面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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2.暖かい布団から出なきゃ朝飯にありつけないという現実が辛い

プー、パー、ポー…♪

 

来たわね。いつものラッパの音が聞こえると、

私は小銭入れを握りしめ、教会から飛び出して緩やかな丘を駆け下りた。

街道には背負子に売り物を積んだ行商人が、もうシートを広げて売り物を並べてる。

 

「また会ったわね。今日は何を売るのかしら」

 

「こんにちは、お嬢ちゃん。バター飴なんかが美味しいよ」

 

おじさんというよりおじいちゃんになりかけの行商人は、白いキャンディを指差した。

 

「もらうわ。あと、チョコレートとポテチとマシュマロと……」

 

私は迷いに迷って毎回微妙にラインナップの変わるお菓子を選び、代金を払った。

 

「まいどあり。袋に入れるから待ってておくれ」

 

行商人がゆっくりとした手付きで商品を紙袋に入れていると、後ろから声が。

 

「おじさん、そこの干し肉セットをもらえるかしら。晩酌のアテにする」

 

「10Gだよ」

 

「はい」

 

里沙子も教会から出てきて買い物をする。

おじさんに銀貨1枚を渡すと、袋詰めを断って紐で縛った干し肉をそのまま受け取った。

 

「まいどー。こっちのお嬢さんはこれだよ。落とさないでね」

 

「どうも。……ねえ、貴方の店じゃロールケーキやシュークリームは売らないの?」

 

「日持ちしないから無理だねぇ。おっちゃんは仕入れの後、何日も町を渡り歩くから」

 

「そう……私はこれで失礼するわ」

 

「ありがとさん」

 

行商人と別れてなんとなく里沙子と並んで家に戻る。途中で里沙子が話しかけてきた。

 

「今日は何買ったのよ」

 

「お菓子に決まってるでしょう。見てわからない?」

 

「甘いもんばかり食ってたら太るわよ」

 

「酒ばかり飲んでる里沙子に言われたくないわ。

それだって、エールと一緒に食べるんでしょう」

 

里沙子がぶら下げてる干し肉を見る。

いっぱい香辛料をまぶした牛肉を乾燥させた、いかにもおつまみって感じの食べ物。

 

「今夜はこれでお楽しみよ。コンビニがないこの世界でも近場で手に入る貴重なアテ」

 

「……それより、あのことはどうなってるのよ。

前に聞いといてくれるって言ったじゃない」

 

「あのこと?なにそれ怖い」

 

「はぁ!?何話前か忘れたけど、あんた調べとくって言ったでしょうが!

街で悪魔がどう思われてるか!!」

 

「あーはいはい。そんなのあったね。今度街に行ったらそこら辺のやつに聞いとく」

 

「今度じゃなくて今日行って!どうせまた忘れるんだから!」

 

「めんどいから無理。明日からやる。明日からがんばる」

 

「ふざけんじゃないわよ!この家に来てからどれだけ長い間軟禁状態だと思ってるの!

小遣い貰ったって使い道がたまに来る行商人のお菓子だけじゃどうにもならないわよ!

私だって街のお菓子屋でケーキを買ったり、

本屋で魔導書買って勉強したりしたいのに!」

 

「あー……そういや、あんたろくに家から出たことなかったわね。

今度こそちゃんとやるから、明日まで待って。本当に今日は無理。

不定愁訴がいつもより酷い」

 

「絶対よ?約束したからね?

本当は悪魔との契約を違えたら死ぬより辛い思いをするんだから!」

 

「わかったって。とりあえず家に入りましょう」

 

「……待ってるから」

 

里沙子に玄関を開けさせて、私は紙袋を抱えて家に入った。

吸血鬼の家が教会だなんてやっぱりおかしな話だけど。

 

 

 

 

 

私はベッドの上でポテチを頬張りながら、独り言のように不満をぶちまけていた。

 

「本当に里沙子は無責任だわ!ずっと待ってた約束を“忘れてた”だなんて!」

 

「今に始まったことじゃないじゃありませんか、ピーネさん。

普段は少々いい加減でも、

ここぞという時に決めてくれるのが里沙子お姉さまの魅力なんですから」

 

「パルフェムはいいわよね、好きな時に街へ買い物に行けるんだから!

私は背中と頭の翼のせいで行商人以外の人間に見つかったら袋叩きの目に遭うのよ?」

 

「それって本当に?」

 

「本当にって、どういう意味よ?」

 

ポテチをつまんだままパルフェムの意味するところを聞き返す。

 

「ピーネさんが実際街に行って石を投げられたり殴られたりしたことはあるのか、

と言う意味です」

 

「そりゃあ、ないけど……」

 

「魔王編が終わってからもうすぐ1年でしてよ?

呑気なハッピーマイルズの住民なら、

魔王との戦いがあったことすら忘れてる可能性が高いと思いますわ」

 

「そうかも、知れないわね。……それで、結局あんたは何が言いたいの?」

 

「それほど街に行きたいなら、いっそ乗り込んでみてはどうですか。

お姉さまが無理でも、パルフェムでよければ同行します」

 

「無茶言わないで!もし駄目だったら痛い思いをするのは私なのよ?」

 

「いきなりその姿を見せろとは言いません。少々お待ちを。

そうですわね、この季節なら……」

 

なぜか知らないけど、パルフェムが急に考え込んでしまった。

そして5分くらい経ったところで、ポンと手を叩いた。

 

「できましたわ!ピーネさん、少しじっとしててくださいまし」

 

「な、なによ」

 

パルフェムが扇子で私を指す。そして不思議な詩を読んだ。

 

──氷室より 凍る寒さに 目を伏せて 貴女の秘密は まぶたの向こう

 

すると、私の翼が半透明になった。驚いて触ってみると確かに感触はあるのに。

 

「何これ、どうなってるの!」

 

「死に設定になっていたパルフェムの和歌魔法で、

ピーネさんの翼をパルフェム達にしか見えないようにしましたの。

……しかし、久しぶりに作ったら感性が鈍っていますわね。字余りしてる上に凡作。

それはともかく、さっそく出かけましょう」

 

「出かけるって?」

 

「街に決まっていますわ。人々の悪魔に対する見方をそれとなく尋ねて、

問題ないようでしたら魔法を解いて堂々と買い物を楽しみましょう」

 

「でも、明日里沙子が一緒に行くって」

 

「またお姉さまがお忘れになったり、

あれこれ理由をつけてサボる可能性がありましてよ。

それに、今パン屋では期間限定で

リンゴのはちみつ漬けを挟んだフルーツサンドが売られていますの。

もうすぐ終売ですが、今季を逃すとチャンスは次の冬」

 

「行くわ!」

 

気がついたら里沙子のことは完全に忘れて、私はパルフェムと街に繰り出していた。

 

 

 

 

 

パルフェムに続いて街道を進む。

里沙子がいつも鬱陶しいってぼやいてる野盗って奴が出てくることもなく、

私達はハッピーマイルズの街に着いた。

 

「わぁ……」

 

賑やかな市場と人だかりに思わず声が漏れる。

教会に来るまでに2人の仲間といろんな街を巡ってきたけど、

あの時は逃げるのに必死で景色を楽しむ余裕なんてなかったから。

 

「どうですか、ピーネさん。街まで来るのは初めてではありません?」

 

「うん、なんていうか……楽しそう」

 

「パルフェム達も楽しむ前に、まずは大事な用を済ませましょう」

 

「そうね。でも何から始めたらいいのかしら」

 

「一旦市場を抜けて広場に行きましょう。いい感じで人が集まっているはずですから。

さあ、こっちへ」

 

「ああ、待って!……ぎゅむ!」

 

パルフェムに手を引っ張られ、市場の中を通り過ぎる。

無理やり人をかき分けて進むけど、狭くてなかなか通れない。

身体を押し込んで強引に前進を続けると、いきなり人間の波がなくなって、

向こう側に放り出された。勢い余って転んでしまう。

 

「ぎゃん!」

 

「あらあら、大丈夫ですか、ピーネさん」

 

「大丈夫じゃないわよ、途中で手ぇ放したでしょ!」

 

「ごめんあそばせ。ここはいつもこの混雑ですから。

それより早く調査を開始しましょう。あとでフルーツサンドをご馳走しますから」

 

「絶対よ……?」

 

気を取り直して、私達は広場で思い思いに過ごしている人間に、

適当に目星をつけて話しかけた。

 

「ごめんくださいまし。ひとつお尋ねしたいことが」

 

1人目。ハンバーガーにかじりつく腹の出た親父。

 

「んー、なんだい?」

 

「もしこの娘が悪魔、例えば吸血鬼だったら、貴方はどうなさいますか?」

 

親父は指についたマヨネーズを舐めながら考える。

私は答えを待つ間、正直ドキドキしていた。

 

「……食べたい」

 

「え?」

 

「悪魔って美味いから人間を食うんだろ?

だったらおいしい人間を食べてる悪魔だって美味いはずだ。

甘~いタレで炭火焼きにして食ってみてえ!」

 

思い込みとかそんなんじゃない。親父の目は本気だった。

 

「そ、そうですの!斬新なご意見に目から鱗が落ちましたわ!わたくし達はこれで!」

 

「肉屋に置いてねえかなぁ」

 

呆然とする私を引っ張って、パルフェムが親父から距離を置いた。

広場の中央で留まるけど、息切れしたのは走ったせいだけじゃない。

 

「あまりに予想外な答えについ動揺してしまいましたわ……」

 

「パルフェム。私怖い」

 

返事をする声も固くなる。

 

「ま、まだ諦めてはいけません!たまたま今のおっさんがおかしかっただけです。

今度はまともそうな人に聞いてみましょう。ほら、あの方などが良さそうです」

 

そう言ってパルフェムが扇子で指したのは小さな小屋。

スライド式のドアの奥に座っているのは、眠そうな、というより半分寝てる保安官。

パルフェムがドアを開けて保安官を起こす。

 

「起きて下さいまし!お尋ねしたい事が!」

 

「ふが?……ああ、里沙子んとこのお嬢さんじゃないか。そっちの子はお友達かい?」

 

「そんなところですわ。唐突ですが、貴方にひとつ質問がありますの」

 

「道にでも迷ったのかな?ああ、寒いからドアを閉めてくれ」

 

とりあえず私がドアを閉めるとパルフェムが話を切り出した。

 

「つかぬ事をお伺いしますが、

この娘が悪魔だとしたら、貴方はどう対処なさいますか?」

 

保安官が大あくびをしながら頭をかく。答えはなに?

 

「そうだな……外の掲示板に手配書を貼る」

 

「それだけ?」

 

「以上だ。とは言え、実害が出ていないなら賞金はたかがしれてるだろうが。

本官の仕事が増えないことを祈るのみだ。

手配書を作ったら軍本部に連絡しなければならん」

 

「なるほど……おやすみ中失礼しました。ごゆっくり」

 

「ぐぅ」

 

今度は本当に寝てしまった。

駐在所の主がこの状況じゃ、これ以上聞けることがないから私達は外に出た。

また広場の真ん中で作戦会議。

 

「なんなの、あの保安官。あれじゃ居ても居なくても同じじゃない!」

 

「まぁ……椅子に座っていればとりあえず犯罪抑止力になるんじゃないかと。

少し休憩しませんか?フルーツサンドを食べて一息入れましょう」

 

「それには賛成だわ」

 

広場から北西に開けた敷地に数件の店が並んでて、そのうちのパン屋に入った。

店内は魔導空調機の暖房が効いていて暖かい。

パルフェムがカウンターに立つ背の高い店員に目的の品を注文した。

 

「限定アップルフルーツサンド2つくださいな」

 

「……6Gです」

 

少し無愛想な店員がトングで冷温庫からフルーツサンドを2つ取り、紙袋に入れた。

支払いトレーに銀貨を1枚置いたパルフェムが、紙袋と釣り銭を受け取る。

そして、ついでに例の質問を。

 

「あの、ひとつお聞きしたいのですが、

この店に悪魔が訪ねてきた場合、貴店ではどういう対応を取っていらっしゃいますか?」

 

突拍子もない質問に店員がしばし言葉に詰まる。

答えが出なかったのか、一度厨房に引っ込み、

しばらくして戻ってきたら、回答を示した。

 

「……親方によると、口止め料としてパンやケーキ1つ当たり2G上乗せするそうです」

 

「それで暴れだした場合は?」

 

「麺棒で叩っ殺せと言われました」

 

「貴方が?」

 

「もしくはハデス2207でチェリーパイにしろと」

 

店員が店の隅を見ると、視線の先には大型のライフルが。

なんでパン屋にこんなもん置いてるのかしら。

 

「よくわかりました。ここでは客の安全を確保していらっしゃるのですね。それでは」

 

「またのご来店を」

 

パン屋兼ケーキ屋から出ると、私達はベンチに座ってフルーツサンドをかじりだした。

一口ごとにリンゴからはちみつが滲み出てきて、とっても美味しい。

……そうじゃなかった。

 

「3人目でようやくまともな回答が出てきたことにホッとした自分がすごく嫌」

 

「よかったじゃありませんか。

今の所ハッピーマイルズにおける悪魔への印象は、

それほど悪くないということですから」

 

「良くもないけどね。

正体がバレてたら、1人目の親父に食べられてただろうし、

2人目の保安官にはろくに相手にしてもらえない。

3人目のパン屋でやっと“悪魔は退治すべき”って普通の答えが出てきたけど、

それも金さえ払えば実現しない。この街一体どうなってるの?」

 

「平和でいいと思いますよ?

あと2人くらいに確認して、問題なければ皆さんに本当の姿を見せましょう。

がんばって」

 

「うん……」

 

ちょっと心にゆとりが出てきた私は、今度はパルフェムと酒場に入った。

カウンター席に座るとグラスを磨くマスターがこちらを見ずに口を開いた。

 

「子供に酒は出さないぞ」

 

「ホットチョコレートを2つ。それと“質問”を」

 

パルフェムが銀貨を2枚置く。それをマスターが素早く手元に引き寄せた。

 

「“ご注文”は?」

 

「この街の住人の悪魔に対する印象。例えばこの娘が悪魔なら貴方はどうなさいます?」

 

「何がしたいのかはわからんが、よそでそういう事は口にしないことだ。

確かにここの連中は細かいことは気にしないが、どこでもそうだとは限らない。

酒場には色んな奴が集まる。

悪魔の首なら子供だろうが役所が高値で買い取る領地から来た賞金稼ぎもいるし、

武勇伝を作るために見返りがなくても喜んで悪魔を殺す奴もいる。

実際、この国に悪魔を守る法律なんかないしな。それに……」

 

「それに?」

 

「うちみたいな商売をしている奴の中には、

裏メニューで悪魔の血を使ったカクテルを作ってる所もあるらしい。

どこからどうやって仕入れてるのかはわからんが、

物好きな金持ちに人気で、いい値段で売れるそうだ。

本当にその嬢ちゃんが悪魔なら、人さらいには気をつけるこった。

人じゃねえって文句は無しだ」

 

……青くなってホットチョコレートをすする。

どうも人間界の一部では食物連鎖の順序が狂ってるみたい。

それが魔王が死んでからなのか、生きてた頃からなのかはわからないけど。

私もパルフェムも、温かいホットチョコレートを飲み終えると、酒場を出た。

無言でまた広場の中央に戻ると、パルフェムがしばらく黙ってから切り出した。

 

「……どうしますか?」

 

つまり、予定通りあと一人、悪魔への対応について聞いてみるか。

正直、マスターの話でテンションが下がりきっていた私は、もう帰りたくなってた。

 

「帰ろうかな、どうしようかな……」

 

「ピーネさん、大変ですわ!」

 

私がまごついてると、突然パルフェムが叫んだ。

 

「あなたの翼が!」

 

「えっ?」

 

よく見ると、今まで半透明だった翼が元の色に戻っていた。これって多分……

 

「早くどこかに隠れてください!短歌の出来が悪くて効果が途切れてしまいました!」

 

「いきなり言われても、隠れるったってどこに?」

 

私達が広場で騒ぎ出したせいで、無駄に注目を集めてしまう。

 

「あれ、悪魔だ」「コウモリっぽいから吸血鬼よ」「わーい初めて見た」

 

広場だけじゃない。市場や店舗からも人が出てきて集まってくる。

 

「パルフェム、あんたの魔法でどうにかしてよ!」

 

「ちょっとお待ちを!ええと、冬の季節に合った教会へ帰還する俳句は……

急かされると何も出てきません!」

 

「どうするのよ!」

 

「ですから、急かさないでくださいまし!」

 

ぐずぐずしているうちに、とうとう私達は人間に取り囲まれてしまった。

更に事態は悪化。酒場から冬用迷彩服を着て、拳銃を持った男が飛び出してきた。

 

「どけどけお前ら!そいつは俺の獲物だ!」

 

「うわっ、なんだ」「うっせえな」「酔っぱらいか?」

 

男が乱暴に見物人を押しのけて、私達に近づき、銃を向ける。

パルフェムが私をかばうように前に立つ。

 

「彼女に近づかないでくださいまし!」

 

「下がれ。俺の領地じゃ、悪魔の首は1つ1000Gで売れるんだよ」

 

「ピーネさんはパルフェムの友達で、人間に害を及ぼす存在ではありません!」

 

「お前も死にたいのか?悪魔をかばった罪は重い。

俺の領地なら、まとめて撃ち殺しても罪に問われないんだぞ!」

 

「くっ……!」

 

男がパルフェムに銃口が4つある奇妙な銃を向けた。

しかも、さっきのパン屋から店員が麺棒と大型ライフルを持って出てきた。どうしよう。

彼がノシノシと歩いてこっちに来て、重いライフルを片手で持ち、正確に狙いをつけた。

 

「何っ!?」

 

……ただし、迷彩服の男に向けて。店員は男に無言の圧力を掛ける。

 

「誰だか知らんがお前は悪魔崇拝者なのか!?善良な人間より悪魔に味方するのか!!」

 

「黙れ。その子は悪魔である前にうちの客だ。

客に銃を向ける奴はミートパイにしろと親方に言われている」

 

「詭弁だ!おいお前ら!こんな事を許していいのか!

街に悪魔の侵入させてもいいのか!」

 

迷彩服が今度は野次馬に大声で呼びかける。だけど反応は冷たいものだった。

 

「さっきから悪魔悪魔うっせーぞ!ここはテメーの領地じゃねえ!」

「お前のせいでハンバーガーがまずくなった!責任持ってもう一つ買え!

チーズバーガーを!」

「小さな女の子に銃を向けるなんて最低!さっさと街から出てってよ!」

 

野次馬達から非難の声を浴びせられた男は思わずたじろぐ。

 

「お前ら……後悔するぞ!ハッピーマイルズは悪魔と手を組む邪悪な街だと知れたら」

 

「んあ~何の騒ぎだ?これでは昼寝ができんではないか」

 

今度は駐在所から保安官が出てきた。迷彩服が彼に駆け寄って事の詳細をまくし立てる。

 

「そうか。本当に悪魔だったのか」

 

「そうだ!連中に引き下がるよう言ってくれ!俺には悪魔を殺す義務と権利がある!」

 

「だがなあ……」

 

保安官が頭をボリボリかいて私を見る。

 

「確かにハッピーマイルズの領地法には悪魔を守る法律はないが、

住んではならんという決まりもない。というより、悪魔に関する規定が全く無いのだ。

悪魔狩りをするのは勝手だが、起こした騒ぎは自分で治めてくれ。

でないと君が威力業務妨害及び道路交通法違反でしょっぴかれることになる。

こっちはちゃんと法律書に記載されている」

 

「ふざ、ふざけるな!こいつは魔王の手下なんだぞ!いつ人間に襲いかかるか……!」

 

──それは違うわ!

 

市場から駆け込んできたあの声は……里沙子!!

 

「あ、里沙子だ」「知り合いかー?」「じゃあ、悪魔の子は誰?」

 

「ちょっとごめんなさいよー、通して通して!」

 

里沙子が野次馬をかき分けて私達に走ってくる。

息を切らしながらそばに立つと、切れ切れの言葉を紡ぐ。

 

「ごほごほ、はぁ…なんで、勝手に、街に来たの。明日行くって……」

 

「里沙子が当てにならないからパルフェムに連れてきてもらったのよ!」

 

「この、騒ぎは?ふぅ……深呼吸、深呼吸」

 

「すみません、お姉さま。

パルフェムの魔法で翼を隠していたんですが、効果が切れてしまって」

 

「そう。……みんなー!びっくりさせてごめんなさい!この娘はピーネ。

見ての通り吸血鬼なんだけど、ヘタレだから害はないの!

みんなが悪魔をどう思ってるかわからなかったから今まで家で生活させてたけど、

そもそもピーネがこの世界に来たのは、

魔王との戦いで奴に無理矢理参加させられたから!人を襲うために来たわけじゃないわ。

1年近く一緒に暮らしてるあたしが保証する!」

 

「里沙子が一緒なら大丈夫か」「まあ可愛い吸血鬼」「店番に戻るか」

 

ああ、助かった。周りの人達からは私達に敵意は全く感じられない。迷彩服以外は。

 

「この娘はうちの家族なの。だからあなたも銃を収めてほしいんだけど」

 

「嫌だね。俺はこいつで食って……」

 

その時、保安官の話や里沙子の乱入で、

彼が存在を忘れていたライフルがガチャッと音を立てた。

 

「パイの焼ける時間だ」

 

「わっ、やめろ!!」

 

「あら、マックス。久しぶりね。あなたのパン、なかなかイケてるわよ」

 

「……どうも。それで、どうするのか早く決めてくれ。

こいつもガタが来てていつ暴発するかわからん」

 

「ちくしょう、ただで済むと思うなよ!お前らはうちの領地を敵に回したんだ!」

 

迷彩服の男は逃げていった。野次馬達も騒ぎに飽きたのか元の位置に戻っていく。

マックスと呼ばれた店員も立ち去ろうとする。私は彼の背中を追いかけようとした。

 

「待って!さっき言ってた口止め料だけど、4G!」

 

「子供から小遣いを巻き上げるほど落ちぶれちゃいない。親方なら、そう言うだろうな。

……またのご来店を」

 

そのまま行ってしまった。私は小銭入れを握ったまま、彼を店に戻るまで見守っていた。

 

 

 

 

 

それから、里沙子は駐在所で保安官から厳重注意を受けていた。やーい。

 

「事情は理解したが定住する以上、住民登録をしてくれなければ困る。

保護者である君にだ」

 

「本当に、ご迷惑をおかけしました……すぐに手続きを済ませますので」

 

頭を下げてまともな口を利いてる里沙子は珍しい。

ちょっとしたトラブルがあったけど、今日街に来てよかったわ。

パルフェムが心配そうに問いかけた。

 

「あのう、保安官さんにお聞きしたいことが。手配書の件なのですが……」

 

「ああ、無し無し!さっきのは建前というものだ。

この忙しいのに罪名もない手配申請を軍に持ち込んだら、

白い目で見られるのは本官である」

 

「そうですか!よかったですわね、ピーネさん!」

 

「うん……ありがとう、みんな」

 

里沙子がお説教を食らった後、

役所ってところに連れてこられて、何かの紙に名前を書かされた。

ピーネスフィロイト・ラル・レッドヴィクトワールを誇らしい気持ちで書き込む。

 

「書けたなら貸して。住所とか保証人欄はあたしが書くから」

 

里沙子もサラサラと何かを書くと、書類を窓口に持っていった。

書類と引き換えに番号札を受け取り、待つこと10分。

番号を呼ばれた里沙子が窓口で何かを手渡され、戻ってきた。

 

「はい。あんたの身分証明書。小さいからなくすんじゃないわよ」

 

厚紙で出来たカードには、私の名前と隅っこに里沙子の名前。

なんだか勲章みたいに見えて嬉しくなる。

 

「よかったですね。

これでもうピーネさんも自由にハッピーマイルズの街でお買い物ができますわ」

 

「うん……でも、あの男が言ってたわよね。私がいるともしかしたら他の領地と戦争に」

 

「ならない、ならない。ここには帝国軍の特殊部隊が常駐してるんだから。

カシオピイア一人だけど。

どこの領地か知らないけど、領主も皇帝陛下にケンカ売るような馬鹿じゃないでしょ」

 

「だといいけど」

 

「そう考えると、あたしも取り越し苦労が過ぎたわね。

ハッピーマイルズの連中が予想以上に呑気だったせいで、

ピーネに窮屈な思いをさせたわ。ごめん」

 

「単にあんたが放ったらかしにしてただけでしょうが!本当ムカつく女ね!」

 

「悪かったって。もう帰りましょう。家に着くころには、ちょうど夕食時だから」

 

「さっきの話だけど、誰がヘタレなのよ!私は誇り高い吸血鬼なんだから」

 

「うん、立派立派。マヂで尊敬してるからここ出ましょう、後ろがつかえてる」

 

「キー!あんたは真面目に人の話が聞けないの!?」

 

「まあまあ落ち着いて。終わり良ければ全て良し、と言うじゃありませんか」

 

「ちっとも良くない!」

 

私達は街から出ると、

言い争いというか、里沙子にずっと文句をぶつけながら家路を急いだ。

日が落ちかけて寒くなる。早く春が来ればいいのに。

今度街に行くときは、コートでも買おうかしら。

ずっと駄菓子しか買ってなかったから結構お金が貯まってる。

パルフェムを誘ってまたケーキを食べるのもいいわね。

私は家に帰ってからも愉快な想像を続けていた。

 

 


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