闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの   作:大豆万歳

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第27話

「……遅えな」

「すまない。いつも弁当を作ってくれている娘がいるんだが、調理の過程で失敗したらしくてね」

 

翌日の早朝、バベルで俺とヴェルフはベルとリリが来るのを待っていた。

ベルのほうはさっき言った通り、シルさんの弁当が出来上がるまで『豊穣の女主人』で待っている。しかし、リリが遅れるとは意外だ。いつもなら俺達とほぼ同時に来るのだが。

 

「……グレイ様……!!」

 

お、やっと来た──ん?凄い勢いでこちらに来ているな。

 

「……申し訳、ないですが……本日は、ダンジョン探索をお休み、させてください……」

 

こちらに来たと思ったら、息も絶え絶えにそう言ってきた。

 

「なにかあったのか?」

「実は……」

 

リリは息を整えると、事情を話し始めた。最近忙しかったこともあり、下宿先のノームの店主さんが倒れてしまったらしい。看病できる人が他にいないので、今日1日休みをいただきたいらしい。

 

「わかった。ベルには俺のほうから伝えておく」

「ありがとうございます。それでは」

 

俺が了承すると、リリは全速力でこの場を去っていった。

 

「じゃあ、ベルに伝えに行こうか」

「だな」

 

リリが去ったのを見届け、俺とヴェルフは西のメインストリートに向かった。

 

「お、来た来た。おーい、ベル」

「あ、グレイさん。ヴェルフさん。どうしたんですか?」

「リリスケから伝言だ。下宿先の爺さんが倒れたから、今日はダンジョン探索に付き合えないってさ」

「それでだ、これからどうする?」

「うーん、そうですね……」

 

サポーターのリリが不在となると、魔石やドロップアイテムの収拾効率が落ちる。かといって探索を中止すると今日一日暇を持て余すことになる……それだけは避けたい。

こうなったら3人でローテーションでサポーターを兼ねてしまおうか?

 

「……ベル。何だったら、今日一日俺に時間を貸してくれないか?」

「はい?」

「約束しただろ?お前の装備、全部新調してやるってな。旦那も来るか?」

「俺か?俺は……」

 

ヴェルフの提案に俺が顎に手を当てて考えていると、強烈な視線を感じた。この感じは……バベルの最上階あたりからだな。

 

「俺はいい」

「……そっか。んじゃ、行こうぜ、ベル」

「は、はい。じゃあグレイさん、またあとで」

「おう……さてと」

 

2人が北東のほうに向かっていったのを見送ると、俺はバベルのほうへと戻っていった。

 

 

 

 

バベルまで戻り、視線の主がいるであろう最上階に目を向けた瞬間──

 

「だ~れだ?」

 

突然目の前が真っ暗になり、背後から蠱惑的な声が耳に届いた。

 

「……美と愛の神フレイヤ」

「正解」

 

俺がそう答えると、視界を遮っていた手が離れる。

背後を振り返ると、紺色のローブを身にまとった女性が立っていた。フードを深く被っていて顔が見えないが、フードの奥から見える銀の髪と銀の瞳、ローブの上からでもわかるプロモーションに聞き覚えのある声。そして、周囲の人間の反応が目の前の神物(じんぶつ)が神フレイヤであることを証明している。

 

「何か用でしょうか?」

「そう警戒しないでちょうだい。貴方と少しお茶がしたいだけだから」

 

神フレイヤはそう言うと手を腰の辺りで組み、上目遣いでこちらに微笑みかける。

 

「わかりました。それじゃあ、場所を変えましょうか?」

「そうね。ちょうど良いお店を知っているの、ついて来て」

 

そう言うと、何故か神フレイヤが俺の隣に立ち、俺の肘をくいくいと引っ張る。

 

「それと、できれば腕を組んでもらえると嬉しいのだけど……」

「……はいはい。わかりましたよ、女神さま」

 

俺が肘を突き出すと、神フレイヤは嬉しそうに腕を絡めてくる。

 

『おい、見ろよ……』

『すげえな……』

『あのヒューマン、何処の【ファミリア】所属だ?』

 

何やら周囲からの視線が痛いが……気にしたら負けだな。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「ええ」

 

 

 

 

俺が案内されたのは大通りにある小洒落た喫茶店。その2階の窓側の席だ。

 

「ご注文は?」

「俺は紅茶のストレートとマカロンを」

「私はミルクティーとスコーンを」

「かしこまりました」

 

こちらの注文をメモにとると、店員が1階にある厨房へと向かっていった。

 

「それで、ダンジョン探索の進捗はどうなの?」

 

店員が去ると同時に、神フレイヤが口を開いた。

 

「そうだな。中層進出に向けてパーティーでの連携をどうするか話し合って決めているよ」

「貴方の実力を考えたら中層どころか、下層を飛ばして深層まで行けると思うのだけど?」

単独(ソロ)で準備万端な状態だったらいけるかもしれないが、パーティーを組んでの攻略だとそうもいかない。それに、俺がどういう存在か知らないわけじゃないだろう?」

「……そうね……」

 

俺がそう言うと、神フレイヤは外を──雲の上に目を向ける。

 

「そっちはどうなんだ?聞いたぞ、都市内トップクラスの【ファミリア】らしいじゃないか」

「ありがとう。貴方にそう言ってもらえると、嬉しいわ。他の神々には言ったの?」

「いいや、まだ言ってない。俺の正体を知っているお前にしか、こんなこと言えないさ」

彼女(ヘスティア)には何も話してないの?仮にも貴方の主神なんでしょう?」

「そんなことをしたら、オラリオ中が大騒ぎになる」

「私はそれを見てみたいけど……」

「それだけはやめてくれ。今の平穏な生活を失いたくない」

「冗談よ。私が貴方の正体を吹聴するような口の軽い女神だと思っているの?」

「思っている」

「ひどいわ、迷わず即答するなんて」

 

フレイヤは拗ねるような声音になるとそっぽを向いた。

 

「お待たせしました」

 

少ししてフレイヤの機嫌が治ると同時に、店員が注文していたものを運んできた。

 

「こちら、紅茶のストレートとマカロン。こちらが、ミルクティーとスコーンでございます」

 

「ごゆっくり」と一礼すると、店員は再び1階へと戻っていった。

 

「そうだ。【ファミリア】で思い出したんだが、他の女神とはどうなんだ?」

「そうね……ロキとはお互い隙あらば蹴落とそうとしているけど、付き合いはそこまで悪くないわ。ヘスティアは私のことが苦手って言ってたけど、私としては仲良くしたいわ。ヘファイストスやデメテル、その他女神とは可もなく不可もなくって感じなのだけど……イシュタルが……」

「イシュタルがどうかしたのか?」

「最近、彼女の眷属の戦闘娼婦(バーベラ)が妙な動きをしているの。今に始まったことじゃないけれど、彼女も事あるごとに私に突っかかってくるし。私も辟易してきているの」

「なるほど……頼むから、女神同士(お前たち)の喧嘩に俺を巻き込むのだけはやめてくれよ?」

「わかってるわよ。あちらが一線を越えない限り、私も彼女と抗争をするつもりはないわ」

 

……一線ね。

それは俺のことか、それともベルのことか、あるいはそれ以外の何かか……。

その後はお互い軽い会話をして解散になった。お代のほうは俺の正体に関する口止め料も含めて、俺が払うことにした。

 

 

 

 

「では、最後の打ち合わせをします」

 

12階層と13階層の階層間のルーム。ルーム内のモンスターを殲滅した俺達は、床に膝をついて小さな円を作っていた。

 

「中層からは定石通り、隊列を組みます。まず、前衛はヴェルフ様」

「俺でいいのか?」

「むしろここ以外、ヴェルフ様に務まる場所がありません。いえ、リリが偉そうに言えたことでは……すいません、続けます」

 

4つ並ぶ円の中で、2つ目のものをナイフで指す。

 

「ベル様は中衛を。ヴェルフ様の支援です。攻守を両方こなしてもらうことになります。負担は1番大きくなってしまいますが……よろしいですか?」

「うん、大丈夫」

 

頷くベルを見て、リリは3つ目と4つ目の円を指す。

 

「後衛はリリとグレイ様が。グレイ様は、ボウガンなり弓なり魔法なりで2人の支援をお願いします。それから、状況によってはベル様とグレイ様の位置を変えます」

「わかった」

 

俺はリリの指示に頷き、『シールドクロス』にボルトを装填する。

 

「つーか、旦那の多芸ぶりはおかしいって。前線での殴り合いから魔法や弓での後方支援まで何でもござれとか、本当に俺と同じLv.1か?」

「ヴェルフ様、そのことについては気にしない方向でいきましょう。そうしないと、リリ達の常識が崩壊してしまいます」

「へいへい」

 

両手をひらひらと振ってヴェルフは答える。

リリの視線がベルに移ると、ベルは「うん」と頷く。

 

「皆、準備は?」

「いいぜ」

 

大刀を担ぎ、不敵な笑みで答えるヴェルフ。

 

「問題ありません」

 

ボウガンにボルトを装填し、リリが答える。

 

「いつでもいけるぞ」

 

最後に、親指を立てて俺が答える。

 

「……行こう!!中層に!!」

 

俺達4人は、中層へ続く通路に足を踏み入れた。




次回、中層攻略開始です

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