図書館島の司書長様   作:粗製リンクス

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第四話

 綾瀬夕映は目の前の光景に理解が追い付いていなかった。

 自分が最も慣れ親しんでいるとも言える本、その本のページがさながら一つの軍団の様

に空を舞い、お伽話やゲームに出てくるような炎の矢や雷の嵐とぶつかり合い、鎬を削っ

ているのだ。

 

 この光景を生み出しているのは二人の男性、一人は自分のクラスの担任である高畑・T

・タカミチ。もう一人はつい最近に図書館島の司書長としてやってきたルキス・ヴァレリ

ー・ココロウァ。ルキスの方はこれもまたつい最近に転校してきたアンナの兄との事だが

そんな些細な事は今はどうでもいいことだった。

 

 夕映は何故、自分がこのような奇々怪々な光景に直面する事になってしまったのかを思

い返した。

 その日はいつのもの様に図書館島に足を運び、新しく読む本を探していた。

 いつもなら綺麗に掃除された司書用の椅子に座っている新しい司書長の姿が見えない事

に疑問を覚えながらも、まあ何かしら別件の仕事が入ったのだろうと思っていた。

 

 そして夕映は本を探している内に見つけてしまったのだ。

 それはいつもなら決して読むことの無いジャンルの本が収められている本棚がある場所

だった。

 

 そこには本棚だけでなく立入禁止という掛札が掛けられている扉もあった。

 立入禁止というのはその奥にあるのは何かあるのではと思い、その奥に入りたくなるの

が人間という者である。

 

 夕映もまた例に漏れず、その奥が気になってはいたが、その扉には重厚な鍵が取り付け

られていた為、扉の奥に何があるのかを知る人間はいなかった。

 

 そう、それだけなら良かった。

 この時、夕映は見てしまったのだ。

 

 扉の鍵を開け、奥に入っていく人影を。

 扉の奥に消えていく人影、誰も見たことの無い扉の先。

 夕映は自身の中の好奇心が疼くのを感じ、キョロキョロと周りを見渡し、誰も見ていな

い事を確認すると、物音を立てない様に扉の先へと足を踏み入れた。

 

 結論から言うならば扉の奥には何も無かった。

 そう、何も無かったのである。

 目の前には図書館島をグルリと囲んでいる湖と、申し訳程度に設置されたベンチがある

だけで、ベンチには先ほど見えた人影、司書長のルキスが腰掛け、静かに本を読んでいる

だけであった。

 

「……立入禁止と言うから期待したのですが。司書用の休憩スペースというだけですか。

ちょっとガッカリです」

 

 ちょっとどころではなく心底ガッカリした、といった様子で夕映は肩を落とし、元来た

道を戻ろうとし、扉に手をかけた時だった。

 

「何の用だい? 僕は帰ってきたばかりだから出来れば手短に済ませてほしいかな」

 

 奥から姿を表したのは出張という事で学校の外に出ていた夕映のクラスの担任でもある

タカミチだった。タカミチの目元には軽い疲労からか隈らしきものが見える事から疲れて

いる事は確かのようだった。

 

 夕映は何となくではあるが聞いてはいけないプライベートな話なのかな、と思い扉を静

かに閉じようとしたが、次に聞こえたルキスの言葉にその動きは止まってしまった。

 

 ルキスは読んでいた本を閉じ、懐にしまい一呼吸し、

 

「高畑・T・タカミチ。貴方の所持する魔導書をこちらに渡していただきたい」

 

 魔導書、それはよくファンタジーなどに出てくる不思議な力を持つ本の事だろうか。

 夕映は自身の中の好奇心を抑える事ができず、ルキスとタカミチ、二人から見えない様

に扉に入り、軽く顔だけを出し様子を窺う事にした。

 

 ルキスの言葉に先ほどまでの苦笑いを浮かべていたいつものタカミチの姿は消え、そこ

には何処までも冷たい瞳をした一人の男が立っていた。

 

「……理由を聞いてもいいかな?」

「目元の隈。それ、単なる疲労じゃありませんね? 貴方程の実力者ならば分かっている

筈。貴方、魅入られましたね?」

 

 タカミチは嗤う。

 

「ああ、やっぱり分かっちゃうかあ。そうだね、これは素晴らしいものだ。魔法を扱う才

を一切持っていなかった僕が魔法を使えるようになるほどなのだからね」

 

 タカミチは愛おしそうに本の表紙を撫でる。

 それは一種の愛の様にも見える。

 しかし、それは狂った愛だ。

 

 タカミチの瞳に剣呑な光が宿り叫ぶ。

 

「これを僕から奪うというなら何者であろうとも容赦はしない。これがあれば僕は完璧な

魔法使いなんだ。もう、誰にもオチコボレとは言わせない。もう誰にも赤き翼のオマケだ

なんて言わせない。ああ、言わせない。言わせないぃぃぃ!」

 

 それはルキスにはもう語っていなかった。

 陶酔。

 そう表現するのが一番だった。

 

 ルキスは大きく溜息を吐き、

 

「まあ、魅入られた人間が魔導書を手放す事は無いってのは分かってたけどね」

 

 と漏らし、懐から一冊の本を取り出した。

 

「職務を全うさせてもらおう。魔導書管理官、ルキス・ヴァレリー・ココロウァ。これよ

り対象、高畑・T・タカミチの所持する魔導書の管理、ないし焚書を執行する」

 

◆◆◆◆

 

 ぶつかり合う魔力と魔力。

 余波で先ほどまであった筈のベンチは既に見る影もない。

 

 タカミチは愉しそうに嗤いながら本を片手に魔法の詠唱をし続けていた。

 

「これが魔法! こんな解放感は今まで感じる事はなかった! ズルいよねえ、ナギさん

達はこんな楽しい事をずぅっとやってきたんだから!」

 

 嗤い、嘲笑い、哂う。

 

 その姿には普段のタカミチの面影はどこにも無く、ただただ酷薄な笑みを浮かべる。

 

「ああ、そうだ! これで僕は本当に英雄になれる! 見てくれ! この魔法を! 評価

してくれ! 僕は立派な魔法使いだと!」

 

 タカミチが独白する度に彼の持つ魔導書はその暗い輝きを増し、更に上位の魔法を扱い

始めた。

 

「そら雷の暴風! 春の嵐! 果ては氷爆まで何でも出来る!」

 

 雷が、魔力で形作られた花弁の嵐が、氷塊が。

 タカミチが魔法の名を言う度に現れ、ルキスに襲いかかるが、魔法の威力よりもルキス

の気を引くのは魔法を発動している方法だった。

 

 タカミチは精霊と語る才能を持っていない為に見えないのだろうが、通常の魔法使いよ

りもそういった存在を感知する力に秀でているルキスにはハッキリと見えていた。

 

 魔導書から伸びる黒い腕が周囲の精霊を手当たり次第に捕まえ、捕食している光景が。

 

 黒い腕に捕まり、捕食されていく精霊の叫び声が木霊する。

 末期の叫びにルキスは顔を顰めながらも、手に持った本から離れたページに魔力を通す

事でページを盾の様にしながらタカミチの魔法をいなしたり、防いだりする。

 

 ぶつかり合う力と力。

 それらはさながら花火の様に光と爆音を生む。

 

 爆発の余波で服をはためかせながらルキスは舌打ちする。

 

「魔導書に魅入られすぎだ……っ。管理は不可能か!」

 

 魔導書から再びページが一枚、一枚、飛び出しルキスの周りを旋回する。

 ルキスはそれらの一部に魔力を流し、本のページを核として魔力で編まれた剣群を造り

だし、それらの制御に意識を集中する。

 

「面白い技だね! しかし君も魔導書を使っているじゃないか! 僕の魔導書をどうこう

する前に自分の本を焚書した方がいいんじゃないか?」

 

 タカミチの言葉にルキスは言葉を返す事はせずに剣群をタカミチに向けて射出する事で

その答えとした。

 

「ははは、そんな薄っぺらい攻撃じゃあ僕の魔法を貫く事は出来ないよ」

「貫く必要なんて無い。何故なら……」

 

 ルキスはそう言うと、ページに通していた魔力をカットし、剣群を消す。

 魔力を切られたページ群はひらひらと宙を舞い、タカミチを囲う様に地に落ちた。

 

「これで終わりだからな」

 

 地に落ちた魔導書に光が灯り、魔法陣を完成させていく。

 

 描かれるのは未知の言語で構成された陣だった。

 

「クソっ、動けない!?」

 

 光は輝きを増し、タカミチを拘束し続け、魔法陣から獅子の形をした光がタカミチを貫

いた。

 

 タカミチを貫いた光が消え、その場には倒れ伏したタカミチと彼の手から離れた魔導書

が地面に転がっていた。

 

 ルキスは魔導書に近づき、処分の為に軽く炎の魔法を唱える。

 魔法の火が魔導書へと届こうとした瞬間、地面に転がっていた魔導書が宙に浮かぶ。

 

 魔導書は誰かが持っている訳でないのに勝手に開き、黒い輝きを放ち、輝きが収まった

時にはそこには魔導書ではなく一人の男が佇んでいた。

 

 男は瞳がいくつも付いているかの様な黒いフードを目深く被っている為に素顔を窺い知

る事は出来ないが、少しだけ覗いている口元が大きく弧を描いているのが見えた。

 

 男はくすくすと笑いながら、ルキスの方を見る。

 

「……今回ハココマデ。マタ会オウ」

 

 男がそう言って消えると同時に宙に浮いていた魔導書も燃えて無くなった。

 

◆◆◆◆

 

 とんでもないものを見た。

 

 それが夕映が抱いた感想だった。

 常日頃から此処、麻帆良学園都市でデスメガネと呼ばれながらも一応は教師であったタ

カミチと新しくやってきた司書長であるルキスの超常の戦いは夕映にかつてない興奮を齎

していた。

 

「あれは魔法なんでしょうか。取り敢えずは常識では考えられない力。凄い」

 

 興奮冷め切らぬ様子で夕映は自分が見た光景について思い返していた。

 その光景はいつしか自分が魔法を扱う姿に変わっており、華々しく魔法を放つ自分を想

像し、夕映は笑みを浮かべていた。

 

「確か、魔導書って言ってましたよね。今度、色々調べてみましょうか」

 

 夕映はそう結論付けてその場を離れようとしたが、

 

「済まないけどそうはいかないんだよね」

 

 後ろから声をかけられた。

 バッと振り向くと、そこには気絶したタカミチを背負ったルキスが立っていた。

 

「え、あ」

 

 声が出ない。

 

「見られているな、とは思っていたけどまさかアンナと同じ学校の子とはねえ」

 

 やれやれと首を振りながらルキスは先のタカミチとの戦いで使っていた本を取り出すと

夕映を真っ直ぐと見据える。

 

「だ、誰にも言いません」 

「まあ、その言葉を信用したいんだけどね。残念だけど秘匿を第一とするのが魔法の掟。

悪いけど今日見た事は忘れてもらうよ。なあに、次に目が覚めたら君は再び日常に戻って

いるだけのこと。こんなヤクザな世界に憧れる必要は無い」

 

 ルキスの本が光った瞬間に夕映の意識は真っ暗になった。

 

「……んぅ、ここは?」

 

 夕映が目を覚ました時、そこは図書館島内の読書スペースだった。

 

「あれ、何で私はこんな所で寝ていたんでしたっけ?」

「学生さん。そろそろ閉館の時間なんですけど」

 

 何故、こんな所で寝ていたのか、それに関して記憶を探っていると、図書館島の司書長

であるルキスから声をかけられた。

 

 ふと大時計に目をやると既に時刻は午後5時を指していた。

 

「もうこんな時間!? 今日は確か私が食事当番だったはずです!」

「後は片付けておきますので」

 

 ルキスはそういって笑い、夕映に帰りを促す。

 そのルキスの顔を見ていると何かが引っかかるのだが、ルームメイトが待っているとい

う事から夕映はその思考を放棄し、急ぎ荷物を片付け、小走りで図書館島を後にした。

 

 閉館となり、人がいなくなった図書館島でルキスは一人笑みを浮かべる。

 

「久々の記憶処理魔法だったが上手くいくものだ」

 

 先ほどの夕映の記憶を消してからのルキスは忙しかった。

 気絶したタカミチを近右衛門に頼み、魔法使いが常駐している保健室へと転送して貰い

先の戦闘で壊れた箇所を違和感の無い様に修復し、記憶処理魔法によって眠っている夕映

を読書ルームへと運ぶなどである。

 

 ようやくゆっくり出来るとルキスが深く椅子に腰掛けた時だった。

 頭上に影が生まれたかと思えば、見目麗しい金髪の少女がルキスの目の前に現れた。

 

「……中々見事な腕前だったなあ」

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。真祖の吸血姫」

 

 真祖の吸血姫。

 それはその名の通り人の生き血を吸う事を糧とするれっきとした人外。

 

 幼い外見ではあるが、それは彼女の時が止まっているからであり、彼女の実年齢はルキ

スなど足元にも及ばぬほどの歳月を生き抜いてきた女傑である。 

 

 エヴァンジェリンはその幼い外見に似合わぬ不敵な笑みを浮かべるが、それが不思議と

似合っているのがこのエヴァンジェリンという少女の魅力の一つなのかもしれない。

 

 そんな適当な事を考えながらルキスはエヴァンジェリンに訪問の理由を尋ねる。

 

「何、タカミチの奴が無様にも魔導書に魅入られ、これを件の司書長様が解決に乗り出し

たと耳にしたからな。……先の戦い見せて貰った」

 

 中々じゃあないか、と言いながらもエヴァンジェリンの顔は真剣だった。

 

「社交辞令はその程度で。それで天下の吸血姫が何の用ですかね?」

「……そうだな。本題に入ろう。貴様の魔導書は呪いの解除は出来るか?」

「解呪? 残念ながらそういった事は出来ませんね」

 

 ルキスの言葉にエヴァンジェリンはあからさまにガッカリしたという表情を浮かべ、

 

「そうか。ならいい。……それともう一つ、貴様の持つ魔導書、もしや名前は……」

 

 エヴァンジェリンは最後まで言葉を繋ぐ事が出来なかった。

 何故ならルキスが魔導書を開き、ページを飛ばしてきたからである。

 

「その名を思考してはいけない」

 

 剣呑な光を宿したルキスの瞳にエヴァンジェリンは心底楽しそうに笑う。

 

「ジジイも厄介な奴を雇ったものだ。貴様がどうなるか些か興味が沸いた。まあ、今日の

所はこれで失礼するよ」

 

 そう言って再び闇に溶け消えていった。

 

「はぁーーーーっ、やっぱり長生きをしてる奴は知識もあるって事か。面倒な事にならな

ければいいが。まあ、真祖の事はどうでもいい。問題は高畑さんが持っていた魔導書だ。

あれはそんなに格が高くは無い筈なのに意識が顕現するほどの力を持っていた」

 

 ルキスはそこまで考えた辺りで頭をガシガシと掻き、思考を止める。

 

「止めだ、今日はつかれた。考えるのはまた今度だ」

 

 そういってルキスは自身に用意された家へと帰る事とした。

 

◆◆◆◆

 

 そこは質素な部屋だった。

 簡素な机と椅子があるだけで凡そ人が生活出来る空間ではない。

 

 そんな部屋に白スーツの男はいた。

 

 男はグラスに注がれたウィスキーを飲みながら、笑っていた。

 

「……戻ったか」

 

 白スーツの男がそう言うと、男の背後にはいつの間にかタカミチの持っていた魔導書が

浮いていた。

 

 男は魔導書を手に取ると、それを自身の胸に押し当てると魔導書はズブズブと男の中に

溶けこむように消えた。

 

「ふぅむ、取り憑かせた奴に魔の才能がなさすぎたか。彼の力がまったく見えなかったじ

ゃないか。……次の手を考えるか」

 

 白スーツの男はそう言うと残っていたウィスキーを一息に飲み干し、パチンと指を鳴ら

すと、男の足元に転移魔法陣が現れる。

 

「もっと、もっと彼に力を使わせなければ。その先にこそ我が大望成就は成るのだから」

 

 空虚な笑い声と共に男の姿は消え、残されたのは男がそこにいたという証であるグラス

だけだった。




ようやくのバトル描写。短くてすいません。
まあ、ようやく序章が終わりと言った所でしょうか。
次のバトルはもう少し内容を濃くしたい所です。

それではマタ次回。

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