闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの   作:大豆万歳

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第61話

「まさか、オラリオにこんな隠し通路があったなんてね」

 

 黒衣の人物に案内された俺達が歩いているのは、薄暗い人工の道。

 高さはそこまでなく、横幅は三人も並べない程狭い。継ぎ目のない、見たこともない材質の壁面には、うっすらと光沢を帯びる紋様が刻み込まれている。窓や扉は一切なく、ヘスティアの『隠し通路』という表現はしっくり来る。

 

「この抜け道の存在を知っている者は殆どいない。まして使用した者となれば、片手の指でこと足りる」

 

 携行用の魔石灯を持って先導する黒衣の人物は、こちらに背を向けてスタスタと歩いている。

 黒衣の人物について行きながら、頭の中に簡易的な都市の地図を思い浮かべ、歩いてきたルートから大凡の現在地を割り出す。

 

「抜け道ねぇ……万が一、君の主(・・・)を逃がすための抜け道、かな?」

「……」

 

 ヘスティアの確信したような口ぶりでの発言に、黒衣の人物は肯定も否定もせず、沈黙のみを返した。

 

(答えるつもりは無し、か。まあ、この先で待つ主が答えてくれるだろう)

 

 ヘスティアと共に、大人しく付き従って歩いていると……。

 

「ん?行き止まりじゃないか」

 

 通路の終点にたどり着いた。しかし、そこはヘスティアが言ったとおり行き止まりになっている。

 黒衣の人物は、ヘスティアの質問に答えるように壁の紋様に手を伸ばし、何か呟いた。

 

「なるほど」

 

 壁が低い音を立てて横にずれていき、薄闇が広がる空間が現れた。

 

「……」

 

 黒衣の人物は無言で歩き始め、こちらも従って歩く。

 僅かな階段を上った先には、石造りの広間があった。……俺は少し前、この広間に来たことがある。そう、あれはラキアとの戦いに1週間ほど参加せよという冒険者依頼(クエスト)を終えた後のことだ。

 その広間の中心、四炬の松明が据えられた祭壇に、以前と変わらず『主』はいた。

 

「久しぶりだな、ヘスティア。父上、お久しぶりです」

「そうだね、ウラノス。最後に会ったのは君が下界に移ってからだから、千年は経ってるね」

「久しぶりだな、ウラノス」

 

 巨大な石の玉座に腰かけているウラノスに、ヘスティアは物怖じすることなく旧知に接するように応じる。

 

「私の役割は終わりだな、ウラノス」

「ご苦労、フェルズ」

 

 フェルズと呼ばれた黒衣の人物は、漆黒のローブを揺らして『抜け穴』の方に振り向く。

 

「では、退席させてもらうよ。早く向かわなければ間に合わない」

 

 声を続け、進んでいく。

 

「お二方、ごゆるりとしていってくれ」

 

 去り際に、俺とヘスティアに言葉を残して。

 そして、闇の中に消えていったのを確認したヘスティアは、ウラノスの方を向く。

 

「ウラノス。君とガネーシャが何をしているのか、全て話してくれ」

「いいだろう」

 

 僅かな隠し事も許さないと言いたげな眼差しをするヘスティアの問いに、ウラノスは淡々と答えた。

 16年ほど前に接触して以来、『保護』という名目で彼等に様々な支援を行っていること。

 その一環として、5年前から『怪物祭(モンスターフィリア)』を開催したこと。

 最終目的は、人と怪物(モンスター)の共存。

 それを神々の間で知っているのは、ガネーシャ、ヘルメスの二柱であり、他の協力者は先程のフェルズであること。

 

「それはまた、随分な無理難題だね」

「ああ。……だが、【ヘスティア・ファミリア】が『異端児(ゼノス)』に遭遇し、保護した事で僅かだが希望が見えた」

 

 ウラノスの目が、俺とヘスティアを交互に見る。

 

「その希望に賭けて、ベル君達をダンジョンに向かわせたんだね?」

「そうだ」

 

 ベル達の安否について、ヘスティアは問い質さない。何が起こるか分からないダンジョンに向かっているのだから、保障できないと割り切っているのだろう。

 

「……分かった。ヘルメスはどんな形で君が行っている支援に加わっているんだい?物資の運搬とか?」

「いや。『異端児(ゼノス)』を捕らえ、都市(オラリオ)内外に高額で売買している輩がいる。それも、ダンジョンの唯一の出入り口である『摩天楼(バベル)』を経由せずに。ヘルメスには、密輸ルートを探らせている」

 

 瞬間、脳裏を過る。イケロスの嫌らしい笑み。だが、あいつの性格上、売買に関わっていることはないだろう。大方、眷属を放置して好き勝手やっているのを見て楽しんでいるのだろう。

 

「そっか……ボクから聞きたい話は終わりだよ。グレイ君からは?」

「特に無い」

 

 そう返すと、ヘスティアはウラノスに目で訴える。次はこちらが質問に答える番だと。

 

「今後、【ヘスティア・ファミリア】は我々と同じく、『異端児(ゼノス)』の支援に協力は可能か?」

「ボクの一存では決められない。ベル君達と話し合ってから決めるよ」

 

 あくまで眷族達の意志を尊重するという姿勢をヘスティアが示すと、ウラノスは頷いた。

 

「では……父上」

 

 ウラノスの視線がこちらに移る。

 

「父上は以前も理知を備えたモンスターに遭遇したと、ガネーシャから聞きました」

「そうだ。有名どころで言えば、俺と同じ薪の王であるヨームはゴライアスのような巨人だ」

「なんと……!」

 

 驚愕に目を見開くウラノスに、ベル達と同じようにバモスやオルニフェクスの事を話す。その間ウラノスは若干前のめりになり、目を宝石のように輝かせて耳を傾けていた。

 

 

 

 

 一方、ダンジョン。『未開拓領域』。

 

「新しい同胞ト、人間ノ客人モいます。少し気合いヲ入れましょう」

 

 そう言って息を大きく吸い込むのはレイさん。僕達があの時19階層ですれ違った、歌人鳥(セイレーン)の『異端児(ゼノス)』。

 彼女だけではない。僕の右隣に座っているリドさんは蜥蜴人(リザードマン)の『異端児(ゼノス)』。他にも大型級(トロール)赤帽子(レッドキャップ)一角兎(アルミラージ)等、多種多様な『異端児(ゼノス)』達と宴会を行っていた。

 

「……」

 

 だけど、全員が僕達を歓迎してくれているわけでもない。離れた岩の上に居座る石竜(ガーゴイル)人蜘蛛(アラクネ)一角獣(ユニコーン)は鋭い眼光で僕達の事を睨みつけている。リドさん曰く、色々あって神経質になっているらしい。

 そしてリドさんが言うにはギルドが、厳密にはウラノス様が彼らに武器や食料などを提供したり、正体がバレないように手を回すなど支援を行っているらしい。

 なぜ支援を行うのかリリが訊ねた所、人と怪物(モンスター)の共存のためという答えが返ってきた。そして、僕達が現状を変える希望になりうるか試すために、ガネーシャ様を経由してダンジョンに向かわせたと。想像していた以上にとんでもない大物が関わっていたということで、僕達は思わず絶句した。

 ジョッキに注がれたお酒を口にしているけど、酔った時のフワフワとした高揚感のようなものが湧かない。……まだ、少し、彼らのことが怖いから。巨人ヨームの友になり、不死街で大矢を射ってくる巨人やデーモンと対話による解決を試みたジークバルトの肝の据わり具合に、僕はただただ感服していた。

 

「これはまた……予想の斜め上を行く展開になっているようだ」

 

 歌って踊る賑やかな宴の場に、呆れと苦笑がないまぜになったような声が届く。

 広間(ルーム)の出入り口から響いてきた中性的な声に、僕達は一斉に振り向いた。

 

「フェルズ、来たか!」

 

 影を象ったような黒衣に紋様が刻まれた漆黒の手袋(グローブ)。正体を徹底的に隠す不気味な謎の人物に、リドさんが気安く手を振る。

 フェルズ。レイさんやリドさんが話の中で何度か挙げていた名前だ。

 

「聞いていたより早かったな」

「これでも急いでやって来たんだ。それよりリド、軽く経緯を説明してくれ。白状すると、少々度肝を抜かれている」

 

 立ち上がって応対するリドさんに、フェルズ……さんは説明を求めた。

 

「君達は、私達が思っている以上に随分大物なのかもしれない」

 

 事情を把握したフェルズさんは、僕達にそんな台詞を送った。称賛……なんだと思う。

 

「まずは、初めまして。私はフェルズ。ウラノスとリド達『異端児(ゼノス)』の連絡役……使者(メッセンジャー)を主に務めている。後は、雑用役といったところか」

「ざ、雑用役、ですか?」

「ふむ、そうだな……君達と竜の少女を監視していた者、といえば分かりやすいかな?」

「「!」」

 

 その一言を聞いて僕とヴェルフは驚き、そして思い出した。19階層で、冒険者に擬装したレイさんが言っていたことを。

 つまり、この人が僕達のことを監視し、ウラノス様とダンジョンにいる『異端児(ゼノス)』達に逐一報告していたんだと。

 

「貴方は……人間なのですか?それとも、モンスターなのですか?」

 

 僕達とは纏う雰囲気がどこか違う、異様な相手にリリが困惑しながら問いかける。

 

「いや、フェルズは人間さ」

 

 それにリドさんが答えると、フェルズさんは肯定するようにフードを上下に揺らす。

 

元人間(・・・)と言ったほうが正しいかもしれない」

 

 どういうことですか?と、僕達が問うよりも早く。

 

「君達には見せておこう」

 

 フェルズさんは被っていたフードを掴み取り、剥ぎ取った。

 

『──』

 

 僕達の時が一斉に止まる。

 

「が、骸骨!?」

「おいおいおい……!?」

「まさか、『スパルトイ』!?」

 

 僕達の視界に叩きつけられたのは、白骨の髑髏(・・・・・)だった。目も鼻も耳も髪も存在しない。おそらく黒衣に隠れている手足や胴体も、肉や内臓の類は無いのだろう。

 

「モンスターではない。言っただろう、元人間だと」

 

 動転している僕達の疑問に、リドさんが答えるように口を開いた。

 

「フェルズは『賢者』さ。すげー魔術師(メイガス)なんだ」

 

 その言葉に、僕達は衝撃のあまり固まった。

 彼の魔法大国で永遠の命を発現させる魔道具(マジックアイテム)『賢者の石』の生成者。

 『神秘』のアビリティを有史以来最も極めたとされる最高位の魔術師(メイガス)

 

「……なるほど、貴方がそうでしたか。不老不死という呪い(・・・・・・・・・)に魅入られた(・・・・・・)愚か者(・・・)は」

 

 そこに、ネロさんの冷たい一言が響く。

 

「そうだ。狂信者(ロンドール)の血を引くお嬢さん」

 

 自身に対するネロさんの辛辣な評価を、嬉しそうな声音でフェルズさんは肯定した。

 

「現代に伝えられている通り、主神は『石』を砕いた。そして、当時の私は主神の忠告を無視して不死の秘法を編み出した。無限の知識を求め、そのお嬢さんが言うように、不老不死という呪いに魅入られてね。……その結果がこれだ」

 

 あれは私の汚点(トラウマ)だ、と主神の間にあった出来事を語るフェルズさんは、漆黒の手袋(グローブ)で己の体を隠す黒衣を上から下に撫でおろす。

 

「秘法の反動で全身の肉と皮は腐り落ち、今ではモンスターより醜悪な存在となった。空腹や喉の渇きを感じることもできない……生きる亡霊だよ。私は」

 

 だから、今は『愚者(フェルズ)』と名乗っているらしい。

 

「……その『賢者』の成れの果てが、こんな場所にいるんだ?」

「まぁ、色々あってね。都市(オラリオ)に流れ着いたこんな(なり)の私を、ウラノスが拾ってくれたのさ」

 

 難しい顔で、けれど物怖じすることなく訊ねてくるヴェルフに好感を持つように、フェルズさんは声の調子を変えて語る。

 

「今では『世界の中心』でもあるこの地で、時代の趨勢を観測させてもらっている」

 

 

 

 

 時間は経過し、ギルド本部地下。

 

「ウラノス。先ほど、【ヘスティア・ファミリア】が地上への帰還を開始した」

「そうか」

 

 戻ってきたフェルズが口にした言葉は、この密会も終了の時が近づいていることを暗に示していた。

 

「ヘスティア、父上。いずれ、また」

「ああ」

「じゃあね、ウラノス」

 

 フェルズの案内の元、『抜け穴』を経由して俺とヘスティアはこの広間を出ようとした。

 その、『抜け穴』に入ろうとした直前で。

 

「言っておくけど、人類(こどもたち)が皆、ベル君やジークバルトのように優しくなれるわけじゃないし、父さんのように冷たくなれるわけじゃないよ」

 

 ヘスティアの釘を刺すような一言を聞いたウラノスは頷く。

 

「分かっている。だが、前例の有無というのは意欲(モチベーション)の向上及び維持において、大いに役立つものだ」

「そっか……そうだね。じゃあ、また」

 

 ウラノスの返答に満足したのか、ヘスティアは軽く手を振った。

 

 

 

 

「……」

 

 手を見つめればあの時の感触に表情、言葉が蘇る。

 

『ウィーネ。また……また、会おうね』

『……うんっ!』

 

 歯を食いしばって本心を押し殺し、笑顔で握手をして交わした約束。

 あの娘をはじめとした『異端児(ゼノス)』が僕達と地上で手を取り合うには、大きな壁と深い溝がある。それを取り払い、埋めることができないまま、今までのように地上でこっそりと過ごしていれば、いずれお互いに破滅を招くことになる。

 だから……これは、仕方のない事なんだ。

 そう自分に言い聞かせて、拳を握る。

 

「(それに、もし『異端児(ゼノス)』を狙う密猟者に遭ったら……)」

 

 フェルズさんから聞いた、彼等を捕獲し、売り払っている集団の存在。フェルズさんがあえて情報を流しているけれど、中々尻尾を出さないらしい。

 ダンジョンでその現場に居合わせたら、『異端児(ゼノス)』を守るための戦闘は避けられない。

 

「グレイさん」

「どうした」

 

 『その時』に備えて、もっと強くならなくては。

 意を決した僕は、グレイさんに話しかける。

 

「……本拠地(ホーム)に戻ったら、体づくりの指導、お願いします」

 

 グレイさんが、神様に目配せして承諾を求める。

 察した神様は、小さく小さく頷く。

 

「厳しくいくぞ」

「望むところです」

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