面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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外国の缶詰って洗う時フタの切り口で手を切りやすいから困るのよね。

大聖堂教会前の広場に転移したあたし達は、直ちに戦闘準備を開始。

通行人が突然現れたあたし達をジロジロ見ながら通り過ぎていくけど、どうだっていい。

 

「戦争が始まるわ!各自、武装の準備はオーケー?」

 

「待て待て、そろそろ私達にも状況を説明しろ。

銃なんか持ち出して何がしたいんだ。誰と戦うんだ」

 

それでもルーベルが腰のピストルの安全装置を外しながら聞いてくる。

 

「そうですね。戦争とは穏やかではありません。

里沙子は犯人潰しとおっしゃっていますが、

例の本を出版している人物をご存知なのですか?」

 

「あたぼうよ!今こうしているうちにも輪転機がガオンガオンと……

あった!みんな来て!」

 

「答えになってねえっての!」

 

「待って下さ~い、わたくし久しぶりの大規模転送でワープ酔いが……」

 

泣き言をほざくジョゼット達を無視して、広場で本を読む青年に近づく。

警戒されないよう、顔を笑顔で固めながら。

 

「おくつろぎの所ごめんなさいね。その本について聞きたいことがあるんだけど」

 

「アハハ、見ろよ。早撃ち里沙子って家じゃこんな馬鹿やってる……って本人かよ!」

 

「そう、本人。悪いけど、少しそれを見せてくれないかしら」

 

「お、俺が描いたんじゃねえ、本当だって!」

 

「わかってる。描いた奴に用があるの。背中のものが必要になる用事」

 

「うげっ!……ほらよ」

 

背中から突き出るレミントンM870とヴェクターSMGを見てギョッとした青年が、

持っていた薄い本をあたしによこした。

パラパラと流し読みしてみる。全年齢向けのギャグ漫画ね。

みんなが不審感を募らせながら遅れてやってきた。

 

「お~い、里沙子。何がどうなってるのかいい加減説明しろ」

 

「それ、お姉ちゃんの本?」

 

「みんな見て。やっぱり帝都にあたし達を題材にした本が出回ってる」

 

「ちょっと拝見。……ふふっ、いやですわ。

お姉さまが意味不明なイタズラをして、何故か最後に爆発したり馬車に轢かれたり」

 

「ぷぷっ、いい気味だわ。私も一冊欲しいくらい」

 

「しょうもないイタズラは実際時々やってるしな」

 

「気が済むまで楽しんだならそろそろ出発しましょう。

……あなた、お休みのところ邪魔をしたわね。これ返すわ。ごゆっくり」

 

あたしは青年にペラペラの漫画本を返そうとした。

 

「暇だし別にいいさ。……あ、待ってくれ!サインくれないか?

実物の斑目里沙子のサインが欲しいんだ」

 

青年が胸ポケットに差していたペンをよこしてくる。

ペンを受け取ると、あたしは情報料代わりに本の表表紙(おもてびょうし)にサラサラと名前を書いた。

 

「転売、無断転載はおやめください…と。これでいいかしら?」

 

「ありがとう!職場の同僚に見せびらかしてやるんだ。本人の直筆サイン!」

 

「間もなく出版差し止めになるから大事にしてくれると嬉しいわ。

それでは、ごめんあそばせ」

 

今度こそ彼に本を返すと、次は大通りに出た。みんなもぞろぞろと後に続く。

 

「里沙子、さっきの本も今までのやつと同じ作者が書いてたのか?」

 

「その通り。今からそいつの根城に乗り込んで、10mmオート弾の餌食にしてやるの」

 

答えながら馬車がいないかキョロキョロと周りを見る。

 

「じゃあお前には犯人の正体がわかってるんだな?

もったいぶってねえでさっさと言えよ」

 

「それにはまず知ってもらうことが……ヘイ、タクシー!」

 

ルーベル達に本事案に関しての予備知識をレクチャーしようとしたら、

ちょうど馬車がやってきた。手を振って呼び止める。

あたし達の前で馬車が停まると皆一斉に乗り込んだ。すると懐かしい人に再会。

 

「誰かと思えばあんたじゃねえか。久しぶりだな」

 

魔王編で顔見知りになった御者の兄ちゃん。魔国編にもちょっと出てたかしら。

 

「本当に久しぶりね。商売どう?」

 

「まあまあってとこだ。また帝都まで来て、どこへ行くんだ」

 

「200出すから神々の面汚しのとこまでダッシュでお願い。今回マヂで急いでるから」

 

「よーし、じゃあ飛ばすから掴まってろよ」

 

兄ちゃんが手綱を弾くと、馬がいなないて全速力で駆け出した。

しかし、“神々の面汚し”で普通に通じるあたり、奴も落ちるとこまで落ちたものだわ。

到着までしばし時間ができたから、

やっと全員にここ最近の異常現象について説明できる。

 

「まず、奇妙なファンレター事件の全貌を話す前に、

知っておいてもらわなきゃいけないことがあるの」

 

「おう」

 

「ジェニファー達が読んでいたのは、

同人誌っていう通常の流通ラインに乗らない自費出版の本なの。

帝都内だけに販売を絞ればあたしの目が届かないと思ったんでしょうね」

 

「それで、ハッピーマイルズでは先程のような本を見かけなかったんですね?」

 

「ええ。そもそも同人誌というものは歴史が古くてざっくり分けて2種類ある。

100年ほど前に文豪や俳人を目指す人達が作品発表の場として資金を出し合って、

小説や和歌を掲載した本を出し始めたのが元祖なの。

今回それは置いといて、2つ目の現代のオタク文化における同人誌について話すわよ」

 

ガタゴト揺れる馬車の中で、自然に声が大きくなる。

 

「これに関しては、既存の漫画やアニメのキャラをモチーフにした二次創作。

つまり、あのキャラがこんな活躍したら面白そうとか、

このふたりがくっついたらいいのにな、とかいう妄想を

主に漫画を始めとした形で売り出してるのが今問題になってる同人誌よ」

 

「ええと、アニメっていうとマリーさんがお店で見てる箱型の装置ですよね。

漫画はわたくしも読んだことがありますよ!」

 

「それそれ。その箱型のやつに映されるアニメや漫画を土台にして、

自分なりの物語を作って漫画にしてるの。

当然著作権法違反だけど、

権利者も無数のサークル相手に訴訟を起こすのがめんどいとか、

宣伝になるから黙認とか、最初から二次創作を認めてるとかいう事情から

毎年夏と冬のイベントで大規模な同人誌頒布会が行われてる。

今の流行りは艦○れとかFa○eね」

 

「お姉ちゃん。頒布会って、なあに?」

 

「今言った著作権侵害が見逃されてるのは、

大体の同人誌がほとんど実費だけで売られてる、

要するに金儲けじゃなくて配ってるだけだから

メーカーもファン活動の一環として大目に見てくれてるってわけ。

だから販売会じゃなくて頒布会。

ちなみに、同人誌にもオリジナルのキャラで人気出してるところもあるけど、

今回は関係ないから詳細は省く」

 

「それでパルフェム達が漫画になって帝都の方の目に触れることになったわけですのね」

 

「しかーし!あたしは権利者としてこの本は絶対に認めない!

あたしらには存在してるだけで肖像権ってもんがあるのよ!

それを勝手に金稼ぎの手段に使うわ、挙句の果てには18禁にまで手を染めて!

恨み晴らさでおくべきか!」

 

「お客さん、全然意味わかんねえことで怒ってるところ悪いが、もうすぐ着くぞ」

 

「おーし、全員突入するわよ、準備はいい!?

……ところで、お兄さんはあたしの漫画読んだことない?」

 

「ん、あんた漫画も書いてるのか?悪いが漫画は読まねえんだ」

 

「気にしないで、それでいいの」

 

景色が見覚えのあるものに変わり、前方を見ると何やら行列ができている。

その列の先頭には……居やがった!御者席に金貨2枚を置く。

 

「兄さん、ここで降りるわ!約束の200G!」

 

「あ、ああ。でもやっぱり多すぎ…」

 

「余りはこの騒ぎを引き起こした馬鹿から取り立てるから問題ない!

あと、あたし達が降りたらすぐUターンしてこの場を離れて。

巻き込まれたくなかったらね!」

 

「何がしたいのか聞こうと思ったがやめとくよ。じゃあな」

 

「バイバイ!総員、あさま山荘の鉄球の如く、敵の本陣に突入するのよ!」

 

「待ってください里沙子さ~ん!」

 

「まったく、相変わらずものぐさの癖にどうでもいいことで頑張りやがる!」

 

あたしは背後の文句を無視して、わいわいと盛り上がるアホ共に向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

「“里沙子日和”の1~3ください」

 

「は~い。12Gです」

 

「試し読みいいですか?」

 

「ご自由にどうぞ~」

 

うふふ。折りたたみ式長テーブルに平積みした私の傑作が飛ぶように売れて行きます。

漫画と芸術は別物だと思っていましたが、

アースから流れてきた本を興味本位で読むうちに考えが変わりました。

 

「既刊もまだまだあります。慌てないでくださいね~」

 

特に、主人公の守護霊が猛烈な拳のラッシュを繰り出し、敵を倒す冒険漫画は

目を見張るものがあります。

少々人を選ぶ絵柄ですが、肉体美を描き出す確かな画力と独創的なポーズ、書き文字は、

よほど人体の構造や美術を研究した人物が描いたに違いありません。

 

「あ、あの…“神の鳥籠に囚われた少女R”の続編は?」

 

「ストップ!そっちの方はまた夜に、お願いしますね……もう、印刷済みですから」

 

ひそひそとお客さんに耳打ちを。

 

「うへへ、夜にですね?わかりました~」

 

危うく副業がダメになるところでした。全年齢対象のものは、ほぼ利益ゼロなんですが、

日が暮れてからこっそり売ってるあっちの方は、なんと言うかまあ、儲かるんです。

私と夜のお客さんだけの秘密ですけどね。

 

「“ヘルズウォリアー・ルーベル”ください」

「“バイオリサーコ総集編”、1冊」

「わたしは“エレオノーラ様の優雅な一日”を」

 

嗚呼、私が人間界に降り立ってから、

これほどまでにお金に恵まれたことがあったでしょうか。涙が出そうになります。

それもこれも古本屋で手に入れた薄い漫画のおかげです。

 

元手も実績もない私には、

出版社に掛け合って普通の単行本を販売することができませんでしたが、

このボリュームならレンタルした印刷機で刷ることができて、

自分で売ることもできます。

 

「はいは~い!今、補充しますから少し待ってくださいね!」

 

商品が足りなくなってきました。私はダンボール箱に詰めた在庫の包み紙を破いて、

新しく漫画の束をテーブルにドスンと置きました。

同時に、それは稲妻のような銃声と共に砕け散り、一瞬にして紙吹雪となったのです。

 

……あれ?

 

何が起きたのか理解できず、私もお客さんもしばし呆然としていました。

何度か目をパチパチして、銃声の方向を見ると、急速に血の気が引いていって……

あの娘が右手に持った銃を伸ばしたまま近づいてくる!

どうして!?絶対バレないと思ったのに!

そして一拍遅れてお客さん達から悲鳴が上がり、その場が一気に混乱に陥りました。

 

 

 

 

 

あたしは、罪咎憂いをその身に宿す不浄な書物の塊を

レミントンのスラッグ弾で破壊。ハンドグリップを引いて排莢し、弾丸を再装填する。

 

「次はバックショット使うわよ!散弾食らいたくないなら帰んなさい!」

 

「ぎゃっ、里沙子が来た!ネタにされて怒ってるんだ!」

「やべえ!完全にキレてる!逃げるぞ!」

「先生、許可取ってなかったんですか!?」

 

大声で警告すると、行列がパニックを起こし、散り散りに逃げていった。

残されたのは顔を青くした自称神。

言葉が見つからないらしく、口をパクパクしながらただその場に突っ立ってる。

あたしは一歩ずつ距離を詰めながら正義を問う。

 

「……無力が悪だと言うのなら、力は正義なのか。復讐は悪だろうか」

 

引用元:コードギアス反逆のルルーシュR2

 

「あうあうあう……り、里沙子ちゃん!どうしてここが!」

 

「久しぶりねぇ。本当に久しぶり。お元気そうで嬉しいわ……マーブル!!」

 

とうとう謎のファンレター事件の犯人とご対面。ルーベル達も追いついてきた。

地面に散らばる紙くずや原型を留めた本を見て状況を把握したみたい。

 

「これは……里沙子が言ってた同人誌か!」

 

「ワタシ達が、描いてある」

 

「それでは、マーブル様がわたし達について描いた書物を

いろいろな人に売っていらしたのですか?」

 

「あ、エレオノーラちゃん、それは、あのね?」

 

「でい!!」

 

「ひっ!」

 

マーブルの言い訳を一喝で阻止する。

 

「申し開きは後で聞くわ。

とりあえず許諾を得ずに作られた出版物をこの世から消滅させる必要がある。

これ以上の拡散は阻止しなきゃ。みんな手伝って」

 

今度はヴェクターSMGを構えて、生き残りの在庫に銃口を向ける。

粗末な売り場ごと粉砕しましょう。

それにしても、長らく出番のなかった高性能サブマシンガンの再登場が

こんなアホみたいな展開になるなんて、ガンマニアとして許しがたいことこの上ない。

 

「里沙子ちゃんお願い!これは私が一から漫画を勉強して執筆して、

夜なべして印刷から製本までした努力の結晶なの!

それをこんな形でめちゃくちゃにされるなんて芸術の神として……」

 

「芸術の神が芸術を穢しというて何言うかこのアホが!

既にあんたの描いた18禁の同人が子供の手に渡ってるのよ!」

 

「もう描かない!二度と18禁は描かないから全年齢のものは見逃して!死んでしまう!

私の、可愛い、子供達が……」

 

引用元:エルシャダイ

 

みっともなく涙と鼻水を流しながらすがりつくマーブルを金色夜叉のごとく足蹴にする。

 

「あうっ!」

 

「鬱陶しいわね!まだ熱っついレミントンの銃口ほっぺたにくっつけるわよ!

さあ、銃を持ってる人は射撃用意!」

 

「マーブルの姉ちゃん、済まねえがこりゃ仕方ねえわ。

今回ばかりは里沙子の言い分に理がある。

せめて健全な本だけ描いてりゃ、かばいようもあったんだが」

 

ルーベルもハンドガンを構える。だけど、射撃直前で待ったがかかる。

 

「あの、里沙子さん……少し考え直してもらえませんか?」

 

「エレオ、今回は我が方に正義があるのはルーベルが言った通りよ」

 

「確かにその……青少年にふさわしくない本で儲けたことは罰せられるべきです。

ですが、ジェニファーさんやラッセル君が、

マーブル様の本で勇気や希望を与えられたのも事実なんです。

どうか子供も読める本だけは許してあげてもらえないでしょうか……?」

 

「う~ん、だけどねえ」

 

「こうしてはどうでしょう?

マーブル様は本の売上の一部を里沙子さんに支払うということでは」

 

「ええ~?全年齢向けは正直大して利益が出ないっていうか…いえ、なんでもないの!

これからは安心して子供に与えられる本を描くわ!とほほ……」

 

「お姉ちゃん、ワタシからも、お願い」

 

「カシオピイアまで?もう、困るわねぇ……」

 

地面にへばりつくマーブルとカシオピイアを交互に見ながら悩む。

 

「ちなみに、あんたとあたしの取り分は?」

 

「7:3で」

 

「砲撃用意!エネルギーが尽きるまで、怒りを込めて撃ち尽くせ!!」

 

引用元:宇宙戦艦ヤマト2

 

「結局どうすりゃいいんだよ!撃つのか、撃たないのか!」

 

「こいつの出方次第よ。まともな分け前をよこす気になれば損失は最小限で済む」

 

「本当にお願い!全年齢は利益率が雀の涙で!」

 

「……どうしよう」

 

カシオピイアが不安げにあたしを見る。

 

「情けを掛けちゃだめよ。

それにこいつは、あなたがあたしをこねくり回すような本をまだ隠し持ってるのよ?

姉であるこのあたしを!」

 

「猥褻図画販売目的所持の容疑で刑事処罰する」

 

彼女の目の色が変わって、紫水晶の銃を抜いた。

 

「あれ、カシオピイアさん…?」

 

「帝国立刑法175条猥褻図画販売目的所持の容疑の現行犯で緊急捜査を行う。

あなたに拒否権はなく、我々は必要と判断した際、

証拠品の押収や危険物の破壊を司法の決定を待たずに行う権限がある。

あなたには黙秘権がある。供述は法廷であなたに不利な証拠として用いられる事がある。

あなたは弁護士の立会いを求める権利が(以下略」

 

「待って!待って!いきなり刑事モノ小説のアレ言い渡されてもマーブル困っちゃう!」

 

「ふん、この娘は仕事になると性格が変わるのよ。

お仕事モードに入ったから忠実に職務を遂行してくれるでしょうねぇ」

 

淀みなくミランダ警告を告げると、

カシオピイアはいつ以来の登場になるか見当もつかない

彼女の魔法触媒“聖母の眼差し”を腰のホルスターから抜き、

その長方形のガラス板に魔力を通して顔の前で浮かべた。

 

「対象をサーチ、有害図書及びその生産施設を検索中……検索完了。

裏庭及び神殿内に不審な存在を検知。攻撃に移ります」

 

今度は左手の銃を抜き二丁拳銃に。

味方のいなくなったマーブルが泡を吹きながらも、最後の抵抗を試みた。

 

「ちょっと待った!……そうよ、そうだわ!

確かに里沙子ちゃんに無許可で本を作ってたと思ってたけど、

よく考えたら、私は里沙子ちゃんに、許可を取っているわ!」

 

「はぁ?いつ、どこで。ただの時間稼ぎだったら容赦しないわよ」

 

「思い出して。あれは去年の猛暑が厳しいときだった。

具体的には、“3段重ねのアイスクリームって~”のエピソードを参照して欲しいの」

 

「ちょっと、まさか……」

 

 

 

“いつか……里沙子ちゃんを題材にした大人向けの薄い本を描いて、

伝説の逆三角形の神殿で売りさばいてやる!……うう“

 

“やってみなさいよ。あんた一人の弱小サークルがスペースなんて貰えるはず無いし、

貰えたとしても1冊も売れなくて、メロンもとらも委託してくれず、

全部廃棄処分が関の山よ。さあ、帰った帰った“

 

 

 

「そう、確かに言ったの。“大人向けの本を描く”って!

対して里沙子ちゃんは“やれ”って言ったわ!

つまり、私と里沙子ちゃんには彼女を題材にした本を描くという合意があるのよ!

口約束だろうとこの合意がある以上、

軍人さんでも私の作品には手を触れさせませーん!」

 

「このアマ……!」

 

死に際の悪あがきで痛いところを突かれた。

まさか過去の自分に足を引っ張られるなんて!

 

「いや、あれはコミケに出られるもんなら出てみろってことでさ」

 

「コミケなんて知りませーん!でも里沙子ちゃんの本を描く権利はあるんですー!

他のみんなの本はもう描きません!

だけどこれからは里沙子ちゃんにジャンルを絞って執筆活動を続けまーす!」

 

開き直るマーブルに困ったカシオピイアが対応を問う。

 

「姉さん、どうする?このままだと民事訴訟に発展しそう。ワタシの警察権にも限界が」

 

なんという屈辱……このあたしがマーブルごときに追い詰められるなんて!

ヴェクターのグリップが汗で濡れる。トリガーに指を掛けたまま思案する。

この企画の主人公として、あたしとして、斑目里沙子として行うべき正義。

悩み抜いて出した結論は。

 

「……カシオピイア、目標の現在位置を」

 

「姉さん!?」

 

「いいから!」

 

「うん……まずテーブルの商品。他に後ろのダンボール。

あと神殿内の北西に怪しい機械と一際大きな反応がある」

 

「ま、まさか……」

 

「やっぱみんなは手を出さないで。ここはあたしが片付ける」

 

「落ち着け、馬鹿な真似はよせって!お前が捕まるかもしれないんだぞ!?」

 

「問答無用!」

 

覚悟を決めたあたしは、ルーベルの制止を無視し、

トリガーに掛けた人差し指を思い切り引いた。

銃身全体がV字型を描く強力なサブマシンガンが吠え狂う。

10mmオート弾がサイレンサー付きの銃口から飛び出し、標的に食らいつく。

炸薬で焼けた無数の銃弾を浴びた紙の束は、瞬く間にテーブルごと粉々にされていった。

 

「やめてー!お願いだから、9:1でいいからぁ!!」

 

ヴェクターSMGがマーブルの懇願に耳を貸すはずもなく、

鈴のような空薬莢の排出音を奏でつつ、

奥のダンボール箱を穴だらけにし、引きちぎり、無意味な紙片に変えていく。

 

「……外はこんなところね。次は神殿。印刷機と例のエロ本があるはずよ」

 

「うう、ひどすぎる……連日の徹夜で描き上げた私の子供達……」

 

マーブルは未練がましくゴミになった本をかき集める。

 

「よせって見苦しい。今のあんた神様らしいとは言えないぜ?」

 

あたしは売り場横の神殿に向かう。ドアに鍵が。再びレミントンM870の出番。

こうなったらとことんやるしかない。

スタンダードなポンプアクション式ショットガンを構え、ドアノブに狙いをつける。

 

「ふん、ツイッターが炎上?いっそ灰になるまで燃やしなさいな!」

 

至近距離からの発砲で、ドアノブというよりドア左半分が消し飛んだ。

木の残骸を蹴破り、内部に侵入。カシオピイアの言う通り、北西の隅にそれはあった。

型落ちのプリンターのそばに、さっき見たようなダンボールが山積み。

 

中を覗いてみると……肌色の多い漫画の数々。

なるほど、これを売りさばいて金を稼いでいたのね。

神殿の様子を探っていると、マーブル達も駆け込んできた。

 

「里沙子ちゃん、それだけは、印刷機だけはやめて!もう漫画は描かない!

油絵しか描かないから!レンタル品が壊れたら賠償金が凄いことに!」

 

「油絵でもフレスコ画でも好きなだけ描きなさいな。そうね、こうしましょう。

正直、こうなった責任はあんたとあたし両方にあるわけだし、弁償代は折半するの。

あたしは有り余る資産から少しばかり支払う。あんたは風呂に沈む」

 

「……悪魔め、鬼め!」

 

引用元:歌劇リゴレット

 

むやみに物を壊すのは趣味じゃないんだけど、

有害な情報を拡散し、個人の尊厳を傷つける輩が現れた以上、

このアース製プリンターにはおネンネしてもらうことになる。

 

レミントンの空薬莢を排出し、ケースから2発目のスラッグ弾を取り出すと、

シュラウドから挿入。ハンドグリップを引いて装填する。

すると後ろからジョゼット達の悲鳴が聞こえてきた。

 

「この箱はなんでしょ~……キャア!わたくし達が女同士でこんな、こんな!ああ!」

 

「マーブル様、今度ばかりは見損ないました……」

 

「どれどれ。ワーオ、刺激的~。おっと、カシオピイアと子供達は見るなよ」

 

「そう悲劇的。だからこの惨劇はあたしの手で終わらせなければならない」

 

「ここに始まり、ここに終わる、か。さっさとやっちまおうぜ。

……そうだ、どうしても気になってたことがあるんだが」

 

「なに?」

 

「どうしてマーブルの姉ちゃんが犯人だってわかったんだ?」

 

「帝都で活動してる、絵の心得がある、あたし達全員を知ってる。

そして何より、うちの教会の住所を知ってる。

全てに当てはまるのがあいつだけだったからよ」

 

「でもさ、住所知ってたのはファンレター送ってきたやつらも同じだぜ?」

 

あたしは地べたに落ちていた既刊の一冊をルーベルに渡した。

 

「奥付を見てごらんなさい」

 

「えーっと……あれ?うちの住所が書いてある」

 

「今じゃ考えられない危険行為だけど、

昔の同人誌には奥付に著者の住所が書かれてたのよ。

“奴”が持ってる一番古いサモンナイト2(初代PS:2001年発売)の同人誌に

個人の住所が確認されてるから、少なくとも約20年ほど前の本を参考にしたみたいね。

このアホは」

 

「え……確かに私、参考文献と同じように神殿の住所を……

あ、間違って里沙子ちゃんの住所を書いてました。テヘッ!」

 

ペロリと舌を出してウィンクしつつ自分の頭を小突くマーブル。

あたしの脳内が白で満たされる。

 

「プリンターの前にあんたをぶっ壊した方が良さそうね」

 

散弾銃のアギトをプリンターからマーブルに移す。

 

「タンマ、タンマ!非武装の神様にそんなもの向けちゃだめー!」

 

「ペンは剣よりも強し、されど銃の前には無力なのよ。誰が言ったか知らないけど」

 

「やめとけって、だから。あとは印刷機壊して残りの本を燃やせばそれでいいだろ?」

 

「あともう一つ大事なことがあるわ!それは──」

 

その時、カラシニコフ銃を構えた軍人達が神殿になだれ込んで来た。

 

「全員動くな!両手を頭の後ろに回せ!今すぐ!」

 

「ほら見なさい。エロ本ばらまいてるからお巡りさんが怒って……」

 

「上げろと言ったはずだ、早くしろ!」

 

「あたしも!?何の容疑で?まさかの展開にさすがのあたしもびっくりなんだけど!」

 

あれよあれよと思う間に、あたしもマーブルごと逮捕された。

 

 

 

 

 

あたしは今、サラマンダラス要塞の牢屋にいる。

隣の牢には本当に罰せられるべきバカ女。

 

「なんであたしまであんたと仲良くブタ箱行きなのよ……!」

 

冷たい石の床に座り、歯噛みしながら不満を漏らす。

 

「取調室で軍人さんが言ってたじゃない。道路の真ん中で銃を乱射した罪だって。

お客さんが通報したみたい」

 

「誰のせいだと思ってんのよ!

勝手に人様ネタにして漫画描いて、結局いくら儲けたのよ!?」

 

「5000Gくらい。多分」

 

「シャバに出たら4500G払いなさいよ?9:1でいいって言ったのちゃんと聞いてたから」

 

「そんな殺生な……漫画を描くのってすごく大変なのよ?」

 

「あんたは芸術の神であって、同人の神じゃない。

そもそも神かどうかも怪しいもんだけど。ていうか、なんで人間界に住んでるの?

“帰って来たヨッパライ”みたいに、

遊んでばっかりで神様に天界から追い出されたとか?」

 

「それはね?乙女の、ひ・み・つ!」

 

「今ならタイラントのごとく壁ぶち破ってあんたの頭を握りつぶせそう。

ちなみにバイオRE2の難易度高すぎ」

 

「……こほん。真面目な話、いろいろ事情が複雑なの。

いつか整理がついたら打ち明けるわ」

 

「まぁ、あんたの身の上話なんてどうでもいいけどね。

一瞬今回の騒ぎの動機について聞こうと思ったけどやめた。

今度はどんなおべべを買った?」

 

「あのぅ、ブティックの冬物一掃セールで、

カシミヤのマフラーがいつもなら考えられないお値段で……」

 

「あー!いつになったらここから出られるのかしら!」

 

くだらねえ雑談で殺風景な牢獄での時間を過ごしていると、

カツンカツンと金属と石がぶつかる固い足音が近づいてきた。

そしてあたし達の牢獄の前で止まる。

 

「早撃ち里沙子が逮捕と聞いたから何事かと思った」

 

「皇帝陛下……」

 

「里沙子嬢、そして女神マーブルよ。久方ぶりの再会がこのような形で誠に残念である」

 

「申し訳ございません。

そもそもの発端がマーブルの不実な商売であるとは言え、ご迷惑をおかけしました」

 

立ち上がって深々と頭を下げると、マーブルが鉄格子にしがみついて訴える。

 

「皇帝さん、聞いてください!里沙子ちゃんたら、いきなり私を撃ってきたんです!

お客さんに流れ弾が当たってたらと思うと、ああ恐ろしい!」

 

「撃ったのは権利者に無断で作成された書籍であり、

散弾が広がらないよう一粒弾を使用しました。彼女が描いた本をご覧になってください。

むしろ被害に遭ったのはわたくし達の方です」

 

「……例の書籍に関しては我輩も目を通した。

女神よ、芸術の神ともあろう者が、その才能を低俗な商売に利用するとは嘆かわしい」

 

「普通の漫画だって描いてたモン……」

 

「そして里沙子嬢。確かに貴女は被害者の立場であるが、

怒りに任せて暴力に訴えるやり方には賛成できない」

 

「おっしゃる通りです……」

 

「二人共特別な立場の者ではあるが、サラマンダラス帝国に住まう以上、

その決まりには従ってもらう。こればかりは忖度なしである。

しばし、ここで頭を冷やされよ。我輩はこれで」

 

真紅のマントを翻して皇帝陛下は行ってしまった。

なんだか怒る気力も失せて、また床であぐらをかく。

 

「あんたのせいだからね」

 

「里沙子ちゃんだって」

 

「もういい、喋んな。疲れたわ。はぁ…」

 

ひんやりした空気の中、なんにも楽しみのない退屈な牢獄でふてくされる。

 

「……里沙子ちゃん」

 

「喋んなって言わなかった?あんたにしろジョゼットにしろ、

あたしに逆らわないと気が済まない病の症状が酷いわよ。

心配しなくてもここ出たら治療してやるから」

 

「ごめんね?」

 

「ごめんで済めば警察は要らない」

 

「それでも……ごめんなさい」

 

ブタ箱にぶちこまれた現実を受け入れたのか、マーブルが妙にしおれてる。

 

「ファッションオタクはいつものことにしろ、今回は特に馬鹿やらかしたわね。

なんで資金稼ぎの方法が同人活動だったのよ」

 

「……うん。アースの漫画を読んでるとね、本当に凄いな、って思ったの。

どの漫画もとても面白くて、絵も緻密で繊細、それでいて大胆。

これが子供向けなんて信じられないくらい」

 

「漫画が子供向けだったのは過去の話よ。今は大人も普通に読んでる」

 

「実際私も夢中になった。でも、少しだけ不安にもなったの」

 

漫画で不安?ちょっとだけ興味が湧いたから話に付き合ってやることにした。

 

「暇つぶしに聞いてやるわ。なんで?」

 

「人間がただ娯楽のために描いた絵が、これだけの仕上がりを見せるんだもの。

落ちこぼれとは言え、芸術の神として私の価値なんてないんじゃないかって。

そのうち私を超える画家がどんどん生まれて、また私が忘れ去られるんじゃないかって」

 

「……まぁ、pixiv行きゃそれこそ神レベルの絵がゴロゴロ転がってるしね」

 

「お金が欲しかったのもそうだけど、やっぱりどこかで焦ってた。

私もこれくらいの漫画が描けるようにならなきゃ、

人間を導くどころか、いずれ必要とされなくなる」

 

湿り気のある石の天井から、ぽちゃんと雫が落ちた。

 

「今度のことは挑戦でもあったの。私にもどれだけ面白い漫画が描けるのか。

でも、全く未経験の私がみんなを惹き付ける漫画なんか描けない。

だから、魅力ある主人公で勝負しようと考えたの。

それで、その……里沙子ちゃんをモデルっていうか題材に。

あなたはいつも世間を賑わせてる人気者。そんな里沙子ちゃんが出てる漫画なら

みんな振り向いてくれると思って。本当にごめんなさい……勝手にこんなことして」

 

長いため息をつく。

ため息ばかりしてるね、って言われても、こんな世の中じゃしょうがないじゃない。

 

「あのね、モナ・リザを時代遅れだって言う奴がいると思う?

あー、この世界じゃ知られてないか。

とにかく、アースで最も名高い名画があるんだけど、描かれたのは500年以上も前。

商業的な流行り廃りはあっても、絵の価値そのものが変わることはないの。

さっきも言ったけど、あんたは得意な油絵描いてりゃいいのよ」

 

「私に、また絵を描けって言ってくれるの……?」

 

「ただし、あたしで同人誌売るなら全年齢限定、分け前は…7:3ね。

それと帝都に来た時タダ宿を提供する。それでいいわ」

 

「ありがとう!やっぱり里沙子ちゃん大好き!」

 

「そのセリフはあんた絡みのゴタゴタで聞き飽きたわ。それにしても退屈ね。

ヒットアンドブローでもやらない?」

 

「なにそれ?」

 

「2人で適当に4桁の数字を考えて推理し合うの。

位置も数字も合ってればヒット。数字だけ合ってればブロー。

これだと思う数字を言ってみて、相手はヒットとブローの数だけ教える。

例えば4283が正解だとして、4382を宣言すれば、2ヒット2ブロー。

これを繰り返して先に相手の4桁を当てた方が勝ち」

 

「面白そう!やりましょう!」

 

「あんたが先手でいいわ」

 

「そうね~。2815?」

 

「1ヒット1ブロー。今度はあたし。9263」

 

「ノーヒット2ブロー」

 

結局、あたしらは地味なゲームで時間を潰し、3日間臭い飯を食ってから釈放された。

しょうもない事で履歴に傷がついてしまったわ。名声は要らないけど悪名もごめんなの。

あたしはシャバのおいしい空気を目一杯吸い込んで、

エレオ達が迎えに来てくれてる大聖堂教会に向かった。

 

 


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