ネギ・スプリングフィールドという少年に将来の夢は? と尋ねれば彼は十中八九こう
答えるだろう。
『父のような立派な魔法使い』、と。
これには彼の生い立ちに深く関係しているのだが、今は割愛させてもらう。
ここで重要なのは彼は『正義』というものに並々ならぬ思い入れがあるという事だ。
『正義』を成すことが魔法使いの本義であり、正義をなし続ければいつか父の背に
追いつくことが出来る、とネギは考えているのである。
そして現在、彼は桜通りに出没するという吸血鬼を追っていた。
ネギが吸血鬼が魔法関連であることに気がついたのは彼の受け持ち生徒である一人の
女生徒が襲われた時のことだった。
女生徒の噛まれた痕から僅かに感知できた魔力からネギは今回の吸血鬼騒動は魔法関連
である、と判断し日々、吸血鬼を捕縛するために奔走していた。
この日も、教師の仕事を終えるとネギは一目散に桜通りに向かい、何か痕跡は無いかを
周囲を虱潰しに調べていた。
「うーん。何でもいいから見つからないかと思ったんだけど何もないかぁ」
既に桜通りは何回も調べているのだが、吸血鬼に迫る品は何一つとして出てこない。
ここでネタばらしをするのであれば、本来であれば吸血を行っているエヴァンジェリン
はここらでワザとネギの前に姿を現し、彼と魔法対決を行い彼の成長に繋げる、という
のが近右衛門の考えた筋書きであったのだが、今は吸血鬼だけでなく強奪魔と化した茶
々丸という存在がその筋書きを滅茶苦茶にしていた。
そして、ネギは吸血鬼の調査に思考を傾け過ぎていた為につい最近から現れ始めた強奪
魔の事は何一つ知らなかった。
故に、
「こんばんは。いい夜ですね」
話しかけてきた黒いソレが何かを理解するのに時間がかかった。
一瞬ではあるが、思考が硬直したネギを見て、黒いソレ――茶々丸――はクスクスとお
よそ彼女らしからぬ笑みを零す。
「何を呆けているのですか? 私は今、挨拶をしたのですよ?」
クスクス、と笑い続けながら茶々丸は話す。
「あ、貴方は一体、何者ですか!?」
硬直から戻ったネギはありきたりでありながら聞くべきことを聞く。
「私、ですか? なんでしょうね。人間になりたい機械、とでも言えばいいのでしょう
か。いえ、これも何か違いますね。…………そうですね、ただの欲しがりです」
そう静かに告げた茶々丸はネギに向けて腕を伸ばす。
「ネギセンセイ、その背負っている杖クレマセンカ?」
◆◆◆◆
エヴァンジェリンは現在麻帆良学園都市に封印されている身であり、その魔力も本来の
彼女の魔力量を湖とすればコップ1~2杯程度のものである。
それでも彼女はその少ない魔力を惜しむこと無く使い、空を駆けていた。
目指すのは自身が吸血行為を行っていた桜通り。
そして、見えた。
黒い靄に覆われた自身の従者が。
その従者は今も何者か――ネギ・スプリングフィールド――を襲っているようだった。
「茶々丸!」
エヴァンジェリンの声に黒い靄はネギに向けて伸ばしていた手を止め、グルリと視界を
動かし、彼女を見る。
「マス、ター? …………私は、何、を?」
エヴァンジェリンの姿を確認した時、茶々丸を包む黒い靄が揺らいだ。
それを見たエヴァンジェリンは心の中で軽く安堵した。
(まだ、完全に取り込まれてはいない)
彼女がそのように判断したのは長年生きてきた経験、知識によるもので本当に魔導書に
心の髄まで取り込まれていれば、今のような反応が帰ってくる筈は無いからである。
「茶々丸、何をしているんだ?」
鋭く、刺すような言葉に茶々丸は硬直した。
「何、を? 私は、感情を……」
「それで、このザマか?」
エヴァンジェリンの言葉に更に黒い靄が揺らぎ、茶々丸を覆っていた部分が消え、その
素顔が露となった。
最初から正体を知っていたエヴァンジェリンは何も反応を示さなかったが、強奪魔に関
しては何も知らなかったネギは違う。
「絡繰さん!?」
まさか、噂の強奪犯の正体が自分の受け持っている生徒だったとは、とネギは愕然とし
つつも彼はその歳に見合わぬ聡明さで今の茶々丸と先ほどの黒い靄に包まれた茶々丸は
別人のようなものである、と推測していた。
「絡繰さん……。先ほどの貴方の様子が可笑しかったのは……」
一応、原因は何か、ネギは恐る恐る彼女に尋ねるが、
「貴様がそれを知る必要はないよ」
バッサリとエヴァンジェリンに切って捨てられた。
「え、あの、でも、僕今襲われかけてましたし……」
「知る・必要は・ない」
「あの、でも……」
「何も・無い」
取り付く島もないとはこの事か。
ネギは若干涙目になるが、そこである事に気がついた。
「あ、そういえばエヴァンジェリンさん。その翼は?」
「ん?」
そう、エヴァンジェリンはここまで空を駆けている。
つまり、それはエヴァンジェリンの真祖の吸血姫としての力を行使しているという事で
あり、その背には蝙蝠を模した翼が出ていた。
ここで、ネギはまたしても聡明さを発揮し
「あ、貴方が桜通りの吸血鬼だったんですね!?」
吸血鬼の正体に辿り着きテンションの上がるネギに対し、茶々丸の為とは言え迂闊過ぎ
た自身の行動にテンションが下がっていくエヴァンジェリン。
そして、どうしたものか、と悩む茶々丸という何とも微妙な空間が場を包んだ。
「あー。なんだ、坊や。今日のことは忘れて帰って寝るというのはどうだ?」
エヴァンジェリンからの提案に
「そんな事、出来るわけ無いでしょう!」
当然だった。
その時、
「そうですよぉ、そんなのツマラナイじゃないですか」
第三者の声がその場に響いた。
その場にいる全員が声のする方を向く。
そこには茶々丸に魔導書を渡した白い男がいた。
「っ、貴様、いつの間に!」
エヴァンジェリンは自身の長い生で得た魔法知識に誇りを持っている。
封印され、魔力はなくなっているも同然とは言え、転移反応くらいであれば直ぐに分か
るつもりでいた。
しかし現実はエヴァンジェリンは白い男がいつ現れたのか気づくことが出来なかった。
「私がいつ、どうやって此処に来たかなんてどうでもいいじゃないですか。
今大事なのは、ここで終わってしまっては興ざめという事です。
折角茶々丸さん魔導書をお渡ししたのにこんな幕切れじゃあ私の頑張りの意味が無い
じゃあないですか」
男の言葉にエヴァンジェリンは眉尻をあげる。
「ほう、貴様が茶々丸に魔導書を渡した、と?」
「ええ。そうですよ」
「そうか、ならばこれは礼だ。とっておけ!」
エヴァンジェリンは素早く腰に下げていた試験管を手に取り、男に投げつけた。
「氷爆!」
エヴァンジェリンの言葉に反応し、投げられた試験管が発光し、巨大な氷塊となり、爆
発を起こし、男に降り注ぐ。
「おぉ、怖い怖い」
しかし男は至近距離で爆発が起きたというのに無傷であった。
(魔法障壁を張っていた様子もない。……どうなっている?)
その現状にエヴァンジェリンは内心で様々な考えを浮かべるが、
「まったくお転婆な方ですね。怖いので、さっさと本題を終わらせましょうか」
男が腕をスッとあげ、茶々丸に向けて軽く指をスナップした。
◆◆◆◆
何が起きたのか分からなかった。
目の前の男は指を軽く鳴らしただけだ。
たったそれだけ。
なのに、
「あ、ああぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁ!!」
茶々丸が持っていた魔導書が昏く輝き、その光は茶々丸を包んだ。
「茶々丸! 貴様ぁ!」
エヴァンジェリンは激昂を隠すことなく、白い男に先ほどと同じ試験管を5つ同時に投
げ、それら時間差で爆発させる。
白い男はそれに何をするでも無く、先ほどと同じようにただ立っていた。
だというのに結果は先と同じ。
そこには無傷の男が立っていた。
「おぉ、怖い。怖くて怖くて堪らないので撤退するとしましょう」
白い男は深く一礼をし、
「それでは皆様、次の一幕でお会いしましょう」
消えた。
残されたのは先ほどとはまったく違い、黒い靄には包まれていないがその背後に黒い人
型を背負う茶々丸と、呆然とするネギ、怒りに身を震わせるエヴァンジェリンだった。
「……しい」
「絡繰さん?」
「欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。すべてが欲しい!」
叫ぶ茶々丸。
いや、本当に叫んでいるのは彼女なのか。
そんな彼女の様子にエヴァンジェリンは歯噛みする。
「第二位階になったかっ! 茶々丸!」
「エ、エヴァンジェリンさん! 第二位階ってなんですか!?」
慌てるネギは聞いたことの無い言葉に疑問を投げかける。
エヴァンジェリンは茶々丸から目をそらさずに答えた。
「魔導書には位階がある。それは魔導書のランクではなく、侵食具合を指す。
魔導書に主と認められれば別だが、殆どの者はああして魔導書に取り込まれる。
先ほどまでの黒い靄に包まれているのは第一位階、まだ本人の意識がある。
しかし、第二位階になれば魔導書の傀儡となり、ああして背後に魔導書の意識が出現
するのだ。……ああなってしまってはっ」
エヴァンジェリンの言葉にネギは顔を蒼白にする。
「そんな!? 絡繰さん!」
ネギは茶々丸に声をかける。
しかし、
「ネギセンセイ、全てクレマセンカ?」
黒い人型に殴り飛ばされ、ネギが吹き飛ぶ。
何とか魔法障壁を張り、ダメージを軽減するが、そこで有ることに気づく。
「魔力が減っている?」
ネギはまだ魔法を使っていない。
だというのに魔力が減っている。
これはどういうことか、考えるが、その時間は余りにも無かった。
「坊や! 避けろ!」
エヴァンジェリンの声にハッとし正面を見るとネギを獲物と定めたのか茶々丸が迫って
いた。
「う、うわわ!」
「うふふふふふふ。イタダキマス」
茶々丸はネギが張っている障壁を黒い人型で殴り続ける。
黒い人型が障壁を殴る度にネギは障壁が薄くなっている事に気がついた。
「まさか、魔力を盗られているのか!」
気がついた時には既に障壁は消えかけていた。
「ネギセンセイ、イタダキマス」
妖艶に微笑む茶々丸の拳がネギに迫る。
思わず目を瞑るネギ。
しかし、くると思った衝撃はいつまでたっても訪れなかった。
恐る恐る目を開けばそこには見慣れた背があった。
「大丈夫かな、ネギ君」
「一人で突っ走りすぎなのよ、バカネギ!」
それは幼なじみと、その兄だった。
「ルキスさん! アーニャ!」
ルキスはネギに軽く微笑み、
「アーニャ、ネギ君を連れて後ろに。ここからは私の仕事だ」
仕事の時の口調になった兄の様子にアーニャは素直に従う。
「さて、経緯はよくは分からないが魔導書関連ならば動かない訳にはいかない」
ルキスは胸元からいつもの本を取り出した。
「魔導書管理官ルキス・ヴァレリー・ココロウァ。これより対象、絡繰茶々丸が所持する
魔導書の管理、ないし焚書を執行する」
なんとか書けましたので投稿します。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
それではまた次回