図書館島の司書長様   作:粗製リンクス

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第五話

「桜通りの吸血鬼って知ってる?」

 

 その日も変わることなく図書館島で勤務していたルキスの下に放課後になって駆け込ん

できたアンナの第一声がこれだった。

 

 ルキスはパソコンに映る蔵書管理システムの画面から視線を外し、若干の呆れの色を混

ぜ、アンナを見る。

 

「桜通りの吸血鬼? なんだいそれ?」

 

 もっぱら図書館島に籠もって仕事をしているルキスは外の噂には疎いようであり、アン

ナが話す桜通りの吸血鬼に関しても今、初めて耳にした。

 

 そんな兄の予想通りの返答にアンナは通学カバンから学校新聞の切り抜きを取り出し、

ルキスに渡した。

 

 渡された記事は良くも悪くも学生のものといった様子だった。

 憶測やその時の状況から現場の映像もイラストで描かれており、そこには古典的な吸血

鬼が桜吹雪とともに夜空を駆けていた。

 

「…………なんだこれ」

 

 それが記事を見たルキスの感想だった。

 

「なにって吸血鬼?」

「アンナ、そんな事を言っているんじゃないよ。いくら麻帆良学園都市が魔法使いの都市

とは言え吸血鬼なんていう超常の存在の噂の流布を一般人に届くまで放置しておくとは思

えないという事だ」

 

 ルキスの指摘にアンナも確かにそのとおりだ、と思った。

 

「……じゃあ、これはあえて流してる噂ってこと?」

 

 アンナはパッと自身の頭に浮かんだ推測を口にする。

 その推測にルキスは笑みを濃くし、アンナの頭を撫でる。

 

「すぐにその考えに辿り着くのは凄いな。……まあ十中八九そうだろう。だからアンナは

この件に関わろうなんてしないで静観しているといい。すぐに収まるだろうから」

 

 ルキスの言葉にアンナはだらだらと冷や汗を流し始める。

 

「……まさか」

「もう、ネギが動いちゃってまーす」

 

 ルキスはそんな妹の言葉に天を仰いだ。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 麻帆良学園都市にある広大な森の一角にそのログハウスはポツンと建っていた。

 そこは麻帆良学園都市で生活をする魔法使いたちにとって禁足地といっても過言では無

い建物だった。

 

 その建物の主の名をエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う。

 彼女はとある理由から15年ほど前にから麻帆良学園都市で生活をしている。

 

 そんな彼女の正体は真祖の吸血姫という人の理から外れた存在であり、その首には莫大

な額の賞金がかけられる程である。

 

 そんな彼女が何故、麻帆良学園都市にいるのか、それに関してはネギの父であるナギが

深く関わっているのだが、今は割愛する。

 

 さて、そんなエヴァンジェリンだが、現在彼女は一人でワインを傾けていた。

 優雅にワインを嗜むその姿は見た目の童女姿に反し堂に入ったものだった。

 

「ふぅ」

 

 ワイングラスから口を放し、エヴァンジェリンは机の上に置かれた一枚の書状に視線を

落とした。

 

 手紙の差出人は近衛近右衛門。

 麻帆良学園都市の事実上のトップだった。

 

 手紙にはとある密約を持ちかけるものだった。

 

 エヴァンジェリンはその手紙を不機嫌な眼差しで見る。

 

「ふん。ジジイめ。相も変わらずのたいした謀略家っぷりだ。こちらの欲するものを満た

し、尚且つ自身の目的も満たす。まあ、そうでなければトップなどにはなれんか」

 

 手紙にはエヴァンジェリンには桜通りの吸血鬼として噂を立てて欲しいという事が書か

れ、一人の死者も出すことなく無事に終える事が出来ればエヴァンジェリンに掛けられて

いる呪いを解く事の出来る人物に関する情報を提供するというものだった。

 

 この報酬はエヴァンジェリンにとっては喉から手が出るほどに欲しているものであり、

彼女は近右衛門の指示に従うという屈辱と報酬を天秤にかけ、後者を選んだ。

 

 それでも溜飲は下がらず、彼女は桜通りの吸血鬼を演じる度にワインを飲んでいた。

 

「茶々丸のやつ、遅いな。つまみの材料が無いから買ってくると言ってもう一時間だぞ」

 

 つい、と壁にかかっている時計に目をやり、出かけていった自身の従者である茶々丸が

帰ってこないことに不満を漏らす。

 

「……まあ、直ぐに帰ってくるか」

 

 そう自身の中で結論付け、エヴァンジェリンは再びワイングラスに手を伸ばした。

 

 しかし、この日茶々丸は帰ってはこなかった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 エヴァンジェリンの従者、絡繰茶々丸は主、エヴァンジェリンと同じく人間ではない。

 その正体はガイノイドと呼ばれる精巧に造られた機械である。

 

 しかし、彼女には自身の意思とも言えるものがある。

 意思を持つ機械を機械と言っていいのかは分からないが、少なくとも茶々丸は自身を機

械であると認識している。

 

 しかし、彼女にはある悩みがあった。

 それは自身を造り出したある少女が言った言葉。

 

『もっと人間らしく』

 

 機械である自分に人間らしくとはどういった事なのか、当然茶々丸は尋ねた。

 しかし、少女はそれに答えることはなく、曖昧に笑い、

 

『それを知るのは貴方の課題』

 

 と言った。

  

 そうして彼女は紆余曲折を経て、エヴァンジェリンの下に預けられ従者として暮らしな

がら人間らしさとは何かに日々考えを馳せていた。

 

 その日も、茶々丸は家でワインを嗜む主人の為につまみを作ろうとしていたのが、材料

が切れていることに気づき、近場のコンビニまで足を運んでいた。

 

「あっざしたぁー!」

 

 コンビニの店員の言葉に見送られた茶々丸の両手にはつまみの材料が入った袋が下げら

れていた。

 

 いち早く主人の下に帰ろうとした時だった。

 

「そこのお嬢さん」

 

 声をかけられた。

 

「そこの緑髪のお嬢さん」

 

 自身の身体的特徴を言われ、茶々丸はようやく自分が呼ばれている事に気がつき、そし

て同時に違和感を覚えた。

 

 そこには白い男が立っていた。

 男は服と同じ真っ白な山高帽を目深く被っておりその素顔を窺う事はできない。

 

 ただ、微かに覗く口元は三日月のような弧を描いていた。

 

 ガイノイドである茶々丸には各種センサーが搭載されており、そこには魔力を感知する

ものもある。

 

 つまり、何者であろうと茶々丸にある程度近づいた者はその存在を彼女に捕捉される筈

なのである。

 

 しかし、声をかけて来た白い男はそれに一切反応がなかった。

 その事実に茶々丸は警戒度をあげる。

 

「なにか御用でしょうか?」

 

 いつでも応戦できるよう姿勢を変えながら茶々丸は男の言葉に応じた。

 

「用がなければ話しかけないさ。お嬢さん、本はいらんかね?」

 

 白い男はそう言って一冊の革張りの本を茶々丸に差し出した。

 茶々丸は差し出された本を訝しげに見て、そして視線を外した。

 

「結構です。知らない人から物を貰ってはいけない、と言われていますので」

 

 それでは失礼します、と踵を返そうとした時だった。

 

「人間とは何かを知りたくはないか?」

 

 そんな言葉が聞こえた。

 茶々丸の歩みが止まる。

 

「人間らしく、とはどういうことか知りたくはないかね?」

 

 聞いてはいけない。

 自身のAIが警告音を発している。

 

 しかし、AIではない何かが茶々丸の足をその場に繋ぎ止める。

 

「……貴方は知っているのですか?」

 

 気づけば茶々丸は言葉を発していた。

 

 その言葉を待っていた、と言わんばかりに白い男の口元は先よりも更に深く弧を描く。

 

「私は知らないさ。だが、この本は知っている」

 

 先ほどの本を茶々丸に向ける。

 

「その……本が……?」

「あぁ、そうだとも。君が望むのであればこの本を君にあげよう」

 

 人間らしく。それが彼女に与えられた課題。

 だが、いくらネットの海を調べても分からなかった。

 

 だというのに目の前の本には書かれているという。

 いつもならば与太話と切って捨てるが、茶々丸にはどうしてもその判断を下す事は出来

なかった。何かが彼女に叫ぶのだ。

 

 あれを手にしろ、と。

 

 ふらふらと誘蛾灯に引き寄せられるが如く、茶々丸はその歩を本に向け、進める。

 

「さあ」

 

 促されるままに茶々丸は本に手を伸ばし、

 

 触れた。

 

「おめでとう。これで君は人間らしくなれる」

 

 白い男はそう祝い(呪い)を残し消えた。

 

 残されたのは本を大事そうに抱えた茶々丸と、地面に投げ捨てられたコンビニの袋。

 そして、そんな彼女を照らす月だけだった。




ものすごくお久しぶりです。
就職し、ようやく生活リズムが作れてきましたので恥ずかしながらまた投稿していきたいと思います。少しでも皆様の楽しみとなれれば幸いです。

これからリハビリも兼ねてちまちまと書いていきます。
今回は短いですが、これから少しずつ長くしていきたいと思います。

それではまた次回。
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