世の中には大人になってもお年玉をもらってる連中がいるらしいわ。あたしにもおくれ。
ハッピーニューイヤー!
ダイニングに賑やかな声が響く。2018年とお別れして、無事2019年を迎えたあたし達。
一人暮らししてた頃は、元旦なんて去年の続きでしかなかったけど、
去年1年間であっという間に増えた仲間と一緒に祝うと、
なんというか区切りがつくわね。
子供部屋の魔導空調機を持ってきて、暖まったダイニングで新年会。
「さあ、食べましょうか」
「やったー!」
「いただきますが先でしてよ、ピーネさん?」
大晦日にジョゼット達と手分けして準備したおせちに、はしゃぐピーネ。
他の大人達も落ち着いてはいるけど、おせちは初めてだから珍しそうに見てる。
しかも、パルフェムが去年食べそこねた栗きんとんのレシピを知ってたから、
今年はきちんとラインナップに入ってる。
「わかってるわよー。いただきまーす」
「それともう一つ先に、あけましておめでとうもね」
「そうですね。無事、新しい年を迎えられたことをマリア様に感謝して……」
“あけましておめでとうございます!”
まとまりのない企画だけど、年明けの挨拶くらいはちゃんとしましょう。
みんなも同じ考えだったようで、
少々他人行儀の挨拶をしてから、ナイフとフォークを手に取る。
テーブルには色とりどりのおせち料理が皿に盛られている。
この世界で手に入る食材の寄せ集めで、しかも平皿盛りだけど、
うまけりゃ形はどうでもいいわ。
昔、夕方のニュースで、
おせちは四角い重箱に詰めないと幸せが逃げるって作法を紹介してたけど、
皿の形くらいでどうこうなる程度の幸せなんか金で買える。
数の子、伊達巻、栗きんとん、ごぼう・人参の煮物、ローストビーフ、
チーズの盛り合わせ、シーザーサラダ。餅がないお雑煮代わりのコンソメスープ。
後半はともかく、前半の和食はパルフェムとあたし以外には珍しい。
さっそく各自の皿に取り分けて食べている。
「おいしい……」
「はい。上品な甘さと歯ごたえがあって、食が進みます」
ごぼうがカシオピイアとエレオノーラに人気の模様。
「みなさん、みなさん、聞いて下さい!
おせち料理にはですね、その年の幸せを願う色んな意味が込められてるんですよ!」
「ジョゼットにしちゃよく覚えてたわね。じゃあ、ごぼうの意味は?」
「わかりません!」
「正直でよろしい。去年は作ってなかったからね。ちなみにごぼうは深く根を張るから、
その家が安泰で、皆が健康に暮らせるよう願いを込めて使われるの。
今にも崩れそうなこの家にはぴったりね」
「素敵ですね。他には何があるのですか?」
「はい、ジョゼットGO」
「えーっと、なんでしたっけ?」
「……まぁ、ジョゼットにしちゃ縁起物の存在を覚えてた分よくやったわ。
まず、ルーベルがかぶりついてるのが数の子。卵が多いから子孫繁栄の象徴ね」
「ん、わらひか?」
ルーベルが去年口にして以来、癖になっている数の子を頬張っている。
普段少食だけど、これは妙に気に入ったみたい。
「あと伊達巻は、巻物に似てるから学業成就の願掛け。
栗きんとんは見た目の金色を財宝に見立てて、金運を招くものとされてる」
「さすがですわ、お姉さま。
皇国のルーツである日本の文化に、確かな知識をお持ちですわね」
「くだらないものもあるけどね。ここにはないけど、昆布なんて“よろ
ただの駄洒落だし。それはそうと、1年後の今日までこの企画が続いてたら、
このおせちの豆知識はスキップしようと思う。ピーネも読者も興味ないだろうし」
「ピーネちゃん、伊達巻ばかり食べてたら、他のご馳走がなくなりますよ?」
「だって、ロールケーキみたいでおいしいんだもん」
「甘いものがお好みなら、栗きんとんも召し上がって。伊達巻よりお菓子に近いですわ」
「え~?なんかネトネトしてるけど……あ、これもおいしい!」
「ふふ、そんなに美味しそうに食べてもらえたら、作った甲斐があるというものです」
「アースの新年のお祝いは、とても賑やかなのですね」
「というより、うちの連中がやかましいのよ」
去年は余り気味だったおせちも、どんどんみんなの口に入っていく。
あたし?もちろん酒に決まってるじゃない。ルーベルも元旦くらいはうるさく言わない。
というより、数の子に気を取られてる。
愛用の栓抜きでエールを開け、口に含んで香りを楽しむ。あら、そう言えば。
「ねえ、エレオノーラ。本当に法王猊下のところに帰省しなくてよかったの?
三が日くらい大聖堂教会で過ごしたほうが良かったんじゃない?」
「大丈夫ですよ。信者の方への挨拶は年明けはじめのミサですし、
お祖父様にも新年はこちらの家族で祝うよう言われています」
「家族、ねぇ。あなたがそれでいいならいいんだけど。
……そろそろあたしも固形物を口にしようかしら」
油断してたら、おせちは凄い勢いでなくなりつつある。
ピーネがうまいうまい言うから、あたしまで食べたくなった伊達巻から皿に取る。
カステラに近い食感のおせちをかじってみる。まぁまぁの焼き加減ね。
「む~おはようでござる。ややっ!眠っているうちに新年を迎えてしまったわ!
皆の衆、今年もよろしくおねがいします」
ああ、すっかり忘れてた。エリカが2階から寝ぼけ眼で漂ってきた。
「ふふっ、あけましておめでとうございます。エリカさん」
「大体あんたは寝すぎなのよ。寝てるから露出すなわち出番が少ないの。
『吾輩は猫である』で、迷亭が昼寝ばかりしてる苦沙弥先生を、
“毎日少しずつ死んでるようなものだ”って言ってたけど、
あんたもう死んでるじゃない。これ以上死んでどうするの」
「そこまで言うことないじゃない……
今日はもう寝ないから、後で初詣に連れて行って欲しいでござる」
「残念だけどこの世界に神社仏閣の類は存在しない。うちの聖堂で我慢しなさい」
「とほほでござる~」
使い古された古典的なオチにみんながどっと笑う。ぼちぼちおせちも片付いてきたわね。
一年の計は元旦にありっていうけど、今年はマシな正月を迎えられたんじゃないかしら。
少なくとも新年早々銃撃戦をやらずには済みそう。
それでは皆さん本年もうんざり生活をよろしく。
ちなみに、去年の年明けあたりで触れた13日まで正月休みのバイク屋は、
なんと今年は成人の日と合体して14連休だったわ。
でも、あたしとしてはアレが人としてあるべき姿だと思う。
そもそも、日本人は働きすぎ……
コン、コン……
弱々しいノックに、みんながギョッとして聖堂を見る。
エレオまで身を乗り出して玄関の様子を伺う。
うちのおせちには、逃げ出すほどの幸せすら、最初から入ってなかったらしい。
ため息をついて、ストールを羽織り、凍えるような聖堂に入る。
くだらん用事だったら玄関先のゲッタービームが黙っていない。
そもそも今日は元旦だから、よほど重要な用事でない限り、相手をする義理もない。
さっさと追い返しましょう。ドアスコープを覗くと……ああ、あのアホ!
急いでドアを開ける。
「あけおめ、ことよろ……マジカル・メルーシャ参上だぴょん……」
今、奴が参上を惨状と変換ミスしたんだけど、あながち間違いでもない。
久しぶりにご登場のコスプレ新聞記者。
最後に会ったときと違って、ゴスロリとメイド服を掛け算したようなドレスを着ている。
当然ミニスカートで生足も出してる。
年末から続く寒波の中、この格好で来たとしたら相当な命知らずね。
「何やってんの、このおバカ!ぐずぐずしてないで入りなさい!」
「ああありがとううう」
とりあえず外よりは寒くない聖堂に招き入れると、年寄りみたいな足取りで、
ピンク色の頭を首ふり人形のようにガクガク揺らしながら中に入る。
カメラはしっかり持ってるプロ根性だけは立派だけど、その他全てが残念。
残念女をダイニングに通してやると、
泣きそうな顔で誰かが物置から持ってきてくれてた丸椅子に座る。
「超あったかいよー!魔導空調機マジぱねぇっす!」
「ジョゼット。悪いけど、このバカにスープを恵んでやって」
「は、はい!」
今の病状ではまともに話もできないだろうから、
スープを飲み終えるまで待つことにした。みんなも、迷惑な珍客を見つめている。
ジョゼットが温かいスープを置くと、スプーンでカタカタと皿を鳴らしながら、
必死になって飲み始めた。
「あざまし!ふーふー、おいしい……おいしいよう!
やっぱり里沙子ファミリーが大金持ちで、
リッチな生活を送っているってタレコミは本当だったっぴょん!」
「コンソメスープひとつで騒がないで。
さっさと飲んでさっさと帰らないと、もっと温かい鉛玉をご馳走するわよ」
「相変わらず里沙子は旧友のメルにも塩対応だヨ……」
「ええ、塩まいてやりたい気分だわ。
この凍てつく寒さの中、よくそんな格好で出歩いてられるわね。
あんまり季節外れな格好してると、バカを通り越して知恵遅れだと思われるわよ。
それに、うちが割と金持ちなのも周知の事実。
どこでそんな大昔の情報掴んで来るのか逆に気になるわ。
最後になったけど、あんたと友達になった覚えもない。一度一緒に仕事しただけ」
「ひどすぎワロタ!そこまで言われるとTBS(テンションバリ下がる)!
このドレスはメルのトレードマークだから絶対に脱げないっぴょん!」
「あーわかったわかった。
スープ飲んだら、今日は何しに来たのか、言うだけ言ってごらんなさい。
何も手伝うつもりはないけど」
「あはは…里沙子さん、本当にこの方に厳しいんですね」
苦笑するエレオ。子供達は哀れな女ピエロに同情的な視線を送る。
カシオピイアは退屈な展開に飽きたのか、船を漕いでいる。
ルーベルは最後の数の子をかじっているし、エリカはやっぱり蚊帳の外。
「ずずっ……ゴチ!
おいしいスープですっかりアゲぽよ状態になったところで、取材だよ!」
「帰れ」
「なんで!?」
「なんでもクソもね。今日は何月何日?」
「1月1日だぴょん」
「わかってんならどうしてよりによって今日なのよ!
元旦はほとんどの店や銀行が閉まる!
つまりほぼ全ての国民が休みを満喫できる特別な日なの!
一般人のあたしらがマスコミに付き合う理由はない!オーケー!?」
「今日でなくちゃ意味がないんだぴょん!
新年初日における里沙子ファミリーのリアルガチをスクープして、
他紙との差をつけなきゃ上司が鬼おこなんだしー!」
「あたしの話が聞こえなかった?芸能人じゃなきゃ公人でもないあたし達が、
わざわざ正月にあんたらの金儲けに協力する義務はない!
ちょっと違うわね。エレオノーラは大聖堂教会の偉い人だから、
勝手に写真撮って新聞に載っけたりしたら、怖いパラディンさんが飛んできて、
あんたを紅葉おろしにするからそのつもりで」
「メ、メル暴力には屈しないぴょん……」
「暴力じゃない。法が定めた正当な自衛権行使よ。
ほら、お巡り呼ばれるか、あたしがキレてピースメーカーぶっ放す前に、
暖かいお家に帰んなさい」
「ヤダー!メルの家は小さな暖炉しかなくて、夏暑くて冬涼しい貧乏長屋だぴょん!
編集部クビになったら更に野宿生活にグレードダウン!」
「あと10秒で出ていかないと、ジョゼットが煮えたスープをぶっかける」
「えっ!わたくしが!?」
「里沙子の鬼!単品の意味で鬼っぴょん!」
「あと5秒」
「お願~い!親友を助けると思って!」
「毎週会ってるアヤでも知り合い止まりなのに、どこまで図々しいんだか。
はい、3、2、1」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
これはメルーシャの声じゃない。
醜い言い争いを見かねたのか、エレオノーラが立ち上がって待ったをかけた。
「どうしたのエレオ。こういうかまちょは甘やかすと際限なく図に乗るの」
「そうおっしゃらずに。
メルーシャさんもこの極寒の中わざわざ遠くからいらしたんですから……
そうです!おせちの写真だけ撮って頂いてはどうでしょう。
先程、様々な一品料理の由来を話してくださったではないですか。
アースの文化を知っていただくいい機会だと思うんです」
「はぁ、別に知っていただかなくてもいいんだけどね。
……ピンク頭。エレオに感謝しなさい。食卓のおせちに限って撮影を許す」
「
ところでおせちって何!?」
結局こいつの要求通りになったことに腹を立てつつ、
正月におせちを食べる日本の習慣、それぞれの料理に込められた願いについて説明した。
メルーシャは興味深い様子でメモを取る。カシオピイアは完全に寝ていた。
「なるほどー、日本人はダジャレや願掛けDS(大好き)民族ってことでおk?」
「それは否定しない。
商品名や広告なんかは特に、しょーもないダジャレの出現率が高いわね。
あたしからは以上。あとはテーブルのおせち適当に撮って。気が済んだら帰るのよ?」
「かしこまり!で、今からぁ~メルがガメ写撮るんでぇ~写りたくない人は~
フレームアウトしてくれると~ハッピーだったりするかもぉ~」
「その喋り方は何なの!!
……って、あたしがあんたの親だったら怒鳴ってるところだわ」
「既に怒鳴ってるし!?こわたんだから手早く撮るお……」
イラつきを爆発させると、メルーシャが恐る恐るおせちの食い残しを写真に収める。
数の子はルーベルが食べちゃったから、
適当なイラストで代用してもらうしかなかったけど。
「撮った?撮れたわよね?じゃあ帰ってほら、早く、急げ」
用済みの女を追い出すべく、メルーシャを聖堂に向けてグイグイ押す。
「ま、待って。まだおせちの話題に必要な要素が取材できてないぴょん!」
「面倒なことだったらクロノスハックで裏の雪山に埋めるわよ。上下逆さにして」
「料理の外観は撮れたけど、それだけじゃ読者に伝わらないこともあるかも?」
「ない」
「味だっぴょん!実食レポに必要だから、メルにもおせち料理を一口プリーズ」
あたしはエレオを見る。彼女が目をそらす。ため息が漏れる。
ため息をつくと幸せが逃げるっていうけど、
やっぱりその程度の幸せなら金でどうにかできるのよ!!
「言ったじゃない。すぐ調子に乗るからって。はぁ」
「すみません……」
「……ジョゼット、こいつにも皿と割り箸を出してやって」
「は~い」
割り箸は分かれたり割れたりするから縁起が悪いらしいけど、
その程度の悪運、金の力で(略)。あ、こいつは貧乏だろうからどうにもならないかも。
「どうぞ」
「あざ!じゃあ、まずはスイーツからぱっくんちょ」
「あー!伊達巻は私のなのにー!」
「おせちだからまだいいけどさ、“まずはスイーツ”って発想は理解できない」
「ん~、おいしい!ケーキみたい!これマジヤバい」
「……甘いのがお好きなら栗きんとんもどうぞ。そこの」
「パルフェム、気持ちはわかるけど顎で指すのはよしなさい」
「ワーオ、こんなの食べたことないっぴょん!マジヤバい!」
「ちゃんとごぼうも食べるのよ。それ」
「お姉さま、銃で指すのはもっと良くないと思いますの」
「えーと。これもコリコリしててうまい。うん、マジヤバ!」
「あんたねえ、新聞記事全部“マジヤバい”で埋めるつもり?
記者として言葉の引き出しの少なさは致命的だからもっと危機感を抱くべき。
ハッピー・タイムズは読んだことあるけど、
本当にあんたが書いてるのか疑わしいくらい適切な言葉選びができてるわよ。
貧乏なくせにゴーストライターでも雇ってるの?」
「うぐっ、超ヤガモ!
それは、そのぅ、原稿については先輩が最終的に多少手直しを……」
「その様子じゃ9割9分先輩が書いてるようなものね。
正月中に国語辞書の一冊でも読んだほうがいいわよ。またリストラ騒ぎになる前に」
「里沙子は情けというものを知るべきだと思うっし~?
明るく楽しい生き方を心がけてるメルーシャだって人並みに傷つくぴょん……」
うなだれるメルーシャの肩に、ジョゼットがポンと手を置く。
「この家に住んでいると、これがずっと続くんです。
用事が済んだら、メルーシャさんも早く帰ったほうがいいです。
誰もあなたを傷つけない我が家へ……」
「ジョゼットさーん!」
「メルーシャさん……!」
抱きしめ合う二人。なんであたしは呼び捨てでジョゼットはさん付けなのか。
「もう気は済んだでしょ。記事のネタも集まったんだから馬鹿やってないで帰る」
「最後に、最後にひとつだけ!」
「本当にひとつなんでしょうね。あたしの頭の線がマジでヤバい」
「皆さんの集合写真で締めくくりたいんだぴょん……だめ?」
「それで大人しく帰るのね?」
「うん」
あたしは仕方なく、隣で寝ているカシオピイアの肩を少し揺すって彼女を起こす。
「ん…ん?」
「ごめんね起こしちゃって。1枚写真に付き合ってあげて。
そしたらいくらでも寝てていいから」
「わかった……」
それから全員が寒い聖堂に移動して、一列に並ぶ。
みんな嬉しくなさそうな顔だし、心霊写真になるからハブられたエリカがうるさい。
“こりゃー!拙者も仲間に入れるがよいー!”
「撮るよ~もっとスマイルでヨロ!」
「無理。早く暖かい部屋に戻りたいんだから、つべこべ言わずにさっさと撮る」
「むぅ、わかった~!それじゃ…1、2の3でプリリンパ!」
バシャッ!
「うん!現像しないとわからないけど、いい感じで撮れてると思う的みたいな?」
「そう、よかったわね。来年も良いお年をお迎えください。さようなら」
「えっ!?今年の出番これで終わり?ガチで?」
「それは、正月にこんな駄文をしたためること以外することがない奴の、
気まぐれに期待するしかないわ。ほらほら出た出た」
「ああっ、押さないでほしいぴょん!」
バタン!
ようやくシベリアのごとく凍てつく外気にメルーシャを追い出した。
これで暖かいダイニングで正月の続きができる。
具体的には酒。馬鹿の相手をしてる間にすっかり抜けてしまった。
“ひいいい、寒い!里沙子ファミリーの皆さん、ジャネバイ!”
「お仕事とは言え、新年早々寒い中を走り回らなければならないなんて。
少し気の毒です」
「気の毒じゃない。薄着してるのはあいつの勝手だし、
むしろ気の毒なのは仕事とやらに巻き込まれたあたし達。エレオは優しすぎる」
「そうかもしれませんが……」
「さー!パーティーの続きよ!」
みんなでぞろぞろとダイニングに戻り、再びおせちをパクつく。
今度はあたしも積極的に食べてるんだけど……お正月の切実な悩みが早くも発生。
おせちって、食べ始めは“わー豪華!”って感じでテンション上がるけど、
食べ進めるうちに飽きてくるのよね。
チーズの盛り合わせは人気がないようで、最初からあんまり減ってない。
このローストビーフもあと何枚あるのかしら。皆の食べるスピードが明らかに落ちてる。
酒の力で食欲を増幅しても食べ切れそうにないわ。
こりゃ昼飯か晩飯までもつれ込みそう。
元旦のお正月気分って極端に変動するのよ。
有頂天のMAXから現実の最下層まで一気にズドン。
重箱に詰められた豪華な料理は、昼になればいつもの皿にラップを掛けられて出てくる。
浮かない気持ちで普通のおかずと化したおせちをモソモソと食べた後は、
毎年代わり映えしない正月番組をごろ寝して見るくらいしか楽しみがない。
外に出ようにも大半の店が休み。
「余っちゃいましたね~」
「厄介なのよね。この世界にはラップがないから直接冷蔵庫に入れるしかないんだけど、
水気が飛んで味が悪くなる。お昼にはカタをつけたいわね」
「私、もう伊達巻食べられない」
「甘いもんばかり食べるからでしょうが。
おせちが全部片付くまで、他の料理は食べられないからね」
「えー」
「えーじゃない。早くしないと傷んじゃうから、みんなも協力してね」
「う~ん、来年は少なめに作りましょうか、里沙子さん」
「それはそれで足りなくなる恐れがあるのよね。ままならないものだわ」
「パルフェムもお腹が……ごちそうさまでした」
「無理しなくていいわ。お腹壊すから」
あたし達は一旦遅めの朝食をストップして、料理をひとつの皿にまとめた。
昼にはまた食べ飽きた品々と対面しなきゃならない。
しかもテレビがないから暇つぶしの正月番組すら見られない。
マリーもさすがに正月は休んでるだろうから街に行っても意味がない。
昼寝してタイムワープするしかなさそう。
「ごちそうさま。あたし部屋で寝るわ。カシオピイアもうたた寝してると風邪引くわよ」
「ん?…うん」
「あ、そうだった」
やること1つ思い出した。
あたしはポケットから小さな封筒を取り出し、パルフェムとピーネに渡した。
「はい、二人共。お年玉」
「まあ!ありがとうございます!」
「お年玉?何それ……えっ、100G!?なんで?」
「元旦には大人が子供に小遣いをやる風習があるの。これで午前のイベントは終了ね。
今度こそ寝てくるわ」
「ふ~ん。ありがと」
部屋に戻ると、体が温かいうちに布団に潜り込む。ここには暖房がないからね。
毎度のことだけど、今年もやっぱり寝正月。あたしらしいと言えばそうなんだけど。
体温で毛布がいい感じに温まると、酒の効果もあって間もなく眠りに落ちた。
新年1発目がただの飲み食いの話でごめんなさいね。今年もよろしく。
数日後
サラマンダラス帝国に三が日という概念はないが、
とにかく年明けから3日以上経ち、多くの店が通常営業に戻り始めていた。
ハッピーマイルズ・セントラル広場に、新聞や軽食を売る屋台がある。
「新聞、飲み物、サンドイッチ。いらんかね~」
厚手のコートを着てマフラーを巻いた、長いブロンドの女性が売店に立ち寄った。
マガジンラックに並ぶ様々な新聞の中から、気になるものを見つけた彼女は、
1部抜いて代金を払う。
「これを」
「まいど~」
その場で新聞を広げ、1面を飾る写真をじっと見る。
そして、写真の中の一人を撫でるように指でなぞった。
「リリアナ……」
彼女はそっとつぶやいた。