面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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ピーネと星空
椅子から立ち上がった瞬間、何をしようとしてたか忘れることがあるの。これってヤバイわよね…


“そんであたしは言ってやったのよ!

空飛ぶタイヤは上下巻だから、下巻も買わないと意味ないわよって!

上巻は本屋じゃ見つからなくて友達に探してもらったらしいけど、

母さん結局最後まで読めたのかしらね、ギャハハ!アヤ、聞いてる?

地球にいたら尼で注文してあげてたんだけどね!

さすがにプライムでも異世界じゃ送料に離島料金上乗せされるわ!アッハッハ!!”

 

“お姉ちゃん、うるさい……!もう寝て!”

 

“ごめーん、もう切るから。アヤごめんね~酒が入ると話が長くなって困るわ~。

じゃ、来週の日曜。また”

 

“お酒飲んで、電話するの、やめて”

 

“ウッへへ、ごめんったら。もう寝る、もう寝るからゲンコツは勘弁!”

 

 

 

ほんっと、うるさいわね、あの女は。気持ちよく寝てたのに目が覚めちゃったじゃない。

これじゃ布団に入ってても、もう一度眠れそうにないわ。

外の空気でも吸ってこようかしら。

私はベッドから出ると、寝間着のままドアのない部屋から出る。

 

それしても、よくパルフェムは寝ていられるわね。

呆れて聖堂のドアを開けて、玄関先に座り込む。

夏はとっくに終わり、夜風が涼しいというより、肌寒くなった。

空を見上げると、満天の星。輝く星々が視界に広がる。

 

私はなんとなく手を伸ばしてみた。届くわけもないのに。

数多の星のひとつに、私だけの世界……ママがいるのかしら。

あの日、里沙子は言ったっけ。自分で探しに行ったほうが早いって。

 

「ママ、会いたいな」

 

叶わない願いを口にした時、

一筋の光が特に明るい星のいくつかを駆け抜け、何かの図形を形作った。なにこれ!?

きっと星座ってやつだと思うんだけど、鳥?馬?

とにかく意味不明な現象に混乱している私に追い打ちをかけるように、

更に不思議なことが起こる。

 

星座を骨組みにして、夜空に大きな輝く姿が現れた。それは羽ばたく一羽の巨大な鳥。

 

「な、なにあれ……?」

 

突然大空のスクリーンに現れた神々しい姿に、思わず後ずさる。

でも、異変はそれだけに留まらなかった。

星々が構成する、何千何万kmと離れた存在が話しかけてきた。

というより、思念を送ってきた。

 

『我は不死鳥フェニックス。この星の生命が鳳凰(ほうおう)座と呼ぶ存在。

我に願いを捧げたのは、君か?』

 

「あ、あの……」

 

私は驚きで声も出せないでいたけど、フェニックスはじっと待ってくれた。

何度か深呼吸して、私はようやく返事ができた。

 

「私はピーネ。ピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワール。吸血鬼よ。

確かにママに会いたいとは思ったけど……

私に召喚術の心得なんてないのに、どうして?」

 

『君の願いに応えて我の方から迎えに来た。その前にもう少し詳しく我について話そう。

元々我らは無数の星の集合体に過ぎなかった。

だが、人間を初めとした心を持つ生き物たちが、その並びに神や英雄の姿を夢見たのだ。

そして彼らが、気が遠くなるほどの年月を掛け、願いを込めるうちに、

心の力が星々をつなぎ合わせ、ついには様々な英雄や神獣として具現化させるに至った』

 

「……あなたも、その一柱だというの?」

 

『そう。我は鳳凰座から生まれし不死鳥フェニックス。

繰り返すが、君の願いを受け取り、迎えに来た。

命尽き果てし、母と共に暮らせる二人だけの世界』

 

「そ、そうよ!私はママに会いたいの!人間や悪魔の争いに巻き込まれることのない、

私達だけの世界でママとずっと暮らしていたいの!」

 

『よかろう。その願い、我が叶えよう』

 

「えっ、本当に、できちゃうの?ママはもう、この世にいないのに……」

 

気づかないうちに立ち上がっていた私はフェニックスに問う。

 

『森羅万象は表裏一体。故に、我の生と死を司る転生の炎で、

死を迎えた者を生ある者に甦らせることは造作もないこと。

そして、無数の星々のひとつを君に与え、

時の概念から解放された君達に永久の安らぎを与えることもまた可能』

 

突然の展開に戸惑う私。

どうしよう、ただ眠れないから外に出たら、

里沙子が生きてるうちに実現するかも怪しかった願いが突然叶っちゃった……

返事に困ったから、とっさに思いついた疑問で考える時間を稼ぐ。

 

「ね、ねえ!さっきも言ったけど、私は吸血鬼なの、悪魔なの!

そんな私に、フェニックスっていうなんとなく神っぽいのが、

願いを叶えちゃっていいのかしら?」

 

『種族の違いなど、無限に広がる宇宙の中では些細な事象。

人であろうと悪魔であろうと、数万光年先にある恒星に比べれば等しく小さい。

君の願いには我を呼ぶだけの力があった。ただそれだけの事』

 

「……そうなの。あ、後もうひとつ!“星との契約”って一体何なの?

大堕天使が金星と契約してそこに住んでて、星との契約って言葉は聞いたんだけど、

それ以上は教えてくれなくて。

今まで何を意味してるのか、さっぱりわからなくて困ってたの……」

 

すると、フェニックスの言葉に初めて感情らしきものが感じられた。

どこか苦虫を噛み潰したような怒りとも苛立ちともつかない声。

大堕天使についてあまり良くは思ってないみたい。

 

『ううむ……奴の契約は契約とも言えぬ。

数千年前に、その力で強引に金星を邪悪な力で染め上げ、星を穢し、自らの住処とした。

その力を独占された金星は、もはや奴の欲望を叶えることしか出来ぬ。話を戻そう。

星との契約とは、我ら星座を守護する英雄や神に、願いが届いた者だけが結べるもの。

神々が無数の星のひとつをその者に与え、その星を守護する使命と力を与えるのだ。

我ら星座神より星を守る義務と力を受け取ること。それが、星との契約だ』

 

「そうだったのね……」

 

『では、参ろう。この星に別れを告げ、新たな星の管理者となるのだ。

無論、君の母のことも忘れてはいない。愛する母と永遠の時を穏やかに過ごすのだ』

 

「えっ、ちょっと待って!今から行くの!?」

 

『何を躊躇う必要があるのか』

 

「あの、えっと、私は今、この教会で色んな変なやつと暮らしてて、

いきなりいなくなったらびっくりすると思うの。

だから、ちょっと時間をくれないかしら?

お別れするにしろ、挨拶のひとつもなしじゃ、

レッドヴィクトワール家の名が廃るっていうか……」

 

フェニックスは夜空に翼を広げて黙ったまま。ドキドキしながら返事を待つ。

 

『一週間。一週間後の夜にまた会おう。返事はその時に。

だが、今夜我と会ったことは誰にも話してはならぬ』

 

「どうして?」

 

『星座の力を知った大勢の者達が、独善的な欲望を空に打ち上げることになれば、

星を任せるに相応しい純粋な祈りを探し出すことが難しくなる。

別れは置き手紙などをしたためておくことだ。

念の為言っておくが、我の同胞が昼夜問わず空から君を見ている。それを忘れるな』

 

「わかっ、た……」

 

そう答えると、夜空の不死鳥は、元の星座に戻り、

何事もなかったような静けさが訪れる。

まだ現実を受け止めきれていない私は、ベッドに戻ってからも結局眠れなかった。

 

 

 

 

 

翌朝。みんなで朝食を食べてるんだけど、やっぱり落ち着かない。

 

「里沙子さん。この食パン、マックスさんが焼いたんですって。

もう立派なパン職人ですね~」

 

「んぐ、そうなの?道理でいつもと味が違うと思ったわ。

美味しいけど、まだ香りと焼き加減は大将には及ばないわね。

まぁ、転職してまだ1年も経ってないんだから、今後に期待は持てるけど」

 

「マックスって誰だ?」

 

「あー、そう言えばジョゼットしか知らないわよね。

ちょうどルーベルがうちに来るちょっと前まで、

あたしに粘着してたギルドがあったんだけど……」

 

みんなの話も頭に入って来ない。

誰かに相談しようにも、誰にも話しちゃ駄目って言われてるし……

どうしてすぐに返事しなかったんだろう。

もう一度ママに会えて、二人だけの世界を手に入れられたのに。

 

「ピーネさん?ピーネさん、どうしたんですか。さっきから元気がありませんわよ」

 

「えっ?ううん、なんでもない。どれから食べようか考えてただけ」

 

「そうですか。なんだか浮かない顔をされていたようなので」

 

「大丈夫よ。そうね、まずソーセージから食べようかしら」

 

「トマトと一緒に飲み込んだほうがよろしいんではなくて?」

 

「うるさいわね!トマトくらい単品で余裕だし!」

 

でも、そうなったら、このケンカ友達ともお別れ。

きっと新しい星はここから遥か遠くにある。二度と会えないと考えて間違いない。

ママと私だけの世界を取るか、このごちゃごちゃした教会での暮らしを取るか。

……もう、なんで迷ってるの、私!

一週間後にはママと再会して、誰にも邪魔されない私達だけの星を手に入れるのよ!

 

 

 

 

 

で、それに気づかない里沙子さんではありませんよ、と。

皿を洗い場に運びながら様子を伺うけど、やっぱりピーネの様子がおかしいのは明らか。

普段からおかしい娘だけど、それはどうでもいい事に騒いだり、

パルフェムと枕しばき合い対決してうるさいっていう意味で、

今みたいに黙り込んだりするのは、やっぱりいつもと違う。

 

まぁ、だからって、”どうしたの?悩み事があるならなんでも相談して!”

……なんて、あたしが言うはずもない。

うちは個人的な事情に関してはセルフサービスよ。

それを最古参のくせに理解していない奴がいるのがあたしの悩みかしら。

あたしは新聞を広げて無視する。

 

「里沙子さん、今日のピーネちゃん、なんだか落ち込んでます……

それとなく悩みを聞いてあげてくれませんか?」

 

「あらあら、今日の“玉ねぎくん”はポトフの具にされちゃってるわ。

いつもツイてないわね、彼」

 

「里沙子さん!小さな子がひとり悩み苦しんでるんですよ、何とも思わないんですか?」

 

「何とも。あのね、個人的な事情については、

周りの助けが要る場合と、自分で答えを出なきゃならない場合があるの。

余計な干渉が鬱陶しいだけってことが往々にしてある」

 

「彼女もそうだって言うんですか?根拠は……どうせないんでしょうね」

 

「あたしの事わかってるのかわかってないのか、相変わらず謎ね、あんた」

 

「やっぱり面倒くさいだけじゃないですか!

いいです、わたくしが彼女の悩みを解決してみせます!……ピーネちゃーん!」

 

ワクワクちびっこランドに駆け込むジョゼットを、

生温かい目で見送るあたしとルーベル。

 

「5秒ってとこだな。読んだら新聞貸してくれ」

 

「あと3秒。はい」

 

「サンキュ。2,1,……点火」

 

──うるさーい!!

 

言わんこっちゃない。散々枕で殴られたジョゼットが敗走してきた。

 

「うう……相談に乗ろうとしただけなのに、なぜか彼女を怒らせてしまいました」

 

「だから言ったでしょう。小さな親切大きなお世話。

ガキの悩みなんて、放っときゃ治る擦り傷みたいなもんよ。口出し手出し一切無用」

 

「もう!最近優しくなったと思ったのに、やっぱり里沙子さんは冷たいです!」

 

「あたしは気まぐれなの。気が向いた時、つまり暇でしょうがない時に、

サンドイッチ片手にスマホいじる程度の人助けしかしない。マーカスの時だってそう。

長い付き合いなんだから、そこんとこわかってよ」

 

「ひどいですー!里沙子さんなんて知らない!」

 

ジョゼットが自分の部屋に閉じこもってしまった。残されたあたしとルーベル。

 

「あの娘はこの企画のタイトルをもう一度読み直すべきね」

 

「……で、実際どうするつもりなんだ?」

 

「当てなんかないわ。でも、さっきのピーネは、

少なくとも悪意ある何かに追い詰められてるって感じじゃなかった。

どっちかって言えば、何かの選択を迫られてるっぽかったわね。

一方を選ぶと、もう一方を捨てることになる。そんなジレンマが顔に出てた」

 

「選択、ねえ」

 

と、つぶやいて、ルーベルは一口コップの水を飲む。あんたいつも水飲んでるわね。

しょうがない。あたしは立ち上がると、面倒だけどワクワクちびっこランドに向かう。

 

「お、里沙子始動」

 

「あたしのイデゲージが1本も立ってないけど、この雰囲気が嫌だから行ってくるわ」

 

重い足を引きずりながら、ピーネとパルフェムの寝室に向かう。

あたしが蹴破って以来、ドアがなくて丸見えなんだけど、

そろそろ修理お願いしたほうがいいかしら。女の子の部屋なんだし。

 

「パルフェム、ちょっと入るわよ」

 

「どうぞどうぞ。良かったらパルフェムと一緒にお布団に」

 

「また今度ね。ピーネ、ちょっと話があるの。あたしの部屋に来て」

 

「ちょっと!今なんでパルフェムだけに許可取ったの!

私も、この部屋の主なんだけど!」

 

「あたしはこの教会の主。というわけでレッツゴー」

 

「ちょ、やめなさい!自分で歩くから!」

 

あたしはピーネをお姫様抱っこして私室に運び込んだ。

羽根が付いてるせいか、軽い軽い。

とりあえずベッドに座らせて、あたしはデスクの机に腰掛けた。

ピーネが、ぷんすかぴーと怒るけど、全く威嚇になってない。

 

「なんのつもりよ!こんなところに連れ込んで!」

 

「こんなところで悪かったわね。いきなりだけどあんたに質問。

……何があった。ほれ、言うてみ、はよ」

 

「そんなの……あんたには関係ないでしょ!」

 

無表情を作ってるけど、惜しいわね。頭の小さい翼がピクピク動いてる。

 

「何かあったのは事実なのね。

だとすると、昨日の夕食の時にはなんにもなかったから……

ベッドに入ってからね、あんたに何か起こったのは」

 

「勝手に分析しないでちょうだい!関係ないって言ってるでしょう!?」

 

ピーネが立ち上がって叫ぶ。しばしの沈黙。あたしは少し目を伏せ、続けた。

 

「そーね。好き好んで人の事情に首突っ込むとか、あたしもヤキが回ったわね。

本気でこの企画の終焉も近いかも。そうやってすぐにやめるやめる言って、

読者の気を引こうとするのも、悪い癖だとは理解してる。

シルバーソウルでもあるまいし」

 

「本気であんたが何したいのか全然わかんないんだけど!」

 

「ごめ、この件に関しては手を引くわ。

そうね、ちょっと暇を持て余してるから散歩に付き合ってくれない?

街までは行かないわ。っていうか行けないのよね。お駄賃100Gあげるから、ね?」

 

“駄目です~お金のありがたさが分からなく……”

 

「でい!!聞くな!!」

 

“すみませんすみません”

 

今回ばかりは盗み聞きしてたジョゼットに黙ってもらった。で、どうなのよ。

 

「……報酬があるなら、別に構わないけど?」

 

「決まりね。じゃあ、かつてジョゼットを誘拐しようとした暴走魔女をぶっ殺した、

原っぱを周ってみましょう」

 

「いい趣味してるわね、本当」

 

それで、あたし達は部屋から出て階段を降り、聖堂を抜けて玄関から外に出た。

妙に行動を詳しく書いたのには理由がある。

ジョゼット、ドアの隙間を開けて無言で人を観察するのはやめなさい。

冗談抜きで怖いから。

 

 

 

 

 

「んあー、いい風ね。四季の中では春と秋が過ごしやすいけど、あたしは秋の方が好き。

春も好きなんだけど、無駄に眠くなるのよ。

地球じゃ温暖化が進んで、どんどん2つの季節が短くなってるのが悲しいけど」

 

「そう……」

 

あたし達は、この物語始まった当初、激戦を繰り広げた草原を歩いていた。

思えばあたしも、地球から来たばっかりなのに、よく頑張ったと思うわ。

確か土属性の魔女をあたし専用ガードベントにして、雷攻撃から身を守ったわね。

 

「秋も深まって、とっくに夏の大三角も見えなくなっちゃった。

デネブ・ベガ・アルタイルが形作る三角の星座」

 

「……何が言いたいの?」

 

「さっき家から出るときね、玄関に鍵が掛かってなかったの。

この世界の治安が決して良くないことはみんな分かってるから、掛け忘れはありえない。

意外とジョゼットも大丈夫なの。そんなうっかりしたらケツバットが待ってるからね。

誰かが夜中に外に出て、鍵を掛けないまま戻ってきたとしか思えないの」

 

「それで?」

 

「その人は何の用で外に出たのかなーって」

 

「さっきの話は終わったんじゃないの!?」

 

「ピーネのことだなんて言ってないじゃない。

ただ、こんなことが続くと泥棒に入られたりするから、何が原因なのか考えてるだけよ」

 

「そ、そう……」

 

喋りながら歩いていると、景色は草原地帯の隣にある森に変わっていた。

ここでは確か……氷属性と雷属性の魔女をダイナマイトでミンチにしたんだっけ。

さすがはあたし。

緑豊かな森林を散策してるのに、一般的な女性らしい思い出がひとつもねえ。

 

「うちの教会はさ、来るもの拒まず去る者追わずな訳よ。あ、違った。

来るものは選びまくってるわ。ただでさえ変な連中がしょっちゅう押しかけてくるから。

まぁ、ピーネも変人屋敷に取り込まれた哀れな犠牲者ってわけよ」

 

「それは言えてるわ。

里沙子さえ真人間になれば、あの教会もまともに機能するってものよ」

 

「ふふっ、あんたも言うようになったじゃん」

 

「常日頃から訴えてるわよ!大声張り上げて!

里沙子が耳を貸そうとしないか、放言を繰り返すばっかりで、

私ばかりが馬鹿を見てるのよ!ちょっとは生き方見直したらどうなの!?」

 

「禁酒以外なら検討する。あと、定職に就くこともお断り」

 

「あんた、なんかの間違いで金がなくなったら本気で死ぬしかなくなるわよ!?」

 

「ハハ、怒らないでよ。ピーネには本当に悪いと思ってることがひとつだけあるの」

 

「ひとつ?たったひとつ!?……ああ、この際何でもいいわ、言ってごらんなさい!」

 

「星の契約」

 

「……っ!」

 

急に核心を突くキーワードを出されて、明らかに動揺するピーネ。

わざわざ夜中に外に出て、それから態度が急変する理由があるとしたら、

彼女が抱えている事情しかない。いつか大堕天使からヒントを得た星の契約。

 

手がかりは今まで全く無かった。星と契約して、母と二人だけの争いのない世界を得る。

それがピーネの願いだった。でも、それはこの星を去る事を意味する。

 

あたしの事は嫌いだとしても、

パルフェムやジョゼット、無口だけどカシオピイアともよく遊んでいた。

わがままだけど姉貴分のルーベルの言うことは比較的聞いてたし、

聖職者のエレオノーラも彼女をかわいがっていた。

あ、エリカ忘れてた。最初はオバケだって怖がってたけど、

ヘッポコ具合に安心したのか、他の連中と同じように接するようになったわね。

 

母と生きるということは、皆と別れること。

何があったかはわからないけど、彼女は昨晩、星と契約する方法を手に入れて、

その狭間で揺れていたんだと思う。

 

「ピーネ。あんたは、どうしたいの」

 

「……言えない」

 

「そう」

 

追求はしなかった。

“言えない”ってことは、契約にそういうルールか何かがあるんだろうし、

行けとも行かないでとも言うつもりはなかった。

あたしは精一杯伸びをして、秋の爽やかな風を満足行くまで浴びると、

ポケットから金貨を1枚取り出し、ピーネに握らせた。

 

「はい、約束のお駄賃」

 

「ありがと……」

 

「もう戻りましょうか。あんまり外に出すぎても身体が冷えるし」

 

それからあたし達は、教会までぶらぶらと来た道を戻っていった。

ピーネは受け取った金貨を指先で回しながら、ずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

部屋に戻ると、ドアをノックする音が聞こえた。

 

“私だ”

 

その声を聞いてドアを開けた。

ルーベルがあたしの部屋を訪ねるなんて珍しい。普段ならね。

彼女は勧められるまでもなく、デスクの椅子にドカと座ると、

ベッドに腰掛けるあたしに聞いた。

ワクワクちびっこランドと隣り合ってるダイニングじゃできない話よね。

 

「ピーネについて、何かわかったか?」

 

「星との契約。何があったかはわからない。ゆうべのことよ」

 

「そうか……」

 

必要最低限の言葉で伝わった。

ルーベルも今までピーネの願いについて、

何もできていなかったことは気になってたみたい。

あたしも街の図書館で天文学関連の書籍を調べてみたけど、

星座の位置や季節についてわかっただけで、契約なんて言葉は一度も出てこなかった。

 

「具体的にはピーネに何が起こるんだ?」

 

「聞いてみたけど“話せない”だってさ。

他人に喋ったらおじゃんになるとか、そんな感じの決まりがあるんじゃないの?

多分、契約を結んだらこの星にはいられなくなる。

あたしはともかく、あんたやパルフェム達と離れ離れになることと、

お母さんと会いたい気持ちの間で彼女なりに葛藤があるんでしょ」

 

隣の部屋で、慌てて外に出ようと転ぶ音。

続いてぶつけた足を引きずりながらこっちに近づく足音。そしてドアが開く。

 

「いだだ……タンスの角に小指をぶつけてしまいました。いたい~」

 

「何しに来たのよ馬鹿。ノックくらいしなさい」

 

「馬鹿は酷いです~。

ピーネちゃんが、ひょっとしたら、いなくなっちゃうかもしれないのに……」

 

「ガチで防音性に優れた家屋に建て替えようかしら。金かかるからやらないけど。

……言っとくけどね、ピーネを引き止めることも、

ましてやお別れパーティーなんぞ開くことも禁止だからね」

 

「えー!どうしてですか?」

 

「ピーネの立場になって考えなさいな。

この星を発つつもりなら、未練が残るようなことをされても、

その後に辛い思いが増すだけよ。

ここに残ると決めてる場合も、何も知らないふりをして、

いつも通りの生活を送るべきよ。

間違っても、“思いとどまってくれてありがとう”なんて言わないでよね。

亡くなった母親との再会を諦めたばかりなんだから。いい?」

 

「なるほど。そうですよね。わかりました……」

 

「そう、それでいいのよ。あんたは釘刺しとかないと心配だからね。

……カシオピイアもわかったー?」

 

“わかった”

 

「そこからエレオにも聞いてくれる?」

 

“感度良好です。いつも通りですね?わかりました!”

 

ちょっと、どこまで会話筒抜けなのよこの屋敷!

 

 

 

 

 

それから大体1週間くらい経った日。ピーネの朝食を口に運ぶフォークが重い。

なんだか表情も固い。そう、今日なのね。なんだかみんなも口数が少ない。

やがて、意を決したように、ピーネが打ち明けるように語りだした。

 

「ね、ねえ!みんなは新しい星に住んでみたいとは思わない?」

 

「思わない。流石に宇宙にまでアマゾンは配達してくれないし。将来はわからないけど」

 

「そう……カシオピイア、あなたは?」

 

妹は首を横に振る。

 

「この国や、みんなを、守らなきゃ」

 

「わたしも次の世代の法王を務める義務がありますので……」

 

「わたくしも神の教えを広める務めがありますから」

 

「里沙子お姉さまと遥か遠くに離れてしまうなんて、考えられませんわ」

 

「拙者にはこの国でシラヌイ家を再興する義務があるでござる」

 

「いたんだ、あんた」

 

「もう、すぐそうやって私をのけ者にして!」

 

「……なるほどね。ほんの例え話よ。気にしないで。ごちそうさま」

 

ピーネは珍しく何も言われずにトマトも全部食べて、食器を洗い場に置いて、

裏庭に出ていった。

 

「まあ、どっちに転んでも明日の朝には答えが出るわ。みんな今夜は部屋から出ないで。

パルフェムは何があっても寝たふり、エリカも窓からすり抜けて外覗かないこと」

 

「わかりましたわ」

 

「拙者は夜が早いでござる。位牌に入れば朝までぐっすりでござるよ」

 

大げさに表現すると、今日みたいな日を、

今生の別れとか残された一日とか言うんだろうけど、あたし達はあたし達らしく、

本当にいつもと同じように過ごした。

 

ピーネとパルフェムは、やっぱり昼間から枕投げ大会やってたし、

あたしは冷蔵庫からエールを失敬しようとしてルーベルから説教食らってたし、

エレオは部屋で祈りを捧げてた。

カシオピイアは自室で日報を書き、ジョゼットは家事に精を出す。

 

全てが、本当に、普段と変わらない日だった。

 

「じゃ、みんなお休みー」

 

シャワーを浴びてパジャマに着替えたあたしは、

誰もいない廊下を歩きながら、あくび交じりに呼びかけ、私室のベッドに飛び込んだ。

布団の中から手を伸ばし、ランプのつまみを指先で挟むと、ゆっくりと明かりを消した。

 

 

 

 

 

私は、フェニックスに会うために、夜中まで布団の中で起きていた。

というより、眠れなかった。

言われた通り、置き手紙はベッドのサイドボードに入れておいたけど……

パルフェムは寝てる。ベッドから起きてそっと床に足を下ろす。

そしてパジャマのまま靴を履いて、ダイニングから聖堂を通り、扉を開ける。

 

夜風が冷たい。真夜中なのに、空は星々の光で紺色に明るい。

私が心の中で念じると、また空に光の線が走り、鳳凰座を形作る。

すると、星座が不思議な力を放ち、フェニックスが姿を表した。

 

「フェニックス……」

 

『君を迎えに来た。答えは出たのだろう?』

 

「あのね、私……やっぱり決められなかった。ママには会いたい。

でも、そうすると、この星が見えないくらい遠くに行くから、

ここの変な仲間とはもう会えない。ねえ、私どうすればいいの!?

私、もうわかんないよ……」

 

いつの間にか目に涙があふれる。フェニックスから目を反らすように下を向く。すると。

 

──甘えてはいけません!

 

ずっと聞きたかったその声にハッとなる。そこには、背の高い吸血鬼の女性。

真っ赤な広い翼に整った顔立ち、黒のロングヘアを両耳に掛けた彼女は。

 

「ママ!!」

 

「だめよ!」

 

思わず駆け寄ろうとしたら、手で押し止められた。

 

「えっ、どうして……?」

 

「こちらへ来る前に、答えを出すのです。

いつまでも母に頼って自分の運命を決められないようでは、星の守護者にはなれません」

 

「じゃあ、ママは?」

 

『命が絶える寸前に、白鳥座の同胞が彼女の願いを受け取り、星と契約を結ばせた。

いつまでも愛娘を見守っていたいという、その願いを叶えるため。

彼女は星の守護者として再び生を受けた。次に答えを出すのは、君だ』

 

「そうなのね。ママは、生きていてくれたのね!」

 

「ああ、私のかわいいピーネ。ママは空からずっとあなたのことを見ていたの。

またあなたに会えて、本当に嬉しい。でも、星と契約するかどうかは、慎重に考えて。

その星が寿命を迎えるまで、途方もない年月を共に生きることになるの」

 

「でも、ママと一緒に暮らせるのよね?争いも憎しみもない世界で!」

 

「だけど、喜びも仲間もない。寒々とした世界よ」

 

「そんな……私、ずっとママと会いたくて、それだけを考えて」

 

「ピーネ。ママはいつまでもあなたを見守っていられるけど、

一緒に住んでいる仲間と過ごせる時間は限られているんじゃないかしら。

人間と吸血鬼。寿命の差はどうすることもできない」

 

「人間は、長生きしても、100年しか……」

 

「そう。人間は、私達吸血鬼にとっては短い時間を、とても大切にして生きているの。

悪魔であるあなたが、その限られた時間に寄り添えることは、素晴らしいことだと、

ママは思うの」

 

「……そうよね。いつかは、里沙子も、パルフェムも、みんなも」

 

私は、考えたくない未来から目を背けていた。

いつかはこの教会の住人とも別れの時が来る。でも、それはもう終わり。

ママが背中を押してくれた。迷いを振り切り、宣言した。

 

「ママ。私、最強の吸血鬼になる。家の跡継ぎなんかになるためじゃない。

いつかみんなとの別れを果たした後、

ママがいる遠い星にたどり着けるほどの力を付けるため。ママに会いに行くために!」

 

すると、ママは優しく微笑んでくれた。

 

「たくましくなったわね……ママもその日を楽しみにしてるわ。

あなたなら500年もあれば大規模時空跳躍魔法を身につけられる。

覚えていて。ママは春の星座。白鳥座の一番明るい星にいるわ。必ず迎えに来てね」

 

「絶対行く。何百年かかっても!」

 

「そろそろ、お別れね。フェニックス、無駄足を踏ませてごめんなさい。

私を白鳥座まで送り届けてください」

 

『……無駄ではない。星座神となりて宇宙の中で幾星霜の時を生きる中、

斯様な生ける者の感情に触れることは滅多にないこと。

良きものを見せてもらった。さあ、我が翼に』

 

「はい。……ピーネ、強く生きるのよ!」

 

「ママ、今は、さようなら……」

 

静かに涙を流すママがフェニックスに振り返ると、

その身体が綺麗なオーロラに包まれて、段々その姿が薄くなって、

闇夜に溶け込んで消えていった。私も鳳凰座に背を向けて、教会のドアを大きく開き、

お城に入る女王のような晴れ晴れとした気持ちで教会の中に戻った。

 

 

 

 

 

朝。

代わり映えのない食卓。みんな黙々と朝食を食べてる。

トースト、ゴーダチーズ3切れが乗ったミニサラダ、コーンスープ。ベーコンエッグ。

あたしはまだ使ってないフォークでゴーダチーズをすくって、ピーネの皿に載せた。

 

「あげる」

 

「何よ」

 

「チーズ好きなんじゃないの?」

 

「お行儀悪いわよ。……食べるけど」

 

やっぱり誰もなんにも言わない。だけど、みんなの心にどこかに、ほっとしたような、

何か温かいものが流れたような気がした。あたしは別よ?

さっさと食べて今日の玉ねぎくんを読みましょう。

 

先週の晩も昨日の晩も何があったのかはわからない。

わからないってことは知る必要がないことだと考えることにする。

きっと知ったところで、

あたしがどうこうできる問題じゃないってことでしょうからね。

“今の所”トラブルもなく、ここにいつものメンバーが集まってる。

それだけで万々歳よ。あたしは小さな吸血鬼を少しだけ見ると、そう思った。

 

 


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