闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの 作:大豆万歳
「ロキ!お父さんを、グレイさんを私に下さい!」
「ええよー」
「「「待てい」」」
【ロキ・ファミリア】
レフィーヤがロキに力強く発言すると、ロキはあっさりと承諾。それに対して、僕達は声を揃えて待ったをかける。
僕達三人は、レフィーヤの急激な変化について知っていることがあれば話してもらおうと思い、ロキを呼んで執務室に集まっていた。そこに僕とロキを探していたレフィーヤが現れて唐突に頭を下げ、今に至る。
「すまない、ロキ。レフィーヤが今口にしたことは一旦置いておいて、僕達の質問に答えてくれ」
「あー、それもそうやな。レフィーヤ、ちょっと待ってや」
「はい。外で待ってた方がいいですか?」
「いや、そこまでしなくても大丈夫だよ」
二人とも、僕達を置いてけぼりにして話を進めようとしたことを申し訳ないと思っていたのか、素直に応じる。
そしてリヴェリアは、三冊の本を机に置いて口を開いた。
「『
「そうやな……」
リヴェリアがそう質問すると、ロキは困ったように後頭部を掻く。
「二人の関係について話す前に。自分ら、自分が死んだ後どうなるか知っとるか?」
「知っているさ。【ファミリア】を結成して間もない頃、君の口から聞いたからね」
ロキが言うには、死後あらゆる生物の魂は天界へと昇り、神に導かれて始まりの火に焚べられる。そして、生前溜めた『ソウル』を燃料として使い果たすと、再び新たな肉体に宿る。この時、記憶も燃料として使用されるので、占いで話題になる『前世』の頃のことは綺麗さっぱり忘れることも聞いた。
「ほんなら、そこは省いて話すで。魂っちゅうのは、始まりの火に焚べられたらまっさらな状態になるもんや。ただ一つだけ、何べん燃料にしてもシミみたいなんがこびりついとる魂がおった」
ロキは糸目になっている目を開き、真面目な声音で話を続ける。
「それも奇妙なことに、その魂の持ち主は全員人間の女性で、生涯独身だったんや。それが9回続いたもんやから、ちょうど魂が自分のところに来たフレイヤが訊ねたらしいんや。『あと何回、あなたは独身のまま生涯を終えるの?あと何回、女性に生まれ変わるの?』ってな」
神フレイヤの声真似も交えて話すロキは、僕達の目を見て話についてこれているか確認する。……断じて、自分の声真似の出来栄えについての評価を求めた目ではない。
「続けて」
「おう。ほんで、魂はこう答えたらしいんや、『ある男性と再会して、想いを伝えるまで何度でも生まれ変わる』ってな」
ロキが話を〆ると、僕達の視線はロキからレフィーヤに移動する。
「その魂の今の宿主が、レフィーヤということか」
「せや」
リヴェリアの言葉をロキが肯定すると、レフィーヤは首肯する。
つまり、神ヘルメスと神タナトスが口にしたのは、かつての彼女の名前。そして、
……だが、疑問が残る。
「なら、急な変化についてはどう説明する?」
ガレスの言う通り。問題は、これまでの彼女との差異。仮に彼女がその魂の宿主だとして、なぜ、今になって表出したのか。
「それは、うちやのうて本人から聞いた方がええな」
ここで、説明役がロキからレフィーヤに切り替わる。
「ロキが言う通り、私は何度も生まれ変わり、グレイさんのことを探していました。けど、
「じゃが、グレイとの接触を機に、少しずつ思い出していった。そういうことか?」
「はい。少しずつ思い出していたんですけど、『ダイダロス通り』の時に一気に、今までの分も思い出したんです。気を失ったのも、その反動によるものかと」
なるほど。ならば、最後の質問は僕が。ガレスとリヴェリアも、目線で僕にそれを口にするよう訴えている。
「では、かつての君は、ノワールとは何者なんだい?」
心当たりが、無いわけではない。ただ、それも本人の口から聞きたい。そう思って問いかけると、レフィーヤは手を胸に当て、深々と頭を下げて口を開く。
「グレイさんに、灰の方に最後に仕えた火防女にして、
彼女の名前は、編纂者の一覧にしか記載されていない。しかし、作中において、ある火守女が瞳を授かり、最後は自らに課せられた役割から解放されたという話がある。まるで実体験に基づいているような、他の話と違ってかなり主観的な描写がされていることから、『この火守女は編纂者の一人のノワールではないか』という考察があった。まさかそれが正解だと、本人の口から告げられるとは思ってもみなかった。
「君の事情は、凡そ理解した。ロキがすんなりと許可したのも、納得した。……だから、僕も許可する」
ロキが許可したのなら、僕も許可しなくてはいけない。破談に終わったとはいえ、【ヘスティア・ファミリア】のリリルカ・アーデに求婚した僕に、彼女の申し出を却下する権利はないからね。
「但し、
「はい」
これから僕達は、
「明日、両【ファミリア】の団長と主神で話し合いをしてくる。……一応聞いておくけど、嫁入りと婿入りのどちらが君は」
「嫁入り一択です。それ以外ありえません」
迷いのない、恐ろしく素早い返答に僕は苦笑する以外の
という話を聞いたのが、今日の午前中のこと。
「じゃあ、全員賛成ということで構わないね?」
『はい』
そして、夜。【ヘスティア・ファミリア】
但し、
……『黙っていた方が面白いことになりそうだから』と神様がおっしゃったので、あえてレフィーヤさんの前世関係は伏せたんだけど、ネロさんだけはそれを察知したのか、ご先祖様関係で絡まれる覚悟を決めたような眼差しをしていた。
「なら次は、対価を要求された時のために、どうやって用意するか話し合おうか。仮に、お金を要求された場合を想定してくれ」
いつになく真剣な眼差しで、神様が皆を見つめる。
ヴェルフやネロさんの時のように無償で
「はい」
「グレイ君」
皆が考えている中、グレイさんが手を挙げる。神様が指名すると、視線が自然と集まる。
「金はないが、金になる物ならある」
「なんだって!?」
「なんですって!?」
グレイさんの一言を聞いて、神様とリリがほぼ同時に立ち上がる。
「これだ」
そう言って重厚感のある音と共にテーブルの上に置かれたのは、大きな布袋。中身を一目見ようと、僕達はグレイさんの周りに集まる。
『……ゑ?』
グレイさんが袋の口を縛る紐を解くと袋の中身が、眩い黄金色の輝きが、部屋の灯りを浴びて反射する。
「サポーター君!」
「ヘスティア様!」
「「ふんっ!」」
突然、神様とリリがお互いの頬に拳をめり込ませた。
「二人とも!?」
「安心してくれ、ベル君。今のはあれだ、こっそりとちょろまかすために伸ばしかけた右手を振り下ろしただけさ」
「安心できません!」
僕は二人の腕を掴み、グレイさんから離す。幾らお金に困っているとはいえ、それは度が過ぎている!
「グレイ様。その金塊はどういった経緯で入手した物なのか、聞かせてもらえますか?」
片方の頬を腫らしたリリが、グレイさんを睨みながら訊ねる。『犯罪などで得た、薄汚れた物ではないですよね?』と、リリの目は語っている。
「昔、ある国で兵士として働いていたことがあってな。隣国と戦争が起きたから前線に出たんだが、自軍の4割が敵側に寝返った。残った味方と協力して陛下を守りつつ、敵軍と裏切り者達を殲滅した結果、報酬に純金を10Kほど頂いた。だが換金して散財しようにも、この量だ。いざという時のために備え、使わずにとっておいた方が良いと判断して、今日まで懐で温めていたんだ」
そう言うとグレイさんは袋に手を突っ込み、金塊を一つ取り出してリリに突きつける。潔白を証明するように、金の輝きが強くなったように感じた。
「なるほど。なら、問題はありませんね」
リリが、ちらりと神様の方を見て発言の真偽を確認する。神様はグレイさんの発言が真実だと伝えるように、力強く頷く。
「では明日、それを鑑定していただきましょう。鑑定は、リリの知り合いのノームのお爺さんに依頼します」
そして、翌日の午後。
「というわけで、満場一致で賛成となりました」
「そうか」
【ヘファイストス・ファミリア】バベル支店の応接室。先日と同様、ヘファイストス様に頼んでお借りした部屋で、僕と神様、フィンさんとロキ様は集まっていた。ロキ様は会議にあまり口出しせず、僕の発言の真偽を確かめる以外何もしていない。神様も同じく、僕のことを見守っている。
「それで、その、対価の話なんですけど」
「そうだね……」
恐る恐る口にすると、フィンさんは迷いなく顎に手を当てて考えている。やっぱり、多少なり対価を支払うことになった。昨日の会議が無駄に終わらなくて良かったと胸をなでおろす。しかし、直ぐに『幾ら要求されるんだろう』という不安が湧き上がってくる。
……ちなみに、リリの紹介したノームのお爺さんに鑑定を依頼したところ『ほわあああ!?』と悲鳴を上げて腰を抜かし、『すまんが、ジジイの小さな店では手に負えん。ここに依頼してくれ』と、別の鑑定士のところに持っていくことになった。
「彼女はLv.3だけど、
フィンさんは手を開き、こちらに翳す。
「5千万ヴァリスを要求する」
フィンさんの目が語っている。『普通はこれだけの金額がかかるものだよ』と。
「分かりました」
「一括払いと分割払い。どちらが良いかな?」
「一括でお願いします」
フィンさんの提案に淀みなく返答すると、フィンさんは驚いたようにきょとんとした表情で僕を見る。
「お金はあるのかい?」
「はい。2億ヴァリスほど用意してあります」
ロキ様と神様の方を交互に見て、僕の発言が真実であると判断したのか、フィンさんの右手が小刻みに震えた。
「ず、随分稼いだようだね」
「ええ、まあ。グレイさんが、『いざという時のためにとっておいた』凄い物があったので」
フィンさんは小刻みに震える右手にそっと左手を添え、深呼吸をして震えを鎮める。
「分かった。支払いは、今するかい?」
「いいえ。レフィーヤさんの
「分かった。じゃあ、次に会うのは当日だね」
「はい」
そう。次に会うのはレフィーヤさんの
「そうそう、渡す物があったんだ」
席を立つ直前、フィンさんが懐から封筒を取り出した。封筒の表には、グレイさんの名前が。裏面は見なくても、誰の名前が書かれているのか、手紙の内容も凡そ判断できる。
「これは、レフィーヤさんからグレイさん宛ですか?」
「うん。中身については、言わなくても分かるかな?」
「はい」
中身は恐らく、レフィーヤさんからグレイさんへの想いが綴られた恋文か、告白をするための呼び出しの手紙だろう。
「
「頼んだよ」
そして、夜。
「すまないが、少し出かけてくる」
夕食の後、食器洗いなどの後始末をベル達に任せ、
目的地は【ロキ・ファミリア】
「こんばんは。レフィーヤに呼ばれて来たんだが」
「分かりました。少々お待ちください」
門番に声をかけ、証拠の手紙を見せて用件を伝える。
「グレイさん!」
待つこと数分。門番と一緒にレフィーヤがやって来た。
「来ていただいて早々で申し訳ないですけど、場所を変えましょう」
「
「はい」
レフィーヤは真剣な表情でそう答えると、急かすように俺の手を引いて移動する。
目線を感じたので振り返れば、門番以外の誰かと一瞬だけ目が合った。その『誰か』が何者なのか考える暇もなく、あれよあれよといううちに俺達は都市の外側へと移動していた。
「よし」
到着したのは、市壁の上。ベルとアイズが普段から訓練を行っている場所とは、正反対の方角に来た。レフィーヤは周囲を見渡し、人の気配が無いと判断したのか拳を握る。
「グレイさん……」
レフィーヤは俺の目をじっと見つめ、口を開く。
「いいえ、灰の方。
「……」
レフィーヤの口から出た言葉は、スモウに殴られた時の比ではない衝撃となって俺の脳を揺さぶり、尻餅をつかせた。
「……ノワール……なのか?」
「はい。お久しぶりです」
尻餅をついた俺に目線を合わせるように、ノワールは……いいや、レフィーヤは膝を揃えて正座して答える。
「どこで、それを聞いたんだ?俺が兄さんを手にかけたことを知っているのは、ユリアだけの筈」
「実は、二人が何をするつもりなのか気になって、こっそり後を尾けたんです」
俺はオスカーの、兄さんの手引きによって北の不死院の牢から脱出し、ロードランへと至った。そして使命を知るため、鐘を鳴らすために歩き回っている途中で、一つの鍵を見つけた。それは不死院の鍵だった。
『鍵をかけてあるという事は、強力な武器や防具があるに違いない』。そんな安直なことを考えた俺は、再び不死院へと向かった。……向かってしまった。
そこで俺は、亡者と化した兄さんに遭遇した。俺の呼びかけにも答えず、ソウルを求めて襲い掛かる兄さんを、俺は……。
「グレイさん!」
「はっ!?」
気づけば、レフィーヤが俺の肩を掴み、覗き込むように顔を近づけていた。
「すまない」
「その様子を見ると、癒えていないみたいですね」
頭を軽く下げて謝罪すると、レフィーヤは悲しげに眉尻を軽く下げる。
「……駄目だったんだ」
何かが。涙が、頬を伝う。……人前で最後に泣いたのは、兄さんを祭祀場で葬送した時以来だろうか。
「火を奪って、火継ぎというシステムを変えても、兄さんを手にかけた
ぽつぽつと、言葉が涙と共に零れ落ちる。首の力も抜け、顔がだんだん俯いていく。
「天界から地上に降りたのも、隠居と自分探しなんかじゃない。この
結果は、この通り。ダークリングという形で残り続けているそれが未だ癒える兆候は見えず、今も俺を蝕んでいる。
「大丈夫です」
そんな俺を、レフィーヤは優しく抱きしめた。
「貴方一人で見つけることができなかったのなら、私と一緒に探しましょう」
「……気持ちは嬉しいが、無理だ。見つかる前に、俺を置いて逝ってしまうんだろう?」
そう問いかける俺の頬にレフィーヤは手を添えて顔を上げさせると、微笑みながら答える。
「大丈夫です。仮に私の寿命が尽きてしまっても、『次の私』が貴方のもとに必ず来ます。それができるように、自分の魂に手を加えたので」
レフィーヤ口から出た事実に、俺は愕然とした。目を見開き、口を半開きにして彼女を見つめる。
「どうして、そこまで、俺のためにするんだ?」
遠回しに、俺はそこまでされるほどの事をしていないと告げる。彼女に瞳を与えたのだって、俺の目的のため。必要だからやっただけなのに。
「貴方を、愛しているからです」
レフィーヤの言葉が、衝撃が、再び俺の脳を揺さぶる。
「強くて、優しくて、だからこそ傷だらけな貴方のことを支えたくて。貴方と添い遂げたくて。私は今、ここにいるんです」
レフィーヤは頬から手を離すと、黒曜石で作られたナイフを差し出してくる。エルフ達にとって相手がよく使う、つまり相手の手によく触れる道具を作って贈ることは、告白の意味を持つらしい。製作にそこまで時間がかからない黒曜石製のナイフは、定番の品物らしい。
困った。非常に、困った。今まで俺は、この手の告白をした女性には過去を見せつけることで、揺らがないか試していた。揺らぐようであれば、所詮その程度なのかと判断し、丁重に断ってきた。
……要するに、俺が相手に求めるのは、何があろうと揺らがぬ強い意志。そして、彼女はそれを宿している。
「……レフィーヤ」
ナイフを懐にしまい、木箱を取り出す。
「これを、受け取ってほしい」
蓋を開けて中身を、見事な蒔絵の描かれた柘植製の梳き櫛と、これまた見事な螺鈿の彫られた柘植製の押し櫛を見せる。
「……!」
レフィーヤは目を見開き、櫛を二つとも手に取りまじまじと見つめる。彼女の手の中で、月明かりを浴びた蒔絵と螺鈿が輝いている。
レフィーヤが差し出した黒曜石製の刃物が贈り物としては定番の品物なのに対して、俺が差し出した櫛は製作に手間暇がかかることから、贈り物としては最上級の品物である。逆に、指輪や衣服の類は贈り物には適していない。それを用意するには相手の体型をある程度把握していなければならないため、贈られた側からすれば恐怖でしかないのだとか。
「これは、グレイさんが?」
「いや。『伴侶に相応しいと思った者への贈り物にせよ』と、親方様から戦働きの褒美として賜った品だ」
それが手作りの品であれば尚良しらしいが、残念ながら急に告白された俺に準備する暇は無かった。だけど、品物に関する由縁でどうにか補う。
「グレイさん」
レフィーヤは櫛を箱に戻すと、蓋をして箱ごと自分の手に取る。
「……末永くよろしくお願いします」
そして、右手を差し出した。
「こちらこそ、よろしく頼む」
差し出された彼女の手を、俺は力強く握った。