闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの 作:大豆万歳
『ダイダロス通り』東部。
「ミス・ネロ!お久しぶりです!」
「誰かに見つかるんじゃないか、とても不安で……!」
「お二人とも、ご無事で何よりです」
はぐれた『
「フィアとレットを発見した、ヘルメス達の方はどうだ?」
『【ロキ・ファミリア】との戦闘で、まだ入り口に到達できておりません。申し訳ありませんが、何処かの空き家で暫く身を隠していてください』
「了解した。ネロ、そこの空き家に暫く隠れるぞ」
運よく直ぐ近くにあった空き家のドアノブを捻り、押したり引いたりしてみるがビクともしない。しっかり施錠してあるようだ。
鍵を破壊して開けるのは容易いが、そんなことをすれば隠れていることがバレてしまう。
「3人とも、少し待ってくれ」
「「はい」」
「はっ」
ポーチから鍵開け用の道具をいくつか取り出し、開錠を試みる。どうしてそんなものを持っているかは、秘密だ。
「グレイさん!」
そこへ、久しぶりに聞く声が響いた。
「二人とも、私の後ろへ!」
ネロが声をかけると、フィアとレットは素早くネロの背後に隠れる。
声のした方を振り向けば、そこには二人のエルフ。
片方は、長い山吹色の髪を後ろで纏めている。
もう片方は、長い黒髪を纏めずに真っすぐ流している。
ようやく、発見した。
幸い、周辺には他の冒険者や避難中の住民の気配はない。
なら、彼に思う存分問いただすことができる。
「フィルヴィスさん」
「ああ」
レフィーヤから杖を受け取ると数歩下がり、足元に置く。私の短剣と杖も同じく置くと更に数歩下がり、交戦の意思が無いことを行動で伝える。
「ネロ、二人とどこかの空き家に隠れろ。どうやら、俺に用があるらしい」
「はっ。二人とも、ついて来てください」
ネロはグレイから何かを受け取ると、モンスターを連れて何処かへと去っていく。
『二人』と称したのが引っかかるし、本当ならモンスターを追うべきだが、今は我慢。ここで彼女を追う素振りを見せたら、ここまでの苦労が無駄になる。
「どうして、あの日姿を見せてくれなかったんですか?グレイさんが迅速に対処してくれれば、こんな騒ぎは起きなかったのに」
「……依頼があって、遠くに行っていた」
最初に口にしたのは、単純な疑問。物語のように都合よく人々を救う存在が現れるなんてことは無いと分かっていても、聞かずにはいられなかったのだろう。ましてその相手が、正に物語の登場人物であり、実績もあれば尚更のこと。
そして、彼は申し訳なさそうに低い声音で答える。
「どうして、私達が敵対しなくちゃならないんですか?グレイさんの、英雄の力は今こそ人々のために振るわれるべきじゃないんですか?」
「主神の命令だから、逆らうことはできない。……それに、俺は英雄なんかじゃない」
次に口にしたのは、ほぼ答えが分かり切っていた疑問。彼が敵対するとすれば、神ヘスティアによる命令以外無いのは誰だって分かる。それでも聞かずにいられないのは、彼の実績と、これまで多少あった交流があったからだろう。
そして、彼は予想通りの答えを口にした。……後半は、何か言葉を飲み込むような間を置いて。
「いいえ!貴方は英雄です!貴方はその手で力を振るい、多くを救ってきたじゃないですか!」
この言葉を言い終える前に止めるべきだったと、私は後に後悔することになった。
グレイのことを気にするあまり視野が狭くなっていたのか、レフィーヤは彼の纏う雰囲気の変化に気づいていなかった。
「きゃっ!?」
「くっ!?」
レフィーヤが言葉を言い終えた瞬間、爆発が起こった。
強い閃光で目の前が真っ白になり、熱風が肌と
何度か瞬きをして、視界が鮮明になったところで腕を下す。
「(これは……)」
周辺の民家は、全て炎に包まれていた。パチパチと爆ぜる音が時折鳴り、黒煙は空へと上っている。
「これでも、君は俺のことを英雄と呼ぶか?」
そしてグレイは、レフィーヤを見下ろすように視線を下げてそう問いかける。……神ヘルメスが開いた緊急の
「……うぅん……」
「レフィーヤ!しっかりしろ!」
気を失ってしまったのか、倒れそうになったレフィーヤを受け止め、声をかける。
「……」
脈は、ある。呼吸も、ある。だが、彼女の目は閉じたままだった。
「レフィーヤ!レフィーヤ!」
ひたすら声をかけ、時に肩を揺さぶる私の隣を、グレイは通り過ぎていく。
「っ!」
いくら自身が英雄では無いと卑下するにしても、限度というものがあるだろう。そう思って私は振り向き、グレイを睨みつける。
グレイは気づいていないのか、それとも無視しているのかは分からないが、いつの間にか戻ってきていたネロという少女に目線を落としていた。
「……状況は?」
「はっ。神ヘルメスがフェルズ及び『
「そうか」
「そして、神ヘスティアから貴方に伝言です。『
「……分かった」
耳を澄まして聞こえたのは、私達がここにいる間に起こった出来事の報告。それをネロが終えると、二人はいずこかへと去っていった。
深い、深い、闇の中。右も左も分からない暗闇の中に、私は立っていた。
「ここは……」
しかし、どこか懐かしさを感じる暗闇。ここがどこで、何があるのか分からないはずなのに。
とはいえ、このまま立っていたところで事態の進展は見込めないので、取り敢えず歩いてみる。
「うわぁっ!?……びっくりしたぁ……」
急に足を踏み外したように錯覚し、バランスを崩して転びかけた。
実際は足場が無かったのではなく、段差になっていただけ。階段を下りる時に『あと一段ある』と思って足を下ろしたら、その一段が無くてバランスを崩すような感じ。それが分かれば今のように慌てることもないので、探索を続ける。
「……?」
爪先に、何か硬い物が当たる。当たった時の音からすると、恐らく金属製の物。
「……ようやく、この時が来たのですね」
「誰!?」
足元にある金属製の物を挟んで正面から聞こえた、誰かの声。
咄嗟に下がって距離をとり、いつでも応戦できるように構える。
声の主が一歩足を踏み出した音が響くと、さっき私の爪先に何かが当たったあたりで火が点いた。
火の中心にあったのは、地面に刺さった剣。刀身と柄は捻じれているのか螺旋を描いていて、鍔は十字型をしている。
「貴女は……?」
暗闇の向こうから現れたのは、一人の女性。三つ編みの髪に、黒いローブ。そして、金属特有の光沢を放つ目隠しで目を覆っている。
「くっ!?」
その姿を見た瞬間、闇を払うように火が爆ぜて全貌が明らかになる。
ここは、石造りの祭祀場だった。柱や壁には松明、床には蝋燭、そして頭上からは陽の光が差し、祭祀場全体を照らしている。
「貴女に、これを」
目の前の女性は目隠しを外し、私に差し出す。
「あの人を、お願いします」
見ず知らずの赤の他人。そんな人から物を差し出されて、抽象的な依頼をされてすんなりと受け取るようなことなんてしない。普段の私なら、相手が何処の誰で、どんな理由で差し出すのか、まずはそういったことを確認する。
「……はい」
なのに、私は目の前の女性から差し出された目隠しを受け取った。より厳密に言えば、『私はこれを受け取らなければならない』、そんな気がした。女性は満足げに頷き、穏やかな笑みを浮かべる。
そして、今度は私がその目隠しで目を覆う。
「うっ!?」
瞬間、流れ込んできた。永い永い旅路の記録。一人の女性が死の間際に抱いた願いをきっかけに始まった、終わりの見えない旅の記録。
産まれて、生きて、老いて、死んで、最後は神に導かれて火に焚べられるまでの記録。それも一人や二人じゃない、52人分の記録が流れ込んできた。
そうか、そういうことだったのか。
なぜ、私はグレイさんのことが気になるのか。
なぜ、グレイさんとネロさんが一緒にいると、モヤモヤした気分になってしまうのか。
「……お疲れさまでした。ゆっくり休んでください」
私は深々と頭を下げて彼女に労いの言葉をかけると、地面に刺さった剣に手を翳した。