日本に存在する魔法を扱う勢力は大きく分けて二つある。
一つは古代より脈々と受け継がれてきた日本固有の呪術と呼ばれる技能と退魔剣として
その技を鍛え上げてきた剣術。これらの日本本来の魔法技術を扱う者達を統括するのが、
関西呪術協会である。
名前の通りこの組織は関西、西を中心として活動をしている組織であり、古くは朝廷と
の間にも深い繋がりをもっており、その関係により組織の上層部を運営しているのは遡れ
ば公家や皇家の血縁者も多い。
古きに重きを置き、伝統を絶やす事なく受け継いできた組織である。
そして、もう一つが西欧を中心に発展を遂げてきた精霊を使役する魔法や童話などにも
登場する魔女が扱う毒薬の様に魔法薬と呼ばれる薬の製造技術などで発展を遂げた魔法使
いと呼ばれる者達を統括しているのが関東魔法協会と呼ばれる組織である。
魔法と呼ばれる技能の始まりは何処であったか、それはハッキリとは判明していないが
それは呪術も同じであり、互いに不可思議な術を扱うという点では同じである。
まあ、普及の度合いで言えばその軍配は魔法にあがるわけではあるのだが。
魔法使い達を統括する関東魔法協会は複数人の理事と呼ばれる魔法使い達によって構成
されており、彼らが日本における魔法使い達へ様々な指示等を出している。
その関東魔法協会において理事を務める人物の一人の名を近衛近右衛門と言う。
近右衛門はその血筋から言えば関西呪術協会のトップに立つに足る人物であるのだが、
近右衛門に呪術だけでなく類稀な魔力と精霊を使役する能力があったため紆余曲折を経て
魔法使いの側に立つ事を決めた人物である。
彼が魔法使いの側に着く際には日本の裏社会事情を根本から揺るがす大事件があったり
したのだがここでは割愛させていただく。
そして魔法使いの側に立つ近右衛門であるが、先にも述べた様に彼は関東魔法協会にお
いて理事を努めており、加えて日本における魔法勢力の最大の拠点である麻帆良学園都市
の理事長をも務め上げている。既に老齢と呼ばれる域に達しており、その特異な相貌から
親しい者達からは『ぬらりひょん』と揶揄される近右衛門だが、理事と理事長という二足
の草鞋を難なく履いている事からその才覚は確かなものなのであろう。
そして現在、近右衛門は自身の執務室にて一枚の書類に目を通していた。
それは麻帆良学園都市が保有する図書館島―一学園都市には凡そ似つかわしくない程に
巨大な大図書館――を管理する人物を一人派遣して貰いたいと魔法世界の知人に頼んだ所
こちらに派遣される事となった人物の簡易的なプロフィールだった。
「ルキス・ヴァレリー・ココロウァ。ふむ、ネギ君と同時期に修行にやってきたアンナ君
の兄であり、あのミアミル大図書館で魔導書を担当している司書か。随分と豪勢な人物を
送ってきてくれたものだ」
長く伸びた髭を弄りながら近右衛門は窓の外を眺める。
麻帆良学園都市の象徴とも言える雄大な樹と湖に浮かぶ孤島の上の図書館があり近右衛
門はその二つを視界に入れながら笑う。
「まあ、ミアミル大図書館程ではないが図書館島にも魔導書はあるからのう。折角派遣し
て貰えたのだから有意義に働いてもらわねばな」
◆◆◆◆
ルキスは呆然としていた。
ジョンから渡された地図と紹介状を頼りに何とか麻帆良学園都市にたどり着いたのは良
いのだが、まさかここまで広大な敷地を有しているとは思ってもいなかったのだ。
「……そうだよな、都市だもんな。いや、まあ俺の想像が足らなかったというだけの事。
しかし、近衛理事長の執務室にはどうやっていけばいいのか」
そうして迷いに迷った結果、ルキスは地図を片手に麻帆良学園都市の入り口付近で立ち
尽くしているというわけである。
「それにしてもさっきからチラチラと視線が煩わしいな。耳とかは隠せている筈なんだが
なあ。どこか可笑しいのだろうか」
そう呟くルキスの現在の格好は春先という事もあり、青のジーンズに半袖のシャツ、そ
の上から薄手の黒いコートを羽織っている。そういったお洒落な格好に加え、麻帆良学園
都市が国際色豊かとは言え、外国人の顔立ちに整った相貌のルキスは黄色い声的な意味で
目立っている事を彼は理解していなかった。
さて、どうしたものか、とルキスが思考している時だった。
遠くから自身を呼ぶ懐かしい声が聞こえてくる。
ツイと視線をやれば奥からとてもよく知っている少女が見慣れぬ制服を着てこちらに駆
け寄ってきていた。
「あーー! やっぱり兄さんだ!」
「アンナ。……久しぶりだな」
魔法の手紙越しではない久々の兄妹の再会にルキスは軽く微笑み、アンナもルキスの胸
に飛び込み、再会の喜びを体全体で表現していた。
「久しぶり、兄さん! こっちに来るって手紙を貰った時は驚いたわ。でも、嬉しい!」
そう言ってクルリと回るアンナにルキスも微笑みを返す。
「俺も久しぶりに会えて嬉しいよ。それにしてもよく俺が此処にいるって分かったね。来
るという事は伝えていたけどそれ以外は何も言ってなかったと思うんだけど? ……それ
にその制服は?」
ルキスの疑問にアンナは、ああ、その事、と笑う。
「あのね兄さん、此処はメルディアナと同じ魔法使いの拠点なの。だからそれなりに結界
があってね。魔力とかを感知して教えてくれるようになっているのよ。兄さんが今日来る
って事は知ってたし、兄さんは招かれてるから麻帆良学園都市には正規のルートで入って
くるでしょ? だから正規のルートで魔法関係者が来たら教えてもらえる様に頼んでおい
たの。……それに此処って異様に広大だからきっと兄さんも呆然としているだろう、と思
ってね。後、この制服はこっちに来た時に理事長から魔法の修行とは言え、君はまだ11歳
なんだから学校にも行ったほうが良いって言われちゃって」
「……なるほどね。それにしても凄いなアンナ。制服の事は置いておいて、俺が此処に来
てから呆然としている所までご明察だよ。じゃあ、折角だから近衛理事長の所まで案内し
て貰えるかな?」
アンナは胸をドンと叩いて快活な笑みを見せ、
「まっかせて!」
そう言った。
◆◆◆◆
麻帆良学園都市にある麻帆良女子中学校、そこに近右衛門の執務室はあった。
「何故、理事長の執務室が女子中学校にあるんだ……」
「兄さん、それは突っ込んだら負けよ。……ちなみにこの中学校は今、私が通っている学
校でもあるのよ」
「ん? お前の歳なら中学校ではなく小学校じゃあないのか?」
ルキスの言葉にアンナは頬をふくらませる。
「兄さん、私はもう11歳なのよ。今から小学校じゃ直ぐに卒業じゃない。それにメルデ
ィアナでは魔法以外の勉学もあるんだから中学校でいいのよ」
「はは。悪い悪い」
兄妹での談笑をしながら歩いているうちにようやく執務室の前にたどり着く。
ルキスは軽く身だしなみを整え、扉をノックしようとする。
「あ、兄さん。一応言っておくね。理事長見ても決して攻撃しないでね」
「は?」
ルキスがアンナの言葉の意味を問う前に既に拳は扉をノックしてしまっていた。
「どうぞ」
中から入室の許可がでる。
こうなると直ぐに入らないと失礼になってしまうのでルキスは失礼します、と言い扉を
開け、つい反射的に懐にある本に手を伸ばしかけてしまった。
それはひと目見ただけならば人外と判断しても可笑しくはない容姿だったからだ。
長く伸びた髭、これはまだいい。
ツルリとした頭、これもまだいい。
だが、なんなのだろうか。
あの、長く長く後ろに伸びた後頭部は。
あんな人類がいる筈もない。
いてたまるか。
「……その人外を見るような目やめてもらっていいかのう。なんか儂の心がガリガリ削ら
れていくんじゃが」
老人、近右衛門の言葉でようやく正気に戻ったルキスは懐の本から手を放し、近右衛門
に対し、頭を下げる。
「す、すいません。その、あまりにも特徴的な頭部だったものでつい警戒してしまいまし
た。近衛近右衛門理事長、ですよね?」
「疑問形やめてくれるかのう。それと君、結構ゴリゴリ儂の精神削ってくるのう」
近右衛門も妙な視線で後頭部を凝視されるのは慣れているのか苦笑し、咳払いを一つ。
「ようこそ麻帆良学園都市へ、ルキス・ヴァレリー・ココロウァ君。儂が此処の理事長を
務めさせてもらっている近衛近右衛門じゃ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします。……こちらでの私の仕事は図書館島という場所の司書長
との事ですが、その、図書館島というのは?」
ルキスの言葉に近右衛門はクイと窓の外を指さす。
それに従い、視線を外に移したルキスは再び呆然とする事となった。
大きな湖に浮かんだ孤島。
その上に立てられた大きな建造物。
建物に入るには孤島と学園を繋ぐ一本の橋を渡るしか無いという一歩間違えれば陸の孤
島と化すであろう立地。
「まさか、あれが図書館島ですか? こっちに着いた時に遠目から見ましたが、まさかア
レが図書館とは……」
そう呟くルキスに近右衛門は悪戯が成功した童子の様に笑みを浮かべ、
「驚いてもらえて何よりじゃ。そう、あの建物こそ我が麻帆良学園都市が誇る大図書館。
図書館島じゃ。まあ、君の働いていたミアミル大図書館よりは些か小さいがのう」
「……まあ、彼処と比べればどんな図書館も小さいですよ。しかし、それにしても予想以
上に大きい事に吃驚しましたよ」
ルキスは一旦言葉を切り、真っ直ぐに近右衛門を見る。
「それで理事長。私を図書館島の司書長として迎えるという事は『そういう本』の扱いが
あるという事で良いんですね?」
そう、ただの図書館の管理ならばルキスでなくとも幾らでも雇える人間はいる。
そのような中でルキスのような人間を雇うという事はそれなりの理由があるという事。
「……無論。これが我が図書館島に保管されている魔導書のリストじゃ。軽く目を通して
欲しい」
近右衛門はデスクの上から書類の束を取り出し、ルキスに手渡す。
ザッと目を通しながら、ルキスはホウ、と感嘆の声を漏らした。
「いや、素晴らしい。格の高い魔導書がここまであるとは。……ほう、メルキセデクの書
の原本もあるのか。これは珍しい。ミアミルにあるのは写本ですからね。是非に読んでお
きたい所」
書の名前と魔導書の格を確認しながらそう呟く。
「で、どうかね。管理できそうかね?」
少々挑発的な近右衛門の問にルキスは不敵な笑みを浮かべ答える。
「無論です。私はミアミル大図書館所属魔導書管理部の司書です。こと、魔導書の管理に
関してはそれなりの腕であると自負しております」
ルキスの顔は真剣そのものであり、それを見た近右衛門はこの青年が此処に招いてよか
ったと思った。
◆◆◆◆
「ここで働く上で留意してもらう事はこの程度かのう」
近右衛門より麻帆良学園都市という場所に関するアレコレを聞き、ルキスは席を立つ。
「色々とお教えいただきありがとうございました。一先ずではありますが働く事に問題は
なさそうです。……最終確認なのですが、図書館島の管理は私に一任していただけるので
すね?」
念を押すような確認に近右衛門は少々嫌な予感がしたが、ここは先の真剣な表情のルキ
スを信頼した自分の勘を信じようと思い、頷く。
「わかりました。では明日から早速仕事に入らせて頂きます。……あ、一つ確認し忘れて
いたのですが私は何処で寝泊まりすればよいのでしょうか?」
ルキスのその言葉を待っていたと言わんばかりに近右衛門の瞳が怪しく光る。
「ルキス君、実は言い難いのじゃが今は職員寮が満杯でのう。で、ものは相談なんじゃが
君、女子寮の管理人もする気はないかのう?」
「うぇえぇ!?」
ムフフ、と笑う近右衛門。
驚きの声を上げたのはルキスではなく共にいたアンナだった。
近右衛門はチラリとルキスを見る。
是非、彼にも彼女のような反応をして貰いたい。
そう思ったのだが。
「なるほど、わかりました。図書館島にも司書室くらいあるでしょうからそこで寝泊まり
させていただきます」
しかし、ルキスは近右衛門が望むような反応をする事なく部屋を出て行こうとする。
「ふぉ? いやいや彼処は生活には適さぬじゃろうて」
「いやいや理事長ボケにはまだ早いですよ。その長い後頭部に詰まってる筈の脳みそで考
えても見てくださいよ。何処に20前の野郎に女子中学生達が寝泊まりする寮の管理人を
任せようとする教育者がいるんですか」
言葉の棘が近右衛門に刺さる。
「いや、でも流石に図書館島で寝泊まりは……」
あくまでルキスに女子寮も任せたいのか中々に食い下がる近右衛門にルキスは大きく溜
息を吐き、
「わかりました。引き受けましょう……なんて言うと思いましたか?」
冷ややかな視線を浴びせる。
これは流石に無理か、と悟った近右衛門も遂に折れた。
「分かった。分かった。もう言わんわい。じゃが図書館島での寝泊まりは止めて欲しい。
こちらで君の住居を用意するからそれで手を打ってくれんか」
近右衛門の譲歩にルキスもまあ、それなら良いかと納得した。
「わかりました。ではそれで」
「あ、兄さん。えーと理事長失礼します」
部屋を出ようとしたルキスに続くようにアンナもペコリと頭を下げる。
そして、扉がしまろうとする時だった。
「ルキス君」
近右衛門の真面目な声がルキスの背中にかかる。
その真剣さにルキスとアンナは足を止め、近右衛門を真っ直ぐに見る。
そして、近右衛門の口が開き、飛び出した言葉は。
「君、儂の孫とお見合いする気ないかのう?」
果てしなくどうでも良い物だった。
この時、ルキスは思わず懐の本を取り出し、大声で叫んでしまった。
「切断!」
ビュン、と風切り音がしたかと思えば近右衛門のデスクが真っ二つに割れた。
「ふぉおおおおお!?」
突如として割れたデスクに驚く近右衛門を後にし、叩きつける様に部屋を出て行った。
◆◆◆◆
「……兄さん」
「どうしたアンナ」
先ほどの苛烈な行動にアンナは恐る恐るといった具合に兄に話しかける。
返ってきたのは先のような苛烈な兄の顔ではなく、いつもの優しげな兄の顔だった。
それを見て安心したアンナはルキスの前に立ち、華のような笑みを浮かべ、
「ようこそ、麻帆良学園都市へ!」
そうルキスを迎えてくれた。
何とか投稿できました。
これから麻帆良編の開始です。やるぜー、超やるぜー。まあそんなに更新は速くないですが。
次回から色々な人物と絡ませていきたいと思います。
まずは図書館島といえば……。
それではまた次回。
アーニャ可愛い。