アンジュ -ロスト-   作:トライブ

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《薄赤の鏡界蹟》

『この世界の神々は、人々のものにあらず。

 

 この世界の神々は、大いなる世界の法則を守護する者なり。

 

 この世界の人々は、輝きの翼持つ天使によって守られる。』

 

 ――光輝大天使聖堂、ミカエル

 

 

 

…………

 

 

 この話の前提として、我ら大天使は共通のエクシードを持つ、ということを教えておく。

 名は《(きょう)(かい)(せき)》。このように、我らが元から持つ翼の上と下に一対ずつ、固有の色の光でできた翼が顕れるのだ。私のものは、暁天の女神の色である赤色を薄めたもの。この翼は1枚1枚の羽根自体が強大な力を持つ。分離して保管しておき、遠隔で起動することも可能だ。これこそが、大天使の威そのものなのだ。

 そして大天使は、この鏡界蹟を用いて、神々の与える奇跡を代行する。

 

 

 さて、話はだいぶ前まで遡ることになる。

 40年ほど前、我々の世界を守護していた神聖騎士団という騎士団が、内部の腐敗によって解体されて以降、我々《導きの大天使》は、虹の神殿に住まう女神同様、従騎士を付けても良いということになった。

 我が友、《戦導の大天使》ミカエルは、1人の騎士を引き抜いて従騎士にした。それが、クロス・サウスゲートだった。好青年だったが、少々自惚れ屋の気質がある男だった。しかし、ミカエルは正義感の強い彼を大いに気に入ったようで、2人は良好な関係を築いていった。

 

 私はといえば、いまいち自分に合うような男を見つけられず、そのままでいた。私は女神から授かった聖剣があったから、それでいいとも考えていた。もっとも、それでも四大天使最弱である事実は変わらないのだが。そもそも、大天使の中で実際に従騎士を採ったのはミカエルだけだった。ウリエルもラファエルも、神殿にいればそれでよかった。

 

 ところで、第1座の女神が、互いの要素を組み合わせて第2座の女神を創ったように、我々にも部下がいた。それが、私とミカエルが創った《友導の大天使》ラグエル、ミカエルとウリエルが創った《祈導の大天使》サラフィエル、ウリエルとラファエルが創った《智導の大天使》サマエルの3人だった。

 とはいえ、この3人ははっきり言って失敗だった。少なくともサラフィエル以外はな。問題点は、あまりにも使命に忠実すぎたことだった。サマエルは、その名の通り知識の守り手だった。だが、あまりにも知識を求めすぎたせいで、人間が何年も掛けて作り出した超高濃度の《知恵の木の実のカクテル》に目がくらみ、かわりに虹の神殿の所在地を明かしてしまったのだ。サマエルは凍結され、神殿の位置を知った人間は全員処分する羽目になった。

 そしてもう1人、ラグエルもまた使命に忠実すぎた。「絆を結ぶ」という一点にのみ長けたあの大天使は、請われれば誰にでも協力を惜しまなかった。善悪の判断が致命的なまでにできず、絆を結んだ相手が大惨事を望めば、その通りのことを行ってしまう。ある意味でサマエルよりも大失敗だったと言わざるを得ない。事態の重さに気付いたアマノリリス様はラグエルを凍結した。

 これらは全て、はるかに昔の話だがな。

 

 そして、40年前から、急速に事態が悪化し始めた。

 

 当時は少し気がかりな問題があった。当時からさらに10年ほど前、虹の神殿に出入りしていた賢者の1人が、思想の相違から神殿を去ったのだ。神殿には特殊な魔法が掛けられていて、神殿から去った者は、永遠に立ち入ることができなくなる。つまり、その賢者が神殿を去った今、その者に神殿をどうこうすることはできなくなるのだが、それでも懸念があった。神殿ではなく、世界の方をどうにかされてしまうという懸念がな。

 懸念が現実のものとなりつつあった。腐敗していたとは言え、一定の圧力を持っていた騎士団の解体がそれを加速させていた。我々は混乱しつつも戦った。そして今から30年前、ということは当時から10年後、そこで1つの結末を得た。ミカエルの従騎士であったクロスが、死んだのだ。

 さらに、当時《豪雪の女神》サイア様の従騎士を勤めていたレクス・ハイトマンという男の消息も不明になった。サイア様は、レクスの子を身篭ってらっしゃった。彼女の悲しみは非常に深く、神殿を離れて《豪雪の里》の辺境に引きこもってしまった。

 一方のミカエルは、クロスが亡くなった後も毅然としていた。その理由は、彼の死の直前、ミカエルは彼の魂を転生の術によって、新たな命に宿らせていたからだった。

 ……この2つの話は繋がっている。つまり、クロスの魂は、サイア様のお腹の子に宿ったのだ。それが、今この青蘭で権限者(オーソライザー)を努める、サイオン・ハイトマンだった。

 

 それ以降、連中は目に見えて大人しくなった。理由は不明だったが、恐らく潜伏して戦力を増強していたのだろう。

 そして、今から17年前、また事態が動き始めた。

 まず、当時の最高神であった《暁天の女神》アーシー様が、その従騎士であったカイ・ガーネットと共に失踪した。あまりにも急なことで、その魂の所在さえ掴めなくなった。しかも、カイはどうやら、自分が賜っていた《暁光の聖剣》と《開闢の剣》を、それぞれが元あった場所へ返還していたらしい。即ち、失踪はおそらく計画的だったということだ。なので我々の混乱は非常なものだった。真っ先に《宵闇の女神》アマノリリス様が指揮を取られたためにどうにかなっただけで、我々は基盤の揺らぎを感じていた。

 

 その2年後、今度はミカエルがその消息を絶った。私は自分に1枚残された彼女の薄黄色の羽《鏡界蹟》へと語りかけ、所在地を問おうとしたが、無駄だった。彼女はこの世界――いや、どこの世界からも消えてしまったのだ。我らは自分たちが磐石だと思っていたはずの大地が、確かに不安定になりつつあることを知ったのだ。最高神と大天使の消失は、我らを、そして民らを焦らせるのには十分だった。しかも、本来なら確実に行われるはずの魂の転生が起きていないことも、焦燥に繋がった。もしかしたら、この世界の法則が、我々さえ与り知らぬ場所で変容しつつあるのかもしれない、とな。

 

 とはいえ、今から9年前、私たちはある希望を得た。私は普段「ガブリエラ」と名乗って各地の教会を巡り、民や天使らに加護を与えているのだが。この世界への(ハイロゥ)が開いている《陽光の都》の中心部に所在する教会で、私が民らに加護を与えていた時の事だ。とある天使の少女が、1人の男と女神に連れられて、私の元へ来た。

 その少女には、翼が1つしかなかった。私は数ある部下の1人が、6年前に偏翼の天使を保護したが、4年後にどこかへ行ってしまったという報告を得ていた。実際にその姿を見たことはなかったが、その日が6歳の誕生日だという彼女は、おそらくその天使だったのだろう。

 隣にいた女神は第4座の女神《月光の女神》ディアンナ様で、家出してきたというその男を保護したらしい。男の方は件のサイオン・ハイトマンだった。彼の中にあるはずのクロスの魂は未だ目覚めていないが、もし覚醒の時が来て、主が失踪していると知ったのなら、彼はどれほど嘆くのだろう……。

 そんな彼らがその天使を保護していてくれて、私は安堵を覚えた。伏し目がちだったが、彼女は目に見えて幸せそうで、私は喜んでその少女に加護を与えようとした。

 

 そのために彼女が顔を上げ、目を見開いた瞬間、私は電撃を受けたようだった。その少女の左の眼球は、私がよく知るミカエルのものだったのだ。金色の十字が刻まれた瞳。

 

 そして、私は無意識に所持していたミカエルの《鏡界蹟》を取り出した。すると、それを認識したその天使の少女は、失われている片翼を補うように、翼を出したのだ。見間違いようもない、ミカエルの《鏡界蹟》を。

 

 ああ、なんと例えよう、この想いを。歓喜とも絶望ともつかない、この感情を。確かにミカエルはそこにいた――だが、あまりにも不完全な姿だった。

 

 そもそも顕れた《鏡界蹟》は翼1つ分だけだった。それだけなら力量不足かと思えたのだが、加護を与えるために彼女の頭に触れたとき、その内奥を探った。すると、確かにあと翼1つ分の鏡界蹟があるのがわかった。だが、それしかなかったのだ。先程も言ったとおり、鏡界蹟は通常の翼の上と下に一対ずつ――つまり、翼4つ分あるはずなのだ。

 なのに、彼女の中には2つ分しかなかった。それは、ミカエルは不完全な転生を行い、何らかの理由でその半分を失ってしまったことを示していた。魂が分割されたために「ミカエル」という存在を失い、転生したことを認識できなかったのだ。

 

 その天使――レミエルは、自分がどんなものに生まれついてしまったのか、知らなかった。その隣に、魂で結ばれた従騎士であるサイオンもいた。なんという因果。2人は共に不完全な状態で、兄妹とも言うべき親しさで立っていた。20数年前まで、主従であった2人がな。

 

 

 ところで、ミカエルが失踪する1年ほど前、凍結状態だったラグエルが我らにとある提案をしてきたのだ。

 曰く、このまま大天使が欠けた状態が続くのはまずい。なので、私とミカエルがもう1度大天使の創造を行い、今後は善悪を完全に判断することのできる、新しいラグエルを作るのだ、ということだった。

 もちろん、そのことは何度も考えた。しかし、その理屈で新しいラグエルを作るとなると、仮に異なる結果になったとしても、元のラグエルと同一の存在として扱われ、世界の法則からどちらかが排斥されなくてはならなくなる。現に、その結果はウリエルとラファエルが、新しいサマエルを創造した際に判明したのだ。新しいサマエルは、元のサマエルを認識した途端に消滅してしまった。

 そのことを伝えると、ラグエルは持ち前の元気さで、じゃあ私を消滅させてから行えばよい、と言った。つまり、彼女は我らに味方するということだった。そうなれば、彼女はどんな命令にでも従う。

 だが、容易ではなかった。なぜなら、ラグエルは言ってしまえば我らの子なのだから。簡単に消せるはずがない。なので我らは合力して、ラグエルの鏡界蹟の器たる天使の創造に挑んだ。そして、機が熟した時、ラグエルの鏡界蹟をその天使へと移植する。それならば、どちらも消滅せずに済む。

 絶対なる勧善懲悪にして、どこまでも絆を重んじる天使を生み出し、そこに大天使の証たる鏡界蹟を植え込む。計画の最初は上手くいった。我らは望む通りの天使を得た。

 しかし、その直後にミカエルが失踪した。おそらくはレミエルとして転生したのだろう。それとほぼ同時に生まればかりのその天使を、私は優しく、厳しく育てた。天使として、また人の子として。

 

 4年前、青蘭に移り住んでいたサイオンの元に、この天使を預けた。奇遇――というか当然なのだが、同い年のレミエルと触れ合うということは、双方にとって刺激になると思ったのだ。

 

 その天使の名は、ミカエルと2人で決めたものだった。我ら2人を永遠に繋ぐ子――故に、エルエル。

 

 

 レミエルを取り巻く魂の因果、それは未だ終着点を見出していない。おそらく、ミカエルの魂が転生した先の天使はもう1体いるはずなのだから。レミエルが持っていない方の鏡界蹟と瞳を持つ天使が、どこかに。

 エルエルはまだ完成していない。鏡界蹟を得るに相応しい存在になったとき、あの子は遂に完成する。誰もの心を繋ぎ、悪へと抗う大天使になる。

 サイオンも、女神の子として、大天使の従騎士として。2つ待ち受ける運命を知らない。だが、彼なら立ち向かえるだろう。閉じきったレミエルの心を開いた、彼なら。

 

 

 その時が来た時には、この身を投げ打ってでも皆を助けよう。

 無論、この島々の危機にも我が力を振るおう。

 我が名、《愛導の大天使》ガブリエルの名に掛けて。

 

 

…………

 

 

 考えてもみてよ。あの女神たちは、自分のことを何と名乗る?

 

 第1座に、開闢・栄華・終焉。

 

 第2座に、暁天・陽光・黄昏・宵闇。

 

 第3座に、春眠・轟雨・秋嵐・豪雪。

 

 第4座に、豊穣・天空・海洋・雷鳴・月光。

 

 第5座でさえ、過去、現在、未来。

 

 だれも、人間なんかに興味はないのさ。他の女神も、皆同じ。

 

 その点、あの輝かしき大天使様はどうだい?

 

 戦も、勇気も、命も、愛も、絆も、祈りも、知識も、そして裁きも。すべて人間のものさ。

 

 つまり、あんたらは女神なんかに乞い願うべきじゃなかったんだよ。

 

 初めから、我ら天使のみを信じればよかったのさ。

 

 

 ほら、ぼくを信じてよ。

 

 この輝かしい翼を。《戦導の大天使》ミカエル様の正式な後継者であるぼくを。

 

 

 そうすれば、僕は力を付けられる。そうしたら、表の世界でのうのうと生きているぼくの半身から、ミカエル様の欠片を取り上げるよ。

 

 

 それまでは申し訳ないんだけど――このサリエルを信じて欲しいんだ。

 

 ぼくがレミエルを倒して、ミカエルになるまでね。

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