面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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泣き虫魔女と出会う
リア充爆発しろっていうけど、実際爆発したら困るのはあたしたち非リアなわけで


「これもハズレ!あ~退屈!」

 

あたしは街で買い漁った三文小説(ダイムノベル)を途中まで読んで放り出した。

退屈しのぎに買ったけど余計退屈になったわ。とにかく読んでて冗長なのよ。

全体的に出来事の説明文になってて、気の利いた修飾が全然ないし、

人物の心理描写が薄っぺらい。おまけに同じような表現が数段落置きに出て来る。

つまり、引き出しが少ない。

 

まったく、誰かが書いたSSみたい。安物買いの銭失いとはこの事ね。

時計を見ると昼の約2時。不正確な時計が示した時間にうんざりする。

今から昼寝すると夜寝られなくなる。

ただでさえ今日起きたのは11時で、寝付きが悪くなるのは確実なのに。

なんらかの対処が必要ね。

 

とは言え、対処って言っても何をすればいいのかしら。

ミドルファンタジアに転移してきてしばらくは、

生活拠点の確保やジョゼットが持ち込む厄介事なんかがいろいろあったから、

毎晩疲れてバタンキューだったんだけど、

いざ生活が落ち着くと、ここには大して娯楽がないことに気づいた。

 

あるものといえば、さっき放り捨てた作者の前で燃やしてやりたくなる三文小説や、

たまに街に来るクオリティ低いサーカスくらい。

どんくらい低いかって言うと、トップレベルの出し物が3人しかいないラインダンスや、

端に火の付いた棒をひたすら振り回すだけのショボい芸しかない。

これで街の連中喜んでるんだからいい商売よね。

火の上を歩くお坊さんの修行姿を見せてやったらあいつら目回すでしょうね。

 

とにかく!晩飯までの時間を何かで潰さなきゃ。

……でも、何かつってもこのボロ教会にPS4があるわけないし、

そもそもテレビ自体存在しないからねぇ、この世界には。ん、テレビ?

確かマリーの店には地球から流れ着いたテレビがあったわね。

以前大規模な買い出しに行った時、のんきにガキのDVD見て笑ってた。

 

やっぱりこれしかないのかしら。

あたしはパジャマ着っぱなしの状態から洋服に着替えて、三つ編みを編んで、

みっともなくない程度に化粧する。

それで部屋から出ると、ジョゼットの部屋のドアを叩いた。

 

「ジョゼット~暇だから今から街に行くんだけど、一緒に行く?いやならいいけど」

 

“え、街に!?行きます行きます!行きますから置いて行かないで~”

 

中からゴトゴトバタンと慌てた様子の物音が聞こえる。

そして次の瞬間、一気にドアが開いた。

ドアは鼻先をかすめて、危うく鼻血まみれになるところだった。

 

「危ないわねえ!別に逃げやしないから少し落ち着きなさいな!」

 

「ああ、ごめんなさい!

里沙子さんが街に連れてってくれるなんて珍しいから嬉しくって!」

 

「ちょくちょく連れてってるでしょうが」

 

「食料の買い出しのときだけじゃないですか!

用事が済んだら布教活動する間もなく帰っちゃうし!」

 

「暇なのよ。今日は布教活動とやらにも付き合ってあげる。

だからあんたも面白そうなもの探すの手伝って……って、あんた何持ってるの?」

 

よく見たら、ジョゼットが脇に厚い紙の束を抱えてる。

 

「はい!布教用の宣伝チラシです。やっと皆さんに配る日が来たんですね……」

 

「紙はどうしたの。そんなにたくさん」

 

「前回の買い出しのときに、ひと束500枚50Gの大安売りしてたんで、

チラシ用に買っておいたんです!

わら半紙とは言え、この値段で買えるなんて、わたくしラッキーです!

やはり日頃マリア様を“ゴツ!”痛った~い!」

 

「んなもん買っていいなんて許可した覚えはないわよ!

いつの間に買い物バッグに入れたのやら!本当にあんたは油断も隙もないわねぇ!」

 

「ひどい!だってしょうがないじゃないですか!

わたくしには物を買うお金なんてないんですから!

このチラシだって物置にあった文房具で一枚一枚丁寧に書いたんですよ?」

 

「え、手書き……?ちょっと見せて」

 

「どうぞ」

 

ジョゼットからポスターを一枚受け取ると、

そこにはハッピーマイルズ教会が活動を開始したこと、日曜にミサをやってること、

マリア教とやらの簡単な教え、そして地図がびっしりと書かれていた。

彼女が持っているのはざっと見て200枚。少し背筋がゾッとする。

なんというか、恐るべき執念だわ。

 

「それ、本当に全部手で書いたの……?」

 

「もっちろん!印刷屋さんに頼んだらお金がかかるじゃないですか~」

 

「あー、わかった。あたしが悪かった。

これからは毎月200Gお小遣いあげるから、こういう気色悪いことはやめて?」

 

「なんてこと言うんですか!シスターの地道な布教活動に!」

 

「はいはい、わかったわかった、それで、行くの行かないの?」

 

アホみたいなやり取りで無駄な時間を使ってしまった。

あ、今日は時間を潰すのが目的だから、これでいいんだ。

 

「行くに決まってます!それじゃ、さっそくハッピーマイルズにレッツゴーです!」

 

「若い子はいいわね、無駄に元気で」

 

それで、あたし達はいつもの街道を歩いてハッピーマイルズ・セントラルに向かったの。

普段は頭痛がするから必要最低限以外の接触を避けてるのに、

わざわざあたしに足を運ばせるとは退屈って罪な存在だわ。

今度はダイムノベルじゃなくて、繰り返し読める面白みのあるハードカバーを

“へい、姉ちゃんそこで止まりな!”うるさいバカ。

 

あたしの尊い思考を邪魔するのは野盗。

いや、得物がダンビラで統一されてるから山賊かしら。

 

「姉ちゃんよぉ……ちょいと俺らに小遣いくれねえか?財布一個分でいいからよ」

「金がねえならしばらく俺らの相手をしてもらうぜ、可愛がってやるからさぁ」

「でへ、おいら、後ろのちっこいシスターちゃんが……」

 

毎度のことながらうんざりするわ。こいつらの生息範囲や横の繋がりは知らないけど、

何度も追い返されて学習ってもんをしないのかしら。

とにかくあたしはいつも通り、無表情でコルトSAA(ピースメーカー)を抜いて、威嚇射撃をしようとした。

そしたら、なんか急に連中の顔が青くなって、

 

「おい、やべえぜ!“早撃ち里沙子”だ!」

「三つ編みに白のマフラー、間違いねえ!ドタマぶち抜かれる前にずらかるぞ!」

「置いてかないで兄貴~」

 

なんか勝手なこと言って勝手に逃げてったわ。これはマフラーじゃなくてストールよ。

 

「なんか里沙子さんのこと知ってるみたいでしたね」

 

「みたいね。ゴロツキの知り合いはいないんだけど。

とにかく無駄弾使わなくて済んだわ。行きましょう」

 

わけわかんない出来事をさっさと頭から追い出して、

あたし達はすっかり見慣れたハッピーマイルズ・セントラルの門をくぐった。

そこでまた妙な現象に遭遇する。

 

「あ、“魔女狩り里沙子”だ!」

「本当だ!おっきいピストル持ってる!」

 

ガキ共がうるさいし、なぜかあたしの下の名前知ってる。

 

「よっ、“早撃ち里沙子”じゃねえか。今日は買い物かい?」

「あんた誰!?知り合いじゃないわよね!」

「もうこの辺じゃあんたを知らないやつなんかいないよ、じゃあな!」

 

馴れ馴れしいオッサンは言いたいことだけ言って去ってしまった。

 

「ジョゼット、とりあえず約束のお駄賃200Gあげるから、

布教でもなんでもしてその辺うろついてなさい。

あたしはこのわけわからん状況について調べる」

 

「わたくしも行きます。

どうして皆さんの里沙子さんへの反応が変わったのか、気になります」

 

「あんたはとりあえずあたしに反抗しないと呼吸が停止するのかしら。まぁいいわ。

邪魔はするんじゃないわよ。具体的には珍しいもん見つけて奇声を発したり」

 

「奇声なんて上げたことないですー!

ちょっと驚いただけですし、さすがにもうこの街には慣れました」

 

「お、言ったわね。

子供だましレベルのサーカスで悲鳴上げてた、あんたのセリフとは思えない」

 

「それは忘れてくださいよぅ」

 

「はい、どうでもいいやり取りはここで終了。

とにかく情報を集めるわ。それにはまず酒場ね」

 

「えー、やっぱり飲むんですか?」

 

「用事が全部片付いたらね」

 

誰も得しない会話を切り上げて、市場の中を進んでいく。

その間にも、“おっ、期待の新人”だの“金持ち賞金稼ぎ”だの

意味不明な名前で呼ばれる。ようやく中央広場に面したいつもの酒場にたどり着くと、

席に着いていた連中が一斉にこっちを見る。

個人的にはもうここの常連気取りなんだけど今更なによ。

 

とりあえずあたしはカウンターに8Gと10Gを置いた。

あたしのエール5Gとジョゼットのオレンジジュース3G、そして情報料。

 

「マスター。あたしは強めのエール。この娘にはオレンジジュース。あと、情報」

 

「……何が知りたいんだい」

 

マスターが手早く飲み物を出しながら小声で尋ねてくる。

ジュースにはしゃぐジョゼットの声がちょうど声を隠してくれるから助かる。

 

「あたし自身のこと。どいつもこいつもあたしを変なあだ名で読んでくるし、

野盗があたしを見て戦いもしないで逃げてった。これ、なんなの?」

 

「なんだって?お嬢さん、いや、お客さん本当になんにも心当たりないのかい」

 

「ないから聞いてる。そんで、なんであんたも呼び方変えた?」

 

「あんたはもう腕利きの賞金稼ぎとして名前が広まっちまったのさ。

魔狼の牙討伐に、この間の決闘での圧倒的勝利。見物人どもが口々に言ってたぜ。

“電光石火の早撃ち”だの“あいつに狙われたら逃げられねえ”だの」

 

「えー……そんなの知らないわよ。あたし目立つの嫌いなんだけど。

某爆弾魔みたいに植物のような平穏な人生がいい」

 

「気をつけな。これから良くも悪くも周りがあんたを放って置かねえ。

もうみんなあんたを多かれ少なかれ尊敬の目で見るが、

間違いなく“奴ら”のブラックリストに載っちまっただろうからな」

 

「奴ら?ブラックリスト?なにそれ」

 

その時、マスターがゴホンと咳払いをした。これ以上は追加料金ってわけね。

あたしはもう一枚銀貨を置いた。マスターは素早く収めると続けた。

 

「ブラックリストってのは、主にエビルクワィアーを中心とした

無法者の間で出回ってる、いわば裏世界の手配書さ。

“仕事”の邪魔になったり、仲間を殺した賞金稼ぎや強者を始末した奴に、

賞金や希少品をやるって寸法さ。その辺は駐在所の賞金首と変わらねえ。

繰り返すが、気をつけるこった。あんたの賞金、多分安くはねえはずだ」

 

「はぁ、そういうことだったのね。

しょうがなかったとは言え、自分で厄介事を呼び込んでたってことか。

……あたしに全く責任はないけどね!」

 

 

「そーいうこと!」

 

 

その時、いきなり後ろから抱きつかれたから、

反射的に左手でピースメーカーを抜いて背後に銃口を向けてた。

そうしてからやっと振り返ると、一昨日あたりに会った女の子が小さく両手を上げてた。

 

「はいはい、降参降参。その物騒なのしまってよ。やっぱり早いなぁ」

 

ソフィアだった。

たしかバラライカだのフラメンコだのいうギルドのリーダーだったわね。

本当に油断も隙もない。今度はM100の方狙ってきたわ。

ジョゼットはジュースを大事そうにちびちびと飲んでる。

 

「二度目はないって言ったはずよね」

 

「冗談だって!もうあなたには勝てるはずないって証明されたじゃない」

 

あたしはエールをぐいっと一口飲んで口を潤してから尋ねた。

 

「……それで何?お互い用事は済んだはずでしょう」

 

「冷たいなぁ。確かに賞金首の件は決着が着いたけど、

あなたをギルドに誘う事自体は諦めてないんだ~これだけの有名人ならなおさらネ!」

 

「あんたも大概しつこいわね。前にも言ったはずよ。

あたしは、集団行動が死ぬほど嫌いなの」

 

「ね!あっちで一緒に飲もうよ!みんなも集まってる」

 

「その“みんな”が嫌って言ってるの。あたしはこうして一人で飲むのが好きなの。

こいつは召使いだからノーカウントね」

 

「ひどーい、お詫びにもう一杯のジュースを要求します……痛あっ!」

 

「えー、それって寂しくない?」

 

ジョゼットを拳で黙らせたあたしは、

またエールを煽って自分の生き方について語りだす。酒が回って舌も回る。

 

「あたしは虫でいうならダンゴムシなのよ。陽の当たらない、影の石の下に隠れた存在。

静かで、涼しい、日陰の空間を求めて生きる。そういう女よ……」

 

「もっとポジティブになろうよ~あたしはミツバチかな。

賞金首という花を求めて自由に大空を飛び回り、

金銀財宝というハチミツをかき集めるの。

奴らの眉間にパキュンと一発お見舞すれば大輪の薔薇が咲く!

そういう生き方って興味ない?」

 

「否定はしないけど肯定もしないわ。

一生懸命蜜を集めても養蜂場に搾取されるのが関の山だし、

ミツバチは一度刺したら死んじゃうの。

どっちかっていうと植物のような平穏な人生を求めたいわ、あたしは。

咲くならそっとスミレ色、目立たぬように咲きましょう、目立てば誰かが手折ります。

なんてね」

 

「む~頑固だなぁ、里沙子は。

今日のところは引き下がるけど、まだ諦めたわけじゃないからね!チャオ!」

 

ソフィアは用件が済むと仲間のところへ戻っていった。

ちらっと後ろを見ると、斜め後方の隅のテーブルでマックスとかいう大男の他に、

いろんな武器を装備した連中が集まってる。なによあいつらも隅っこ好きなんじゃない。

 

……ところで今何時かしら。壁掛け時計を見ると4時位。

ジョゼットによると、この世界の時計の精度は高くないから、

10分前後の誤差を見ておいたほうがいいらしいわ。

まぁ、無駄話だったけどいい感じで時間を潰せたんじゃないかしら。

あたしは残りのエールを飲み干すと、店から出る。

 

「ほら、ジョゼット行くわよ」

 

「うい?あ、はい」

 

「居眠りも結構だけど夜寝られなくなるわよ。だからこうして暇つぶしに来てるのに」

 

店を出て広場に出たけど、次は何しようかしら。ジョゼットを連れてぶらぶらする。

酒場の隣の駐在所に貼られた指名手配のポスターを見る。

流石に先日の魔女連中はとっくに撤去されてたけど、今後どうするか悩ましいわね。

 

ここの物価を考えると、多分生活費には一生困らないけど、

ミニッツリピーターが帰ってくることもない。

だからって考えなしに殺しまくると余計な肩書がついて回る。

やっぱり一千万Gの魔王一択かしら。

でも、あたしが叩き出せる最大火力はM100の近距離射撃。

それもババアの魔女に無効化された。当然格上の魔王にも効果がないと思うべき。

そもそもどこにいるのかわからない。

 

他に一獲千金の方法はないものかしら。教会への毎月の補助金が貯まるのを待ってたら、

どっかの金持ちに買われるし、バイト探しなんか“あのう、もし”真っ平だし…え?

話しかけられたから振り向いたら、眼鏡をかけた気弱そうな魔女が立っていた。

 

灰色の三角帽子に同色のダブダブのローブ。年齢はもうすぐアラサーってとこかしら。

でも顔はカワイイ系の美人。ベースはいいのにファッションが残念ね。

魔女はおしゃれしちゃいけないって法律でもあるのかしら。

 

「なにかしら」

 

「あの、突然すみません。私、ハッピーマイルズ水質管理局の職員、

水たまりの魔女・ロザリーと申します。お呼び止めしてすみません」

 

「2回も謝らなくていいから用件をお話しになって。あたしは斑目里沙子といいますの」

 

「あ、すみません!私は普段魔法で井戸の水質検査、浄化を行っています。

あ、あの!あなたのことは知ってるんです。

えと、それで今日はちょっとお願いがありましてですね……

いえ、初対面でいきなりこんなことをお願いするのは失礼だと承知してはいるんです。

でも頼れる人があなたしかいないというかなんというか」

 

「早く用件を言ってくださるかしら!」

 

ジョゼット並みの優柔不断さにイラついてつい大声を出してしまった。

いや、ジョゼットは気弱なふりして結局自分の要求を押し通してくる図太さがあるから、

彼女とは違うわね。

 

「ああっ、ごめんなさい!実は私達に少し困っていることがありまして」

 

「その困っていることを簡潔に教えてくださると助かるのだけど?」

 

「はいっ!あなたが“魔女狩り里沙子”として呼ばれてることは知っています」

 

「……それで?」

 

「あなたが過日、暴走魔女3人を倒した事実に伴って、

魔女そのもののイメージが悪くなってしまったんです。

私はまだなんともないんですけど、同僚の魔女がロッカーに虫を入れられたり、

人間の職員の方たちがなんだか私達を避けたり……」

 

「ここの単純な連中ならやりそうなことね。

気の毒だとは思うけど、あたしがしてあげられることは多分ないわ」

 

「そんなことはありません!実際に暴走魔女と戦ったあなたが、

私達と友好的な関係を築いているとアピールしてくだされば、

魔女への偏見がなくせると思うんです!」

 

「ようやくまともに喋るようになったと思ったらボランティアの話?

悪いけど、あたしは“友達”っていう一人の時間を奪う存在が

この世で6番目くらいに嫌いなの。ついでにタダ働きはトップ3」

 

もう、よそ行き口調を放り出して、ジトッとした目でおろおろする魔女を見るあたし。

暇つぶしはしたいけど無償労働はお断りよ。

 

「あうう、お願いです!報酬をお支払したいのは山々なんですが、

お金を渡したら、ただのキャンペーンになってしまいます!」

 

「こうして示し合わせてる時点で既にキャンペーンな気が。

あと、いい大人がみっともない声出さないの。

一応聞くけど、どういう手筈でイメージアップを図る気なのよ」

 

「それは……えーと。そうだ、ここで魔女の仲間達と一緒に手を繋いで踊るとか……?」

 

「勘弁亀治郎よ!キャンペーン丸出しだし、

人前でフォークダンスとか公開処刑もいいとこだし、

そもそもあんた何も考えてなかったでしょう!」

 

「ごめんなさい……」

 

「せめて否定してよ」

 

帽子を胸に抱きしめてしょぼくれる水たまりの魔女ロザリー。

人間連中も、こんなやつが人殺せるわけないってことがなんでわかんないのかしら。

 

「……ジョゼット、今何時?」

 

「ちょっと待ってください。……5時前後です」

 

ジョゼットが時間を確認してトートバッグに時計を戻す。

置き時計みたいに大きいけど、これでも携帯サイズなのよ。

10分ものデカい誤差を出す時計しか作れないなら、

当然腕時計みたいな小さい時計もつくれないわけで。

この世界に来たときに宝飾店の店員が驚いてたのも無理ないわね。

 

「とにかく、あたしらは十分暇つぶしできたから。

いじめやパワハラについては上司に相談してちょうだいな。それじゃ」

 

「え!?そんな!私達だけじゃ出来ることに限界があるんです!

上司にも相談しましたが聞くだけで何もしてくれなくて……」

 

「身内がしてくれないなら、他人のあたしはもっとしてくれないことは理解して」

 

あたしが背を向けて手を振りながら立ち去ろうとすると、後ろから鼻をすする音。

まさか。

 

 

「……ううっ、ぐすっ……うえええええん!りさこさあああぁん!!」

 

 

まさかのマジ泣き!やめてよ、大の大人が街中で号泣とか恥ずかしくないの!?

その大泣きを聞きつけた通行人が足を止めてこっちを見てくる。

 

「ちょっと、あんた、何考えてんの!みんな見てるからやめなさい!」

 

「うえええ……だっで、だって、りさこさんがあぁぁ!」

 

 

“あ、里沙子が魔女をいじめてる!”

“よっぽど血に飢えてると見えるぜ……”

“おっかねえ、おっかねえ”

 

 

ふざけんじゃないわよ!こっちはむしろ被害者よ!

あたしは慌ててロザリーの袖を引っ張って酒場の影に隠れた。

中に入ろうとも思ったけど、泣きじゃくるこいつを連れて入ったら

余計な誤解を招くのは間違いない。ましてや情報が行き交う場所なんだから。

 

「さっさと泣き止みなさい!ほら、これで鼻水も拭く!

あんた泣き虫だから水の魔女って呼ばれてるってわけじゃないわよね」

 

「あうっ……すみません……ズビビビビ!違いまふ……

これでも水流の操作には自信が……畑の用水路とか」

 

このハンカチは廃棄処分ね。まったく迷惑極まりないわ。

仕方なしに話を続けることにした。

 

「どうでもいいわ。仕方ないから協力してやっても構わないけど、

あんたも一つくらいまともなアイデア出しなさい」

 

「えっ!助けてくれるんですか、私達を?」

 

「大人なんだからシャキッとしなさい。それで、アイデアは?

何から何までおんぶに抱っこは流石に通らないわよ」

 

「教会に魔女の皆さんを招いてパーティーを開いてはどうですか、里沙子さん!」

 

「あ、それはいいです「却下よ」」

 

ジョゼットの提案に泣き虫ロザリーも賛同しかけたけど、切り捨てた。

 

「えー、どうしてですか?」

 

「それこそキャンペーンじゃない。

ハッピーマイルズの馬鹿連中でもそれくらい見抜くわよ。

魔女があたしに金握らせたんじゃないかってね。

連中を納得させるにはね、もっとインパクトのある客観的事実が必要なの」

 

「インパクト……ですか?」

 

「そう、人間と魔女が組んで何かデカいことをやり遂げる。

読み書きが出来なくてもひと目でわかる、そんなデカいことをね」

 

「でも、ただの水質管理員の私にできることなんか……」

 

「ふぅ……アイデアはもういい。覚悟よ。

命を賭けても現状を変えたいっていう覚悟を奮い立たせなさい。

それすらできないなら本当にあたしはもう知らない」

 

「覚悟?なんの覚悟ですか」

 

「だめ。聞いたらあんた、できそうかできなそうかで線引きするでしょ。

そんなぐらついた覚悟なんか要らない。命を賭けられるかどうか、ただそれだけよ」

 

「少し……考えさせてください」

 

「今よ。あたし達はもうすぐ家に帰る。次いつ来るかはあたしの都合次第。

それまでに嫌がらせはどんどんエスカレートして、

いずれ本格的に仕事場を失うことになるわ。そこまであんたは追い込まれてるのよ。

わかってるの?」

 

ロザリーは鼻水まみれのハンカチを握りしめ、たっぷり1分悩み抜いた。

もう日が暮れそう。濃いオレンジの光があたし達に差し込んでくる。

ゴミや空き瓶のケースが積み上げられた酒場裏に冷たい風が吹く。

その時、ようやくロザリーが決心した。

 

「……やります!私、仲間のために、どんなことでもやります!」

 

「決まりね。付いてらっしゃい」

 

「よかったですね、ロザリーさん!」

 

細い酒場横の道から広場に戻ると、あたしはロザリーを連れて、

黙って駐在所に向かった。その前で足を止める。

 

「里沙子さん、これは……」

 

「そう、賞金首連中よ。いいこと、よく聞きなさい。この中の誰でもいい。

あんたとあたしで、賞金首をぶっ殺すの」

 

「「ええっ!?」」

 

あたしはパシンとDead or Alive(生死を問わず)のポスターを叩く。

ロザリーもジョゼットも飛び上がらんばかりに驚く。

でも、これぐらいのデカい花火を打ち上げなきゃ誰も構ってくれやしないのよ。

 

「あの、私、魔女ですけど誰かと戦ったことなんて……」

 

「これから“できない”は一切禁止。できそうにないなら、別の方法を探す。

やっぱり無理、を抱えたまま勝てるほど賞金首は優しくない!」

 

「ええと、里沙子さん?いくらなんでも……」

 

「黙る」

 

「はい」

 

「……やります!攻撃系の魔法は使えないですけど、

動きを鈍らせるくらいはできますし、ダガーくらいは持ってます」

 

「それでいいのよ。じゃあ、次はターゲットを選びましょう」

 

あたしはポスターから2人で倒せそうで、かつアピールできる賞金首を探す。

 

・龍鼠団首領 キングオブマイス 1000G

 

だめ、雑魚。少なくとも魔狼の牙の1人4000Gは超えなきゃ。

 

・狂走機関車 エンドレスランナー 138000G

 

こいつは強すぎる。工業が盛んな東の領地で、

試験的に作られた自動運転機関車が暴走して、進路上にある人や物を破壊しながら

24時間爆走し続けてるらしいわ。あたしもロザリーも死にかねない。

勇気と蛮勇は違う。次。

 

・【緊急】 中規模悪魔 ケイオスデストロイヤ 12000G

 

これだわ。アレを作ればどうにか手に負えそう。当たればの話だけど。

なになに?……ハッピーマイルズ領の外れにあるアステル村に、

悪魔が魔王への生贄を求めて降り立った。

3日以内に10人の生贄を捧げなければ村を滅ぼすと要求している……か。

 

「ロザリー、こいつにするわよ」

 

「悪魔……私達に……いえ、倒しましょう!」

 

「その意気よ。じゃあ、酒場で打ち合わせしましょうか」

 

あたし達はまた酒場に入って、今度はテーブル席で作戦を練った。

ビートオブバラライカの連中は帰ってた。

残ってたらまたソフィアに茶々入れられそうだから、いいタイミングだったわ。

 

「まずはお互いのスケジュールを確認しましょう。ロザリー、次の休日は?」

 

「来週の日曜なんで5日後なんですけど……いつでもいいです!有給取ります!」

 

「じゃあ、早速だけど、明日決行しましょう。緊急手配だからタイムリミットがあるし、

モタモタしてると他の賞金稼ぎに先を越される可能性が高い。時刻は朝8時集合。

アステル村までの距離は……ああ、地図がないわね」

 

「村までは私が案内します!井戸の浄化と料金の徴収によく訪れているので」

 

「頼りにしてるわよ。次は、お互い何が出来るか知っておかなきゃ。

ロザリー、あなたの魔法はどんなものがあるの?」

 

「はい、主に業務で使ってる浄化の水。解毒作用もあります。

あとは水を多少操って敵を縛ったりできる……かもしれません」

 

「出来る範囲で構わないわ。結局戦いが始まったら出たとこ勝負になるんだから。

次はあたしね。もう知ってると思うけど、まず腰のピースメーカー。威力は標準的な銃。

速射性に優れる。左脇の物がCentury Arms M100。

ライフル用の45-70弾を発射する大型拳銃よ。

悪魔でもこれで撃たれたらチクッとするかもね。

あとは……まだ準備ができてない武器がいくつか」

 

「里沙子さん、ロザリーさん、本当にやるんですか?悪魔なんですよ……?」

 

ジョゼットが不安げに聞いてくる。まぁ、無理もないけど。

悪魔とやらについては多分この娘の方がよく知ってるんだし。

 

「やるしかないの。ロザリーは後がないし、あたしも“早撃ち”はともかく

“魔女狩り”なんてややこしい肩書はさっさと捨てたい」

 

「ジョゼットちゃん、ありがとう。でも、もう決めたから」

 

「ジョゼット、明日はあんた家にいなさい。まだ新しい光魔法は覚えてないんでしょ」

 

「もうちょっとで閃光魔法はなんとかなりそうなんですけど……」

 

「なら家で大人しくしてなさい。生き急いでもどうにもならないわ。

戦場に出るのは十分力を付けてからでも遅くない」

 

「はい……」

 

それから、あたし達は広場で解散し、明日もこの広場に集まることに決めた。

家路の途中、ジョゼットがあたしに話しかけてきた。

 

「里沙子さん、無事で帰ってきてくださいね。悪魔は、本当に強大な存在です……」

 

「情報提供サンクス。死ぬつもりなんかさらさらないわ」

 

家に帰ってからも、夕食の途中、ジョゼットはいつもより口数が少なかった。

……明日は、ちょっと大仕事になりそうね。

 

 

 

 

 

翌朝。午前9時。

あたしが酒場前の広場に行くと、水たまりの魔女・ロザリーが既に来ていた。

昨日と違って、長い木の杖を持ってる。もう完全に魔女スタイルね。

 

「待たせたわね」

 

「いえ、私が早く来すぎたんです。……ずいぶんな荷物ですね」

 

「きっと悪魔は並の兵器じゃ殺しきれない。だから特別な物を作ってきたのよ」

 

ほんの少し背中の物をガシャガシャ揺らす。

 

「その通りです。悪魔には大抵の武器や魔法が効きません」

 

「それでもあたし達はやるしかない。

他の連中でも倒せそうな賞金首じゃ意味がないもの」

 

「そうですね……では、行きましょう」

 

「案内、よろしく」

 

そして、あたし達はまだ朝霞の漂う中、アステル村へと旅立っていった。

魔女と人間。2人で見たこともない強敵を討ち取るために。

 

 


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