面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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3.やっぱりバレンタインの日付が覚えられない。もう建国記念日でいいじゃん。

「里沙子さん!バレンタインです!」

 

ダイニングのテーブルに着いて自分で入れたコーヒーを飲んでいると、

ジョゼットが訳のわからんことを言い出した。

いつものことだけど、どうでもいいことで憩いの時を邪魔しないで欲しい。

 

「あたしはバレンタイン司祭じゃなくて斑目里沙子なんだけど」

 

「またそんないじわる言うんですから!これ見てくださいよ!」

 

「ん~?」

 

面倒くさいけど、ジョゼットにロックオンされたら、

ある程度付き合ってあげないといつまでもひっついて離れない。

差し出された数年前の古雑誌を見る。日本のものね。

表紙にデカデカと“今年の本命は手作りトリュフで決まり!”だの、

“彼氏のハートを掴もう”だの、全く興味を引かない見出しが踊ってる。

 

「でさ、これをあたしに見せてどうしたいわけ?ていうか、どこで拾ってきた」

 

「街の本屋で買って来ました!うちもやりましょうよ、バレンタイン!」

 

「断る」

 

「え~……多分そう言われるとは思ってましたけど、どうしてですか?」

 

「あたしの性格知ってるなら考えるまでもなくわかるでしょうが。

なんでわざわざ別に祝日でもないバレンタインの日に、

チョコレート用意して配り回らなきゃいけないのよ。

そもそもここ女しかいないじゃない」

 

「でもでも!このアースの書物には“友チョコには変わり種が人気”って書いてますよ!

つまり、友達同士でチョコを交換しても変じゃないんです!ね、やりましょう!」

 

「あんたとあたしは友達じゃない。家主と召使い」

 

「ひどい!傷ついたので、やってくれないとルーベルさんに言いつけます!」

 

「思い通りにならなきゃルーベルけしかければビビると思ったら大間違いよ。

あたしにはバレンタインを断る正当な権利があるんだから」

 

「正当な権利ってなんですか?」

 

あたしはひとつ咳払いをし、

自分の中でバレンタインデーがどれほど意味のないことかを説明し始めた。

 

「オホン、あのね。当たり前だけどチョコレートを渡すかどうかは本人の自由。

実際あんたらにチョコをくれてやったことなんかなかったわよね。

あと、チョコを配る習慣を始めたのはアースの菓子メーカー。

彼らの販促に乗るか無視するかも個人の自由。

それに、日本が毎年バレンタインデーで盛り上がるのは事実だけど、男女問わず、

チョコの準備やホワイトデーのお返しにうんざりしてる人達がいるのも確かなの。

会社によっては名簿を作って、

義理チョコ欲しい人だけ丸をつける方法を取り入れてるところもある。

あたしも義理チョコや年賀状を始めとした気持ちの伴わない虚礼には

反対の立場を表明してるから、バレンタインデーに参加する気も全く無い。

要するにあたしは、どれを選んでも誰も文句のつけようがない選択肢から

NOを選んだだけ。

どう?ここまででいつもの屁理屈が1つでもあるなら言ってごらんなさい。

っ!……げほ、すぅーはぁ~!」

 

一気にまくし立てて呼吸が追いついてなかった。

 

「む~!……里沙子さんに好きな人はいないんですか?」

 

「あんたが想像している意味での“好き”はいない」

 

「……そうですか。一旦失礼します」

 

「わかればよろしい。あっちいけ」

 

ジョゼットが肩を落として2階に戻っていった。

危ない所でミドルファンタジアに面倒な文化が根付くところだったわ。

あたしはクッキーをかじってブラックを一口。

菓子なんて食いたい奴が自分で買えばいいのよ。

 

また一人きりになって静けさが戻ると、ふと妙な想像が頭に浮かんだ。

あたしに男がいるとしたら、どんな奴とどんなことをして生きてるのかしら。

寡黙な人は必須条件。チャラい奴は地球から追い出したいほどイラつくからね。

 

顔に贅沢は言わない。価値観が第一よ。

ベラベラと余計なことを喋らず、それでいて一緒にいて落ち着く。

人だらけのデートスポットとやらに連れ出そうともせず、

何も言わずただお互いの存在だけを認識してる。

そんな人間がいるすればひょっとしてひょっとするかもしれない。

 

雨降りの日に、開け放った縁側で背中合わせになって、あたしは銃の整備をし、

そいつは足の爪を切ったり文庫本を読み耽る。

そこに会話はなく静かな雨音を聞きながら二人きりで「里沙子さーん!」

 

こいつは自分のしたことの重大さをわかっているのかしら。

もしかしたら、うんざり生活が終了するほどの転機につながったかもしれない思索に

土足で踏み込んだ。その罪は重い。

2階から響く小さい足音を怒鳴りつける。

 

「うっさいわねー!話は終わったでしょう!」

 

「わたくしと同意見の人に来てもらいました。さあ!」

 

「同意見?……うげ」

 

階段を見ると、ジョゼットと一緒にカシオピイアが下りてきた。

ああ、嫌でも後の展開が読める。

この娘、恋愛小説好きだし、顔に出ないだけで乙女なところがあるから……!!

 

「カシオピイア。何を吹き込まれたか知らないけど、この馬鹿に付き合うことはないわ。

一人でやってろアホって言ってあげて」

 

「……お姉ちゃん。姉チョコ、作るね?」

 

「カシオピイアさんから嬉しいお知らせですね!」

 

ニヤニヤと笑うジョゼットにイライラの回転数が一気に8000r/minまで急上昇。

奴が持ってる雑誌を奪い取り、丸めて頭を殴ろうとしたら、

カシオピイアにその腕を掴まれた。

 

「くっ!」

 

軍人だけあって凄い力!

あたしがジタバタしていると、妹が耳元に口を寄せてそっとささやいた。

 

「お返しは、いらないから……ね?」

 

「やめてよ!それで本当に返さなかったら、

自動的にあたしがケチな常識知らずってことにされるでしょうが!」

 

その時気づいた。既にあたしはジョゼットの罠にかかっていた事に!

 

「ジョゼットォ!!」

 

「あら~里沙子さん、カシオピイアさんには何もあげないんですか?かわいそう……」

 

「あんた、本当にガチで覚えてなさいよ?

無傷で100話記念迎えられると思うんじゃないわよ!?」

 

「はーい!わたくしも里沙子さんにプレゼントしますので、

とりかえっこしましょうね!」

 

「聞いてんの?あんたは!」

 

すっかり図太くなったジョゼットにまんまと嵌められたあたしは、

興味のないイベントランキング第7位に参加する事になってしまった。

 

 

 

 

 

2月13日。

あまり早く作りすぎてもカビる可能性があるから、

14日ぎりぎりにチョコレートの制作を開始。

雑貨屋、お菓子屋、牛乳屋で材料を仕入れたあたしは、ぶつくさ言いながら、

すりこぎでボールの中のチョコレートを砕いていた。

 

「なんであたしがこんな面倒なことしなきゃいけないのよ、まったく」

 

お菓子屋で出来合いのチョコを適当に買って済ませようと思ったけど、

きっとカシオピイアはすごい気合の入った手作りを持ってくるだろうから、

しょうがなく簡単なのを手作りすることにした。

スマホで“奴”に連絡してチョコレートの作り方を検索させたけど、

これがまあ、めんどいのなんの。

 

まずお菓子用の不揃いチョコを砕いて湯煎に掛ける。温度は高すぎても駄目らしい。

テンパリングとか言う謎技術で適切な温度管理をすることによって、

口当たりや見栄えが良くなるみたい。

まず50~55℃のお湯を張ったボウルに、砕いたチョコを入れたボウルを浸けて溶かす。

 

早くも問題発生。その50~55℃を正しく測定する手段がない。

うちのキッチンには調理用温度計なんてハイテクなもんはない。

あたしはハンズフリーモードにしたスマホに叫ぶ。

 

「ねえ!チョコの温度がわかんないんだけど!」

 

キーボードを叩く音の後、しばらくしてから返事が。

仕方がないから体温計を使えとのことだった。

まあ、若干不衛生だけどチョコに触れるわけじゃないから別にいいわよね。

水銀式の体温計をお湯につけて、大体52℃になったところでチョコ入りのボウルを浸す。

一度溶かして液体状にすることには成功。

 

だけどまた面倒な工程にぶち当たる。

なになに?今度は湯煎ボウルの水を10~15℃の冷水に替えて、

チョコレートの温度を30~32℃に下げつつ、チョコの重量の約3%のココアを加える。

何から手を付けて良いのか、あたしの方がテンパリング状態だから、

どれか1つの手順を捨てる。

 

冷水は適当に蛇口から出した水で代用。肝心のチョコの温度に集中する。

で、体温計をボウルの外側に当てて、32℃に差し掛かったら目分量のココアを加え、

底から持ち上げるように左右各20回ずつ混ぜる。辛い作業だわ。

 

「終わった!次はなに?……テンパリングは終わりだから型に流し込んで固めろ?

オッケーわかったバイバイ切るわよ」

 

スマホをガチャ切りしてチョコの世話に戻りながら考える。

奴がバレンタインデーに母親以外から貰ったチョコは、

幼稚園時代にクラスメイトの女子が全員に配った一口チョコだけらしい。

そんなあいつが、オッサンになった今、

必死こいてチョコレートの作り方を検索してたと思うと、少し涙が出そうになる。

 

おっと、そんなことはどうでもいいわ。さっさとしないとチョコが固まってしまう。

バットに並べたハートマークの型に、溶けたチョコを手早く流し込む。

嗚呼、それにしても何故人間が食べ物に追い立てられなければならないのか。

何故あたしはこんな事をしているのか。人生不可解なり。

 

「手作りチョコなんて、女子力(笑)の高い連中に任せときゃいいのに、

何もかもジョゼットのせいよ。

あたしがパティシエなら、中身をスピリタスにすり替えたウィスキーボンボン作って

口に詰めてやるんだけど」

 

あいにく、あたしにはウィスキーボンボンの中に

ウィスキーを注入する方法がわからないからその願いは叶わない。

っていうかどうやって作ってるの、アレ?

 

「おっ、なにやってんだ?」

 

「甘い香りがしますね」

 

あたしの疑問は2人の声でかき消される。

ルーベルとエレオノーラが部屋から下りてきた。

珍しくキッチンに立っているあたしに興味深げに近づいてくる。

 

「里沙子が料理とは珍しいな。暇なのか?」

 

「違う!菓子業界が捏造した祝日もどきに付き合わされてるの!ジョゼットの謀略で!」

 

「ジョゼットさんが?どういうことでしょう」

 

二人にバレンタインデーの存在とその内容と、

チョコを作る羽目になった経緯について説明した。

 

「まあ……それは大変ですね。

わたし、料理の方は自信がなくて、お返しができそうにありません」

 

「いいのよ。カシオピイアの重チョコに対して

言い訳の利く程度のお返しができればそれでいいんだから。

二人は感想聞かせてくれればオールオッケーよ。

ルーベルも1つくらいはつまめるわよね?」

 

「ああ、食べる分には問題ないが……なんか悪りいな」

 

「だからいいって。でも、バレンタインデーの存在は口外しないでちょうだい。

アースではこのイベントで喜ぶ人もいれば泣く人もいるから。

これ以上不幸な存在を増やしたくない」

 

「不幸な人?楽しい行事だと思うのですが」

 

「その辺はあまり詮索しないであげて。

奴が今、古傷をえぐりながらキーを叩いてるから」

 

「……ただいま」

 

その時、カシオピイアが街の巡回から戻ってきた。片手には何かが入ってるカバン。

 

「お帰り~」

 

「よっ。もしかしてそれ、例のバレンタインとか言うやつか?」

 

「うん……後で作る」

 

「ちょっと待っててねー。あとはこいつを冷温庫に入れて冷やせば終わりだから」

 

あたしはチョコの載ったバットを冷温庫に入れ、

“どくいり きけん たべたら しぬで”と書いたメモを貼り、ドアを閉めた。

つまみ食いされちゃたまらん。

 

残りの作業は……キッチンを見てうんざりする。

そりゃ片付けまでが料理だけどさ、

冷えてガビガビにこびりついたチョコを洗い落とす作業は、

途方もなくしんどいに決まってる。

だけど、重労働を前にしたあたしに救いの手が差し伸べられた。

 

「置いといて。ワタシも、作るから」

 

「マヂで!片付けなくていいの?いやぁ、なんか悪いわね!」

 

「でも、見ないで……」

 

「チョコ作りを?」

 

「うん」

 

「了解ー!みんな、カシオピイア先生がゴディバも真っ青の

ゴージャスでグレイトなチョコレートをお作りになるから帰った帰った!」

 

「はい。頑張ってくださいね」

 

「私も部屋に戻るか。なんだかこっちまで楽しい気分になってきたな」

 

カシオピイアが使いかけの調理器具をさっと水洗いして、

カバンからチョコの材料を取り出した。おっと、これ以上見ちゃいけないわね。

あたしは数ⅢCの問題集を1ページやり遂げたような気分で

私室のベッドに潜り、昼寝をした。

 

 

 

 

 

キッチンにワタシひとりになると、お姉ちゃんのためにチョコレート作りを始めた。

みんなの分もあるけど、お姉ちゃんのものは特別。

お菓子屋さんでたくさん買ってきた材料をテーブルに広げる。

本屋で下見をしたチョコレートの作り方を書いた本を開いて、

ワタシでも作れて、お姉ちゃんが喜んでくれそうなガトーショコラのレシピを熟読する。

 

……よし、イメージトレーニングは完璧。手順も大体暗記。

邪魔にならないよう長い髪を後ろでまとめる。エプロンも着けて準備はバッチリ。

ケーキを作る前に、チョコプレートを作っちゃおうっと。

作り方は簡単。ホワイトチョコを溶かして、丸い型に流し込む。

冷えて固まるのを待つ間に、今度は普通のミルクチョコを同様に溶かし、

スプーンでひとすくい。

 

固まったチョコプレートを型から外して、

スプーンから慎重にチョコを垂らして、メッセージを書く。

何を書こうか迷ったけど、素直な気持ちをそのまま形にすることにした。

……うん、これでいいよね。

これは冷温庫にしまっておいて、ケーキ本体に取り掛かろう。

 

ええと、下ごしらえから大変だな。

チョコを刻んで湯煎して、卵を卵黄と卵白に分けたり、

薄力粉をふるったり、結構忙しい。

広げたレシピと手元の食材の間で視線を行ったり来たりさせながら、

本格的な調理に入る。

 

ボウルに卵黄とグラニュー糖を入れて、湯煎しながら泡立て器で混ぜる。

程よく温まったらお湯から下ろしてチョコレートとバターを加えてまたよく混ぜる。

混ぜてばかりで意外と力を使うのね。

それから別のボウルで卵白にグラニュー糖を複数回に分けて加えながらかき混ぜ、

メレンゲを作る。

 

メレンゲとはじめに作ったチョコレート入りの生地を、

薄力粉を加えながらゴムヘラで混ぜ合わせる。

全体が馴染んでなめらかな感じになったら、いよいよ焼き上げだね。

 

「オーブンは……180℃。大丈夫、行ける」

 

型に生地を流し込んだら、予熱しておいたオーブンに入れる。後は待つだけ。

出来上がりまで40~45分。ワタシは、レシピを読み返して時間を潰すことにした。

ガトーショコラのページを読み終えて、ページをめくる。

あっ、この生チョコってお菓子も美味しそう。

いろんな種類のチョコレートを眺めていると、

ジョゼットが部屋から出てきて、話しかけてきた。

 

「あ、いい匂いがすると思ったら、

カシオピイアさんもチョコレートを作ってるんですか?」

 

「うん。みんなで食べられる、ケーキにした。お姉ちゃんのは、特別だけど……」

 

「特別!?わー、バレンタインの日が楽しみです!

そうだ、作り終わったら食器はそのままにしておいてください。

わたくしもそろそろ作らなくちゃ」

 

「わかった」

 

その時、オーブンが鐘の音を鳴らして加熱を止めた。

赤く燃えていた内部が暗くなったのを確認すると、ミトンをはめてドアを開く。

うまくできたかな。串を刺してみる。なにもくっつかない。きちんと焼けたみたい。

後は粗熱を取って、冷温庫で冷やすだけ。

 

「すごく美味しそうです!きっと里沙子さんも驚きますよ!」

 

「……ありがとう」

 

「わたくしも負けてられません。

腕によりをかけて美味しいチョコを作りますから、楽しみにしててくださいね!」

 

「うん。待ってる……あ、完成するところは、見ないで」

 

「わかってます。やっぱり里沙子さんに最初に見せたいんですね?」

 

「そう」

 

「それじゃ、わたくしはこれで。失礼しま~す」

 

ジョゼットが自分の部屋に帰った。

彼女と話している間にガトーショコラの粗熱が取れたみたい。触っても熱くない。

ゆっくり型を持ち上げると、きれいにケーキが抜けた。あと少し。

粉糖を全体にまぶしてブラウンの色に彩りを添えて完成。自分でも良くできたと思う。

お姉ちゃん、喜んでくれるといいな。

ワタシは、ガトーショコラに厚紙の箱を被せて冷温庫にしまった。

 

 

 

 

 

2月14日。

そんなわけでバレンタインデーという名のチョコレート試食会が来たわけよ。

全員ダイニングに集まって、あたしとジョゼットとカシオピイアの作ったチョコを食う。

順番に冷温庫から出してみんなで食べ比べるのよ。

 

「皆さんがそんな楽しいことをなさっていたなんて知りませんでしたわ。

教えてくださったら、パルフェムも何かご用意しましたのに」

 

「ああ、気にしなくていいわよ。

そこのアホジョゼットが強引にねじ込んだイベントに付き合わされただけだから、

あなた達まで巻き込まれちゃ駄目よ」

 

「えへへ、アホって言われちゃいました」

 

「なんで照れてんの?」

 

「それにしても、チョコレートを配るなんて素敵な習慣があるものね。

これから毎年やりなさい」

 

「期待はしないほうが良いわよピーネ。今回でバレンタインネタは使い切ったから。

奴の自虐エピソードも数に限りがあるし」

 

「しみったれた話はその辺にして、そろそろ始めようぜ」

 

「そうね。ジョゼットは罰として給仕係。順番にみんなにチョコを出しなさい」

 

「いつも給仕係な気がするんですけど……まず、里沙子さんの作品から」

 

作品とか言わないでよ。ハードル上げんな。

ジョゼットが冷温庫から、あたしがテンパリながら作った普通のチョコを取り出して、

各自の皿に何粒かずつ載せた。

 

「おっ、ハート型か。お前らしくねえ」

 

「自覚はしてても人から言われるとムカつくものね。

全く関係ないけど、ハートが似合う男はあたしが知る限りDIOしかいないと思う」

 

エントリーナンバー1番。斑目里沙子。何の工夫もないチョコ試食。

 

「お姉ちゃんの、チョコレート……美味しい、素敵」

 

「ふーん、いけるじゃん。里沙子もたまには女らしいことするのね」

 

「過大評価もちょっと困るわ。市販のチョコ溶かして固め直しただけなんだし」

 

「どっちだよ。面倒くせえやつだな」

 

「謙遜なさらないで。ちゃんと里沙子さんの心がこもっていますよ?」

 

「エレオまでやめてよ……ああもう、ジョゼット、次よ次!」

 

「えっ!もうですか?あのう、その前にお茶にしませんか?

冷たいチョコで舌も冷えてるでしょうし……」

 

なんかジョゼットが挙動不審だけど、おやつにお茶がないのは確かに寂しいわね。

 

「じゃあ、人数分の紅茶を入れて。今日はあたしも紅茶でいい」

 

「わかりましたー!」

 

ジョゼットがポットじゃなくて鍋に水を入れて火にかける。割と時間がかかりそう。

適当にみんなとだべる。

 

「本当、ジョゼットのせいでとんだ骨折り損のくたびれ儲けだったわ。

口を開けば余計なことしか言わないんだから」

 

「まあまあ。お姉さまのおかげでパルフェム達は幸せですわ。

思いがけずお正月以外にお姉さまの手料理が食べられたんですから」

 

「このチョコレートってやつ美味いな。上手く言葉にできない不思議な甘さだ」

 

「クリームソーダといい、あんたは本当に甘党ね。ログヒルズにはなかったの?」

 

「ああ。オートマトンは基本飲み食いしねえから、食べ物屋自体なかった」

 

「お茶ができましたよ……」

 

やっぱりどこか浮かない顔で紅茶を配るジョゼット。

さて、試食会の続きと行きましょうか。

 

「あんがとさん。それじゃあ、今度はあんたのチョコレート食べさせてよ」

 

「わたくしですか?カシオピイアさんの後では駄目ですか……?」

 

「つべこべ言わずにさっさと出す」

 

「はい……」

 

ジョゼットがしぶしぶ冷温庫を開けて、ボウルを取り出した。

そして、千切りキャベツをつまむように、皆の皿に黒くて脆い何かを少しずつ盛る。

配り終えるまであえて何も言わず、ボウルを洗い場に置いて席に戻るのを待った。

 

「これ、なに?」

 

何かの燃えカスを指差して尋ねる。

 

「チョコレート。……を焦がしてしまいました」

 

「作るのに苦労した点は?」

 

「フライパンから削り落とすのが大変でした……」

 

「なんでこうなったわけよ」

 

「さあ……」

 

「チョコレートを、直接、火にかけちゃ、だめ」

 

初対面の人間でもそれとわかるくらい、残念そうな顔でアドバイスするカシオピイア。

だけどこの世は覆水盆に返らない。

 

「ごめんなさい……冷温庫にあった里沙子さんのチョコを見て、

“なーんだ里沙子さんでもこれくらいできるんだ”って油断しました……

それでレシピを見ずにとにかく温めればいいと思っちゃって、

焼けたフライパンに市販のチョコレートを放り込んだらこんな風に」

 

「いい度胸ね。表に出なさい」

 

あたしの拳が真っ赤に燃える。バカを滅せと轟き叫ぶ。

 

「里沙子さん、落ち着いて!

ジョゼットさんにも悪気が……少しはあったかもしれませんが、どうか穏便に!」

 

「本当、今回はとことんあたしをイラつかせてくれるわね、このクソ坊主は!

……ピーネも食べちゃ駄目!これは廃棄処分!」

 

「えー?匂いは割とまともだから一口くらい。

それに食べ物粗末にするなっていつも里沙子が言ってるじゃん」

 

「馬鹿みたいに苦いからやめときなさい。

あと、これは焦げた時点で食べ物じゃなくなった。

発ガン性物質の塊を捨てることは罪じゃない。咎を受けるべきはジョゼットよ」

 

「うう……」

 

「これは採点不可だから最後のカシオピイアの手作りチョコを出しなさい」

 

「待って」

 

「どうしたの?みんなの期待があなたに掛かってる」

 

カシオピイアは黙って立ち上がると、棚から大きめの紙箱を取り出して、

テーブルの真ん中に置いて蓋を開けた。

 

“おお~っ……”

 

皆から驚きとため息が漏れる。箱から現れたのは、

甘い香りとブラウンのケーキに散らした白い砂糖がアクセントのケーキ、

ガトーショコラだった。

こりゃあもう、食べる前からよだれが止まらない。

 

「常温に、戻しておいたの。味が、わかりやすくなると思って」

 

「ナイス判断よ、カシオピイア!さすが我が妹!……ほらジョゼット、さっさと切る!」

 

「はいただいま~!」

 

ジョゼットがガトーショコラに包丁を入れると、切り口から更に芳醇な香り。

うん、これならいつでもお嫁さんに行けるわ。あたしが太鼓判を押す。

全員にケーキが行き渡ると、早速いただきますをしようとした。

でも、カシオピイアが冷温庫から何かを取り出し、あたしのケーキに刺した。

 

「お姉ちゃんは、特別」

 

「なんだなんだ?私にも見せてくれよー」

 

「だめ。ないしょ」

 

「ちぇー、いいな里沙子は」

 

「ふふん。出来のいい妹を持つ姉の特権よ。

これは……メッセージ付きのチョコプレート、うっ!!」

 

とんでもないものを見てしまったあたしは慌てて伏せた。

 

「どうしたの、お姉ちゃん」

 

「な、なんでもないのよ?ほら、あたしって楽しみは最後に取っとく主義でさ」

 

「少し顔色がよくないみたいですが、何か問題でも?」

 

「ううん。それよりも、ああ、ケーキが食べたい」

 

「そうですね。カシオピイアさんの傑作をいただきましょう」

 

「わーい、チョコケーキ!」

 

そしてみんなでガトーショコラを食べる。

しっとりした食感のチョコケーキは本当に美味しかった。

妹が作ってくれたものなら尚更。だけど。

フォークでさっきのチョコプレートを持ち上げてみる。

そこには“お姉ちゃん だいすき”と溶かしたチョコで器用に書かれている。だけど!

 

「大変おいしゅうございます。

仕事も料理も完璧なんて、さすが里沙子お姉さまの妹君ですわ」

 

「そんな、こと……」

 

「あるって。マジでうまいよ、お前のケーキ」

 

「ありがとう」

 

「シスターたるわたしが、こんなに美味しいものばかり食べてよいのでしょうか。

今日ばかりはマリア様にお目溢しを願いたいです」

 

「おいしー!おかわりはないの?」

 

「ひとり、ひとつなの。ごめんね」

 

「バレンタインを企画してよかったです!わぁ~チョコケーキがお口の中でとろける!

わたくしも恥をかいた甲斐がありました!」

 

みんながカシオピイアのケーキを絶賛する。

あたしだっておいしいけど、皿に残ったチョコプレートが気になって仕方ない。

 

「里沙子、見せなくてもいいから、ちゃんとその板チョコみたいなのも食べてやれよ」

 

「あ、うん……これは、部屋で食べることにするわ。じっくり味わう」

 

ささっとハンカチにチョコプレートを包んでポケットに入れた。

 

「必ず食べるし、感想も言うから、今は内緒よ」

 

「うん、ないしょ」

 

「まったく、カシオピイアと結婚するやつは幸せ者だぜ」

 

「結婚なんて、ワタシ……」

 

あたしも同意見。ある一点を除けば。

そろそろ全員ケーキを食べ終わり、紅茶を飲み干し席を立つ。

 

「あー、うまかった。来年もやってくれよ、バレンタイン」

 

「ジョゼットのはいらないけどね~」

 

「そんな、一生懸命…じゃないけどとりあえず作ったのに……」

 

「皆さん、今日はおいしいチョコレートをありがとうございました」

 

皿やカップを洗い場に置くと、各自いつもの持ち場に戻っていく。

バレンタインというかチョコレート品評会の結果は、

 

あたし:凡

ジョゼット:こげ

カシオピイア:神

 

こんなところかしら。あたしも私室に戻ってデスクに着く。

そしてポケットからさっきのチョコプレートを取り出して見つめる。

 

“お姉ちゃん だいすき”

 

実はこれには続きがある。

 

“これはお姉ちゃんだけのプレゼント。と言ってもこのホワイトチョコのメッセージ1枚

なんだけど。いつもフラフラしてるけど、本当はいつもみんなのことを考えてるって、

ワタシ知ってるよ?お姉ちゃんがこの世界に来てくれて本当によかった。思い出せば初め

てお姉ちゃんが要塞に来た(中略)ワタシを受け入れてくれたのはお姉ちゃんだけだっ

た。嬉しかったなぁ。ひとりぼっちじゃなくなって、毎日が楽しい。全部お姉ちゃんがい

てくれたから。でも、お酒ばかり飲んでちゃだめだよ?身体をこわしちゃうから。少し量

を控えめにしてくれると嬉しいな。これからもずっと一緒だよ。

カシオピイアより愛を込めて”

 

信じられる?直径10cm程度の円形チョコプレートにこれ全部書き込んであるの。

部屋に持って帰ったのは、ルーペがないと読めなかったから。

なんと言うか、凄まじい執念のようなものを感じて一瞬背筋が震えた。

 

口に運ぶけど、かじるのが怖い。

ルーベルが言ったようにあの娘は結婚したら良妻賢母になるんだろうけど、

旦那には彼女の大きすぎる愛を受け止める覚悟が必要になるわね。

 

思い切って一口食べる。普通に美味しい。その普通さがかえって怖い。

余計な想像をしてしまう。もしこれを食べずにゴミ箱に捨てていたら。

……いつの間にか背後に立っていたカシオピイアにNice boat.されていたに違いない。

 

日常に潜む闇に怯えたあたしは、

来年のバレンタインを潰す方法がないか腕を組んで考え込んだ。

 

 


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