面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

83 / 143
気に入ったからって何でもかんでも話に盛り込むのはやめろって誰か言ってやってよ。

『うげええ……えああ……』

 

緑の身体をフラフラと揺らしながら、苔男(モスマン)がその場に立ち尽くし、行く手を塞ぐ。

別方向には複数体が固まっていて、一人じゃ不利。

あたしは緩い螺旋を描く枯木を上りつつ、敵に接近する。

 

一歩歩く度に足元の木がきしむけど、苔の化物は鈍感らしく、

よほど近づいたり大きな音を立てないと、こちらには気づかない。静かに深く息を吸う。

右手の中華包丁を握り込む。真下には通常体モスマン一体。覚悟を決めて──

 

「ふっ!!」

 

跳躍した。

緊張が限界まで張り詰め、世界がゆっくりと上に流れていくような錯覚を覚える。

着地寸前に中華包丁を前方に振り下ろす。同時に右手に何かが潰れる感触。

地面に降り立つと同時に時間の感覚が戻り、

目の前にはぬかるんだ地面を這う、頭の割れたモスマンだけ。

 

「……エア・アサシン成功。トチったら死ぬとこだったわ。ふぅ」

 

とどめに慣れた手付きで首を落とす。こんなもん慣れたくはなかったけど、

有人島生活も2週間になると化物のあしらい方もうまくなるってもんよ。

モスマンの頭部に目を落とす。かろうじて残った頭蓋骨には苔がたっぷり詰まってる。

 

「脳がないってことは、苔に意思があってこいつらを動かしてるってことかしら。

気持ち悪いわね」

 

考えてもわからないことにこだわってても時間の無駄ね。

あたしはようやく通行可能になった道を通って北方向へジャングルを抜ける。

そこは風通しの良い草原。あたしの胸くらいの高さの植物があちこちに生えている。

今日の目的はこれ。

大きな葉がたくさんついてるんだけど、これがいい傷薬になるのよね。

 

さっきモスマンに奇襲した時にどっかで擦りむいたみたいで、手に血が滲んでる。

早速葉っぱを一枚取って、何度も噛む。正直かなり苦くて不味い。

この前飲んだハーブティーが甘茶に思えるくらい。

十分噛んで柔らかくなったら、吐き出して傷口にこすりつける。

 

スーッとした清涼感と共に、拭いても拭いても垂れてきた血がピタリと止まった。

殺菌効果もあるから、病院がないこの島では重宝されてるの。

モスマンと戦ってまでここに来た理由は、これの採取が依頼だったからよ。

 

お仕事を始めましょう。中華包丁でススキくらいの高さに伸びた植物を刈り取っていく。

大体1mの紐で縛れる程度に集めると、

エレナに納品するため薬草を背負って商店街に足を向ける。

その時、甲高い声があたしを引き止めた。

 

「待て!誰に断って作物を採ってやがる!」

 

ただでさえデカイ荷物を持って歩くのも億劫なのに、変な奴に絡まれた。なによもう。

振り返ると、そこには人間型のカラスの化物。

全身が黒い体毛で覆われていて、背中に翼が生え、大きなクチバシで器用に喋ってる。

 

「作物?これあんたが育ててんの?」

 

「違ぁう!しかしこの島に自生する薬草・作物の類は全て我ら鳥人族に所有権がある!

その薬草が欲しいなら、代金を置いていってもらおう!」

 

「お断りよ。このエリアの植物は週一回このロープに収まる分だけなら、

誰でも採っていいって決まってるの。原住民の癖にそんなこともわからない?」

 

「黙れ!この島は全て鳥人族の縄張りだ!人間が勝手に決めたルールなど知らん!」

 

「この島があんたらの物だってことは誰が決めたのかしら。

あたしは忙しいの。早く納品しないと萎れちゃう。さよなら」

 

今度こそ商店街に戻るため、また踵を返す。

短気な鳥人が鋭い爪を振りかざして、あたしに飛びかかってきた。

もう振り返るのも面倒だから、その気配が接近するのを感じ取ると、

前を向いたままピースメーカーを抜き、銃口を背後に向ける。

 

「……その爪で、ちょっとだけあたしを斬ってごらんなさい。

.45LC弾がその頭をぶち抜くのが先か、あたしの首が飛ぶのが先か、試してみましょう」

 

後ろの存在がピタリと動きを止めた。

 

「げえっ!銃、銃だああああ!!」

 

「そう、銃よ。それで、どうするの?」

 

「ううっ!……畜生、覚えてやがれ!お前の顔は覚えたからな!」

 

カラス男が飛び去っていく。

限りなくどうでもいい生物を追い払うと、ようやくあたしは帰路に着くことができた。

 

 

 

 

 

商店街に戻り、立ち飲み屋のカウンターに薬草を置くと、エレナが報酬をくれた。

 

「ご苦労さまです。こちらは報酬の20G」

 

「ん、ありがと。ところでさ……」

 

あたしはすっかり革が破けた丸椅子に座り込んで、

さっき会った鳥人とかいう奴について聞いてみた。

 

「……そんで、銃を見せたら異様なくらいビビって逃げたんだけど、

あのカラス男もここの住人なの?」

 

「とうとう鳥人に会ってしまったんですね。彼らはこの島の支配者を名乗る種族。

村人から金品を巻き上げ、時には追い剥ぎや誘拐なども行う、島の鼻つまみ者です」

 

「そんなこと初めて聞いた。あんたって重要なこと何にも言わないわよね。

あ、今日は2日目だった。ワクチン1丁」

 

「すみません。この島に外部から人が来ることはめったにないので、

つい私達の常識で接してしまうのです。ワクチンをどうぞ」

 

5G払ってワクチンを買うと、袖をまくって注射した。全く嫌になる。

もういくつも注射の痕が。人に見せたら変なクスリやってるのかと勘違いされるわ。

 

「これからは苔男だけじゃなくて、鳥人間とまで戦うのね。面倒極まりない」

 

「鳥人は銃を見せるだけで逃げていきますよ。

彼らはとりわけ銃に恐怖心を抱いていますので」

 

「なに。親兄弟でも殺されたの?」

 

「当たらずといえども遠からずです。

太古の昔、人間と鳥人が島の支配権を巡って戦をしていました。

戦いは当初、自由に空を飛ぶ鳥人が優勢でした。

ですが、ある時人間がまだこの世になかった武器、すなわち銃を作り出し、戦局は一変。

鳥人は高速で飛んでくる見えない銃弾の前に大敗を喫します。

その時の苦手意識が未だ彼らの間に根付いているのでしょう」

 

「じゃあ、銃をかき集めてみんなでカラス連中ぶっ殺せばいいじゃない。

そこのショットガンとかさ。

大体、大昔の戦争で負けたのに、なんで今でも鳥人とやらがうろついてるのよ」

 

「戦後、鳥人達は人間の手が届かない場所。

……ほら、島の北西に高い岩山が見えますでしょう?

そこを中心に隠れ潜み、密かに数を増やしていました」

 

エレナが指さした先には、あたしも目印にしてる標高1km程の山。

ところどころ洞窟のようなくぼみや平地もあって、

鳥人間にとっては住みやすいところだと思う。

 

「カラスが増えた理由はわかったけど、戦わないのはなんで?」

 

「私の体質では、一度に持ち込める量に限界が。

村人全員に十分な殺傷能力のある銃を用意し、使用できるよう訓練するには、

途方もない時間と資金が必要になり、鳥人達にも気づかれます。

彼らには銃という弱点はあるものの、

それを除く身体能力では人間を遥かに上回っているので、

今住民を挙げて鳥人と戦争をするわけには行かないのです」

 

「なんか話の流れが嫌な方向に向かってる気がする」

 

噂をすればなんとやらで、村の方向から若者が慌てた様子で走ってきた。

 

「エレナ、大変だ!村長の娘が鳥人に拐われた!

一週間以内に1000Gを里沙子に持ってこさせろって!」

 

「なんですって!?」

 

「あ、里沙子じゃないか!頼む、人質を助けてくれ!」

 

「もう何なのよ、この最悪な展開。敵ばっかり増えていく」

 

「里沙子さん、お願いします!彼女は村長の一人娘で……」

 

「はいはい、やりゃあいいんでしょ。身代金の受け渡し場所は?」

 

「あの岩山の麓の広場だよ。俺たちも行きたいが、あんた一人で来いって」

 

「はぁ……いくつかオモチャが必要ね。エレナ、あんたのガラクタいくつか譲って」

 

「そうしたいのは山々なのですが、以前にもお話した通り、代金は頂かないと」

 

「この期に及んで金取るっての!?あたし下りてもいいんだけど!」

 

「お願いします!代金は報酬に上乗せという形でお返ししますので!」

 

「……色付けてよ?」

 

「はい、もちろん!」

 

席を立つと、あたしはカウンターに並ぶ電子部品や防具と鉄くずなんかを物色し始めた。

今の所持金は182G。その様子を不安げに見守るエレナが声を掛けてきた。

 

「すみません、また大事なことを。

鳥人達は先程お話した事情から、火薬や油の臭いに敏感です。

直接銃を持って行くと彼らを刺激してしまうかと」

 

「ターミネーターみたくバラの花束でショットガン包んで臭いをごまかすってのは?」

 

「彼らの嗅覚は異様に発達しているので、危険な賭けになるかと思います」

 

「あらそう。こりゃ大仕事になりそうね……」

 

その後もぐちぐち文句を言いながら必要な素材を探し、ガラクタを買い集めること15分。

多分これで戦う道具は作れると思う。

 

「これちょうだい。……あれ、なんでこれは手に取れるのかしら。

火炎放射器はパクれなかったのに」

 

「購入する意思と代金があるからだと思います。パクらないでください」

 

「絶対盗まれない良いシステムね。いくら?」

 

「ええと、少々お待ちを……73Gです」

 

「ひでえ出費だ。はい」

 

代金を支払うと、エレナが竹の編みカゴを持ってきてガラクタの山を詰めてくれた。

 

「あ、この編みカゴはサービスです。この時代の村人の民芸品なので譲渡可能なんです」

 

「本当にどうもありがとう。これさえあればモスマンと鳥人皆殺しにできそうだわ。

それじゃ、あたしはしばらく宿にこもるから」

 

「一週間ですので!よろしくおねがいします……」

 

「わあってるって!」

 

それからあたしは仮住まいの郵便局で、ガジェット作りに取り掛かった。

片方しかない籠手にあれをこうする。

次に上等な木片を中華包丁で厚めの短冊状に切って、ロウソクで炙り少し曲げる。

そいつに細い鎖を取り付け、あらかじめ作っておいた土台と連動するようにセット。

余った木材を棒状に細く切って先端に鉄くずを固定。これを20本くらい作る。

こいつも完成。

 

さて、今日のところは栄養バーをかじって休みましょう。作戦決行は明日。

ここんとこ酒を飲んでないから100%の力を出せるかどうかわからないけど。

まったく、あたしが懸命に働いて金を稼ぐなんて、本来あってはならない異常事態よ。

ごろんと寝転んでこの有人島編の先行きを憂いていると、

いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

太陽が真上に昇る真昼。

あたしは身代金受け渡し場所から少し離れた場所で、敵の様子を探っていた。

身代金つっても、金なんか持ってきてないけどね。

 

木々に囲まれた広い砂地の中央に、檻に捕らわれた人質。

その周りを4体の鳥人が固めてる。

更に上空を2体の鳥人が8の字を描くように飛行し、警戒してるわね。

あと、2体が広場の外周を時計回りに警備してる。

 

次は地形を観察。一言で言うと、広場はゴミに囲まれてる。

錆びついた鉄骨が積み上げられ、岩山、藁山、それからポツポツと茂みが点在してる。

さてと。どれから片付けようかしら。

まず、どう動こうと上の2体がいる限り空から丸見え。

 

「奴らに死んでいただこうかしらね」

 

2体の飛行コースをよく見ると、

ほんの数秒広場から外れてジャングルにはみ出す時がある。

そこを狙い撃ちするってわけよ。

あたしは昨日作ったクロスボウを取り出すと、矢を番えて敵が射程内に来るのを待つ。

弦に頑丈な鎖を使った高威力の弓なら、

標準的な人間型モンスターを殺すには十分。……なはず。

 

来たわ。一体が広場近くの広葉樹の真上に飛来。落ち着いて仕留めましょう。

バサバサと翼を羽ばたかせ、味方から離れた瞬間を狙って、トリガーを引く。

その瞬間、クロスボウの銃身から、先端に鉄の矢尻を備えて威力を増した矢が放たれ、

油断していた鳥人に飛びかかった。

 

命中する直前に気づいたみたいだけど、声を上げる間もなく、目から頭を貫かれて即死。

ジャングルに落下していった。

しばらくすると、相棒がいないことに気づいたもう一体が、

今殺した鳥人の居たあたりに飛んできた。格好の餌食。

 

“おーい、どこだー?サボってんじゃねー”

 

既に死んでいる仲間を探して巡回コースを外れる。

また矢を番え、狙撃のチャンスを待つ。

焦って他の連中の前に死体を落とす訳にはいかない。逆上して人質を殺す可能性大。

広場から離れた瞬間を待って、照準し……2度目のトリガー。

 

“っ!!”

 

今度は心臓に命中、死亡。危うく標的が声を出しそうで肝が冷えたけど。

本番はここからよ。

あたしはクロスボウを背負うと、身を潜めていたヤシの木から広場に接近。

一番見通しのいい茂みに飛び込んだ。変な虫がいなきゃいいんだけど。

作戦開始前に決めた順序で一人ずつ数を減らして行きましょう。

 

クロスボウの次は改造した籠手。装備した左手を握り込むと、

手の甲の辺りから、鋭い両刃の刃物が飛び出した。

うん、思いっきりアサシンブレードのパクリね。

生きて帰れたら、パクるならせめて1作品にしときなさいって言っとかなきゃ。

そのためにも、円を描いて広場を巡回している2体を殺す。

 

早速一体が近づいてきた。でも、ここから飛び出して攻撃したら確実に乱戦になる。

あたしは適当な石ころを手にとって、錆びた鋼材に投げつける。

石が当たり、カンと高い音を立てると、

それを聞きつけた巡回兵の一人がこちらに近づいてくる。

 

「ん~誰かいるのかー?」

 

引っかかった鳥人が、積み上げられた鋼材を調べ始める。

完全に音の正体に気を取られている様子を確認したあたしは、

茂みから忍び足で抜け出し、ゆっくりと背後から鳥人に近づき、

一気に背中に刃をザクリ。

 

「ふぐっ……!!」

 

左手は心臓に。右手は叫ばれないようクチバシを乱暴に掴む。

刃を抜くと、鳥人は膝をつき、事切れた。暗殺成功。

だけど放ったらかしにしとくのも駄目。死体が見つかったらやっぱり大騒ぎになる。

 

「ん~よいしょっと。鳥のくせに重いのよ」

 

あたしは死体を担ぎ、目をつけていた藁山に放り投げた。

死体が藁に沈み込んで完全に見えなくなる。

同じ方法でもう一体……と思ったけど、また死体を担ぐのは面倒ね。

少しだけやり方を変えましょう。さっきの茂みに戻って次のターゲットを待つ。

 

「どうしたあいつ。ションベンか?」

 

片割れの不在を不審に思った鳥人が、鋼材の近くで足を止めた。そこで口笛を一吹き。

 

ピューイ

 

「ああん!?」

 

突然茂みの中から響いた怪しい音に、驚きと警戒の混じった声を出し、

ゆっくりと接近してくる。もうちょい。手の届く所まで来てちょうだい。

 

「この辺が怪しいな……」

 

鳥人があたしの潜む茂みに手を突っ込もうとした瞬間、

中から飛び出し両腕で引きずり込んだ。後は一瞬の勝負。暴れたり大声を出される前に、

右手でクチバシを握りながら、左手の仕込み刃を首に突き刺す。

 

「んぐぐ……ふ!?ん、ああ……」

 

これで邪魔な見張りは全て排除。残るは人質を固めている面倒な4体だけ。

でも、もうすぐ動き出すはず。あたしは死体と一緒に状況の変化を待つ。

 

「おい、見張りはどうした」

 

「そう言えば……どこだ?」

 

「空の担当も消えたぞ」

 

「気をつけろ。誰かがいる。間違いない」

 

「二手に別れるぞ。俺とお前は鉄の山、お前らは猿の餌場の辺りを調べろ」

 

「おう」

 

オーケー。鳥人が人質から離れたわ。あたしは積み上げられた鋼材に登り、

見えないように腹ばいになって、2つのペアの片方が歩いてくるのを待った。

 

「空偵も歩兵も消えた。気を抜くな」

 

「うるせえな。わかってる」

 

ザクザクという足音が迫ってくる。

少しだけ顔を上げて、二人が奇襲可能な距離に届くタイミングを見守る。

左手には仕込み刃、右手に中華包丁。静かに深呼吸して時を待つ。

 

「お前、鉄の山に登ってみろ」

 

「了解」

 

今よ!あたしはすぐさま立ち上がり、

線路のレールのように長い鋼材を駆け、思い切りジャンプ。

鳥人達はいきなり空から現れたあたしに驚き、一瞬反応が遅れた。それで十分。

落下しつつ左手の刃で脳に達するまで目を刺し、右手の包丁で頭をかち割った。

即死した二人は黙ってその場に崩れ落ちる。ふふん、ダブル・エア・アサシン大成功。

 

後はもう普通に戦いを挑むだけ。クロスボウに矢を番える。

人質の檻から離れた薄暗い森の入り口を捜索していた二人組のうち、

1体をそのまま後ろから射殺。最後の鳥人が驚き振り返る。

 

「誰だてめえ!他の連中はどうした!?」

 

「死んだっていうか殺した。死体はその辺探せば出てくるわ」

 

「いい度胸してんじゃねえか!!」

 

鳥人が鋭い爪を構えて一度大きく羽ばたき、こちらに突進してきた。

あたしも両手の武器を構えて迎え撃つ。矢を番える暇がないクロスボウは投げ捨てた。

そして、激突。二人が両手の武器を相手に叩きつける。

鳥人の爪を2つの刃物で受け止める。

だけど、やっぱり純粋な力比べでは向こうが上みたい。

 

押し切られそうになり、あたしは刃で爪を振り払った。

それを逃さず敵が連続して引っかきを繰り出してくるけど、

後ろにステップを取りギリギリ回避。

 

「よそモンの分際で、俺達の縄張りを荒らしやがって!

てめえなんざケツァルコアトル様に呪われちまえ!」

 

「なんでアステカ神話が出てくるんだか。

そっちこそカラスの分際で金儲けの邪魔しないで」

 

この世界は節操なしに地球の文化吸収するから困りものね。

……そう思ったけど、ちょっと気になる。

こいつを叩きのめしたらとことん”質問”してみましょう。

 

「死ねえ!」

 

一旦空高く飛び上がった鳥人が、急降下して鋼のような爪の一撃を放ってきた。

とっさに中華包丁で受け止めたけど、後ろに吹っ飛ばされた。

 

「きゃあ!」

 

「へっへ!ざまあみろ!」

 

5mは砂地を滑ったから、擦り傷が酷い。

また苦い薬草を噛むことになりそう。あの青臭さを思い出して嫌になる。

衝撃であたしはしばらく立ち上がれない。……立ち上がらないと言った方がいいかしら。

 

「けほ、けほ……」

 

「舐めやがってこのアマ。生きたまま皮を剥いで敷物にしてやらあ」

 

鳥人が爪を光らせてにじり寄って来る。あたしはうずくまったまま。

敵がとうとう足元まで近づいて、あたしの足を掴もうとした時。

 

「食らいなさい!」

 

握りこんだ砂を鳥人の顔に思い切り投げつけた。

予想外の反撃に防御が間に合わず、目に砂が入った敵は視界を奪われ、

痛みにパニックを起こす。原始的な攻撃だけど、上手く行けば有効なのよね!

 

「うぎゃっ、痛え!!」

 

跳ねるように立ち上がったあたしは、悶える鳥人に駆け寄り、左手で腹を殴った。

言い換えれば、仕込み刃で腹を刺した。

 

「うぐ!ぐはあ……!」

 

鳥人は腹を押さえたままその場でフラフラと足をぶらつかせると、地に倒れた。

まだ致命傷には至ってないはず。あたしはクロスボウを拾って、矢を装填。

半死半生の奴に近づいた。

 

「急所は外れたから、すぐに治療すれば助かるかもね」

 

矢の先端を敵の頭に向ける。

 

「やめろ、やめてくれ……」

 

「あたしの質問に答えてくれたら、薬草くらい採ってきてあげなくもない」

 

「うぐぅ…わかった、なんでも話す……!」

 

「さっき言ってたケツァルコアトルって何?」

 

「ううっ……俺達の神だ。稲妻より速く飛び、立ち塞がる敵を炎の牙で滅する、

有翼種の畏敬の対象……」

 

「なにそれ、どこ情報?」

 

「俺達の里に預言者がいる。彼女は過去や未来の世界を見ることができるんだ。

鳥人族は、彼女が決めた掟に従って生きている……」

 

「あんた達の里?どこにあんの」

 

「知ってどうする……今度こそお前の小細工が通じるような場所では」

 

「引き金に指が掛かってることを理解して欲しい」

 

「山だ!ここからでも見えるだろう!岩山の頂上に俺達の里がある……

もういいだろう、早く手当を」

 

「ごめ、あれ嘘。誘拐犯の末路ってこういうもんだから」

 

「そんな、あ──」

 

クロスボウが放った矢が、ビシッと乾いた音を立てて鳥人の頭蓋骨を貫通した。

きっと即死だから楽に死ねたと思う。そうだといいな。

敵を殲滅したあたしは、中華包丁を持って木で作られた粗末な檻に歩み寄る。

中には囚われのお姫様。白い綿のワンピースを来た女の子。

 

「助けてください!いきなり鳥人に空に連れ去られて……」

 

「あーあー、お静かに。カラス連中はみんな死んだから、もうお家に帰れるわよ」

 

あたしは扉を閉じていた蔓草を包丁で切り落とした。

軽い木の格子戸が風に吹かれて勝手に開く。

 

「歩ける?歩けないって言っても歩かせるけど。おんぶは勘弁」

 

「大丈夫です。本当にありがとうございました。

もう村には帰れないんじゃないかと……」

 

「安心なさいって。ちゃんと全部殺したから。とりあえず商店街まで帰りましょう」

 

「はい」

 

そんで。あたしはエレナに人質を引き渡すために帰路についた。

途中、モスマンに1回遭遇したけど、通常体の相手はもう慣れてる。

お姫様を下がらせて、中華包丁で何度も殴るように斬りつけて強引に殺した。

 

「一丁あがり。行きましょう」

 

「強いんですね。もしかして、あなたが最近この島に来た外国の方ですか?」

 

「もしかしなくてもそうよ。あたしが特別強いわけじゃないわ。大事なのはメリハリ。

攻める時は一気に攻める。引く時はさっさと逃げる。

どっちつかずでまごまごしてるのが一番ダメ。

あなたも慣れれば雑魚モスマンくらいは倒せるわ」

 

「私には少し難しそうです……あ、お父さん!」

 

「んあ?」

 

お姫様が走り出したから何事かと思ったら、もう商店街のすぐそばまで着いていた。

遅れてジャングルから出て、文明の香りがわずかに残る見慣れた街に入ると、

街の真ん中でお姫様と中年のおじさんが抱き合っていた。

 

「テラ!よく帰ってきてくれた!」

 

「お父さん!もう会えないと思ってた!」

 

ほっと一息。ミッション達成ね。

フル・シンクロを設定するなら、“人質がダメージを受けない”ってとこかしら。

やだ、馬鹿なこと考えてる場合じゃない。

あたしは立ち飲み屋に駆け込んで、前置きもなくエレナに金の話をふっかけた。

 

「里沙子さん、ありがとうございます!無事に村長の……」

 

「報酬は!いくら!?火炎放射器が買える額じゃないとここで永遠にゴネるわよ!」

 

「もちろんご用意しています。250Gです。お受け取りください」

 

「サンクス。ええと、今の所持金が109Gだから、

火炎放射器代300Gを差し引いても59G余るわね!

しばらく食っちゃ寝生活楽しんでから帰る方法模索しようかしら」

 

「ああ、残念ながらその余裕はないと思います……」

 

「え?どういうことよ」

 

「少し未来を見たのですが、今度の件で、

鳥人達が総力を挙げてあなたの命を狙いに来るようになりました。

油断はなさらないほうがいいでしょう」

 

ちょっとは本来の南国リゾートを楽しめるかと思ったけどそんなことはなかったぜ。

とりあえず300Gをカウンターに置く。

 

「……火炎放射器ちょうだい」

 

「どうぞお持ちください。正真正銘、あなたのものになりました」

 

初めて見た時は触ってもすり抜けるだけだった火炎放射器に触れてみる。

今度は固い質感が帰ってきた。持ち上げることもできる。燃料タンクも満タン。

銃口に向けて吹き出す着火用の火がイカすわ。

トリガーを引くと気化した燃料がこいつに引火して前方が火の海になるってわけ。

新しい銃火器を手に入れて、少しだけ気持ちが明るくなる。

 

「なかなかいいわね。これがあればモスマンに対しては実質無敵ね」

 

「鳥人との戦いでも役に立つでしょう」

 

「生物は本能的に火を恐れるってエイリアンでも言ってたしね。

……そうそう、さっき尋問した鳥人がこんな事言ってたんだけど、どう思う?」

 

あたしは鳥人が死に際に言い遺した、ケツァルコアトルという存在。

彼らがそれを崇拝していること。預言者とかいう奴に従ってることを話してみた。

 

「間違いないでしょう。ケツァルコアトルこそ里沙子さんが話していた飛行機。

ですが、預言者なる者が障害になると思われます」

 

「やっぱそう思う?普通のカラス連中なら火炎放射器で無双できそうだけど、

預言者って奴の能力が未知数。だからって行かないわけにはいかないんだけどね」

 

「鳥人の里、ですか」

 

「うん。ちょっと怪我しちゃったし、明日は休んで明後日出発する予定」

 

「私には物を売ることしかできませんが、お気をつけて」

 

「まだ死ぬ気はないわ。あ、そうだ。岩山を登るならそれなりの装備も必要よね。

またガラクタ見せて」

 

「ご自由にどうぞ」

 

あたしはカウンターに並ぶ色んな部品やガラクタを手に取って、金を払う。

 

「くださいな」

 

「はい、合計24Gです」

 

「結構余ったと思ったけど、残り35Gか……念の為ワクチンも2本ちょうだい。

これで25G。明後日勝負を付けないとヤバい水準」

 

今度は編みカゴじゃなくて、ボロい麻袋に入れてくれた。

さっきまでのちょっとリッチな気分はものの数分で吹き飛んだ。

命がけのアサシンクリードごっこの報酬としてはいささか寂しいと言わざるを得ない。

 

「今日は帰るわ。じゃーねー」

 

「では、また明日」

 

郵便局に戻って、まずはシャワーで擦り傷を洗い流す。

凄くしみるし、いくら洗っても浸出液が出てくる。やっぱアレに頼る他ないわね。

あたしはテーブルに並べておいた薬草の葉を口に含み、何度も噛む。

強烈な苦味と青臭さ。ああ、吐きそう。

 

さっさと噛んで団子状にすると、傷口にこすりつける。

薬効成分が出血を止め、傷口を消毒してくれた。効果はあるのよね、効果は。

これで効果がなかったら、さっさと生ゴミに出してる。

 

怪我の方はなんとかなった。次は最終決戦の準備。まず武装。

ピースメーカーにデザートイーグル。普通に便利だから当然持っていく。

火炎放射器はこの旅一番の思い出になりそう。ぶっ放すのが楽しみだわ。

後は中華包丁と仕込み刃。接近戦は少ないだろうから、活躍の機会もないでしょうね。

 

後は、移動手段。岩山を登るために必要な装備を整える。

さっき立ち飲み屋で買った部品を組み合わせる。

籠手の仕込み刃射出機構を流用できるからすぐ完成した。

 

案外すぐ終わっちゃったわ。予定通り明日は傷を癒やして身体を休める。

敵陣に乗り込むのは明後日よ。そうと決まったら、もう寝ましょう。

あたしはエレナから買ったリンゴと干し肉を食べると、横になった。

 

「シークエンス2完了ってところかしら。おやすみなさい」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。