次は私か? 分かった。不幸話を酒で流すのもどうかと思うけどな……。
私のは、私がというより、大体は私の友人だな。友人関連で、辛い思いをした。
どこからが始まりなのかは知らないが、私は20の時、ちょうど今から14年前だな。ファーロン・イオタという研究者の下で研修を行うことになった。まあ、私とアリーナ――ああ、プロフェッサー、と言ったほうが分かるか。2人で行った。
ファーロンは私たちを研究所ではなく自宅に呼んだ。彼の自宅は、青の世界への門が開いているコロニーとは別のコロニーにあって……まあこの辺はいいか。
彼の家は自然保護区の深い森の中にあって、陽がほとんど差し込まない、陰気な場所に建っていた。で、そこには彼の娘2人が住んでいたんだ。彼自身も時々帰ってきていたが、あまり私たちと関わろうとはしなかったな。
まあつまるところ、私たちは研修に行くはずが、娘2人の子守りをさせられたんだよ。それも、2年間もな。
でも、その2年間は人生で間違いなく最良に近い時間だった。2人の少女であり科学者は、私たちの親友と呼ぶに相応しい存在になった。
……あまり、2人の名前を言いたくはない。私たちがどんな妄執に取り憑かれたか、白日の元に晒すことにな……なに? ここは白日の元ではないだと? 確かにそうだが……まあいい。この2人の名前は墓場まで持っていけ。
2人の娘は、姉の方がカレン・イオタで、妹の方がセニア・イオタといった。当時はそれぞれ、18歳と12歳、だったかな。
…………。
容姿に関しては、カレンの方は今のカレンを想像してくれればいいんだが、セニアの方は少し特殊で。今のセニアの髪を伸ばして、瞳が赤い、という感じか。今のセニアは機械の眼球だが、当然昔は生体の眼だった。何かといえば、アルビノ個体だったんだよ。そのせいで、あんな陰気な場所に住んでたんだ。太陽光に当たるとすぐに日焼けしてしまうからな。
性格も違うな。カレンは実直なのは変わらないが、とてもお茶目だった。セニアは好奇心旺盛で、よく懐く甘えん坊だった。それに、2人ともよく笑った。
2人はとても頭が良かった。カレンは武闘家でありながら、アルゴリズム構築に長けたシステム開発者でもあった。セニアは天才肌で、9歳にして完全な人型ロボットを組み上げているほどだった。2足歩行式の、人間と同サイズのロボット。人工知能も搭載してあって、自分で考えて行動できるような、完璧なものをな。正直、技術的な話をするのに困ることはなかったよ。
そのロボットを、セニアは『アリア』と名付けていた。小間使いとして動いていたが、セニアの良き友であり、話し相手だった。月長石色のショートヘアに、水晶のような機械眼。額には、セニアが制作したもの全てに付けられていたプロダクトサイン。感情はあまり無いように見えたが、ちゃんと『心』を持っていたよ。何度も、私の話を聞いてくれた。
ああ、とても楽しかったよ。それに、やりがいのある仕事でもあった。セニアと私がロボットを組み上げ、カレンとアリーナがシステムを組み込む。セニアが未成年だったので、アンドロイドに関する事は出来なかったが……それでも退屈しなかったのは、2人は時折、我らよりもよっぽど深い自然への造詣を示してくれたからだ。より自然な身体の動き、より自然な興味の示し方、より自然な反応。我らが学校にて詰め込んだ知識など、所詮はただの知識にすぎないと教えてくれた。頭でっかち、という奴だ。知っているに越したことはないが、知っているだけでは何もできないのだ。アリアは多くの点において我らの作成したロボットに劣っていた。だが、あの子が非常に人間らしく見えたのは、動作の何もかもがあくまで『自然』だったからだったのだ。姿勢制御も重心移動も反応速度も自然。そういう些細な部分が、アンドロイドをやロボットを『人間めいたもの』にさせるのだ。あの日々の中で、アリアは確かに人間として我らのそばにいた。
無論、もっと先進的な技術を学びたいという不満は、私もアリーナも持っていた。だがな、あのセニアの笑顔を前にすると、そんなことなど吹き飛んでしまった。それに、原始に戻ってみるのも、意外と悪くなかった。それこそ、『人間めいたもの』を作るには、人間を、ひいては自然を知ることが大事なのだから。今はあんな形とは言え、あの世界も昔は、この世界と同じような姿だったらしい。エンシェントコロニーの自然保護区域は特にそれを如実に思い知られてくれた。今の私のアンドロイド制作の根底には、あそこで暮らした2年間が確かに存在しているんだ。
陽が完全に沈むと、1週間に1回、皆で近くの丘に行って、そこで天体の観測をした。太陽が出ていなければ、セニアは外に出られるからな。だから昼間に弁当を作って、夜になったらそれを持って丘に登った。みんなで喋りながら、星を眺めて。セニアは外の空気を吸える貴重な機会だから、いつも以上にはしゃいでいて……星灯りの下でのピクニックは、絶対に忘れられない記憶の1つだ。
1年後、滅多に自宅に戻ってこないファーロンが戻ってきて、セニアに1つの発明品を渡したんだ。それは、身に着けるだけで紫外線を完全に遮るというヴェールだった。そのおかげで、セニアは昼間でも外出できるようになって、より一層元気になった。最も、そのヴェールがどういう仕組みで紫外線を遮れたのかは分からなかったんだが。今思えば、あれは魔術の類を使用したのだろう。
その頃、我々が気になっていたのは、ファーロンの様子だった。滅多に戻らないとは言え、1ヶ月に1度くらいは顔を合わせていたんだが、どうも少しずつ調子がおかしくなっていっていたんだ。最初は気づかないほど小さな変化だったんだが、長年一緒に暮らしていたカレンが異変に気付き始めて、それから全員で注視するようになった。アリアも記録に参加してくれたから、彼の変化はデータとして、明確にそれを教えてくれた。そして、セニアが外に出られるようになったことで、我々は思い切って彼の研究所――ああ、市街地にあった方――に行ってみたんだ。
ファーロンは、至って普通に研究に勤しんでいるように見えた。だが、幾つかおかしい点があった。例えば、我々は無断で彼の研究所に行ったにも関わらず、彼はまるでそれを気にしていなかった、とか。まあ、そうなるであろうことは、データからある程度読み取れていた。平たく言えば、彼はひどく……何かに気を取られているようだった。心ここにあらず、という奴か。
そんな中、彼に頻繁に接触する研究者がいることに気付いたんだ。見ただけで不気味だとはっきりわかる男……なんというか、まともなオーラではない。そばにいるだけで悪寒がするような……。
雰囲気がまともでないなら、名前もまともではなかったな。彼は自分のことを『
T.G.は、よくファーロンと話をしていた。同じ研究チームで動いていたためだったんだが、それにしても親密というか……最も正しい言い方をするなら、ファーロンは彼に心酔しているようだった。
そして、セニアもまた、T.G.に興味を持っていたみたいだった。実は、セニアのヴェールの原案は彼のもので、さらに大部分を作ってくれた本人だって知ってからな。逆に、カレンは警戒心を解いていなかった。
私たちは……分からなかった。確かにセニアに自由を与えたのも彼だけど、同時に父親を狂わせているかもしれない存在でもある。だから、最低限の警戒はした、といった感じか。
ともあれ、もう1年でさらにいろいろなことがあった。例えば、青の世界から来た外交官にカレンが恋をして、でもその男は妻子持ちだったから失恋して、とか……アリアの歩行機能の調整のために何キロも歩いて、モーターが故障したアリアをみんなで背負って、とか……
終わってしまえばただの2年間だった。だが、かけがえのない、そして忘れられない2年間だった。
その終わりに、私たちは全てを失ったんだ。
……詳しいことは分からなかった。なぜなら、一時的にフィオナコロニーに戻っていた期間に、全て終わっていたのだから。
記録によれば……あの森の中の研究所に戻ったファーロンは、そこで《スパーク破壊装置》なるものを組み上げたらしい。起動すれば、周囲の生命体のスパーク……即ち命を、破壊する。外傷も何も残さず、「生きている」状態を「死んでいる」状態に変化させるだけの、とんでもない装置をな。
そして、それが、起動したらしい。装置はカレンとセニアが破壊していたが、衝撃で崩れた家の中からは……3人の遺体が発見された。アリアも、機能が完全に停止した状態で見つかった。
私たちは嘆いた。それ以上に、自分の妹分のような存在が、ああもあっさり死んだという事実を、受け入れられなかったんだ。
私たちはどうにかしてカレンとセニアの遺体と、アリアの残骸を回収した。どうするかは全く考えていなかったが、どうにかしたかった。どうにもならないのにな。
そんな我々に、誰が手を貸してくれたと思う? あの
彼女ら曰く、E.G,M.A.は我々の行おうとしていることに非常な興味を抱いたらしい。そして、その手伝いをしたい、と言ってきたんだ。断るわけもない。蜘蛛の糸でさえ、惜しかった。溺れる人は藁をも掴むとは言ったものだな。まあ、連中は藁ではなく救命ボート並みだったが。
我々は計画を立てた。2人を、蘇らせる計画を。即ち、2人を機械化し――アンドロイドとして復活させる。綿密に練られた計画は、成功の予感を感じさせた。
だが、我々はそこで欲に溺れた。さらに、発展を求めたのだ。二度と無残に死なないように、より強く、より逞しく復活させる。特にセニアは――。
それが、彼女らのプロダクトコードの由来だ。OHPは、Over-Hundred-Projectの略――セニアとアリアを分解し、相互にパーツを入れ替えて再び組み上げることで、
だが、カレンの実験が終わった時、我々はこの試みの雲行きが決して良いものではないことを知った。
なぜなら、そのカレンは、感情という感情がほとんど欠落した状態で蘇ってしまったからだ。
もう1度動いているカレンを見ることが出来るのは嬉しかった。だが、記憶は無く、感情も無い。私たちと過ごした2年間も、自分に妹がいたことさえ覚えていなかったんだ。そんなカレンだった。だが、それはもう、カレンでは無いように思えた。
しかしな、ダメ元でカレンの様子を観察していると、3年目から感情の萌芽が見られるようになったんだ。記憶は無いままだったが、少しずつ元のカレンに戻っているようで、嬉しかった。
そして、カレンを復活させてから5年後、我々は遂にセニアとアリアに取り掛かった。組み換えは非常に上手くいっていたし、我々も5年間で様々なことを学んだ。だから、カレンの時よりも完成度は高かった。
名前は、大脳の量で決めた。セニアの脳が多い方がセニアで、少ない方をアリアにした。だが、理論の上ではどちらもセニアであるはずだった。
ところが、ここでまた壁が立ち塞がった。結局記憶は無いし、感情も――カレンの時よりマシだったとは言え、ほとんど無いも同然。しかも、2人を起動させ、互いを認識させると、2人とも物凄い苦痛に苛まれた。それどころか、1度認識してしまったあとは、近くにいるだけでその症状が出た。おそらく、部品が共鳴しているためであろうという結論が出た。が、我々にそれをどうにかすることはできなかった。仕方なく、症状がより重かったセニアを凍結し、同時にアリアを、再び表に出てきたデルタに任せた。多くは語れなかったが、彼は快く引き受けてくれた。
しかも、未だに結論が出ない事象として……そもそも
今――セニアは、本来の自分を取り戻しつつある。あの無邪気で、好奇心旺盛で、誰にでも心優しい、あの可愛い少女に。同様にカレンも、清廉潔白で、厳しくも暖かい、あの少女になりつつある。だが、それと同時に、2人は元々の2人ではない存在になりつつあるのも事実だ。セニアはやけに頑固になったし、カレンは妙に愛らしくなったというか。
残されたアリアは、誰も知らない少女になろうとしている。セニアのような明晰さを備えつつも、まだ見ぬ誰かでもある、そんな少女に。
だが、私には今尚分からないのだ。それが彼女らにとって幸せなことなのかどうかが。
心があるからこそ、心が摩耗した者の気持ちが理解できないのだ。彼女らはどう思っているのだろう。自分という存在が、自分であるはずの誰かに侵食されていくという状態が。それは、幸せなのか?
それとも、彼女らは純粋に、失われていたものの湧出を喜んでいるのか? 過去の自分を認識した上で、それが帰ってくることに歓喜しているのか?
どれほど考えても結論は出ない……。
いや、おそらく、考えても結論が出る命題ではないのだろう。
なぜなら、人の心は、どうやってもデータにできないのだから。