面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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有人島編
食い物系のニュースがあると、必ずと言っていいほどア○ダイってスーパーが取材されるけど、なんで?


湿気でむせ返るようなジャングルをひたすら歩きながら、

あたしは人を求めてさまよい続ける。

ピースメーカーとデザートイーグルが無事だったのが不幸中の幸い。あと眼鏡。

いや、冗談じゃなくてこれがなくなってたら死亡率がぐーんと上がってただろうから。

あたしは今、名も知れぬ(多分)無人島にいる。

 

 

 

 

 

大体一週間くらい前のことだったかしら。

ジョゼットが買い物から帰るなり、奇声を発してわめき始めたから、

頭に治療薬を振り下ろして黙らせてから事情を聞いたの。

 

「里沙子さん痛いです~せっかくマリア様のお恵みがあったのに……」

 

「つまり気を狂わせて辛い現実を忘れさせること?

そりゃ心の隙間だらけのあんたには、この上ない施しだわね」

 

「なんてこと言うんですか!当たったんですよ!?」

 

「うん。あたしも拳が痛い」

 

「頭に当たったものじゃありません!見事1等当選です!」

 

「ごめ、話が見えない」

 

狂ったジョゼットを見物に、いつものごとく暇人共が集まってくる。

 

「んー?どうしたジョゼット。また里沙子に殴られたか?」

 

「それもありますけど、皆さん聞いてください!

わたくし、街の福引きで1等を当てちゃいました!」

 

「おめでとうございます。なにが当たったのですか?」

 

「聞いてくださいエレオノーラ様!

それも“ガレオン級戦艦で行く、3泊4日南国クルージングツアーペア招待券”ですよ!

こんな幸運、人生で初めてです~」

 

ジョゼットはチケットと思しき紙片が収まった封筒を胸に抱えてくるくる回る。

普段なら鬱陶しいとさっきの方法で大人しくさせるけど、

たまに良いことがあった日くらい好きにさせておきましょう。

 

「よかったですわね。

それで、ペアと言うからにはジョゼットさんと誰かが出かけることになりますが、

どなたと出発なさるおつもりですか?」

 

「あ…そうでした。ごめんなさい、パルフェムちゃん。

招待券の規約に15歳以下の方の参加はご遠慮いただきますって書いてるんです……」

 

「やけに限定的だな。15つったら、もう自分のことは自分でできる歳だろ?」

 

「多分、乗る船が戦艦だから、安全確保のため」

 

「キー!じゃあ、13の私は自動的に除外!?ふざけんじゃないわよ!」

 

「誰もあんたと行くなんて言ってないんだから、怒ってもしょうがないでしょう。

まぁ、出発までに同行する人を決めて、たまには羽伸ばして来なさいな」

 

「でも~ご飯や家事はどうしましょう」

 

「飯くらい適当に作るなり、酒場で食うなりして4日くらいやり過ごすわよ。

掃除だって、自分の部屋も片付けられない甘ちゃんを家に置いた覚えはないわ」

 

「堂々と嘘ついてんじゃねえよ。お前の部屋の汚さは天下一品だ」

 

「困りました……ルーベルさん、一緒に行ってくれますか?」

 

「悪いが腐ってもこの家の用心棒だ。長く空けるわけにはいかないんだ」

 

「じゃあ、カシオピイアさん?」

 

彼女は少し寂しそうに首を振る。

 

「街の、警らがあるから」

 

「そうですか……あの、エレオノーラ様」

 

「すみません。わたしも2日に一度は用事があるので、宿泊旅行は無理なんです。

聖緑の大森林のエルフ達との会合や、

大聖堂教会のお祖父様に学習内容の報告に行ったり」

 

とうとう誰もいなくなったジョゼットが、

椅子に腰掛けコーヒーをすするあたしに近寄ってきた。

 

「あの、里沙子さん?」

 

「パス」

 

「即答!?」

 

「消去法丸出しで選ばれてムカついたこともあるけど、

旅行はめんどくせー事ランキング第2位なの。

これにバーベキューや団体行動が加わると、運動会と1位タイになる。

ともかく、あたしは見ず知らずの連中とわざわざ遠出するつもりはないから。

悪いけれどそんな想い(略:久しぶりね」

 

「そんなぁ」

 

「ねぇ。あたしはその手のペア旅行に当たったことないから知らないんだけど、

それって1人じゃ参加できないの?」

 

「そうは書いてませんけど……」

 

「行ってやれよ、普段から迷惑かけてるんだから。罪滅ぼしだと思ってさ」

 

やっぱり水を飲みながら横槍を入れてくるルーベル。

今度、水の飲み過ぎで死んだやつがいるって話を聞かせてあげましょう。

 

「あたしがいつ迷惑かけたってのよ!」

 

「酔っ払って大声出したり、なくした眼鏡を一緒に探させたり、その他諸々。

ああ、いつか玩具のピストルでゴタゴタして怒らせたこともあったな」

 

「うっ……」

 

「拙者の出番の臭いがしたので下りてきたのじゃ!」

 

今回(も)ガチで活躍の機会がないエリカが2階から浮遊してきた。

 

「家から出られないあんたの出番はないの。

おりんなら後で鳴らしてあげるから引っ込んでなさい。はぁ」

 

「再開後も相変わらず拙者がないがしろにされている状況は変わっておらぬが、

これも運命と大人しくおりんを待つでござる……」

 

すごすごと自分の住処に引っ込んでいくエリカ。話を元に戻す。

 

「わかったわよ、行きゃいいんでしょ。出発前から気が重いわ」

 

「やったー!一人寂しく海外旅行に行かなくて済みました!」

 

「よかったな、ジョゼット」

 

「ちっとも良くない。面倒くさい荷造りが待ってる。本当やる気出ないわ」

 

それから、あたしはえっちらおっちら出発の準備を進めて、

とうとう指定の日にホワイトデゼールの港に集合したの。

金時計は置いてきた。潮風で痛むかもしれない。

 

「わー!大きな船!わたくし、船に乗るのは初めてなんです。

しかもこんな大きいものは見たことありません!」

 

「まー、あたしは2度目だけど確かにデカいわね。そろそろ乗りましょう」

 

艦首に連装砲二基、甲板に対空機銃、舷側にカロネード砲多数を搭載した、

大型戦艦に乗り込むあたし達。

でも、この後厄介な事態に巻き込まれるとは予想もしていなかった。

この企画でまともにストーリーが進むことなんて、あるわけないってわかってたのにね。

 

 

 

 

 

轟く稲光。吹き荒れる嵐。パニックに陥る乗客。悲鳴を上げるジョゼット。警鐘が響く。

あたしは危機感を覚えるよりこの状況に対して心底うんざりしていた。

 

“お客様!落ち着いて行動してください!”

“救命ボートは全員分ございます!”

“1列に並んでお待ち下さい!”

 

うん、わかった。あとお願い。

ハムスターみたいに救命ボートに殺到する他の連中に飛び込むのが嫌だったから、

雨に打たれながら甲板の中央で人が空くのを待っていた。

 

「里沙子さん!ボーッとしてないで、わたくし達も逃げないと!

船が白銀大クジラと衝突して、底に穴が開いたせいで、これ以上保たないんです!

早く救命ボートに乗りましょう!」

 

「あれ見なさいよ。今行って乗れると思う?」

 

あたしはボートの昇降口を指さした。

一刻も早く脱出したい連中が、狭い空間でボートの取り合いに必死。

あれに巻き込まれたら最悪海に落下する。

 

「急いだって乗れやしないんだから、浮き輪でも持って待機するのが最善の対処法」

 

メインマストに背を預けて海を眺める。

こんなに荒れた海を見るのは、ジャックポット・エレジーと戦った時以来ね。

 

「どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!

ああ、マリア様!どうか哀れな子羊に救いを……」

 

その時、ドスンという大きな音がして、甲板を横切るように大きな亀裂が走った。

あらら、まずいわ。状況が思ったより酷い。

このままじゃ、艦が真っ二つになるのも時間の問題ね。

 

「ジョゼット、あんたはボートに乗りなさい。

他のやつ蹴飛ばしてでも強引に乗り込むのよ」

 

「里沙子さんは!?」

 

「もうちょい粘る。浮き輪探してくるわ」

 

「無理ですって!浮き輪があってもこの嵐じゃ!」

 

「限界まで混雑を回避する道を模索したいの。ほら、さっさと行く!」

 

あたしはジョゼットを昇降口に向かって突き飛ばすと、

一旦艦内に戻って救命胴衣や浮き輪の類を探し始めた。

でも、人間考えることは同じみたいで、

それらがあったであろう倉庫やフックには何も残ってなかった。

そこでまた艦が激しく振動。壁にへばりついてどうにか体勢を保つ。

 

で、気がついたら足元に浅い水たまり。

諦めてあたしもボート争奪戦に参加するしかないのかしら。

踵を返して甲板に戻ると、昇降口が崩壊して、

もう救命艇に乗ることはできなくなっていた。

 

う~ん、あたしにバイオリンと演奏の心得があれば、

“主よ御許に近づかん”でも弾いてやるんだけど。ジョゼットは逃げられたのかしら。

あの娘もツイてるのかツイてないのかわからないわね。

そもそもうちの教会に来たことはあの娘にとって……

 

呑気に考え事をしていると、巨大な戦艦が崩れ去る激しい音と共に身体が宙に浮き、

次の瞬間全身を冷気が包んだ。息ができない。要するに海に落ちた。

暴れ狂う海水にもみくちゃにされながら、あたしは身体が海面に浮くのを待った。

というより元々泳げない。今回の教訓、本当に危ない時は面倒がらずに急ぎましょう。

 

大型船が沈み、海水が引き寄せられ、まったく身体は浮かぶ様子はない。

これで約1年続いたうんざり生活も終わりなのね。奴もまた寝たきり生活に戻る。

破滅の運命を受け入れるのもひとつの選択肢かしら。

最後までどうでも良いことを考えながら、あたしは暗い意識の底に沈んでいった──

 

 

 

 

 

ぼやけた意識と視界が徐々にはっきりとしてくる。顔には砂の粒の感触。

両手をついて立ち上がると、

そこは見たこともない木々や植物の生い茂る島の海岸だった。

 

「……ここ、どこ?」

 

とりあえず身体をさすってみて、怪我がないか確かめる。

少し擦り傷はあるけど、骨折なんかはない。頑丈に身体に巻いたガンベルトや銃も無事。

一応連載終了は免れたみたい。

今度は状況確認のためにゆっくりと景色を一周見回してみる。

 

嵐はすっかり収まって、気持ちのいい青空だけど、

広がる海には船の一隻も見当たらない。

救助を待つより、この島に人がいないか確かめたほうが良さそう。

見たところかなり広い。遠くに岩肌の見える山もある。

 

あたしはピースメーカーを抜くと、空に向けて一発撃ってみた。

鬱蒼としたジャングルに銃声が響く。

だけど、しばらく待機したものの、誰かが様子を見に来ることもない。

 

「自分でどうにかするしか、なさそうね」

 

覚悟を決めて、銃をホルスターにしまい、獣道に足を踏み入れた。

突然襲われた時に備えて銃は握ったままにしようかとも思ったけど、

まともな住人に出くわした時にトラブルになりかねない。

いざとなったらクロノスハックもあるから、急ぐ必要もないし。

 

それにしても植物独特の臭いがあたしを苦しめる。

湿気と合わさって軽く吐き気を覚えるほど。あたしの大嫌いなフィールドワーク。

足元にはラフレシアや明らかに食べられないキノコが生えている。

どれくらい歩いたかしら。

あと15分歩いて何も見つからなかったら頭をぶち抜いておさらばしたい。

それくらい追い詰められてたのよ。

 

でも、捨てる神あれば拾う神ありで、いきなり前方に開けた場所が見えて、

明らかに人工的な建造物が円を描くように配置されている、

田舎の商店街のようなものが見えた。救われた気持ちになって急に足取りが軽くなる。

 

だけどジャングルを抜けて集落に入った瞬間、喜びは落胆に変わる。

いわゆるシャッター商店街ってやつよ。郵便局、銀行、金物屋、食堂。

色の落ちた看板でかろうじてそれとわかる。

かつては人で賑わってたんでしょうけど、今はただの廃墟ね。

肩を落として立ち去ろうとすると、背後に人の気配を感じて振り返った。

 

そこには立ち飲み屋だった店のカウンターに商品を並べて、

明らかに商売をしている女性がいた。思わず駆け寄って話しかける。

 

「あなたこの島の人!?嵐で海に放り出されてここに流れ着いたの!港か何かない?」

 

「どうか落ち着いてください。私はエレナ。大変な目に遭われたのですね。

残念ですが、この島に船はありません。

どう言えばいいのか……ここは、特別なところですから。

衣食住は全て島内でまかなっています」

 

がっくし。エレナという女性の言葉に落胆し、思わず膝に手をついて前かがみになる。

そんなあたしの状況を見て、彼女が声を掛けてきた。

 

「そうですね。あいにく船はありませんが、

この島のどこかに、空飛ぶ鉄の鳥が眠っているという言い伝えがあります」

 

「空を飛ぶ鉄の鳥?それってもしかして飛行機!?」

 

「飛行機というものがどのようなものかは知りませんが、

この島から外の世界へ出るには、それが一番いい方法だと思います」

 

一筋の光が見えて若干前向きな気持ちになれた。

改めて見てみると、エレナという女性はどこか不思議な雰囲気をまとっている。

 

「情報ありがとう。あたしは里沙子。……ところでここに並んでるのは売り物かしら」

 

「はい。どうぞご覧になってください」

 

カウンターに並ぶ商品はジャンルがぐちゃぐちゃだった。

武器防具から、使いみちのわからない道具、本、水、食料、古びたショットガン、弾薬。

あたしはまずは水と食料を確保しようとした。

 

「そのペットボトルの水とバナナをいただけるかしら。……ん、ペットボトル?」

 

「お水とバナナ。合わせて5Gです」

 

「なんでこの世界にペットボトル?たまたまアースから流れてきたのかしら。

まぁ、とにかくそれを……やだ、財布がない!」

 

海を漂ってるうちに落としたらしい。完全な無一文。

 

「どうしようかしら。お金がないわ」

 

すると、エレナはニコリと笑って、集落の隅を指差す。その先には掲示板らしきもの。

 

「手持ちがなければ、“まともな”住人からの依頼をこなしてはどうでしょう。

賞金稼ぎや植物採取が主です」

 

「ここにも賞金首がいるのね。やるわ。飛行機捜索の前に餓死したら意味ないもの」

 

「それは結構ですね。

ところで、物は相談なのですが、まずは私の依頼を受けてはいただけませんか?」

 

「どんな内容?」

 

「最近ジャングルに化物が住み着いたのですが、それを始末して欲しいのです。

必要なものはここに」

 

エレナは島の地図と中華包丁を差し出した。

地図にはこの集落を中心として、島の全体像が描かれている。

 

「これ、もらっていいの?」

 

「はい。依頼さえこなしていただければ。

この島は広いので、地図がなければ何かと不便でしょう。

それより……賞金首は非常に凶暴ですので、どうか気をつけて」

 

「ありがとう!銃も弾に限りがあるから、近接武器は助かるわ」

 

「それでは、この集落の北東に少し進んだ湿地帯に、全身が苔で覆われた巨人がいます。

そいつの首を持って来てください。成功すれば50Gお支払いします」

 

「わかった。これでも実戦経験は少なくないの。待ってて」

 

「……必ず、帰ってくるのですよ」

 

どこか寂しげな声に送られて、

あたしは地図を頼りにターゲットのいる湿地帯に出発した。

 

 

 

 

 

暑い。ジャングルに舞い戻ったあたしはまた湿気と暑さに苦しめられていた。

早く賞金首を殺して水を買わないと行き倒れになる。

最悪そこらの石や植物を伝ってる雫を飲んでもいいけど、

どんなウィルスがいるかわからないし。

 

地図を確認すると、そろそろ目的の湿地帯に着く頃。

木々の先に視線を送ると、浅い水たまりがあちこちにある沼っぽいところが見えた。

やっと着いた。あそこね。

ジャングルを抜けると、湿地帯の中央に苔に包まれた大きな泥の塊が見えた。

奴が例の賞金首に違いない。

 

中華包丁を構えると、時々沼に足を取られながら苔の巨人に近づく。

名もなき賞金首も足音でこちらに気づいたようで、

乱暴な呼吸音と共にこちらに振り返った。そして立ち上がりその姿を顕にする。

確かに苔が集まって二本足の人間型の巨人を形作っている。体長は3mくらい。

 

あたしを見たそいつは、一度全身を空に向けて木々を揺るがすような大声で吠えると、

こちらに向かって大きな身体をゆらしながら駆け寄ってきた。

すぐさま様子見にピースメーカーを抜いて一発。

腹に命中はしたけど、柔らかい苔の身体を貫通して大したダメージを与えられなかった。

 

なるほど、エレナが中華包丁をくれたのも納得。

下手に貫通力の高い銃より、刃物で肉体を切り落としたほうが効果的ね。

考えるうちに苔男がラリアットを繰り出してきたから、瞬時に伏せて攻撃を回避。

後はクロノスハックで時間を止めて……!?発動しない!

確かに魔力を練り上げて体内に循環させたのに、クロノスハックが使えない。

 

理由を考える間もなく、苔男が向こうを向いたまま後ろのあたしに蹴りを放つ。

油断していたから回避が間に合わず、どうにかガードするのが精一杯だった。

それでも凄い重さで腕が折れるかと思った。

 

「痛った!やったわね、腐ったガチャピンの分際で!」

 

蹴られたまま黙ってるあたしじゃない。中華包丁を振り回し、

あたしを蹴った足に一太刀浴びせ、苔でできた足の肉を削ぎ落とした。

 

『はごおおおおお!!』

 

苔男が痛めた右足をかばい、その場にうずくまる。

その機を逃さず、奴に飛びつき、背中に二度三度と中華包丁を叩きつける。

ただ、攻撃が命中する度に悲鳴を上げるけど、

柔らかい苔の身体に今ひとつダメージが通っているように感じられない。

 

今度は奴が右腕をぶん回してきた。

今度も身長差のおかげで、軽くかがんだだけで回避に成功。

隙なく中華包丁を振り上げて、右腕にめり込ませる。

だいぶ深く刺さったけど、やっぱり痛がるだけで致命傷には至らない。

どうしたもんかしらね。

 

いちいち足を取られる沼地と怪物との戦闘で息が上がってきた。

そろそろ決着をつけないとまずそう。一か八か、あたしは賭けに出た。

パワータイプで動きが緩慢な苔男の後ろを取り、背中の苔を掴んで張り付く。

危険を察知した敵も、身体を激しく揺さぶってあたしを振り落とそうとする。

 

抵抗するということは。あたしは落っこちないように、3mの巨体をよじ登る。

そして、首の辺りにたどり着くと……

 

「はあっ!!」

 

奴の頭部に思い切り中華包丁を叩きつけた。

パックリ頭が二つに割れた苔男は、ビクンと痙攣すると、そのまま前のめりに倒れた。

バシャンと泥が大きく跳ねて、服に降りかかる。最悪。

しかも、頭を割られても苔男はゆっくり腕だけで前進しようとする。

 

「しつこいわね!」

 

とは言え、もうまともに反撃もできないから、安全にとどめを刺せる。

今度は首ごと切り落とす。

柔らかな苔の首に中華包丁を真上に当てて、下に思い切り力を込める。

途中、何か小さな物が引っかかった気がしたけど、あっさり折れて、

首は綺麗に切断できた。

すると、脳を潰されても尚もがいていた苔男は、今度こそ絶命した。

 

「ふぅ、手こずらせてくれたわね。エレナのところに戻らなきゃ」

 

あたしは化物をぬっ殺した証明に、苔男の頭部を拾った。

でも、そこで奇妙なことに気づく。

単に苔がマナかなにかでモンスター化したと勝手に思ってたけど、

切り口を観察すると、頭蓋骨や首の骨のようなものが見える。

 

もっとも、頭蓋骨は厚さ2mm程度で、頚椎も直径1cm程だったけど。

なんとなくその頭部を持っているのが嫌になってきた。早く戻ろう。

急いで商店街を目指して早足でジャングルに入る。

 

だけど様子は一変していた。植物以外何もなかったジャングルのあちこちに、

苔男が徘徊してる。大きさは20代の成人男性程度だけど、

関わってもろくなことにならないのは明らか。幽霊村の体験を思い出す。

あたしは見つからないように、密林を進み商店街に戻った。

立ち飲み屋に駆け込むと、エレナに苔男の頭を突きつけて、問いただす。

 

「ねえ!こいつって何なの?頭の作りが人間そっくりなんだけど!」

 

「依頼を達成されたのですね。おめでとうございます。約束の報酬50Gをどうぞ」

 

「ありがと!……じゃなくて、質問に答えて!こいつは、一体、なに!?」

 

エレナは少し躊躇い、目を伏せて答えた。

 

「恐らくあなたが考えている通り、これも元は人間でした。

苔に寄生されてこのような姿に」

 

「苔が?そんな物騒な話聞いたことない」

 

「はい。この島にのみ自生する危険なものですから」

 

「もしかしたら、あたしもこうなるかも知れないってこと?」

 

「わかりません。苔がどこから来て、どこに生えているのか、私にも見当がつきません」

 

あたしはボリボリと頭を掻いて、ため息をつく。素敵な海外旅行をありがとう。

 

「じゃあ、あたしが生き残るには、

苔に関わらないようにしながら、飛行機を探さなきゃいけないってわけ?」

 

「そうなりますね。今日のところは食事を取ってお休みになられては」

 

「……そうね。とりあえず水とバナナを、あら?」

 

カウンターに並ぶ雑多な商品のラインナップが増えていることに気づく。

一際目を引くのは、赤いボトル型燃料タンクが付いた大型銃器。つまり火炎放射器。

 

「興味がおありですか?」

 

「うん、凄く。でも、お高いんでしょう?」

 

「300Gです。これなら苔男(モスマン)も楽に焼き殺せます。

掲示板の依頼をこなして行けば、手の届かない額ではないと思いますよ」

 

「はぁ、長期滞在確定ね。認めたくなかったけど。

なるほど、モスマンね。ちゃんと名前があったとは驚き。

ところでこの辺に泊まるところはあるのかしら」

 

「シャッターが下りている店舗を自由に使っていただいて構いません。

鍵は掛かっていませんし、水道も通っていますから」

 

「そりゃありがたいけど……

文明が進んでるのかいないのかよくわからないところね、この島は」

 

「ここは、現在・過去・未来が歪に融合している世界なのです。

モスマンも住人も私も、いつかの時代に生きていた」

 

いきなりエレナが訳のわからないことを言い出した。

見えてないだけで彼女も脳内に苔が生えているのかもしれない。

 

「何かの冗談?」

 

「いいえ。この朽ちた廃墟や怪物、水道や銃と言った文明品。

そして島の大半を覆う植物が同居している状況がなによりの証拠だとは思いませんか?」

 

「そりゃそうだけど……」

 

カウンターのペットボトルを手に取ってみる。

これはアースから流れてきたんじゃなくて、

遠い未来にミドルファンタジアで生産が始まったものなのかもしれない。

ラベルが剥がれてて詳しくはわからないけど。

 

「ここであなたを否定してもどうにもならないしね。

今日のところは郵便局で休むことにするわ。なんか安定してる感じがするし。

あ、バナナちょうだい。お腹ペコペコ」

 

「3Gです。モスマンは建物の中には入ってこないので安心してください。

バナナをどうぞ」

 

あたしは代金を支払って、仮の宿に向かう。

 

「じゃあね。色々ありがとう。まだ夕方だけど疲れたから寝るわ」

 

「ごきげんよう」

 

エレナの言う通り、郵便局のシャッターは簡単に開いた。ドアも施錠されていない。

窓口には送り状の束や、インクの瓶やペン、朱肉がまだ使用可能な状態で置かれている。

奥に行くと宿直室があり、シャワールームまで完備されていた。

 

「ラッキーなのか不幸なのかわからないわね」

 

とにかくシャワーで汗と塩水を流すと、居間でバナナを食べ、

その日はさっさと寝てしまった。

 

 

 

 

 

夜が明けて怪しい島生活2日目。

あたしは商店街の掲示板の前で張り紙を熟読していた。

結構な数の依頼が張り出されていて、

エレナ以外にも生存者というか住人がいることがわかる。

 

「おはようございます。依頼を受けられる場合は張り紙をこちらへ」

 

エレナがカウンターから声を掛けてきた。

 

「おはよー。ふむふむ、“薬を届けてほしい:報酬20G”か……

これならモスマンと関わらなくて済みそう」

 

あたしは張り紙を剥がすと、エレナのところに持っていった。

 

「この依頼を受けたいんだけど、仲介プリーズ」

 

「ありがとうございます。これは、北西の村の住人からですね。

この薬を代表に届けてください。

ここから少々遠いので、店の裏手にある乗り物を使っていただいて構いません」

 

「乗り物?」

 

「はい。いつの時代に造られたものかはわかりませんが。これが薬です」

 

エレナが厚紙でできた大きめの箱を渡してきた。

 

「任せて。運び屋なら楽勝よ」

 

「あ、その前に地図を。村の場所はここです」

 

「あらやだ、あたしったら。飲んでもないのに行き先の確認忘れるなんて。

もうアルコールに脳が蝕まれてるのかしらね。アハハ」

 

ゲラゲラ笑うあたしをよそに、

彼女が地図に赤いボールペンで目的地に丸を付けてくれた。

 

「それじゃ行ってきまーす」

 

「お気をつけて……」

 

エレナと別れると、さっそく乗り物とやらを拝見しに立ち飲み屋の裏に回る。

そこで見たのは。

 

「ん~?なんかの弾みで地球に戻ってきたんじゃないでしょうね」

 

真っ白なキャノピーが停まっていた。ピザ屋でお馴染みの屋根付きの原付。

後部のボックスに薬を入れると、運転席に乗り込み、刺さったままのキーを回す。

エンジンが掛かると車体がブルルンと一揺れした。

 

アクセルを回すと、問題なくキャノピーが発進。

あんまり便利すぎると帰る気力がなくなりそう。

冷蔵庫で冷えてるエールを思い出しながら、あたしは商店街を出発した。

 

比較的木が少なくて、乾いた道を走ること10分。

2体のモスマンが突っ立って道を塞いでいる。

 

『ブホオオオ……』

『ヒュゴー!』

 

今回は討伐依頼じゃないから、まともに相手をする必要はない。

左手でピースメーカーを構え、頭部を狙って二発。

頭を貫通すると、モスマンがその場に倒れて這い回る。

 

「ちょっと失礼~」

 

キャノピーで無力化した敵に体当りし、先を急ぐ。ドスンドスンと重い衝撃が伝わる。

 

「ノーヘルにひき逃げ。お巡りがいたら免許取り消しね」

 

免許取り消しってブタ箱行きの次に重い刑罰だと思うの。

30万も払って教習所に通って、卒業検定をパスして、

今度は遠くの運転免許試験場に、イジワル問題だらけの試験を受けに行く。

ここまでしてようやく手に入れた免許がパーになるんだから。

ペーパーのあたしには関係ないけど、みんなは安全運転を心がけてね。

 

脳内で独り言を漏らしつつキャノピーを走らせていると、

やがて木の杭で壁を作った村らしきものが見えてきた。

門が開いていたから、遠慮なく村に入って車を停める。

すると、一人の青年がこっちに走ってきた。周りを見回すと、他にも結構人がいる。

 

「やあ、エレナの使いかな?」

 

「そう。依頼を見て薬を届けに来たの」

 

あたしはキャノピーから降り、ボックスにしまっていた薬を取り出した。

 

「代表に届けなきゃ。どこにいるの?」

 

「俺が渡しておくよ。これ、約束の報酬な」

 

そう言って薬箱を受け取った青年は20Gを手渡した。

これで所持金67G。火炎放射器までは遠い。

 

「これで“進行”が止められる。助かったよ」

 

「お役に立ててなにより。それより進行って?」

 

「君、この島は初めてかい?エレナから何も聞いてないのかな」

 

「全然何にも全く知らない」

 

「これは苔に寄生された者に投与する薬なんだ。

進行は一時的に止められるけど、完治させることはできない。

こうして薬でモスマンになることを防ぐので精一杯なんだよ」

 

「それじゃあ何?あたしも苔に寄生されるかもしれないってわけ?」

 

「されてると思ったほうがいいよ。苔はそこら中に生えてるからね。

薬はエレナから買える。

皮膚に苔が露出したら手遅れだから、2日に1度は薬を射たなきゃだめだ」

 

「ごめん帰る」

 

あたしはキャノピーに飛び乗って、アクセル全開で復路を引き返した。

商店街で急ブレーキし、車から降りると立ち飲み屋に駆け込み、

前置きなしでエレナにまくし立てる。

 

「苔って何!なんで伝染るの!?薬が要るとか聞いてないんだけど!」

 

「ああ、落ち着いて。ごめんなさい、大事なことを言い忘れてました。

苔には感染力があって、定期的にワクチンを射たないと

最終的にモスマンに変化してしまうのです」

 

「言い忘れるんじゃないわよ、んな重要なこと!それで、あたしは感染してるの?」

 

「潜伏期間が長いのでまだ何とも。モスマンと戦ったあなたはもしかしたら……」

 

「と・に・か・く!ワクチンよこしなさい!」

 

「ひとつ5Gです」

 

「金取る気!?わかってたらモスマン殺しなんか引き受けなかったわよ!

責任取ってタダで提供なさい!」

 

「すみません。私も薬の入手にはそれなりの出費があるので……」

 

「よこせと言ってる」

 

あたしはエレナにデザートイーグルを向ける。こっちの方が威圧感あるから。

 

「……残念ですが、現在(いま)の私を殺しても、

過去か未来から別の私が来るので無意味かと」

 

「ふん、そりゃよろしゅうございましたね!」

 

「本当にごめんなさい。始めのひとつは無料でお譲りしますから」

 

エレナが透明な液体の入った四角錐型の容器を渡してきた。なんだか未来的なデザイン。

彼女を言うことを信じるなら、未来で造られた薬なのかもしれない。

 

「これはどうもご丁寧に!

ついでに薬の出処を吐いてくれると拷問する手間が省けて助かる」

 

「……未来です。900年後のミドルファンタジアに存在する製薬会社から、

頂いたお金で一括購入しています」

 

「へー。なんであんたは未来に行き来できる?」

 

「私も、あなたと同じだからですよ。かつて死のうと思った私は、崖から身を投げた。

しかし、目が覚めるとこの島の海岸に。私が不思議な体質になったのはそれが原因です。

ここで何年も世捨て人のような生き方をするうちに、ある変化に気が付きました。

歳を取らないのです。私の中で時が止まってしまったのです」

 

「クロノスハックが使えない事と関係ありそうね。続き」

 

「時が流れるにつれ、私の体質は肥大化していきます。

まず、夢の中でこの島の過去や未来の姿を見るようになりました。

続いて、夢の中を自由に動けるように。

最終的には好きな時代の夢を見て、干渉し、物品を持ち帰ることも可能になりました」

 

「それで薬を仕入れてるってわけね。恐れ入ったわ。

……ところで、あたしは擬似的に時間を止める能力があるんだけど、

なんかこの島じゃ使えないのよね。原因に心当たりない?」

 

「やはり時の概念がエラーを起こしているこの島の地質ですね。

時に働きかける術式がかき乱されているのだと思います」

 

あたしは大きく、大きく、ため息をついた。

 

「あんたのせいでとんだことになったわ。お詫びの印に火炎放射器よこしなさい」

 

「それはできません。

時を超えた品は、正規の手続きを経ないと、現在に実体化できない。

つまりお金を払って買っていただく必要があるのです」

 

「どうだか。怪しいもんだわ」

 

あたしは火炎放射器に手を伸ばし、持ち上げようとした。

でも、確かにそこにある火炎放射器に、手がすり抜ける。

 

「なにこれ」

 

「未来の銃砲店から仕入れました。正式名称パイロマニアGGG」

 

「そんなことどうでもいい。

結局、あたしは飛行機を見つけるまで、お使い仕事をこなしつつ、

あんたから薬を買い続けなきゃいけないってことでOK?」

 

「運び屋だけでなく、討伐依頼は比較的賞金が高めです」

 

「貴重な情報ありがとう。マヂでありがとう!!」

 

ここに来てから何度目かわからないため息をついた。

あたしは何かが狂ったこの島で、

飛行機を求めてあてもなく彷徨う羽目になってしまったらしい。

やっぱり旅行なんて来るんじゃなかった。疲れるだけじゃなく病気までもらうとは。

やだ、こうしちゃいられない。早くワクチンを射たなきゃ。

あたしは妙な形の注射器の先端を、左腕にぶっ刺した。

 

「いづっ!」

 

かなり痛かったけど使い方は間違ってなかったみたいで、

中の液体が体内に注入されていく。

 

「ふぅ、これで2日は安全ってわけね」

 

「もう少し優しく押し当てるように射つと痛みが抑えられますよ」

 

「役に立つのか立たないのかわかんないわね、あんた」

 

毒を吐きつつ、とりあえず命を繋いだことに安堵する。

こうして、いつか帰れる日を夢見て、時に見放された島でのサバイバルが始まった。

 

 


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