アンジュ -ロスト-   作:トライブ

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《アヴェンジェリア》

 ……どこが事の始まりだったのかなんて、私は知らないさ。だって、原因があるとしたら、まだ私が乳飲み子だった頃なんだから。

 そもそも、私の半生なんて、知らない方がいいと思うよ。聞いて気持ちいいものじゃない。どうしてもってんなら……。

 

 想像はできる。私は両親に捨てられた。そして、引き取ってくれた人たちも凋落して……びっくりするかな? 私は12歳の時にホームレスになったよ。だからまあ、私がこんな人生を歩んできた理由は、きっと保護者にあったのさ。私は何もしてない。多分な。

 

 ホームレスになったと言っても、路頭に迷ってたのは2日か3日かそこらだった。すぐに軍の兵士に捕まったよ。で、私は軍に入ることになった。

 でもな、当時の私は、まだ異能兵装に目覚めてなかった。ってことは、ただの12歳のガキだったんだな。それを踏まえた上での話なんだけどな。

 私は兵隊にさせられるわけじゃなかったんだ。

 

 私は、軍人の性欲処理をさせられることになった。

 

 ……ほら見ろ、何だその目は。だから言っただろ、聞いて気持ちいいものじゃないって。

 …………わかったよ。続ける。

 

 自分で言うのもなんだけどさ、私の髪って綺麗だろ? ああ、当時はもっと綺麗だったさ。で、さっきも言った通り、12歳だったわけ。そりゃあ引く手数多(あまた)って奴で……ああ。初体験とか、甘ったるいだけマシだと思うぞ? 私なんか、相手が確かジジイだったし。死ぬほど痛かったよ。

 システムは単純。16歳以上になると、私たちを買う権利を得られる。で、元締めに金を払って、女を一晩買うわけ。言っちまえばまあ、売春宿って奴だったんだろうな。

 でな、私と似たような生活してる奴が大体……50人か60人くらいいた。でも、軍人はもっと多いわけ。そんでもって、私はお披露目の時、結構な人数の連中に気に入って貰えたらしい。てことはまあ……休みなんてほとんど無かったな。1年のうち、10日もなかったと思う。12歳にやることじゃねえよなホント。

 望んでそうしたわけじゃなかった。12歳のバカな頭は、そうするしか生きていけないぞって唆されて、あっという間に支配されちまったんだ。他にもこうしてる子はいたし、本当にそうなのかなって。

 最初の1年間は、男どもに付いていくのに必死だった。最初の1ヶ月間なんか毎日泣いてた。突っ込まれるたびに痛くて、泣いてたら叩かれたり髪引っ張られたり……我慢するようにしても、結局男どもは何人かで囲んでくる時があったから、それもまたキツかったな。4本相手にするなんて、漫画の読みすぎだよ。下にも上にも突っ込まれて、さらに両手で……なんて、無理に決まってる。

 それでも、大人はマシな部類が多かったと思う。大抵は1対1だし、意外なことに可愛がってくれる奴も多かった。美味しいご飯が食べられる時もあったな。手酷い時との差が激しかった。

 ダメなのは10代の学生どもだったよ。決まりの上では、男は人数分金を払わなきゃいけなかったんだが、こっちから連中の部屋に出向く関係上、バレるかどうかは私たちが上に言いつけるか次第だった。で、学生どもはお金が無いから、複数人でお金を捻出して、みんなでやるって魂胆だ。始めて連中の相手をしたときは、一晩で10人くらいとやった。同意はしてなかったんだけど……まあ、手足抑えられたらどうしようもなかった。途中から避妊具も忘れやがって、あの時はマジで妊娠したらどうしようってことで頭がいっぱいだった。当然そのことは上に言いつけて、連中は処分されたが……それでもそういう規則違反をする奴は後を立たなかった。特に、私については。そんだけ、12歳の売春婦ってのは魅力的に映るんだろうな……。

 間違っても、楽しかったとは言えないよ。美味しいもん食わせてもらって可愛がってもらっても、最終的には犯されるんだから。それに、1年も経てば、もう《それ》は何かしら特別な行為じゃないって思い始めてた。仕事だよ。軍人が銃撃って剣振り回すのが仕事なら、私は男の上で腰振るのが仕事。爽快感があるのは、どっちも同じだな。私はあんまり感じなかったけど。

 2年目になると、不思議な相手が現れたんだ。マジで私に恋したっていう男がな。軍に来て始めて、男と一緒に一晩過ごしたのに、犯されなかった日だった。彼は結構な指揮官で、あと少し偉くなったら、君を宿から買い上げるって言ってくれた。そうすれば、もう不特定多数の男と寝る必要もないって。そりゃまあ嬉しかったよ。仕事と割り切ってるとは言え、デカい奴はホントにデカくて……13歳じゃキツすぎる時もあった。まだ痛くて泣けるのかって思ったよ。そういうのと寝なくて済むってのは、嬉しかった。まあ、その晩はなんとなくツンツンしちゃってたけど。どうすればいいのか、分かんなかったのさ。

 その次の日にまた手酷いのと当たってさ。超が付くほどの巨根よ。こんなんブチ込まれたら裂けるだろってレベルのモノを腹に感じながら、気付けば彼が恋しくてたまらなかった。終わった後、彼を想いながら、ホントに裂けてないかってビクビクして確かめてたよ。

 次に彼と会えたのは、1ヶ月後だった。言ったとおり、私は結構人気だったから、予約制になってたのさ。自分でも意外だったのは、彼の部屋に入るなり抱きついて、泣いちまったことだな。会いたかったよって。

 彼は優しく慰めてくれて、頭を撫でてくれて、美味しいものを食べさせてくれて……それでも、その晩は彼にしてもらった。私から頼んだんだ。そこで私はようやく、本当の意味で性行為をした……と思う。ほぼ毎日してるのに……今までで1番、気持ちよかった。

 彼に会えるのは月に1回か、多くて2回。少ない時は3ヶ月も会えない時があった。会うたびに嬉しくて、夢中で腰を振った。彼を気持ちよくさせてあげてるのが嬉しくて、普段は結構マグロの癖に、彼の上では…………あー、なんて言えばいいんだろう。マグロの逆って何? 活きのいいサバか? まあ、そんな感じだった。

 そのころからちょうど私はトレーニングを始めたんだ。私の売れ行きがいいからって上が喜んで、私はいろんな施設を使わせてもらえた。まあ、堂々と使おうもんなら「売春婦だ」って指さされっから、こっそりな。

 気付けば2年半もの間、ほぼ毎日男に跨る生活を続けてた。そんで、その頃ようやく彼が私を買い上げる目処が立ったって聞いて、あと少しだって頑張ってた。

 ……でも、まあ幸せってのは、そんなに長くは続かないもんなんだよな。

 彼は死んだんだ。流れ弾に当たって、あっさり。

 そらよ、悔やんでも悔やみきれなかったけど、それでも仕事はある。呆然とした頭で腰振ってたら、何呆けてるんだって殴られたわ。それは覚えてる。

 そっからは、堕ちていくしかなかった。生きる意味を一気に失って、何をするのもバカらしくなった。トレーニングもやめたし、性行為に対して何も感じなくなっていったんだ。ただ、腹の中にモノを収めてやるだけ。男が満足するまで腰を振ってやるだけ。何人かいたら、使う場所の順番決めてやって、順番通りの場所でしてやればいいだけ。あとはひたすら、男が喜ぶことを囁いてやればいいだけ。そんだけじゃないかってな。

 そうこうしてるうちに、もう軍に来てから4年が経ってた。身体はかなり成長して、背が高くなったし、特に胸が大きくなった。今ほど巨乳じゃなかったけど、16歳にしちゃ破格のサイズだったと思う。来た頃はぺったんこだったのにな。最初からそこまで定期的に指名してた奴は、私のカラダの成長を、文字通り肌で感じてたんだろうよ。胸大きくなったねーとか言われるようになったし、竿を胸で挟んでやると喜んでくれるってことも知った。最初は慣れなかったけど、すぐにものにできた。

 少し話は変わるけど、宿には寝室があって、4人1部屋だった。狭い部屋だったよ。でも、そこにいた3人とは友達になれた。まあ、結局誰も残らなかったんだけど。ああ、出ていったんじゃないよ。2人は自殺して、1人は性病に罹って死んだ。

 いろいろ、もう限界だったよ。4年間もそんな生活を続けてたから、溜まるものがあった。それはずーっと溜まり続けて、ある晩に限界を迎えたんだ。

 輪姦された日の晩だった。宿に戻ったら、最後の1人が自殺したから明日から別の部屋で寝ろって言われた。頭が真っ白になったけど、普段通りシャワーを浴びて、ベッドに潜り込んだ。そんで、今までみんなで話したこととか思い出してたら……笑いが止まらなくなって。そのまま眠りに落ちた、と思う。

 

 翌朝私は、めっちゃ上質のベッドの上で目が覚めて、その横には、私がずっと憧れてた存在がいたんだ。そうとも。今でも語られるほどの天才剣士であり、統率力に溢れた軍神、シルト・リーヴェリンゲンがな。

 

 

…………

 

「よかった。目が覚めたのね」

「……ここは?」

「あなたの部屋よ」

「……そうなの?」

「ええ。あなたはこれから軍人になるの。あなたのその左腕に秘められしは、私の断片の力……」

「ま、待って。何の話?」

「いいから、左腕に力を込めてご覧なさい」

「え? う、うん……な、なにこれ? まさか……異能兵装?」

「そう。その兵装が目覚めるにあたって、あなたの元いた場所は壊滅してしまったけれど……大丈夫。何を言われようとも、私たちがあなたを護るわ。安心してね」

 

…………

 

 私のこの《アヴェンジェリア》は、過度にストレスを溜め込んで爆発したっていう顕現の理由を、そのまま体現した能力を持ってた。

 4年間、女性としての尊厳をこれでもかってくらい穢され続けたストレスなんつったら、それこそとんでもないものだった《らしい》。まあ、私は何も覚えていなかったんだが……この籠手が目覚めると同時に、私が住んでた区画は丸ごと吹き飛んじまったんだとか。後で見に行ったけど、生存者は1割以下で、結局そこは、当時軍の中でもかなりの発言力を持っていたシルトに、過酷な労働環境が糾弾されて立ちいかなくなっちまった。

 そして私は晴れて軍人となり、軍で5人目の異能兵装の使い手になったのさ。当時はまだ、異能兵装使いは全然いなくて、10年くらい前から急激に増え始めたんだよ。

 トレーニングはキツかったし、シルトは全然手加減してくれなかったけど、今までよりかは遥かに楽しかった。それに、仲間ができたんだ。傷を舐めあうようなもんじゃなくて、信頼し合える仲間がさ。

 赤い槍使いで、やたらとキザで男前なヴィルマ・ミニアム・シュナイト。

 青い盾使いで、おしとやかな令嬢にも見えるナターリエ・クーニッツ。

 白い弓使いで、柔らかくてふわふわしてるマティルダ・ベルネット。

 そして言うまでもない、緑の剣使いで、どこか謎めいているシルト・リーヴェリンゲン。

 みんなかけがえのない友だった。私よりもずっと年上のみんなは、私のことをよく可愛がってくれた。その一方で嬉しかったのは、誰も私の4年間を哀れまなかったことだったな。辛い人生は誰もが送ってきていて、それがたまたまそうだっただけなのだという。逆に気兼ねがなくなった。

 愛されてたけど、私は自分が5人の中で1番下っ端だっていう自覚はあった。みんなは……私なんかより、よっぽど強かった。

 

 ……言っとくけど、今日はアイツの話は省く。だから詳しくは言わないけど……20歳の時、どうしても誰かを殺さなきゃいけない時がやってきた。そいつらは、私が彼らを始末しなければ、左腕を切り落とすと脅してきた。当時の私にとって、この左腕は即ち私の存在そのものだったから、やらなきゃいけなかった。泣きながら全員殺した。誰も悪いことをしていなかったのに、この手が、命を奪ったんだ。

 結局私は、血に塗れている上に女としての尊厳も穢された。全く綺麗なんかじゃないのさ。こんなに綺麗ぶってはいるけど……もう、汚れてない箇所なんてどこにも無い、と思ってる。

 結局、そのショックからは立ち直れたんだ。で、6年前、私は増えてきた異能兵装使いの部隊を1つ、任されることになった。驚くべきことに、補佐にはたった9歳の子が就いたんだ。リルナ・エメラルドっていう、可愛らしい子だったよ。9歳だっていうのに、そこらの大人顔負けの行動力と身体能力。異能兵装はナイフ型のを1本だけだったんだが、それでも彼女が扱えばかなり強力な武器になった。

 3年間かな。一緒にいたのは。ドーナツを一緒に作ったり買ってきたりして、部隊の子たちと一緒に食べたよ。ホントにドーナツ好きでさ。嗜好品の類は軍があんまり良く思わないから、時々にこっそりとだったけど。

 ただ、その3年目に私は……やらかして。彼女は戦場から帰ってこれなかった。死ぬ気で探したけど、ダメで。部隊のメンバーには超迷惑かけたし、勝手な行動したから部隊長も下ろされたけど……そんなの気にならなかった。そんくらい、リルナを愛してたんだな。なんで、みんなそうやって死んでいっちまうんだろうって、悩んだ。下手に強い自分が、逆に疎ましかった。弱ければ、簡単に後を追えるのにって。

 まあ、どっちにしろ部隊長を下ろされたのは良かったよ。肩の荷は下りたし、なにより、いつまでも私たちが仕切ってたら、育つ下がいないからな。フィーリアとスレイとアゲハは、よく頑張ってると思うよ。

 でも、もっと最悪だったのは、リルナが帰ってきたことだったんだ。

 リルナが死んでから3ヶ月後くらいに、とある製薬会社が軍と契約を結びに来たんだ。なんでも、貴軍に輝かしい人材を提供できるプロジェクトがあります、とか言って。まあ、それが例の超人兵士――エクスペンド計画のことだったんだが。

 その超人兵士の見本が、救出されたリルナだったんだ。

 でも、そいつはリルナじゃなかった。身体は改造されてたし、洗脳薬物かなんかで記憶も完全に破壊されてて、私のことを覚えてなかった。異能兵装のナイフだって、大量に呼び出せるようになってた。性格も全然変わって、まったく感情を表に出さなくなった。いや、そもそも感情があったのか……。でも、この島でもう1度彼女に出会って、信頼できるパートナーを見つけてて、正直、嬉しかったよ。こいつもまたいつか、人間に戻れる日が来るのかなって。

 

 そいつは自分のことを、Ⅰ號(アインス)・エクスアウラって言ってた。

 

 でも、私にとっちゃ、いつまでたってもリルナ・エメラルドのままなんだよ。

 

 

…………

 

 悪運が、強かっただけなのだ。それも、ここで尽きた。

「リルナ! リルナぁーっ!」

 戦火に焼かれた市街地の中を、空しく木霊する叫び声。ナイアは部下の名前をひたすら呼び続けた。瓦礫だらけの地面を、何度も蹴躓きながら走る。

 部隊はバラバラになった。それを何とかまとめて退避させているが、そのまとめ役が今、そこを離れている。

『隊長! このままでは部隊が壊滅します! 反撃の許可を!』

「反撃はするな!」

 ただでさえ最悪な戦況を、これ以上悪くするわけにはいかない。反撃しようとして敵に自らの位置を晒すなどもっての外だ。

 熱い。戦火に焼かれた市街地は死ぬほど熱い。けど、だからなんだ。今も彼女の部下は、この戦火のどこかで助けを待っているはずなのだ。

「リルナ! 返事をしろ、リルナ!」

 これでも結構、本気で生きてきたつもりだったのだ。少なくともここ数年は。弟に加えて娘ができたようで、嬉しかったから。

「リルナ! どこだ!?」

 自分が部隊に戻って応戦すれば、この状況は防げる。対抗できる。だが。

 彼女の心は、それを善しとはしなかった。

 右手に1人の命が、

 左手に99人の命が、

 それぞれ乗っかっている。彼女は、選択を迫られた。

 辺りに見たこともない砲弾が降り注ぎ、すでに破壊され尽くした街を、さらに破壊していく。

 ぐっ、とナイアは歯噛みする。

「……撤退しろ」

『え?』

 ナイアはたまらずに叫んだ。

「今すぐ撤退しろ! 後続もまとめて引き下がれ! 態勢を立て直せ!」

『はっ、りょ、了解しました! しかし、隊長は……?』

「私は強い。知ってるだろ。私はリルナを探す!」

『しかし……!』

「二の句を継ぐな! とっとと逃げろ!」

 余計な指図は聞きたくなかった。だからナイアはインカムを耳からむしり取ると、それを投げ捨て、また走り出した。

 そのままでは、100人は救えない。1人が生きるか、99人が生きるか。

 それでもナイアは薄々ながら気づいた。100人を生かす方法を。それは、自分が犠牲になること。

 リルナを見つけ、自分が敵軍に特攻し、彼女が撤退する時間を稼ぐ。そう。そうすれば善い。

 また砲弾が振ってくる。ナイアはそれを、左腕に召喚した籠手型の異能兵装ではじき飛ばした。

「リルナ! リルナ!」

 ナイアは叫ぶ。もう二度と、誤りたくないから。

「リルナ! 返事しろ! リルナ!」

 ナイアは走る。もう二度と、失いたくないから。

「リルナ! 頼む、返事をしてくれ……!」

 ナイアは駆ける。もう二度と、

 

「リルナぁー!」

 

 見捨てたくないから。

 

 

…………

 

 一緒に歩くうちに、隣の子が倒れて動かなくなってしまった。なんとなく気持ち悪かったので、その辺で拾った木の棒で、そーっと突っついてみる。動かない。つんつんと突っつく。動かない。それなりに力を込めて突っつく。動かない。腕に突き刺さる。動かない。ぐりぐりと動かす。動かない。動かない。動かない。

 寝ているわけではなかった。もう死んでいた。

 

 それが、彼女にとって初めての死だった。

 

 

…………

 

 ウザったいほどに晴れた次の朝。ナイアは、最悪の寝心地で目が覚めた。砲弾を躱すためにボロボロになった壁の陰に隠れて機会を伺っていたつもりが、疲労のあまり、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 ぼーっとしていた頭が覚醒していくにつれ、ナイアは最悪な現状を思い出す。

 一晩中探した。幾多の生傷を作り、指の皮がむけて血が出ても、探した。瓦礫の下を。建物の陰を。地面の上を。

 

 ――たいちょー! 私、頑張ります! 次、お願いします!

 

 まったく。あんまり無理するなよ。

 

 ――私、ドーナツ買ってきたんです! たいちょーも一緒に食べましょう!

 

 ドーナツか。好きなんだよな。まあ、たまの贅沢くらい。

 

 ――たいちょーと一緒なら、私はどんなにつらい戦いでも頑張れる気がするんです!

 

 私も、お前と一緒ならどこでも元気でいられそうだ。

 

 ――ナイアたいちょーのこと、大好きです! たいちょーの側近に選んでいただいて、私、とっても幸せです!

 

 ああ。じゃあ、これからも頑張ろうな。

 

 いなかった。最愛の側近、リルナ・エメラルドは、どこにもいなかった。

 どんなにつらくても決して笑顔を忘れなかった彼女は、どこにもいなかった。

 

 認めるもんか。

 絶対に探し出してやる。

 

 ナイアは幽鬼のようにふらりと立ち上がると、体の内側の悲鳴を完全に無視して歩き出した。

「リルナ……おーい、リルナー……どこだー。出てこーい……出てきたら、お前の大好きなドーナツ作ってやるぞー……返事しろー……倒れてても、そんくらいはできるだろー……?」

 ふらり、ふらりと破壊された市街地を歩き回る。夢遊病者のように。亡霊のように。

「あぁ……なんでわざわざ、部下1人のために、こんなことしてんだろうなぁ……あぁ……」

 

 いつの間にか、涙が頬を伝っていた。

 それを認識した後は、涙が溢れて溢れて、拭っても拭っても、全然止まってくれなかった。

 拭っても止まらないので、流れるままにした。乾いた地面に、足跡のように、染みができた。

 

 

「あーあ……面倒臭いなぁ」

 

 

 亡漠の戦士は天を仰ぐ。いつ見ても不気味な薄緑色の空は、今日もどんよりと淀んでいる。

 

 

 悲しみと痛みの中でもがくだけの人生なんて、なんて面倒臭いのだろう。

 

 

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