闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの   作:大豆万歳

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


第70話

「はぁ~……」

 

 人気のない『ダイダロス通り』で、僕は座り込んでため息を吐いていた。

 

『いいかい、ベル君。何事にも段階っていうのがある』

 

 先に『人造迷宮(クノッソス)』に突入していたヘルメス様達にウィーネを送り届けた後、僕はヘルメス様からたっぷりと説教された。いつもの胡散くさ、飄々とした雰囲気はどこへやら、凄く真面目な表情と声音(トーン)のヘルメス様の言葉が、僕の全身にのしかかる。

 そうだ、いくらアイズさんがモンスターを憎んでいて、理知の有無問わず殺すと口にしたからって、こっちも殺すつもりになっては駄目だ。話が通じない相手じゃないんだから、根気強く、相手が納得するまで説得するべきだった。

 

「すぅ~……ふん!」

 

 自分を戒めるように、頬を思いっきり叩く。

 

「神様と合流しよう」

 

 気持ちを切り替えて、『ダイダロス通り』を歩いていると──。

 

「……ベル・クラネルか」

「オ、オッタルさん!?」

 

 不意に、曲がり角から【猛者(おうじゃ)】オッタルさんが現れた。『なぜここに?』と疑問が浮かんだけど、アステリオスという『黒い猛牛(ミノタウロス)』の相手をしてもらうために、ヘルメス様がフレイヤ様に交渉すると言っていたのを思い出した。

 

「そ、その、アステリオスは見つかりましたか?」

「いいや、まだだ」

「そう、ですか……」

 

 オッタルさんの報告を聞いてそう溢すと、視界に影が差した。

 

「今、安堵したな?」

「ほああっ!?」

 

 オッタルさんが、僕の目を覗き込むように顔を下げていた。僕は思わず、二、三歩ほど後ずさる。

 

「あ、安堵、ですか?」

「そうだ。今のお前の息の吐き方は、安堵した時にする吐き方だ」

 

 オッタルさんに指摘されて、気づいた。僕は、今の報告に、アステリオスが生きているという事実に安堵していた。

 

「その反応を見るに、無意識のようだな」

「……実は、ヘルメス様がアステリオスの相手を貴方が務めるように交渉するとおっしゃった時に、思ったんです。『それは、違う』って」

 

 僕の言葉を聞いて、オッタルさんは驚いたように微かに目を見開いた。

 

「お前もか」

「……まさか、オッタルさんも?」

 

 問いかけると、オッタルさんは頷いた。

 

「そうだ」

 

 オッタルさんの一言を聞いて、今度は僕が驚愕に目を見開いた。

 

「アステリオスなる『黒い猛牛(ミノタウロス)』が闘いを望む強敵は、俺ではない。……根拠は無いが、そのような考えが俺の頭の片隅に居座っている」

 

 『恐らく、フレイヤ様も同じ考えだろう』と付け加えて、オッタルさんは辺りを見渡し、時には臭いで捜索を再開した。

 それを見ながら、僕は、思考する。

 なぜ、僕とオッタルさん、フレイヤ様だけが皆と違う考えを持っているのか。

 何か、共通点があるのか。

 

「っ!?」

『オオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 突如として、雄叫びが木霊した。

 一瞬早く気づいたオッタルさんは剣の柄に手を伸ばし、僕もつられてナイフの柄を握る。視線を前後左右、上にめぐらせ、声の主を探る。

 

「ど、どこか」

「前だ!」

 

 オッタルさんはそう言うと、僕を守るように前に出る。

 そして、それは現れた。

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 2Mを優に超えるであろう体躯に、筋骨隆々の肉体。全身型鎧(フルプレート)を軽装のように装備している。よく見れば、片腕が無い。誰か冒険者との闘いで、斬り落とされてしまったのだろう。全身傷だらけで、彼の足跡を残すように血が滴り落ちている。残っている左腕には、両刃斧(ラビュリス)が握られている。

 

「「……」」

 

 本来なら、足手まといな僕はこの場を直ぐに離れ、オッタルさんは剣を抜いて応戦するべきだった。なのに、なぜか僕達は、それぞれの得物の柄を握ったまま、こちらに猛進してくる『黒い猛牛(ミノタウロス)』……アステリオスの姿を見つめていた。

 

「……」

 

 僕達から1Mほど離れた距離で、アステリオスは立ち止まる。先ほどの咆哮が、猛進が嘘のように、静かに僕達を交互に見る。

 

「っ!?」

 

 そして、僕と目が合うと暫くの沈黙の後。

 

「──名前を」

 

 ゆっくり口を開いた。

 

「名前を、聞かせてほしい」

 

 外見に似合わない、どこか『武人』を思わせる低い声音で、言葉を続ける。

 

「夢を、ずっと夢を見ている」

「夢だと?」

 

 『異端児(ゼノス)』を実際に見ても動じる様子を見せないオッタルさんを前に、独白するように言葉を紡ぐ。

 

「たった一人の人間と、戦う夢。血と肉が飛ぶ殺し合いの中で、確かに意志を交わした、最強の好敵手」

「!?」

 

 その言葉が、ある記憶を喚起させる。

 初めての『冒険』、命を賭した攻防、互いの全てをぶつけ合った怪物との激戦を。

 

「再戦を──自分をこうも駆り立てる存在が、いる」

 

 あの怪物の姿と、アステリオスの姿が重なる。

 

「あの夢の住人と会うために、今、自分はここに立っている」

 

 それが、己の存在理由。

 それを聞いた僕は、ようやく理解した。どうして、アステリオスの相手をオッタルさんが務めることに違和感を感じたのか。

 

「自分の名は、アステリオス」

 

 『雷光』を意味する己の名を口にすると、アステリオスは再び訊ねる。

 

「名前を、聞かせてほしい」

「……ベル。ベル・クラネル」

 

 僕は一歩踏み出し、オッタルさんの隣に立つ。

 

「……オッタルさん、手出しは」

「分かっている」

 

 オッタルさんが、一歩下がる。

 アステリオスは、左腕に握っていた両刃斧(ラビュリス)を石畳に突き刺し、左手を胸に当てる。

 

「ベル、どうか……」

 

 そして左足を引き、深々と頭を下げる。

 

「再戦を」

 

 僕は、彼の挑戦に応じなければならない。逃げてはいけない。

 あの時と、同じように。

 ……神様、皆、ごめん。

 

「……」

 

 アステリオスが顔を上げると、僕も彼に倣って左手を胸に当て、左足を引いて深々と頭を下げる。彼の挑戦に応じる意思表示と、全てのものへの謝罪を込めて。

 

「っ!」

 

 顔を上げるとすかさず、逆手に武器を構えてアステリオスを見据える。

 それを見たアステリオスは、嬉しそうに口端を限界まで吊り上げる。

 石畳に突き刺した両刃斧(ラビュリス)を引き抜き、自分達を見下ろす月夜を仰ぐと──。

 

『オオオオオオオオオオオオッ!』

 

 天を震わす咆哮を打ち上げた。

 

 

 

 

「突然だけど点呼!グレイ君!」

「はい!」

「ネロ君!」

「はっ!」

「春姫君!」

「は、はい!」

「サポーター君!」

「はいっ!」

「ヴェルフ君!」

「はい!」

「命君!」

「はい!」

「ベル君!」

「まだ戻ってきていません!」

 

 咆哮が響くなりボクがやったのは、人員点呼。サポーター君が言うように、ベル君は戻ってきていない。

 地図に視線を移せば、咆哮が響いてきた方角には、ベル君の名前が刻まれている。

 

「皆!急いでベル君のところに行くぞ!」

 

 猛烈に嫌な予感がしたボクは、急いで荷物を纏めるように指示を飛ばす。

 できるだけ目立たず、迅速にベル君を回収するために足で移動する。可能なら、道中で【猛者(おうじゃ)】オッタルを見つけて彼をぶつける。

 

「行くぞ!」

 

 ボクは地図を見ながら指示を飛ばすため、グレイ君に肩車をしてもらう。お願いだから、その場から動かないでくれよ……!

 

「あっ!」

「移動しましたか!?」

「いや!移動したといえばしたけど、家屋一つ分程度だ!」

 

 舌を切ってしまわないよう、ついて来ているヴェルフ君達に声をかける。

 

「(止まれ、止まれ……!そこで止まれぇ……!)」

 

 ベル君とアステリオスに向かって、心の中で必死に呼びかける。なにせ北西部外縁には避難所が、戦えない住民がいるんだ……!

 

「……っ!?」

 

 ボクの願いを裏切るように、ベル君の名前はじわじわと北西外縁部へと向かっている。

 

「皆!【猛者(おうじゃ)】らしい人影は!?」

「ありません!」

「左に同じく!」

 

 何処かにアステリオスの本来の相手がいることを願って、時折声をかけてみる。けど、誰も彼の姿を目にしていない。

 

「不味い!」

「どうしました!?」

「ベル君が避難所に入ってしまった!」

 

 ボクの報告を聞いて、皆の足が一瞬止まった。しかし、周囲への被害が最小限で済むうちにベル君を回収する方向に思考を切り替えたのか、再び走り出した。

 

「はあああっ!」

『ヴオオオッ!』

 

 視界の先に、大広場を捉える。見れば、ベル君と『黒い猛牛(ミノタウロス)』──アステリオスの姿が。

 

「見つけ──」

 

 ヴェルフ君達に報告しようとしたその時、物陰から人影が現れ、立ち塞がる。

 ……ボク達が探していた、オッタル君だ。

 

「オッタル君!君がやるべきことはアステリオスの相手だろう!?今すぐ大広場に向かうんだ!」

 

 グレイ君の肩から飛び降りたボクが思わず声を荒げて言うと、オッタル君は静かに首を横に振る。

 

「彼らの戦いに第三者が介入するなど、あってはならない」

 

 オッタル君がちらりと視線を向けた先には、騒ぎを聞いて駆けつけたらしい【ロキ・ファミリア】と、その眼前に立ち塞がる冒険者……【フレイヤ・ファミリア】の姿が。

 

「フレイヤぁ……!」

 

 一応は協力関係にある筈のフレイヤの独断専行への怒りで、ボクはつい歯ぎしりをする。ヴェルフ君達を見れば、立ちはだかるオッタル君への対処をどうするか戸惑って……いや、ネロ君は刀の柄に手を伸ばし、構えている。ボクが一言命じれば、猟犬のようにオッタル君に襲い掛かりそうだ。グレイ君もただ立っているように見えるけど、ボクが命じればオッタル君に関節技をかけそうな気配を漂わせている。

 よし。ここはグレイ君にオッタル君を取り押さえてもらって、その隙にボク達でベル君の回収を……。

 

「……」

「行けええええ!リトル・ルーキーィイイイ!」

 

 グレイ君に命令を出そうと口を開いた瞬間、野太い大音声が放たれた。

 

「!?」

「やれぇえええ!ぶっ殺せえええええ!」

 

 安全地帯にいた冒険者の一党(パーティー)の中の一人が、顔を真っ赤にして両手を握りしめて吠えている。

 

「がんばれっ、兄ちゃああああああん!!」

 

 幼い少年が、あらん限りに叫ぶ。

 

「あー、これは……」

 

 大広場に変化が生まれつつあり、僕は非常に困った。

 

「ベルお兄ちゃああん!!」

「がん、ばって……!!」

「ブチかませぇえええええ!!」

 

 幼い子供達の懸命な応援に、ひたすら五月蠅い冒険者の喚声。【ガネーシャ・ファミリア】が全力で避難を進める傍ら、子供達と冒険者の応援を皮切りに、逃げまどっていた住民達の足が止まっていく。

 誰もがそれを正視し、息を呑んでいる。

 両刃斧(ラビュリス)を握りしめた巨大な怪物に、ナイフ片手に挑む一人の冒険者。

 その姿は人々の目にどう映ったか。

 

「いけぇーっ!」

「頑張れぇっ!!」

「負けるなぁ!」

 

 その答えを示すように、一人のヒューマンを皮切りに、住民が、ギルドの職員が、ベル君に声を放つ。

 

『──────ッ!!』

 

 やがてそれは、大広場全体に響く鯨波へと変貌した。

 

「グレイ君、ネロ君。抑えるんだ」

 

 ボクは、グレイ君とネロ君に戦意を抑えるように命じる。

 こうなってしまった以上、ボク達が出る幕は無い。アステリオスには申し訳ないけど、ベル君の名誉回復のために利用させてもらおう。

 

「……オッタル君」

「はっ」

 

 それはそれとして。ボクはオッタル君に一歩近づき、はっきりと口にした。

 

「フレイヤに伝えてくれ。『キミの独断専行の罰は、ボク(ヘスティア)が直々に下す』って」

「分かりました」

 

 オッタル君は軽く会釈すると、回れ右をして大広場に目を向けた。

 

「……グレイ君?何処に行くんだい?」

 

 金属の擦れる音に気付いて見れば、グレイ君は大広場に背を向けて移動しようとしていた。

 

「……俺には眩しすぎる。人造迷宮(クノッソス)にいる『異端児(ゼノス)』達とヘルメスへの加勢に向かう」

「駄目だ」

 

 グレイ君の手を握りしめ、はっきりとグレイ君の申し出を却下する。

 

「君もここに残って見届けるんだ。君にはその義務がある」

 

 

 

 

 同時刻。人造迷宮(クノッソス)内。

 

『まさか、貴殿がそちら(・・・)側につくとはな。神ヘルメス』

『悪いね。少し前から、『ある神』に協力するよう言われててね』

 

 ヘルメスが怪物(モンスター)達を連れて人造迷宮(クノッソス)からダンジョンに向かう途中で、【九魔姫(ナイン・ヘル)】率いるエルフ達の一団に鉢合わせした。

 ……というか、鉢合わせするように誘導した。

 

「バルカちゃん、皆は配置についてる?」

「ああ。後は、あなたが一言命じて扉を開けるだけだ」

 

 台座の前で迷宮内を監視しているバルカちゃんは、淡々と告げる。

 

『なんでオレが彼らに与しているか……まずは、今回の騒動の当事者である彼らの話を聞いてほしい』

 

 水膜には、怪物(モンスター)に向かってアイコンタクトとジェスチャーで【九魔姫(ナイン・ヘル)】に話すように促すヘルメスの姿が。

 

『……オレっち達は、ウィーネを……仲間のモンスターを助けたかっただけなんだ』

 

 怪物(モンスター)が口を開くと、エルフ達が驚愕に顔色を変える。

 

『喋った!?』

『モンスターが……!?』

『なんて、悍ましい……!!』

 

 予想通り、動揺している。潔癖なエルフというのもあるだろうけど、『怪物』が喋るという事実はそれだけの衝撃だ。【九魔姫(ナイン・ヘル)】が動揺していないのは、【勇者(ブレイバー)】が推理した情報を共有でもしていたんだろう。

 

『……』

 

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】以外に、一人だけ動揺していないエルフがいる。……これだけで断定するのは難しいかな。

 

『地上に出てきたのは、仲間を取り返すためなんだ。人を襲いたいわけじゃねえ、殺したかったわけでもねえ!』

 

 嘘偽りない切実な怪物(モンスター)の訴えに、エルフ達は言葉に詰まった。

 ……ただ一人、山吹色の髪のエルフ──【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウイリディスを除いて。

 

『あの『黒い猛牛(ミノタウロス)』は、あなた達の仲間ですか?』

『あ、ああ』

 

 他のエルフのように動揺している素振りを見せず、普通に質問されて、怪物(モンスター)は困惑しながらも首を縦に振って答える。

 

『私達を襲うつもりはないと言いましたけど、あの黒い猛牛(ミノタウロス)は嬉々として襲い掛かってきたように見えましたよ?』

『違う!アステリオスの場合は、強いやつと戦いてえって気持ちが昂っちまっただけなんだ!』

 

 鋭い指摘を飛ばされ、怪物(モンスター)が必死に弁明する。何とも珍妙(シュール)な光景だ。

 怪物(モンスター)が弁明を終えると、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】は正論を放り投げる。

 

『だったら!仲間の手綱ぐらい、きちんと握ってください!』

『す、すまねえ!』

 

 その言葉が心に突き刺さったのか、怪物(モンスター)は後ずさって頭を下げる。

 怪物(モンスター)がハッとしたように頭を上げると、ヘルメス達とエルフ達の視線が【千の妖精(サウザンド・エルフ)】に集まる。

 

『驚かないのかい?』

『はい。だって、火の時代には人語を操る怪物(モンスター)が存在しましたし、中には薪の王になったのもいるんですから』

 

 【千の妖精(サウザンド・エルフ)】がサラッと口にした情報に、【ロキ・ファミリア】の面々が驚愕に目を見開く。

 ……まだ決定的な証拠は無いから断定できない。

 

『な、なにを言っているんだ、レフィーヤ。薪の王の中に怪物(モンスター)など……』

『ヨームがそうですよ?』

 

 それを聞いて、【九魔姫(ナイン・ヘル)】は動揺を抑えるように首を振って口を開いた。

 

『それは違う。彼の王が巨人と呼ばれるのは、その巨体に由来する称号のようなものだ』

『は?』

 

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】の言葉を聞いて、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】は眉間に皺を寄せ、眦を吊り上げる。

 

『私とイリーナであらゆる国、種族の言語で【巨人】と明記して、アンリとユリアが挿絵もきっちりと書いたのに、なんで称号と解釈するんですか?』

『そ、それは……そう、教わったとしか、言いようが、無い……』

 

 【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の全身から迸る怒気に押されたのか、あの【九魔姫(ナイン・ヘル)】が尻ごんでいる。

 

『……』

 

 【千の妖精(サウザンド・エルフ)】が目を他の仲間達に動かすと、誰も答えられないのか、口を噤んで目を逸らしている。

 

『……何が駄目だったんでしょうか……絵の構図が良くなかった……?』

 

 仲間の反応を見た【千の妖精(サウザンド・エルフ)】は、顎に手を当てて呟いている。

 ……ほぼ確定、かな。扉を開けさせたいけど、それはヘルメスの反応と今回で何回目なのか確認してから。

 

『神ヘルメス』

 

 ヘルメスの隣に立っていた法衣(ローブ)を纏った人物が、ヘルメスの脇腹を軽く小突く。

 

『なんだい?」

『彼女の発言は、本当のことなのか?』

『質問を質問で返すようで悪いけど……どういうことだい?』

『彼女の年齢を考えると、一連の発言がおかしいことになる』

 

 ヘルメスの代わりに回答すると、彼女の発言は嘘じゃない。だけど、本当のことでもない。凄くややこしいけど、『編纂に参加したのは彼女であって彼女ではない』。

 

『ヘルメス様』

 

 あれこれ悩んでもどうしようもないと結論を出したのか、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の方が口を開いた。

 

『なにかな?』

『私のことを執念深いと評して、通りがかった神ヘラに投げ飛ばされ、『一途と言いなさい!』って怒られたこと。覚えてらっしゃいますか?』

 

 それを聞いて腰を抜かしたヘルメスが、その場に尻餅をつく。

 良いね良いね、その反応が見たかった。

 

『あ……、あ……』

『神ヘルメス!しっかりしろ!』

 

 呂律が回らないヘルメスの腋に法衣(ローブ)の人が手を回して立ち上がらせ、叫ぶ。

 

『ふん!ふん!』

 

 ヘルメスは止まった思考回路を再起動させるために、自分で自分に往復ビンタをする。

 

『……久しぶりだね、キャロル』

 

 ヘルメスがその名前を口にすると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

『14番目の私の事、覚えてらしたんですね』

『忘れられるわけがないさ』

 

 なぜなら、彼女は神々の間で密かに賭けの対象になっていた異常(イレギュラー)な存在。それが自分のところに来たんだ、忘れられるわけがない。……それは、最初に彼女の魂を導いた俺も同じ。

 

今回(きみ)で何番目だい?』

『私で53番目です』

 

 そうか、53番目か……。随分と永い永い旅路を歩んできたんだね。

 

「バルカちゃん」

「なんだ」

「扉、開けちゃって」

「了解した」

 

 指示を出すと扉が開き、【九魔姫(ナイン・ヘル)】達を一網打尽にしようと眷族(こども)達が突撃する。

 

『【九魔姫(ナイン・ヘル)】!詳しい話は後にして、今は襲撃に備えてくれ!』

『っ!?総員、構えろ!』

『リド!レイ!闇派閥(イヴィルス)を迎撃だ!』

 

 それと同時に、【九魔姫(ナイン・ヘル)】達が迎撃態勢をとる。

 申し訳ないけど、俺の目的は【九魔姫(ナイン・ヘル)】じゃない。いや、目的なのは変わらないけど、優先順位としては二番目に繰り下がった。今の一番の目的は、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の方だ。

 ……ノワールちゃん。君がこれまで積み上げてきた経験を、俺に見せてくれ。

 

 

 

 

「我らの望みのためにぃー!!」

 

 特攻爆弾と化した死神(タナトス)の眷族が一人爆発すれば、仲間達にも連鎖していき、大通路を揺らす。ここに『極彩色のモンスター』の大群も加わり、圧倒的な物量でオレ達を押しつぶしにかかっている。

 固まってしまって本領を発揮できていないのか、【九魔姫(ナイン・ヘル)】率いるエルフ達で構成された部隊は玉の汗を散らしながら詠唱し、『魔法』で迎撃している。それに──。

 

「っ──!近寄るな!異端の怪物め!」

「クっ!?」

「おっとと」

 

 一人のエルフが、爆風の余波で不意に接近したレイに、振り向きざま短剣を見舞う。

 寸でのところでどうにかこれを回避したレイは、体勢を崩しながらオレの足元に着地する。

 

「ちょっとアリシアさん!今はそれどころじゃないです、よ!」

 

 レイに斬りかかったエルフ、アリシアの行為を咎めるのは、キャロル改め、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウィリディス。彼女はタナトスの眷族が自爆するまでの時差(タイムラグ)をついて襟首を掴んで放り投げて遠くで爆発させ、『極彩色のモンスター』は戦闘のどさくさに紛れてリドから拝借した曲剣(シミター)で踊るように斬り伏せて対処している。

 

「伏せて!」

 

 それどころか、手の届く範囲にいる『異端児(ゼノス)』が対処困難な攻撃にさらされれば、助太刀もしている。

 

「レフィーヤ……」

 

 仲間の急な変化に、アリシアをはじめとしたエルフ達が戸惑うけど、それを待つほど相手もお人好しじゃない。

 

「危ねえ!」

 

 アリシアに噛みつこうとした『極彩色のモンスター』を、リドが飛び蹴りで壁に叩きつける。衝撃で魔石が砕けたのか、モンスターはその場で灰と化した。

 

「二人とも、大丈夫か!?」

「はイ」

「……」

 

 リドは着地すると、口頭で彼女達の安否を確認する。レイの方はすかさず答えて戦線に復帰したけど、アリシアは驚きのあまり呆然としているのか、口を半開きにしてりドのことを見つめている。

 ……さて、彼女は今後どうなるのか。そんなことを考えていると、不意に背筋が凍り付くような感覚に襲われ、咄嗟に扉の方を見る。

 同時に、扉が開かれ、奥から紅髪の人──アスフィ達が24階層で遭遇したという闇派閥(イヴィルス)側の女、レヴィスが現れた。

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】の方を見れば、表情から明らかに焦燥感が伝わってくる。この状況で敵に追加戦力があれば、全滅は免れない。

 レヴィスは両手に握った双剣、十中八九呪詛(カース)が付与された剣の片割れを背に溜め、投擲する。

 それは轟音を伴って風を切り、進路上にいた『極彩色のモンスター』やタナトスの眷族を巻き込み、戦場を横断する。

 

「ふんっ!」

 

 ……【九魔姫(ナイン・ヘル)】目掛けて放たれたそれを、レフィーヤが杖の石突で突いて軌道を変える。金属がぶつかる音に遅れて、壁に剣が突き刺さる音が響く。見れば、壁に刀身部分がめり込んで柄がむき出しになっている。

 

「良い眼をしているな」

 

 レヴィスはレフィーヤの行動を称賛すると、警戒対象と判断したのか突っ込んでくる。

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】がそれを防ごうと呪文を口ずさみ、他の【ロキ・ファミリア】の団員達も追従するように口を開く。フェルズは懐に手を伸ばし、状況を打開するための道具(アイテム)が無いか探り、『異端児(ゼノス)』達はレフィーヤに加勢しようと地を蹴る。

 

「ふっ!」

 

 レヴィスの斬撃を、レフィーヤは杖術で防ぐ。刃ではなく剣腹の部分を叩いて斬撃を防ぎ、合間に放たれる拳や脚による打撃は全て回避している。

 ……これが、彼女がこれまで積んできた経験。その一端か。タナトスが見たら満面の笑みを浮かべていそうだ。

 

「一体、何がどうなっているんだ?」

 

 扉が開く音に続いて、新たな声が通路に響いた。

 レヴィスがやってきた扉とは逆方向にある扉。槍を携えた、金髪の人影……【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナが現れた。

 

「説明してくれないかい?リヴェリア」

「フィン!すまないが、私にも分からん!神ヘルメスに聞いてくれ!」

 

 背後を振り返った【九魔姫(ナイン・ヘル)】は、【勇者(ブレイバー)】の質問への返答を俺に丸投げにしてきた。……まあ、きちんと答えられるのが俺くらいしかいないから仕方ないんだけど。

 

「加勢するぞ!レフィーヤ!」

「っ!」

 

 【勇者(ブレイバー)】の横から【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロックが飛び出し、レヴィスに大戦斧を振るう。

 

「ちぃっ!」

 

 レヴィスは舌打ちをすると、背後に跳んで距離をとる。剣を突き刺さった壁に一瞬だけ視線を送ると、再び二人を……いや、【勇者(ブレイバー)】と【九魔姫(ナイン・ヘル)】も含めた四人を警戒するように構える。

 

「は~い、そこまで」

「タナトス!?」

 

 そこに、死神(タナトス)が現れた。レヴィスの肩に手を置き、戦闘中断を命じるように口を開いた。

 

「やっほ~、ノワールちゃん。ヘルメスも、久しぶり~」

 

 タナトスはこの場に不釣り合いな、朗らかな笑みを浮かべてオレ達に向かって手を振って挨拶をする。この野郎……!最悪の場合、彼女が死ぬかもしれなかったことをしておいて!

 

「……お久しぶり、です」

「……久しぶりだね、タナトス」

 

 怒りを飲み込むように杖を握りしめ、レフィーヤは言葉を返す。オレも一度帽子を目深に被って視線を遮り、一呼吸置いて気持ちを落ち着かせて言葉を返す。

 

「いや~、懐かしいねえ。君が俺のところに来たのが大体8千年くらい前だっけ?」

「……ええ」

 

 タナトスは指折り数えてレフィーヤの解答を確認すると、嬉しそうに頷く。

 

「神タナトス」

 

 そこに、【勇者(ブレイバー)】がレフィーヤとタナトスの間に割り込んで口を開く。

 

「今のうちに荷物を纏めておくことを薦めるよ。貴方の野望は、僕達が打ち砕く」

 

 タナトスの目を見てはっきりと口にした、宣戦布告。一方のタナトスはというと、興味なさそうに聞き流している。

 

「あー、はいはい。頑張れ頑張れ」

 

 『さっさと帰れ』とでも言いたげな眼差しを【勇者(ブレイバー)】に向けると、タナトスは踵を返して眷族達に撤退命令を出す。

 

「帰るよ、レヴィスちゃん」

「……ああ」

 

 レヴィスは歯を砕かんばかりに歯ぎしりをした後、タナトスに続いて『人造迷宮(クノッソス)』の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 オラリオの何処かにある、路地裏にて。

 

「おう、優男。自分、どの面下げてウチに会いに来たんや」

「まあまあ、そんなに怒らないで」

 

 いつもの胡散臭い笑みを浮かべて近づくヘルメスに、ロキは警戒心と敵愾心を露にして口を開く。

 

「今回は凄い情報を持ってきたんだ。きっと」

「ウチの拳を顔面に撃ち込まれた無かったら、はよ言え」

 

 拳を握りしめ、ロキは半身に構えてヘルメスの顔に狙いを定める。

 

「……キミの【千の妖精(サウザンド・エルフ)】だけど、彼女で53番目らしい」

 

 ヘルメスが口を開くと、ロキは拳を握る力を緩める。ヘルメスに向けていた警戒心と敵愾心も何処かへと霧散した。

 

「……なん、やて……?」

 

 ロキの反応(リアクション)が予想通りであったことが少し嬉しいのか、ヘルメスは本心からの満面の笑みを浮かべる。

 

「運命って、まさにこういうことを言うんだろうね」

 

 ヘルメスの言葉を聞いたロキは天を仰ぎ、ただ一言呟いた。

 

「………………せやな」




エルフで200年、それ以外は100年と考えて計算しています
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