テレビの砂嵐みたいな絵をぼーっと見ると何かが浮かび上がるってやつ、一度も出来たことがない。
「全員集まったか?それじゃ会議を始めるぞ。
まず、うんざり生活も80話を超えて目次がごちゃついてる。
これにより、過去に作った設定を参照したくても、
該当のエピソードがわからないという問題が発生してる」
例によってダイニングに全員が集まり、ルーベルが会議の口火を切る。
なんつーかもうね、
ここはルーベルの家なんじゃないかって思うくらい立派に仕切ってる。
うちに来た頃、“お前のためにできることを探す!”とか言ってた殊勝な姿はない。
ルーベルが家長であたしがひきこもりの長女みたい。なんとかしなくては。
「はいはい!わざわざハーメルンを開かなくても、
手元のWordファイルを検索すればいいんじゃないかしら?」
「それはあんまりやりたくねえんだ。
投稿ページにコピペして最終段階のチェックをしてる時に、誤字脱字を見つけたり、
矛盾を発見したり、もっといい表現を思いついたりしてその場で修正することが多い。
つまりネットに上げた完成文とWordの文章は微妙に違うから、
Wordファイルに頼ると何か見落とす可能性がある」
「本当に役に立たない存在ですわね!自分の作品すら手に負えないなんて!」
「言えてる。カシオピイア、何かいい案はある?」
「ううん……日報の、書き方なら」
「わたくしも、これと言って……」
「ピーネとエレオは?」
「せめて各タイトルに番号を振ってみては?」
「うーん、悪いがそれじゃ中身がわからねえままだ」
「てゆーか、なんで私達がそんな事考えなきゃいけないの!?もうおやつの時間でしょ?
クッキーと紅茶が飲みたい!」
「この問題が片付くまで我慢して。
計100話を目前にしてる今のうちにどうにかしないと、読者も読むのが煩わしい」
「私から」
文句が相次ぐ中、アイーダさんが手を挙げた。
一時的とは言え、うちの住人で最年長者の知恵に期待が高まる。
「章管理……」
「え?」
「この企画は、続き物のエピソードもちょくちょくありますよね。
それらを章ごとにまとめてタイトルを付ければ、
だいたい何をしてたかくらいは見当がつくと思うんです」
「なるほど。この機会に奴が面倒がってやらなかった作品整理をやらせようってことね。
いいアイデアだと思うわ」
「私もいいと思うぜ。
一話完結が続いてるときは、短いキーワードを複数入れればいいんじゃねえか?」
「さすがアイーダさん。旅慣れているだけあって、知識が豊富ですわ」
「大人の女性は頼りになります~」
「いえ、そんなこと」
「あたしも成人なんだけど」
アイーダさんは、ふふ、と少し笑って謙遜する。そんな所にも落ち着いた魅力がある。
……ん?ああ、ごめんなさい。さっきから当たり前のように話に加わってるけど、
この人の紹介が遅れたわね。彼女はアイーダ。1週間くらい前からうちに住んでるの。
ある吹雪の厳しい日、
彼女がいつもの玄関から訪ねてきたから警戒しつつドアを開けたの。
聞くところによると、旅の途中だけど悪天候に見舞われて先に進めないから、
一晩泊めて欲しいって。
で、一晩だけの予定が、ピーネやパルフェムが懐いたり、
ジョゼットの家事を手伝ってもらったり、さっきみたいに知恵を借りたりしてるうちに、
出発が伸びて今に至るってことよ。
何話か読み飛ばしたんじゃないかと過去話読み返した人がいたらごめんなさい。
ちょっと変わってるけどいい人だと思う。
ブロンドのロングヘアに蒼眼で、
本人によるとアラフォーらしいけど30くらいにしか見えない美形。
ただ、室内でも絶対ベージュのトレンチコートを脱がないし、
凍えるほど寒い聖堂でも平気で長椅子に寝てるけど、
そんなの他の変態共に比べれば何の問題もない。
くだらないけど切実な問題について結論が出たところで、
ピーネのおねだり通りお茶にする。
ジョゼットがお茶の準備を始め、アイーダさんもそれを手伝う。
「ああ、いいのよ。そんなのジョゼットにやらせとけば」
「いいんです。私が、やりたいので」
「気を使わなくていいのよ。
あなたは数少ないまともな客人で、有望な新キャラ候補なんだから」
「里沙子さん?わたくしにもたまには気を使っていただけると……」
「濃いめのブラックよろしくー!」
「わたくしにとってはこの食卓がブラックです、はい」
他愛ない会話でお茶の時間を過ごしていると、エリカがやっぱり遅れて漂ってくる。
「みんなおはよう。ございます。のじゃ」
「全然早くないわよ。今何時だと思ってんの」
「ややっ、もう午後三時でござる。これでは“おそよう”が正しゅうござる。ご免」
「正しくない。まだ寝ぼけてるの?一度外の空気に当たってきたら?」
「すまぬ。幽霊は時間の感覚が曖昧で、
寝ようと思ったら何日でも寝ていられるので、つい寝坊しがちなの。
あと、気温の変化も感じにくいから、氷点下の空気もあまり効果がないのじゃ」
「だったら今度から永久に寝ることも選択肢に入れときなさい。
死んだやつはみんなそうしてる」
「なぜか里沙子殿はいつも拙者に厳しいのじゃ……」
「あんたがちゃんとしてれば何も言わないのよ。アイーダさんを見習うことね」
「ふむ、拙者も成人してから幽霊になるべきであった。残念無念であるよ」
当のアイーダさんが出来上がったお茶を配りながら、静かな微笑みを浮かべる。
一人旅らしいから、こんなしょうもないダベりでも楽しいのかもしれない。
「どうぞ」
「ありがとうアイーダさん。悪いわね、お客さんなのにすっかり使っちゃって」
「いいえ。こんなに長くお世話になっているんですから」
そして彼女も席に戻る。
「アイーダさんは旅の途中だと聞きましたが、何か目的があるのですか?」
「あてのない旅です。
強いて言うなら……懐かしい人に会えたらいいなと思っているだけで」
「その人の居場所に心当たりでも?」
「いえ、運良く会えたら昔話でも、と本当にそれだけを楽しみにしています」
「会えるといいですね」
「はい。ありがとうございます、エレオノーラさん。
時々こうして皆さんのように優しい方の真心に触れられることもあるので、
旅は良いものです」
「真心どころか、まともな寝床もなくて申し訳ないわね。
一応寝袋があるんだけど、寝心地が最悪で、床で寝たほうがマシなの」
「気にしないでください。雨風が凌げればそれで十分ですから。
里沙子さんの掛毛布を一枚お借りしているので申し訳ないくらいで」
「いい機会だから寝袋買い替えようかしら。もう正月明けで店も開いてるだろうし」
「あ、本当にお構いなく。コートさえあればどこでも寝られる体質なので」
「ごめんなさいね。この家、ガチでこれ以上スペース増やせなくて、
増築したら違法建築丸出しで通報されたら言い逃れができないの」
「明日はこの問題について話し合うのはどうだ?
変人は地べたに転がしときゃいいが、まともな客が泊まることになったらまずいだろう」
「賛成ですわ。お姉さま、とりあえず明日にでも、
パルフェムときちんとした寝袋を買いに行きませんこと?」
「それいいわね」
「私も街に行きたいなー」
「ピーネもそろそろ大丈夫だとは思うんだけどね。
今度、街の連中が悪魔についてどう思ってるか探り入れてみるわ」
「なんだか私のためにすみません」
「アイーダさんが気にすることないのよ。いつかは解決しなきゃいけない問題なんだし」
珍しく建設的な話題が中心になるお茶の時間。
エリカが空気なのもいつもどおりで何も異常はない。
こんな日常がずっと続いてくれればいいんだけどね。
モノクロでノイズ混じりの視界に映るたくさんの人。彼女たちの中で唯一光り輝く存在。
手を伸ばせば届くほどに近く、それでいて触れれば消えてしまいそうな儚い光。
不自由な世界の中、引き寄せられるようにその気配をたどってここまで来た。
本当はあなたの前に現れるべきではなかった。
だけど、終わりを前にして、抑えがたい願い、
言い換えれば欲望が膨れ上がって自分を形作り、あなたの隣に立っている。
「すみません、出来た分から配っちゃってください。数が多いんで」
「はい」
その声が鐘の響きのように私の身を震わせる。
この家に住み込んでから何度も感じた、喜びのような、幸福のような、
言葉にできない感覚。胸が温かくなる。
でも、同時に何かが剥がれ落ちていくような不安にかられる。
全て失われてしまった時、私がどうなるのか。自分でもわからない。
これ以上、ここに留まるべきではない。理性がそう告げても、離れることができない。
それがいわゆる愛というものなのか、独占欲なのか、支配欲なのか、
私にはもうわからない。
胸に抱くものについて語るには、あまりにも時間が経ちすぎてしまった。
彼女が笑う度、その姿も光を増す。
どうしても答えは出ないけど、せめて、あと少しだけこのままでいたいと思った。
「……で?あんたはそこで何してんのよ」
「ああ、里沙子さん。お久しぶりです」
玄関先に設置してあるガトリングガンの雪下ろしをしに外に出たら、
そばに紫色の人影がしゃがみこんでるから誰かと思えば。
「四大死姫だっけ?そのリーブラさんが、一体なんのご用!」
「その肩書きはやめてください……破砕機に放り込まれてミンチにされるより辛いので」
「確かに厨房が喜びそうなダサい名前付けられたのは気の毒だと思う。
でも、あんたがいると邪魔で雪かきができない」
忘れてる人のために説明すると、こいつはリーブラ。
どこかに住んでる高位魔族で、死に方を忘れるほど長生きしてしまったから、
いろんな知識を求めて、
触ったものの詳細が記される魔法の辞典を持ってうろついてる魔女。
4人組らしいんだけど、四大死姫ってのはそのうちの誰かが勝手に考えた名前らしい。
ちなみにそいつがうちに攻撃してきたことがあるんだけど、
なんというかまぁ、ひどい奴だった。
クロノスハックの対策もしてないわ、
人ん家で下痢便して帰っていくわ、その悪臭がとんでもないわで、
返り討ちにできたけど別の意味でダメージを残していった残念ナース。
賭けてもいいけど、4人の中で一番弱い。
「すぐに済みますから、少しだけ」
リーブラは雪の積もるガトリングガンをペタペタと触り、
時々納得行かない様子で首を傾げる。
「何がしたいのよさっきからさぁ」
毛糸のマフラーに帽子を被ってるけど寒いものは寒い。さっさとしてほしい。
「育ててるんです」
「育てる?」
「はい。この兵器に触っても辞典に反応がないのは、
ひとつの事柄として完成しきってない。
つまり、まだまだ進化する可能性があると考え、
こうしてたまに様子を見に来ているのですが……」
「は!?あんたこっそりそんなことしてたわけ?
所有者のあたしになんか言ってきなさいよ!」
「ごめんなさい。……はぁ、今日もだめでした。ポテンシャルがあるのは確かなのに」
「言っとくけど、軍事兵器は物によるけど多くの場合、十年単位の間生産されるから
一朝一夕じゃ何も変わらないわ。
次のフルモデルチェンジには相当な時間が掛かると思いなさい。
あたしのピースメーカーだって、
発売から軽く100年超えてるけど未だに生産されてるんだから」
「なるほど、気長に見守るしかないわけですね」
「これからもガトリングガンに触るつもりなら、あんた代わりに雪かきしてよ。
そうすれば、あたしはこのダサい毛糸の帽子を脱いで暖かいお部屋に戻ることができる」
「この雪をどければいいんですね。……えいっ!」
リーブラが指を弾くと、小さな突風が雪を飛ばして、ガトリングガンを掃除してくれた。
「あら。本当にやってくれるとは思わなかったわ。助かった。
礼と言っちゃなんだけど、お茶くらい飲んでいきなさいな」
「では、お言葉に甘えて」
面倒な作業をスキップしてくれた礼に温かい紅茶でも出そう。
出すのはジョゼットだけど。
あたしはリーブラを連れて玄関を開け、聖堂に入る。
「それにしても、あんたって魔族のくせにぶらついてばかりいるのね。
魔王みたいに人間界征服しようとか思わないわけ?」
「魔族も人間も欲しいものは人それぞれですよ?
私が欲しいのは知識だけで、土地や人の管理には興味が湧きませんね~」
「まぁ、これからも無害でいてくれるならそれで結構。
……ジョゼットー!お客さん。ちょっと前に来た魔女の人!
紅茶ひとつ。あたしはさっき飲んだからいい」
“はーい”
ダイニングに入ると、ジョゼットはもうポットを火にかけて、
お湯を沸かしているところだった。
あたしもリーブラも座ってできあがりを待つんだけど、リーブラの様子が少し変。
ジョゼットの後ろ姿をずっと見てる。
「どしたの。あの娘がなんか変?前に来た時じっくり見たでしょう」
「そうなんですけど、何か気になるんです。
何かの影響で彼女に何かしらの変化が起きているようで……」
「変化?いつもと変わらないように見えるけど」
「私の辞典も微妙に反応しているのですが、今のところはなんとも。
何かが彼女の存在をちぐはぐなものにしている感じで」
「ジョゼットは大抵何かがちぐはぐよ。ほら、茶が入った」
「どうぞ」
ジョゼットがリーブラの前に紅茶を置く。
すると、リーブラが前回と同じくジョゼットの手を掴んだ。
「ちょっとごめんなさい」
「えっ、またですか!?」
「この前見た時、なんにも出なかったんでしょ?今更……」
「待って!辞典に反応が出ています!新しいページが生まれる前兆ですよ!楽しみ!」
「ええ?ジョゼット。前にリーブラが来た時から、なんか変わった事あった?」
「いいえ全然!」
ぶんぶん首を振って否定するジョゼット。
でも、リーブラの魔法の辞典が光を放ちながら勝手に開くと、
真っ白なページに文字がにじみ出てきた。
彼女は辞典にへばりつくほど顔を近づけてそれを読むと、
今度は困ったような表情になった。
「う~ん……新しい知識と言えばそうなんですが」
「なんて書いてあったの?」
「ジョゼットさんでしたよね。以前は、あなたの社会的立場が引っかかったんですが、
今度はあなた自身について辞典が知識を呼び寄せたんです。
そしたら、このような記述が出てきたんですが、心当たりはありませんか?」
リーブラは大きな辞典を開いてあたし達に見せる。そのページには不可解な文章が。
“リリアナ:シスターの少女。現在ジョゼットと名乗っている”
「リリアナ?誰よそれ。あんた知らない?」
「いいえ、何にもわかりません……」
「これ以上のことは検索できない?リーブラ」
「できませんねぇ。どう説明していいのか……
たった1行しか情報が参照できないのは、
この情報を構成している要素がすごくおぼろげというか、不安定だからです。
あなたはリリアナさんであり、ジョゼットさんでもある。
この矛盾を生み出している何かがはっきりしないことには、
これ以上の情報は参照できないでしょう」
「わたくしが、リリアナ?そんな、わたくしは生まれてからずっとジョゼットで……」
「ちょっと待った。あんた、うちに来るまではモンブールって領地の教会にいたのよね。
何歳の頃からそこにいたの?」
「あっ……」
以前、狸寝入りで盗み聞きしてたエレオとの会話で、
この娘が赤ん坊の頃、教会に拾われたことを知っていたあたしは、
遠まわしに重要な事実を思い出させた。
「わたくし、赤ちゃんの頃にモンブール中央教会に拾われたんです。
両親は行方不明で、実質生まれてからずっと教会で暮らしてきて……
ジョゼットという名前は神父様がつけてくださったものです」
「それなら、リリアナは実の親がつけた名前で、
今のジョゼットは教会に引き取られた時に神父さんが考えた名前か。
これで辻褄が合うわね」
「ふむふむ、辞典の情報が更新されました。
“リリアナは実名、現在の名前は引き取り手の命名”ですって」
「そんな……どうして今になって……」
「そこは私にもわからないんです。
前回ジョゼットさんに触れた時にページとして現れてもおかしくなかったのに」
「あたしにも何がなんだか。とにかくこれ以上悩み込んでも埒が明かないわ。
ジョゼットは自分の名前について考えときなさい。
リリアナに戻すか、ジョゼットのままで行くか」
「そう言われても……今になってこの名前をやめるなんて無理です。
ずっとジョゼットと呼ばれ続けてきたんですから。
今までの思い出を否定するようでなんだか嫌です」
「あんたがそうしたいならそうすればいい。
名前は自分の人生とセットでくっついてくるものだから、
あたしがどうこう言える問題じゃない」
「はい。わたくしはこれからもジョゼットのままで……」
「おーい、裏の雪かき終わったぞ」
その時、裏庭の雪かきを終えて、ルーベルとアイーダさんが物置から直接戻ってきた。
「お疲れ。2人とも寒かったでしょう」
「いや、私はオートマトンだから平気だが、アイーダがな」
「気になさらないで。私も寒さには慣れていますから」
「あっ……私はこれで」
同時にリーブラが席を立つ。少し何かに驚いた様子を見せたのは気のせいかしら。
「どうしたの?別に今すぐ帰らなくてもいいのよ。夕食時には時間もあるし」
「いいんです。今日の所は失礼します。また育った頃にお邪魔しますから」
「本当ガトリングガンにご執心ね。別にいいけど。それじゃあ、またね」
「なんだ、不死身の姉ちゃん帰っちまうのか。ゆっくりしてけばいいのに」
「すぐにまたお会いすることになります。さようなら」
リーブラはやっぱり玄関じゃなく、
左手の魔力で造り出した暗黒のゲートを通ってどこかに帰っていった。
「今の方は?」
「アイーダさんは初めてだったわね。訳あって死ねない魔女。
変わってるけど割と大人しいから客として扱ってる」
「なんだか追い出してしまったようで申し訳ないです」
「気にすることないわよ。
放浪癖あるっぽい人だから、急に行きたいところができたんでしょ」
「ならいいんですけど……」
「それより、ルーベルさんもアイーダさんも座って下さい。
温かいお茶を飲んで休んでくださいね。ルーベルさんは白湯でよかったんですよね?」
「ああ、悪いな」
「ありがとう、ジョゼットさん」
ジョゼットがポットの湯を温め直して、二人に飲み物を出す。
まぁ、変わった来客があって、この娘の意外な過去もわかったけど、
それ以外は別段騒ぎもなくのんびりした一日だった。今日の評価は星4つ。
……どういうわけか、あの魔女は何も言わずに去っていった。
明らかに気づいていたはずなのに。
魔女の考えることはわからない。人と魔女は似ていても別種の生き物だから。
そういう私も、人と言えるのかあやふやな存在なのだけど。
でも、そのおかげで彼女が入れてくれた紅茶をまた飲むことができる。
温度として感じることはできなくても、
その手を通してカップに注がれた命の波動が私の中に流れ込む。
この多幸感は何物にも代え難い。
ただし、やはりそれは心を守る何かを溶かしていく。
その何かを全てを失った時、とてもおぞましい何かが心から吹き出てくる。
そんな予感が頭から離れないし、じきに予感ではなくなるのだろう。
明日、この家を去ろう。私は、決意を固めた。それなのに。
「おかわりを入れますから、言ってくださいね~」
「もう一杯、いただけるかしら……」
「はい!」
また紅茶を口にしてしまった。そして、私は一気に崩れ去った。
最悪、足つったみたい。朝起きて目が覚めた瞬間これよ。嫌になるわ全く。
朝の寒さに加えて、こむら返りとか勘弁して……
ん!?違う、足だけじゃない。全身が動かない。
金縛りかと思ったけど、見えない何かに拘束されてる感触。状況を把握できない。
「ちょっと、誰かー!何のイタズラ!?どうなってんのよ!」
「むは~。おはようでござる。今日はちゃんと朝に起きたでござるよ。
褒めてほしいのじゃ」
「エリカ、あんたでいいわ。動けないの、なんとかして!」
「どうやって自分を縛ったでござるか?斯様な霊力で」
「霊力!?あたし知らないわよ!とにかく、どうにかできるならなんとかして!」
「うむ、しばし待たれよ!」
エリカが手足をピンと伸ばすと、
身体の周りに浮かんでいる甲冑や刀がビシッと装着され、侍もどきの少女姿になった。
そして、いつもの何も斬れない刀の柄に手をかざし、目を閉じ集中すると。
「一刀三刃!」
素早く刀を抜き、剣技を放った。
同時に三本の剣閃があたしを縛っていた何かを断ち切り、身体の自由を取り戻した。
「やるじゃない!初めて何か斬ったんじゃない、それ?」
「失敬なり!他にも色々斬ったはずよ!多分」
──きゃあああ!!
エリカが刀を鞘に収めると同時に、1階からジョゼットの悲鳴が聞こえた。
あたしは急いでガンベルトを巻く。準備を終えると、エリカと部屋を飛び出した。
「エリカ、行くわよ!」
「いざ出陣!」
廊下に出る。両脇の皆の部屋を確認したかったけど、
恐らくジョゼットが緊急事態だからそっちを優先するしかなかった。
階段の段差を下りるのももどかしく、手すりをジャンプして1階に着地。
そして、ジョゼットが朝食を作っているはずのダイニングであたし達が遭遇したものは。