取を兼ねて、

馬車でハッピーマイルズ軍事基地に送られた。

 

念の為、通報者のあたしも付き添ったけど、マーカスの怪我は、3針縫う程度で済んだ。

彼が持ち出した証拠品が、世間に大きな衝撃を与えることになるんだけど、

詳しくはまた今度にして。

 

ベネット。彼女の顔を覚えてる将軍は、取調室で彼女をじっと見据えている。

彼女も、何も言わない。一向に状況が進展しないから、

あたしが彼女の生き返った経緯、魔女としての力はほぼ失っている事実を説明した。

 

「ふむ、なるほど……だが、力を失ったとは言え、

暴走魔女を野に放つのは如何なものか」

 

「それにつきまして、わたくしの意見を述べてもよろしいでしょうか」

 

「もちろんだ、リサ」

 

「彼女は一度、主イエス・キリストによって塩の柱にされました。

それが時を経て、再び肉体を得るに至ったのは、

彼女が赦されたからであると私は考えます」

 

「赦された……?」

 

「はい。ベネットが復活と同時に魔女としての力を失ったのは、

イエス様の“人として生きよ”という御言葉に思えてならないのです」

 

「……そうか。確かに一度この魔女はイエス殿の罰を受けている。

まさか神罰が魔力切れ、等というつまらない事情で解かれることもなかろう。

神が赦したというのに、人の子である我らが更に罰するというのも傲慢である。

……よかろう、ベネット。この事実は我の胸に秘めておく。どこへなりとも行くが良い」

 

「ふ、ふん!人間ごときに指図されなくても、初めからそのつもりですわ!」

 

「まーよかったじゃん。これからただの“長生きベネットちゃん”ってことで」

 

「よくありませんわ!なんですの、そのダサい名前は!」

 

「ただし!」

 

シュワルツ将軍のいつも以上に真剣な表情で告げる。

 

「……頭巾は置いていけ。それが条件だ」

 

魔女としての象徴だった、紫の頭巾。

ベネットは少し黙って、頭巾の紐を解き、デスクに置いた。

 

「それでは、ごめんあそばせ……」

 

彼女が若干暗い表情で取調室を出ていこうとしたから、

あたしも将軍に挨拶して、ついていった。

 

「将軍、今夜は本当にありがとうございました。

どうぞアヤさんにもお礼を伝えておいてください。わたくしはこれで失礼します」

 

「リサも、激しい戦闘で疲れたであろう。今夜はゆっくり休まれよ」

 

「それでは……」

 

あたしは静かに取調室のドアを閉じると、ベネットを追いかけた。

彼女は振り返らずあたしに問う。

 

「……情けを掛けたつもり?」

 

「知らないわよ。子供達が虐待されてるって通報があったような気がしたから、

行ってみたらあんたがいたのよ」

 

「マーカスはあんたの依頼だって言ってた」

 

「あら、そうなの。最近アル中気味で、気づかないうちに何かしてるのよね。

それより、これからどうするつもり?」

 

「さあね。戸籍もない名無しの権兵衛なんて、

木の根をかじって生きていくしかないんじゃない?」

 

「そうとも限らないわよ。戸籍がなくても立派に毎日生きてる人がいる」

 

「はん、どうやって」

 

「ついてらっしゃい」

 

「えっ、ちょっと!?」

 

ベネットの手を取って、あたしは廊下を駆ける。向かった先は、医務室。

 

「失礼しまーす」

 

「ベネット?」

 

「マーカス……」

 

軍医に腕の切り傷を縫ってもらい、ガーゼを当てて包帯を巻かれたマーカスが、

いきなり飛び込んできたあたしとベネットにキョトンとしている。

老いた軍医だけが、何事もないかのように、治療記録の所見に記入している。

 

「……傷は縫ったし、消毒もした。清潔にしてりゃ3日もすりゃ治る。帰っていいぞ」

 

「ありがとよ、爺さん。ベネット、お前はどうだったんだ」

 

「な、なんともなくてよ」

 

「ねー、マーカス君~。ベネットちゃんこれから行く当てがないの。

彼女にたくましい生き方を教えてあげてくれないかしら~?」

 

あえて猫なで声でお願いしてみる。特に意味はない。

 

「“君”はやめろつったろうが!

……ベネット。スラムはいいとこのお嬢さんが生きていける場所じゃねえ。

あんたが今いくつかは知らねえが、そういう時期もあったんじゃねえのか」

 

「失礼しちゃう!今も昔も高貴な存在ですわ!」

 

「だったら尚更だ。そんな格好でうろついてたら、一週間と保たずドブ川に浮かぶ」

 

よく見るとベネットのブラウスは綿100%のオーダーメイド。

スカートも、頭巾と同色の紫の手染め生地を手縫いしたプリーツスカート。

綺麗な服を来た、持たざる少女。

善悪抜きにして、彼女の送ってきた人生の複雑さが垣間見える。

 

「う~ん、それでも2人には、一応うちまで来てもらう必要があるのよね~」

 

「ああ、そうだな」

 

「え、どうして?あのボロ屋に何の用がありますの?」

 

「あの施設に潜入して、子供達を助けたら里沙子が報酬をくれることになってたんだよ。

あれ?言わなかったかな」

 

「聞きましたけど、どうして私まで?」

 

「それは明日の、お楽しみ~」

 

わけも分からず、顔を見合わせる2人だった。

ともかくその日は、基地の装甲馬車でハッピーマイルズ教会まで送ってもらい、

ベネットはあたしのベッドで、あたしとマーカスは1階聖堂の長椅子で寝た。

こないだの教訓通り、あの寝袋で寝るより、

椅子で寝たほうが快適だということが証明された。

じゃあ、あの寝袋の存在意義なんなのよ。

 

 

 

翌朝。

うるさい連中の質問攻めを無視して、トートバッグを肩に掛け、

朝食も取らずハッピーマイルズ・セントラルの街に出発した。

割と早めに出たけど、やっぱり市場の混雑が空きっ腹に堪える。

この物語も結構長く続いてると思うんだけど、キャラ設定とか関係なく人混みは死ぬる。

 

「ベネットちゃん、マーカス君、おてて引っ張って~」

 

「しっかりしろよ、だらしねえな」

 

「もう、私が手を触らせるなんて、滅多にないことですわよ。あっ、手を、手……」

 

人混みを抜けると、ベネットがなんだか知らないけど、

左手を愛おしそうに撫でながら見つめてる。

はは~ん。里沙子姉さんのアンテナが面白情報をキャッチしました。

今それは置いときましょう。まずは朝食よ。今度はあたしが2人を連れて酒場に入った。

 

カウンターに着くと、幸いおっぱいオバケは出勤前だったらしく、

ソフィアが応対してくれた。

彼女もずいぶん出番がないけど、落ち着いた家も仕事も手に入れて、

仲間もたくさんいるリア充だから、番外編には呼んでないの。

 

「おはよう、里沙子。あ、今日はお友達?おはよう!」

 

「ソフィア早番?おひさ~」

 

「ああ、おはよう」

 

「……ベネットですわ。おはよう」

 

「とりあえず3人共同じのでいいから、適当に朝食みつくろって。みんな元気?」

 

「元気元気。マックスはやっと自分のパンを店に並べてもらえるようになったし、

アーヴィンは科学技術大学に合格して、今はもう大学生。

マオは魔術大学でみんなのマスコットにされてるよ」

 

「あたしが酒に溺れている間に、世間はどんどん進歩していく……」

 

「あはは、まずお酒をやめてみたら?……オーダー入ります!モーニング3!」

 

“へいー!モーニング3!”

 

「へっ、そんな恐ろしい事するくらいなら、また幽霊村で指チョンパされた方がマシよ」

 

リア充の輝きを前に、くすんだ女が一人吐き捨てる。

だが、この後さらにコウモリにLEDライトを当てるような光景を目にするとは、

この時のあたしは思ってもいなかった。……あたしの仕業なんだけどね。

 

「ざまあ、ありませんわ。何も食べてなくても、里沙子の不幸が美味しくてよ」

 

「酒で身を持ち崩したらスラムに来な。同類がたくさんいるぜ。あんたなら溶け込める」

 

「お気遣いありがとう。マ・ヂ・で・ありがとっ!」

 

やけっぱちで答えたら、ちょうどトースト、ゆで卵、カフェオレの、

シンプルなモーニングセットが運ばれてきた。ここのトーストは隠れた名物。

分厚くてフワフワ。バターもいい感じで染み込んでて、

香ばしいパンと絶妙に絡み合って、鼻でも舌でも味を楽しませてくれる。

 

マーカスもベネットも、このセットを気に入ってくれたみたいで、無心で頬張っている。

ゆで卵の殻を向きながら、そんな2人を横目で見ていた。

うふふ、面白くなりそう。

 

「ごちそうさま」

 

「ごっそさん」

 

「ふぅ。ごちそうさま」

 

みんなほぼ同時に食べ終えて、一日の最初のエネルギーを補給したら、

あたしは銀貨を2枚置いて、席を立った。一食3G。釣りはチップよ。

 

「また来てくれよ、里沙子さん」

 

「ええ、ていうか、あなたいつ来ても居るわね」

 

どの時間帯にも必ずいるマスターに別れを告げると、モーニングで力を付けたあたしは、

市場を気合で突っ切って、その出口正面の役場に入った。

一緒に中に入った二人にもあたしの意図がわからないみたい。

振り返って、クイズを出す。

 

「さて、今から二人がするべきことはなんでしょうか」

 

「知らね」

 

「もったいぶらないで教えなさい!」

 

「ブブー!正解は戸籍を作る、でした!」

 

「戸籍ってなによ?」

 

「戸籍とは、国民一人一人に登録され、出生・氏名・配偶者等家族や

国籍の離脱について明確にし、

婚姻離婚やパスポートの発行を円滑にするものであり……」

 

「言葉の意味は聞いてませんの!なんでそんなもの作るのかを聞いてますの!」

 

「だってあんた、これから普通の人として生きていくんでしょ?

戸籍が無いとなんにもできないわよ?家も借りられないし、銀行に口座も作れない。

マーカス、あなたもよ。このトートバッグにはあなたに渡す報酬が入ってるけど、

そんな現生持ってスラムをうろうろしてたら、物理的に食い殺されるわ」

 

「確かに、そうだな。銀行口座は必要になる。どうすれば戸籍を作れるんだ?」

 

「簡単よ。そこに備え付けてある申込用紙に記入して。

身元保証人の欄はあたしが書くから」

 

二人共、薄い申込用紙に個人情報を書き込み始めた。

とは言え、大して書くことなんてないんだけど。

定住する家、つまり住所がない二人にしてみればね。

 

「書けたぜ」

 

「私も」

 

「どれどれ~」

 

あたしは書類に不備がないかチェックし、身元保証人欄に署名した。

完成した申込用紙を受付に持っていく。

 

「おはよう、里沙子さん」

 

「お久しぶり。この子達の身分証明書を発行してもらいたいんだけど」

 

「ん、ちょっと待っててくださいよ」

 

10分ほど待つと、分厚いカードに名前と保証人が印字された、

ハッピーマイルズの住人であることを示す身分証明書が発行された。

 

「お待たせ。しかし1年で変わるもんですなぁ。

里沙子さんが身元保証する側になるなんて」

 

「それに関しちゃ自分でも驚いてる。じゃあ、またね」

 

そして、あたしは二人に新しい生活へのパスポートを手渡した。

 

「俺の、身分証明書……」

 

「そう。あなたはもうスラムの放浪児マーカスじゃなくて、

ハッピーマイルズの一員なの。大手を振って表を歩けるのよ。そんで、これは約束通り」

 

あたしは20,000Gの入った麻袋をマーカスに手渡した。

やーっと肩の痛みから解放されたわ。はぁ。

 

「おっとと、流石に重いな」

 

「まだまだ報酬は残ってるわよ。二人共ついてきて」

 

「報酬?ああ、そうだったな!」

 

あたしはマーカスとベネットを連れて、昨夜訪れたばかりの軍事基地を訪ねた。

シュワルツ将軍が、門の前であくびをしながら既に待っていた。

 

「おはようございます、シュワルツ将軍。朝早くから申し訳ありません」

 

「おはようリサ。我のことなら構わん。結局昨夜からずっと起きていたからな」

 

「施設の連中は今、どのような状況で?」

 

「詳しいことはまだ言えんが、マーカスの持ち帰った証拠品を眺めると、

絞首刑や終身刑が続出するのは想像に難くない。

しばらく帝都の中央裁判所は荒れるであろう」

 

「子供達の方は?」

 

「別領地の孤児院に振り分けられることになるが、

本当に難しいのは皆の洗脳を解くことである。

赤子の頃からあの園で教育を受けていた者も少なくない。

……で、彼が入隊志願者かね?」

 

「はい、この度は無理をお聞き入れくださり、本当に感謝しております。

ほらマーカス、ご挨拶」

 

「ちょっと待て、どういうことだよ!?」

 

「サブ目標達成したら仕事斡旋するって言ったでしょ。

今日からここで未来の騎兵隊員になるべく訓練生になるの。安いけど給料が出るわ。

頑張って正規隊員になれば額も跳ね上がるわよ」

 

「そっか、そういうことか。……将軍、俺、マーカスです。よろしく」

 

「違ぁう!!」

 

やっぱり起き抜けに将軍の声はキツいわ。

みんな衝撃波のような大音声に思わず腰をかがめる。

 

「“自分はマーカスであります、よろしくお願いします”だ!もう一度!」

 

「じ、自分はマーカスであります!よろしくお願いします!」

 

「よし!訓練は血反吐を吐くほど辛いものになるが、耐え抜く自信はあるか!?」

 

「あります!訓練で背中から刺されることはありません!やってみせます!」

 

「よしわかった!今日は受け入れ準備がまだである!明朝6時にまた基地を訪れよ!」

 

「やったわね。安定収入があれば世界が違って見えるわよ」

 

「でも……」

 

そこでベネットが口を開いた。当然と言えば当然の疑問があるだろうからね。

 

「マーカスの問題は片付いたとしても、どうして私まで?

……役所で別れても、よかったんじゃ」

 

おやおや~?それは本心かしら。

 

「戸籍は手に入れたけどさ、あんたマーカスと違って無一文じゃん。

住む家どころか、食事のパンも買えやしない」

 

「それは、そうですけれど……」

 

「これからあたしはマーカスを不動産屋に連れて行く。手頃な借家を探しにね。

この意味分かる?」

 

「それって、まさか……!」

 

「あんた達、同棲しなさい!ていうか、結婚しなさい!」

 

「はぁっ!?」「へっ!?」「なぬっ!!」

 

先程受信した面白電波が映像を結びました。

 

「な、何勝手なこと言ってんだよ、里沙子!」

 

「待って、ベネットに聞いてるの。あなたはどうしたい?

本当に嫌だったら路銀くらい渡す」

 

「私は、あの、私は……」

 

「ベネット……おい、まさか」

 

「こども園から逃げる時、あんなに男性に強く手を握られたのは初めてで……

昨日からずっとその感触が残ってますの。

私のために流した血で濡れた手の感触が……」

 

「それで、どうしたい?」

 

「あの。マーカス、さん。私、行くところがありませんの。

炊事洗濯は、これから覚えますから、えと、一緒に生活させて頂けませんこと?」

 

「ん、ああ……俺は構わない。同じ家に住むくらいなら」

 

それで許す里沙子さんだと思ったら大間違いよ!

 

「あたしは、結婚しろと言ったんだけど?」

 

「ば、馬鹿野郎!子供同士で結婚なんか!俺、13だぞ!?」

 

「ベネットは100超えてる。何も問題なし。そうですわよね、将軍?」

 

「う、うむ。ハッピーマイルズの法律では、

夫か妻のどちらかが18歳以上であれば結婚は可能だ」

 

「ですって!これで二人を阻む壁は何もないわ!」

 

あたしはベネットとマーカスの手を強引に繋がせる。

 

「じゃあ、マーカスさん。そういうことに、なさいます……?」

 

あらやだ、ベネット結構積極的じゃない。マーカス君の答えは?

 

「……5年。俺も18になるまで一緒に暮らして、気が合うとわかったら、

きちんと手続きしよう」

 

「ちょっと失礼!」

 

マーカスを隅っこに引っ張って、肩を回して小声で忠告する。

 

(あのね、女ってもんはそんなに待ってられないの。

部屋を借りたら、今夜中に“モノ”にしなさい)

 

(ばっ、馬鹿言うんじゃねえよ!)

 

(女はいつまでもケジメつけてくれない男から離れていくものなのよ。

あれくらいカワイイ娘、そうそう見つからないわよ)

 

ディスプレイの前の皆さんには見えないだろうけど、

黙ってればベネットはかなりカワイイ部類に入る。

 

(……わかったよ。話つけて来る)

 

(ガンバ)

 

マーカスは頭をかきながらベネットに近づくと、ポツポツと話し始めた。

 

「んー、報酬もらったけど、今後の生活考えると大きな部屋は借りられないしさ、

贅沢も出来ないと思うんだけど、それで良かったら、俺と……一緒になるか?」

 

「私……今までたくさん悪いことをしてきましたわよ?」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

「うっく……また、手を、握ってくださる?」

 

「ああ」

 

マーカスがベネットの白い手を両手で握り込んだ。

いつの間にか彼女の目には涙が溜まっている。

 

「私より……長生きしなきゃ、許しませんからっ…!」

 

彼女がマーカスに抱きついた。彼もベネットの背に手を回し、抱きしめる。

うん、うん、これで一件落着ね。

彼にはちょっと仕事をしてもらうつもりだったんだけど、

とんだ大騒動になっちゃったわね。

 

「これで、細君を得たマーカスも、

簡単にへこたれるわけには行かなくなったな。ハハハ!」

 

「そうですわね。彼が立派な男性になるのを見守りましょう」

 

それってつまり、あたしがオバサンになるのを座して待とうってことになるんだけどね。

あたしはまだ空気の冷たい空を見上げて呟いた。リア充爆発しろ♪

 

将軍と別れてからは、二人の新居を探しに、不動産屋に付き合った。

忘れもしない、1年前のデブが相変わらず店番をやってた。

今度はスタンガンどころか銃器4丁持ってるから、

足元見やがったらマヂでコロコロしちゃうわよ。

 

身分証のあたしの名前と、背中から突き出てるレミントンにビビってるのか、

過剰なほど丁寧に対応するデブ。

あたしが教会を買ったときは、

ガタイのいい御者の兄ちゃんに見張ってもらったものだけど、

時の流れと共に立場ってもんは変わるものなのね。

 

「お2人でお住まいでしたら、こちらの物件などいかがでしょう!」

 

「基地からも市場からも遠くない……どうするベネット」

 

「マーカスがお決めになって。ややこしい手続きは嫌いですの」

 

「じゃあここにするぞ?契約するから手続きを頼む」

 

あらあらまあまあ。すっかり夫婦みたいなやり取りしちゃって。

 

「ありがとうございます!つきましては、保証金1000Gを頂戴できますでしょうか?」

 

「これでいいか?」

 

「ひいふうみい……はい、確かに!こちら部屋の鍵でございます。

ご不明な点がございましたら、いつでもお尋ねください!」

 

不動産屋を出ると、あたし達はそこでお別れすることにした。

これからは夫婦二人の共同生活。

頼れるのはお互いだけなんだから、これ以上あたしが世話を焼くのはよろしくないわ。

 

「あたしはもう帰るわ。結婚式場に迷ったらうちになさい。特別にタダで貸してあげる」

 

「まっぴらですわ!あんなボロ屋敷!」

 

「まぁ、今は結婚式とか考えてる余裕ないけど……そん時は、里沙子も来てくれよな」

 

「うるさい連中大勢引き連れていくわ」

 

不意に会話が止まる。さよならの時間。ベネットともマーカスとも、出会いは最悪で、

この二人が結婚するなんて予想もしてなかった。人生って、本当不思議。

 

「また、いつかね」

 

あたしは若い(?)夫婦に軽く手を振ると、教会に向かって歩き出した。

彼らの人生も、始まったばかり。なんてらしくないことを言ってみるテスト。

 

 


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