面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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結局全部パクリだったんじゃない

「今までありがとうね。みんな」

 

ガンベルトを締め直すと、

あたしはエレナや見送りに来てくれた知り合いの村人達に別れを告げた。

いつ知り合いになったんだって?この島に来てしばらくしてからよ。

……そういうとこしっかり描写しないからいつまで経っても底辺なの!わかる!?

 

「負けんなよ、里沙子!」

 

「鳥人共を退治しておくれ!」

 

「モスマンに気をつけてな!」

 

「わかってるって。そろそろ行くわ」

 

村人に手を振り、荷物を担ぐと、エレナが話しかけてきた。

 

「里沙子さん……」

 

「ああ、エレナ。あんたにも世話になったわね」

 

「これでお別れになるのは寂しいですが、いくつかお伝えしておきたいことが」

 

「え、また言い忘れ?」

 

「違いますって!……まず、飛行機を手に入れても、報告に戻ろうとは考えず、

そのままこの島を飛び去ってください」

 

「ここ、滑走路になるような直線道路ないもんね。わかった」

 

「そして、里沙子さんに寄生している苔ですが、

島を出たらもうワクチンは必要ありません。

苔は過去か未来からやってきた通常存在しないはずのものですから、

現在の世界に出たら体内から消滅します。

店の商品を持ち去ることができないのと同じ理屈です」

 

「了解。注射の跡は時間が消してくれるのを祈るわ」

 

「里沙子さん、お願いです。この島を時の戒めから解き放ってください。

あなたが脱出に成功した時、島は正常な時の運行を取り戻す。そんな気がするのです」

 

「まぁ、ここの管理人みたいなあんたがそう言うならそうなんでしょうね。

……もうお別れね。今までありがと。じゃあね」

 

「成功をお祈りしています」

 

あたしは少しだけエレナに微笑むと、北西の岩山を目指しジャングルに入っていった。

そう言えば今日は2日目だったような。

少し早いけど念の為、ワクチンを取り出し注射した。

 

この後予想される激しい運動で苔が活性化されるかもしれない。

余計な心配は消しておきましょう。

鉄のように丈夫だけど、燃えるゴミに出せて、しかも自然分解する

都合のいい容器を投げ捨て、ひたすら歩き続ける。

 

更に5分後。広い道を通せんぼするように、大柄のモスマン3体がその場でうろついて、

あたしの邪魔をする。とうとうこいつの出番ね。

ガンベルトの背中に引っ掛けた火炎放射器を構え、一体を狙い、安全装置を解除。

先端の着火用バーナーが点火され、発砲の準備ができると、トリガーを引いた。

 

銃身内部で強力なファンが回転し、気化した燃料を送り出す。

それが銃口のバーナーに引火し、爆発のように猛烈な火炎となって緩い放物線を描き、

モスマンに襲いかかった。凄まじい熱風に、あたしも思わず顔をしかめる。

 

『ぎいああああぁおうう!!』

 

炎に包まれた苔男が絶叫。普段の鈍重な動きから想像もつかないほど、

飛び跳ねるようにジタバタと手足をばたつかせ、

助けを求めるように他のモスマンに抱きつく。

とばっちりを食った残る2体にも炎が回り、

恐らく動力源となっている苔を焼き尽くしていく。

 

『ふごあああああ!!』

『はぎっ、はがががふご!!』

 

戦闘開始から1分程度でモスマン3体が炭人形になり、その場に崩れた。

凄い威力ね。苦労して買って正解だったわ。

あたしは火炎放射器の性能に満足し、再び前進を始める。

旅のゴール地点、鳥人の巣を目指して。

 

 

 

 

 

1時間くらい歩いたと思う。あたしはようやく岩山の裾にたどり着く。

のっぺりした岩が殆どで、たまに狭い草地や、枝が飛び出しているだけで、

斜面は殆ど直角になっていると言ってもいい。手の力だけじゃ登り切るのは無理ね。

 

「届くかしら」

 

あたしは左腕の籠手を頭上の出っ張りに向け、その手を握り込む。

すると返しのあるフックが付いた細いワイヤーが発射され、岩に引っかかる。

2,3回引っ張って、しっかり固定されたことを確認すると、

斜面を歩くようにワイヤーを手繰って山を登る。

 

「よいしょ、よいしょ、軽く進撃やバイオ6までパクってるわね、っと!」

 

フックの部分まで登ると、わずかな取っ掛かりに足と手を掛けて、

今度は左手を思い切り開く。ワイヤーが巻き取られ、また籠手に収まる。

次は人が二人腰掛けられる程度のスペースに向けてワイヤーを発射。

同じ要領でまた岩肌を登り、目星を付けた小さい草地に到着した。

 

一旦貴重な平面に座って休憩を取る。

ミネラルウォーターを飲みながら眼下に広がる景色を見渡す。

さっきまであたしが居た商店街や、村が小さく見える。

後は一面の緑だけど、ただの一色じゃない。

モコモコした広葉樹や、細長い葉をたくさん付けた背の高い木。

いろんな自然が顔を覗かせる。

 

悪くないわね。

誰かがおんぶして連れてきてくれるなら、たまには山登りも良いかもしれない。

それじゃ山登りじゃないって?じゃあやらない。

ミネラルウォーターを飲み干すと、また登山に戻る。

フックを上に向けようとすると、ぎゃあぎゃあとうるさい鳴き声が聞こえてきた。

 

「来やがったか里沙子!」

 

「大勢仲間を殺しやがって!」

 

「……人質さえ取らなきゃ再起不能で勘弁してやったんだけど?」

 

「舐めるな人間風情が!山を下りろ!俺達の里に近づくなら、ここで殺してやる!」

 

「殺されたくないし下りたくもないから、こいつを出さなきゃいけないわね」

 

あたしは鳥人達にピースメーカーを向ける。

山に強く吹き付ける風が火薬の臭いをかき消していたのか、

ここで銃の存在に気づいた連中の顔が青くなった。

 

「ぎゃっ、銃だ!覚えてやがれ!」

 

「てめえなんか預言者様に手も足も出ねえよ!」

 

2体の鳥人は山の頂上へと一気に引き返していった。

 

「それでいいのよ、お利口さん。さてと」

 

あたしは登山に戻る。ワイヤー発射、よじ登る、ワイヤー巻き取る。

このサイクルを繰り返すこと更に1時間。

すっかりくたびれたあたしは、1人が立っていられるほどの出っ張りで休憩していた。

 

「しんどい……帰りたい。上に着いたらさっさと事を済ませて飛行機見つけなきゃ」

 

籠手を上に向ける。空を見ると岩肌が見切れていて、あと一射で頂上に届く。

慎重に狙って。キツい登山で両腕がプルプル震えてる。

多分この後戦闘になるんだろうけど、ちゃんと銃を握れるかどうか。

ちょっとした心配を抱きながら左手を握る。

 

地面のへりにフックが引っかかった。つまり、山登りはこれで最後。

ワイヤーを登りきればそこが頂上。あたしは感覚を失いつつある腕でワイヤーを手繰る。

そして、へりに両腕が届くと、一気に力を込めて上半身と下半身を順番に地面に乗せた。

とうとう岩山を制覇したあたしが見たものは。

 

「よく来やがったな!だがテメエもここでおしまいだ!」

 

3方向、つまり後ろの崖を除く全ての方向に鳥人の群れが控えてる。大体20体ずつ。

ピースメーカーとデザートイーグルじゃ全然弾が足りない。

戦場を見渡す。鳥人の住処は予想外に広かった。

面積は人間の村と同じくらいで、東西に長い道が伸びてる。

あと、藁や石で出来た家が点在していて、

曲がりなりにも知性ある生き物の家だってことがわかる。

 

「ねえ。預言者って奴と話がしたいんだけど、どこ?

それと、あんたらがケツァルコアトルって呼んでるのも見せて欲しい」

 

「お前ごときが預言者様とお目にかかれると思うな!御神体にも指一本触れさせん!

全員、かかれ!」

 

あたしの銃を警戒したのか、

重厚な鉄の盾を構えた鳥人達が羽ばたき、空から突撃してくる。しょうがないわね。

急いで背中のものを構えて、2秒ほどトリガーを引いて威嚇射撃をした。

火炎放射器が龍の吐息のような激しい炎を吹き出し、驚いた鳥人が慌てて後退する。

 

「ぎゃああ!凄い火だ!全員下がれ!」

 

「ゲホゲホっ!油の臭いが酷くて、息が……ゲホっ!」

 

「あんな銃があるなんて聞いてねえぞ!」

 

やっぱり頼れる武器ね。

火炎放射器は、物理的威力より敵に心理的ダメージを与える効果の方が大きいと思う。

 

「頼むから邪魔しないで。あんまり知的生命体には使いたくないの、これ」

 

このまま降参してくれると助かるんだけど、そんな事あるわけないか。

 

《臆してはなりません。なんとしてもケツァルコアトル様をお守りするのです》

 

その時、鳥人の村全体に謎の声が響く。耳じゃなくて、意識に響いてくるような感じ。

……ふぅん。恐らく声の主が預言者とやらなんだと思う。

実際今の声で、一時は下がった鳥人の士気が盛り返した。

 

「そうだ!預言者様と御神体をお守りするんだ!」

 

「やっちまえ!一人や二人やられたところでなんだってんだ!」

 

「行くぞお前ら!」

 

「おう!!」

 

まずいわね。この人数から捨て身で攻撃されたら終わり。

鳥人の兵が一斉に空に舞い上がる。さすがに危機を感じたあたしは、

デザートイーグルを抜いて、空の鳥人に狙いを付け、トリガーを引く。

今度は爆弾の炸裂音のような銃声と共に、44マグナム弾が一体に命中。

鉄の盾を貫通して、腹に風穴を開けた。

 

「ぐはっ……!!」

 

「ちくしょう、なんて威力だ!」

 

「ひるむな!俺達が銃に怯える時代は終わりにするんだ!」

 

《そう。ヒトに我ら鳥人族の力を知らしめるのです!》

 

倒したのは良いけど、変な感じで団結を固めちゃったわね。

気づくと鳥人の群れがあたしを引き裂こうと空から舞い降りてくる。

すかさず前方に滑り込んで、爪の一撃を回避。

素早く体勢を立て直し、今度はピースメーカーを抜いて、背中を見せた鳥人を撃つ。

 

「ぎゃっ!」「うごおっ!」「ああっ!」

 

5体のうち命中したのは3体。

普段は外さない距離だけど、やっぱり慣れない登山のせいで腕が震えてる。

リロードもうまくいかない。そうこうしているうちに敵の第二波。

排莢とリロードを諦めてデザートイーグルに持ち替える。

両手でしっかり狙って、降下する敵を一体ずつ撃ち落とす。

 

今度は全弾命中したけど、

5体ずつのグループに分かれた鳥人達が、あたしの頭上を旋回してる。

まだまだ数は多い。やりたくなかったけど、しょうがない!

 

「戦争に綺麗も汚いもないんだけどさ!」

 

あたしは火炎放射器を上に向けて、空にいる敵軍目がけて炎を放った。

燃焼したゲル化ガソリンで上空が真っ赤に染まる。

鉄の盾も効果がない範囲攻撃を食らい、あっという間に火だるまになる鳥人達。

聞くに堪えない悲鳴を上げて、もがきながらボタボタと落ちてくる。

 

「「いぎゃあああぁぁおおおう!!」」

 

一気に8体くらい殺したけど、やっぱり気分は良くないわね!

味方の凄惨な最期を見て、他の鳥人がまた後ろに下がる。

 

「全員、退避!距離を取るんだ!」

 

「酷え……奴は悪魔か!」

 

「くそっ、やっぱり銃には敵わないのか!?」

 

戦果を喜ぶ余裕なんてあるわけない。

死体の焼ける吐き気を催す臭いが漂ってきて、あたしまで挫けそう。

さっさと勝負がついてくれることを祈っていると、次の瞬間に状況が変わった。

 

《皆の者、退くのです。この女は私が引き受けましょう》

 

「預言者様のお声だ!総員撤退!」

 

「おう!」

 

預言者の声で、一気に遥か遠くへ飛び去る鳥人の兵。

これ以上気が進まない殺戮を続けなくて済んだのはいいけど、

村にポツンと取り残されたあたし。

 

「預言者さーん?あたしどうすりゃいいのよ!」

 

返事はない。だけど、どこからともなくゾゾゾという、

小さく、そして、大量の音が足元を這いずってきた。

ミドリムシ?いや違う!これは……苔だわ!

 

苔が村中からまるで虫のように一点に集まる。

地面は緑に染まり、それらが集約する点に、もぞもぞと苔の山が出来上がる。

見る間にそれは巨大化し、人の形を成していった。

 

「……なにこの罰ゲーム」

 

呟いたあたしの前には、体長10mはある巨大モスマン。

そいつは、辺りをじろりと見回すと、あたしに向かって、ひと吠えした。

 

『ぶうわあああああぁおおお……!!』

 

声とも言えない衝撃波のような大気の振動があたしを襲う。

 

「うっ!」

 

思わず耳を塞ぐけど、大声で脳を揺さぶられたかのように頭がくらくらする。

長期戦は避けなきゃ。迷わず火炎放射器を構え、その巨体に炎を浴びせる。

巨大モスマンが火に包まれ、苔の身体が真っ黒になるけど、

化物は意に介する様子もなく、岩塊のような手で殴りつけてくる。

 

「きゃあっ!」

 

間一髪、横に滑り込んで回避したけど、殴られた地面から衝撃が伝わる。かなり痛い。

フラフラになりながら立ち上がり、

思わず手放した火炎放射器を拾い上げて攻撃を続行する。

相当デカいけどいつかは燃え尽きるはず。もう一度巨大モスマンに炎を浴びせる。

 

『あああああ……はああああ!!』

 

なんとなく苦しんでるっぽい声は上げるけど、大して効いている様子がない。

それどころか、今度は元気に両腕を振り回しながらあたしに突進してくる。

ドスドスという足音を背中で聞きながら必死に逃げ回る。

 

石造りの家に駆け込んだけど、パンチ一発で壁を破られた。

考える前に窓から外に飛び出る。

入ったばかりなのに、崩壊寸前の家から文字通り叩き出されたあたしは、

今度はデザートイーグルを構えた。

 

ひとつだけ嬉しいニュース。火で焼かれ続けた巨大モスマンの身体が黒くなり始めてる。

これなら拳銃も有効なはず。特に炭化が進んでいる右腕の付け根を狙う。

そしてトリガーを引くと、44マグナム弾が弱点になった部位に食らいつく。命中。

読み通り、その太い腕がちぎれてボタリと地面に落ちた。

 

『ああ、ああ、ああ……』

 

巨大モスマンが膝をつき、失った右腕の辺りに左手をあてる。

この調子で身体のパーツを破壊していきましょう。

そう思った時、また足元に苔の大群が現れ、モスマンに向かっていく。

 

「ちょっとまさか!」

 

さっきのニュース取り消し。集まった苔は巨大モスマンと同化。

それと共に徐々に奴の右腕が再生され、

ついに戦闘開始と同様にきれいでたくましい緑色に復活した。

 

『ぶはああああ!!』

 

再生が終わると同時に、巨大モスマンが立ち上がり、また大空に向かって吠えた。

火の勢いも弱まってきてる。軽く絶望してるけど、諦めてる場合じゃない。

武器を火炎放射器にチェンジし、再び炎を浴びせる。

 

それにしてもトリガーに掛けた指が熱い。

本来は耐熱グローブ着用が前提なんでしょうね。むしろあたしの方が焼かれてる感じ。

これ、奴には大して効かないみたい。というより、

無尽蔵に現れる苔で再生し続けてるって言ったほうが良いわね。

 

ダメ押しでもうひとつ。炎を吐き続けてきた火炎放射器に異変が。

シュコッと銃口から音が出ると、空気しか出なくなった。要するに燃料切れ。

 

「冗談顔だけにしなさいよ、もう!」

 

替えの燃料タンクはない。役に立たなくなった火炎放射器を投げ捨て、

弾の残っているデザートイーグルで、化物の弱った部分を狙い撃つ。

命中した部位が破壊されるけど、やっぱり苔が集まり復活する。

 

なんなのよ、この苔!こいつが邪魔しなかったらもう一体デカブツ倒せてた自信ある。

……ん、ちょっと待って。そもそもこいつらどこから来てるの?

この苔が生きてるようには見えない。

歩いているというか、何かに引っ張られてるような動き。

 

あたしはマナを燃やし、魔力を錬成すると体内に循環させた。

クロノスハックは使えないけど、魔力が消えてるわけじゃない。

その魔力が通った目で苔を凝視すると、一筋の魔力の糸が、苔全体を移動させてる。

なるほど、これで駄目だったらお陀仏ね。

敵に後ろを見せて、あたしは糸の発生源に向けて走り出した。

 

燃え続ける巨大モスマンが追いかけてくる。追いつかれたら死ぬ。

火の塊になった手で握りつぶされるのか、単純に踏み潰されるのかしらないけど、

とにかくあたしは生きて帰らなきゃならない。まだ冷蔵庫にエールが3本残ってる。

ブルーのラインをひたすら辿り続ける。体力も限界が近い。急ぎなさい、あたし!

 

巨大モスマンの足踏みのせいで地面が揺れて上手く走れなかったけど、

ようやく見つけた。魔力の糸が岩壁から出てる。だけど、ただの岩壁じゃない。

平らな畳一枚程度の岩盤で隠されてるけど、空間がある。

あたしは岩盤に手をかけて、思い切り引っ張った。

 

後ろに奴が迫ってる。時間がない。身体の重心を低くして、腕がちぎれるほど引くと、

ようやく岩盤が動き出し、後ろに倒れ、大きな音を立てて砕けた。

邪魔な岩をどけると、小さな洞穴があった。

 

もう死が真後ろ。そこからは全てがスローモーションになった。何も考えられない。

身体が勝手に動く。穴に飛び込むと、内部は占い屋敷のよう。

紫のクロスが敷かれたテーブル、その上に水晶、燭台、何かが描かれた札が数枚。

 

そして、椅子に腰掛けて黒いローブを着た鳥人の老婆が、驚いた様子であたしを見る。

中華包丁を握ると、それを振り抜き、彼女の喉を裂いた。

 

鮮血が飛び散ると同時に時が止まり、真っ白な世界が広がる。

あたしと老婆しかいない、不思議な空間。

その場に座り、あたしは、首から血を流す老婆の頭を膝に乗せていた。

 

 

 

「あなたが、預言者ね……?」

 

「私は、同胞に、安息の地を。再び、鳥人族に、かつての栄華を取り戻したかった……」

 

「手段を間違えたわね。モスマンを作ったのも、ヒトと鳥人を対立させたのも、あなた」

 

「異邦人よ、今すぐ島を去りなさい。

私には、見えるのです。遠い未来、お前の魂を、何者かが……」

 

預言者はそれきり言葉を紡ぐことはなかった。

 

「……汝が正義、死によって義とならんことを。眠れ、安らかに」

 

見開かれた彼女の目をそっと閉じる。そして──

 

 

 

気づくと、足元には預言者の遺体。ふと外に目をやると、

暴れ狂っていた巨大モスマンは、ただの苔と泥の山になっていた。

 

「これからどうしようかしらね」

 

飛行機を探さなきゃ。次なる問題に立ち戻ると、テーブルの上の水晶が輝き出した。

でも、よく見ると水晶玉というより、クリスタルのパーツを球形に組み合わせた何か。

これの正体が何なのかはもうわからない。

 

とにかく水晶らしき物体の中からはまた一筋の光が。

導くように光り続ける水晶を持ってあたしは外に出る。

光を追いかけて鳥人の集落を進むと、大きな岩が寄り添うように集まる場所に出た。

 

そのひとつを光が照らす。

水晶を掲げると、岩が重低音を立てながら地面を横に滑り、その奥への道筋を顕にした。

 

「あらまあ、こんな隠し扉があったのね」

 

岩が移動した後には、預言者の館のように、洞窟への入り口が現れた。

輝く水晶を持って中に入る。

暗闇に続く緩やかな下り坂を、水晶の光を頼りに進み続ける。

そして、最奥にたどり着いた時、あたしが求め続けたものを見た。

 

「これが、ケツァルコアトルの正体だったのね」

 

グリーンの機体に日の丸が大きく描かれている。両翼には20mm機銃2挺ずつ。

零戦を凌ぐ高性能戦闘機。その名こそ。

 

「紫電改。まさか現存する4機のひとつが異世界に来ていたなんて」

 

あたしは本物の戦闘機の堂々たる姿に圧倒されながら、

機体の周りを一周して全体像を見る。これで、家に帰れる。

紫電改があたしを乗せて、また大空に羽ばたくのね。

ちょっとした感動に浸りながら、コクピットに乗り込む。

けど、そこでまた問題発生。戦闘機の操縦なんかできない。

 

どうするべきか考えあぐねていると、水晶が光を放ち、操縦桿に力を与えた。

同時に紫電改のエンジンが唸りを上げ、多数の計器が動き出し、タイヤも回転を始め、

洞窟の坂をどんどん上っていく。

外の世界に戻ると陽の光が眩しい。あたしが目をかばう間にも、

機体が方向転換し、集落を横切る真っ直ぐな道の端に移動。

 

とうとうその時が来た。前方のプロペラが加速度的に回転速度を上げ、

機体を一気に前進させる。

紫電改は徐々にスピードを上げ、山の崖に向かって突っ込んでいく。お願い、飛んで。

水晶が一際強く輝くと、紫電改が墜落間際で地を蹴り、空に飛び立った。

 

「やったわ!あたし戦闘機に乗ってる!アハハ、いい眺め!」

 

銃は色々使ったけど、さすがに戦闘機の経験はなかったから、若干ハイになる。

ようやくあたしの有人島生活も終わり。後は家に帰るだけ。

そうなんだけど、どっちに飛べばいいのかしら。

 

羅針盤すらないことに気づいて一瞬不安になったけど、

水晶が勝手に操縦桿を動かして目的地へ機体を向けてくれた。

この辺は南国だから、北へ向かってるってことは、そういうことなんだと思う。きっと。

 

ともあれ、あたしを乗せた紫電改は奇妙な島からどんどん離れていく。

その時、パリンと何かが割れるような音が聞こえたような気がした。

振り返ると、あたしが半月近く過ごした島が、どこか歳を取ったように見えた。

気のせいだと思ったけど、エレナが言っていた通り、

島が正しい時間を取り戻したことで、本来の姿になったんだと思う。

 

「バイバイ」

 

名もなき島に別れを告げると、紫電改は更にスピードを上げて空を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

【シークエンス3完了】

 

 

 

 

 

X世紀後 研究室

 

 

「心拍数正常値、被検体β帰還します」

 

「うむ。脳波の数値には十分な注意を払ってくれたまえ」

 

その声を意識の遠くで聞きながら、私はアニムス(*1)から目覚めた。

接続解除したばかりのぼやけた頭のまま、ベッドから起き上がる。

 

「よく戻ってきてくれた。

帰還直後で済まないが、ケースRMについて報告を頼めるかね?」

 

「大丈夫、です……」

 

まだ眠気が残るけど、私は教授にリサコという人物の体験した記憶を説明した。

彼が納得してくれるといいのだけれど。

 

「ふむ。なぜ1000年近く前の人物がアサシン(*2)の技術を習得していたのか、

非常に気になるところだ」

 

「彼女はアサシンというより、その場しのぎの知恵で戦っていたように思えます」

 

「どんな小さな可能性も見落としてはならんよ。

それで、次世代の〈リンゴ〉(*3)の行方は?大体で構わない」

 

教授に手渡されたタブレットには世界地図が表示されている。

私が墜ちたのは確か……大まかな位置をマークする。

 

「ありがとう。すぐに座標付近をサルベージさせる。

……君。彼女とアウディトーレ(*4)の血縁関係はどうなっている?」

 

「今の所手がかりは。

しかし、自分にはフィレンツェのアサシンと東洋人に繋がりがあるとは思えません……」

 

「私の話を聞いていなかったのかね?

彼女に小さな可能性も見落とすなと言ったはずだが」

 

「申し訳ありません。調査を続行します」

 

「それでいい。全ては我らが理想のために。そして」

 

 

──英知の父の導きがあらんことを

 

 

彼がテンプル騎士団の祈りを口にすると、研究員達も後に続いた。

私はふと、そばの清潔なステンレス製テーブルを見る。

戦死したアサシンから回収した武器や暗殺道具の数々。

それが目に入った瞬間、あたしの意識が混濁し始めた。

 

「あ、あ…私は、あたしは、私は……」

 

「どうしたのかね。気分が悪そうだが」

 

教授が話しかけてくる。だけどその声も遥か遠くのものにしか感じられない。

頭が熱い。世界が歪んでいく。

いつの間にかテーブルのアサシンブレード(*5)に手が伸び、右腕に装着していた。

 

「なるほど。彼らの装備を身につけることで、

 触覚に訴えシンクロ率を高めようという試みか。しかし、今日はもう……!?」

 

話が終わる前に、あたしは刃を射出し、教授の腹に深く突き刺していた。

彼の白衣が赤く染まる。

研究員達は目の前の出来事を受け入れるのに時間が掛かり、呆然としている。

 

「がはっ!!き、貴様……!こんな真似をして、この世界で、生き延びられると……!」

 

「放っといて。あたしはやりたいようにやる」

 

アサシンブレードを抜いて、彼がどさりと倒れた時、ようやく周りの人間が我に返る。

 

「拘束しろ!流入現象(*6)が起きている!!」

 

「教授が重体!医療班、急げ!」

 

散々あたしをモルモットにしてきた敵が大勢近づいてくる。

またテーブルからアサシンの道具を手に取り、ベッドから滑り降りた。

 

「止まれ、射殺するぞ!両手を頭の後ろに回せ!」

 

あたしは耳を貸さずに、足元にボール状の物体を叩きつけた。

ボールが破裂すると、激しい勢いで白煙が発生し、その場が白に塗り上げられる。

 

「ぐわっ!煙幕だ!」

 

「落ち着け、すぐに収まる!奴を逃がすな!」

 

「ごほっ、うごほっ!息が……」

 

タカの目(*7)を使い、周囲の状況を確認。視界がモノクロになり、

完全に視界を失った彼らが右往左往する様子が見える。

走り出したあたしは、進路上にいる邪魔な敵の心臓にアサシンブレードを突き刺す。

 

「ぐううっ!!」

 

「ぎゃあ!」

 

彼らの悲鳴を背後に聞く頃には、

あたしはもう大型テントの仮設研究所から飛び出していた。

そこは、高い、高い、岩山。

多様な木々で囲まれた頂上の平地を、東西に延びる自然の道路。

迷わず西に向かって砂地を駆け、崖に突っ込む。

 

走りながら考える。〈リンゴ〉は私の物。誰にも渡さない。

祖先の記憶は、あたしだけのものだから。

 

テントから飛び出してきた警備兵の銃弾が脇をかすめる。

目の前には大海原が広がる。他に逃げ道はない。

私は、両脚に力を込めると、両腕を広げ、鷹が羽ばたくように崖から飛び降りた。

 

身体が口笛のような音を立てて風を切る。着水寸前、いろいろな考えが頭をよぎった。

さっき教授に見せた座標は、全くのデタラメ。

あの段階では、なんとなくそうした方がいいような気がしただけだったんだけど、

やっぱり正解だったみたい。

このまま泳いででも〈リンゴ〉を取りに行く。それは私の存在証明でもあるから。

 

とうとう海にダイブ。熱帯地域の気温で火照った身体に海水の冷気が心地良い。

しばらく動かず身体が浮き上がるのを待ち、水面近くに到着したら、真上に水を蹴り、

一気に海から顔を出した。

 

休んではいられない。

あたしはとりあえず人がいる他の島を目指して、クロールを始めた。

どこに行ったものかしら。地図も羅針盤もないけど、北を目指す。

帰る場所があるような気がしたから。そんなものあるはずないのに。

だけど、もしどこかに帰れたとしたら……まずはエールを飲みたいわね。

 

これが、被検体βと呼ばれていた私の、ちょっとしたお話。

その後のあたしの結末については、想像に任せるわ。

アサシン教団にもテンプル騎士団にも興味はなかったとだけ言っとく。

さようなら。

 

 




注釈:
(*1)DNA内に存在する祖先の記憶を解析し、追体験するシステム。

(*2)アサシン教団に属する暗殺者。

(*3)旧世界の賢者が造り出したアーティファクト。
  人の心を操る力があるが、自分自身も狂わせる危険性を持つ。

(*4)エツィオ・アウディトーレ。伝説のアサシン。

(*5)アサシンの武器。ガントレットに細長い両刃の短剣を内蔵しており、
  必要な時に射出する。警戒されずに武器を携行することができる。

(*6)アニムスの長期使用による副作用。
  DNAに眠る人物と、現実世界の被験者の記憶が混同し、
  自分がどちらかわからなくなる。

(*7)一部のアサシンが使用可能な特殊能力。
  視界が遮られている状況ではっきり周囲を見通せることをはじめ、
  暗殺の標的を明るく光らせて発見を容易にしたり、
  遺跡に残された象形文字などを浮かび上がらせたりすることができる。


ルーベルより:
ごめんな、これだけじゃさっぱりだよな。
まず、今回奴がやらかしたのは、「アサシンクリード」っていう
ゲームシリーズの世界観との、中途半端なクロスオーバーだ。

このゲームでは、秩序による平和を重んじるテンプル騎士団と、
人々の自由こそ平和だと信じるアサシン教団が数千年以上戦いを続けてる。

注釈にあった〈リンゴ〉で人の心を支配してでも秩序を保とうとするテンプル騎士団と、
リンゴを渡すまいと戦いを続けるアサシン教団との攻防が見ものだ。

本編最後の“シークエンス”ってのはチャプターとか章みたいなもんだと思ってくれ。
里沙子が預言者にらしくない祈りの言葉を捧げてたが、
これもアウディトーレがよくやってたことなんだ。
前話に出てきたエア・アサシンとかもアサシンの技。

とにかくこれで変な島での物語は終わり。
次からはいつもどおりの馬鹿話が進んでいくから、今後共よろしく。


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