新しい元号は何になるのかしら。天皇陛下が変わっても、このダメ企画は何も変わらないんでしょうけど。
「ええええん!りさごさああん!もうだめかと思ってまじたー!!」
「うっさいわね!病み上がりなんだから静かに寝かせるかホットエール持ってきて!」
謎の島から脱出した後、紫電改でハッピーマイルズまでひとっ飛び、
とは行かなかったのよね。
いきなり機体がガタガタ揺れ始めて、プロペラまで止まっちゃったのよ。
慌てて色んなスイッチを押してみたりしてると、
数ある計器のうち、ひとつだけ理解できるものを見て愕然とした。
EとFだけ書かれた計器がEを指してたのよ。要するに燃料切れ。
変な水晶も燃料補給まではしてくれなかった。
機体が急降下を始める。海を相手に特攻とかマヂ勘弁。
あたしは急いでコクピットの窓を開け、身体を丸めて外に飛び出した。
それからしばらく後のことは記憶がない。
海をプカプカ漂っていたところを、通りかかった帝国軍の駆逐艦に救助されたらしい。
目が覚めたのは帝都の病院だった。
そこで名を告げたら、皇帝陛下が手を回してくれたらしく、
傷病者搬送用馬車でハッピーマイルズまで送ってくれた。
もう体力が戻るまで自宅療養でいいってさ。今日でごろ寝生活2日目。
1日目はちゃんと寝てたけど、さすがにもう退屈。
「まったく、酷い目にあったわ。
苔男に追い回されるわ、カラスと殺し合いする羽目になるわ。海外旅行はもう懲りごり」
「うくっ……ごめんなさい。わたくしのせいで、
里沙子さんは、もう帰ってこないと……」
「勝手に殺さないで。独身の成人女性は自分のことは大抵なんとでもなるの。
あたしとしては、あんたが生きてたことの方が驚きよ。
海で溺れる前に救命ボートで他の乗客に踏み潰されてると思ってた」
「たくさん踏まれました」
「予想通りのあんたで安心したわ」
ベッドに座りながら結局くだらない話に付き合ってるあたし。
それにしても部屋が狭いわ。
教会のメンバーが全員集まってるからしょうがないんだけど。
様子を見に来た連中が、回復したあたしを見ると遠慮なく居座りだしたのよ。
「お姉ちゃん……ずっと、心配してた」
カシオピイアがそっと手をあたしの手に乗せる。
「おお、愛しい妹よ。生きてまたあなたの顔を見られるとは思わなかったわ。
傷つき弱った姉のために、ホットエールを持ってきておくれ」
「ホットエール?」
「やっぱり酒かよ。ホットエールってなんだ。冷蔵庫のエールとどう違うんだ。
わかったところで昼間っからは飲ませねえけど」
「ルーベルったら病人にも容赦ないわね。
ホットエールってのは、冷やしてない常温のエールを勝手にそう呼んでたんだけど、
ググったらちゃんとそういう調理法もあるみたい。
本格的に寒くなってきたから、お腹冷やしたくないのよね~」
「病人ってお前なぁ、この国に帰ってきてからもう1週間だろ。
いつまで“安静が必要”なんだ?とにかく晩酌と言える時間帯まで我慢しろ」
「一本だけ……」
カシオピイアがぽつりと呟いた。
「一本だけ、だめ?」
「あのなあ、カシオピイア。里沙子を甘やかすとキリがないってことは知ってるだろ」
「あの、わたくしからもお願いします!
里沙子さんがこうなったのは、わたくしが福引きなんか当てたせいなんです。
絶対1本だけにしますから、お願いです!」
「福引券なんかもらったら誰でも使うだろ。お前の責任じゃねえよ」
「あーっ!」
重要な確認事項を思い出して思わず大声を上げてしまった。
でも本当に大事なことなのよ!
「なんだようるせえな!やっぱり元気じゃねえか!」
「ねえ、ジョゼット。今回の旅行を主催した旅行会社はどこ?
チケットの半券やらしおりやらに書いてるでしょう」
「はい。え~っと、トリカゴ交通ですけど、これが何か?」
「訴訟よ!今回酷い目に遭ったのは、どうでもいい旅行を企画した旅行会社のせいよ!
肉体的精神的苦痛を受けた慰謝料として100万G請求するわ!」
「100万Gだ?お前どこまで厚かましいんだよ。金なら十分持ってるだろうが」
「金はいくらあっても困らない!……そう言えば、あたしの財産って今いくらかしら。
普段あんまり使わないけど、急に物入りになるとごそっと減るからね。50万くらい?」
過去話を調べようか、面倒だからやめようか。迷ってるあたしに小さな姿が近づく。
「お姉さま。そうおっしゃると思って、パルフェムが調べておきましたの。
旅行約款によりますと、
“予測不能な事故・テロ・その他天変地異等による損害については保証できかねます”
と、ありますわ。
今回の嵐もこれに該当すると思われますので、勝訴を勝ち取るのは難しいかと」
「なんですって!あんだけ死ぬ思いして何にもなし!?
クソ暑い島で怪しい注射を打ち続ける生活を送らされて、泣き寝入りしろっていうの?」
「そうは言ってませんわ。ただ、勝つのは難しいと。あと、言葉が汚いですわ」
「やめろ里沙子。子供に当たるんじゃねえ」
「……もう嫌。お家から出ない。一生」
パジャマのまま抱えた膝に顔をうずめるあたしを見かねたのか、
ルーベルがひとつ息をついた。
「しょうがねえな、一本だけだぞ?一本飲んだら着替えて、普通の生活に戻ること」
「本当!?あらやだ、なんだか悪いわねえ。催促したみたいで」
「思いっきり要求してただろうが!
はぁ、ピーネ。悪いが物置からホットエールとやらを持ってきてやってくれ」
「え!なんで私が!」
「あ、興奮したら暑くなってきたから、やっぱ冷蔵庫のエールでいいわ。よろしく~」
「い・や・だ!」
「今夜のグリルチキン、わたくしの分半分あげますから、お願いです……」
「む~わかったわよ。里沙子の怠け者!」
「それ、この企画じゃ褒め言葉だから。サンキュー」
ピーネが部屋から出ていくと、今度はエレオノーラがベッドのそばに来た。
あたしは袖をまくって、両腕を出す。
「それでは、ピーネさんが戻るまで、今日の分を済ませましょう」
「うん、お願いね」
両腕には乱暴に刺した注射の痕がいくつも。
だいぶ薄くなったけど、完全に消えるにはまだしばらくかかるらしい。
エレオノーラがぽそぽそと詠唱すると、彼女の両手が光を放ちだした。
「痛そうですね……」
「お姉ちゃん……」
心配そうに見るジョゼットと妹。エレオが両腕を丹念に撫でる。
「もうしばらくかかりますが、必ず消えますからね。少しずつ、薄くしていきましょう。
強力な光で無理に消すと、肌に負担が掛かって将来的にシワの原因になりますから」
本来、解毒魔法である光魔法を応用して新陳代謝を促し、
ワクチン注射の痕を消してもらってるの。
彼女が今言った理由で消しゴムみたいに一発じゃ消えないけど、
普通に消えるのを待つよりずっと早い。あ、エール…じゃない。ピーネが帰ってきた。
「持ってきてあげたわよ!ほら、ありがたくお飲みなさい」
「ありがとさん。今、治療中だからそこのテーブル置いといて」
「はぁ、治療?まだ仮病使ってるわけ?」
ピーネが呆れた様子でテーブルにトンとエールの瓶を置いた。
「仮病じゃないし。心の病に罹って寝てるだけだし。
痛ましい事件の傷跡を消してるのよ。……お、ちゃんと栓抜いて持ってきたのね。
えらい、えらい。将来いいお嫁さんになるわ」
「余計なお世話よ、この行き遅れ!」
「行き遅れでけっこーメリケン粉~♪」
歌いながら尻で軽く跳ねてみる。
「ああ、動かないでください。上手く患部に照射できません」
「ごめん、ごめん」
「一番年長のくせにマジで子供みたいなやつだな」
「そうですね。
里沙子さん、わたくしが初めてここに来た頃より、ずいぶん変わりました。
あの時の里沙子さんは、なんとなく厳しいと言うか、怖い感じでしたから」
「そうお?あたしは昔も今も変わってないつもりなんだけど」
「ふふ。わたしには当時の里沙子さんの様子はわかりませんが、
今の里沙子さんはいい意味で砕けた感じの、優しい人に思えます。
さあ、今日の治療が終わりましたよ」
「ありがとう。うん、また注射痕が薄れてる。
あなたエステティシャンになれるんじゃない?お店開いたら儲かるわよ」
「馬鹿言ってんじゃねえっての。エレオノーラは次期法王になるんだぞ」
「わかってるけど……ルーベルは確実に厳しくなったわよねぇ。あたしに対して」
ようやく両手が自由になったから、テーブルのエールを手に取り、
コップにも注がずにラッパ飲み。
口に広がるスコッチの香り。至福のひととき。やっぱりこれだけはやめられないわ。
「お前が今みたいに昼間から飲んだり、子供みたいなイタズラしなきゃ、
なんにも言わねえよ」
「あんたが来てまだ一年も経ってないのが信じられないわ。
思い出すわねぇ。元旦早々押しかけてくるもんだからびっくりしたわよ」
「まぁ……いろいろあったな」
ルーベルがここに来た理由には本当にいろいろあったから、さり気なく話題を変える。
知りたい人は今年(’18年)の元旦に投稿された話を読んでちょうだい。
みんなも微妙な空気を察して深く聞いてこない。
「おおっと!元旦で思い出したわ」
「どうした、いきなり」
「そろそろ年賀状書かなきゃ。面倒くさい作業ランキング7位に位置する強者だけど、
お世話になった人に挨拶くらいしなきゃね。今から書かないと元旦に届かない」
「年賀状?なんだそりゃ。物知りパルフェム教えてくれ」
「皇国の習わしなのですが、アースにも存在するみたいですわね。
毎年初めに、旧年中お世話になった人や、友人等に挨拶状を送る慣習がありますの」
「へぇ……この国にはそんなもんないからな。初めて知った」
二人の会話も耳に入らず、あたしは脳内で送り先をリストアップする。
「えっと?まずは皇帝陛下と法王猊下でしょ。
シュワルツ将軍にもいろいろ手を貸してもらったし、
マリーとアヤにもメッセージカード的なものを。
そうそう、誤字がなくならないこの企画の校正をしてくれてるあの人と、
いつもの常連さんに……ん、なんか言った?」
「年賀状なんて風習、この国にはないから初めて知ったよ、って言ったんだ」
「えっ。それじゃこの国では年賀状出さなくていいの?やったー!
ハガキ買いに行ったり、住所書いたり、干支を調べたりしなくていいのね。
年賀状書くのやーめた」
「いや、やれよ!やっちゃいけねえって訳でもねえからな!?
感謝の気持ちがあるなら習慣とか関係なしに出せよ!」
「このメンバーのツッコミスキルがまんべんなく上がっているようで何よりだわ。
カシオピイアは特例として見学扱いだけど」
「いいか?ツッコミが発生する時ってのは、誰かが何か間違ったことをしてる時だ!
決して喜んでいいことじゃねえ!」
「そうね。次はエレオノーラ、チャレンジしてみる?
ノリツッコミから初めましょうか。あたしが振るから。
A:あらでっかいマシュマロ。
B:おう、鼻ちぎって食べてみ…って誰がマシュマロやねーん!
こんな感じで」
「わたしは……遠慮しておきます。マシュマロではありませんので」
エレオがまるでこのあたしを○○みたいに見ながら後ろに下がる。
確かに即興で作ったから微妙なネタだったけど。
ホント、誰がアダルトチルドレンやねん。なんてひどいオーウィ、云い方。
「あの~里沙子さん。歌は……」
「違う違う、歌じゃないの。オーウィはゲップよ。エールが美味しいわ」
<読者の皆様へお知らせ>
若干時期が早うございますが、この場を借りて年始のご挨拶をさせていただきます。
旧年中は大変お世話になりました。
いつも丁寧な誤字修正してくださっている方がいらっしゃいます。
毎回お手数をおかけしてすみません。そしてありがとうございます。
気をつけてはいますが、どうしても見落としてしまうのです。
来年こそ誤字脱字ゼロを目指して執筆しますが、多分出てしまうと思います。
本当にすみません。
続いてコメントを寄せてくださる皆様へ。皆様方の感想のおかげで、
墜落寸前の低空飛行を続けながらもこの企画を続けることが出来ています。
書き手にとって感想は何よりの活力です。ありがとうございます。
最後になりましたが、
うんざり生活を読んでくださっている全ての方に感謝の言葉を申し上げます。
開始から1年を過ぎても方向性の定まらないSSにお付き合い頂き、
本当にありがとうございます。
平成最後の年、そして新しい元号を迎える年が、
皆様にとって素晴らしい始まりとなることをお祈り致します。
焼き鳥タレ派
「え、何!?いきなりこの変なメッセージは!さすがにあたしもこれはさばききれない!
ツッコミどころは1つの振りに1、2個にしなさいよ!エレオノーラが困ってるじゃない!」
「しないって言ってるじゃないですか!里沙子さんたら……」
突然現れた怪文書に皆が少なからずパニックになる。
「待て待て!今年はあと半月くらい残ってるぞ!なんで今、年明けの挨拶なんだよ!」
「ルーベルさん、お姉さま。この文書を送ってきた奴によると、
これから年明けにかけて、色々立て込んできて、
次話を書く時間が取れない可能性があるみたいですわ」
「はぁ!?1日中食うか寝てるかパソコンに向かってるかの、
半分死んでる奴に何の用事があるってのよ!」
「そこはパルフェムも疑問に思ったんですけど、
年末だけは家を出ざるを得ない状況が発生しやすいらしいんですの。
実家に帰省した姉を迎えたり、年末年始の休院までに薬をもらいに行ったり、
親戚の家に祖母を迎えに行ったり、ここに書くと差し障りがあるような事もいくつか」
「もー嫌!ここまでまともな物語なんて最初の辺りしかないじゃない!
ろくでなしが書いたSSなんて大嫌い!」
「癇癪起こさないのピーネ。あたしなんか1話目から付き合ってるのよ。ラパパラー」
「ふむむ、静かにして欲しいのである。おちおち昼寝も……あら、どうしたのみんな。
斯様に狭きところに集まって」
2つの意味で影が薄いエリカが位牌からその姿を現した。
「なんでもないわ。そろそろ無理矢理にでも話題を変えるから、引き続き寝てなさい」
あたしはエリカに背を向けてベッドに横になる。
「ええい!またこのパターンでござる!
来年こそは拙者の剣さばきを見せぬと容赦しないわよ!」
「あたしに言わないで。あ~火炎放射器と紫電改、持って帰りたかったなー」
結局、無駄話だけで約5500文字も使っちゃった。この後どうしようかしら。
で、何の足しにもならないやり取りが終わり、あたしが目を閉じると、
あらかた人が出ていった。残るはジョゼットとエレオノーラだけ。
……なんで残ってんの?薄目を開けて様子を見る。
「寝ちゃいましたね、里沙子さん」
「はい。こうしてきちんとした彼女の寝姿を見るのは初めてですね」
なんか引っかかる表現ね。
「普段は酔い潰れて床で寝てるところくらいしか見られませんから。
ルーベルさんの言う通り、あれはピーネちゃん達には見せたくないですね」
うっさい。床がベッドに見えたんだからしょうがないじゃない。
「それを2階までおぶって行くのはいつもジョゼットさんですね。ご苦労さまです」
……お世話んなってます。
「いつものことですから」
「そう言えば、ジョゼットさんには大抵の家事を担って頂いていますね。
私達も食事の用意を手伝ったりはしますが、
やっぱりジョゼットさんがほとんどをこなしています。
こういう役割に就かれたのは、やはりシスターとしての奉仕の心から?」
「はは……そんなわけ、ないじゃないですか」
ジョゼットが自嘲気味に笑う。そりゃそうよね。
「わたくしがこの教会に来た時のこと、いつかお話したと思うんですけど、
その時わたくしは暴走魔女に拐われそうになっていて、ここに助けを求めてきたんです。
里沙子さん、どうしたと思います?
ドアも開けずに、厄介事はご免だって無視したんですよ!信じられますか!?」
「落ち着いて。声を落としましょう。
それは、まあ……里沙子さんらしいと言えばらしいですけど、
今の彼女からはちょっと考えにくい気もしますね。
えと、それで結局魔女はどうなったんですか?」
「魔女の一人が教会を燃やそうとしたら、里沙子さんが怒って出てきて、
牛乳瓶を投げつけて追っ払ったんです。
その後一旦中には入れてくれたんですけど、
今度は高い弾代やボディーガード料を請求されて……
当然わたくしの路銀じゃ足りなくて、代わりに家の雑用をすることになりました。
今でも家政婦扱いなのはその名残です」
家政婦だからちゃんと月給500G払ってるんでしょうが。
「確かに、当時の里沙子さんは、なんというか……
過度に人の問題に触れないというか、あまり人と関わらない性格だったようですね」
はっきり言っていいのよ。銭ゲバの冷血女だって。
ジョゼットの待遇が変わることもないけど。
「でも、エレオノーラ様や皆さんが来てくださって本当に助かりました。
本人は否定すると思いますけど、
あの冷たくて意地悪でものぐさで酒と金しか頭にない里沙子さんが変わり始めたのは、
やっぱり皆さんとの触れ合いによるものが大きいと思うんです!」
あんたは黙ってなさい。
「わたしもそれは感じています。この教会に住み始めたころは、
まだジョゼットさんとルーベルさんしかいませんでしたが、
仲間が増えるにつれて、
里沙子さんが少しずつ前向きな性格になっていったように思います。
そう言えば、わたしも初めにこの教会を訪れた時は、
借金の取り立て屋のような扱いを受けたのを思い出しました」
「税の免除を話に出すとコロッと態度を変えましたよね。本当、現金な人です。
確かに住人が増えるにつれて、人間関係については山のように動かない里沙子さんに、
マリーさんやアヤさんというお友達もできましたね~」
金で動いて何が悪い。あと友達はあたしん中で禁句だから。大人の事情で。
「ふふっ、できるならわたしも一度見てみたいですね。冷たくて意地悪な里沙子さん」
「意地悪な里沙子さんは今でも見られますよ……そこにいますから」
「あらあら。もし彼女が起きていたら大変ですよ」
バッチリ起きてるから。いつか事故を装って大変な目に遭わせましょう。
「大丈夫ですよ。ぐっすり寝てますから。ちょっとほっぺをつついてみましょうか」
触ってごらん、ウールだよ。
「やめておいたほうがいいと思います。起こして噛みつかれたら大変」
わかってんじゃないの。エレオノーラは賢い。ジョゼットは残念。
「アハハ、エレオノーラ様ったら。そうですね。里沙子さん、寝起きが悪いですから。
……でも、わたくし、ここに来たことは後悔していません。
むしろたくさんの家族が出来て幸せだと思ってるんです」
「わたしも同じ思いです」
「特にわたくしの場合、親に捨てられて両親が行方知れずということもありますから」
「まぁ……」
なんで急に話方向転換した?この企画じゃ珍しくないけど。あとあんまり重い話は勘弁。
「今日みたいに寒い日の夜だったそうです。
神父様のお話によると、玄関先から赤ん坊の泣き声が聞こえるので、
見に行ったら毛布に包まれカゴに入ったわたくしがいたとか」
「親御さんにも事情があったのでしょうが、辛い話ですね」
雨が降ったら傘を差す。辛い話は胸を刺す。娘十八、紅を差す。元ネタわかる人~?
「いえ、そんなに悲しかったわけじゃないんです。
両親のことは全く覚えてませんし、モンブール中央教会の仲間や神父様は、
みんな優しくて良い人達でしたから」
「よかったですね。では、どうして北の領地からハッピーマイルズまで?」
「わたくしをお救いくださったマリア様の教えを広めたくて、
シャマイム教の基礎学習課程を修了した16の誕生日に、旅に出ることを決めたんです。
まぁ、結局は領地をひとつ移動したところで魔女に捕まっちゃったわけなんですけど。
えへへ」
「その後、色々あって里沙子さんに助けられ、ここに住まわれるようになったと。
そうでしたか。これもマリア様のご加護があってのことなのでしょうね」
それは間違ってるわ。魔女の代わりに飲んだくれ女に捕まっただけの話。
本気でマリアさんに助ける気があったなら、こんなボロ屋敷じゃなくて、
ブローニングM2重機関銃で武装した要塞を配置してたはず。
「はい!だから、わたくしも一人前のシスターになれるよう、
自分なりに一生懸命神の教えを勉強してるんです」
「ジョゼットさんの高い志はマリア様も見ていらっしゃいます。
同じシスターとして、一緒にがんばりましょう」
「そんな、聖女様と同じだなんて……あ、そうだ!
エレオノーラ様のご両親は今どちらに?
法王猊下とは何度もお会いしているのですが、一度もお姿を拝見したことがなくて」
「両親は……その、今、国外にいます。いつ戻るかも未定なんです。
少し事情が込み入っていて、話すと長くなります。とても」
「そ、そうですか!法王猊下はお変わりなく?」
「おかげさまで。まだまだ現役だと意気込んでいますよ。ふふ」
ジョゼットにしちゃ珍しく、
話の雲行きが怪しくが怪しくなったのを、ちゃんと感じ取ったようで感心感心。
エレオの親御さんについてはまだ知るべきじゃなさそう。
あるいは、ずっと触れないほうがいいのかもしれない。
そろそろ起きようかしらね。あたしはムクリと身体を起こして、思い切り伸びをした。
「ふぁ~~あ、あいの、どっこいしょ」
「あ、里沙子さん起きたんですね」
「もう十分寝たからね。これから本格始動しようと……
しまった、エールを飲みきってなかった!まだ水位2cmくらい残ってる!
早く飲まなきゃ」
「落ち着いてください。エールは逃げませんから」
「瓶は逃げなくても炭酸が逃げるのよ。んぐっ……あら、悪くないわね。
香りは飛んでないし味もなかなか。
エールは温度帯によって異なる味わいを見せるのが魅力のひとつなのね」
「里沙子さんは本当にエールがお好きなのですね。
では、着替えもあるでしょうから、わたし達はこれで失礼します」
「そうでした、夕ご飯の支度をしなきゃ。里沙子さん、また後で」
「うい」
パタンと静かにドアが閉じられると、あたしもベッドから下りた。
立ち上がろうとした瞬間つまづきそうになったのは、
寝てばかりいて脚が鈍ったせいであって、歳のせいじゃないと信じたい。
もう3時だけど、一応着替えて顔を洗う。
思いがけずジョゼットとエレオのだべりを聞くことになったんだけど、
あの娘にも割と大きい事情があったとはびっくり。
よく考えたら、この家のメンバーで何も事情を抱えてないやつって……あたしだけ!?
異世界に来たことを除けば、まったくフツーの人生送ってきたからね。
なんだか自分だけ脳天気に生きてるような。
やめましょう。虚しくなるだけだから。
それにしても今回はいつも以上にどうでもいい話だったわね。
報告までに、夕食のメニューはチキングリルとシーザーサラダ、白パンひとつだった。
そうそう。この更新が今年最後かもしれないから、皆さん、良いお年を。あとメリクリ。