Brand/Brave new world!   作:ムラクモの人

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お食事中の方は腹ごなしが終わった後にご覧になることをお勧めいたします。
比較的あっさりと描写していますが、今回はちょっと汚いお話です。


パンデミック

 明日菜はショックを受けていた。

 車に撥ね飛ばされるほどの衝撃を精神に受けていた。

 2t車なんてものじゃない、大型トレーラーにアウトバーンで行き当たるレベルだ。

 

 ……え?これは、夢か何か幻か?えっと、高畑先生が担任を離れて、この人が担任に?私達の先生に?

 何それ、聞いてない、意味がわからない、受け入れられない。

 ちょっと待った、誰の差し金?アレの差し金?あの後頭部にゅるっと伸びたあのジジイの仕業?

 となれば、

 

「グレるか……」

「ちょっと待った一体どうしてそういう方向に」

「少年院入っても……面会に来てくださいね……」

「しょ、少年院って何かタチの悪いことでもする気かい……?」

「あのジジイをちょっと殺……スプラッターにしようと思って」

「言い直した意味はあったのかな!?」

「ああでも刑務所のほうがワルダンディーなオジサマが沢山居そう……うへへ……あっ、高畑先生!」

「な、なんだい!?」

 

 明日菜は叫ぶと全力で90度に最敬礼、そして両手をおもむろに前に差し出し、

 

「最後に私をムショにブチ込んで下さい!その手で!」

「その発想から離れてくれないかな!?」

 

 腰の引けるタカミチに、明日菜は頭を下げたままでずずいと歩を進めて手を突き出し迫る。

 

「さぁ!ワッパをこの手に!ワッパを!」

「色々と変なのから影響受け過ぎじゃないのか!?」

「義父さんの影響だと思います!」

「いや、その、なんだ……」

 

 思わず明日菜から目を逸らし、自分が立つ屋根の下から、それと反対側の屋根の上に顔を向け、

 

「師匠――――――――!アスナ君に変な教育しないでくださ――――――――い!」

「うるせぇ人の教育方針にケチつけんなバカミチのくせによぉ――――――――!」

「師匠!師匠!名前で貶すのホント見苦しいですよ!昔のキャラとか木っ端微塵です!」

 

 憤慨するタカミチを無視し、ガトウは明日菜を見下ろしながら呼びかける。

 

「おい、アスナ!真面目に学校行けよ!俺は帰るからな!」

「義父さーん!今週末も多分帰るから!じゃあねー!」

「たまには帰ってこなくていいぞー!お前が居るとエロいもん見れねぇからな!」

「その気の回し方を教育にも活かして下さい!頼みますから!」

 

 ガトウはタカミチの嘆願に耳も貸さず、咥え煙草から一気に煙を吸い込んで不味そうに味わうと、

 

「はぁ〜、うるせぇバカミチー、お前もよー、昔は『師匠、師匠』って引っ付いてきて……師匠って言うなコノヤロー!」

「過去に遡って追求するの止めてくれます!?ボケましたか!?」

「ホント何の師弟関係なのか分かんないわね……」

 

 溜息を大きく吐く明日菜。何となく義父の姿を見ると口が寂しくなり落ち着かないが、とあることを思い出し、あっ、と前置くと見上げたところにいる義父に手を振り叫ぶ。

 

「ごめーん!今から学園長のジジイブチ殺すから今度は留置所かもー!」

「あ、アスナ君、大声で何をトンデモないことを……!」

 

 隣で震え上がるタカミチはやはり二人から無視され、ガトウはその帰らずの予告に一喝、

 

「アーホーかーお前は!んな娘に育てた覚えは無ぇぞ!――――――――もっとスマートに殺れ!」

「そういう教育方針おかしいですよ!?」

「師匠って呼ぶなこンの馬鹿弟子がぁ――――――――!」

「いや呼んでませんからね!?」

 

 やり取りがループの様相を呈してきたところで、

 

「アスナー、飲み物見つかったえー」

 

 インラインスケートで滑走しながら、木乃香が持ったパック飲料ごと手を振っている。

 明日菜はそれに一瞬考え込むもすぐに手を打ち、

 

「……そういや忘れてたわね」

「何を忘れてたん?」

「いや何というか、そこの女の人が今日から担任になるって言うから……」

「ほえ?」

 

 明日菜とタカミチの傍らに停止すると、

 

「あ、起きはったん?ふあー、美人さんやねー」

「ああ、どうもすみません。私のために……ええと、アリウム・シルバーバーグです。副担任として3-Aの英語を教えることになりまして……よろしくお願いしますね」

 座礼するアリウムに、木乃香も返して一礼。上げた顔は朗らかさに満ちている。

 

「はいなー、よろしくなーアリウムセンセー。……あ、飲み物買ってきたから、飲んでくださいなー」

 

 少し震える右手を持ち上げたアリウムに、木乃香がパック飲料を手渡す。

 

「ああ、本当にすみません……それじゃ、有難く頂きます。っと、その前に」

 

 左手でコートのポケットを探り始めたアリウムを、明日菜は訝り、

 

「……小銭でも探してるんです?いいですよ。そんなの気にしなくたって」

「ああ、いえ。私、まだこっちのお金はあんまり持ち合わせが無くて元々払えないんです……」

「え?あー、両替とかしなかったんですか?」

「何分急ぎで……今度お返ししますので、今はお言葉に甘えさせていただきます……それでその、探しているのは薬というか、サプリメントでして」

「サプリ?」

 

 アリウムは十数秒ほど左手でポケットをガサゴソと漁っていたが、止まる。

 そして取り出したるは銀色の密閉袋。飾り気もなくただ何か薄黒で印字されただけの何か。コンビニやドラッグストアで売っているものは鮮やかにデザインされているが、それは違った。

 そして口の部分を人差し指と親指で摘んで釣り下げてこちらに見せる。

 近寄り顔を近付けて読むと、印字は“Hemme Iron“だった。

 さて、

 

 ……ヘメ、イロン?いや、確かIronはアイアンだっなような……。

 

 無い頭を捻って答えを求める明日菜に、アリウムはすぐに様子を理解、青白い顔で微笑みながら説明する。

 

「日本語で言うと、鉄剤です。コレ」

「鉄剤……って、なんだっけ」

 

 答えを聞かされても意味の理解に遠い明日菜に、タカミチが見かねて助け舟を出す。

 

「まぁ、アスナ君にわかりやすく言うと、ミネラル系のサプリってことだよ」

「あー、それなら納得です」

「私、重度の貧血で。血の気があんまりにも足りないので欠かせないんですよ」

「それはまた、苦労してますね……」

「ええ、まぁ……」

 

 苦笑いしながら首を傾けるアリウムは、袋の口を開けて飲料ごと右手に握ると、左掌の上で振る。口からは数錠転がり出して、彼女はそれを唇に当てるようにして含む。そのまま左手に袋を再び持ち換えてポケットにしまい込むと、ようやく右手に持った飲料を飲もうとする。糊付けされたストローを切り離し、ストローをアルミ箔で閉じられた口に差し込み、吸い込む。

 

 思い切り口をすぼめて喉を鳴らしながら飲むあたり、かなり切羽詰まっていたらしい。

 美味しいのかどうかはともかく、飲み物が手に入って重畳だ。

 ところで、アレは何味だろう、と明日菜は考え、

 

「そういや、あれ何ジュースなの?」

「鉄剤なんかー、そういうことやったんかー。ほなら被ってもたなー」

「いや、サプリとジュースが被るって何が」

 

 怪訝顔になって木乃香の顔を覗き込むと、彼女は頭を掻いて舌を出し、

 

「それなぁーーー」

「ぶッふォッ!!」

「うぇ!?」

「おおっ!?」

 

 いきなり噴き出したアリウム、真っ向からそれを浴びる明日菜、一歩バックステップして回避したタカミチ、それを絶妙な立ち位置だけで逃れた木乃香。

 

「生レバジュースゴマ油風味なんよ。……どしたん?アリウムセンセ」

「げっほ!うぇ、げほッ!お、おえッ……!」

「う……、この臭い、ヤバ、ゲロしそう……うぇっ」

 

 激しく咳き込み、それどころかえずいて鼻からもレバー液を垂れ流すアリウム。

 その一方、レバージュースの甚だしい鉄の臭い、その中で仄かに感じられるゴマ油の香ばしい香り、それらに吐き気を誘発されて様相を悪くする明日菜。

 濃い鉄の臭いを全身から発しながら、彼女は肩を怒らせて親友に詰め寄る。

 

「………こぉーのぉーくぅうぅぅぅうわぁー!」

「ひゃっ、何やアスナいきなり怒鳴ってー」

 

 怒髪天を衝く勢いで、明日菜は木乃香の制服の襟を掴んで大きく揺さぶる。そしてその握った部分はレバーの赤黒い色に滲みて毒々しい。それらを呆然と眺めているタカミチは、大きく肩を落として、

 

「……やれやれ、避けられて良かった」

 

 ただ自分の無事に安堵するばかりに留まり、教え子の片割れを庇おうとはしない。正直、巻き込みで掴み掛かられてスーツにシミが出来るなど真っ平御免だからだ。特に彼が着るそれは白だ。あの色のシミが出来ると、クリーニングでも落ちるかどうか分かったものではない。

 

「変な会社のはやめろっつったでしょーが!ああン!?」

「変な会社ちゃうえー、皆おなじみの“超“の自販機やもーん」

「クッソ盲点だったあーーーーーーーーー!」

 

 “超“。

 それは、誰もが知る財団の名前。

 未だ技術力の底を見せない、世界的コングロマリットの一つ。グループに属する企業、そのいずれもが国内の大企業一つに匹敵する、比類なき企業体だ。……ただ、そこに例外が一つ存在した。

 

「あのさぁ……”さっちゃんの肉まん“以外の食べ物飲み物の評判、知らなかったじゃ済まないわよ!?」

「ほえ?でもゆえは肉まんもジュースも美味しく頂いとるんやけどなあー」

「あの味覚を人類標準だと思ってんのアンタは……!?」

 

 “超“の食品事業部の製品は、奇人の中でも一握り、そんな大奇人の味覚を満たすと同時、常人若しくは凡百の奇人気取りのソレを完膚なきまでに破壊する。故に、グループの中でもその子会社だけは当然倒産の良き日を迎え、そして親会社へ再吸収された。今は膨大な資本を食いつぶし、憂き事に一部署として生き永らえている。

 

 ”超鈴音“の初代を失い、しかしその後驚異的にも”技術の小出し“のみで20年もの間基盤を固め続けた財団、”超“。その唯一の汚点であり、再臨した”超鈴音“、2代目である彼女にとっては最大の頭痛の種である。

 

「ああもう制服が……ウチはお金無いのに……」

「まぁまぁ、クリーニング代はセンセに持ってもらえばええやん」

「アンタが持つのよこのボケ頭……!」

 

 かたや怒り、かたやノンボリとした教え子、もとい元教え子となった二人に只々嘆息するタカミチだが、ふとアリウムに目を遣る。すると、

 

「……おい、アリウム君?大丈夫かい?」

「ぷぇ――――――――」

「ダメだ、気を失っているか。無理もないよな……」

 

 白目を剥き、口の端と鼻の穴からグロテスクな液体を垂れ流す知己の姿。あまりの居た堪れなさに、タカミチは何度目とも知れない大きなため息を吐く。

 

「仕方ない。気付けを……」

 

 臭いへの不快感を堪え、アリウムの背中に右手を回し、

 

「それ」

「……ッは!」

「良し、これでーーーーーー」

 

 活を入れると同時、大きく息を吐き出したアリウムだが、

 

「お、お」

「お、おお?」

 

 白目を剝いた状態のまま今度は戦慄し、

 

「おぶぇーーーーーー」

「おおおっ!?」

 

 そして身を折ると勢い良く吐血、のような嘔吐。

 さしものタカミチも2度目の不意打ちには対応しきれず、レバー液の噴水、その地面からの反射を足元に喰らう。もうこのスーツはダメだ、諦めよう。そうタカミチが考えていたところ、先程から漂っていた臭いに饐えたものが混じったのを感じた。思わず口に手を当てて顔色を青ざめさせる。

 

「うわっ、コレは……マズイ、これは僕もちょっと……」

 

 後ずさるタカミチの足元、それを追いかけるようにして浴びた液体が滴る。一方、咳き込みながら最後の一滴まで絞り出そうとアリウムが喘ぐ。

 

「はーッ……はーッ、うぇ、お、か、はッ」

「……気付け、やめとけば良かったかな……ああ、僕もちょっと、マズイな……うぷ」

 

 喉元に迫り上がる朝食だったものを、鼻からの深呼吸と一緒に再び飲み下そうとするタカミチ。しかし、

 

「……ううっ!?」

 

 鼻から、それが非常にマズかった。口から吸い込んだならば別段問題はないことだが、今のこの空気は非常に彼にとって良くなかった。顔色が蒼を通り過ぎて土気色にすら変わっていく。

 

「お、お……いや、大人としてこれはダメだ……そうだ、煙草でも蒸して誤魔化せば……」

 

 そう思い、慌てて左ポケットから煙草のパッケージを取り出したが、

 

「あ」

 

 状況にあまりの焦りを感じていたからか、手を滑らせる。そして、

 

「あっ――――――――」

 

 シュリンク包装は全て剥がすのがタカミチの癖だった。それがトドメだった。上部の包装が剥げているだけならまだ救いは有った。だが、

 

「煙草が……レバージュースに……」

 

 赤黒い色がパッケージを侵食していく。アリウムの胃液も混じった状態のそれだ。最早手も触れたくないというか触れられない。

 手を伸ばしたまま固まり、吐き気すら忘れて忘我状態に陥った。

 

 一方、いの一番にレバージュースを浴びた明日菜と言うと、

 

「この臭いはヤバ……うっぷ」

「アカンでアスナー、吐いたらご飯勿体無いえー」

 

 打って変わって親友に胸倉を掴まれて揺らされている。それが更に胃をかき回すこととなり、果てには、

 

「……おえ――――――――」

「うわ、アスナもゲロしよった……」

 

 前触れを感じ取り、間一髪で飛び退いた木乃香は親友の惨状を淡々と述べる。

 そして、

 

「……コレ、もう救急車要るんと違うかな?」

 

 目の前で起きたゲロパンデミックを総評した。

そしてそれらを全て見下ろしていたガトウは、

 

「……ちゃんと学校行けんのか、アイツら」

 

 先程自分が告げた命令が反故にされるだろう、と既に諦めをつけていた。

 灰の名残を残して、煙草はフィルターだけになっていた。

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