闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの   作:大豆万歳

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第46話

「ここにベル君達がいる筈だ、通してくれ!」

 

日が沈み、都市の空が闇に包まれていく中、ヘスティア様は歓楽街の一角で叫んでいた。

場所は娼館街である第3区画前、【イシュタル・ファミリア】領域(テリトリー)の境界線上。

ベルと命の救出に赴いているヘスティア様は、俺達と共に入り口を封鎖する2名の女戦士(アマゾネス)と睨み合っていた。

 

「女神様ぁ、証拠はあるんですかぁ?」

「変な言いがかりをつけるんなら、こっちも相応の処置ってものを取っても構いませんね?」

 

しかし、相手は得物をちらつかせて、ふてぶてしい程にしらばっくれる。

更に、【イシュタル・ファミリア】の領域(テリトリー)全域に包囲網が敷かれている。さながらベル達を閉じ込める檻であり、儀式の邪魔をさせないための柵のように。

 

「まぁ、ここまでは予想通りですね」

「やっぱり、あの時顔を見ておくか捕まえるかしておけばよかったな」

「過ぎたことを言っても仕方ない。今は娼館街に入る方法を探そう」

 

正直、俺が『霧の指輪』と『静かに佇む竜印の指輪』を使えば一発だ。だが、俺は【イシュタル・ファミリア】の本拠地(ホーム)が何処にあるのか知らない。

ギルドが【アルベラ商会】の証言を掲げてこっちに来るまで待っている暇はない。

 

「何だ、今のは!」

 

足止めを食らっていると、不意に第3区画中心地で爆発が起こった。

 

「もう言い逃れは出来ません!!あれはベル様の魔法(ファイアボルト)です!!」

「通してもらおうか!!」

 

遠方から魔法の種類を判別したと口からでまかせを言うリリと、それに同調するヴェルフ。唖然と背後を振り返っていた2名のアマゾネスは、舌打ちとともに武器を構えた。

 

「だったらどうした、抗争をおっ始める気か!?」

「上等だ」

「がっ!?」

 

俺は宣戦布告とばかりに2人のうち片方を前蹴りで蹴り飛ばす。

 

「貴様ぁ!?」

「はっはー!そーら、行くぞぉ!」

 

斬り掛かるアマゾネス達にヴェルフが大笑し、桜花も大斧を携えて俺の後に続く。

道中のアマゾネスの阻害を俺とヴェルフ、桜花が矢面に立って戦うことで切り開いていく。幸運なことに、儀式とベル達の捕獲に戦力の大半を本拠地(ホーム)につぎ込んでいるのか、歓楽街周辺の警備を行っている戦闘娼婦(バーベラ)はそこまで強くない。

そして巨大な宮殿が目に止まったところで、宮殿の上階で魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が発生した。

だが、おかしい。なぜこんなことが起きている?

アポロンとの戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わったばかりのこのタイミングでベルが狙われる?

道を遮り、襲い来るアマゾネスを迎撃しながら考えていると、爆発の炎と黒煙が夜空に上がっていた。

俺達が起こしたものでも、【イシュタル・ファミリア】の誰かが起こしたわけでもない爆発は、悲鳴とともに第3区画各地点から鳴り響き始めた。

……ああ、間に合わなかったか。

 

 

 

 

場所は変わり、オラリオを囲む巨大な市壁の南東部。

 

「アスフィ。ちょっとおつかいを頼まれてくれないか?」

「……はい?」

 

芝居がかった仕草で悲嘆にくれたと思えば、ベル・クラネルを最後の英雄に押し上げると高らかに告げていた男神──ヘルメスは、いつものヘラヘラした雰囲気から一転して真剣な眼差しと声音で眷属(アスフィ)に話しかける。アスフィが怪訝そうに眉をあげると、ヘルメスは羊皮紙と筆を取り出し、何かを書き記していく。

 

「ここに書かれている特徴の人を探してほしい」

「なぜ私なのですか?」

「俺が行きたいところなんだが、彼女(フレイヤ)の怒りを買うのが怖い」

 

ちらり、とヘルメスが宮殿に目を向けると、銀髪の女神が振り返った。彼は帽子を深く被って視線を切り、アスフィに視線を戻す。

 

「そもそも、この特徴の人物が歓楽街(あそこ)にいるという根拠はあるんですか?」

「ある。これだけの騒ぎになったんだ、あの人は絶対に来る」

 

どの口がそれを言うかと、アスフィはため息をつく。

 

「勿論、危ないと思ったら全力で逃げてくれ。仮に見つけられなかったら、その時は運が悪かったと諦めるさ」

「…………わかりました」

 

アスフィは帽子に似た漆黒の兜を被ると、履いている(サンダル)を撫で、飛翔した。

 

 

 

 

【イシュタル・ファミリア】本拠地(ホーム)、『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』内部。

 

「──おい、大男!?この道で合ってるんだよな!?」

「知らん!階段が尽く壊されていただろうが!?」

 

大刀と大斧を担ぐヴェルフと桜花は通路を疾走していた。

襲撃される歓楽街と宮殿の惨状を目の当たりにし、ベル達の身を危ぶんだ彼等はヘスティア達から先行したのだ。幸いなことに、襲撃者達はヴェルフ達に見向きもしなかったため、彼等は混乱に乗じて宮殿内まで走破していた。

 

「お、階段があったあああああ!?」

「くそがぁ!」

 

やっと階段を見つけたと思えば、これまた見事に破壊されており、桜花が悪態をつく。

 

「仕方ねえ、一旦戻って他の道を探し──いない?」

「どうした?」

「旦那がいねぇ……」

「何!?」

 

ヴェルフと同じく桜花が背後を振り返るが、いつもの鎧を身に纏ったグレイの姿がなかった。

はぐれた仲間1人と、攫われた仲間2人。それらを天秤にかけ、瞬時に判断を下す。

 

「命達が優先だ、行くぞ!」

「ああ!旦那のことだ、何とか生き延びてベル達のもとに向かっているだろう」

 

 

 

 

宮殿31階。動揺する周囲の団員達に向かってイシュタルは叫び声を飛ばした。

 

「フリュネ達は!?『殺生石』はどうなったぁ!?」

「そ、それが連絡がつきません!?伝達の人間が1人も戻っておらず……!?」

 

側の団員達の声に舌打ちする。苛立ちと動揺にありながら彼女は必死に思考を働かせる。

そもそもフレイヤは何故、どうして今攻めてきた?

仮に運び屋(ヘルメス)が『殺生石』の存在をフレイヤに漏らしたとしても、春姫の『妖術』の効果と正体は露見していない筈。身の危険を察知して攻め入る理由にはならない。

 

「……ベル・クラネル、なのか」

 

あの銀髪の女神は、あの少年にそこまで執着しているのか。

 

「本当に、ガキ1人のためにあの女は……!?」

 

イシュタルに奪われるのは許さんとばかりに、戦争を仕掛けてきたのか!?常軌を逸している!!冗談じゃない!?

激しい動悸を抱えながら、イシュタルは己に自問する。春姫と『殺生石』を確保し、フリュネ達と合流するか、或いは攻め込まれている本拠地(ホーム)から、いや都市(オラリオ)から脱出するか──と、その場で立ち尽くし判断に迷っていたイシュタルは。

自分の周囲から、喧騒が途絶えていることに気がついた。

 

「お、おいっ、どうした!?」

 

この状況に浮き足立っていた団員達の声が、戦闘娼婦(バーベラ)の声が聞こえない。

31階、大階段前。奇しくもベルと2度目の邂逅を果たした30階広間を眼下に置くイシュタルは、手摺から身を乗り出し階下に呼びかけた。

薄気味悪いほどの沈黙で満たされた鉢形装飾の大柱が並ぶ広間。やがて、そこに2人分の足音が鳴り響き、1柱の女神と1人の少女が通路から姿を現した。

 

「なっ……!?」

 

紫水晶(アメジスト)の瞳を限界まで見張るイシュタルの視線の先で、護衛を連れた女神、フレイヤは微笑む。

イシュタルのことを真っ直ぐ見上げながら、銀の長髪を耳にかけた。

 

「久しぶりね、イシュタル。神会(デナトゥス)以来かしら?」

「フ、フレイヤッ……!?」

「早速だけれど、ちょっと話があるの」

 

喉をつかえるイシュタルに、フレイヤは笑みを崩さず歩み寄ってくる。

 

「そっ、その女神(おんな)を取り押さえろおッ、お前達!?」

 

側にいた男女の団員達に命令を下す。

それまで狼狽えていた2人は主神の号令に従い、大階段を飛び降りた。

同時に、フレイヤの護衛の少女が動いた。

フレイヤに突撃する団員2人と護衛の少女がすれ違い、打撃音が木霊する。そして、暫しの沈黙の後──イシュタルの眷属が膝をつき、倒れた。

少女は得物の刀を鞘に納めると、倒れた団員を縄で縛り始めた。

 

「可愛い子達ね、イシュタル?」

「ひっ……!?」

 

気を失っている2名の団員を見下ろすと、こちらに目線を戻す銀髪の女神。

もはやその姿に恐怖を隠せないイシュタルは、細い悲鳴を上げ、1人宮殿の上階へと逃げ出した。

 

「……ねぇ、ネロ。どうしてイシュタルは逃げたのかしら?」

 

イシュタルが去り、31階への大階段を上っていたフレイヤは、護衛の少女に問いかける。

 

我々(フレイヤ・ファミリア)が攻め込み、貴女まで乗り込んできて怖がらない方がおかしいです」

「そうなの?私はあの人(・・・)に会うついでに、イシュタルと話をしたくて来ただけなのだけど。団員(こども)達にも【ファミリア】が壊滅するだけの打撃は与えず、ほどほどに叩く程度に留めるように言い聞かせているのに」

「ですが、ベル・クラネルに手を出したことは許さないのでしょう?」

「当然よ。あの子はいつか絶対に私のモノにするんだから」

 

 

 

 

女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)最上階。歓楽街で最も空に近い宮殿の屋上でベルとフリュネは交戦していた。

迫りくる大戦斧をベルは大剣で敢然と斬り払い、身を襲う多大な衝撃に負けまいと四肢に力を込め、反撃となる回転斬りを見舞った。

フリュネはそれを一瞬で打ち落とし、更なる攻撃を重ね、ベルもそれを防ぎ切る。

 

「ゲゲゲゲゲゲェッ!?やるじゃないかァ!?」

 

頬に走った傷ごと顔を歪めながら、フリュネは血走った目玉をぎょろぎょろと蠢かす。

未だに治まることのない憤激に染まる両眼は、全身を光る光粒で包まれたベルを殺意と愉悦をもって射抜いていた。

ベルの全身を包む光こそ、春姫の妖術【ウチデノコヅチ】。制限時間付きだが、対象人物を【ランクアップ】させる、反則級の魔法。イシュタルがその存在を隠匿させてきた最大派閥(フレイヤ・ファミリア)打倒の切り札。

その恩恵を受けてなお、第一級冒険者の高みは超えられない。何より、急激な能力(ステイタス)上昇に感覚が追いつかない。

 

「その力さえあれば、Lv.6だろうと関係なァいッ!!【剣姫】とかいうあの小娘もねェッ!?」

「!」

 

足を最大限に活かし防戦するベルに向かって、巨女は激しく攻めかかる。

昂ぶる怒りに従い、強撃とともにとある少女に向かって怨嗟を放つ。

 

「あんな人形女が最強で、美しいだってェ!?冗談じゃないよォ!?」

「……ッ!?」

「つくづく腹が立つよォ、お前の戦い方ァ!?あの女の姿が一々ちらついて見えやがるぅ!!」

 

イシュタルがフレイヤを敵視しているように、彼女もまた都市最強の一角と謳われる女剣士に敵愾心を抱いていた。

 

「その力さえあれば、あんな不細工どうってことないんだよおおおおおおォ!!」

 

ベルの中に見えるアイズを叩き潰すように、フリュネは大縦断の一撃を放つ。

屋上の一部を丸ごと破砕してのけた大戦斧を横っ飛びで躱したベルは、眦を吊り上げる。

憧憬の存在を貶めた一言に心をかき回し、激昂するまま相手に斬りかかった。

 

「うああああああっ!!」

「ぬっ!?」

 

怒涛の猛攻(ラッシュ)を敢行したベルにフリュネが初めてまともな防御を行った。

付与された夥しい光粒を引き連れ放たれる連続斬りに、軋みをあげる大戦斧。多角度から打ち込まれる無数の斬撃にその巨体が揺らいだ。

お返しとばかりに繰り出された渾身の縦斬りが、回避したフリュネの足場を破砕する。

 

「──つけ上がるんじゃないよォ!?」

「っ!?」

 

攻勢に出たベルの大剣を弾き返し、フリュネの巨体が翻る。

武器ごと上体が後ろに反り返った少年の胴体に、強烈な前蹴りを打ち込んだ。

 

「がっ!?」

 

咄嗟に膝で防御するも、ベルは蹴り飛ばされ、屋上の鉄柵を破壊する。

緩く速い放物線を描いて飛んだ彼の体は宮殿最上部から下へと落下した。

蛙の哄笑を上げながらフリュネが追撃を試みるが、そこで彼女を呼ぶ声が飛んでくる。

 

「フリュネ!フリュネ!イシュタル様がやばい、助けろ!?」

「……あぁん?」

 

彼女を呼び止めたのは、階段を駆け上がり屋上に現れた2人の戦闘娼婦(バーベラ)だった。

息を絶え絶えに彼女達は焦りながら近づく。鼻を鳴らし、彼女達を無視しようとしたフリュネだったが、屋上から見える光景に動きを止めた。

 

「何だい、こりゃあ……」

 

何とか鎮まりつつある怒りが、幾筋もの煙を上げる歓楽街に目を向けさせる。

本拠地(ホーム)周辺が異常な事態に晒されていることに、彼女はようやく気がついた。

 

「やっと見つけた、何をやっているんだお前は!?それでも団長か!?」

「アタイに指図するんじゃないよォ、不細工ども。それで、何が起きているんだい?」

「ホ、ホームが、歓楽街が攻め込まれてっ……!?」

 

駆け寄ってきた2人のアマゾネスに事情を問いただすフリュネは。

そこで、何者かが屋上にやってきたことを察知した。

 

「……よっこいしょ、っと」

 

戦闘娼婦(バーベラ)が上がってきた西の階段口。その直ぐ側にある鉄柵を何者かが掴み、屋上に足をつける。

 

「ふむ、いない……イシュタルとフレイヤも来ていない……」

 

身の丈およそ2M。ガチャガチャと金属の擦れる音を立てながら、体に付いた土埃やらを払いながら、その人影はこちらに近づいてくる。所々が赤熱している(・・・・・・・・・)という奇妙なその人物は、背丈からして小人族(パルゥム)はありえないだろう。

訝しげな目を向けるフリュネの隣で、2名の戦闘娼婦(バーベラ)は侵入者を迎撃するために動いた。

武器を抜いて迫りくる彼女達を前に、影を纏う人物は歩みを止めなかった。

 

「っ!?」

「……!?」

 

侵入者とすれ違った瞬間、2人はもつれ合って地面に転がっていた。

自分に何が起こったか理解できず呆然とする2人と違い、フリュネの目は見ていた。

侵入者は最初に接敵した戦闘娼婦(バーベラ)を反転させ、もう1人の戦闘娼婦(バーベラ)と衝突するような体勢に変えた。そして2人はぶつかって倒れたのだ。

呆然とする2人を尻目に歩いてくる人物。その鮮やかな手並みから相手が強者であると理解したフリュネが武器を手に突撃する中、雲が千切れ、月明かりが差し込む。

彼女の眼球に飛び込んだのは、鎧に身を固めた人物だった。

髑髏を思わせる形の兜の後頭部には異形の王冠。煤けた鎧と、ボロボロの赤いマント。鎧は所々が赤熱し、腰には鞘に収まった1振りの剣を下げている。

振り上げた大戦斧を振り下ろし、真っ二つに叩き斬ろうとした時だった。

鎧の人物は、腰に下げている剣に手を伸ばし、柄を握った。

 

「……っ!?」

 

瞬間、フリュネは斧もろとも全身をバラバラにされた気がした。

慌てて飛び退き、自分の体を大戦斧を触って確かめる。視線を鎧の人物に戻すが、微動だにせず柄を握ったまま静止していた。

フリュネの体は恐怖に震えていた。目の前の侵入者の実力に、まるで人型の(ナニカ)と相対しているかのような感覚に。

 

「……」

 

相手は剣の柄から手を離し、再びこちらに近寄ってくる。一歩、また一歩と距離が近づくにつれて、体の震えも激しくなり汗も流れてくる。

 

「ヒッ、ヒイイイイイイッ!?」

 

そして、あと一歩というところまで距離が縮まると、フリュネは斧を捨てて背を向けた。恥も外聞も何もかも投げ捨て、生存本能に従って逃走することを選び、階段を駆け下りた。

 

「フリュネ!?」

「待ってよ!?」

 

呆然としていた戦闘娼婦(バーベラ)達も我に返り、フリュネの後を追って階段を駆け下りて行った。

 

 

 

 

息を切らしながら最上階への階段を駆け上がっていく。

歓楽街(なわばり)を蹂躙され、眷属(手駒)を排除され、追い詰められたイシュタルはフレイヤから逃げていた。

 

「イシュタル?ちょっと待ってちょうだい」

「フ、フレイヤァ……?」

 

背後から響く女神の声にイシュタルは顔を怖気に歪める。

 

「はぁ……はぁ……」

 

やがて最後の1段を上った彼女の目には、破壊され尽くした屋上と赤く染まる歓楽街が映った。櫓のように立つ自室へ駆け込もうと(おのれ)の庭を横切ろうとした時、その後姿を目にした。

 

「……父上(・・)……!?」

 

神々(じぶんたち)人類(こどもたち)への愛の原点。神々(じぶんたち)名付け親(ゴッドファーザー)。そして、イシュタルがフレイヤを打ち倒そうとした動機(理由)になった人が、こちらに背を向けて立っていた。

 

「父上っ!父上ぇ!」

「……」

 

走りながら叫ぶと彼はこちらを振り向き、歩き始めた。

 

「なぜ貴方がここに”っ!?」

 

手を伸ばせば届く距離まで来たイシュタルの頭頂部に拳が振り下ろされ、星が瞬く。

 

「おあ”あ”ぁ……」

 

膝から崩れ落ちたイシュタルは女神に似つかわしくないうめき声を上げ、頭頂部を押さえたまま、のたうち回る。

少し遅れて、靴音を鳴らしてフレイヤが屋上に姿を現す。

彼女は目的の人物の姿を捉えると顔を喜びで輝かせて駆け出す。

 

「ああ、会いたかったわ!父さん”っ!?」

 

そのまま両腕を広げ、抱擁を交わそうとしたフレイヤの頭頂部にも拳が振り下ろされ、星が瞬いた。

 

「……っ!……っ!」

 

フレイヤはイシュタルのようにうめき声をあげず、頭頂部に手をあてて右に左に転がりまわる。

 

「とりあえず、そこに座れ」

 

数分後、痛みが引いたところで鎧の人物──イシュタルが父上と呼び、フレイヤが父さんと呼んだ男は自分の正面の石畳を指差す。

イシュタルとフレイヤは立ち上がるとそこに移動し、静かに正座する。彼女達が正座すると、男は石畳に腰を下ろす。

 

「さて……俺が何を言おうとしているかわかるか?フレイヤ」

「結果的に貴方を巻き込んでしまったのは悪かったわ。でも一言言わせてちょうだい」

「ほう?」

「イシュタルは私のお気に入りの冒険者()に手を出したのよ!?大人しくできるはずがないでしょう!?」

「だとしても限度があるだろうが、大馬鹿者」

 

隣で父上に反論するフレイヤをイシュタルは睨み、目で訴える。お前は父上がいることを知っていただけでなく、会っていたのかと。

 

「イシュタル」

「はいっ!?」

「何がお前を変えた?言いたくはないが、嫉妬のせいか昔よりも醜くなっているぞ」

「それは、その……フレイヤを倒して都市の頂点に立って、父上の愛を独占したかったから」

 

醜くなったという一言にショックを受けたイシュタルだが、本心をさらけ出した。その時の彼女の様子は、恋する乙女のようであった。

 

「つまり、俺のせいということか?それはすまなかった」

「そ、それは違う!全ては私の責任だ!だから父上が頭を下げることはない!」

 

男が頭を下げると、イシュタルは慌てふためく。隣に座るフレイヤは、そんな彼女を冷ややかな目で見る。

 

「お前達の処分はギルドに委ねるから、俺は人探しに戻る」

「ま、待ってくれ!父上!」

 

立ち上がり、その場を立ち去ろうとした男にイシュタルは声をかける。

 

「どうした?イシュタル」

「私とフレイヤ。同じ美の女神でありながら、女神としての名声はフレイヤの方が上なのは……なぜだ?」

 

イシュタルの問いに男は2人を見比べ、暫しの沈黙の後に答えた。

 

「強いて言えば……品性」

「……っ!?」

 

突きつけられた事実にイシュタルは言葉を失い、がっくりと項垂れ、フレイヤは勝ち誇ったような笑みを浮かべて胸を張っている。

 

「話は終わりか?」

「……はい」

 

弱々しい声でイシュタルが答えると、男はその場を立ち去った。

 

「なぁ、フレイヤ」

「何かしら」

「お前、父上がオラリオにいることを知っていたのか?」

「ええ。お茶もしたし、アポロン主催の『宴』で一緒に踊ったわ」

「ほほぅ、そうかそうか……タンムズぅ!」

 

がばっと顔をあげたイシュタルは、ちょうど屋上にたどり着いた従者に声をかける。

 

銅鑼(ゴング)を鳴らせええええええぇ!」

「イシュタル様!?」

「あらあら」

 

困惑するタンムズをよそに、イシュタルはフレイヤに飛びかかる。フレイヤは微笑みを崩さず、イシュタルを迎撃する。

余談だが、夜明けとともにギルドの職員と【ガネーシャ・ファミリア】が駆けつけるまで、女神同士の取っ組み合い(キャットファイト)は続いたらしい。

 

 

 

 

場所は再び、オラリオを囲む巨大な市壁南東部。

 

「おかえり、アスフィ。どうだった?」

「見つけました。念の為、似顔絵も描いておきました」

 

羊皮紙を受け取ったヘルメスは、アスフィの描いた似顔絵を見る。

 

「ありがとう。やっぱりあの人は来たか」

「それから、その人物についてもう1つ報告があります」

「なんだい?」

「実は──」

 

アスフィが話した情報にヘルメスは目を見開き、羊皮紙と歓楽街、そして第6区画の順に目を向ける。

そして額に手を当て、腹を抱えて震えはじめた。

 

「ヘルメス様?」

「……ははっ」

 

アスフィが主神の顔を覗こうと屈むと、ヘルメスはがばっと顔を上げて大声で笑った。

 

「あーっはっはっはっは!そうか!そういうことだったのか!はっはっはっは!」

 

まるでなくしたパズルのピースを見つけたような、歓喜の声をヘルメスはあげた。

そして一頻り笑うと、深呼吸で自分自身を落ち着かせる。

 

「ふぅ……アスフィ、俺は1週間後に臨時の『神会(デナトゥス)』を開く。そこに君も出席してくれ。いや、君だけじゃなく出席権を持つ全ての【ファミリア】の団長にも来てもらう」

「よろしいのですか?私達が参加しても」

「ああ。『神会(デナトゥス)』に眷属()を連れてきていけないという規則(ルール)はなかった筈だからね」

「仮にその規則(ルール)があった場合は?」

「特例ってことで強引にでも参加を認めさせるさ」

 

にやり、と口角をつり上げたヘルメスは【イシュタル・ファミリア】本拠地(ホーム)に顔を向ける。

 

「ヘスティア。1週間後に君の【ファミリア】がどうなるか楽しみだよ」




補足:当小説においての神々は、「はじまりの火に当たっていた闇の王の影から生えてきた」存在です
次回、ヘルメスが司会進行の神会

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