水たまりの魔女・ロザリーとあたしは、市場から北へ続く道を進み、
交差点を更に北へ行く。このあたりは住宅街。
オレンジ色の瓦屋根に、外壁を漆喰で真っ白に塗り固めた家々が立ち並ぶ、
ハッピーマイルズ領市民の住居。あたし達の目的はここからは更に北西。
住宅街を抜けると、徐々に建物は少なくなり、田畑がちらほら見えるようになってきた。
ロザリーが西を指差して言った。
「もう少しでアステル村です」
「ふぅ、結構歩いたわね。あなたいつもこんなところまで来てるの?」
「ここはまだ事務所から近い方ですよ。
一番遠いところは今まで歩いた距離の倍はありますから」
「そりゃご苦労ね。空でも飛ばないとやってられないでしょう」
「私は空は飛べません。
空を飛ぶには重力を打ち消す、マナを推進力に変える、その推進力を自在に変化させる。
この3つが出来ないと不可能です。
あいにく私にはどれも手に余りますし、先輩たちでも出来る人は少ないです」
「意外と大変なのね。魔女はみんな箒にまたがってスイーってイメージがあった」
「箒を使っていたのは今より魔術が未発達だった時代です。
私の杖のように、箒を媒体にして、
行きたい場所を思い描きながら魔力を込めるんですが、
到着まで集中力を維持し続ける必要があるので、
ふらついて転落する事故が相次いで廃れたそうです」
「そうなの。おとぎ話の魔女は古いスタイルなのね。
ところで目的地まではどれくらい?正直、戦う前からくたびれてちゃ勝率が下がる」
「もうすぐです……あ、ほら!あの集落です!」
ロザリーが示した方を見ると、見渡す限り田畑に囲まれた集落が見えた。
あれがアステル村ね。あたしは彼女と最後の打ち合わせをする。
「あたしは悪魔ってのがどれほどのものか全然知らない。
人間の言葉がわかるのか、そうでないのか。一度話しかけて出方を見るけど、
こっちに気づいた瞬間攻撃してくるかもしれない。
そうなったら、昨日も言ったけど出たとこ勝負よ。自分の身は自分で守る。
あなたは援護をお願い。恐らく並大抵の攻撃じゃ死んでくれないだろうから」
「……わかりました。いよいよですね」
あたし達は村へ続く真っ直ぐな道を進む。周囲には水を張った田んぼが点在している。
これがロザリーにとって有利に働くといいんだけど。
市街地とは違って、藁葺き屋根の一軒家が円を描くように並んでいる村が目の前に。
そして村の入り口に差し掛かると……いるいる、いたわ。
村の真ん中に鎮座していらっしゃるわ。人の姿は見当たらない。
きっと家の中に隠れてるんだと思う。
戦うのはあたしたちだから、奴の姿は自由に想像してくれて構わないけど、
一応説明しとくわ。中規模悪魔・ケイオスデストロイヤ。
体長約2.5mの巨体で、恐竜の骨のように太く尖った骨が組み合わさり、
大きな筋肉が幾重にも絡みついた、二足歩行の人間型モンスター。
手にも足にも鋭い鉤爪が付いてて、そのドクロには紫に燃える瞳に長い牙。
人間で言う肋骨から覗く心臓のあたりに巨大な紫の核らしき結晶体がある。
そこが弱点と見てよさそうね。
あたしとロザリーは互いの目を見てうなずき合う。
そしてアステル村に同時に足を踏み入れる。
すると、奴もこっちに気づいたようでじっとあたしたちを見る。
そして、お互いあと2,3歩と言う所で、賞金首の悪魔が口を開いた。
『貴様らが、2人の生贄か。しかし、まだ足りぬ。残りの8人はどうした』
「今日はそのことで参りましたの。魔王様にお伝えいただけるかしら。
“生贄は好評につき終了致しました。馬糞でも食ってろクソ野郎”。
以上ですわ、ウフフ」
ニッコリ笑って宣戦布告。しばしの沈黙。
次の瞬間、悪魔は左腕をグォン!と振りかざす。
物凄い風圧でロザリーの帽子が舞い上がり、
一軒の家の屋根がスパンと綺麗に切断された。中にいた住人が悲鳴を上げる。
戦闘開始!打ち合わせ通り、あたしもロザリーも跳ねるように左右に駆け出す。
絶対に固まらない。どちらかは狙われずに済む。幸い奴はあたしのところに来た。
まずは奴の力量を測る。ピースメーカーで胴、頭、足を狙ってみる。
立て続けに銃声3つ。
命中はしたけど、やっぱり簡単には行かないわね!
心臓を狙ったけど、硬い骨と分厚い筋肉に弾かれて、
頭部に命中した銃弾はほんの少し頭蓋骨を削っただけ。
足も同じ。筋肉は柔らかいかなって期待したけど、
鋼のような肉体に少し血が出ただけだった。
『どうした、その程度か。次は吾輩から行くぞ』
悪魔は右腕に力を込めて、その鉤爪で縦にあたしを引き裂こうとしてきた。
とっさに後ろにステップを取って回避したけど、地面に5本の深い亀裂が走り、
風圧でバランスを崩しそうになる。おっとあぶない。
っていう絵本が幼稚園のころ大人気で同級生とよく取り合いになったのを思い出した。
ああ、なんで正念場に限ってどうでもいいこと考えちゃうのかしら。これはもう病気ね。
悪魔後方でロザリーが何かの隙を窺ってる。でも待ってられないわ。
ちょっと早い気もするけど、あたしは武器をCentury Arms M100に切り替えた。
悪魔がその太い二本足でノシノシとこちらに迫ってくる。
ピンチだけどチャンスでもあるわ。接近されるけど、的がでかくなる分狙いやすい。
あたしは黄金に輝くハンディキャノンで、奴の胸を再度狙った。
トリガーを引くと、爆発音が鳴り響き、静まり返っていた家々から一斉に悲鳴が上がる。
さぁ、これでどう?
『うぐっ!うう……』
悪魔は胸を押さえてうずくまっていた。
肋骨が砕けて、筋肉がわずかに破けて核が少しだけ露わになる。
ああっ、もうちょっとだったのに!
でも、M100が有効だってことがわかっただけでも収穫よ。
奴が動けない間に、脇を走り抜けて村の対角線上の位置に陣取る。
そこで大声を上げてロザリーに呼びかけた。
「ロザリー!確実に命中させていけば倒せない相手じゃないわ!」
“はい!さっきの爆発はなんですか!?”
「あたしの銃!これからバンバン撃つから腹に力入れときなさい!」
あたし達が言葉を交わしている間に、悪魔が立ち上がりまたこっちに歩いてきた。
あらら、さっきの一撃が再生してる。奴には再生能力があるみたい。
モタモタしてる間に胸の傷が塞がっちゃったわ。
『あれしきの攻撃で我輩を滅することなどできぬ。
魔王陛下を侮辱した罪、ジュデッカの果てで償うがよい』
まいったわねえ、M100であいつを殺すには集中射撃する必要があるみたいだけど、
威力が高い分発射レートが低いし、何発も撃ってるとあたしの耳がおかしくなる。
少なくともゾンビゲームみたいに何回もリロードして撃ちまくるのは無理。
次はどこを狙うか慎重に判断しなきゃ。
そうこう考えてるうちに、今度は右手で左胸を守りながら歩いてき、た!?
え、どこいったのあいつ!と思った瞬間、
強靭な脚力で、目で追えないほど早く接近した悪魔が左腕で薙ぎ払ってきた。
避けられない!ゴウッ、と凶暴な力で風を切り、あたしを引き裂こうとしたその時、
何かに強引に腰を引っ張られ、奴のリーチから逃れることができた。
よく見ると、太い水のロープがあたしの腰に巻かれている。
「大丈夫ですか!?」
杖を両手で持ったロザリーが村の端から呼びかけてくる。
彼女の水を操る魔法で間一髪助かったわ。
ロープは地面に落ちると元の水に戻って地面に吸い込まれていった。
「ありがと!助かったわ!油断大敵ね!」
『小癪な……』
とどめの一撃を避けられた悪魔はこちらを睨みつける。
さて、今度はこっちから仕掛けなきゃ。長期戦は圧倒的に不利。
短時間で最大火力を叩き込む。あたしは大声でロザリーに呼びかける。
「ねぇ!これからさっきの銃声よりもっとデカい音がするかもしれない。
タイミングはあたしにもわからない!それでも落ち着いて魔法を使える!?」
「できます……!」
「頼りにしてるわよ!」
あたしが背負ったものを取り出そうとすると、悪魔が再びこちらに向き直った。
『ならば、我が瘴気にのたうち回るがいい!』
悪魔は息を吸い込むと、どす黒いガスを吹き付けてきた。
気づいた瞬間、烈風のように吹きすさぶ真っ黒な風を受け、思わず少し吸ってしまった。
反対方向にいたロザリーは無事だったけど、なんか頭がぼやける。
しまった、毒ガスかなんかだったんだと思われ。
ああ、もう皮肉も冗談も出やしない。息が苦しい、目が熱い。まともに思考も出来ない。
ただ、口をパクパク開けて、少し声を出すのがやっとだった。
「ロザ、リー……たすけて……」
あたしはあまりの気持ち悪さに、壁に手を付いて嘔吐した。もう立っているのも辛い。
地を揺らす足音が近づいてくるけど、逃げる足も動かない。
そして、気がついたときにはもう目の前に悪魔が。
奴は左手であたしを鷲掴みにして頭上に掲げ、ゆっくり、じわじわと、握りしめる。
内臓が潰されそう。肺に残った空気も押し出されてもうすぐ窒息する。
『所詮人の子、いくら抗おうとその程度』
「ああ……くはっ、あああ……!」
“里沙子さん、待ってて!!
……地を流れ、空を舞い、天に宿りし尊き輪廻!其の道遮る不浄を清め給え!
キュアポイズン!”
ロザリーが水魔法を詠唱すると、
近くの田んぼから一筋の輝く水流が飛んできて、あたしの口に飛び込んだ。
なんとかそれを飲み込むと、あたしの身体に取り憑いていた奴の瘴気が消え去り、
少しだけど抵抗できる程度に体力が回復した。
そして、手首だけを動かして、どうにか手放さなかったM100の銃口を悪魔の頭部に向け、
トリガーを引く。再び一発の轟音が農村にビリビリと痺れを伝える。
『!?……ヒュゴー……!』
よかった、なんとか命中。奴の頭部を粉砕した。
頭ごと両目を失い視界が遮られた悪魔は、パニックになりあたしを放り出した。
なくなった頭を探すように両手をバタバタさせている。
でも、核を壊さなきゃ再生するのは時間の問題。
M100の連射を叩きつけたいところだけど、
立ち上がったばっかりのあたしはフラフラでまともに狙うのも無理。
一時退却して体力回復を待つのが現実的ね。
ロザリーはどこかしら。あ、向こうで手を振ってる。
生い茂る高い稲穂に隠れながらあたしを呼んでる。
悪魔の目が潰れてる間に少し足を引きずりながら、あたしも稲穂の中に逃げ込む。
彼女が小声であたしに話しかけてくる。
「大丈夫でしたか、里沙子さん……!」
「ありがとう。おかげで助かったわ」
「これからどうしましょう」
「聞いて。確かにM100なら十分ダメージを与えられるけど、
あたしはご覧の通り半死半生。反動のデカいこの銃は撃ちまくれない。
だから、もう一撃必殺の最終手段に頼るしかないの。外せばあたし達は終わり」
あたしは時折深呼吸しながらロザリーに説明する。
まだ毒のダメージが抜けきってないみたい。二日酔いのほうがまだマシだわ、こりゃ。
「え、じゃあどうするんですか!?」
「あたし達2人ならできる。これ見て」
あたしは背負ったカバンから目的のものを取り出すと、ロザリーに見せた。
「里沙子さん、これは?」
「今度は奴の足を潰す。そうしたら、あなたの魔法で動きを止めて。
あたしが最後の一発で奴にとどめを刺す」
「潰すってどうやって!」
「お願い、全部話してる時間がないの。
さっきも言ったけど、とんでもない爆音が起きるから平静さを保って準備をしててね。
……そろそろ別れましょう、奴の再生が終わりそうだから」
「……わかりました。里沙子さん、絶対、成功させましょうね」
「当然。一人頭6000Gでも馬鹿にできる金額じゃないわ」
あたしは用意した兵器その1を手に、再び戦場へ戻った。
村の広場では、ちょうど悪魔が頭部の修復を終えたところだった。
家屋の間から姿を表したあたしは、それに信管を差し込み、足元に置く。
そして悪魔に大声で叫ぶ。
「なにをグズグズしてるの!あたしの時間を無駄にするつもり!?」
当然奴はこちらを向く。その目の炎は怒りに燃え上がっている。今のところいい感じね。
心があたしへの憎しみで曇ってるから多分乗ってくれる、と思う。
「仕切り直しよ。食い物を恵んでほしけりゃこっちにおいでなさいな。
肥溜めがあるから好きなだけ食べてもよくってよ」
『おのれ人間風情が!悪魔族を愚弄した者がどうなるか、思い知らせてくれる!』
「ふぅ、だったら早くなさいな。ノロマは嫌いよ」
あたしは踵を返して背後の麦畑に歩いて行く。
急いじゃだめ。気取られないように、背を見せて。
そして悪魔は、また並外れた脚力を活かし、
瞬間移動のような速度であたしに向かって来ようとした……が、
途中で妙なものを見つけてピタリと静止し、拾い上げる。
フライパンほどの大きさがある円盤。
白のペンキで十字架と、“聖マリア様の領域 立入禁止”と書かれている。
『ふん、阿呆が。マリアごときにすがる弱者に救済などないと知れ!』
悪魔は鼻で笑い、円盤を放り捨て、その十字架を踏み潰した。その瞬間──
思えばアステル村もツイてないわね。突然現れた悪魔に占領されて、
生贄集めの人質にされて、きっと集めた所で住人も一緒に生贄にされる運命だったはず。
その上、いきなり現れたおかしな2人組に村を戦場にされて、挙げ句の果てには……
悪魔が踏みつけた地雷の大爆発に驚かされる羽目になったんだから!
直下型地震が起きたかのような振動、轟音がアステル村を襲う。
沈黙を守っていた家屋の全てからまたも恐怖の叫び声が上がる。
『ぐおおおおおお!!』
「対戦車地雷のお味はいかが?腐れ骸骨」
あたしは下半身を粉砕され、悲鳴を上げ、上半身だけで暴れまわる悪魔に
一言だけ吐き捨ててやると、最後の仕上げに取り掛かった。
大急ぎで土の乾いた麦畑を駆け、悪魔と十分な距離を取る。
「ロザリー、今よ!」
「はい!
……命育む恵みの水よ、天翔け空舞い、糾える縄と化し、其を否定せし者を否定せよ!
バインドウォータ!」
ロザリーが詠唱を終えて左手を天に掲げると、
水田や井戸からロープ状の形を持った水が何本も飛び出し、
もがき続ける悪魔を縛り上げた。今度はあたしの番。背中のものを下ろして構える。
照準を覗いて奴を捉える。
大丈夫、ちゃんと分度器、定規、糸で発射角を調整したじゃない、信じて撃つのよ!
『愚かな!
ならば貴様ら諸共、人間共の肉体から魂を剥ぎ取り、魔王陛下に献上してくれる!
……明けの明星、邪なる光となりて、虚空の果てより来る存在に……』
悪魔が最後のあがきに魔法の詠唱を始める。……でも、遅い。これで最後よ!
「あたしの好きな言葉。さようなら!」
そしてトリガーを引いた。
ありあわせの材料で作った安っぽいRPGから発射された対戦車榴弾が、
煙の尾を引きながらケイオスデストロイヤめがけて突っ込む。
燃える発射薬の乾いた音は悪魔の耳にも届く。
奴は首を動かして音の方角を見ると、恐ろしいものを目の当たりにする。
悪魔が知るわけなんかないけど、炸薬を満載したロケット弾が突撃してくる。
当たれば死は免れないことを本能的に悟った奴は、水流の拘束を解こうと全力でもがく。
「ロザリー、あとちょっと!頑張るのよ!」
「くっ……はい!」
『うおおおお!!』
強引に水魔法を弾き返そうとする悪魔と、杖を握り必死に耐えるロザリー。
2人とも、その時までが永遠に思えた。着弾まであと、4,3,2,1...爆発、振動、爆音。
あたし達はそれらがもたらす混沌が過ぎるのをただ待った。どれくらい待ったかしら。
命のやり取りの興奮が治まらないあたし達には検討も付かなかった。
やがて、風が煙や砂埃を運び去ると、全ての結果が露わになる。
あたしは使い捨てのRPGを投げ捨てた。
ふぅ、今日ほどミリオタで良かったと思ったことはないわ。どこでそんなの習ったって?
今度にして。今はやることがあるから。あたしはロザリーと一緒に悪魔に歩み寄る。
四肢はバラバラになり、胴体の核はむき出しになっていた。
それは衝撃で無数のひび割れが走り、今にも崩れ去ろうとしている。
「こんにちは、気分はどう?」
『わ、吾輩が、吾輩が敗北を喫するとは……貴様ら、何者……』
「あたしは斑目里沙子、こっちは……匿名希望にしときましょうか。
とにかく、死んでくれてありがとう。おかげで目的を果たせるわ」
『いい気に、なるな……魔界には無数の同胞がいる……お前ごとき、など』
パァン!……と銃声。
コルトSAAで崩れかけの核を撃つと、今度こそ完全に砕け散り、
悪魔が断末魔の声を上げて、その姿がただの大きな骨の寄せ集めになる。
ごめんね、早くまとめに入りたいの。
正直体力も限界に近いし、仕上げにかかりましょう。
あたしはケイオスデストロイヤのドクロを持って、もう片方の手でロザリーの手を握る。
彼女が困惑した表情でなにか聞こうとしてきたが、その前にあたしは大声を張り上げた。
「アステル村のみんな!もう悪魔は死んだわ!あたし達が殺した!
この斑目里沙子と、水たまりの魔女ロザリーが討ち取ったわ!」
その声を聞いて、民家からぞろぞろと住民達が出てきた。
あたしはドクロを高く掲げる。ロザリーはちょっと不気味そうに見てたけど。
“本当に、死んだのか……?”
“見て、悪魔がバラバラになってる”
“すげえ音だったもんな”
“あれ、水道のお姉ちゃんじゃない?”
“本当だ。どうして賞金首の相手なんか……”
あたしはぐるっと周りを見る。うん、この人数なら十分ね。そしてまた宣言する。
「まぁ……村を若干壊したことは謝るわ!それを承知でお願いがあるの!
この勝利は人間のあたしと、魔女のロザリーがいなければ成し得なかった。
それを知り合い、親戚、友達に一言でいいから伝えて欲しいの。それだけ!」
反応はどうかしら。みんな困惑した表情でひそひそ何か話してる。
しばらく待ってると、スキンヘッドの恰幅のいいおじさんが前に出て、
あたし達に話しかけてきた。
「俺は村のまとめ役だ。いきなりバンバンドンドンやられたからびっくりしたが、
みんなを悪魔から助けてくれてありがとうよ。
どうせ、悪魔の言うとおりに生贄集めたって、俺たちも連れて行ったに決まってる。
壊れた家のことは気にすんな。
賞金首との戦いで出た損害は領主が保証してくれることになってるからな」
「そう言ってくれると助かる。誰も怪我がなくて何よりだわ。
ああ、さっき頼んだことなんだけど……」
「わかってるって。
頼まれるまでもなく、こんな武勇伝みんな早く誰かに話したくて
ウズウズしてるだろうさ」
「ありがとう。魔女もいたことを強調してね。それじゃ、あたし達は失礼するわ」
「皆さん、今日はお騒がせしました!今後共、水質管理業務にご協力お願い致します!」
そしてロザリーはペコリと頭を下げた。なんというか、公務員らしいわね。
それで、アステル村を後にしたあたし達は来た道を引き返した。
時刻はちょうど正午くらい。
ハッピーマイルズ・セントラルに戻る頃にはいい感じに人が集まってるはずね。
正直しんどいし、あちこち痛いけど休んではいられないわ。
ロザリーが気味悪がって持ちたがらないドクロを左手に持って、
あぜ道を歩いていると、彼女がそっと手を繋いできた。
「……ありがとう、里沙子さん。私達のために、こんなに傷ついて戦ってくれて」
「別に……ただ気が向いただけよ。それに、助かったわ」
「何がですか?」
「こいつの毒を食らった時。
“助けて”なんて最後に言ったのいつだったか思い出せない」
軽くドクロを持ち上げて見せる。やっぱり苦笑いを浮かべるロザリー。
「それは、戦いの時は助け合うのが当然じゃないですか」
「うん、そうなんだけど……一応ね」
「うふふ」
「何笑ってんのよ、気持ち悪い!
ああもう、さっさと駐在所に行ってコイツの賞金いただくわよ!
一人6000G!山分けだからね!?」
「ふふっ、はい」
もう。お気に入りっていうかトレードマークの緑のワンピースが泥だらけだし、
日差し暑いしで今日はもう最悪。とっとと用事を片付けましょう。自然と早足になる。
「あ、待ってください里沙子さん!」
「急ぎましょう、あなたも早く休みたいでしょ」
そして、あたし達は住宅街を抜け、見慣れた南北をつなぐ道路を通り、
役所前の市場を抜けた。
途中、あたしが持ってるドクロを見て悲鳴上げる奴がいて、ちょっと面白かったわ。
さぁ、ここからが本当のクライマックスよ。今度はあたしがロザリーの手をつなぐ。
同時に駐在所に入るところを見せつけるの。いつも通り居眠り保安官を起こす。
「魔王が来たぞ!」
「ふげっ!魔王?ままま、魔王など、本官のギアマキシマムの餌食に……」
「失礼、悪魔の間違いでしたわ」
「なんだ、脅かさないでくれたま……うえっ!」
あたしの持ってるドクロに驚く保安官。鉄砲持ってるくせにだらしないわね。
「賞金首のケイオスデストロイヤを殺したから賞金くださいな。
おっとその前に、一つ念押ししたいことが。
悪魔は、この水たまりの魔女ロザリーと組んで倒したの。
どちらが欠けても勝てなかった。そこんとこよろしく」
「ふが、2人で?ならこの書類の討伐者欄に名前を書いて」
「ほら、ロザリー」
あたしは後ろにいたロザリーに促す。彼女は少し戸惑って、書類にサインした。
続いてあたしも名前を書いた。うん、これで名実ともに人間と魔女の共同作業の完了ね。
保安官が金庫から賞金を取り出す。
「えーっと、奴の賞金は12000Gだから一人6000Gと。
まぁ、取り分は後で自由に決めてくれ」
「構わないわ。折半する約束だったから」
「わぁ……こんな大金、本当にいいんでしょうか」
「いいに決まってるでしょうが。お互い命賭けてやることやったんだから。
一つお節介言わせてもらうなら、一着くらい可愛い服買うといいわ。
あなた顔はいいのに服が地味だから損してる」
「ああ、だめ!だめです!これは魔女の正装で、職場の制服でもあって……」
「休日に着ればいいじゃない……まあいいわ。
ほら、最後の花火を盛大に打ち上げるわよ」
「花火?」
「昨日言ったでしょ、みんなを納得させるためにデカいことをやり遂げるって。
それが成功した今、連中に教えてやるのよ。
人間と魔女が組めば悪魔だって殺せるんだって」
「あっ……」
「そうと決まればさっそく外に出て勝利宣言よ!」
そしてあたし達は一旦証拠品のドクロを借りて駐在所の前に出た。
まだお昼過ぎで市場の声がやかましい。すうっと息を吸い込んで大声で叫ぶ。
「全員、注もーく!!」
広場の皆があたし達を見る。売り出し中の賞金稼ぎと公務員魔女。
奇妙な組み合わせに皆が足を止めて話に聞き入る。
「今日はあんた達に言いたいことがあってここに来た。聞いて驚きなさい。
あたし、斑目里沙子と、水たまりの魔女ロザリーは、
共闘して悪魔ケイオスデストロイヤを討ち取った!」
そして右手に持ったドクロを高々と掲げる。広場が一斉にどよめく。
“里沙子が魔女と組んだって!?”
“あの人、ただの水質検査員だろ、なんで?”
“ふたりとも知り合いだったのか?”
「あたしが言いたいのはね、
当たり前のことがわからないアホが多いことについての文句!
ちょっとタチの悪い魔女が出たからって無関係の魔女まで怖がってるヘタレへの文句!
これを見なさい!魔王への生贄を強要してた悪魔の末路よ!
人間のあたしと魔女のロザリーが組んだからこそ殺せたの!
彼女がいなかったらアステル村は滅んでたし、
ハッピーマイルズにまで来てたことは容易に想像できる!
嘘だと思うなら村の住民に聞いてごらんなさい!」
屋台で商売している連中までぞろぞろ広場に集まっていた。
あたしの隣でロザリーが少し居心地悪そうにしている。
場馴れしてないんだろうけど、チャンスは今しかない。
「ロザリー、あんたもなにか言いなさい。ふたりの主張じゃなきゃ意味がないの」
「……はい。み、みなさん!私は水質管理員をしている水たまりの魔女ロザリーです!
みなさんが暴走魔女を憎む気持ちはわかります。
私も彼女達の身勝手な行動に憤りを感じています。
でも、どうか、だからと言って静かに暮らしている魔女たちを遠ざけないでください。
私達は手を取り合って生きていけるんです。
今日、里沙子さんが協力してくれたことで勝利できたように。
仲良くしろとはいいません。
でも、あなた方の近所にいる魔女の同胞が本当に危険な存在なのかどうか、
曇りのない目でもう一度見てみてください。私からのお願いは以上です」
ロザリーはひとつお辞儀をすると、一歩後ろに下がった。広場の連中の反応を見る。
戸惑ってるみたいだけど、多分もう大丈夫。
誰かが拍手すると、連鎖的に、他のやつらも手をたたき始めた。やれやれね。
少し頭を働かせればわかることが、悪魔の死体を見せなきゃわからないなんて、
やっぱりハッピーマイルズはハッピーなんかじゃない。
締めくくりになんか言おうかとも思ったけど、
拍手がうるさすぎて聞こえないだろうからやめといた。
あたしはドクロを保安官に返すと、ロザリーに向き合った。
「この辺でお別れね。きっと明日には職場の空気も変わってるわ」
「里沙子さん。あなたには本当にお礼のしようもありません。
賞金の取り分をお渡ししたいくらいです」
「それはだめよ。さっきも言ったけど、それは命を賭けて得たお金。
つまりあんたの命の値段なんだから、大事にするべきだし……
金のやりとりがあったら変な噂立てるバカが出てくるのは、始めに言った通りでしょ」
「そう、ですね。このお金は恵まれない子供たちのために寄付することにします」
「いいアイデアね。大きなイメージアップになるわ。じゃあ、本当にさよならね。
うちは井戸じゃなくて地面をボーリングして直接地下水組み上げてるから、
多分もう会うこともないでしょうけど、お仕事頑張ってね」
「はい、ありがとうございます!でも、この街の組み上げポンプも検査してますんで、
見かけたら声をかけてくれたらうれしいです」
「気が向いたらね。本当に、それじゃあ」
「さようなら……」
そこで一日限りのタッグは解散した。あたしはさっさと家路についたし、
ロザリーは街の連中から武勇伝をせがまれて人気者になってた。
ただでさえ疲労困憊なのに、あんな人混みに巻き込まれたら心臓が止まる。
帰ってジョゼットに飯作らせて早めに休もうっと。
あたしは街から愛しの我が家へと続く街道に出る。
昼飯もまだだし、悪魔の毒霧で盛大にゲロ吐いちゃったから何かお腹に入れたいわ。
そんなことを考えながらゆっくりとした歩調で街道を進む。
やがて、カーブする道から外れて草原を進む。
教会への道もあるけど、一刻も早く帰りたいあたしは直線コースを選んだ。
ああ、やっと着いた。いつものボロ家。
外壁はともかく、ドアはそろそろ取り替えないと防犯上やばいレベルに達してる。
早くも賞金の使い道が決まりそうで、うんざりしながら鍵を開けて中に入った。
すると、ドアが開く音を聞いたのか、2階からドタドタと階段を駆け下りる音。
そして聖堂にジョゼットが飛び込んできて、あたしに抱きついてきた。
「里沙子さん……!よかった、帰って来てくれたんですね!勝ったんですね!」
「ふふ。もう、当たり前じゃない。
あたしが死ぬわけないでしょうが。時計を買い戻すまでは!」
「ううっ、よかったよぅ……ロザリーさんも、無事だったんですね」
「今、街の広場でもみくちゃにされてるけど、五体満足よ。
それよりご飯作って。お腹ペコペコなの」
「はいっ!スープ温めてます。それ飲んでチキンが焼きあがるまで待っててくださいね」
「お願いね」
そしてあたしはすっかり遅くなった昼食にありつくためキッチンへ向かう。
今日は疲れた。本当疲れた。
重いガンベルトを外してとりあえずコート掛けに引っ掛ける。
椅子に腰掛けてそれを見ると、ふと考えた。
今日はマリーのジャンク屋で買ったパーツでなんとかしたけど、
そろそろ標準装備をグレードアップする必要があるわね。
ピースメーカーは効かない敵が結構出てきたし、
M100も難聴気にしながらチマチマ撃ってちゃ本来の威力は引き出せないわ。
数日後。
あたしは朝のコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいた。
キッチンではジョゼットがハムエッグを焼いている。
最近ようやくあの娘の料理もまともになってきたわ。
食材に恨みでもあるのかと思うくらい必ず台無しにしてた時とは大違い。
そうそう、新聞ね。何日も前のことがまだ記事になってる。いつの話してんだか。
やっぱり娯楽が少ないのね。
“人間と魔女。2種族コンビが悪魔を撃破!
某月某日、ハッピーマイルズ領外れのアステル村に悪魔が降臨し、
魔王への生贄を要求してきた。すぐさま緊急手配が掛けられたが、
名乗りを上げる賞金稼ぎはおらず、村の壊滅は時間の問題と思われた。
しかし、そこで一人の賞金稼ぎと一人の魔女が立ち上がった。
その名は「早撃ち里沙子」の名で知られる、
射撃では右に出るもののいないセレブ賞金稼ぎ、斑目里沙子女史”
セレブは余計よ、時計買い戻すにはまだ数百万足りないってのに。
“そしてもうひとりは、普段はハッピーマイルズ水質管理局で水質検査員を務める、
水たまりの魔女・ロザリー女史である。二人は悪魔という強敵を打ち倒すべく手を組み、
アステル村に赴いた。そして、激闘の末についに悪魔を討ち取ることに成功したのだ。
読者諸兄には、獲物の頭を高々と掲げ、勝利宣言をする彼女達を見たものも多いだろう。
その際、彼女達は声高く主張していた。
人間と魔女、お互いどちらが欠けてもこの勝利はなかったと。
そしてロザリー女史は、暴走魔女の存在によって
魔女全体に対する偏見が蔓延る現状について、我々に問題提起した。
人間と魔女は手を取り合っていける。
本当にあなたのそばにいる魔女が忌むべき存在なのかと。
その答えは読者諸兄に委ねたいと思う。ただ、繰り返しになるが、二人が手を取り合い、
ひとつの村を救ったことは紛れもない事実である”
そーそー。それでいいのよ。
いつもはどうでもいい記事しか書かないから解約しようかと思ってた新聞だけど、
こういう騒ぎのその後を知ることができる貴重な情報媒体だから、
当面はこのままにしときましょう。
“こんちわー!郵便でーす!”
あら何かしら。うちに何か届くなんて手紙爆弾くらいしか思いつかないけど。
朝食の準備で手が離せないジョゼットに代わってあたしが受け取った。
それは1通の手紙。差出人は……ロザリーだわ。ダイニングに戻って封を切る。
えーと、なになに。
“里沙子さん。先日はお世話になりました。
おかげさまで職場の雰囲気がすっかり変わりました。
友人への嫌がらせはすっかりなくなり、皆さんも私と以前と同じ、
というか正義の味方のような妙な尊敬を受けていて正直苦笑いが浮かびます”
「ふふん、それでいいのよ。あたしらの手の上で踊らされてるとも知らずに」
「何かいいことでもあったんですか~」
ジョゼットが朝食を持ってやってきた。
「ええ、とっても。ロザリーの状況が改善された。
少なくとも彼女の職場では魔女への偏見がなくなったらしいわ。
単純な下民は扱いやすいわ。ふふっ……」
「それは良かったですけど、里沙子さんの笑顔がなんだか黒いです……」
“言葉に尽くせない感謝でいっぱいです。里沙子さんはああ言ってくれましたが、
この勝利はやっぱり里沙子さんのおかげだと思います。
たまたま広場で会っただけの私のために、命がけで戦ってくれて、ありがとう。
仲間が肩身の狭い思いをしなくて良くなったのも、また人間達と共に歩んで行けるのも、
あなたのおかげ。本当にありがとう。そろそろペンを置きます。
あなたの生活がより豊かになりますように。ロザリー
追伸:水回りのトラブルの際はすぐご連絡くださいね”
「本当に、最後まで生真面目なんだから。ここの公務員って給料いいのかしら」
苦笑いをして手紙を書類棚にしまう。
用事が済んだらお腹が減ったわ。朝食にしましょう。
「待たせたわね。さぁ、食べましょう。いただきます」
「はい。……聖なる母マリア様、今日もわたくしにお恵みを……」
ジョゼットのお祈りを無視して先に食う。こっちのお祈りは済ませたんだし。
で、食いながら考える。本当に戦力増強を考えないとこれからやってけないわね。
多分トラブルの方から勝手にやってくるだろうし、
悪魔って奴が強敵だってことも身にしみた。
マリーの店で調達した鉄パイプとありあわせのガラクタ、
弾丸から取り出したガンパウダーやニトログリセリンで作った、
RPGや対戦車地雷はもう品切れ。
安定して材料を手に入れる方法を確保するか、別の武器を購入するか。
ライフルでも買おうかしら。
でもそれじゃあ、魔王とやらには勝てなそう。っていうか多分無理。
う~ん、この件に関してはしばらく保留ね。
現状どうにもならない問題を頭の隅に寄せて、あたしはトーストをかじる作業に戻った。
──魔城 ヘル・ドラード 会議の間
絶えず空を暗黒の雲が覆い隠し、稲妻が走る。
ここヘル・ドラードの城主、深淵魔女と魔王・ギルファデスが、
長さ10mはあるテーブルにたった二人で座っていた。
深淵魔女は血の色をした葡萄酒が注がれたワイングラスを、
ゆっくりと手のひらで弄ぶが、魔王に振る舞うこともせず、
ただ頬杖をついてその色を楽しんでいた。
何も語ろうとしない魔女の女王に業を煮やした魔王が口を開く。
「ワシの送り込んだ生贄の回収役が何者かに殺された。
雑兵の一人とは言え、屈辱の極み!
すぐさま人間界に軍勢を送り込み、彼奴らを根絶やしにしてくれる!」
「フフ……おやめになったほうがよろしくてよ。
人間が絶滅したら貴方は何を食べて生きていくおつもりかしら。
減らしすぎても増えるには時間がかかる。
また灰と砂に塗れた魔界植物を食んで満足なさるのかしら」
「しかし!せめて犯人のひとりは殺さねばワシの気が治まらぬ!!」
ただのガラスならば、一枚残らず割れているほどの大音声が広間の空気を揺るがす。
魔力で表面の大気の流れが止められているので、
ここのガラスは物音ひとつ立てることはなかったが。
「だが、一体どこの馬の骨が!人間共のどいつが斯様な狼藉を!」
深淵魔女はクスリと笑い、1枚の紙を魔法で飛ばす。魔王の手に収まったその紙には。
「ご存知ありませんの?最近異世界から現れた面白い人間。
私としてはただ殺すのでは芸がない。
全く未知の存在を観察する方が面白いと考えますわ」
「面白いだと!?全くこやつは……まあ良い。
いずれこいつに文字通り地獄の苦しみを味あわせてくれるわ!」
ギルファデスがぐしゃりと紙を握りつぶすと、それは燃え上がり灰になった。
彼が手に取る前にはこう書かれていた。
──Risako the Destroyer 42000G & Dark Orb