闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの   作:大豆万歳

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お待たせ(メスメルに串刺しにされながら)


第59話

 地上に帰還した後、グレイさん達と離れて都市の街路をあてもなく歩いていた僕は、近くにあった空の木箱に座ってさっきまで考えを整理していた。先程ダンジョンで受け取った、お近づきの印の羽をじっと見つめながら。

 ああ言ったのはいいけど、『異端児(ゼノス)』達と共生するための壁は非常に大きく、易々と解消できるものではない。特に、アイズさんは僕の知り合いの中で最も難易度が高いだろう。

 黒竜の鱗を祀るエダスの村で垣間見た、彼女の中にあるモンスターに対する憎悪。嘗ての彼女は『戦姫』と称され、【ロキ・ファミリア】の方々からさえ畏怖と恐怖を集めたという。そんな彼女が『異端児(ゼノス)』に会えば、言葉を交わす間もなく剣を抜き、屍の山を築き上げるのは火を見るよりも明らかだ。……恐らく、僕の説得の言葉が届くことはないだろう。

 だけど、万が一にも彼女が『異端児(ゼノス)』と共生することが出来たなら、【ロキ・ファミリア】を始めとした他の冒険者も共生できるかもしれない。……彼女が良くも悪くも有名なのを利用しているようで、非常に申し訳ないけれど。

 

「……もう、こんな時間か。そろそろ帰らないと」

 

 羽を見つめてあれこれと考えを巡らせていると、気づけば周囲が赤みを帯びていた。

 腰を上げて木箱から降り、本拠地(ホーム)に向かおうとした、その時だ。

 

「おー、いたいた。おーい、【リトル・ルーキー】」

「……?」

 

 背後から、誰かに呼ばれた。

 振り向けば、そこには中背で黒を基調とした衣装を着た、初めて見る男神様が立っていた。

 

「な、何かご用でしょうか?」

「ひひっ、そう警戒しないでくれよ。つっても無理だよな、神々(おれら)って基本胡散臭いもんなぁ」

 

 初めての昇格(ランクアップ)を皮切りに、見知らぬ神様に話しかけられたりちょっかいをかけらるなど絡まれることが増えた。ヘルメス様が緊急の神会(デナトゥス)を開いてグレイさんの正体が発覚して以来、更に頻度が増えた。

 

「おっと悪い、自己紹介がまだだったな。俺の名はイケロス」

「イケロス、様ですか?それで、僕に何か……」

 

 こういう時は僕への好奇心から声をかけたとか、グレイさんの普段の様子や女性の気配が無いか聞きに来たとか、そういう感じだ。

 

「それがよぉ……」

 

 いやらしい笑みを浮かべたイケロス様は、焦らすように僕の顔を覗き込んだり、肩に手を回してくる。……イケロス様には申し訳ないけど、主神(ヘスティア)様から言われた通り逃げられるよう、脚に力を軽く込めて──。

 

「喋る竜女(ヴィーヴル)って、知ってるかぁ?」

「……っ!?」

 

 不意に耳元で囁かれた言葉に、全身が凍り付いた。

 

「何でも19階層に出たらしくってよ……これがまた綺麗な顔をしてるって聞いたんで気になっちまってな」

 

 だから、こうして聞き込みをしているらしい。

 凍り付いた体を動かそうと心臓の鼓動が速まり、呼吸も荒くなる。

 辛うじて動かせるようになった首で、イケロス様を見る。僕の顔ではなく心の中を覗き込むような、紺色の瞳と目が合い、顔を固定させられたように離せない。

 

「なぁ、何か知っていたら──」

「ベル君」

 

 硬直する僕に、更なる言及が行われる寸前。

 第三者の声が、イケロス様の言葉を遮って響いた。

 

「ヘルメス様……?」

「やぁ、奇遇だね、こんなところで」

 

 僕とイケロス様が振り向いた先、羽根付きの帽子を被ったヘルメス様が、いつものように優男の笑みを浮かべていた。

 片手を上げながらにこやかに歩み寄ってくる。

 

「ベル君、行っていいよ」

「え……」

「神に絡まれて困ってたんだろう?言われなくてもわかるぜ」

 

 ヘルメス様は僕から視線を移し、イケロス様に流し目を送る。

 

「それにオレは、イケロスに少し用があってね」

 

 帽子の鍔を撫でながら、ヘルメス様は薄い笑みを浮かべる。

 

「さぁ、ベル君」

「す、すいません……失礼します」

 

 ヘルメス様に促され、碌な会釈もないまま背を向ける。

 とりあえず、神様とグレイさんに報告しておこう。

 足早に去りながら、僕はそんな事を考えた。

 

 

 

 

「何の用だ?ヘルメス。俺と【リトル・ルーキー】の話を遮ってまでするような事か?」

「そう急かさなくてもいいさ。できるだけ手短に済ませるからさ」

 

 噴水が設けられた小広場。そこに場所を移したヘルメス様と神イケロスが、互いの顔を見ずに声を交わす。

 

「お前の【ファミリア】が、都市の密輸に関わっているという噂を小耳に挟んでね」

「おいおい、情報源(ソース)はどこだよ?眉唾物じゃねえかよ」

「確か、エルリアの貴族だったかな?」

「……ひひっ、何が小耳だ。随分遠くまで調べ回ってるじゃねえか」

 

 神イケロスは口元の笑みを深め、自分を指さす。

 

「まさか、俺を疑ってるのか?」

「俺だって疑いたくないさ。けど、お前の【ファミリア】は黒い噂が絶えない。闇派閥(イヴィルス)の一味として候補に挙がっていたのが、その最たる例だ」

「だからぁ、あれは濡れ衣だって。俺は邪神なんてものを名乗ってねえ!」

 

 神イケロスは、食えない言動でヘルメス様の質問をのらりくらりと躱していた。

 しかしヘルメス様もまた、帽子の下から覗く笑みを崩さない。

 

「まだ、面白い情報がある」

「へえ?」

一風変わった(・・・・・・)モンスターまで、このオラリオにばらまかれているらしい。世界に混乱をもたらすように」

 

 その途端だった。

 その一言を待っていたと言わんばかりに神イケロスは紺色の瞳を見開き──口端が裂けんばかりに唇を吊り上げた。

 

「ひっ、ひひひひっ、つまりお前はこう言いたいのか!?この俺が獣の夢──悪夢を下界にばらまくために、眷族(ガキ)どもを使ってるって!」

 

 神イケロスは腹を抱えて体を折り曲げ、ゲラゲラと笑い転げる。

 暮れなずむ空に散々声を響かせた後、上体を起こし笑った。

 

「だが、俺は一切関与も指図もしてねえ。ぜーんぶ眷族(ガキ)どもが勝手にやってるだけだ」

「【ファミリア】の手綱を握るのも主神の仕事だぜ?」

「そうかもな。だが、俺は敢えて放置してるのさ。あいつらなら、もしかしたら……ってな」

 

 ふと空を、遠くを見上げる神イケロス。その瞳は、期待に満ち溢れていた。

 

「『最低最悪の悪夢を父ちゃんに見せる。そうすれば、もう父ちゃんは悪夢を見なくて済む』……だっけか?」

「そうさ。父ちゃんが信じた可能性とやらでもって、眷族(ガキ)どもがどこまでやれるのか俺は見てみたいんだよ」

 

 神イケロスの言葉を聞き、ヘルメス様はやれやれと肩を竦める。

 

「相変わらず、親父殿への愛情表現が歪んでるね」

 

 ヘルメス様の言葉を聞き、神イケロスは先ほどまでと一変して真剣な声音と表情で反論する。

 

「それは違うな、ヘルメス。俺は俺らしく、悪夢を司る神らしく父ちゃんへの愛情表現をやってるだけだ」

「……はいはい」

 

 今の発言を詫びるように、降参でもするようにヘルメス様は両手を上げた。

 

「……まあ、好きなだけ調べるといい。そこら辺に潜んでるお前の眷族(ガキ)を使って、俺の身の回りでも、あいつ等でもな。狗みたいに存分に嗅ぎまわれ──その方が、もっとひでーことになりそうだからよ」

 

 神イケロスは周囲に……私達に目配せして言葉を残し、広場から去っていった。

 ヘルメス様が、ため息とともに口を開く。

 

「……俺はウラノスのところに行く。アスフィ達は装備の補充や整備をしておいてくれ」

 

 

 

 

 そして、更に数日が経過したある日の朝。

 

「俺が、ガネーシャだ」

 

 片膝をついたガネーシャが、ウィーネ君に簡潔な自己紹介をして右手を差し出す。

 

「……ウィ、ウィーネ、です……」

 

 恐る恐るだけど、ウィーネ君も簡潔に自己紹介。ガネーシャの手を握り、握手した。

 

「さて、ガネーシャ。腹を割って話そうじゃないか」

「……うむ」

 

 春姫君達が見守るなか、ボクとガネーシャは面と向かうように座る。

 

「一つ目の質問だ。君は『異端児(ゼノス)』と呼ばれる理知を備えたモンスターの存在を、どうやって知ったんだい?」

「知り合いから、理知を備えたモンスターがいると聞いた。そして日を改めて、『異端児(ゼノス)』と対面した」

 

 曰く、礼儀正しい一礼と挨拶をしたレッドキャップに握手を求められたらしい。

 そしてここで問題が発生した。ガネーシャに『異端児(ゼノス)』のことを話した知り合いは一体誰なのか、という問題が。ロキか、フレイヤか、それとも……駄目だ、考え始めたらキリがない。これは一旦保留にしよう。とりあえず出来ることと言ったら、『偶然出会った』という甘い幻想が粉砕されたことを嘆くくらい。

 

「じゃあ、二つ目。君が中々【ヘスティア・ファミリア】の本拠地(ホーム)に来れなかったのは、君に『異端児(ゼノス)』の存在を話した人からの指示かい?」

「そうだ。【ヘスティア・ファミリア】が希望となりうるかの見極めと、『異端児(ゼノス)』達との意見交換が少々長引いた。……すまない」

 

 理由がどうあれ、遅くなったことに対する謝罪なのか、ガネーシャは深々と頭を下げる。

 

「じゃあ、最後の質問。ボクがウィーネ君を本拠地(ホーム)で匿っていたように、ガネーシャのところで『異端児(ゼノス)』の保護、若しくは支援活動を行っているのかい?」

 

 ボクの最後の質問。それを聞いたガネーシャは暫く口を堅く閉ざしていたけど、ただ一言、絞り出すように簡潔に答えた。

 

「……ああ」

 

 ボクの質問を肯定するその言葉から、【ガネーシャ・ファミリア】の主な活動を脳内で思い浮かべる。

 まずは探索系【ファミリア】らしくダンジョンの探索。次は都市の警備。あとは『怪物祭(モンスターフィリア)』……。

 

「(はっ!?)」

 

 瞬間、ボクの脳内に電流が走る。あのイベントの発端は暇を持て余した神々ではなく、ギルドによるものだと聞いている。もしかして、ガネーシャに話したのは……。

 

「……だいたい分かったよ。ガネーシャ」

「そうか……」

 

 確かに、これはそう簡単に話せない案件だ。内容もさることながら、関与している相手が相手なだけにおいそれと口外できない。そしてガネーシャが来たと言うことは、向こうはボク達を信頼できるを判断した……だったら嬉しいな。

 

「……そして、その『知り合い』からの手紙を預かっている」

『……っ!!』

 

 ボクとベル君達は、同時に唾を飲む。ガネーシャが懐から出した、市販されている安物の封筒。封蠟に刻印はなく、どこの誰がガネーシャに渡したものか分からないようにしてある。

 受け取り、中から手紙を出して開く。

 

『グレイ・モナーク氏除く【ファミリア】全団員、竜の娘とともに、ダンジョン20階層へ向かえ』

 

 そして、紙を縁取る蔦を彷彿とさせる模様は神々(ボクたち)が使い慣れた神聖文字(ヒエログリフ)だった。こっちには、こう書かれている。

 

『眷族が発った後、グレイ・モナーク氏と共に第七区画四番街路へ来られたし』

 

 これでほぼ確定だ。ガネーシャに『異端児(ゼノス)』の事を話したのは……ギルドの主神、ウラノスだ。

 

「神様」

 

 ベル君の言葉で、思考に没頭していた意識が切り替わる。柄にもなく、じっくりと考え事をしてしまったみたいだ。

 

「皆は、どうしたい?文面からして強制ではないようだけど、20階層に行くかい?」

 

 ボクの質問に、ベル君達は頷く。

 

「行きます。もっと『異端児(ゼノス)』の事を知るために」

 

 他の眷族()達も、概ね同じ様な理由でダンジョンに潜ると言った。

 

「……ウィーネ君は、どうする?」

 

 手紙を読み上げ、ウィーネ君の意志を確認する。ベル君達のいる地上に残ることを選ぶのか。それとも、同胞に会うために危険なダンジョンに潜るのか。

 

「………………」

 

 ウィーネ君はボク達を見て覚えたのか、顎に手を当てて目を閉じて考える仕草をとる。

 

「……わたしも、ダンジョンに行く。行って、ベル達の事を、地上の事を伝えたい」

 

 ちらり。と、ウィーネ君の視線がベル君に移る。よく見れば、手が微かに震えている。

 

「ダンジョンは怖いけど……ベルたちがいるから、大丈夫」

 

 決意に満ちた瞳で、ウィーネ君は言い切った。ベル君達は頼りにされているのが嬉しいのか、照れたように頬を掻いたり口角を少し吊り上げた。

 

「という訳で。ガネーシャ、今夜ダンジョンに潜ると、伝えておいてくれ」

「分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。窓一つない、薄闇が支配する広間。

 

「お前ら、(おれ)から一つ……助言(お告げ)だ」

 

 いくつもある黒檻に囲まれた男達──己の眷族に向かって、イケロスは口を開いた。

 

「【ヘスティア・ファミリア】を張れ」

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