闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの   作:大豆万歳

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第74話

 日の傾き具合から、ドチビとレフィーヤ、アルヴィナとシャラゴアが大穴に飛び込んで1時間が経った。

 

『……』

 

 ギルド奥の『祈禱の間』。神々(うちら)はそこで固唾を呑んで、大穴を映した『鏡』を凝視しとった。周りの『鏡』をちらりと見れば、冒険者達の間に疲労の様子が見えとる。Lvの高い冒険者達はうっすら汗をかいとる程度やけど、低い連中は顔中が汗にまみれとる。避難中の住民の中でも腕力に自信のあるのが戦闘に加わっとるけど、『恩恵(ファルナ)』の刻まれとらん一般人が加わっても焼け石に水や。

 

「早よ……!早よ戻ってこい……!」

 

 一刻も早く戻ってこいと、届くはずのない言葉がうちの口から零れ落ちた。

 

「な、なんだ!?」

 

 うちの言葉に呼応するように、大穴が揺らめく。大穴の揺らめきは段々強くなって、鍋を火にかけたみたいに泡立って──。

 

『うわぁ!?』

 

 大穴を満たした暗闇を払うように、火柱が天高く噴き出した。噴き出す火柱の中から、小さな人型の何かが飛び出した。

 

「遅くなってすまない!」

 

 声がした隣に顔を向ければ、アルヴィナに跨ったドチビと、シャラゴアがおった。

 

「さあ、皆!見届けようじゃないか!」

 

 アルヴィナの背中から飛び降りたドチビが、神々(ウチら)に向かって叫んだ。

 

「父さんの、グレイ君の最後の大仕事を!」

 

 

 

 

 大穴からカアスに向かう途中、ダークレイスを薙ぎ払うグレイの後ろでレフィーヤが詠唱を始める。

 

「【来たれ、来たれ、白き者】」

 

 彼女の詠唱に応じて、オラリオ全土を覆うほどの巨大な魔法円(マジックサークル)が出現する。

 

「【来たれ、来たれ、黄金の(まばゆき)者】」

 

 純白の魔法円(マジックサークル)に、太陽の如き黄金色が混じる。

 

「【汝、我らの剣となり。汝、我らの盾となれ】」

 

 レフィーヤが三節目を唱えると、魔法円(マジックサークル)全体に、文字が浮かび上がる。

 

「【応炎霊(バーンレイス)】」

 

 最後の一節を唱えると、魔法円(マジックサークル)の外周部分が、炎のような赤に染まる。

 同時に、文字が燃え上がり、人型へと変貌していった。

 尖った鉄兜と黒革の装束に身を包んだ、獣人(ビースト)とアマゾネスの混成部隊。深淵の監視者、ファランの不死隊。

 ゴライアスのような巨体に、大鉈と大盾を握った、巨人ヨーム。人々はこの時、『巨人』というのが称号ではなく、彼の種族(ちすじ)のことであると理解した。

 濃緑の法衣に身を包み、錫杖を握った、聖者エルドリッチ。彼の肉体は汚泥の如く蕩けておらず原型を留めており、木の葉のように長い耳が彼がエルフであることを証明している。

 小さな体をボロボロのローブで包み、左中指に頭蓋骨の彫金が彫られた指輪を嵌めた小人族(パルゥム)、クールラントのルドレス。

 右手に黒く燻ぶった大剣を握った、声と歩みを失った兄ローリアン。彼に背負われた、粗布に身を包んだ弟ロスリック。

 他に巨人ヨームの友であるカタリナの騎士ジークバルト。主のために【暗い魂の血】を求めて『輪の都』に到達し、使命を真っ当した奴隷騎士ゲール。玉座に至る寸前で王妃の企みに気づき、己を犠牲に野望を阻止した、ドラングレイグの王ヴァンクラッド。古き混沌を封じるためにエス・ロイエスを築き、最期は自らその身を古き混沌に投じた、白王。混沌の娘に仕え、3度強敵に闘いを挑んだ、トゲの騎士カーク。太陽のように大きく温かな存在を目指し、最期にその境地に到達した、太陽の戦士ソラール等々。

 錚々たる面子が、レフィーヤの魔法によりオラリオ各地に召喚された。

 

 

 

 

「カアス、世界蛇よ」

 

 身に纏う鎧の外観(デザイン)は、グレイが普段身に着けているものに戻っている。赤熱している箇所も、見当たらなくなっている。しかし、サーコートの色は海を思わせる青でも、炎を思わせる赤でもない、双方を合わせた紫色に変化していた。

 

「アストラ騎士、グレイ・モナーク。その首を頂戴しに来た」

 

 普段から楯を必ず装備している彼が今は楯を持たず、右手には身の丈ほどある長大な剣を握りしめている。

 彫金などの装飾が施されていない武骨なそれは、分厚い刀身全体が炉の中から取り出したばかりのように赤熱している。

 

「……グレイ……!」

 

 指をさすように切っ先を向けられたカアスは、憤怒に歪んだ顔でグレイの名を忌々し気に口にする。歯をぎりぎりと鳴らし、右手で杖を、左手で石畳を握りつぶさんばかりに力をこめる。

 

「終わらせよう」

「ぬかせ……!」

 

 

 

 

 グレイがカアスに宣戦布告をしている中、『ダイダロス通り』で戦っていた人々は気づいた。

 グレイが薙ぎ払ったダークレイス達が、起き上がらない。

 それはつまり、奴らが不死性を失い、殺せる怪物へと変わったという事。

 その事実は、燃え広がるように口頭でオラリオ中に広まり、同時に彼等の四肢に活力を与える。

 

『おおおおおっ!』

 

 オラリオが震えるほどの雄叫びを放ち、冒険者達はダークレイス達への逆襲を始めた。

 

 

 

 

『うおおおおっ!』

『シャアアアッ!』

 

 オラリオの冒険者達と、ダークレイス達の雄たけび。彼らの得物がぶつかる音が、あちこちから聞こえてくる。

 更に巨人ヨーム出現に乗じたのか、リドさん達『異端児(ゼノス)』が加勢に来てくれた。

 とはいえ、不死性を失ってもダークレイス達がそこそこ手強いことに変わりはない。

 

「くそっ!」

 

 それに、マヌスの使徒(きょうてき)もいる。

 デュナシャンドラの魔術は毒気を発する球体を生み出すだけでなく、自身を中心に爆発を起こしたり、手から光を放ち、その光で薙ぎ払っている。僕の【魔法(ファイアボルト)】のように無詠唱で放たれるそれに苦戦しているのか、冒険者達が悪態をついている。

 

「(リリ!時間稼ぎをお願い!)」

「皆様!ベル様の援護を!」

 

 近くにいたリリに目で伝えると、リリは無言で頷き、ヴェルフ達に指示を出して僕の周りにいるダークレイスを仕留めていく。

 雑兵(ダークレイス)をヴェルフ達に任せて、目の前の強敵であるデュナシャンドラを仕留めるために、準備を始める。

 

「【ファイアボルト】」

 

 逆手に握った《神様のナイフ》に魔法を放つと、すかさず『蓄力(チャージ)』を始める。

 『万が一外したら』、なんて弱気な考えは捨てる。目の前の強敵を倒すには、真っすぐ行って斬るための体力があればいい。後は全て、この一撃のために使う。

 本来なら、刃に炸裂した炎雷は火の粉をまき散らして拡散してしまう。だけど、それを白い光粒がナイフの刀身に集中させる。刃に刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】が共鳴するように、白光を放つ。

 『二重集束(デュアル・チャージ)』。

 スキル【英雄願望(アルゴノウト)】の『集束』という特性を応用した、斬撃と『魔法』の同時蓄力(チャージ)

 好敵手(アステリオス)に勝つために編み出した技。その威力は、先日の『遠征』で遭遇した『モス・ヒュージ』の『強化種』の膝から上を焼失させた。

 鐘の音が、『蓄力(チャージ)』時間に比例して荘厳な音に変化していく。

 

『シャアアアッ!』

『させるかぁ!』

 

 僕の『蓄力(チャージ)』を止めようとダークレイス達が襲い掛かるけど、それを冒険者達と『異端児(ゼノス)』の皆が防ぐ。共通の敵がいるという事情があるとはいえ、人と怪物(モンスター)が肩を並べて戦っている。これをきっかけに、人と怪物(モンスター)が共存できたなら。地上で僕達とウィーネが笑い合える日も、やって来るだろう。

 そんな未来(あした)を掴むという意志を脚に込めて、駆けだす。

 

『オオオオオッ!』

 

 デュナシャンドラが、僕の首を刎ねようと鎌を振り上げる。

 

「っ!」

 

 刃が振り下ろされる頃には、僕は懐に潜り込んでいた。

 すれ違いざまに刃を振り抜き、その技の名を呟く。

 

聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)!」

 

 轟火が肌を炙り、閃光が視界の端で瞬き、衝撃が追い風のように僕の背中を押す。力を使い果たした僕は、そのまま地面に倒れ……。

 

「ベル」

 

 誰かが、僕を支える。太く黒い、筋肉特有の柔らかいこの感触の主は一人しかいない。

 

「見事だ」

 

 簡潔な、だけど力強い好敵手(アステリオス)からの称賛を聞いて勝利を確信した僕は、意識を手放した。

 

 

 

 

「レヴィス……」

 

 援軍が現れ、ダークレイスが不死性を失ったことで、彼女のことをじっくりと観察できるようになった。

 瞳は虚ろで、焦点が合っていない。剣を振るっているというよりも、剣に振るわれているような力任せの雑な技。だけど、その圧倒的な力で、彼女は冒険者達を相手に大立ち回りを演じている。

 

「っ!」

 

 レヴィスの頬をよく見れば、日の光を浴びて何かが、目尻から伝った涙が輝いていた。

 

「……分かった」

 

 本来なら敵であるはずの彼女が、今の私にはとても哀れな存在に見える。例えるなら、(なに)かに操られる『操り人形(マリオネット)』。……冒険者になって間もない頃、モンスターへの憎悪に振り回されていた、【戦姫】と呼ばれていた私のよう。

 

「【白き風よ(テンペスト)】!!」

 

 怒りではなく、慈悲をもって彼女(レヴィス)を終わらせるという私の気持ちに応えるように、白い風が私を包む。

 

「アああア゛あアあ゛ア゛ッ!」

 

 風に反応したのか、レヴィスが剣を振り回して私に向かって突撃してくる。

 姿勢を低くしてレヴィスを見つめ、剣を溜める。

 

「リル・ラファーガ!」

 

 放ったのは、ロキが命名した私の必殺技。足元の石畳を砕くほどの脚力で飛び出し、矢の如く突進する。

 私の剣と激突したレヴィスの剣が、陶器を割ったような音と共に粉々に砕ける。続いて、私の愛剣(デスペレート)が胸元に深々と突き刺さり、レヴィスの魔石を砕く。

 灰化は左手から始まり、左手に残っていた剣の残骸が地面に散らばる。次に両脚が灰化し、足元に灰が積もっていく。

 

「ア……リ……」

 

 臍から下が灰となって崩れたところで、レヴィスの目に光が戻り、私と目が合った。

 辛うじて原型を留めていた右腕を私に向けて伸ばし、何かを呟くレヴィス。だけどその腕は届く事なく灰となり、言葉を言い終える前に胸部と首、頭部も灰となった。

 

「……」

 

 彼女が何者なのか、どうしてお母さん(アリア)のことを知っているのか、何も分からないまま、こんな形で決着がついてしまった。

 

「おやすみなさい。レヴィス」

 

 頬を撫でるそよ風によって舞う灰と、それに埋もれる砕けた極彩色の魔石の欠片。足元に散らばるレヴィスだった物を見つめて、私はぽつりと呟いた。

 

 

 

 

「【誇り高き戦士よ、森の射出隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」

 

 新しい杖で襲い来るダークレイスと、エレナが召喚するスケルトンの頭を叩き潰しながら、私は詠唱を行う。

 私が使用した【応炎霊(バーンレイス)】は、発動中も他の【魔法】を使用可能だけど、解除するまで精神力(マインド)を常に消費するため、使用する【魔法】の選択を誤ると精神力低下(マインドダウン)を引き起こす。

 

「……ごくん。【帯よ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」

 

 詠唱の合間に、グレイさんから前もって頂いていた、『萎びた黄昏草』を飲み、減り続ける精神力(マインド)を回復。

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

 

 最後の詠唱を終え、『憤怒』の使徒エレナに照準を定める。

 

「撃ちます!」

 

 叫ぶと、エレナの周辺にいた冒険者達が蜘蛛の子を散らすように下がる。

 

「【ヒュゼレイト・ファラーリカ】!!」

 

 夥しい火の雨が、エレナとスケルトン、そしてダークレイス達を飲み込む。四肢に胴体、頭部のいずれかに炎矢が突き刺されば、対象を焼き尽くす。石畳に突き刺されば、爆発によって生じた破片が標的に損傷(ダメージ)を与える。

 

「……ッ」

 

 スケルトンとダークレイスは焼き尽くされ、灰となって散らばっている。だけど、微かに息のあるエレナが斧の柄を杖のようについて体を支えている。

 すかさず頭部に狙いを定め、杖を構える。

 

「【封じられた太陽】!」

 

 杖の先に灯っていた火が爆発すると、巨大な火球が放たれる。吸い込まれるように、寸分の狂いもなく、私の狙い通りエレナの頭部に火球が直撃する。更に溶岩がエレナの足元に落ち、残りの肉体と斧を焼いていく。

 

「……ふぅ」

 

 深淵を出る前にグレイさんから【呪術】を教わっておいて正解だった。

 あの時の自分のことを褒めながら、再び『萎びた黄昏草』を飲んで精神力(マインド)を回復。

 もう少し、【応炎霊(バーンレイス)】の発動状態を維持しておく必要があるから。

 

 

 

 

「ぬぅぅぅぅんっ!」

「ふっ!」

 

 カアスが力任せに振るう杖を剣の腹でいなし、肥大した左腕による殴打は最小限の動きで回避する。

 

「【降りしきる闇】!」

「はあっ!」

 

 カアスが杖を掲げて闇の球を降らせれば、『銀のペンダント』を掲げ、金色の風を発生させて逸らす。

 あの時はダークレイス達の不死性と数の暴力にすり潰され、亡者になるほど消耗した。けどダークレイス達の不死性を解除し、対処を他の冒険者達に任せれば、後はお互いの実力が全ての戦いになる。

 本来なら、こいつの攻撃の後隙に一発叩き込めば決着はつく。だが、俺は敢えてそれをせず、回避に専念していた。『あいつ』が来るのを待つために、

 

「アルシュナ!」

 

 俺の背後からカアスに、正確にはカアスに食われ、取り込まれたアルシュナに向けて声がかけられる。アルシュナの仕えた王である、エス・ロイエスの白王の声が。

 

「ぬぅっ!?体が、動かぬ……!」

 

 カアスの首から下が、氷像のように固まる。おそらく白王の呼びかけにアルシュナが応え、カアスの動きを封じているのだろう。

 

「「今だ!」」

 

 俺が剣を大上段に構えると同時に、白王が叫ぶ。

 構えた剣の刀身は、本来なら俺の背丈ほどの長さしかない。だが、追加で精神力(マインド)を使えば、使った分だけ炎が刀身を形成し、攻撃範囲(リーチ)を伸ばす。

 

「どおりゃああああっ!」

 

 石畳が陥没するほど踏み込み、全身の筋肉を使って剣を振り下ろす。

 

「ガァッ!?」

 

 カアスの肉体が、竹を割るように正中線に沿って両断される。カアスが短い断末魔をあげると、肉体は重力に従って左右に倒れる。

 

「……ぁ」

 

 断面を起点に火が燃え広がり、瞬く間にカアスの肉体を灰に変える。積もった灰と灰の間に、一人の女性が倒れこんでいる。艶やかな黒の長髪、きめ細かな肌を包む、純白の装束。

 

「……感謝、します。不死よ……」

 

 弱弱しく掠れた声でアルシュナは、顔を上げて俺の目を見て言葉を紡ぐ。

 その声は、ダンジョンから聞こえた『声』と同じだった。




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