闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの 作:大豆万歳
日暮れを経て宵闇が訪れ、やがて闇夜が頭上を覆った頃。
『バベル』の西門に、僕達は集まっていた。
僕、ヴェルフ、命さんは防具の上から
僕達は大盾を始めとした武具、
「ベル。ネロ」
「はい」
「はっ」
同行できないというグレイさんが、僕とネロさんの名前を呼んで周囲に目配せをする。グレイさんとはそれなりの付き合いとなるため、それだけで意図を察する。
視られている、と。
距離はかなり遠く、しかし様々な方角から僕達の事を視ている何者かがいる。
ガネーシャ様に手紙を持たせたという『知り合い』の息がかかった者が見張っているのか、それとも……。
「(……っ!)」
不意に脳裏に浮かんだ、イケロス様の不気味な笑みを、頭を振って追い払う。
「ベル……」
深く被ったフードの奥から、ウィーネが僕のことを心配そうに見上げる。
僕は一呼吸置いて、ウィーネの心配を払拭するように笑いかける。
「大丈夫だよ」
フードの上からウィーネの頭を撫で、意識を切り替える。
「──時間です」
手の中にある懐中時計の蓋を閉め、リリが零時を告げる。
僕の事を見つめる皆に、頷く。
「神様、グレイさん。行ってきます」
「皆、絶対に帰ってくるんだよ」
「気を付けて」
神様とグレイさんの言葉を聞いた僕達は、軽い会釈をして『バベル』の中へ入る。
目指すは、20階層。
……そこで『誰かが』、僕達の事を待っている。
ベル達を見送って直ぐ、俺とヘスティアは指定された場所に向かっていた。
『第七区画四番街路』。実はその場所は、旧【ヘスティア・ファミリア】本拠である廃教会の近くであり、少し遠いが俺の茶室が建っている場所でもある。
……要するに、寂れた居住区のど真ん中だ。
「グレイ君、周囲に誰かいるかい?」
魔石灯はなく、雲に遮られる月明かりさえ乏しい。おまけに、通りの両脇に立つ家屋には誰も住んでいないのか、人の気配を感じられない。『バベル』の西門にいた時の視線も感じない。ベル達の方に向かったのだろうか。
如何にも『何かが出てきそうな雰囲気』の場所で、『ささやきの指輪』を装備して耳を澄ます。
『……来たか……』
微かな呟きと共に、何かが動くような音が耳に届いた。
「そこにいる」
およそ5
曲がり角から現れたのは、影を象ったような、全身を余すことなく覆う黒衣で身を包み、両手に漆黒の
「お初にお目にかかる、神ヘスティア、グレイ・モナーク氏。そしてこのようなご足労、恐縮する」
黒衣の人物は、男性とも女性とも判別できない声を発し、深々と頭を垂れる。
「初めまして、それで君は──」
ヘスティアの声が不意に途切れる。
それと同時に、俺は臨戦態勢に入る。右手に『不遜なる者のメイス』を、左手に『王の鏡』を握り、ヘスティアを守るように立つ。
「グレイ君、武器をしまうんだ」
ヘスティアが、俺の腰をタップする。
「……分かった」
ヘスティアの命令に従い、両手の武器を収納する。ただし、万が一に備えて『覇者の指輪』だけは装備しておく。
「……感謝する、神ヘスティア。私はただの使いの者だ。私の主の元へ、お二方をご案内するために迎えに来た」
黒衣の人物は顔を上げると、来た道を戻るように曲がり角の方を向く。
「こちらへ」
それだけ言うと、黒衣の人物は歩き出した。
「グレイ君はボクの後から来てくれ」
「ああ」
黒衣の人物に続いてヘスティアが歩き出し、俺はその後ろをついて行った。
一方、ダンジョン20階層。
「ついた……」
僕達は目的地にたどり着いていた。
長方形の
ただ、問題は……。
「たどり着いたは良いが……」
「何もなければ、誰もいません……」
ヴェルフと命さんが言うように、ここには誰もいない。てっきり
入れ違い……なんて事は無いだろうけど、誰かがいた痕跡が無いか全員で
「……聞こえる……」
ウィーネの呟きに、僕達は振り返る。
ウィーネがいるのは、通路口とは真逆の階層の奥。そこでウィーネは壁を指さし、瞑目している。
ウィーネに倣って、僕達も意識を集中させると。
『──』
確かに、聞こえた。
徐々に大きくなっていく音が、耳に透き通るような旋律が、今まで一度も耳にしたことのない歌が。
「迷宮に、響く歌──」
いつか、どこかで耳にした噂話を、リリが思い出したように呟く。
「呼んでる……の?」
瞼を開けたウィーネは、壁の向こうで歌っている何者かに視線を馳せる。
誰も声をかけ合うことなく、僕達の足は自然と動き出し、ウィーネの元へと向かう。
一見して何の変哲もない
今も歌声によってほんの僅かに震動している
「いくぞ」
大刀を構えるヴェルフが歩み出て──一思いに
「……どうりで見つからないわけだ」
しかし、自己修復するダンジョンの中でも
壁が塞がれる前に、僕達は素早く身を滑り込ませる。
「……行こう」
歌は役目を終えたとばかりに途絶えていた。
樹洞の内部は狭く、モンスターが生まれる気配は無い。苔が繫茂していない天井や壁には小さな
先頭を進む僕に、真後ろにいるウィーネがそっと手を伸ばす。
重ねられるウィーネの細い手を、僕もまた無言で握る。
リリから回ってきた携行用の魔石灯を掲げながら、樹洞を下っていく。
「……泉」
坂を下りきった先には、清冽な蒼い泉があった。
大きさは奥行きと横幅、深さともに凡そ5
「道が、どこにもない……」
「そんな……では、あの歌はどこから?」
僕の呟きに、春姫さんが当惑する。
天井や壁を調べても、通り道や割れ目、穴は見えない。
「ベル殿、あれを」
命さんに促されて泉を魔石灯で照らせば、水面に一片の金色の羽根が浮かんでいた。僕達がお近づきの印にと貰った、あの羽根だ。
泉は透明度が高く、必然的に泉の底もはっきり確認できた。……壁の奥に続く、横穴の存在も。
「私が行きます」
ネロさんはそう言って
「……」
戻ってきたネロさんは水面から顔を出すと親指を立て、手招きする。
僕達は視線を交わし合うと、ネロさんに倣って脱装する。
刀を回収し、僕達を先導するように再びネロさんが潜る。続いて極東の川で鍛えられたという命さんと春姫さん、大刀を錘にして水底を歩くヴェルフ、短剣型の『魔剣』を抱えて小魚のように潜水するリリ。最後に、おそるおそる泉に浸かるウィーネの手を僕は繋ぎ、補助する。
途中でネロさんが砕いたのか、僕達を導くように
「「──ぷはっ!」」
先に来ていたヴェルフの手を掴み、泉から上がる。
「ここは……」
周囲は樹洞から様変わりして、鍾乳洞に似た洞窟になっている。黒い岩盤で構成されており、天井や壁から生える
「……『未開拓領域』です」
冒険者が探索者と呼ばれていた『古代』から現代までに蓄積された膨大な
まさに今、僕達がいるような未開の
『……』
喉を鳴らした僕達は、第一級冒険者でさえ足を踏み入れたことのない暗闇に向かって、一歩を踏み出した。