面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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いたずらしたら怒られた。あとお便りが
酒って合法的な麻薬だと思うのよ。やる気出る、いい気分になる、気づいたらやめられない。だからまたエールを飲む。


雨。今朝からしとしとと降り続く雨粒が、窓ガラスを叩き続ける。

あたしはデスクに着いて頬杖をつき、昼食後の退屈な時間を持て余していた。

 

天気としての雨は嫌いじゃない。雨音が運んでくる静けさはむしろ好きな方だと思う。

表に出ると漂ってくる埃っぽい匂いも同じく。

だけど、外に出られない退屈さは如何ともし難い。

この世界にも傘はあるんだけど、

地球ほど道路が舗装されてないミドルファンタジアでは、

雨の日に道を歩くと確実に裾が泥だらけになる。

 

元々出不精の癖に何言ってんだこの女は。

みんなそう思ってるだろうけど、あたしだって退屈極まれば、街の酒場で飲んだり、

マリーの店でガラクタ漁ったりする程度には外出するのよ。

家で飲んだらルーベルに怒られるってこともあるけど。

でも、この雨の中ぬかるんだ地面を歩いて、

20分も掛けて街まで行くなんてそれこそ面倒よ。

 

「止まないかな」

 

今度はデスクに顎を乗っけてぼやいてみる。

ブックスタンドには、つまらんつまらんと文句を言いつつ、

結局最後まで読んだダイムノベルと……

あの夜の悪夢を見るきっかけになった三日坊主の日記が並んでる。

処分したいけど、また触るのも嫌だから、そのままにせざるを得ないの。

 

「なーんか面白いことないかなー」

 

ぶつぶつ言いながら、そばのミニッツリピーターに視線を移す。まだ1時過ぎ。

いつもなら昼寝でタイムワープするんだけど、今日に限って目が冴えて寝られない。

この部屋に面白いものなんて……面白いもの?そうだ、外には沢山あるじゃない!

なんで気づかなかったのかしら。

善は急げで、あたしは鍵束を持って部屋から飛び出した。

 

 

 

 

 

日報を書くにはまだ早いし、今日は街の巡回もお休みだから、

本屋で買ったままの本を読むにはちょうどよかった。

ワタシは朝から読んでいる“永久に二人でステップを”に夢中だった。

 

舞台は13世紀のサラマンダラス帝国。

当時はまだ今のように、自治権のある領地に分割されていなくて、

東西に支配権を分けた二つの巨大貴族、カスケードサファイア家と

デロ・ヴァルヴァーレ家が対立し、帝国の主導権争いに明け暮れていたの。

 

あちこちで領地の奪い合いが続く戦乱の時代。

ある時、ふとしたきっかけで、カスケードサファイア家の次期当主サンターナと、

デロ・ヴァルヴァーレ家の令嬢エリーザが恋に落ちるの。当然許されない恋。

逢瀬を重ねるうちにやがて二人はあることを画策する。

戦争に疲弊しきっていた二国間の和平工作。

 

特にハト派で知られていたデロ・ヴァルヴァーレ家当主に、

エリーザが和平交渉を提案する親書を書いてもらい、

国境でサンターナに渡すという手筈だった。

でも、自国の勝利を信じて疑わない両国の軍部と、それを焚きつける間諜に、

その動きを知られてしまい、親書を手渡した直後にエリーザが凶弾に倒れてしまう。

そう、今クライマックスなの。

 

 

 

『エリーザ!!』

 

だが、その銃弾は遅すぎた。

スパイを射殺した銃を投げ捨て、サンターナはエリーザを抱きかかえる。

口元から一筋の血を流しつつ、彼女は言葉を紡ぐ。

 

『サンターナ……これで、戦争は終わるのね?』

 

『ああ終わる、君のおかげだ!必ず平和が訪れる!だから君も死ぬんじゃない!

……我が妻よ!』

 

『嬉しい……私、最後に、あなたの、妻に……』

 

白薔薇のように美しいドレスを真っ赤に染めて、エリーザは最後に微笑むと、

サンターナの腕の中で息を引き取った。

 

『……エリーザ。戦争は終わらない。世界は炎に包まれよう!!』

 

荒野にひざまずき、吠えるサンターナ。

そして親書を奪おうと、四方から現れた密偵が

ゆっくりと二人に魔の手を伸ばしてきた……

 

そしてエリーザの死から1週間後。悲しみに暮れるサンターナは怒る父と相対していた。

 

『息子よ。お前は自分のしたことを理解しているのか』

 

『十分に、理解していますとも、父上』

 

『ヴァルヴァーレの女に惑わされ、挙げ句はサラマンダラス統一の野望を捨て、

和平協定などという甘言に踊らされるなど。それでも次期当主としての自覚があるのか。

恥を知れ!!』

 

『……一人の女性を愛し、平和を求める事が恥だと言うのなら、

その罪、この命で贖いましょう』

 

サンターナはスーツのホルスターからピストルを抜き、銃口をこめかみに当てる。

 

『よせ!何を馬鹿なことを!』

 

『父上、どうか最期にお聞き入れください。国家統一など無意味な幻想です。

この火竜の大地は一貴族が支配するには余りに広大。

デロ・ヴァルヴァーレと手を取り合い、戦乱のない世をお作りください』

 

『銃を捨てよ!』

 

その叫びは銃声にかき消え──

こうして、愛と平和に生きたサンターナ・エル・ジ=カスケードサファイアは死んだ。

700年の時が流れた今、我々の生きる世界は、

あの二人の目にはどう映っているのだろうか。もはやそれを知る術はない。

ただ、ひとつだけ言えることがあるとすれば、

恋人達は今なお二人だけの世界で踊っているということだけだ。

あの日、互いを見つめ合いながらステップを踏んだワルツを、いつまでも。

 

 

 

うん、恋愛小説だけど悲劇。だけどそれが心を締め付けるの。

いつかルーベルが話してくれた物語も、読んでみたいな。

古本屋を探しているけど、アースの本だから、なかなか見つからない。

 

パタンと読み終えた本を閉じる。

別に好きな人がいるわけじゃないけど、恋愛小説は大好き。

愛する二人が幸せになったり、悲劇の末に死を以って結ばれたり。

いろんな愛の形を傍観するのが好きなの。……ワタシには、無理だから。

仕事の時以外、ろくに喋れないし、ずっと無表情だって言われるくらい愛想もないし。

きゅっと分厚い本を抱きしめる。

 

その時、カチャリとドアの鍵が開いた。反射的に銃に手が伸びる。

バタンと乱暴にドアが開かれると、誰かが押し入ってきた。人影の正体は……

 

「やっほー!お姉ちゃんよ。暇だからこの家の住人を構いに来た」

 

驚かせないでよ。

そう言ったら、もっと驚いたような表情を見せなさいって言われるから、黙ってるけど。

 

「ノックくらい、して」

 

「あはは、ごめんね~これも一種のサプライズってことで。

……あら、本読んでたの?また恋愛小説かしら。面白い?」

 

「あ、うん……」

 

お姉ちゃんがワタシにつきまとい、肩を揉みながら聞いてくる。

確かに本は面白かったけど、すっかり興が削がれて余韻が台無し。

自分がされたくないことは人にするべきじゃないと思うの。

いつかお姉ちゃん言ってたじゃない。

 

“馴れ馴れしく肩を揉まれることはイラつくことランキング第2位”だって。

“遊びに来た母さんがはしゃいで肩を揉んでくると、

一瞬で頭の線が2,3本切れる”って。

 

「雨で暇なのよ。ちょっと付き合って。お客さん凝ってますねー。

……鉛とローズマリーで作った湿布を貼ってあげよう!

な~んて、ごく一部の人にしか伝わらないネタもバッチリね」

 

「それ、やめたほうがいいと思う」

 

「こうでもしないと字数が稼げないのよ。質より量のこの企画としては死活問題だし。

……あ、何これ見せて!」

 

「あっ」

 

「ふむふむなるほど。あなた恋愛小説好きだもんね~」

 

お姉ちゃんが、ワタシが抱えてた“永久に二人でステップを”を奪って、

パラパラと流し読みを始めた。どうしてかしら、ワタシまでイライラしてきた。

 

「う~わ。あたしのダイムノベルよりひどい。

歯の浮くような男女の会話がダラダラ続いて、物語が一向に進展しないわ。

これに時間を費やすなら、

アサシンクリードブラザーフッドの旗集めに勤しむほうが楽しい……あふっ!?」

 

とうとう頭が真っ白になったワタシが、強引に本を奪い返した。

何か言おうと思ったけど、お姉ちゃんみたいに口が立つ方じゃないワタシは、

本を持ってただじっと見つめ続けた。

 

「ど、どうしたのよ。なに怒ってるの?」

 

「……出てって」

 

「ああ、もしかしてその本お気に入りだったの?ごめん。つい率直な感想が……」

 

「出てって」

 

「お願いだから睨まないでよ。

そうだ、ガンパウダーと椿油で作ったワックスを塗ってあげよう!」

 

「出てって!!」

 

「大変失礼致しました」

 

すごすごとお姉ちゃんは退散していった。

ワタシとしてことが、頭が真っ白になって、つい大声を出してしまった。

でも、お姉ちゃんが悪い。普通に遊びに来てくれればよかったのに。

ワタシは取り戻した本の表紙をなでる。……ふん、だ。

 

 

 

 

 

あー怖かった。妹に怒鳴られたのは多分初めてだと思う。

もしかしたらあったかもしれないけど、記憶がはっきりしないし、

これまでの話を読み返して確認する手間が面倒だから、

とりあえず“多分”と予防線を張っておきましょう。

 

それにしても、あの娘はどうして真顔で人をビビらせることができるのかしら。

目は口ほどに物を言うって、カシオピイアのためにある言葉だと思う。

さて、妹に拒否られて傷心気味のあたしは、どこに行けばいいのかしら。

ジョゼット?だめだめ、みんな散々見すぎて腹いっぱい。

となると、同じシスターでまだ謎が多いあの娘に決まりね。鍵束を取り出しレッツゴー。

 

 

 

 

 

ひとりでに鍵が外れ、ドアが開きました。

この建物は壁が薄いこともあり、当然先程の騒ぎも耳にしていましたので、

そろそろ来るとは思っていましたが……

 

「こんにちは、エレオノーラ!さっきの反省を踏まえてちゃんと挨拶をして入ったわ」

 

「それだけではないはずです。ノックをしてください。

鍵を持っているからと言って、勝手に入っていい理由にはならないのですよ?」

 

「固いこと言わないでよ。

ちょっと早めのクリスマスを祝いに来たの。プレゼントはないけどさ。

いや、あるわ!このあたしと憩いの一時を過ごせる権利をエレオノーラにプレゼント!

具体的にはこの金時計の短針が6を指すまで」

 

彼女が自慢の懐中時計を見せつけます。

 

「それはプレゼントではなく、

ほぼ半日の間あなたの暇つぶしに付き合えという要求ですね」

 

「ええと。悪意を持ってすれば……そういう表現も、できるわね」

 

「極めて客観的な表現です。

これから午後のお祈りがあるので、すみませんがご退室願います」

 

決して里沙子さんが嫌いなわけではないのですが、

今から本当に大事な儀式があるので、お付き合いはできかねるのです。

 

「じゃあ、あたしも祈る!それならいいでしょ?」

 

「里沙子さんは仏教徒だと伺いましたが」

 

「ああ、大丈夫。日本の神様そこらへんラフだから。

一日体験入信したってバチは当たらないわよ」

 

「シャマイム教の神からバチが当たると思うのですが」

 

「メタトロンが来たら走って逃げるから大丈夫。ねぇお願~い」

 

「……祈らなくていいので、見学だけにしてくださいね?」

 

「やったわ!ありがとうエレオノーラ!」

 

仕方なくわたしは、儀式の準備をはじめました。

儀式と言っても大掛かりなことはしません。白いクロスを敷いた机に、

マリア様を象った十字の御神体を置き

(里沙子さんは“それはアンクだ”と言っていましたが)、

聖水を注いだ銀の皿を捧げます。

 

準備はこれだけです。後はこの手作りの祭壇の前に座り込み、一心に祈りを捧げます。

わたしは物心ついた時から毎日唱えてきた神への感謝を口にしますが、

祈りの言葉を知らなくても、純粋な心で念じれば、マリア様は光を当ててくださいます。

 

くださるはずなのですが、今日は何故か祈りに集中できないのです。

恐らく原因は、後ろで退屈そうにあくびを繰り返す里沙子さんなのですが……

人のせいにしてはいけませんよね。これも試練と考え、続けましょう。

ですが、祈りが神の賛美に差し掛かった頃、原因がはっきりしてしまいました。

 

「ふああ……ん、これは何かしら。ちょっと呼ばれましょうっと」

 

注)呼ばれる=関西弁で「ごちそうになる」の意

 

里沙子さんが妙なイントネーションでそう言うなり、

皿の水に指をつけ、ぺろりと舐めてしまったのです!

祈りを天に映し出す聖杯になんということを!

 

「何をしているんですか!里沙子さん!?」

 

「味も香りもない、混じりっけなしの澄んだ水。

ミネラルウォーターにすれば売れるんじゃないかと思うんだけど、どうかしら?」

 

「大人しく見学すると約束したではありませんか!」

 

「いや、ごめん。15分も立ちっぱでついね」

 

「質素かもしれませんが、

天にいらっしゃるマリア様に、祈りを捧げる大切な祭壇だと言うのに!

ああ祭壇を清め直さなければ。こんな中途半端なお祈りでは神に失礼です!」

 

「マジでごめんて。あたしもなんか手伝うからさ。

この皿洗えばいいの?クレンザー不可?」

 

「結構です!これではカシオピイアさんが怒った理由も察しが付くというものです!

邪魔なので出ていってください!」

 

「邪魔って……そんなに怒ることないじゃない。あなたもカシオピイアも、少し短気よ」

 

「今日の里沙子さんに遠慮がなさすぎるのです!

きっと再開直後で気が緩んでいるからに決まってます!

まだ具合が悪いなら、お部屋に帰ってベッドで休んでいてください!」

 

「それはできない相談だわ。

そうすんのが嫌だからこうしてみんなの部屋にお邪魔してるんだから」

 

「まだこんなことを続けるつもりなのですか?でしたらわたしにも考えがあります!」

 

「なによぅ。あたし、ただ退屈だからみんなとお喋りしたいだけなのに」

 

「大人しくしないなら、ルーベルさんに言いつけます」

 

「部屋に帰るわ。本当ごめんね、バイバイ」

 

「しっかり反省なさってください。いいですね?」

 

肩を落として里沙子さんは出ていきました。

わたしも大きな声を出してしまって大人げありませんでしたが、

今日の里沙子さんはイタズラの度が過ぎます。

自室で静かに信じる神に懺悔してもらいたいものですね。

 

 

 

 

 

はい、部屋に戻りました。フル・シンクロ「部屋に帰る」達成。

1回ドアを開けて約束通り自室に入ると、また廊下にUターン。

今度は誰のお宅を訪問しようかしらね。

それにしても、エレオにまで怒鳴られるとは思わなかったわ。

あたしの何がいけないっていうのかしら。

少しくらい寂しい女の退屈しのぎに付き合ってくれてもいいと思うんだけど。

あ、いいこと思いついた。

 

 

 

 

 

「子供用じゃなくて普通サイズ買ったから、足伸ばしても楽に寝られるわ。気持ちいー」

 

「どきなさいよ里沙子!」

 

ユーチューバー共が今の状況を動画にしてタイトルを付けるなら、

“子供のベッドを取り上げてポヨンポヨン飛び跳ねてみた”ってとこかしら。

ワクワクちびっこランドはドアが無いから楽に入場できたわ。

 

1階に下りて子供部屋に突入するなり、

ベッドに座ってお人形さん遊びをしていたピーネを押しのけて、

無理矢理ベッドに寝転んだの。

 

「あ~ら失礼」

 

「ぎゃっ!何よ里沙子!勝手に私の部屋に入らないで!お尻打った!」

 

「パルフェムの部屋でもありますのよ?ピーネさん」

 

相変わらずピーネと違って落ち着いてるわね、パルフェムは。

あたしは思う存分ピーネのベッドでゴロゴロする。

家具屋で見た時からなんとなく興味があったのよね。

 

「ベッドの定期検査に参りました。寝心地よし、肌触りよし、弾力性よし!検査合格」

 

「合格なら私のベッド返しなさいよ!」

 

「ぬふふ、そう急がないでよ。何なら一緒に昼寝する?

まぁ、寝付けないから遊びに来たんだけどさ」

 

「ふざけないで!何が悲しくてあんたと添い寝しなきゃならないのよ!

昼間から酔っ払ってるんじゃないの!?」

 

「残念でした。今日のあたしはシラフなの。

おかしく見えてるなら、それは酒が入ってない状態のあたしを見慣れてないからよ。

いつもエール飲んでるから、抜けてる状態のあたしを見る機会がなかったのね。

かわいそうに」

 

「両方知ってるわよ!元々ろくな人間じゃないのよ、あんたは!

私がここに来てどれくらい経つと思ってんのよ!」

 

「ちょっと待って、思い出すから。

えっと……魔王編の前か後だったのは確かだった気がする」

 

「後に決まってるでしょうが!魔王が来たから私が来たの!

シラフでその程度のこともわからない?

最後になったけど、魔王編の“前か後”じゃ、

魔王編除く全部の話になっちゃうでしょうが!

本当にアルコール中毒疑った方がいいんじゃないの!?絶対脳が萎縮してるから!」

 

「よくそんなに息が続きますわね。やはりピーネさんはツッコミ役に適任ですわ」

 

「そうそう、後だった後だった。色々あったわねえ。ところで、お宅の宝物拝見」

 

あたしはベッドのサイドボードを開いてみる。

絵本やぬいぐるみ、クレヨンやお絵かき帳。問題なし。

強いて言うなら、もう少し精神的に大人になっていて欲しかった!

 

「よし!」

 

「何がよしなのよ!勝手に見ないで!さっきから無駄に声が大きいのよ!」

 

「保護者として子供が不健全なものに手を出していないか、

しっかり把握しておく必要があるのよ。具体的にはBL物同人誌とかシンナーとか」

 

「あんたに育てられる筋合いはないし、意味不明なこと言わないで。

何よ“BL物同人誌”って」

 

「しっ!間違っても人前でその単語を口にするんじゃないわよ?

社会的立場が急降下する。保護者たるあたしの」

 

「なんで!今日の里沙子は訳わかんない!

いきなり突撃してきたと思えば、ベラベラと減らず口ばかり!

もう私のベッドから出てって!!」

 

「わかった、わかったから。出ればいいんでしょ。ごめんね」

 

「ごめんならいい加減この部屋にドアを作りなさい!

ダイニングから丸見えでプライバシーなんてまるでないわ!朝も昼も、夜も!!」

 

「せめてジョゼットくらい大きくなるまで駄目よ。

子供はさっき言ったようなイケナイものに手を出したがるものだから、

いつでも大人の目の届く状態にしておかないと。これはガチ。じゃあね」

 

「二度と来ないで!」

 

あたしはピーネにベッドを返すと、今度はパルフェムを構い倒そうとした。

でも、元総理の落ち着きで彼女が先手を取る。

 

「里沙子お姉さま~ピーネさんの相手が済んだなら、

今度はパルフェムと一緒にお休みになりませんか?」

 

手のかかる子が嫌いなわけじゃないけど、理解のある子はもっと好きよ。

お言葉に甘えてパルフェムと一緒に布団に入る。

 

「ありがとー!わぁ、このベッドも気持ちいいわ。パルフェムの体温でホカホカ」

 

「うふふ、そうでしょう?サイドボードの中も見てくださってよろしくてよ」

 

「うん、それも興味あるんだけどさ……」

 

「どうしましたの?何か心配事があるなら、パルフェムに相談してくださいまし」

 

「わかった。実はさ、前回の点呼の時、パルフェムだけ一人称間違えちゃったの。

あなたは一人称名前よね。ピーネと同じ“私”にしちゃった。許してソーリー」

 

「……それは、今から修正することは許されないんですか?」

 

「本当にごめん。

それも考えたんだけど、あれは自分の罪の証として背負って行きたいっていうか、

なかったことにしちゃうと、このやり取りがゴッソリ消えちゃうでしょう?

それは字数的に痛いっていうか、別の会話を考えるのが辛いって奴が言ってる」

 

「出てってくださいまし!!」

 

「あうっ!」

 

パルフェムにもベッドから追い出されてしまった。キックで。無残に床に転がるあたし。

2人に拒絶され、冷たい視線を背に受けつつ、

ワクワクちびっこランドから出ようとすると、

目の前に赤ロン毛のネーちゃんが仁王立ち。

 

「あ、ルーベルどうしたの?」

 

「……里沙子。お前、みんなの部屋を荒らし回ってるらしいな」

 

「荒らしてなんかいないわ。ただ、普段は変人やら変な事件に掛かりきりで、

なかなか交流の場を持てない住人と触れ合いたかっただけなの。暇を潰しながら」

 

「そーか、そーか。なら、私の部屋にも来いよ」

 

「え、いいの!?」

 

「プレゼントもある」

 

「本当!?やったー!エール6瓶詰め合わせかしら」

 

階段を上りながら思わぬ幸運をありがたがっていると、

一番ダイニングに近いルーベルの部屋にすぐ到着。

彼女がドアを開けて中に招き入れてくれた。

 

「確か前にも一度来たことがあるのは覚えてる」

 

「ああ」

 

「わあ、やっぱり変な道具がたくさん!」

 

「こっちの道具も見てくれ」

 

「それはマリーの店で買ったボクシンググローブね。片っぽしかない」

 

「そう。パンチの衝撃を吸収して、

悪い奴だけど殺すのは可愛そう程度の敵をやっつける道具だ。……こんな風にな!!」

 

「えっ?」

 

と、声を出した瞬間、そのグローブが目の前に急接近し、あたしの頭に火花が散った。

 

 

 

 

 

あのね。いくらもうすぐアラサー女だからって、顔面殴ることはないと思うの。

眼鏡が無事だったのが不幸中の幸いよ。

 

「いくらなんでも酷すぎるわ」

 

ティッシュを鼻に詰めながら、ダイニングに集まった全員にぶーたれる。

鼻血出したのなんて何年ぶりかしら。

 

「酷いのはお前だろうが。なんだか外がうるせえと思ってたら、

ジョゼットを始めとした2階のみんなから、なぜか私に苦情が来たから対処したまでだ」

 

「ジョゼットォ!!」

 

「ひっ!ごめんなさいごめんなさい」

 

「うるさいぞ里沙子!」

 

「う……」

 

裏切り者を叱りつけるとルーベルがテーブルを殴る。

さっきからドメスティックバイオレンスが激しいわ。

 

「一体何のつもりだ。みんなに迷惑掛けまくってお前らしくもねえ」

 

「……あんまり暇だから遊んで欲しかったのよ。今日雨だし」

 

「やり方ってもんを考えろ。勝手に鍵開けて勝手に部屋荒らして」

 

「わかったわよ。今後は改めるから、お部屋に戻って反省してくる」

 

「座れ、逃げんな」

 

口答えをすると今度こそ眼鏡が割れそうだから大人しく席に戻った。

 

「みんなは今日の里沙子についてどう思った?」

 

「正直、鬱陶しかった……」

 

「う、鬱陶しい……?ねぇカシオピイア。ほら、よく見て。あなたのお姉ちゃんよ」

 

「関係ない」

 

自分を指さしたまま硬直するあたしを放って、ルーベルは次の人に意見を求める。

 

「エレオノーラは?」

 

「わたし自身が被害を受けたわけではないのですが、

午後にマリア様へ捧げるお祈りが駄目になってしまいました」

 

「子供2人。そっちは特に騒がしかったな」

 

「ルーベル、里沙子をもっと痛めつけてよ!

私のベッドを占領して、勝手に持ち物検査まで始めたの!」

 

「パルフェムは……ただ面倒だからという理由で一人称の訂正を拒否されましたわ」

 

「本当にけしからん奴だな、里沙子!ピーネの言う通り、お前には罰が必要だ」

 

少しじゃれついただけのあたしに罰ですって?とんでもない結論にすかさず反論する。

 

「ちょっと待ってよ!あたしは本当にみんなと交流を深めようとしただけで……!」

 

「さんざん暇つぶしとか言っといて今更遅いんだよ。

そうだな……処罰の内容は第三者の私が決めたほうが公平だと思うんだが、

みんなはどう思う?」

 

「それで、いい」

 

「わたしは異論ありません。ルーベルさん、お願いします」

 

「とびきりキツいのにしてよね!」

 

「……今度ばかりは、パルフェムも擁護できませんわ。判決を」

 

「だから待ってって。あら、そろそろ3時じゃないかしら。

わかったわ!きっとみんな虫の居所が悪いだけなのよ。

お茶を飲みながらお菓子を食べれば気分も落ち着くわ。だから」

 

「判決。斑目里沙子を全員から往復ビンタの刑に……処すつもりだったが、仕方ねえ。

人嫌いの里沙子が自分から人と関わろうとしたことはある種の成長とみなし、

1週間アルコール抜きの生活に減刑する。エールはもちろんウィスキーもだ」

 

「ウィスキーまで!?ちゃんとハイボールにして飲むからそれは勘弁してよ!」

 

「何の譲歩にもなってねえよ!あんまり食い下がると半年に延びるぞ!」

 

「嘘、嘘、冗談よ。お上品なハーブティーでハイソな一週間を過ごしましょうね」

 

「それでいんだよ」

 

やだもう最悪。ハーブティーなんてドロップのハッカ味より嫌いよ。

 

「この結論に異議のあるやつは?……いないな。

じゃあ、冷蔵庫のエールは後で私の部屋に保管しておく。

ウィスキーも後で回収に行くから用意しとけよ。……聞いてるのか、里沙子!」

 

「うい、むっしゅ……」

 

「じゃあ、一同解散」

 

「うぷぷ!ざまあ見なさい里沙子」

 

ピーネの悪口に反応する気力もなくしたあたしは、力なく私室へ戻っていった。

棚に目をやると、ボルカニック・マグマの瓶。こいつとも1週間お別れね。

 

スピー……スピー……

 

その時、部屋の隅から妙な音が聞こえてきたから目をやると、位牌の中から寝息が。

しまった、こんなことならエリカで遊べばよかった。灯台下暗し。今回の話の教訓ね。

雨はとっくに上がっていた。

 

 


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