図書館島の司書長様   作:粗製リンクス

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第八話

 戦いは直ぐに始まるか、とネギは思ったのだが、その考えとは裏腹にルキスも茶々丸も

 互いに睨み合うままで動かなかった。

 

 「どうして、どちらも動かないんだろう」

 

 ネギの呟きにエヴァンジェリンが反応した。

 

 「未熟だな、ぼーや。既に戦いは始まっている。第二位階に堕ちた茶々丸の力量は既に

  本来のソレを超えている。……聞いたことくらいあるだろう? 先に動いた方が負け

  るという奴だ」

 

 まあ、実際の戦いはそんなに簡単ではないがな、という言葉にネギとアーニャは感心

 したように息を漏らす。

 

 互いの一挙手一投足を見逃さないようにルキスと茶々丸は神経を張り詰めさせ、機を

 伺っていた。少しでも状況に変化があれば、この張り詰めた空気は即座に爆発し、両者

 が動き出すことは目に見えていた。

 

 そして、その変化が訪れた。

 

 ガサリ、と草むらが揺れ、そこから一匹のオコジョが飛び出してきたのだ。

 

 一瞬、ほんの一瞬ではあるがエヴァンジェリンを含む全員の意識が動いた。

 それが引き金となり、ルキスと茶々丸が動いた。

 

 「貫け!」

 

 ルキスが本のページを核として作り上げた剣群が茶々丸に向かっていき、茶々丸はそれ

 に対し、避ける素振りを一切見せずにただユラリと背後の人型を動かし、

 

 「良い剣ですね。頂戴します」

 

 飛んできた剣群を人型の腕でなぎ払う。

 なぎ払われた剣群はそのまま地面には落ちずに宙に浮いたままクルリとその剣先を

 ルキスに向け、彼に向かって飛んでいった。

 

 「触れれば何でもありかっ」

 「はい。私が触れたものはなんであれ既に私の所有物となります」

 

 例えば、そういって茶々丸は右手を前に突き出す。

 

 「春の嵐」

 

 果たしてそれを詠唱といっても良いのか、確かに魔法には無詠唱という技能はあるが、

 それにはそれなりの経験が必要であり、いくら茶々丸が魔力で動いているとは言え、

 気軽に無詠唱を扱えるはずもないのである。

 

 そして、なによりルキスを驚かせたのは、

 

 「いまのはネギ君の魔力……」

 「はい。先ほどいささか頂戴いたしましたので使用いたしました。しかし、これで

  先ほど頂戴したぶんはなくなりました。……なので、貴方からモノを頂戴したら

  また後で……」

 

 ねっとりとした視線がネギに突き刺さる。

 その視線にネギは思わず自身の体を抱く。

 

 「あ、兄貴、兄貴」

 

 震える体を抑えるネギの耳元に声が聞こえた。

 ネギの記憶にも残っているその声の持ち主は先ほど草むらから現れたオコジョから

 発せられたものだった。

 

 「あ、カモ君。どうしたの?」

 

 このオコジョ、名前をカモミールと言い、ただのオコジョではなくオコジョ妖精という

 れっきとした魔法世界側の存在である。

 

 当然のことではあるが、この場にいる者達が今更カモミールの存在で驚く事はない。

 

 「兄貴に会う為に海千山千超えてきたと思ったら即この修羅場。一体、何がどうなって

  いやがるんですか」

 

 現状を聞こうとしたカモミールだったが、突如としてその体が何者かに掴まれた。

 掴んだのはアーニャだった。

 

 「久しぶりね。エロオコジョ。少しの間静かにしていなさい」

 

 アーニャは有無をいわさぬ口調でそうカモミールに告げると、彼を自身の魔法の矢で

 作成した簡易的な檻の中に捕らえ、兄の戦いに視線を戻した。

 

 

 「…………兄さん」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 「貫けぇ!」

 

 ルキスと茶々丸の戦いは膠着状態に陥っていた。

 ルキスが魔力の剣を飛ばせば、茶々丸はその所有権を奪い、投げ返してくる。

 

 逆に茶々丸が攻めようとすれば、ルキスは魔力を奪われないように防御ではなく回避

 を行なうようにしており、両者は互いに自分の攻撃を当てることができないでいた。

 

 そんな状況に苛立ってきたのか茶々丸は眉根を寄せながら

 

 「先ほどから逃げまわってばかりですね。そんな臆病者がよく魔導書管理官なんて

  務まるものですね」

 

 挑発を始めた。

 

 しかし、当然の事ではあるがルキスはその挑発に乗る事はなくただ淡々と魔力の剣を

 飛ばし続ける。

 

 「もう、お互いに無駄だって分かっているでしょう?」

 

 茶々丸は呆れを多分に混ぜた声でそう嘲笑い、魔力の剣を奪うとルキスに投げ返した。

 

 それでもルキスはただ淡々と同じ行動を繰り返す。

 

 魔力の剣を投げる。

 茶々丸に奪われ、投げ返される。

 魔力の剣を防ぐ。

 防がれた事により、核となっていたページがハラハラと地面に落ちる。

 

 そんな事をどれだけつづけていただろうか。

 

 すでに両者が戦っていた路面には核となっていたページが所狭しと落ちていた。

 

 「…………まだ、続けますか?」

 「……いや、もう終わりだ」

 

 ルキスはそう言い、再び腕を茶々丸に向けて突き出す。

 

 「また、ですか?」

 

 再び、魔力の剣でも飛ばすのだろうか、と嘆息する茶々丸。

 

 しかし、直後ルキスの腕の動きが先ほどまでの魔力の剣を飛ばす時と違い、パチンと

 指を鳴らした。

 

 すると、今まで地面に散らばっていたページが輝き、宙に浮くと茶々丸を取り囲む。

 その数は既に数えることは出来ないほどだ。

 

 「これは……」

 

 茶々丸は自身の置かれた状況からこれがルキスが先ほどから愚直なまでに同じ行動を

 繰り返していた意味か、得心した。

 

 「確かにこれほどの数、奪いきれないかもしれませんね。しかし、これほどの力を使う

  ということは今までの分も合わせてかなり無理をしているのでは?」

 

 茶々丸の問にルキスは答えないが、その額から流れる脂汗が全てを物語っていた。

 

 チロリ、と舌なめずりをする茶々丸。

 

 「ふふ。これほどの魔力、奪えたらどれだけの充足感を得ることが…………」

 「解放」

 

 恍惚とした表情の茶々丸を光の津波が襲った。

 

 「茶々丸!」

 

 魔導書に取り憑かれた以上はこうするしか無い事は分かっていた。

 それでも、エヴァンジェリンは叫んでいた。

 

 グッと拳を握り、自身に言い聞かせる。

 こうするしかなかったのだ、と。

 

 そして、光が収まった時、そこには四肢が吹き飛び、中の機械をのぞかせた茶々丸が

 地面に倒れていた。

 

 「茶々丸!」

 

 エヴァンジェリンが倒れた茶々丸に駆け寄る。

 

 「…………マス、ター?」

 「ああ、無事か?」

 

 「私は……」

 

 自身が手に持つ魔導書に視線を落とす。

 

 そんな彼女の下にルキスが近づく。

 

 「話している所悪いが、先に職務を全うさせていただく」

 

 そう言って、手元に残り少ない魔力を集め、茶々丸が持つ魔導書を焚書しようとした

 時だった。

 

 『ダメダメ、そんなのツマラナイわ』

 

 声が響いた。

 それは茶々丸の持つ本から響いていた。

 

 『せっかく、面白くなってきたのだからこれで終わりなんて勿体無いわ。

  そ・れ・に、ねえ茶々丸(マスター)? 貴方はまだ理解してないでしょう?

  人間らしさとは何か?』

 

 囁く魔導書の言葉に茶々丸の体がぴくりと震える。

 

 「茶々丸、耳を貸すな!」

 

 エヴァンジェリンは懐から試験管を取り出し、魔導書を破壊しようとするが、

 

 『一歩、遅かったわね』

 

 魔導書から闇が溢れ、茶々丸を包んだ。

 茶々丸を包んだ闇は直ぐに晴れた。

 

 そこに立っていたのは先ほどまでの茶々丸とは明らかに違っていた。

 壊れたはずの四肢は瑞々しい肌を持つ四肢があり、その格好も先ほどまでの学生服

 とは変わり、レオタードを基本として全身にレースや装飾を加えた扇情的な格好に

 変化していた。

 

 茶々丸はエヴァンジェリンの顔をジッと見つめて嗤う。

 

 「マスター、私気づいたんです。ずっとマスターに言われていた人間を理解するって事

  を。人間というのは欲しがるから人間なんですよね? 自分の器を超える物を際限無

  く欲しがる、それが人間! マスター、私はたどり着きました!」

 

 嘲笑い、舞う茶々丸を見、渋面となるエヴァンジェリン。

 

 「…………っ。茶々丸」

 

 茶々丸の姿は既にエヴァンジェリンの知る彼女のものではなかった。

 そこにいるのは茶々丸の姿をした何か。

 

 渋面からすぐにその表情を憤怒へと変え、茶々丸を睨みつける。

 

 「茶々丸を愚弄するのはそこまでにしておけ古本。貴様、茶々丸ではないだろう?」

 

 エヴァンジェリンの指摘にネギ達は驚きの表情を浮かべるが、魔導書の管理を生業と

 するルキスは気づいていたのか、静かに茶々丸とエヴァンジェリンの会話を見ていた。

 

 「あららぁ、やっぱり分かっちゃう? まあそうよね。茶々丸(マスター)はこんな

  肌はしていないものね」

 

 

 するりと自身の腕を撫でる茶々丸。

 茶々丸の姿をしていながらも茶々丸ではないその所作全てがエヴァンジェリンの精神を

 逆撫でる。

 

 「貴ぃ様ぁぁぁあぁぁぁ!」

 

 エヴァンジェリンは自身の懐に残っていた魔法を仕込んだ試験管全てを茶々丸に向けて

 投げつけた。

 

 「うふふ。そんな可愛らしいモノは攻撃とは呼べないわ。でも、私は欲しがりなの。

  だ・か・ら……」

 

 茶々丸はフワリとその場で舞う。

 たったそれだけで試験管より解放された魔法の数々は全ては先ほどと同じように茶々丸

 の支配下に置かれ、投げた本人であるエヴァンジェリンに襲いかかった。

 

 激昂にまかせての投擲であり、更に本来の魔力を封じられているエヴァンジェリンに

 自身に襲いかかる魔法を防ぐ手立ては無い。

 

 (情けないっ。このザマで闇の福音と呼ばれ恐れられた化け物とはな)

 

 心で自嘲しながらエヴァンジェリンは自身を襲うであろう衝撃に備える。

 しかし、衝撃がエヴァンジェリンを襲う事はなかった。

 

 彼女の目の前ではネギとアーニャが自身の魔力で障壁を張り、彼女を護っていた。

 

 「お前たち……」

 「僕には何が起きているのかはわかりません。でも、貴方が何者であろうとも僕の生徒

  です。だから、僕は貴方を護ります!」

 「バカネギに全部言われちゃったけどアンタが闇の福音だろうとなんだろうと今は私の

  クラスメイトなのよ! そしたら体が勝手に動いたのよ!」

 

 ネギとアーニャの言葉にエヴァンジェリンは呆然とする。

 彼女が闇の福音と呼ばれた賞金首であるという事実を知ってなお護ろうとするその姿勢

 は彼女に自身と対極に位置する光の道を感じさせた。

 

 「……呆然としているところ悪いが、さっさと下がってくれないか?」

 

 呆然とするエヴァンジェリンを現実に引き戻したのはルキスの言葉だった。

 ルキスは先ほどから黙ってみていたが、それは先で消費した魔力を少しでも回復する

 ためであった。

 

 「ふふふ、魔力はどのくらい戻ったかしら? 管理官さん?」

 

 口元に手を当てて笑う茶々丸。

 

 ルキスはそれに答えることは無かった。

 

 その様子から然程魔力が戻っていないのが伺えた。

 

 「さぁて、改めて自己紹介させていただきましょうか。茶々丸改め、名を欲しがりの本

  といいます。短いでしょうが、どうかよしなに」

 

 一礼をした欲しがりの本はルキスを見て、舌なめずりをする。

 

 「さて、茶々丸の中にいる時から見させていただきましたけど貴方の持つその本、

  いえ力の大本、なんとなくですが検討をつけさせていただきました」

 

 欲しがりの本の言葉にルキスの体がぴくりと反応した。

 

 「貴方のその本、その名は…………」

 

 答えを話そうとした時だった。

 

 「……それ以上話す事は許可しない」

 

 欲しがりの本の両手を剣が貫いた。

 

 「あら?」

 

 欲しがりの本の両手を貫いた剣は先ほどまでルキスが扱っていた物と違い、ページを

 媒介とした魔力の剣でなく、実体を持った剣だった。

 

 「なんて素敵っ。この私が認識するよりも早く貫くなんてっ。ゾクゾクしちゃう!」

 

 頬を紅潮させる欲しがりの本。

 しかし、ルキスはその姿になんの反応を示す事なく、剣を投擲し続ける。

 

 それは不思議な光景だった。

 ルキスが剣を投擲すると、剣は虚空に消え次の瞬間には欲しがりの本を貫いていた。

 

 「この力、この気配。やはりそうなのね! 貴方は、貴方様はっ」

 

  針山のようになりながらもルキスをまっすぐと見つめる欲しがりの本であったが、

  ルキスは彼女にそれ以上は喋らせないように三度その手に剣を取る。

 

 「……欲しがりの書、お前を焚書する」

 

 先ほどまでの応酬、接戦が嘘であったようにルキスと欲しがりの書の決着はあっさりと

 付いた。

 

 胸を貫かれた欲しがりの書は蒼い炎をまき散らしながらルキスにささやく。

 

 「貴方はこれで力を使った。うふふ、私の目的は達成したわ」

 

 その言葉にルキスは目を見開いた。

 

 「次に会う時はこんな剣ではなく愛を交わし……ま、しょう」

 

 欲しがりの書は燃え尽き、元のボロボロの姿に戻った茶々丸が地面に落ちようとした

 のをルキスが支え、彼女をそっと地面に寝かせ、自身も地面に倒れこんだ。

 

 「……茶々丸!」

 「兄さん!」

 

 エヴァンジェリンとアーニャがルキスと茶々丸の下に駆け寄る。

 

 「マス、ター。申し訳……ありま……せん」

 「まったくだ。馬鹿者……。だが、良かった無事で」

 「損傷率84%を超えているので無事とは言いづらいです」

 

 いつもの機械然とした答えにエヴァンジェリンは笑い、ルキスに向かい頭を下げた。

 

 「ルキス・ヴァレリー・ココロウァ。この度は我が従者を救ってくれて感謝する。この

  礼は闇の福音の名にかけて必ず返そう」

 

 エヴァンジェリンはそう言い、茶々丸を抱えて夜空に飛んでいった。

 

 残されたのは疲労困憊で倒れこんだルキスとそれを介抱するアーニャとネギ。

 

 「あー、疲れた」

 

 ルキスは二人に介抱されながら、そう呟いて意識を手放した。

 

 




遅れてすいません。

さて、今回で吸血鬼編という名の茶々丸編は終わりです。
カモミールの出た意味なんて気にしたら負けです。

次からは京都編。つ、次はネギ君活躍するから! 多分。
次の京都編もよろしくお願いします。

それではまた次回。

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