闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの   作:大豆万歳

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第69話

「ふぃ~」

 

 『ダイダロス通り』南西外縁部。無人の見晴らしの良い塔の屋上で、ボクは一仕事終えたように汗を拭う仕草をする。

 

「ネロ君」

「はっ」

 

 先程までボクにたっぷり説教されて、正座のまま若干縮こまっているグレイ君から目を離さず、ネロ君に問う。

 

「どうしてグレイ君が、頑なに自分のことを英雄じゃないって卑下するのか、心当たりはあるかい?」

 

 天界にいた時も、同じような事があった。自分は英雄じゃないと卑下するグレイ君に対して、ゼウスがグレイ君の英雄ぶりを熱弁した。その結果、今の『ダイダロス通り』東部のように、彼の周辺は火の海になった。

 なぜそこまで自分を卑下するのか、訊ねてみても頑なにグレイ君は答えなかった。けど、ネロ君なら。ユリアの血を引き、記憶を受け継いだ彼女なら何か知っているんじゃないか。と、一抹の望みをかけて訊ねてみる。理由が分かれば、改善することができるかもしれない。

 

「一つ、ございます」

「……それは、何だい?」

 

 すると、ネロ君は僕の耳に手を添える。

 

「おそらく──です」

 

 そして、ボクにだけ聞こえる声量で耳打ちしてきた。

 

「そっか~……」

 

 それを聞いて、ボクは天を仰ぐ。

 納得できてしまう。それなら、自分のことを英雄じゃないと卑下してしまうのは当然だろう。どれだけ周囲から賞賛されようと、どれだけ偉業を成し遂げようと、それ(・・)に比べれば些末な事だ。

 

「ですが、それもいずれ解消されることでしょう」

「なんだって!?」

 

 ネロ君が呟いたその一言を聞いて、ボクの目線は彼女に釘付けになる。だって仕方ないだろう?グレイ君の頑固ぶりを治す術があるんだから!

 

「そ、それで!?それは具体的にどうやるんだい!?」

「ヘスティア様、どうか落ち着いてください」

 

 ネロ君はボクの両肩に手を置き、諭すような口調で語りかける。

 そして視線を『ダイダロス通り』中央地帯へと移し、口を開いた。

 

「……目を覚ました『彼女』ならば、それが可能でしょう」

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】陣地。

 

「ん……」

 

 瞼を開け、体を起こしながら状況を整理する。お尻に伝わる硬い感触から、私は【ロキ・ファミリア】の陣地にいることが分かる。月の位置から推測すると、気を失ってからそこそこの時間が経っているようだ。

 

「命令無視に加えて寝坊とは、随分と良いご身分やなあ?」

 

 厭味ったらしく、ロキが私に声をかける。……まあ、私がしでかした事を考えれば、この程度で済んだだけまだマシだと思う。

 

「起きたようだね、レフィーヤ」

「団長」

 

 続いて、団長が私に声をかける。後ろの方に目を向ければ、先程まで尋問を受けていたのか、フィルヴィスさんが正座している。

 

「ごめんなさい。命令を無視して皆さんにご迷惑を」

 

 私の謝罪の言葉は、途中で団長が手を翳して遮る。誰かが何処かで入手したのか、団長の手には人造迷宮(クノッソス)の『鍵』が握られていた。

 

「リヴェリア達が、人造迷宮(クノッソス)に突入した。これを持って急いで人造迷宮(クノッソス)に突入し、加勢するんだ。君への説教は、その後だ」

「はい!」

 

 急いで私は起き上がり、団長から杖と『鍵』を受け取る。

 

「フィルヴィス・シャリア。君も行くんだ」

「分かった」

 

 フィルヴィスさんは立ち上がると、脚が痺れているのか少々覚束ない足取りで団長に近づいて杖と短剣を受け取る。

 

「行ってきます!」

 

 

 

 

 レフィーヤ達が陣地を去った後ろ姿を見て、ウチは胸を撫でおろす。レフィーヤが運び込まれてきた時は『まさか!?』と思うたけど、気絶しているだけで本当に良かった。おとんに遭遇して、その程度で済んで良かったと。

 

「うーん……」

 

 ただ、一つ気になるところがあった。レフィーヤの纏う雰囲気が、何となく変わったような気がした。落ち着きがあるというか、ちょっと大人びているというか。一体レフィーヤに何が起きたのか、頭を捻って思考をめぐらせていると……。

 

「アイズ!?」

 

 フィンの言葉に釣られて視線を向けると、ベートの肩を借りて陣地に入ってきたアイズたんの姿が。見るからに何かあったと思わせるほどに表情が暗い。手足にも力が入っとらんのか、立つのがやっとみたいや。まるで病人やな。

 

「アイズたんはうちに任せて、フィンは指揮に集中せえ」

「すまない。ベート、『黒い猛牛(ミノタウロス)』捜索に戻ってくれ」

「ああ」

 

 アイズたんをベートから受け取り、陣地の隅へと誘導する。

 

「アイズたん、何があったんや?」

「実は……」

 

 ゆっくりと地面に座らせて訊ねると、アイズたんは弱弱しい声音で事の次第を話し始めた。

 

 

 

 

「……竜女(ヴィーヴル)、生きていたんだね」

 

 『ダイダロス通り』北西部。目の前には、『武装したモンスター』達の中からはぐれた、一匹のモンスター。あの日、仕留め損ねてしまった、竜女(ヴィーヴル)がいる。

 

「アイズさん……」

 

 それを庇うように、ベルが立っている。

 

「……」

 

 『ウィーネ』。ベルにそう呼ばれた竜女(ヴィーヴル)は、彼の袖を掴んで小刻みに震えている。

 

(……ああ、イライラする)

 

 怪物(モンスター)のくせに……!

 か弱い子供のように震えている目の前の竜女(ヴィーヴル)を見て、私は歯軋りをした。

 

「……アイズさん、この娘は僕達と同じように『理知』を宿しています」

「そう……」

 

 知っている。私がここに到着した時、私はベルと竜女(ヴィーヴル)が抱き合っている姿を見た。

 涙さえ瞳に湛え、喜びを分かち合う『人』と『怪物』という、あり得ない光景を私は見た。

 

「そんなの、関係ない。……モンスターは殺す。理知の有り無し問わず」

 

 《デスペレート》を抜き、一歩踏み出す。

 

「ウィーネ、行って」

 

 ベルは手甲から何かを外し、竜女(ヴィーヴル)に手渡す。

 

「民家でも路地裏でもいい。とにかくどこかに隠れて、これを使ってヘルメス様と合流場所を決めるんだ」

「でも……」

「早く!」

 

 食い下がる竜女(ヴィーヴル)に、ベルは語気を少し荒げて逃走するよう促す。

 竜女(ヴィーヴル)は暫く逡巡するように、手元の球体とベルを交互に見る。

 

「……っ!」

 

 意を決したように、竜女(ヴィーヴル)は私に背中を向けて走り出した。

 追跡するべきだけど、ナイフを抜いたベルがそれを阻もうと構えている。

 ……なら、ベルを叩きのめしてから追跡して、追い詰めて、殺せばいい。

 

「くっ!」

 

 踏み込みと同時に放った攻撃、それを、ベルはナイフで防いだ。

 それから絶え間なく剣撃を浴びせ、時には蹴りを交えてベルを攻撃する。勿論、刃は使わず、剣腹を使っての峰打ちで。

 だって、ベルは怪物(モンスター)じゃないから。怪物(モンスター)を庇ったからって、殺すのは駄目。

 

「ぐっ!……ふんっ!」

 

 前と比べて、凄く強くなった。攻撃を受けても、直ぐに立ち上がって構える程度には。

 

(何か、おかしい)

 

 私の脳裏を、一抹の不安が過る。ベルは防御してばかりで、攻撃してこない。あの竜女(ヴィーヴル)が他の怪物(モンスター)と合流するための時間稼ぎだけじゃないことを、ベルの目が物語っている。

 

「ふっ!」

「っ!?」

 

 その答えは、直ぐにベルの攻撃という形で現れた。

 ベルが放った一撃。正確に、鎧で守られていない太腿の付け根を狙った一撃を防ぐ。

 そこから、ベルの反撃が始まった。

 

「っ!?」

 

 姿勢を低くして、踵の腱を狙った攻撃。これは蹴りで反撃。

 

「くっ!」

 

 起き上がったところで肩を柄頭で殴ろうとしたら、ベルが体の位置と姿勢を変え、首をさらけ出す。

 

「うっ!?」

 

 首は危ないと躊躇ったところに、口内に溜まった唾を使った目つぶし。

 

「ぐっ!」

 

 咄嗟に翳した左腕の付け根を狙った一撃を躱し、剣腹で脇腹を打って壁に叩きつける。

 

(今のは、なに?)

 

 『どんな手を使ってでも殺す』。そんな黒い意思を感じる一連の動作に、私は動揺した。

 

(私、そんなの教えてないよ?)

 

 膝をついていたベルは立ち上がると、再び構える。

 例えるなら、鎌首をもたげる蛇。獲物が無防備になる瞬間を狙って、じっと待ち続ける蛇。私の前で構えているベルと、それが重なって見えた。

 

「……ベル、何が」

 

 『あったの?』と私が問いかける間もなく、ベルが私の目を潰そうとナイフを振るう。咄嗟に剣を構え、防ぐ。

 

「うっ!?」

 

 それは囮だった。私の右脇腹、肝臓を狙った拳がめり込む。肉体的なダメージと精神的なダメージが合わさり、呻き声が出た。

 

「……何が、あったの!」

 

 お返しに、ベルの鳩尾目掛けて前蹴りを放ち、蹴り飛ばす。

 

「がっ!……ごほっ!げほっ!」

 

 地面を転がったベルは暫く吐き気から嘔吐いたけど、直ぐに立ち上がった。

 

「……僕があの時、きちんとディック・ペルディクスを殺していればこんな騒ぎは起きなかった。僕が迷ったばかりに、こんな事になったんです」

「…………え?」

 

 ベルの口から出た言葉に、私は衝撃を受けた。今、ベルが、『きちんと殺す』って言った……?

 

「だから僕は、もう迷わないと決めたんです。『守る』と決めたなら、絶対に守る。『殺す』と決めたなら、絶対に殺すって」

 

 そう言って、再び構えるベル。……ベルの新雪のように白い髪に、宝石のように綺麗な紅い瞳に、『黒』が混ざり始めて見えた。アキやラウルの髪のように艶やかな『黒』じゃない、絵具を適当に混ぜて作ったような、濁った『黒』。

 

「はっ!?」

 

 気づけば、ベルが私との距離を一気に詰めて攻撃を開始していた。

 鎧で守られていない箇所を狙った斬撃と打撃が、絶え間なく繰り出される。動揺のあまり手足に力が入らなくて、防御するのが精いっぱい。このままじゃ、私は本当にベルに殺される。

 

(どうすればいいの?)

 

 思案する。最も確実なのは、武器を捨ててあの竜女(ヴィーヴル)の追跡も殺害もしないと誓う事。

 

(それはできない……!)

 

 そんなことをすれば、私の9年間を、私自身を否定することになる。

 

(でも、ベルを殺すなんて、できない……!)

 

 だけど、ベルを殺すことはできない。私が殺すのは、モンスターだけだから。

 

(どうすればいいの!?)

 

 誰か、教えて。誰か、ベルを止めて。心の中でそう叫んでも、声は何処にも誰にも届かず、私の中で虚しく反響する。

 

(しまった!?)

 

 そして、私はベルに足を払われて姿勢を崩し、地面に仰向けになる。

 ベルが逆手に持ったナイフが、私の胸めがけて振り下ろされ──。

 

「駄目っ!」

 

 刃先が肌に触れる寸前のところで、誰かがベルを羽交い締めにして私から引き剝がした。

 顔を向ければ、そこにはローブを纏った人影。……違う、さっきの、ベルがウィーネって呼んだ竜女(ヴィーヴル)がいた。

 

「……ウィーネ?」

 

 振り向いたベルは驚愕に目を見開き、竜女(ヴィーヴル)の名を呼ぶ。

 

「それ以上は駄目!その人を殺したら、ベルがベルじゃなくなっちゃう!」

 

 滂沱の涙を流し、竜女(ヴィーヴル)が懇願する。

 

(そんな……!)

 

 竜女(ヴィーヴル)のその一言で、ベルを汚染していた『黒』が洗い流されていく。

 私に出来なかったことを怪物(モンスター)が、竜女(ヴィーヴル)が成し遂げた。

 

(それじゃあ、まるで……)

 

 私は、怪物(モンスター)にも劣る存在。そんな考えが、脳裏を過った。

 

(違う!)

 

 小さな私が頭を振って否定する。

 なら、目の前の光景はどう説明するの?私には、できなかったよ?

 

(それは……!)

 

 小さな私が、言葉に詰まる。

 

「……行って……」

(駄目!)

 

 制止する小さな私の声を無視して、剣を放り投げる。民家の壁に当たり、地面に落ちた音が耳を打つ。

 

「……ベルがベルでいるために、私はその竜女(ヴィーヴル)を殺さない」

「アイズさん……」

 

 ベルの表情は分からない。だって私は、目の前の光景を直視できなくて、天を仰ぎ見ているから。

 

「……ありがとうございます」

 

 ベルと竜女(ヴィーヴル)の足音が、段々遠くなっていく。

 

「う゛っ」

 

 足音が完全に聞こえなくなると私は起き上がり、四つん這いになる。

 周囲の民家が、空に浮かぶ星と月が、私が今まで倒してきたモンスターの姿に変わった。どれもこれも、私を嘲笑うように口角をつり上げ、目を細めている。

 自分との誓いを破ったことへの自己嫌悪と、私にできなかったことを怪物(モンスター)が成し遂げたという認めたくない事実でぐちゃぐちゃになった私は……。

 

「お゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛……」

 

 その場で、吐瀉物をぶちまけた。

 

 

 

 

「そうか……それは、辛かったな」

 

 話し終えると同時に倒れそうになったアイズたんを、受け止める。泣いとるのか、小刻みにアイズたんが震えとる。

 

「……ねえ、ロキ」

「なんや?」

 

 アイズたんが、うちに上目遣いで訊ねる。

 

「……私、これからどうすればいいの?」

 

 自分で自分の誓いを破った今、アイズたんは自分の今後について悩んでいるみたいや。この騒動が終わってから、今まで通りダンジョンでモンスターを狩れるのか、今まで通り狩ってええのか、とか考えてるんやろうな。

 

「分からん」

 

 きっぱりと答えると、アイズたんがうちを睨みつける。

 

「せやから、【ファミリア】の皆と話し合って決めるんや。アイズたんの人生は、アイズたんのもんや。人の道を踏み外しそうにならんかぎり、うちは一切口出しせん」

 

 フィン達の方を向くように促して、アイズたんを諭す。うちがここで余計なことを言うても、良くて惑わせる、悪くて縛り付けてしまいそうやからな。

 

「……うん……」

 

 アイズたんはそれで納得したのか、小さく頷いた。

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