アンジュ -ロスト-   作:トライブ

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《サンクティアクイス》

『我が世界に理有り。

 

 和合を保つ理有り。

 

 ヒトたる者、同族を殺すべからず。

 

 この理を犯せし者、

 

 我が世界に殺されると深く心得よ。』

 

 ――初代魔女王墓の碑文

 

 

 

…………

 

 

 ……次は私の番ですか? こんなこと話して意味あるんですかね? まあいいですけど。

 

 貴女よりは長く生きてますよ。この間、ちょうど150を超えたところです。家族が祝ってくれましたよ。

 

 本題に入る前に……吸血鬼というものについて、少し個人的な見解でも喋りましょうか。

 

 私が思うに、吸血鬼という種族は……そう、バグだと思うのです。黒の世界という、巨大な1つのシステムの内部に生まれてしまった、不具合なのではないかと。

 種の根幹たる人間を食い物にし、限定的な弱点を多く保持し、かつ長寿である。それは不具合ゆえの不安定なのではないかと、そう考えます。

 

 本題に入りましょう。私はアルカルドの吸血鬼として、151年前に生を受けました。吸血鬼としての性質もありましたが、私には天与の才がありました。言うまでもなく、そう。エクシードです。

 我がエクシードは、他者の血液を体内に取り込み、保持どころか生成を可能にするという、非常に特異的なものです。しかし、当時はただ渇望のままに放埒を繰り返し、血を食らい、与えられた生命を謳歌していました。

 

 ところで、黒の世界における吸血鬼の現状はご存知でしょうか? ……ええ、そうです。私以外、誰も生きていません。私は文字通り、最後の生き残りなのです。そして、その原因は間違いなく私に存在しています。

 

 私は血を吸い、その血に流れるその種特有の魔力を得て、それを研究しているうちに……ある事実を発見しました。

 私の魔力が、《ある場所》に繋がっていたのです。それを捜索してみると、『世界の綴じ目』と呼ばれる遺跡にたどり着きました。読んで字の如く、球形の世界を綴じている、という言い伝えのある遺跡でした。

 噂話レベルの時は、そんな馬鹿なことがあるわけがないと一笑に付していましたが、私との繋がりを調べる内に、確かにこの遺跡は世界の《内側》と直接的な繋がりを持っていると判断できました。

 そこで、傲慢なる吸血鬼はその繋がりを弄り、こちら側へと力が流れるようにしました。大変でしたけど、その術は確かに成功しました。私は湧き上がる魔力に興奮を抑えきれず、そばにあった悪竜の巣へと攻め入り、その血を存分に喰らいました。

 時に、私には弟がいました。私に負けず劣らず優秀な吸血鬼でした。私たちは姉弟で世界を荒らしまわっていたのです。逆流の術も、弟がいたからこそ成功したのです。

 そんな風に自由奔放に2人で生きていました。家のことも何も考えず、ただ弟と一緒に居られればそれでいい。弟が望めば東へ西へ、私が望めば北へ南へ。そうやって世界を飛び回り、無限とも思える魔力で、本当に様々な血を得ました。

 誤解しないでくださいね。私は弟を本当に愛していました。今思えば、恋していたのでしょう。少なくとも、性欲を満たし合うほど親密でした。良くは、ないのですが。

 

 その終焉は、本当にあっさりとやってきました。弟の体調が芳しくないので、暫く拠点を構えて弟の治療に当たっていましたが、私が外敵を排除したり狩りに出るたびに、弟の体調は加速度的に崩れていきました。私の治療も虚しく、見る見るうちに衰弱していき……ある朝、彼は息絶えていました。

 

 その時、私は自分が成したことを考え直し……放埒の原点であった『世界の綴じ目』へと戻りました。そして、自分が弄った繋がりを再確認し、放埒の間に得た知識を総動員して――愕然としました。

 『綴じ目』の繋がりは、世界の内部……それも、吸血鬼という種の根幹を成すバグの塊へと伸びていました。私はそこから魔力を吸い上げていたのです。それも、途方もない量を。そのバグが、もはや機能しないほどに。

 事実を悟った私は、式の改変を修繕し、元通りにすると、飛んで実家に帰りました。そこには、無残な死体だけが転がっていました。

 

 どうして私だけがそのバグの塊と繋がっていたのかは想像に難くありません。エクシードです。この、世界より授かる力の線こそがその繋がりであり、私はそこから力を汲み上げて、振り撒いていたのです。

 エクシードを授かったが故の「偶々」を悪用した結果、私は自分の種を滅ぼしたのです。それが、結果的に黒の世界の平和への貢献となった……皮肉ですよね。

 確かに私は考えました。この繋がりに、今度は魔力を流し込んで、バグの機能を復活させてやればいいのでは、と。しかし、自分が好き勝手に吸い上げた魔力の量を考えれば、今更そんな途方もない量の魔力を集めることなんてできませんし、結局もう1度遺跡に戻って確認してみたら、バグはついに消滅していました。私だけが取り残されたのです。エクシードを所持しており、世界と直接繋がった存在であるがゆえに。既に吸血鬼というシステムそのものが存在しておらず、仮に私が子供を産んだとしても、その子は吸血鬼にならないでしょう。

 

 さて……全てを失った私は、それはもう戸惑いました。ヒトって、後ろ盾が無くなると途端に弱気になって、今までの行いを後悔するんですよね。私もそうでした。同胞を全員失って、己の傲慢と放埒を恥じました。こんなことなら、同族殺しの罪で死んでおけばよかったと思うほどに。

 ですが、それを誰かに言ったところでどうなります? 私を恨む者は数多くいました。それこそ世界中に。それだけのことを、私は成したのです。良いか悪いかは別として、世界中に敵を作る、という偉大なことを。

 そこで私は、いきなり最後の手段を取ることにしたのです。

 

 私は自分の身と心を、当代魔女王の差配に委ねることにしました。

 

 私は彼女の前に身体を差し出し、心を開いて見せました。彼女は暫く悩んだ後、こう告げたのです。

 

 ――お前の心は理解した。もう吸血鬼がお前以外存在しないことは、こちらも確認しているよ。そして、お前が今までの行いを心の底から悔いている事も、確認した。

 ――ところで、お前は血魔術に精通しているな? どうだ、私の眷属になる気はないか? その腕が、欲しいんだ。

 

 即座に私が首を縦に振ると、彼女は私にその証を刻みました。そして、彼女は世界中にその声を轟かせました。

 

 ――我が世の民よ、聞くがよい。吸血鬼は滅んだ。唯一の生き残りであるアルマリア・アルカルドは我が眷属となり、我に、そして我が世に忠誠を捧げた。民よ、我が世に安寧が戻った。以降、復讐の念よりアルマリア・アルカルドを脅かす者は、我が怒りを買うと知れ。

 

 笑っちゃうくらい自分勝手な宣布でした。最後に、私にこう仰ったのです。

 

 ――その心のまま生き、生き続けよ、我が眷属。

 

 その宣布が、今から約115年前、でしたか。私も結構、歳をとりました。魔女王の目論見としては、残り1匹の吸血鬼を確保したかっただけだったのでしょうが、それでも彼女の慈悲が嬉しかったし、ありがたかったのです。

 その場で私は彼女に誓いを捧げたのです。今なお続けている、断血の誓いを。どちらにせよ、主食たる血液はエクシードで生成できるので、飢えることはありませんでした。飽きは来ましたけど。

 

 それから、私は自分にしかできないことを探し始めました。それは思いの他、近くにありました。彼女の言われた通り、血魔術です。

 

 私は、自分が奪ってきた多くの命以上に、誰かの命を救わなければならないと思っていました。

 

 その答えが、医療を行うことでした。

 

 私は多種多様な生物の血を得て、その血を調べてきました。生命の根幹たる血液には、誰よりも詳しいという自負があります。放埒の間にいくらでも怪我をして、また病気にも罹り、その度に治してきました。故に私はその知識を使って、病気の治療を行うことにしました。

 最初はもちろん、拒否されました。殺人鬼に患者を任せるわけにはいかないと。当然ですよね。でも、各地を歩き回り、ついに辺境の村で治療をさせていただくことになりました。治療は無事に成功し、村の人からは感謝されました。その時から、何があってもこの道を歩むと私は固く決めました。

 

 そうして流離い行くにつれ、徐々に私の評判は上がっていき、治療してきた人数も増えました。ですが今尚、私は奪ってきた以上に救えたとは思えていません。だからこの身の動く限りは救い続けます。

 

 そして50年ほど前、私はとある魔族の依頼を受けて、その一族の娘さんを育てることになりました。

 その子は先天性の歩行障害者で、生まれた時から歩くことができませんでした。最初はその子を治してあげられれば良かったんですけれど、生憎『先天性』とは『そういうものとして生まれる』ということです。つまり、治すも何も、その子にとっては、歩けないのが普通だったのです。

 魔族というのは、何かとメンツを重んじる種族でして。歩行障害者を跡取りに据えるわけにはいかなかったのです。そういうわけで、私は彼女を育てることにしました。魔女王には許可を取って。もちろん、私の施術を望む方がいらっしゃればそちらに行きます。

 後で知ったのですけれど、彼女の母親はその家系に嫁いだ方では無くて……まあ、そのへんの話は割愛しましょうか。あまり、聞いても気持ちの良い話ではありませんし。

 彼女は非常に賢い子でした。魔術に長け、聡明で、何より優しくて。魔族らしさに目覚めてからは高圧的なフリをするようになりましたけど、結局、根幹は変わらず親切心にあふれた少女です。

 そして、彼女がきちんと成長したのが30年前程度でして。その頃には、その屋敷は私の自宅と言えるまでに馴染んでしまいました。彼女が余りにも才能を発揮するものだから、本家が「屋敷を放棄して戻ってこい」と彼女に言いつけた時は、私はここを去らねばならないのかと怯えましたけど……彼女は私を守ってくれました。今尚その屋敷は私の家です。彼女がお人好しなせいで、様々な子を住まわせるものですから、家族も増えましたけど。今はそれが心地よいのです。100年すこし前まで散々暴れていた記憶が、まるで嘘のように穏やかな気分ですよ。

 

 10年くらい前に、私ね、資格を取ったんですよ。世界間医師の資格です。別の世界でも医療してもいいよっていうアレですよ。初めて青蘭を訪れたのも、そのためでした。見える全てが真新しくて、世界って広いなぁって思いました。しかも、これはまだ島5個分だけで、黒の世界レベルに巨大なそれが、あと4個もあるって言うじゃないですか。広すぎて、まともな人間なら自分の世界さえ全部見れないんじゃないですか。ホント、広すぎます。

 そんな広い世界のどこに私の施術を求めている人がいるかなんて、流石の私でも分かりません。だから、せめてこの島に呼ばれれば、なんて思いました。

 

 そうしたら先日、まさにこの島に呼ばれましたね。原因は青蘭学園での呪物中毒、でした。

 ああ、そちらは全然、すぐに終わったんですよ? 少々特殊な式でしたけど、この手の手口は黒の世界でもたまに見られるものです。

 

 友達がね、できたんです。クールで綺麗な人間の子と、その妹の柔らかそうな子と、とても元気な天使の子と、無口で一途なアンドロイドの子。全然違うタイプの4人で、年齢も違うのに、とても仲良しで。大学の中で迷っていた私の質問に快く答えて下さりました。案内されている間、いろんな話を聞けました。事件の直後だったので、警戒している雰囲気はありましたけど、目的地にたどり着いた時にはすっかり仲良しになっていました。特に、あの天使の子には不思議な力を感じました。まるで、なんというか……心同士を自然に繋げてしまうような、そんな力です。

 

 そんな彼女らが、100年とすこし前まで、私が黒の世界を荒らし回っていたと聞いたら、驚くでしょうね。

 

 人間、ではないですけど……生きていれば、どうにかなるものですよね。ねえ、ナイア? 貴女も、生き続けて、ここまで来れたのです。私もそう。施術を断られる度、殺人鬼と罵られる度、何度自殺したくなったことか。悔いても過去は変わらない。ですが、今と未来を変える努力はできる。そのことを、私は主から教わったのです。

 

――その心のまま生き、生き続けよ、我が眷属。

 

 その言葉1つで、私はここまで生き続けました。

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