面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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うちは来る者拒まず去る者追わず、ドヤ!…ごめん嘘。やっぱ行かないで。3ね

基本なんにも触れないはずのエリカがその刀を掴む。

あたしの心がその事実に驚きを見せたときには、もうエリカの姿は消えていた。

残されていたのは床から外に続く一筋の青い光。

 

「行かなきゃ!」

 

「そ、そうですぅ…このままあの方を逃したらまた所長に怒られてしまうんです」

 

「そーじゃない!明らかにエリカはあのヤバそうな刀の影響を受けてる!

ほっといたら関係ない連中まで巻き込むでしょうが!」

 

「あ、そうでした。ごめんなさい!」

 

「ごめんなさいならさっさと行く!」

 

「マリーさんも行こうかね。

うちの品が死人なんて出しちゃったらそれこそマリーさんが打首だし?」

 

「エリカの様子はまともではない。

早く追いかけてあの刀を奪うのが結果的に事件解決の早道なのは明白」

 

「この際来るなとは言わない。自分の身は自分で守ってね。行くわよ!」

 

あたし達は霊力のラインを辿って大勢で裏路地を進む。

普段無反応な裏路地の住人も目をむいて全力で走るあたし達を見る。

エリカは市場の方へ向かったみたい。

逃げ出した市場の店主や客達が逆流する川のように走ってくる。

 

連中にバシバシと体当たりされながらも腕でガードしつつエリカを追う。

人間の波が途切れると、すっかり人のいなくなった役所前、

要するに市場の入り口に出た。やっぱりエリカの足跡は広場へ続いてる。

 

「この先よ。きっとエリカは広場にいる」

 

「待ってくださぁ~い。その前にお願いがあるんですけどぉ、

彼女の対処はわたしに一任すると約束していただきたいんです…だめですか?」

 

「それがあんたの仕事でしょうが!いい大人なんだからシャキッとしなさいな!

その少女漫画みたいな髪型にしても!」

 

「しょ、しょうがないじゃないですか!

これは子供の頃からお婆ちゃまが毎日セットしてくれてるカールで……」

 

「もういいわかった、さっさと行ってエリカに三途の川を渡らせて」

 

人がいなくなって快適に通行できるようになった市場を一気に抜けると、広場に出た。

その中央に彼女はいた。

相変わらず青白い霊力を全身から立ち上らせて、

ただあたし達を見つめながらまっすぐ立っている。とりあえずエリカに呼びかけてみた。

 

「エリカー!意識はしっかりしてる?」

 

「里沙子殿……下がっているでござる。この死人の魂宿りし百人殺狂乱首斬丸(ひゃくにんごろしきょうらんくびきりまる)は、

現世の存在も斬り捨てる。戦場に踏み入らば、命の保証は出来かねる」

 

うわあ。色んな意味でえげつない名前ね。

あんまりにもあんまりなネーミングセンスにこの企画の先行きを案じていると、

ポピンスがよちよちとした足取りでエリカに歩み寄った。

すかさずエリカが抜刀し、隙なく構える。

 

「あのう、お願いですから大人しくわたしと冥界に来てくれませんか?

正直、後もつかえてますんで……」

 

「ならぬと申したはず。刀を手にして良うわかった。この者達の無念、恨み、怨嗟の声。

泣き顔見捨てて置かりょうか」

 

「大丈夫ですよ!それでしたら、わたしの方でちゃんと処理しておきますから、

あなたが彼らの恨みを引き受ける必要なんてないんです」

 

「処理?」

 

「はぁい!わたしの自慢の大鎌で、現世への未練をすっぱり断ち切ってあげますから。

それっ!」

 

ポピンスが前方に手をかざすと、再び巨大な鎌が現れ、その手に収まった。

よくその細腕で持ち上げられるものだと思う。彼女がエリカに左手を差し出した。

 

「エリカさんも、さあこちらへ。痛くはありません。

あ、ごめんなさいっ!やっぱり一瞬だけ痛いかも……?

とにかく、なるべく痛くないよう頑張りますから、よろしくおねがいします!」

 

また距離を詰めようとすると、エリカは何も言わず、

長身の刀を頭上でぐるんと一回転させ、風圧でポピンスを威嚇。

思わず彼女が一歩下がった。

 

「きゃっ!」

 

「寄らば斬ると申したはず。首斬丸の存在はこの世に確かな悪が存する証。

彼奴らを放って三途の川など渡れるものか。

皆が拙者に告げておる。全ての悪を斬り捨てよ、我らの無念を打ち払え」

 

「ですからぁ、それは地獄の宰相シヴァー様の管轄であって、

わたし達は輪廻の掟に従うしかないんです……どうしてわかってくれないんですか?」

 

「彼らはもう恨み言を語ることも、仇討ちの刃を握ることもできぬ。

だから不知火家最後の侍、このエリカが義によって助太刀致す。この首斬丸によって!」

 

エリカが決意を口にすると、ポピンスの纏う雰囲気が変わった。

大きなお友達みたいな空気を引っ込め、静かな殺気を放つ。

彼女はフードを被ると、立ったままふわりと宙に浮かんだ。

 

「そうですか……なら、仕方ありませんね。

危ないことはしたくなかったんですが、わたしもあなたを斬ることにします。

このムーンドリーマーによって!」

 

宣言が終わると同時に、

ポピンスが片手でバトンを回すかのように大鎌を多方向に高速回転させ、

目で追えないほどの斬撃を発し、全身を凶器と化してエリカに接近。

エリカは重く鋭い鎌の斬撃を見切りつつ首斬丸で受け流すけど、

あまりに多い手数に早くも圧倒されている。

 

「くっ……!」

 

大鎌が真空波を放ったのか、エリカの頬に一筋の切り傷。

流れるのは血じゃなくてわずかばかりの霊力だけど、このままじゃ押し切られる。

それは自分でもわかっているようで、エリカも攻撃に転じる。

 

「首斬丸よ、拙者に力を貸すでござる!

……轟け慟哭!血飛沫と共に忘らるる最期語らんことを!鮮血絶命砲!」

 

刀身を横に構えて刀に霊力を込めて詠唱。

すると首斬丸から無数の紫色のドクロが飛び出し、ポピンスに襲いかかった。

死霊の群れがポピンスを囲み、一斉に砲弾のように強力な体当たりを始めた。

 

「きゃあ!こ、来ないでくださーい!」

 

ポピンスも鎌を振り回すスピードを上げてドクロを叩き落とすけど、

一発が彼女の肩に命中。空中を滑るようにふっ飛ばされる。

 

「いったーい!あんまりです!こんなことしなくたっていいじゃないですかぁ!」

 

「……悪いことは言わぬ。彼らのことは拙者に任せ、ここは退いて欲しいでござるよ」

 

「それができるならそうしてますぅー!

死神なんて痛くてしんどい仕事、やめられるならとっくにやめてまーす!」

 

「では何故そなたは戦うのじゃ」

 

「死神に生まれちゃったんだから仕方ないじゃないですか……!

神様からの命令なんだからどうしようもないんですよ!」

 

「哀れな。大義なく誰かの命に従うまま刃を振りかざすとは」

 

「あなたにわたしの気持ちなんてわかりませーん!

そもそもあなたのように聞き分けのない人達のせいで死神は苦労してるんですよ?

わたしに同情してくれるなら、その刀を渡して

あなたもムーンドリーマーでお空に昇ってくださいよぅ!」

 

その場でぴょんぴょん跳ねながら訴えるポピンス。

両サイドのカールもバネみたいにビヨンビヨンと跳ねる。

明らかに精神年齢幼稚園児レベル。

これで戦闘能力だけは高いんだから世の中不思議なもんだわね。

 

「語り合いで決着はつかぬということか。ならば刃を交えるしかない。参るぞ!」

 

今度は刺突の構えを取るエリカ。霊力の炎を燃やし、ゆっくりと息を吸う。

 

「千の腕持つ尊き者よ、救いの御手で我が柄握れ!剣技、八つ裂き観音!」

 

エリカの足元から青いラインが伸びる。

それは術者からポピンスへ進み、標的の周りで何度も円を描く。瞬間移動の兆候。

そう気づいたときにはもうエリカは突進を開始していた。

 

即座にクロノスハックを発動して状況を観察するけど、

それでも普通に空を走りながらレイピアを操るように何度も突きを繰り出すエリカと、

それを大鎌でさばくポピンスの攻防が時間停止に関係なく行われていた。

 

「一体どうなってんのよ……」

 

さっきまで罰ゲームの青汁や便利なX線検査機扱いされてたエリカが、

死神という強大な存在と渡り合ってる。性格はこの際置いとくけど。

あたし達はその場で息を呑むしかなかった。

 

クロノスハックを解除した瞬間、連続した金属音と共に、両者衝撃で後退。

エリカに細かい切り傷がいくつか。

ポピンスに負傷は見られないけど、ローブが多数箇所切り裂かれてる。

 

「くはっ…!この剣技を見切るとは、流石冥府の案内人。感服したでござる」

 

「いやだぁ、おニューの服がボロボロ……

ブラ紐も見えちゃってるし、お嫁に行けなくなったらどうしてくれるんですか!

もう怒りました、泣いて謝ったって許しません!

斬り合いでは勝負がつかないようですから、奥の手を使わせてもらいます!」

 

ポピンスが大きな懐に手を突っ込み、何かを探って取り出した。

それは柔らかなオレンジ色の光を放つランタン。

彼女は得意げにランタンをかざすと、ゆっくりと揺らし始めた。

そして瞳に妖しい色を宿して語る。

 

「うふふ。わたし、歌が大好きなんです。

死神のお仕事を任されてから世界中でいろんな歌を聴いてきました。

寂しげな舟歌、勇ましい行進曲、優しい子守唄。

いつも冥界へ死者の魂を誘う時は、わたしも歌って聞かせてあげてるんです。

死の恐怖、世俗への執着、そういった負の感情に囚われることなく旅立てるように」

 

「……何が言いたいでござる」

 

「あなたにも歌を送ります。鎮魂歌(レイクエム)第5番。“渡し船のララバイ”」

 

するとポピンスが一度深呼吸して朗々と歌を歌い始めた。

 

河原の淵にあなたはいない。

待てど暮らせどあなたは来ない。

だってあなたは向こう岸。

私はあなたを待っています。

ずっと、ずっと、待っています。

 

彼女の歌が始まると、なんだか急に眠気に襲われた。

この状況を見逃す訳にはいかないから、歯を食いしばって耐えるけど、

エリカはもっと激しい睡魔に襲われているみたい。

刀を杖代わりにして膝を突きながらも、必死に眠るまいと抵抗している。

 

「う…くはぁっ!」

 

「あらあら、もう降参ですか?」

 

歌を止めて腹を抱えるようにうずくまるエリカにゆっくりと近づくポピンス。

勝利を確信したのか小さく笑みを浮かべながら鎌を振り上げる。

まだ歌の効果が抜けない様子のエリカは、もう座り込んだまま動かない。

マリーもアヤも眠り込んでいる。

 

あたしにはエリカの成仏を祈って、せめて最後まで見届ける義務がある。

……だからこの後の妙な展開に巻き込まれることになったんだけど。

 

「そ~れ!」

 

ポピンスが大鎌でエリカの魂を胴ごと薙いだ。……と思ったけど違った。

激しい金属音が鳴り響き、鎌の一撃が止まる。

 

「あっ……!」

 

「詰めが、甘いでござる!」

 

眠っていたはずのエリカが、首斬丸を縦にして敵の刃を受け止めた。

よく見ると、左肩の辺りに一本の脇差が刺さっている。首斬丸ではなく、白虎丸の相棒。

傷口から霊力が漏れ出しているけど、

その激痛で一気に覚醒したエリカが再びポピンスの鎌を力ずくで押し返した。

 

「てえい!!」

 

「きゃっ!」

 

ポピンスは思わぬ反撃で派手に後ろに転んだ。エリカはその隙を逃さず追撃に移る。

肩を痛めているから刀を握る手に力が入らない。

首斬丸を媒体にして早口で魔法を詠唱した。

 

「第六の監獄、囚われし罪人!疾風、大火、濁流、礫岩、雷光!

憎悪に溺れ全てを抱え、果て無き救いの日を待ちわびよ!真・外道収束波!」

 

基本の5属性に光と相反する闇の属性が加わったエリカの攻撃魔法。

詠唱が終わると刀の切っ先に各属性のエネルギーが集まり、

数学における定義上の点に限りなく近くなった時、

血のように赤黒い超巨大なレーザーが発射された。

直撃を受ければどうなるかわかったもんじゃない。

またオレンジのランタンを掲げると彼女の前に魔障壁が現れた。

 

「わわわ、わたしを助けてー!」

 

間一髪レーザーを受け止めたけど、まだ攻撃が収まる気配はない。

ポピンスを飲み込もうとするエリカの必殺の一撃に対し、

ランタンが太陽のように輝き、全力でバリアを維持する。

でも、今にも自壊しそうなほどランタンは激しく振動し、長くは保ちそうにない。

エリカの魔法が止まるか、ポピンスのバリアが破れるか、

どっちが先になるかは全く読めない。

 

「はああああっ!!」

 

「いやぁ!どうしてわたしがこんな目に!」

 

禍々しい色の波動がバリアを少しずつ侵食し、

バリアもランタンから供給される魔力で再生を繰り返す。

30秒程の鍔迫り合いが永遠にも思えたけど、

やがてエリカの攻撃に使える霊力が底を突き、ポピンスのランタンも魔力切れに陥り、

両者共に霊力・魔力を消費する行動が取れなくなった。

 

「はぁっ、はぁっ……ここまでで、ござるか」

 

「えーん、ランタンの火が消えちゃった~

冥界に戻ってママ上様に焚いてもらわなきゃ……」

 

だけど膨大な霊力を消費し再び膝をついたエリカが不利なのは明らか。

 

「んと、えーと、その前に、ちゃんと浮遊霊を回収しなくちゃ。

今日はもう直行直帰でいいです、よね…?」

 

ポピンスが再び鎌を手に、今度こそエリカにとどめを刺そうと素振りをしながら近づく。

 

「……斬れ。拙者の敗北じゃ」

 

「やったー!それじゃあ遠慮なく!」

 

刀も握れず、自らの形を保つ程度の霊力しか残されてない。

エリカが覚悟を決めて目を閉じた時。

 

──やっとお会いできましたー!!

 

誰かが空から舞い降りてきて、ポピンスに飛びかかった。

 

「きゃぶっ!!」

 

エア・アサシンとはやるわね。そうじゃなかった。

濃い紫のローブ、ものすごいロングの黒髪。明らかに空から飛んできた魔女と言えば。

 

「リーブラ!?なんであなたがここに!」

 

彼女がポピンスを押し倒したままこっちを向いてにっこり笑う。

 

「里沙子さんのガトリングガンの育ち具合を見ようと人間界に来たら、

街の方から死の匂いが強く漂ってきたので立ち寄ってみたんです。

そしたらほら、死神です!

私でもおぼろげな後ろ姿を一度しか見たことのない幻のような存在!」

 

「どいてくださーい…わたし、もうすぐお仕事終わりなんです」

 

「ああ、ごめんなさい。滅多に会えない死神の方に感激しちゃって。

私、魔女のリーブラと申します」

 

リーブラはポピンスから下りると、呑気に自己紹介をした。

 

「わたしが死神だった知ってるみたいですけどぉ、どんなご用ですか……?」

 

「会ったばかりで失礼なんですが、私を殺して頂けないでしょうか!」

 

「はぁ!?」

 

「実は私、長く生き過ぎたせいで死に方を忘れてしまったんです。

こうして魔法の辞典に知識を蓄えて来たんですが、全く手がかりが見つからなくて……

あ!あなたに触れたおかげでまたページが増えました。

項目“死神”のページがこんなにたくさん!」

 

リーブラは嬉しそうに魔法で呼び寄せた魔導書を流し読みする。

あたしもエリカも、そしてポピンスも奇妙な乱入者をポカンと眺めるだけだった。

 

「なるほど~死神は実体と霊体の両方に干渉できるんですね」

 

そういや、二人があれだけ派手に暴れた割には街の窓ガラス一枚割れてない。

これまでポピンスは霊体モードで戦ってたってことかしらね。

 

「と、とにかくわたしのお仕事の邪魔をしないでくださいよ~

あとちょっとで獲物を仕留められるんですからぁ……」

 

「その前に!」

 

リーブラが彼女の両手を握って目を合わせる。

いきなり迫られたポピンスは驚きのあまり黙り込んだ。

 

「お願いです、私を殺してください!

そうすれば辞典の最後の項目、“私の死”が埋まるんです!

最大にして最難関の謎が!」

 

「そんな事言われたって……

わざわざ調べなくてもわたし達の誰かが迎えに来るまで待っていればいいんですよ?

あなたの寿命、特別に教えますね。気が済んだら帰ってくださいよ?」

 

「もちろんです!」

 

ポピンスが懐を探って手帳を取り出す。

そしてパラパラとページをめくりリーブラの寿命を確かめる。

あたしもちょっとばかし興味があるから黙って様子を見る。

 

「う~んと、リーブラさんリーブラさん……と。え、嘘っ!?」

 

アクシデント発生っぽい。

 

「やだ、誰がこんなイタズラしたのよ!リーブラさんの寿命が、黒塗りにされてる!

また先輩の嫌がらせ?ううん、そうじゃない。元々黒だったみたいに染みになってる。

どういうこと?誰か教えてよぉ……」

 

手帳を手にしたまましょぼくれるポピンスの肩にリーブラが手を置く。

 

「落ち込むことはありませんよ?

あなた方には便利な道具があるじゃないですか。ほら、そこに」

 

視線の先には空中に置きっぱなしになったポピンスの鎌。

ポピンスは慌てて四つん這いで鎌に近づき、手に取って立ち上がる。

 

「あなたの正体はわかりませんが、

わたし、わたしに近づいたら、ムーンドリーマーで真っ二つにしちゃうんですから!」

 

「それはいい考えですね!

死神の鎌で肉体と同時に魂も切断すれば、

転生する余地もなく完全なる死を遂げることができるかもしれません!」

 

「あなたのせいですからね、あなたが神聖な死神の仕事の邪魔さえしなきゃ……えい!」

 

あたしは思わずハッとなった。

まさに月を描くような斬撃と同時に、リーブラの胴が両断された。

大量の血液と共に、彼女の上半身と下半身がごろんと転がる。

壊れた操り人形のように、手足を妙な方向に伸ばしてリーブラは動かなくなった。

ポピンスもまばたきを忘れ死体に言い訳をするように叫ぶ。

 

「きょ、今日があなたの寿命だったってことですよ!

彼女と一緒に連れて行ってあげますから、少しだけ待っててください!

さあエリカさん、遅くなりました。何か言い遺すことはありますか?」

 

「……未熟者のまま消えてゆくことを、無念に思う」

 

「これ以上苦しまないで。その悲しい気持ちも、全て洗い流してあげます。

わたしの鎌はあなたを現世に縛る全ての……ひゃうっ!?」

 

エリカを強制的に成仏させようと鎌を振り上げた瞬間、ポピンスの足を誰かが掴んだ。

恐る恐る振り返ると、彼女の目がこれ以上ないほど見開かれた。

 

「つ、れ、てっ……て」

 

口や鼻から大量に出血したリーブラが、妖怪テケテケのように、

上半身だけで這って来ていた。

切断面からこぼれた臓物を引きずりながら血まみれの笑顔を浮かべる彼女。

半身女に足を取られたポピンスは、声にならない悲鳴を上げる。

 

「ああああ!ひああっ!」

 

「これじゃ、足りない……身体を、バラバラに……」

 

「来ないで!来ないで!来るなあぁっ!!」

 

パニックになったポピンスは尻もちをついて、

鎌の先端で何度も何度もリーブラを切り裂き、串刺しにする。

その度に綺麗な顔が縦に割られ脳がこぼれ、背中の肉が削ぎ落とされて膨らむ肺が露出。

血や肉片が飛び散り、一般人がこの場に残っていたら

トラウマになるようなR-18的惨状が広がる。

 

「死んでよ、死になさいよ!なんで死なないの!?」

 

「ぜんぶ……試した。焼却炉、圧縮装置、毒薬、切断機……

でも、だめだった。いつの間にかすぐ生き返る」

 

「こ、こいつはゾンビなんかじゃない!完全なる不死者!死神の天敵!

だめよポピンス、こんなの相手にしちゃ。逃げなきゃ!」

 

「まって、おねがい、いかないで……」

 

「うわあーん!パパ上様、おかしな魔女にいじめられましたわぁ~!」

 

ポピンスが目の前の空間に鎌で一閃を放つと、

異次元かどこかしらないけど、別空間への扉が開き、

彼女は泣きながらその中へ走り去っていった。

リーブラが現れてからすっかり放置状態だったエリカとあたし達。

当のリーブラは少し目を離した間に再生を終え、地上に降り立った。

 

「うーん、残念です。死神の鎌でも死ねないなんて。

ですが、辞典に興味深い記述がたくさん増えました!これ以上ない収穫です」

 

「そなたは、一体?」

 

「あら、可愛い幽霊さん。幽霊になれたなんて羨ましいわ。完璧に死ぬまであと一歩ね。

がんばって」

 

「あ、うむ、かたじけない」

 

「リーブラ!そこで何をしているの!」

 

あたしは久しぶりに会う四大死姫の一人に大声で呼びかけた。

マイペースな彼女はあたしに気づくと微笑みを返した。

人に見られたら面倒なことになりそう。

とりあえずマリーとアヤを起こしてジャンク屋に戻ることにした。

ちなみに騒ぎの間、保安官はずっと寝ていた。この野郎。

 

 

 

 

 

再び場所をマリーの店に戻す。

あの後、エリカを位牌の中に戻して搬送し、応急処置を施した。

と言っても、線香代わりのアロマキャンドルを買って焚いてるだけなんだけど。

 

「お買い上げどーも。マッチはサービスしとくよ。酒場のおまけだし」

 

「先っぽに火を着けて……うん、いい香り。無理しないでそこで餅になってなさい」

 

「面目ないでござる……」

 

部屋の隅で本当に鏡餅の形状になって返事をするエリカ。

 

「ここには不思議な品物がいっぱいです。

ひょっとすると死につながる手がかりがあるかも?」

 

そしてマリーの店は初めてのリーブラ。ガラクタだらけの店内を見回している。

 

「しかし、リサっちも妙な知り合いが多いねぇ。どうしてわざわざ死にたがるのかな?」

 

「もちろん、知的好奇心に基づく探索の一環です。

昔の私は知っていたはずなのに、どうして忘れてしまったのか。

命を落とすとはどういうことなのか。絶命する時、心はどう動くのか。

死には秘密がいっぱいなんです」

 

「死ぬのは真っ平御免であーるが、

未知の事柄への探究心は研究者として理解できるのだ」

 

「ダベるのもいいけど、あれ、どうするの?」

 

あたしが指差したのは百人殺狂乱首斬丸。

触るのも嫌だったけど、広場に放置しておくわけにもいかず、

トートバッグに入れて運んできた。

 

「マリーさん的には、何も知らない客に押し付けようかと思うんだけど、

それでまた騒ぎが起きたらそれはそれで問題だしねぇ……」

 

「いっそ溶鉱炉に捨ててしまうことを提案するのである」

 

「溶鉱炉に呪いが染み付くわよ」

 

「待ってほしいのじゃ」

 

その時、ラベンダーの香りで餅状態から人間体に持ち直したエリカが口を開いた。

 

「どうしたの?」

 

「この刀……いや、刀に封じられし死人達は、拙者が面倒を見るでござる」

 

無茶なことを。みんながエリカを見る。

 

「あのね。狂乱なんとか丸だか知らないけど、

こいつのせいでおかしくなったこと忘れたの?」

 

「それは誤解でござる。拙者は首斬丸に意識を奪われていたわけではござらん。

刀に宿る死霊達が訴える無念に突き動かされて行動したまで。

皆を騒がせてしまったことは申し訳ない。

じゃが、首斬丸を携えて拙者の剣術で彼らの死に意味を持たせたい。

それが正直な気持ちであるよ」

 

「いわく付きの刀を家に持って帰るっていうの?

これ以上の幽霊はお断り願いたいんだけど」

 

「少し、いいですか?」

 

今度はリーブラが発言するけど、なんだか嫌な方向に話が進みそうな気がする。

 

「確か里沙子さんの家は、

聖母マリアとイエス・キリストの祝福で守られているんですよね。

ならばむしろ妖刀を安全に保管するにはうってつけだと思うのですが」

 

「そうかもしれないけどさ!」

 

「引き取ってくれるなら、タダでこの刀譲るよ?

威力は折り紙付きなんだし、いい戦力になると思うなー」

 

「絶対善意じゃないわよね、それ」

 

「頼む、里沙子殿!拙者には彼らを見捨てることができぬ」

 

エリカが深々と頭を下げる。

……ああ、うちには人・物問わず変なもんしか回ってこない運命なのかしら。

今更だけど。もう諦めてるけど、

 

「一人も逃がすんじゃないわよ?

全員成仏するまで、あんたが先に三途の川を渡ることも許さない」

 

「有難い、里沙子殿!」

 

「これにて一件落着ってやつでいいのかな?カハハハ」

 

「落着してない。面倒事がうちに移動しただけ!

そうだ、移動と言えば、なんであんたその刀持てたの?

取り憑いて動かすことしかできないはずでしょ」

 

「握っていたのは柄ではなく、刀に宿る妖力であるよ。ふむ、物質も霊体も斬れる刀。

拙者の心強い味方ができたでござる!」

 

「くどいけど、最後まで責任持って面倒見るのよ?」

 

「心得た!呪われしこの刀で、世に蔓延る不浄を斬り捨て、

皆の生きた証を作るでござる!」

 

「ナイトスラッシャーみたいなこと言って。タグチさん元気かしら。はぁ」

 

トラブルに始まりトラブルに終わる。いつもどおりと言えばそれまでなんだけど、

こうもため息ばかりついていたらあたしの幸せがスッカラカンになりそう。

正月にため息程度の幸せは金次第で云々言ったけど、

この分じゃ貯金100万あっても足りないわね。

あたしの気持ちも知らないで、エリカは新しい刀を高々と掲げていた。

 

 


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