奴が何か馬鹿なこと企んでるらしい。あと4
階段で頭を強打してから数日。
たんこぶもほぼなくなり、触れると少し硬いしこり程度のものになった。
アンプリから安静にしてるよう言われたけど、もう家の外に出ても大丈夫そう。
ベッドから起き上がってパジャマからいつもの服に着替え、身支度をする。
「よし!」
鏡に映った自分を見て納得の行ったあたしは、掛け声と共に今回の物語をスタートする。
……で、何すりゃいいの?
「エリカよ、攻撃の時が来た!」
「ん~。また誰も元ネタのわからぬ戯れ言を。
もうどんちゃん騒ぎは御免こうむるのじゃ……」
エリカを呼び出すと、いつものように眠そうな目で位牌から出てくる。
「お黙り。怪我のせいで大事なことが保留になってたわ」
「大事なこと?」
「うん。治ったはいいけど、大きな問題が残ったままだった。つまり、ネタがない。
とりあえず今回だけ乗り切るか、100話までの今回を含む4話連続ものか。
どっちでもいいからアイデア出しなさい。
あ、魔王編や魔国編みたいな超長編はまだ無理だから」
「そう言えば、街にネタを探しに行くと言った後、階段から落ちてそのままでござるな。
今度こそ出かけるのじゃ。転ばぬよう気をつけて」
「あらやだ、そうだったわね。やっぱり記憶がいくつかぶっ壊れてるみたい。
じゃあ、出かけるから位牌に入って。居眠りしたら承知しないわよ」
「外出でござるか!?やったー!」
「遊びじゃないのよ?
そりゃ誰のためにもならない企画だけど、やるからにはきっちりやらないと」
トートバッグにエリカ入りの位牌を放り込む。このカバンも古くなったわね。
なんかデカくて重いものを無理矢理詰め込んだみたいに、所々生地が弱ってる。
街に行くついでに買い替えようかしら。
準備が出来たら私室から出る。同じ失敗を繰り返す訳にはいかない。
廊下の先にある階段を、手すりを掴みながら一段ずつ慎重に足を下ろす。
年寄り向けグルコサミンの通販番組みたいね。
この世界がサザエさん時空じゃなかったら、あたし今いくつなのかしら。
それは置いといて、1階のダイニングに下りると
キッチンで洗い物をしているジョゼットに一声かける。
「ジョゼット。今から街まで行くから、お昼はいらない。行ってきまーす」
「わかりました~。いってらっしゃい」
教会を出ると街道を進んで街まで一直線。別に野盗が出ても構わない。
ショボい戦闘シーンでも字数は稼げるからね。
ちなみに今日の装備は、ピースメーカー、M100、レミントンM870、以上。
出番は多分ない。
野盗連中も春眠暁を覚えないのか、本日も平穏無事で街に到着。
ゲートをくぐって考え込む。どこに行こうかしら。
自分から激混みの大したものもない市場方面には行きたくない。
そうだわ、彼女に会いに行きましょう。
市場をスルーして少し進み、左手の細い裏路地に入る。
浮浪者や冷たい地べたで座禅を組んでる愉快な面々に構わず、通い慣れた店を目指す。
まぁ、“目指す”って言うほど歩いちゃいない。1分程度で着いてしまった。
あたしのユートピア。ボロくなったドアを開ける。
「邪魔するわよ~」
「邪魔するなら帰って~」
「そのギャグこの世界に来てたのね。久しぶり、マリー」
「私だけじゃないよん。奥にお知り合いだよー」
言われて奥のジャンク品コーナーを見ると、
白い姿がうずくまるようにゴソゴソと何かを探している。
「アヤじゃない!日曜でもないのに珍しいわね」
「おおー!?そこにいるのはリサではないか!
偶然の再会に感動と驚きを隠せないので、あーる」
白衣姿のアヤが瓶底眼鏡を直しながらこっちに来た。
「本当久しぶり。今日はどうしたの?」
「今日はこの世界の暦では“築城記念日”。つまり祝日なのである。
祝日はアヤも休みなのだ」
「“畜生記念日”に聞こえるわね。酷い後付け設定。
あたしはアース出身だし毎日が祝日だから知らんかったわ」
「それにしても、リサが階段から落ちたという話を聞いたときは本当に驚いたのだ。
見舞いにも行けず、恐縮の至り」
「気にしないで。たんこぶ程度で見舞いに来られたら逆に恥ずかしい。
……そう言えば、どうしてあたしが入院したって知ってるの?」
「よくぞ聞いてくれたのだ!
皇帝陛下がようやく仮面ライダーファントムモードを実戦で使用したのであーる!
まさに皮肉な話、新フォームを使用したのが……」
「あーあー!お客さん。それ、何か別の話とごっちゃになってないかな~?」
突然マリーがアヤの話を遮った。え、なに?アヤも慌てた様子で発言を取り消す。
「そ、そうだったのだ!大きな朗報に記憶が混乱していたのだー!何たる失態!」
「帝都の要塞に現れた地縛霊を、皇帝陛下が叩き斬ったらしいんだよね。
情報通のマリーさんは何でも知ってるよん」
「そう、なの?まあいいわ。二人にお願いがあるの」
「お願い?アヤとリサの仲であーる。遠慮なく言うべき」
そしてあたしは、今回の話がまだ2000字しか書けてなくて、
とても掲載できるレベルに達してない窮状を説明した。
「……だから街までネタを探しに来たんだけど、
よく考えたらハッピーマイルズなんて今更感ダダ漏れじゃない?
捏造してもいいから事件事故トラブル訴訟の類を提供してくれないかしら。
どうせディスプレイ越しの読者にはバレやしない」
深刻だけどくだらねえ相談にも、二人共腕を組んで真剣に考えてくれた。
「マリーさんは色々トラブルが絶えないんだけど、
とてもじゃないけどご公表できるようなものじゃないんよ」
「ネタであるか~。急に言われても発明以外に話題のないアヤには難しいのだ」
「そうよねえ。ごめんね、無理言って。
こうなったら“奴”の悪口大会で6000字潰すしかないのかしら」
「とっても楽しそうだけど読者が離れていくよん」
「仮面ライダーソング縛りのカラオケ大会は?例えば……深く息をすぉん!!」
「いい加減にしないと本気で運営を怒らせてしまうのである」
「もっともだわね……そうだ!材料になりそうなもの持ってきたのすっかり忘れてた。
これで何か料理できると思う」
あたしは鉛のような腕を伸ばしてトートバッグから位牌を取り出すと、
まさにドレッシングのように手首を使って激しく振る。
たまらずエリカが転がり出てきた。
「ぎゃわわわ!こりゃー!何をするでござるか里沙子殿!」
怒ったエリカがほぼ何も斬れない刀を振り回す。痛くも痒くもないから話を続行。
「こんな感じで幽霊を一人所有してるんだけど、何か笑いのネタにならないかしら」
「噂には聞いてたけど、この娘がリサっちの家に住んでる幽霊か~
マリーさんはマリーだよ。よろしくね」
「むむっ、これはご丁寧に。拙者はシラヌイ・エリカと申す。
そちらは……あー!白衣の科学者殿。再び会うのは何年ぶりであろうか」
「アヤの名は、アヤ・ファウゼンベルガーなのである。
過去話の日付を見ると、最後に会ってからまだ1年足らずなのだ。
名前くらい覚えておいてほしいのであーる」
「かたじけない……」
「そうよ。忘れられるのはあんたの役目で、誰かを忘れるなんて失礼極まるわ」
「里沙子殿は相変わらず理不尽なのじゃ。
それで、ここで話のネタは見つかったのであるか?」
「見つからないからあんたを呼んだの。なんか特技とかあったら出しなさい。
みんなアイデアが浮かばなくて困ってる」
「拙者の大活躍をもう忘れたのでござるか!?
アイーダ殿との激闘で数々の剣技、魔法を披露したというのに!」
「確かにアレはちょっと感心したけど、今回バトル展開はないから使えない。
ここまで書いて野盗の一人も出てない時点で、
ギャグか日常に方向が固まっちゃってるのよ」
「研究……」
その時歴史が動いた。
いや、何も動いちゃいないけど予測変換に出てきたから使ってみた。
Google日本語入力ってたまに変なもの持ってくるのよね。やり直し。
その時、アヤが一言つぶやいた。
「どうしたの、アヤ」
「ギャグにしろ日常にしろ、ここまで手間取っている以上、
無理に進めても膠着状態になるのは目に見えているのだ。
それならば、幽霊というおいしい素材がある以上、それを活用しない手はない。
つまり、エリカを使っていろんな実験をしてみることを提案するのだー!」
「冗談ではない!拙者は玩具では……」
「ナイスアイデアよ、アヤ!さっそく店にあるもので実験しましょう!
役に立とうが立つまいがどうでもいいから!」
「使ったものは買い取ってね~」
あたし達は考えられるだけの幽霊のピタゴラスイッチ的活用法を出し合って、
有り合わせの品で実験を開始した。
実験1)飲んでみよう。
「はい、お水」
「サンクス」
マリーからコップ一杯の水を受け取り、エリカに差し出した。
「ほら、この水に取り憑いて。早く」
「断る!」
「おりん、質入れするわよ」
「卑怯者め~!」
嫌々ながら水の中に入り込むエリカ。するとコップの中の水が淡い青に光りだした。
これにはあたしも驚いた。アヤもマリーも興味深げに見ている。
「なるへそ。洒落たガラスの花瓶にでも入れればインテリアにピッタリですなぁ」
「この発光現象については大いに分析の余地があるのだ!まずは味も見ておこう」
「味って……飲むの?これ」
「リサが」
「これを体内に入れるの?やだー……でも、みんなも飲むなら考える」
「リサっちが最初に飲むなら」
「発案者が毒味をする必要性は普遍の真理」
“幽霊という儚い存在を汚物のように扱う皆にはいずれ天罰が下るであろう!”
エリカの抗議を無視し、勇気を出して一口飲む。……味は、普通ね。無味無臭。
《とくになんにも変わらないわね》
喋った瞬間驚いた。
あたしとエリカの声が混じってヘリウムガスを吸ったように変な声になったのよ。
例えるならハンバーガー屋のピエロが絞殺されるような声で、二人共大笑い。
「カハハハ!なんなのその声!」
「ハハッ!アヤにも飲ませてほしいのだ!」
《はい》
「フヒヒ、しばらく無言のままで!笑いで水が飲めないのであーる!ゴクン」
《どう?》
《これは摩訶不思議!アヤの声もカエルのように変化しているのだー》
「それじゃあマリーさんも飲もうかな」
マリーも残った水を飲み干す。結果は同じ。可愛い顔でガマガエルのような声で話す。
《これでお客さんに話しかけたら驚くだろうねぇ》
《逃げ出すか、特殊な事情を抱えてる人とみなされて同情されるかのどっちかね》
《喋らないでほしいのだー!笑いが止まらないのであーる!》
“そろそろ元に戻りたいのじゃ!
身体が三つに分かたれて、言葉で表現できない気持ち悪さに晒されておる!”
《あとちょっとだけ!
もしまた番外編があるなら、こいつでパーティー会場を沸かせられるわ!》
でも、ひとしきり笑うとさっさと飽きてしまった。
一発芸にはなるとわかった所で次の実験に移行。
そして発光現象についてはアヤも幽霊なら当たり前という結論に至り、
早々と興味を失った。
実験2)修理をさせてみよう。
「さっきの実験は大失敗だと言っていい。
あたしらは楽しんだけど、読者を置いてけぼりにしてしまった。
読者を満足させる義務を放棄して自己満足に終わる。クソSSの典型例ね」
「今に始まったことじゃないけどね~」
「エリカは様々なものに取り憑いてある程度自由に動かせると聞いたのだ。
今度は、この黒い箱の破損箇所を特定してもらいたいのであーる。
アースの電子機器であることはわかったのであるが、
電気を流しても動かず、用途も故障の原因も不明なままなのだ……」
アヤがカウンターに置いたのは古いビデオデッキ。懐かしいわね。
「ねえ、先に答え言っちゃっていい?故障は直せないけど正体は知ってる」
「教えてほしいのだ!」
「これはビデオデッキと言って、
ビデオテープっていう別売りの記憶媒体に記録された映像を映し出す装置。
ほら、ちょうど長細い口があるでしょ?
そこにテープを挿入して、マリーが持ってるテレビとコードで接続して再生するの」
「残念ながらビデオテープというものは見つからなかったのだ……」
「見つかってもテレビは貸せないよ?あれはマリーさんの宝物だからさ」
「まあ使える使えないは別として、とにかくエリカに非破壊検査をさせましょう。
この際、今日一日まるごと使って
初登場から未だにキャラが微妙なエリカを徹底解剖するつもりで」
「拙者を放置してどんどん話が進んでいくでござる……」
「いつもなら考えられないくらい出番が来てるんだから文句言わないの。
早く中に入っておかしい場所を探して。
具体的には、繋がってるはずの線が切れてるとか、何かの部品が外れてるとか、
迷路のような緑色の板が途切れてるとか。ヒァウィゴー」
「行けばよいのでござろう。まったく」
ぶつくさと愚痴をこぼしながら、エリカがビデオデッキに取り憑いた。待つこと15分。
なんかデッキから細い線が何本もうねうね生えてきて気色悪い姿になった。
全員デッキから2、3歩下がる。同時に、エリカがデッキから抜け出てきた。
「ふう。とんだ大仕事でござった」
「どうだった?」
「正常なところを探したほうが早かったのじゃ。
とにかく壊れている所に拙者の髪を刺しておいたから、そこを調べるとよいでござるよ」
「やるじゃない!あんたが機械に詳しいなんて知らなかったわ」
「からくりに詳しいわけではない。身体を糸にして内部を走ってみて、
妙に足を取られたり、道がなくなっているところ等に目印をつけただけなのじゃ」
「感謝するのだエリカー!持ち帰ったらさっそく修理して、
テレビとビデオテープを入手するまでアヤのコレクションとして保管するのであーる!」
「実験2はこんなところかな~?
とりあえずエリカっちの能力の一つを紹介できた分、さっきよりはマシだと思うからさ。
次はマリーさんのお願い、聞いてくれるかな?」
「どんどん行きましょう。立ってるやつは親でも使えって言うしね」
「次で終わりにしてほしいのじゃ……」
実験3)鑑定をさせてみよう。
マリーがガラクタの詰まった大きな編みかごを持ってきて、
狭いカウンターにいくつか中身を並べた。
「次はエリカっちの目利きを試させてもらうよ。
ご覧の通り、うちには使いみちのわからない商品がたくさんあってね。
リサっちの話によると100年以上生きてるエリカっちの知識で、
こいつらの使い方や価値を調べてもらいたいんだよー」
「拙者は何でも屋ではござらん。それに100年間は死んだまま地下で……」
「ごちゃごちゃ言わない。さっさと見る」
「お願い。さあ第1ウェーブ、スタート」
エリカはカウンターに並ぶ3つの品を困った様子でキョロキョロ見る。
商品に手を突っ込んだり、顔がくっつくほど凝視して、
5分ほど悩んでから答えを出した。
「ううむ、左から順に、使いかけの軟膏、兵法書、筆記用具である……と思う」
「兵法書?」
「補足するわ、マリー。これはバイオ7っていうテレビで遊ぶゲームの攻略本。
化け物と戦いながら脱出を目指すゲームの解き方が書いてある。
筆記用具はボールペン。
端っこのボタンをノックするとインクが入ったペン先が出てくる」
「ふむふむ。ボールペンは役に立ちそう。他2つは廃棄処分かな~?
いや、それでもここの客は何持っていくかわかんないんだよねー。
とりあえず置いとこうっと」
「そんなんだから片付かないのよ」
「それを言っちゃ、この商売上がったりよ。エリカっち、第2ウェーブ行くよ?」
「見ればよいのであろう……」
次は普通のハサミ、木彫りの人形、文庫本。
またエリカはひとつひとつをじっくり見て、結論を出した。
「ただの質の悪いハサミ。こけし。皇国の本……
ただし続き物の途中だからこの1冊だけ読んでも物語の全容がわからぬ」
「そっかー。
どう見てもハサミなのに何も切れないから、何か秘密があるかと思ったんだけど、
マリーさんの鑑定眼もまだまだなのかねぇ」
「伊達に刃物は見慣れておらぬ。
刃付けがいい加減で、両方の刃が物を切る前に中に挟み込んでしまうのじゃ」
「大方100均で買った安物なんでしょうね」
「んと、それじゃあ“こけし”って何?
人形としてはあんまり可愛くないなぁ。うちの不細工人形といい勝負」
「皇国の伝統工芸品である。温泉地等の土産物として始まった子供用の玩具であり、
地方によって胴や顔の形、表情が微妙に異なる」
「ちょっとその本見せて」
あたしは皇国の本を手にとってパラパラと流し読みしてみた。
うーわ、ミドルファンタジアにもライトノベルがあるとは知らなかったわ。
異世界に転移してなぜか最強の力を得た一般人が、
可愛いけど頭の軽い女達にちやほやされながら諸国を旅する道中が記されてる。
どこにでも需要があるのね、こういうの。本を閉じるとカウンターに戻した。
「ありがと」
「第3ウェーブ、行くね~」
「まだやるのであるか?」
「当然」
「できれば未知のテクノロジーを希望するのであーる……」
今度のラインナップは、
電池の切れてる電波時計、どう見ても目盛りが狂ってる体重計、汚い刀。
「どうしたの?もう少しだけ頑張ったらお線香5本焚いてあげるから」
時計と体重計を無視して、エリカは汚い刀をじっと指をくわえたまま見ている。
そしていつになく真剣な表情でマリーに尋ねた。
「……マリー殿。この刀を手に入れたのはいつ頃であるか?」
「うち、商品の入れ替わりが激しいからわかんないな~
まあ、刃もこんなに錆びてるし?かなり昔のものだとは思うんだけど」
マリーが鞘から刀を抜いてみせた。
確かに頑固な錆が刀身全体に広がってて、何か斬ったらポッキリ折れそう。
だけど、エリカが意外なことを尋ねた。
「何か、不可解な病気や不幸に悩まされたことは?」
「ないけど……これ、ひょっとしてヤバげなものだったりする?」
「マリー殿。これは錆ではござらん。血である。
この刀は幾人もの血を長い年月を掛けて吸い取ったのじゃ。それも十人二十人ではない。
三桁はくだらぬ人間を手に掛けた呪いの刀である」
「えっ、マジ……?」
呑気なマリーも流石に引いてる。あたし達はゾッとして刀から距離を取った。
「霊体である拙者には良うわかる。
こやつに殺された者たちの怨念が今でも取り憑いておる。
悪いことは言わぬ。この刀は人の手の届かぬところに……」
しかし、エリカが話し終える前に店のドアが開いた。
思わず目をやると、変な女が遠慮がちに一歩ずつ店に入ってくる。
「あのう、ごめんくださ~い……ここに彷徨う魂はいらっしゃいませんか?
いきなりすみません。とってもたくさんの死霊の香りがしたのでお訪ねしました」
真っ黒なフード付きローブを着て、あたしよりちょっと年上くらいの女性。
ブロンドのセミロングを貴族のお嬢様みたく縦巻きカールにしてる。
あと、和服で言う袂の部分が鞄くらい広い。何が入ってるのかしら。
「ごめん、今貸し切りだからまた今度」
「勝手にうちの客帰らせないでほしいなぁ!……で、お姉さんは何がご入用なのかな。
あいにく何がどこにあるのか自分でもわからなくてさ、商品探しはセルフサービス。
そのかわり安くしとくよ」
「いえ、捜し物はもう見つかってるんです。そ、そこの、あなたぁ!」
彼女が思い切った様子で指差したのは、エリカ。本人以上にあたしの方が驚いてる。
エリカの存在自体知ってる人の方が稀なのに、
会ったこともない女性が幽霊に用事があるとも思えないんだけど。
「ちょ、ちょっと待って。その前にあなた誰よ。あたしは里沙子。
こいつの後見人みたいなもんなんだけど」
「す、すみません、申し遅れました!わたし、死神のポピンスと申します。
ええと、所長や先輩からはポピィと呼ばれてますので、
そっちの方で呼んで頂いても構いません……」
「「死神ぃ?」」
みんなで怪しげな女に遠慮なく疑いをぶつける。ややこしいのが出てきたわね。
せめて百害あって一利なしのバトルは避けたい。
「そのポピィさんがうちの居候に何の用?」
「はい……あの、わたし達はよく誤解されるのですが、
死神は手当たり次第に人間を殺す悪魔なんかじゃなくて、
定められた寿命を迎えた人を悪鬼悪霊から守りつつ、
迷うことなく冥界に送り出す案内人なんです。
本当ですよ?だって名前に“神”が付いてるくらいですから、あの、ですから……」
「用件!!」
「ひっ!」
いつまでも肝心な点を話さないポピンスにイラッときて、
ついジョゼットのノリで怒鳴ってしまった。
「脅かしてごめんなさいね。
あなたがエリカと会ってなにがしたいのかを教えて欲しいの」
「は、はい。ちょっと待ってくださいね」
今度は広い袖を探って、手帳を取り出した。開いて何かを確認している。
「そうです、そうです。そちらのシラヌイ・エリカさんは、
予定寿命を36762日オーバーして現世に留まっていらっしゃるので、
早急にお迎えに上がるよう所長から仰せつかっています。
あのぅ、ですから、大人しくわたしについてきて頂けると、助かるんですけどぉ……」
「ならぬ」
珍客の乱入からようやくエリカが口を開き、拒絶の意思を示す。
あたしはなるべく刺激しないよう、落ち着いた口調で諭した。
「エリカ。初めて出会ったときにも言ったけど、
死んだ人がいつまでもこの世にいるのは、やっぱり良くないと思うの。
今は大丈夫でも何かのきっかけで霊障を起こしたり、
あんただっていつまで経っても楽になれない。
やり残したことがあることはわかってる。
でも、あの世で待ってるご家族をいつまでも待たせるのもどうかと思う。だから……」
「拙者には、不知火家再興の、使命がある」
エリカがポピンスを無表情でじっと見つめたまま告げる。
彼女の身体からゆらゆらと霊力が立ち上る。何か様子がおかしい。
「あの、あの、大丈夫です。期限を超えて現世を彷徨う方にはありがちなことですから。
そういう時のために、ちゃんと道具も支給されていますので」
ポピンスが正面に手をかざすと、縦に閃光が走り、一瞬まばたきをすると、
目を開いたときには彼女の背を軽く超える大きな鎌がその手に収まっていた。
ぎらりと斬れ味の良さそうな刃が光る。……で、次の瞬間天井に突き刺さった。
揺れた天井から砂埃がパラパラ降ってくる。すげえ迷惑。
「店内で長物はご遠慮願うよ、お客さん。
この店ボロだし、ガラクタに見えるだろうけど
並んでる物も商品だから壊さないように気をつけて」
「ああっ!ごめんなさい、ごめんなさい、すぐしまいます!!」
慌てて鎌を引っ込めるポピンス。鎌が宙に消えると、ペコペコとマリーに頭を下げた。
「本当にごめんなさい……それで、話は戻りますけどエリカさん。
あの世へ旅立つ時が来ていますので、わたしと、一緒に、来てくれます…よね?」
彼女が手を差し出すと、やはりエリカは抑揚のない声で告げた。
「寄らば、斬るぞ」
今度は明らかに敵対する意思を示し、エリカはカウンターの刀を、“手に取った”。