面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

99 / 143
1.謎の言葉を調査 2.俳句と日常
1.ずっとやろうと思ってた×要件→○用件への修正が終わったわ。指摘してくれた方ごめんなさいね。2


その日は珍しく、奴の方から電話が掛かってきた。

スマホが机の上でブルブルと振動を始めたから手に取ると、着信画面に“アホ”の文字。

とりあえず通話ボタンをタップする。

 

「もしもし、あんた?何の用よ。……うん、そうだけど。

はぁ、そんであたしにどうしろってのよ。調べてくれ?

あのね、今この文章打ち込んでる箱は一体何!使わないなら捨てなさいな。

……なんかネットがつながらない?

んなもん、J:C○Mに泣きついてどうにかしてもらえばいいでしょうが!

あたしだって暇じゃないのよ!予定ないけど!」

 

言い争う声に気づいたエリカが、位牌から出てきてボケーッとこっちを見てる。

 

「じゃあ、こうしてダラダラとくっちゃべってるスマホは!?

Google搭載されてるでしょうが!……パケ死?バカなんじゃないの。

YouTubeでゲームの攻略動画ばっかり見てるからこうなるのよ。

大人しく来月まで待ちなさい!切るわよ!……あん、報酬?」

 

くだらない話をガチャ切りしようと思った時、初めて聞く価値のある言葉が出てきた。

報酬って何かしら。

必然それは奴の世界とミドルファンタジアの間でやり取りできるものになるけど。

もう少しだけ話を聞いてやることにした。

 

「何よ報酬って。……へえ、そんなのあるんだ。受け渡しはいつ?

2話くらい後ですって?ちょうど100話目あたりになるわねぇ。

わかったわよ。ネタもないことだし、今回だけ引き受けてあげる。

あんたもゲームばっかりしてないで、暇ならバイトでも始めなさい。

今度こそさよならね。はーい」

 

電話を切ると、ハンガーラックに掛けたガンベルトを巻いて、出かける準備を整えた。

 

「エリカ、留守番頼むわ。ちょっと野暮用ができた」

 

「ちょ、ちょっと待つでござる。拙者は!?」

 

「だから留守番お願いって言ってるじゃない。今回は剣術でどうにかなる話じゃないの」

 

「そう、刀でござるよ!

前回手に入れたばかりの百人殺狂乱首斬丸の出番はどうされるおつもりか!

普通、新しい力や登場人物が誕生したら、

次の話ではそれらの顔見せに、ちょっとした活躍があって然るべきでござろう!?」

 

首斬丸を見せつけて訴えてくるエリカ。あたしは同情的な視線を向けつつ、彼女を諭す。

 

「あのね。それはプロットを作ったり話の起承転結を頭の中で構築したりできる、

まともな物書きがやることなの。

いつか、こち亀の大原部長が両さんに“お前はぶつかったら曲がる車のおもちゃだ”って

言ってたんだけど、奴の場合はまさにそれ。

その時頭に浮かんだボウフラのようなネタをかき集めて集約してるだけ。

要するに計画性がない。

あんたが言ったお約束も当然できないから、今日は諦めて位牌の中で寝てなさい」

 

「あんまりでござる!あれだけの死闘を演じたというのに!」

 

「文句言わないの。2話連続でちゃんとした出番があったんだから。

普段のあんたなら考えられないことでしょう?これ以上望むのは贅沢ってもんよ。

それじゃ、後よろしく」

 

あたしは返事も聞かずに私室を飛び出した。

背後にエリカの“うわーん”という嘆きを残して。

そうそう、その前に住人にも事情聴取する必要があるわね。

もし知ってたらその場でこの話はおしまいなんだけどそれはそれで楽チンだし。

まずはルーベルの部屋をノックした。

 

「ルーベル、ちょっといい?」

 

足音が近づいてきて、ドアが開いた。

 

「おう、どした」

 

「いきなりだけど、アイン・ソフ・オウルって何なのか知らない?」

 

「アインオフソウル?なんだそりゃ」

 

「アイン・ソフ・オウル。奴からの調査依頼。報酬が出るから引き受けたんだけどさ、

最近クリアしたゲームのラスボスが使ってきた攻撃らしいのよ。

よくよく考えてみれば、

これっていろんなゲームのボスキャラが当然のように放って来るけど、

あたしも意味知らなかったのよね。これを機会にはっきりさせておこうかと思って」

 

「悪いがさっぱりだ。エレオノーラなら知ってるんじゃないか」

 

「そうね。ついでにジョゼットにもダメ元で聞いとく。ありがとね」

 

「ああ」

 

ルーベルが部屋に引っ込むと、廊下の真ん中でわざとらしい大声を出した。

 

「あー困ったわ!どこかに頼りになるシスターはいないかしらー!」

 

すると二つのドアがほぼ同時に開いた。

 

「はいはーい!わたくしにどーんとお任せ下さ~い!」

 

「お力になれるかはわかりませんが、わたしもシスターとしてご協力します」

 

同じシスターでも反応が真っ二つに分かれるものね。

それは置いといてエレオノーラとジョゼットに例の言葉について尋ねてみた。

 

「アインオフ…オフソ、オフオ……何でしたっけ?」

 

「予想通りの対応ありがとう」

 

「そうですね……すみませんが、心当たりがありません。

大聖堂教会の書庫で調べてみます」

 

「ああ、いいの、いいの。

どうせ奴の依頼なんだからのんびりゆっくり後回しでやりゃいいのよ。

一応あたしが受けた仕事でもあるんだし。

これから街まで手がかり探しに行ってくる。それじゃ」

 

「お気をつけて」

 

「いってらっしゃ~い!」

 

そんで、エレオ達と別れて1階に下りると、

ダイニングでカシオピイアがコーヒーを飲んでいた。ちょうどよかった。

 

「ねえ、カシオピイア」

 

「なあに?」

 

「アイン・ソフ・オウルって聞いたことない?」

 

すると彼女は困った顔をして首を振った。

 

「……ごめん」

 

「気にしないで。大した用事じゃないから。

おっと、そうだわ。パルフェムー!ピーネ!あんた達は知らない?」

 

ワクワクちびっ子ランドに移動するのが面倒だからその場で呼びかける。

面倒なのは向こうも同じのようで、声だけが返ってきた。

 

「わかりませんわー。アースの言葉ならお姉さまの方が詳しいのではなくて?」

 

「里沙子の寝言なんじゃないのー?」

 

「知らないかー。外出決定だわ、こりゃ。長丁場にならなきゃいいけど。

ちょいと行ってくるわ」

 

こうして、結局あたしはハッピーマイルズの街に行くことになった。

街道を歩きながら考える。

パルフェムの言った通り、記憶は曖昧だけど聞き覚えはあるのよ。

確か、確実にアイン・ソフ・オウルの言葉を聞いたと断言できるのは、

第3次スーパーロボット大戦αだった。

多分、敵じゃなくて味方が使ってたような気もする。

 

でも、それ以上が出てこない。

アース出身のあたしが知らない言葉がハッピーマイルズにあるとは思えないけど、

とにかく情報を集めなきゃ。報酬も懸かってるしね。

最近出番がもらえない可哀想な野盗連中が出なかったのはいいけど、

目的地までいつも混雑してる市場を通らなきゃいけないのはいつもどおり。

 

あたし思うんだけど、ハッピーマイルズって街の開発完全にミスってるわよね。

ただでさえ混みやすい役所の前に、人が途絶えることのない市場作っちゃったんだから。

その結果、この先の広場は無駄にスペースが余ってる。

 

広場にも店を分散させれば毎度辛い思いをせずに済むんだけど、

この領地の偉いさんに市民の声を届ける方法がわからない。

行政としてこの状況を放置しているのは如何なものか。

 

思索にふけって現実逃避をしつつ広場に抜けたときには、息が上がっていた。

それでもここに来たのには訳がある。

あたしは酒場のウェスタンドアを通り抜けて、カウンターに着いた。

顔馴染みのマスターに銀貨を5枚差し出す。彼もさっと受け取りポケットにしまう。

 

「“質問”があるの」

 

「……“ご注文”は?」

 

「アイン・ソフ・オウル。この言葉について知りたいの」

 

マスターは眉間にシワを寄せて少し考え込むと、銀貨を返してきた。

硬貨のチャラチャラした音があたしをがっかりさせる。

 

「そいつは“品切れ”だ」

 

「はぁ、国中の情報が集まるここで駄目ならどこにあるのかしらね。

今度は普通の注文。エールを一杯」

 

次は銅貨3枚を普通に置いた。マスターもお金と引き換えに冷えたエールを出す。

ゴクリと一口飲んで、ほろ酔い気分。

口から鼻腔にかけて広がるフルーツのような香りで一息つくと、

次の行き先について考えを巡らす。

 

「どうしようかしらね。他に情報が見込めるとこと言えば……あ、灯台下暗しだったわ」

 

別に急いでもいないあたしは、ゆったりとエールを味わうと、

酒場を後にして隣の建物に入っていった。なんてことはない。駐在所よ。

やっぱりいつもの居眠り保安官が、大きな背もたれ付きの椅子に座って、

天井に向かって口を開けながら寝てる。

 

「ごめんください」

 

「んがー……」

 

「ごめんくださいまし!!」

 

「ふご!ああ……里沙子君ではないか。また賞金首を殺したのかね」

 

「いえ、そうではなくてお尋ねしたいことが。

アイン・ソフ・オウルを探しているのですが、手がかりがなくて困っておりますの。

保安官さんなら何かご存知ではないかと思い、ご協力をお願いに上がったのです」

 

「ふむ。その…アインなんとかは遺失物かね?それとも失踪者?」

 

「実はそれもわからないのです。知人がなくしてしまったようなのですが、

雲をつかむような話しかできない知恵遅れでして」

 

「少し待ってくれ。両方について調べてみよう」

 

「よろしくおねがいします」

 

腹の出た保安官はどっこいしょと立ち上がると、

棚から分厚いバインダーを2冊取り出して机に置き、

そしてぺろりと親指を舐めてページをめくり始めた。

……それ汚いから、ちゃんと水を含んだスポンジを文房具屋で買って欲しい。

 

「ええと、捜索願の方はと。アイン、アイン……Aの項目には載っておらんな。

Eの方は……ううむ、やはりないな」

 

彼はバタンと重いバインダーを閉じると、2冊目に取り掛かった。

表紙に“遺失物一覧”と書かれていて、付箋だらけの書類を1ページずつ開いていく。

 

「acorn(どんぐり)、antidote(毒消し)、arrow(矢)……ないな。Eの方はと。

edge(刃物)、encyclopedia(百科事典)、eraser(消しゴム)

……だめだ。見つからん」

 

「そうですか……」

 

「力になれなくてすまないな」

 

「とんでもない。お仕事中に失礼致しました」

 

「それらしいもんの情報が届いたらそこの掲示板にメモを貼っておく。

まぁ、期待はせんでくれ」

 

「ありがとうございます。わたくしはこれで」

 

あたしは保安官に一礼すると駐在所を出て広場に出た。

どうしよう、もう他にアテがない。

十分調査はしたし、適当に意味をでっち上げて報告しようかしら。

でも報酬をもらう約束しちゃったから、それに見合う働きはしなきゃ。面倒くさいけど。

 

そうねぇ、働きと言えば……図書館があるわ!

広場の西側にあるパン屋や雑貨屋なんかが並ぶ区画を北に抜けると

住宅街があるんだけど、そこに公民館を兼ねた図書館があったはず。

あそこなら参考になる書籍がたくさんあるわ。今度は自分で調べよう。

早速あたしは公民館へ足を運んだ。

 

広場から歩いて10分程度。こぢんまりした市民ホール程度の建物にたどり着いた。

ハッピーマイルズ領の住民なら出入りも自由で図書室も使い放題。

受付で身分証明書を事務員に提示すると、“どうぞ”とだけ言われたから

遠慮なく中に入った。図書室には柔らかいカーペットに書架が10列程度並んでいる。

手がかりになりそうな本を片っ端から抜き取っていく。

 

国語辞書、魔導書、アースの言語、生物学、その他諸々。

読書用テーブルに関係あるようなないような本を積み上げて、国語辞書から手を付ける。

やっぱりさっきの保安官と同じで、AにもEにもアイン・ソフ・オウルはなかった。

次に行きましょう。

 

ボスキャラ共が攻撃魔法として使ってくるから、

とりあえず炎属性の魔導書を読んでみた。

でも、そもそも炎とは、何℃に達していれば炎と呼べるのか、地域によって異なる詠唱、

発火魔法実践編、締めくくりに炎万歳と、

炎フェチの変態が書いたとしか思えない内容が盛りだくさんでまるで役に立たなかった。

 

転機が訪れたのは次の本。“アースの単語集1500”。

ちょうど受験生が使う英単語のテキストみたいな装丁で、

英語・イタリア語・ドイツ語の三項目に別れてる。英語は調べ尽くした。

他の言語に期待を寄せてパラパラと流し読みしてみると、重大な事実を思い出す。

そうよ!確かあたし、大学時代に興味本位で1コマだけドイツ語取ったことがあるの。

 

アイン・ソフ・オウルの言葉を聞いてモヤモヤした気持ちになったのは、

ゲームの記憶だけが原因じゃない。目を閉じて当時の記憶を掘り起こす。間違いない。

アインは即ち、Ein。ドイツ語の、1よ!

 

謎を封じ込めている錠前のひとつが外れた。

アイン・ソフ・オウルは複数の単語の組み合わせ。1に何かが続くのよ。

これで正解がアースの言葉だってことは確定したけどまだ足りない。

ソフとオウルが残ってる。

 

まずソフは置いといて、オウルにも引っかかるところがないわけじゃない。

もう一度国語辞書を手に取り、今度はOの項目を調べてみる。

……あったわ、Owl!つまりフクロウ!

“一羽のフクロウ”に何かの修飾がくっつくのよ!

 

一気に急展開を見せるアイン・ソフ・オウル探し。

だけど、最後のソフがよくわからない。ソフ、祖父、ソフマップ……じゃないわね。

ここまで外国語で来たんだからソフもそうであるはず。

なんだかふわふわした感じの単語ね。

柔らかなイメージの言葉と言えば、ソフト、ソファー、ソ○ランC。

こんな具合で30分程その場で唸ってSで始まる単語をひねり出したけど、

やっぱり柔らかいものという感覚が抜けない。

 

これはもう“ソフ=柔らかい”と仮定するしかないと次の段階に移行することにした。

そうしないとキリがない。あたしは借りた本を元の位置に戻し、公民館から外に出た。

重い本を持ったり長時間読書したせいで微妙に疲れたあたしは、

ぶらぶらとした足取りで街の広場に戻った。

 

「ん~、結構な収穫があったわね。一休みしましょう」

 

やることは決まった。あたしはまた酒場に入ってカウンター席に座る。

マスターがとんぼ返りしたあたしをちらりと見る。

黙って銀貨5枚と銅貨3枚を置くと、彼も何も言わず金を引っ込めた。

 

「“質問”とエール」

 

「どうぞ。で、“ご注文”は」

 

「この辺りでフクロウが出るところを知らないかしら。できる限りモフモフしたやつ」

 

「南の森の奥に、ハイズリヤマフクロウが群れで住んでるって話だ。

デブだから空を飛べないらしいが、勝手に連れて帰ったら鳥獣保護法違反になる」

 

「ちょっと見るだけだから心配要らないわ。

さて、森に行く前にもう一杯やってエネルギー補給しましょうかしらね」

 

ここまで来たらもう依頼達成間近。

あたしは安心してエールをちょっと一気飲みしてみる。

うん、口から胃袋にかけてスコッチの匂いが立ち上る。

音が出ないよう小さくゲップを出すと、それもまたいい香り。

同時に高めのアルコールが気分を良くしてくれて幸せ。だからエールはやめられないの。

 

準備万端。森に向かうとしましょうか。

あたしは飲み干したグラスを置くと、酒場を出て市場に向かう。

相変わらずの混雑だけど、2杯のエールでやや鈍感になってるあたしは怖いものなし。

人混みに強引に身体を押し込み、どんどん進む。

役所前に抜けると、あたしは街を出て街道を南に外れた獣道に入る。

 

「さぁ~て、この秘境ではどんなフレンズに会えるのかしら」

 

普段なら絶対寄り付かない草木の生い茂る森を千鳥足でうろつく。

ペンギン、じゃない、フクロウを求めてね。

いい感じで酔っ払ってるから鬱陶しい雑草もぬかるんだ地面も苦にならないわ。

 

そう言えばあたし、なんで今日は真面目に働いてるのかしら。

もはや当初の目的も忘れてひたすら奥を目指す。

とにかくフクロウを見つければ良かった気がする。

 

濡れた落ち葉を踏みしめ、垂れ下がった枝を避けながら前進すると、

地面が真っ青な苔で覆われた空間に出た。

苔を湿らせる露が木漏れ日できらめき、

酔っ払っててもその美しい光景に思わず目を奪われる。

 

ブオー! ブオー!

 

この豚みたいな鳴き声は何かしら。木の洞や切り株の影をよく見ると、

バランスボールのようにまんまる太った鳥たちがいた。あら可愛い。

これがマスターの言ってたハイズリヤマフクロウね。

 

「どーどー。なんにもしやしないわ。ちょっと君たちの姿を写真に収めたいだけよ」

 

あたしはポケットからスマホを取り出すと、

カメラアプリを立ち上げ、彼らの一体をズームしてパシャリ。うん、良く撮れてる。

もうここに用はないわ。

 

「ありがとねーペンギンさん、じゃなかったフクロウさん。

ああ言ってるつもりでこう言ってることってあるわよね。さよーなら」

 

フクロウさん達にバイバイすると、あたしは来た道を逆戻りする。ここで問題発生。

帰り道がわからない。

行きと帰りじゃ景色が違うってことに酔っ払った頭がようやく理解した。

焦りに囚われ早足になる。空を見上げると陽の光が紅く染まろうとしている。

ヤバい、日が暮れたら一巻の終わり。

 

たまらずクロノスハックを発動。この世界はあたしのもの。……の、はずなのに、

誰も助けてくれやしない。時間を停止しつつ早足で勘を頼りに森を進む。

下手すりゃこの泥だらけの地面で野宿。もっと下手すれば狼のエサ。

 

「あのくたびれた感じの木はさっき見たからこっちで合ってる、はず……!」

 

精神集中が乱れて普段より多く魔力を消費してしまってる。

ミニッツリピーターの竜頭を二回押して魔力を補充。街の前まで戻らなきゃ。

中学の頃、国語の教科書でトロッコっていう話を読んだの。

主人公がトロッコを押すのが楽しくて、遠くまで来すぎたことに気づかず

半泣きで走って帰るって話なんだけど、まさに今そんな状態。

 

なんでこんな依頼引き受けたのかしら。

泥が跳ねてスカートの裾が汚れることも構わず、もう全速力で走っていた。

時々突き出た細い枝が顔を叩く。痛い。もうやだ。

ここから出してくれるなら、この金時計を……誰がやるかっての!

 

「ぜはぁー!ぜはぁー!出口、どこなのよ……」

 

汗が眼鏡のレンズを伝って涙のように垂れ落ちる。今のあたしすごくカッコ悪い。

だけどカッコ悪い代わりにいいものを見つけた。森に入る時に通った獣道。

何も考えずそっちに方向転換。

 

「脱出成功!アウトドアなんてクソ食らえよアホンダラー!」

 

ハッピーマイルズの街のゲートを前に、思わず叫んでいた。

一度だけ森を振り返ると、

あたしは心底ホッとして教会までとぼとぼと街道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

玄関を開けて中に入ると、ジョゼットが出てきた。あたしの格好に驚いたみたい。

 

「おかえりなさい、里沙子さ……どうしたんですか、服が泥だらけです~!」

 

「仕事が予想以上に長引いたの。ああ疲れた」

 

「もうすぐ夕食ですけど、先にシャワー浴びますか?」

 

「まず仕事の連絡済ませるわ。やることが残ってるとゆっくりくつろげない」

 

「バスタオル用意しておきますね」

 

「ありがと、頼むわ」

 

あたしは適当な長椅子に腰掛け、スマホを取り出した。

今度はメールアプリを立ち上げて、

さっき取ったフクロウの写真を添付して件名に“正解”と書いて送信した。

 

「よっこらせ」

 

立ち上がって私室に着替えを取りに行こうとすると、スマホに着信。何かしら。

思わぬ仕事の出来栄えにボーナスを付けたくなったとか?

 

「もしもし、メール見た?あんたが探してたのそれだから。うん。……え、違う?

なんであんたにそんなことわかんのよ!?定期メンテナンスが終わった?

そんでググった?……あんたの事情なんて知らないわよ!!」

 

あたしは注文通りの納品物にケチを付けるモンスタークレーマーに頭の線がブチ切れた。

 

 

 

 

 

……里沙子が帰ってくるなり聖堂で怒鳴り散らしてる。

どうせしょうもない理由なんだろうが、一応様子を見る。

 

「報酬はちゃんと出るんでしょうね!?」

 

「おーい、里沙子。何を騒いでるんだ」

 

「払わなかったら無修正で蒲田行進曲歌ってやるから覚悟しときなさいよ!

この虹の都も今度こそおしまいだからね!!」

 

聞いちゃいねえ。あの様子じゃ酒も入ってるな。

今夜のエールは隠しとくようジョゼットに言っとかねえと。

 

「アイ・ウィル・キル・ユー!!」

 

私は叫び続ける里沙子を無視し、

ジョゼットに目配せして、みんなに先に夕食を食べさせた。

 

 

 

 

 

■答え合わせ

 

アイン・ソフ・オウル(Ain Soph Aur):

 

言葉そのものはヘブライ語で以下のように訳される。

アインは無、0を意味する。

アイン・ソフは無限、00を意味する。

アイン・ソフ・オウルは無限光、000を意味する。

 

以上を踏まえて、アイン・オフ・ソウルを説明すると、

これらはカバラ思想(ユダヤ教に基づく種々の理論)における

セフィロトの樹の起源である。

セフィロトの樹とは、旧約聖書の創世記でエデンの園の中央に植えられたとされる木。

またはこれを図式化したものを指す。

10個のセフィラと呼ばれる宇宙を構成する要素が、22本のパスと言う

意味を持った経路で樹のように接続された経路図であり、

今日における魔術的儀式やタロットの系統を形作っている。

セフィラの並び方(縦並び、三角形)にも意味が存在するが、ここでは割愛する。

このセフィロトの樹を生み出したのがアイン・ソフ・オウルであり、

第一のセフィラ(ケテル)を発生させ、

ケテルから第二、第二から第三へとセフィラが派生していった。

つまり、アイン・ソフ・オウルは、天地創造の光を意味すると考えられる。

 

「……な~んて偉そうに解説してるけど、

実際奴にも大して意味なんかわかっちゃいないわ。

付け焼き刃の知識だから真に受けないでね。

とりあえずググりまくった努力だけは認めてやってちょうだい。

まぁ、ボスキャラ連中も“すんげえ光を食らえ”的な意味で使ってるんだと思う。

今日はここまで。さようなら」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。