面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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↑の事後報告
適当に書いてるこのタイトルが思い浮かばなくて時間取られることがあるの。本末転倒にも程があるわ。


“帝国全土が震撼!児童養護施設が子供の命を売り物に!”

 

“逮捕者は数十名に及ぶ。責任者及び関係者の事情聴取が連日続く”

 

“皇帝陛下の怒りが降り注ぐ!主犯格及び実行犯の絞首刑・終身刑は不可避との見方”

 

“事件を受け、帝国内全ての孤児院・児童養護施設に軍が一斉立ち入り検査”

 

“児童らの洗脳解除には途方もない時間が掛かるだろう。 心理学者ロバート博士”

 

“製造過程など知らなかった。知っていたら買わなかった。 購入者A氏”

 

 

あの事件から数日後。朝食前のコーヒーを飲みながら、あたしは朝刊に目を通していた。

どの面も、カルト集団が子供を生きたエーテル製造機にした、狂った事件を報じている。

 

「うーわ、どこもこども園の事件でいっぱいだわ。“玉ねぎくん”すら休載が続いてる。

地味に朝の楽しみにしてる4コマなんだけど」

 

「そりゃそうだろ。お前があの事件に関わってたなんてな。

……つか、なんで私たちに隠してたんだよ!」

 

「まさかあたしもこんな事が起きてるなんて思わなかったのよ。ベネットの様子から、

体罰くらいがされてるんじゃないかと思って、マーカスに連れて帰るように依頼したら、

瓢箪から駒ってわけ」

 

「許せないです!無理やり大きくされた子供たちはもう元に戻らないんですよね……」

 

「知性も一緒に成長したのがせめてもの救いだけど、

マザー・レッドへの信仰がまだ強いの。

軍を侵略者だと思って抵抗して、みんなへの事情聴取がなかなか進まないって、

将軍やカシオピイアが嘆いてたわ」

 

「鬼畜にも劣る所業。責任者が天界へ赴くことは決してありません。

死後、マリア様の慈悲を受けることなく、

地獄の宰相による永劫の責め苦が待っているでしょう!」

 

珍しくエレオノーラも怒りを顕にする。カシオピイアは今、帝都に出張中。

報道陣が詰めかける中央裁判所での警備、関係者への事情聴取、事件概要のまとめ、

その他の手伝いで忙しい。

田舎の教会の警備兵まで動員されるほど、この事件が社会に与える影響は大きかった。

 

「犠牲になった子供達は、赤ん坊からパルフェム達の年代まで幅広いとか。

もし、パルフェムも今のように恵まれた環境にいなければ、

皆と同じ被害に遭っていたのかもしれませんね……」

 

「あなたは頭がいいから、洗脳された上で、

悪事の片棒を担がされていたかもしれないわね。

昔アースで、カルト教団が毒ガスを撒いて大勢の人を殺害したんだけど、

計画に加担した信者には、やっぱり高学歴のインテリがたくさんいたの」

 

「なら、強くて美しくて賢い私も、格好の餌食になっていたということね。

恐ろしい話だわ……」

 

「そうね。16の平方根は?」

 

「へーほーこん?大根の品種?」

 

「あんたは出家したところで金づる下働きがせいぜいよ。

手を汚すことはないから安心なさい」

 

「ムキー!また私をそうやって馬鹿にして!

今に見てなさい、大きくなったら、あんたの墓にへーほーこんを刻んでやるから!」

 

「なるほど、墓碑に数式や円周率なんかを刻むのも斬新ね。フェルマーの最終定理とか。

あ、ごめん。馬鹿にはしてないのよ?まだピーネには早いって言ってるの。

ほら、朝食ができるまで、社説だけでも読んで勉強しなさい」

 

「社説って何よ!」

 

「ほら、ピーネさん。1面をめくったところにある、このコーナーですよ。

最新の事件や社会情勢について、編集者の提言が短くまとめられてますわ。

まずは社説で新聞に慣れてくださいな」

 

「むむ……なんだか小難しいからわかりやすくまとめて欲しいものだわ」

 

「新聞記事が小難しいから、わかりやすくまとめたものが社説なんだけどね」

 

「そう言えば、マーカスのやつ、結婚したんだってな!これにはたまげたぜ!」

 

どうしようもなくいつも通りの展開を見かねて、

ルーベルがこの事件で唯一明るい話題を持ち出してきた。

 

「おめでたい話ですよね~是非この教会で結婚式を挙げて欲しいです。

わたくしがたくさんご馳走を用意するんですけど」

 

「それ、提案したんだけど、ベネットに全力で拒否されたわ。

昨日野暮用で街に行ったら、一緒に買い物してるのを見かけたの。

マーカスがさっそく荷物持ちさせられてて、尻に敷かれてるっぽかったわ。ウフフ」

 

「結婚式がまだなら、お祖父様に掛け合って、

大聖堂教会の聖堂で挙式ができるよう頼んでみることもできますよ」

 

「う~ん、それはちょっとまずいかもね」

 

「なぜでしょう?」

 

エレオがほっぺに人差し指を当てて首をかしげる。

 

「そうなると大勢の人が集まるわよね。

マーカスはともかく、元暴走魔女のベネットは、

参列者の誰かが顔を覚えているかもしれない。

あの二人に関しては、本人達の意思に任せるのが一番だと思うの」

 

「そうですね。わたしとしたことが、思慮が足りませんでした……」

 

「気にしないの。スラムで培われたマーカスの生存能力と、ベネットの年の功があれば、

なんとでもなるわよ」

 

「はい。わたしは陰ながらお二人の幸せを祈ることにしましょう」

 

「ご飯ができました~」

 

「おーし、全員で配膳作業開始よ!ピーネも一旦新聞を置く」

 

「え、あ、うん。……何だか少し賢さが増したような気がするわ」

 

「気のせいね。社説はあくまで地味な娯楽だから」

 

あたし達はそれぞれの食事をテーブルに置くと、

それぞれの形でいただきますや祈りを捧げて、朝食を開始した。

献立はいつもとそれほど変わらないわ。トースト、コンソメスープ、ゆで卵、サラダ。

朝食としては分量もちょうどいいから、みんなさっさと食べ終えて、

皿を洗い場に持っていき、自分の居場所に戻っていった。

 

はぁ、ピーネはもう社説に飽きたみたいね。これじゃ知的なレディは当分先だわね。

テーブルに置きっぱなしになった新聞を手に取る。

改めて広げるけど、どこも同じ事件……だけど、気になる記述を見つけた。

 

 

“……今回の事件は、ハッピーマイルズ領に児童養護施設が一ヶ所しかない状況を、

長年放置してきた行政にも責任がある。

その批判を受け、領主は北に接するモンブール領との領地合併を視野に入れた会談を、

モンブール領主に申し込んだ。

実現すれば、児童養護施設施設を5つ抱える領地と、

合わせて6ヶ所の孤児院を所有することになり、

一気に孤児の受け入れ先不足は解消されるだろう。

ただ、合併後にどちらの領主が統治の舵取りを行うか、

施設の維持管理費の負担割合をどうするか、議題は山積しており……”

 

 

「ねー、モンブールって確か、あんたがシスターの勉強してたとこじゃない?」

 

「そうですよ~モンブール中央教会で神の教えを学んでいたんです。

教会を卒業して遍歴の修道女として旅に出たんですけど、

あっという間に暴走魔女に捕まっちゃって……」

 

「あたしのところに来たってわけね。あんたも気の毒よね。

ここのほんの少し隣に、戦い慣れた猟師の小屋があれば、

飲んだくれ女の召使いにならずに済んだのに」

 

「そうですね。新米のわたくしには、マリア様の祝福を受け止めきれなかったようです」

 

「……そこは否定しなさいよ。

あ~う~わたくしはーこのきょーかいにこれて~しあわせですよぅ~でへ。ってさ」

 

「わたくしがいつそんな○○みたいな喋り方したんですか!怒りますよ!」

 

「ううっ、マジにならないでよ、冗談じゃない……」

 

洗いかけの包丁持ったまま怒鳴らないでよ、怖いでしょうが。

 

「うぷぷっ。里沙子ってさ、傍若無人に振る舞ってるっぽいけど、

ちょっとやり返されるとすぐビビるわよね。隠れヘタレってやつ?」

 

「うっさいわよピーネ!社説も読めないくせに!」

 

「この前もジョゼットに怒られたからって、シナリオ2本も書いてたくせに~」

 

「あんたにあたしの何が分かるの!ちびっこはちびっこランドに、帰れー!!」

 

「わーい!」

 

丸めた新聞を振り上げると、何しにきたのかわからないピーネが、

ワクワクちびっこランドに帰っていった。まったく最近のガキは!

 

「へへっ、でも実際そうだよな。

お前、大人しいと思ってた相手から急に反撃食らうとオタオタするとこあるぜ」

 

「ボロっちいダイニングの主黙る。

ルーベルまでチビ助のたわ言に乗っかってんじゃないわよ。

いつでも当然のようにここにいるけど、

ろくに趣味のひとつもない暇人にごちゃごちゃ言われたくない」

 

「……何だとコラ」

 

「ひっ……!やめてよ、冗談だって言ってるじゃない!」

 

「ああ、こっちも冗談だ。心配すんなって」

 

ルーベルがこっちに来て、あたしの背中を抱く。彼女の木の香りが、かすかに漂う。

 

「な、なによ?」

 

「私はいつでもお前の味方だ。何があっても守ってやる。だからそんなに意地張るなよ。

辛い時に無理して軽口憎まれ口叩いたりしなくたっていいんだ。

もっと私らを頼ってもいいんだぜ?」

 

「ふざけんじゃないわよ!この企画の数少ない売りを手放してどうすんの!

どいつもこいつもあたしのことコケにして!もういい、エリカにエサあげてくる!」

 

あたしはルーベルを押しのけて、2階の私室に駆け込んだ。

 

「またそうやって自分より立場の弱いやつに甘えるんだから、しょうがねえやつだな」

 

聞こえないふりをして乱暴にドアを閉めた。

 

 

 

 

 

「ねえ、聞いてよ。なんか今朝からみんなあたしのこといじめるのよ。

寄ってたかってからかったり脅したりするの。聞いてる?」

 

あたしは線香立てに一本ずつ火の着いた線香を刺しながらエリカに愚痴る。

 

「やはり匂い線香の香りは幽霊の五臓六腑に染み渡……何か言ったでござるか?」

 

「だから!今日のあたしは孤独なのよ!あんたはあたしを馬鹿にしないわよね?

脅すのはあんたには無理だってことは思い出した」

 

「むっ、また微妙に拙者を馬鹿にしたでござるな!

この際言わせてもらうが、里沙子殿は強くなどないでござる。

無意識に相手を見て、大丈夫そうだと判断した者にしか暴言を吐いてないのじゃ」

 

「あんたまでお説教!?おりん鳴らさないわよ!」

 

「そういう所でござる。

もし拙者の刀が何でも斬れて、戦国武将・東郷靖虎のような外見だったら、

風船扱いしたり線香をエサ呼ばわりしたでござるか?」

 

「あっ……聞こえてた?」

 

「この屋敷は壁が薄いから大抵の会話は丸聞こえよ。知らなかった?」

 

「だって、しょうがないじゃない……

あたしは身体が小さいし、力も弱いから、正面切っての喧嘩とかできないのよ。

銃を武器にしてるのもそれが理由よ。誰が使っても威力が変わらないしね……」

 

肩を落としておりんを鳴らす。長く続く澄んだ音色が室内に響く。

 

「はわわわ~!こ、この音色は癖になる~!痺れるような気持ちいいような……」

 

恍惚に浸りながら宙に浮くエリカを見て、ひとつ息をつく。

誰もあたしのことなんかわかっちゃくれない。

デスクの引き出しに隠した、

ボルカニック・マグマ(この世界のウィスキーね)でも煽ろうかしら。

エールの入ってる冷蔵庫周辺には、まだジョゼットとルーベルがいる。

一番下の引き出しを開けると、空っぽ。スキットルも見当たらない。

 

「ちょっとどうなってんのよ、これ!……ん、何かしら」

 

よく見ると、底に1枚のメッセージカードが。

 

“お姉ちゃん酔っ払うとうるさい!しばらくお酒は預かっとくからね! カシオピイア”

 

「実の妹にまで裏切られたー!勝手に人の部屋入ってんじゃねー!

作戦行動用のピッキング技術悪用すんじゃないわよ!」

 

その時肩にヒヤッとした感覚。振り向くとエリカがあたしの肩に手を置いていた。

 

「落ち着くでござるよ。心配してくれる人がいるだけ感謝するのじゃ」

 

「もう放っといて……今回はこども園事件の結果報告だけで終わることにするわ。

かなり短いけどね」

 

「エレオノーラ殿は何と言ってらっしゃるの?じゃ?」

 

「今日は順調だったのにポカしちゃったわね。惜しい。

……あのね、エレオノーラはジョゼットと同い年なの。16なの。8つ下なの。

それを大の大人がちょっと落ち込んだから泣きつくなんて……

いや、会うだけ会ってみようかしら?」

 

あたしは彼女の部屋に向かおうと、ドアを開けた。

けど、開けた瞬間3人ほどの人影がなだれ込んできた。

床に倒れ込む人物は……ルーベル、ジョゼット、エレオノーラ。

 

「あんた達、何やってんの!」

 

ルーベルが頭をかきながら立ち上がる。

 

「いやあ、部屋に戻るお前の背中があんまりしょぼくれてたから、

様子を見に来たんだが……ちょっとドアの前で聞き耳立ててたんだよ。

でも予想以上の落ち込みようだったから、声かけづらくってさ、ハハ」

 

「ふん、そうやってまたみんなであたしを馬鹿にするのね。

今からふて寝するんだから出てって。

この様子じゃエレオに相談しても、説教されるのは目に見えてるしー!」

 

「そう自棄にならないでください。ルーベルさんもジョゼットさんも、

傷つきやすい里沙子さんの心の内に対して、

思いやりが足りなかったと後悔しているのです」

 

「そうよ。何話か前に言ったけど、Sは打たれ弱いの。

叩くのはいいけど、叩かれるのは駄目なの。わかってくれる?この気持ち」

 

「最低な理屈だが、まぁ、今から3人で傷心のお前を慰めるってことに決めたんだよ。

だから一緒に来い」

 

「行かない」

 

「エール1本だけ飲んでいいからよ」

 

「行く」

 

そして、あたし達はぞろぞろとダイニングに逆戻りしていった。

テーブルの上には、“里沙子を慰める会”と、

マジックで走り書きしたスケッチブックが立てられていた。

なんか腑に落ちないような、モヤモヤした気分になるけど、

エールが飲めるならなんでもいいわ。

 

「さぁさぁ、里沙子さん、座ってください」

 

「言われなくても座るわよ」

 

「いつまでも拗ねてんじゃねえって。ほら、エール出してやるから。

……え~と、どの銘柄がいいんだ?っていうかどこだ?」

 

「冷蔵室。キンキンに冷やすと香りや味わいを感じにくくなるの。

そうね、ブルーのラベルのやつを出してくれるかしら。

ぶどうの香りとしっかりしたコクで嫌な事を忘れたい。度数6%で高めだし」

 

「これでいいか~?」

 

「うん。ありがとう。グラスには自分で注ぐから栓だけ開けてくれる?」

 

「へいへい、里沙子様のおっしゃる通りに」

 

ルーベルがシュポンと栓抜きで王冠を外す。

周りに妙にスペースがあると思ったら、パルフェムとピーネがいない。

 

「ところでチビ助達は?」

 

「今のお前を見せるのは教育上よくないから、小遣いやって街に遊びに行かせた。

パルフェムに関しちゃ精神年齢はお前より上かもしれんが」

 

「怒るべきなのか微妙ね。自分でも薄々そんな感じはしてるから」

 

「さあどうぞ。グラスとエールですよ~」

 

「ありがと、ジョゼット。

エールの美味い飲み方。まず、高いところから落として泡の層を作る。

それから泡立てないよう静かに液体を注ぐ。こうすることで香りが逃げない」

 

「里沙子さんは本当にエールが好きなんですね。

わたしは聖職者でお酒が飲めないので、わからないのですが」

 

「シスターってのも難儀な職業よね。刃物ダメ、お酒ダメ、クスリダメ。

一体何なら良いっていうの?」

 

「アハ…3つ目は誰もがダメだと思うのですが……聖職者にも娯楽はあるのですよ。

お菓子はここに来る前から嗜んでいましたし、お紅茶も」

 

「紅茶じゃ酔えないじゃない。Youこっそりウィスキー入れちゃいなよ。

そういう飲み方もあるのよ」

 

「マリア様に隠し事はできませんから……

わたしの事より、とにかく里沙子さんはエールをどうぞ」

 

「そう?じゃ、遠慮なく」

 

あたしは口を付ける前に、まずワインのように泡の香りを楽しむ。

最適温度で冷やされたエールの香りが花開く。ああ、たまんないわ、やっぱ。

さて、そろそろ一口いただこうかしら。グラス一杯のエールを飲もうとした時。

 

──(なみ)流る 貴女のもとへ 秋の菓子 

 

あら、パルフェムの和歌魔法だわ。随分久しぶりね。

詩が終わってから4,5秒ほどして、

彼女とピーネがダイニングに心地良いそよ風と共にワープしてきた。

 

「パルフェムとピーネじゃねえか!街に行ったんじゃなかったのかよ!」

 

ルーベルだけじゃなく、ジョゼットやエレオノーラも驚いている様子。

 

「ああ、里沙子さん!エールを隠してくださーい!」

 

「オッケー!すぐ胃袋に隠すわ!」

 

「そういう事ではなくて……お二人とも、どうして急に戻ってきたのですか?」

 

「そうだよ、ちゃんと小遣いやったじゃねえか」

 

「ひどいですわ、ルーベルさん。ピーネさんから聞きましてよ。

今朝から里沙子さんが傷心気味だと。きっと優しい皆さんのことですから、

後からフォローをしているだろうと思ったらやっぱり。

パルフェム達もお小遣いで手土産を買ってきましたの」

 

パルフェムの手には少し大きめな紙箱が。

 

「もうパーティーが始まっているようですが、

パルフェム達も仲間に入れてくださいまし」

 

そして、彼女が箱をテーブルに置いて開くと、人数分のショートケーキが。

 

「まぁ……パルフェムもピーネも。ありがとうね」

 

「わ、私は酒場でジュースでも飲もうって言ったけど、

あんまりパルフェムがしつこいから、ちょっと協力しただけよ!

落ち込んでる里沙子が見られて面白かったし?」

 

「ね~本気で里沙子さんを嫌ってる人なんていないんですよ?

だから、いじけるのはやめにして、パーティーを楽しみましょう!」

 

「別にいじけてないし。早くみんなの分のお茶入れてよ。エールがぬるくなり過ぎる」

 

「はい、ただいま~」

 

それから、あたしがエリカを呼んできて、

(飲み食い出来るやつ)全員に、紅茶とケーキが行き渡ったところで、

改めてミニパーティー開始。

 

「“里沙子さんを慰めようパーティー”を始めま~す。ワー、パチパチ~」

 

「花は桜木人は武士。ならば秋は宴の季節。実に目出度きことじゃ!」

 

「フン、ハロウィンでもないのに、なんでそんなに盛り上がれんだか。

元々ハロウィン自体、祝う意味あるのかどうか疑問だけどね!」

 

ようやくエールを一口。ワインよりぶどうの香りが濃い。

昔、物珍しさで買ったエールを飲まなかったら、

一生ラガーしか飲むチャンスしかなかった。

そう思うと、運命ってものを信じざるを得ないわ。

 

「お、その憎まれ口。調子が戻ってきたんじゃないのか?」

 

「そうね。将来立派なクソババアになれそう。……それはそうと、今朝も言ったけど、

モンブールとハッピーマイルズが合併するかもしれないって新聞に書いてたわよね。

だったら前々から気になってた、ハッピーマイルズ・セントラルの、

馬鹿みたいに長い地名も、改変されるんじゃないかしら。

街に行く度に無駄に長い街の名前を打ち込まなくて済みそう。

今日の朗報と言えばそれくらいね」

 

「モンブールには、わたくしの出身校があるので、懐かしいです~」

 

「合併となれば、財政的にはハッピーマイルズの方が下回っているので、

モンブール側の意向が強く反映されそうですわね」

 

「あたしとしては、街の名前がわかりやすくなればどっちでも良いわ。

モンブール2番街とかよさそう」

 

「あまり無闇に地名を変えるのは好ましいことでないのですが……

こればかりは行政の判断に任せるしかありませんね」

 

コンコン

 

頭を抱える。

今回は短いけど、前回の結果報告として、早めに店じまいしようと思ってたのに。

団らんの時には玄関にクレイモア地雷でも仕掛けとこうかしら。

うんざりしながらケーキを切っていたフォークを置き、応対に出る。

 

「行ってくるわ。5分で戻らなかったり銃声がしたら棺桶持って玄関まで来て」

 

「おう、行ってこい家主様」

 

聖堂を通ってドアに近づくと、応対も面倒だから、

クロノスハックで時間を止めてドアを開いて相手を見る。

……そんで、ドアを閉じて能力解除し、一言告げる。

 

「帰れ」

 

“ひどーい!塩対応ってレベルじゃないっぴょん!メルだよ!

里沙子の友達、マジカル・メルーシャ!”

 

「あたしに友人はいないわ。これまでも、これからも」

 

“MJD!?年齢イコール友達いない歴とかエンドってるんですけど!キャッキャ!”

 

「ねえ。ドアの向こうからデザートイーグルがあんたを狙ってるってこと知ってる?」

 

“そんな脅しには”…ヒュン!…「うわお!」

 

勝手に聖堂内にワープしてきたバカ女が勝手に大型拳銃に驚いてる。

 

「あなたには言ったかしら。くだらない嘘とハッタリは嫌いなの。

あれからあたしもギャル語ってもんを勉強してみたんだけど、

その結果言えるのは一言だけ。AKB(アホ消えろバカ)」

 

「ちょまち!ちょまち!メルはただ取材を申込みに来ただけっぴょん!」

 

「住居不法侵入は無警告で射殺されても文句は言えない。ジャーナリストなら常識」

 

「里沙子ー5分経ったから来たぞ。

棺桶がないから大きめのダンボールにしたんだが、これでいいか?」

 

ルーベルが物置からホコリでざらざらしたダンボールを持ってきた。

 

「あざまし。あと数秒で箱に収まるほどバラバラになるから」

 

デザートイーグルを構え直すと、銃身がガチャッと音を立てる。

 

「とりま落ち着いて!本当にちょっとお話が聞きたかっただけだっしー?」

 

「用件は手短に。安全装置が外れてる」

 

「し、新聞で読んだっしょー?児童養護施設の子供を材料にしたエーテル製造事件!

さりげ、あのヤマの解決に至ったのは、

里沙子が雇った人物の活躍だって情報を耳にしたの!

凶悪事件解決の立役者の行方を教えて欲しいっぴょん!」

 

「教えられないわ。その人はもうごく普通の一般人だから、

あなた達に私生活を嗅ぎ回られるとメンディーでしょ。5」

 

「そこをなんとか!メルのジャーナリスト精神が、あげぽよ状態なんだよ!」

 

「知ったこっちゃないわ。4」

 

「この事件で他紙を出し抜けば、

毎月ギリギリのお給金が役所の職員並には上がるっぴょん」

 

「全部あなたの都合でしょうが。3」

 

「そこんとこを、おねしゃす!……ところで里沙子、さっきから何を数えてる系?」

 

「.44マグナム弾があなたのカメラと心臓をぶち抜く残り時間よ。2」

 

「何考えてるっぴょん!?

今日のところはメルはバイビーするけど、諦めたわけじゃないからね!」

 

そう言い残すと、アホ女はワープして外へ逃げていった。

ダイニングに通さず済んでよかったわ。パーティーの続きと行きましょう。

 

“ガチしょんぼり沈殿丸……”

 

外から聞こえる馬鹿の声を無視してダイニングに戻ったあたし。

席に着くと、ぬるくなったエールに、また口を付けた。

エールは多少ぬるくなっても美味いどころか、香りが引き立つことすらある。

 

キンキンに冷やして一気飲みするラガーを否定する気はないわ。

確かにあの爽快感はラガーならではのものだし、ラガーにだってそれぞれ旨味がある。

 

「2人共、里沙子がビール飲んでるけど、今日は特別だからな。

違う日に昼から飲んでたら私に通報しろよ?」

 

「承知しましたわ」

 

「里沙子の酒なんて、全部捨てちゃえばいいのに!」

 

「エールのない家に興味はないわ。

もしそうなったら、世界の酒を求めて放浪の旅に出るのも悪くないわね」

 

「またそういう事言うんですから……」

 

で、エールとケーキの味を楽しんだあたしは、ようやく意気消沈状態から立ち直って、

通常営業に戻ることができた。ちょっと短めだけど、今回はこんなところね。

最後に変な客が来たけど、難なく追い返せたし。

日本のビール業界におけるエールのシェアが増えることを祈りつつ、

今回はさようなら~

 

 


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