……妾の番か。よかろう。話して聞かせよう、我が歩みを。
妾は1000年程前に、この世に生を受けた人間じゃった。幼いうちから魔術の勉強に勤しみ、その才能を伸ばしていった。正直言って才能はあった方だし、努力もした方じゃった。つまりは完全無欠で、当時は神童と持て囃されておった。魔術の粋たる魔族すらも優に超える魔術の腕に、一族の者は歓喜しておったのじゃ。
当然の如く当時の魔女王に見初められ、20歳を過ぎたあたりでクレイドルに入ることになった。それから数年で、妾は1人の男と恋に落ちた。同僚の男じゃったが、少々生真面目すぎる男での、自分が恋していることにも気付かなんだ。じゃから、妾はそやつに猛烈にアピールして……お互いに30を過ぎてようやく、恋が実った。
2人は結婚し、幸せに暮らすはずじゃった。じゃが、妾の研究の一部が暴走したとき、彼はその命を奪われてしまったのじゃ。
嗚呼、後悔に次ぐ後悔。こんなことなら凡百に生まれつき、何も知らぬまま生きていれば良かったのに! 才能を持ったが故に、妾は生涯添い遂げるはずの伴侶の命を奪ったのじゃ。
妾は嘆いた後、こともあろうに、狂った。そして、クレイドルを抜け、彼を蘇らせるためにとある研究を始めたのじゃ。錬金術の極み――この世全ての魔術の極みである《賢者の石》を生み出すための、悪夢のような探求に足を踏み入れたのじゃ。これさえあれば、死者を蘇らせることも可能だと、古の書物を読んで知ったからじゃ。
実験は上手くいった。作り方を探ることは決して容易ではなかったが、着実に進歩を感じられるほどに、それは近くにあった。手を伸ばせば、もう少しで手に入る。
じゃが、妾には人間故の、決して逃れられぬ宿命が、どうしても足りないものがあったのじゃ。それが、寿命。その頃、妾は80を超え、老いていた。
どうしても、どうしても寿命だけは誤魔化せない。延命の霊薬に頼る手もあったが、半永久的に霊薬に依存しなくてはならない上、霊薬は非常に高価じゃった。クレイドルを抜けた身では到底、半永久的な量など確保できまい。資金繰りは、錬金術研究の過程で得た貴金属の精製を利用すれば詮無きことじゃったが、それでも足りなかった。そもそも、研究があと何年、何十年、何百年掛かるかも分からなかった。もしかしたら、千年でも足りないかもしれない。
切羽詰まった妾に降りた天啓は、錬金術の一貫に示された人工生命――ホムンクルスじゃった。
妾にはホムンクルスを作るための材料と技量のどちらもがあった。じゃから、妾はなるべく生命として安定したホムンクルスを作ると、1つの賭けに出た。そのホムンクルスに、己が魂を移したのじゃ。
かくして賭けに勝利した妾は、賢者の石創造の研究と共に、なるべく寿命が長く、安定したホムンクルス製造の研究も始めた。そして、身体が古くなるたびに、新しいホムンクルスに魂を乗り換えた。そうして、永遠にも等しく思える時間を通して、賢者の石の創造に挑んだのじゃ。
つまりな、現在ここにある妾の身体は、生まれついた際の身体ではない。ここにあるのは、妾が研究の末に生み出した、ホムンクルスの
全てはたった1人の男のために――そして、200年前に妾は遂に、賢者の石の創造に成功した。そして、遂に、遂にその男を蘇らせる、その寸前で、はたと思いとどまった。
この妾が与えし生は、果たしてこの者にとって幸福なのであろうか? この者はどういう形で蘇るのか? そもそも、本当に蘇るのか?
悩んだが、そもそも妾は狂っていた。逡巡は一瞬で過ぎ、これも研究の一環だと言い聞かせて、彼に賢者の石を使用した。
すると、彼は蘇った。何もかも完璧だ! そう思ったのも束の間じゃった。
魂も身体も、何もかも生前の状態に戻ったはずだったのに、その死体には意志が無かった。妾は終ぞ、生命体のあまりにも複雑すぎるロジックに気付かないまま、彼を蘇らせてしまったのじゃ。意志無き、『生きている』としか形容できない、無残極まる姿として。
意志たるものの真相を知らぬが故に、妾は誤った。誤り、それは取り返しがつかない誤りだった。否、そもそも800年もの時を魂に超えさせることなど、如何に強力な封印を施していたとしても、初めから不可能だったのじゃ。
……あまりにも彼を哀れんだ妾は、もう1度、彼を殺した。そして、次こそはちゃんと葬った。
妾は何もかも失ったように思えた。そんな時、ちょうどその頃代替わりした魔女王が、妾のところにやってきたのじゃ。
――おお、それが、かの名高き《賢者の石》か!
――お前は、これほどの偉業を成し遂げながら、何をそこまで打ち拉がれているのだ。
生きる気力を失った妾は、彼女に言って聞かせた。これは過ちの産物なんだ、と。
しかし、あの者は首を横に振った。
――過ちなどであるものか! 例えそうなら、これから正していけば良いではないか。
それから、彼女はこう言った。
――私はな、魔術の正しき広い浸透を望んでいる。そこで、あのケイオンに学校を建てようと思うのだ。
――お前のような者なら、きっと相応しい。頼む、どうか、教師を引き受けてくれないか。
――過ちを多く犯し、その全てを正した者が、誰かを導くに相応しいのだ。
それは目から鱗の提案じゃった。こんな妾が、誰かに教える、じゃと? と当時は思った。じゃが、今この時も、妾のように、少しの過ちから道を踏み外す者がいるかも知れぬ。それは決して望まぬことじゃった。
――よかろう。ただし、10年後だ。
妾はそう返事をした。そして、新たにホムンクルスを作った。精緻にして強靭極まる、今まででも最高の傑作を。
そして、それの動力として《賢者の石》を埋め込み、それに妾は乗った。
それが、この身体なのじゃ。不思議なことに、この身体に乗り換えた瞬間、この身体と共に添い遂げると決めた瞬間に、この身体にエクシードが宿ったのじゃ。
身体を作成してから、魂を乗り換え、馴染ませるために10年。久々にケイオンに戻った妾に、魔女王はこの杖を授けたのじゃ。始祖魔女王の支配と栄光の証、十二杖が一柱、《練砂聖杖セフィロト》をな。
――良い面構えになったな。
――努々、その想いを忘れるで無いぞ、我が眷属。
何も知らぬ小さき者らに何かを教えるということは、妾の想像以上に難しく、想像以上に面白いものであった。これだけ生きて尚、妾には知らぬことがたくさんある。
錬金術については全てを知ったつもりじゃ。じゃが、こうも可能性を見出されると……この先があるのではないか、と疑ってしまうのも無理はあるまい?
…………
今まで妾が乗り捨ててきた身体は、全て保存してある。無論、1番最初のものもな。それらは、妾の図書館の内奥深くにて管理してある。
今でも時々見に行く事がある。どれもこれも老いていて――でも、どれにも想いが刻んである。狂気じみたものであっても、妾はそれが――愛故にであったと信じている。
今尚、妾は彼を愛している。じゃが、もうそれは狂気に侵されたものではない。妾自身の手で彼を殺し、葬った、それからは――なぜか、不思議な透き通った色に感じるのじゃ。