闇の王がファミリアに入ってもいいじゃない、『元』人間だもの   作:大豆万歳

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第75話

「アルシュナ」

 

 エス・ロイエスの白王が片膝をつき、目線を下げる。

 

「我が、君」

 

 アルシュナは長く動かしていなかった華奢な四肢に力を籠め、王と同じく片膝をつく。自らの肉体に罅が入り、その度に走る激痛を堪えながら。

 

()こう、共に」

「はい……我が君」

 

 白王が手を差し出すと、アルシュナが手を重ねる。重なった手を起点に、肉体の所々に入っていた罅が全身に入る。

 ……そして、薄氷が割れるような音と共に、アルシュナの肉体が砕け散る。彼女が身に着けていた衣服は抜け殻のように地面に落ち、白王の掌に外は漆黒、中心は純白の火……アルシュナのソウルが浮かんでいた。

 

「……」

 

 白王は立ち上がると、掌を天に向かって差し出す。すると、アルシュナのソウルが天に向かって上昇を始める。

 それを彼は、じっと見守っていた。

 

「……」

 

 一方、グレイは気まずさから口を閉ざしていた。

 彼の目線の先、鎧に身を包んだが立っている。周囲の者からは見分けがつかないが、グレイだけは鎧の人物が何者であるか理解していた。

 

「えっと、その……」

 

 鎧の人物の名はオスカー・モナーク。北の不死院からの脱走を出助けした、グレイの兄。……そして亡者となり、グレイの手によって最期を迎えた。故にグレイは何を話すべきか、何から話すべきか悩み、目線を泳がせていた。

 

「グレイ」

「!」

 

 兄に、オスカーに名を呼ばれ、グレイは反射的に背筋を伸ばす。

 

「よくやった」

 

 オスカーは力強く親指を立て、グレイに言葉をかける。

 

「それでこそ、私の弟だ」

 

 グレイの手から、剣が零れ落ちる。空になった手が小刻みに震え、抑えるように拳を握りしめるが、今度は腕全体が震え始める。そして脚が、胴体が、頭が小刻みに震える。

 

「……っ、兄、さん……っ」

 

 兜の下では嗚咽を漏らしているのか、声音が震えている。

 オスカーは満足げに頷くと、これ以上の交流は不要と言わんばかりに背を向ける。しかしよく見れば、彼も『何か』を堪えるように拳を震わせている。

 

「レフィーヤ、頼む」

「分かりました」

 

 グレイの言葉にレフィーヤは頷くと、一呼吸置いて口を開いた。

 

戦闘終了、お疲れ様でした(ミッションコンプリート)

 

 それは、【応炎霊(バーンレイス)】を解除する言葉(ワード)。彼女が呟くと同時にオスカーの、白王の、召喚に応じた戦士達の肉体が徐々に透けていき、最後には消滅した。

 

 

 

 

「感謝する」

 

 一人の獣人(ビースト)族が、ファランの不死隊に向けて深々と頭を下げて感謝の言葉を口にする。脚を揃え、手を前で合わせる非常に丁寧な作法で。続けて、周辺にいた冒険者達が、オラリオの住民が頭を下げる。

 その礼が自分達に向けられたものだと察した不死隊の面々は、返礼を誰が行うか、言葉ではなく目線を交わして相談する。

 

「お、俺!?」

 

 そして白羽の矢が立ったのは、ファランの不死隊で唯一ヒューマンの隊員であるホークウッド。自分を指さして素っ頓狂な声を上げるホークウッドに対して、隊員達は首肯して前に出るように促す。ある者は腕を掴んで引き寄せ、ある者は背中を文字通り押している。

 

「……こちらこそ、ありがとよ」

 

 暫し恥ずかしそうに頬を掻いていたが、隊員達から向けられる生暖かい視線に観念したのか、同じく深々と頭を下げて感謝の言葉を口にした。

 

「ヨーム」

「うむ」

 

 肉体が透け始めたジークバルトが呼びかけて胡坐をかくと、ヨームも頷いてゆっくりと胡坐をかく。ヨームの臀部が地面に触れる頃には、足元にいた人々は離れた場所に移動していた。

 

「貴公の勇気と」

「我が剣」

「そして、彼らの未来に」

「「太陽あれ!」」

『太陽あれ!』

 

 ヨームとジークバルトが、(ジョッキ)を握りしめているかのように拳を掲げれば、周囲の人々も倣って拳を掲げた。

 

「ふむ」

 

 オラリオに住まうエルフ達が、清廉な聖職者達が、エルドリッチに向かって片膝をつき、深々と首を垂れる。周囲にいる人々も、彼ら彼女らに連られて片膝をついて首を垂れる。

 

「若き同胞と、その仲間(とも)達よ」

 

 消える前に聖職者らしい事をしようと思ったのか、エルドリッチは左手を前に出し、紙に円を描くように空中で指を走らせる。そして拳を握ると、祈るように額に近づけて目を閉じる。

 

「汝らの行く末に、月の加護があらんことを」

 

 今この場にいる全ての人々に向けて、エルドリッチが言葉を投げかけた。

 

「ルドレス王!」

 

 消滅するまで人目のつかないところに身を潜めようとしていたルドレスの名を、大声で力強く誰かが呼ぶ。

 呼ばれた本人は肩を跳ねさせ、振り返る。

 

「なんだって!?」

「ここにいたのか!」

 

 ルドレスの名を呼んだ者の声が聞こえた人々が、続々とルドレスのもとに集まる。様々な種族の人々が集まっているが、中でも小人族(パルゥム)の占める割合が高い。

 

「……」

 

 突き刺さる目線に狼狽えるルドレスに、一人の小人族(パルゥム)が近づく。

 

「ありがとうございます」

 

 一礼の後に、右手が差し出される。ルドレスは、暫く差し出された右手と、目の前の同族の顔を交互に見た。

 最後に聞いたのか何時だったか、忘れてしまうほど昔に聞いた、感謝の言葉。更に握手まで求められたルドレスの涙腺が段々と緩み、頬を一滴の涙が伝う。

 

「……こちらこそ。ありがとう」

 

 ルドレスは涙ぐみながら、差し出された右手を優しく握り返す。自らが完全に消滅するその瞬間まで、周囲にいる人々と言葉と握手を交わし続けた。

 

「ありがとよ!ローリアン王子!」

「助かったよ!」

 

 周囲の冒険者が、住民がローリアンに感謝の言葉を口にすると、ローリアンは力強く親指を立てて口角を上げる。声を失った彼なりの、人々に対する返答だった。

 

「ロスリック王子もありがとう!」

「良い魔法(えんごしゃげき)だったよ!」

 

 一方、ロスリック。彼は病を抱えて生まれ落ちたために人との会話経験が非常に少なかった。更に兄のように武勲を挙げ、人々から称賛の声を浴びたこともないため……。

 

「……」

 

 頬を羞恥から赤らめ、フードを目深に被っていた。更に兄の背中に顔を埋め、周囲からの視線を遮っている。

 

「……ッ!」

 

 そんなロスリックに『少々』良くない目線が向けられたことを感じ取ったのか、ローリアンが剣を握る手の力を強くする。心当たりがある者達は、揃って顔を伏せて目線をずらした。

 

 

 

 

 あれから、1週間が経った。

 あの後、オラリオでは『ギルド』主導の下、損壊した家屋や通りの修繕作業が進められた。

 

「……はい。これでグレイ君の【ランクアップ】は終了だよ」

 

 損壊した家屋や通りの修繕作業には、オラリオにある全【ファミリア】の冒険者達が参加した。必然的に、彼らはダンジョンでの戦闘を行っていないので【ステイタス】の更新は勿論、【ランクアップ】なんてしない。

 ならばなぜ、グレイ君だけが【ランクアップ】したのか。それは、グレイ君のLvが飛躍的に上昇したからだ。

 

『これは少しずつやらないと体が保たないかもしれない』

 

 1週間のボクはそう考え、あれから毎日、食後と寝る前の1日4回のペースで【ステイタス】の更新を行っていた。

 

 グレイ・モナーク

 Lv.9+++

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

 耐異常:G

 《魔法》

 【魔術】

 【奇跡】

 【呪術】

 《スキル》

 【ソウルの秘術】

 ・物質をソウルに変換し、体内に収納可能になる

 【王剣執行】

 ・任意発動(アクティブトリガー)

 ・発動中、全能力値(ステイタス)が上昇し、武器に炎が付与(エンチャント)される

 ・発動中、全ての攻撃は敵と定めた者にのみ損傷を与える

 ・追加で精神力(マインド)を消費すれば、攻撃範囲が伸びる

 ・欠点(デメリット)として、《魔法》が使用不可となる

 

 これが、最終的なグレイ君の【ステイタス】。2度、3度と用紙を見直す。だけど、《スキル》と《魔法》に記載されている内容は変わらない。あの大穴(深淵)の中で、ボクとレフィーヤ君の血を吸ったハンカチを火種に火を熾し、解呪を試みたあの時から。

 グレイ君の肉体(からだ)から、ダークリングが消えた。

 つまり、グレイ君はベル君達と同じように……。

 

「父さん」

 

 そんな、『いつか訪れる別れの日』の事を頭の片隅に無理矢理置き、娘として、主神として訊きたかった疑問を口にするために意識を切り替える。

 

「なんだ?」

「お兄さんとの会話、あれで良かったのかい?その、もう少し話したかった事とか、あったんじゃないかい?」

 

 ボクの質問に、父さんは首を横に振る。

 

「いいんだ。兄さんから労いの言葉を貰えたから、それで十分だ」

「……そっか」

 

 傍から見れば、積み上げた偉業に対する対価としてはとても細やかな報酬。だけど、本人にとっては金銀財宝の類よりも価値がある報酬。それを噛みしめるように、グレイ君は言葉を発した。

 

「それじゃ、そろそろ寝よっか。オラリオの修復作業はまだ残ってるし、それが終わったらレフィーヤ君の改宗(コンバーション)やら結婚式の準備やらしないといけないからね」

「そ、そうだな」

 

 ……顔に『心配』と書かれているのかってくらい露骨に表情が変わっている。

 

「何を心配してるのさ」

「仕方ないだろう?式の前に顔合わせをした時のレフィーヤのご両親がどんな反応をするか気になるんだから」

 

 気持ちは分からなくもない。特に、二人が結婚するに至った経緯は素直に話しても信じてもらえない。だから、虚実織り交ぜた『それっぽい経緯』を考えていたわけだけど、それで納得して貰えるか心配らしい。

 

「大丈夫だって。いざって時の援護(フォロー)は【勇者(ブレイバー)】に一任しているから、グレイ君はいつも通りしていれば良いんだよ」

 

 ボクはやや猫背気味になったグレイ君の背中を伸ばすように叩き、更に言葉で背中を押して元気づけた。

 

 

 

 

 そして、グレイとレフィーヤの結婚式当日。

 式の参列者は、【ヘスティア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】、レフィーヤのご両親に他【ファミリア】の主神と団長。そして、ギルドからはウラノスの代理でロイマンが出席していた。

 会場は『黄昏の館』と『竃火の館』のどちらにするかで主神同士の話し合いに中々決着が着かず、両【ファミリア】の団長が頭を下げて【ガネーシャ・ファミリア】の本拠(ホーム)『アイアム・ガネーシャ』を借りることになった。

 

「……」

 

 その会場を、路地裏からこっそりと見つめる人影、もとい神影があった。

 

「見ているだけで良いのかい?」

「ほわあっ!?」

 

 角からひょっこりと顔を出した人物、いや、神物に声を掛けられた神影は驚きのあまり跳びあがった。

 

「驚かすんじゃないよ、ヘルメス。心臓が飛び出たらどうするんだい」

「悪いね、ペニア」

 

 路地裏から会場を見ていたのは神ペニアであり、角から顔を出したのは神ヘルメスであった。

 

「生憎、私は【ファミリア】を結成していないんでね。『ギルド』の奥に籠ってるウラノスと違う理由で参列できないのさ」

「それもそうか。それじゃあ、ここでオレと飲もうぜ?」

 

 『お前は何を言っているんだ』とヘルメスを見れば彼の手にはワイングラス2つと未開封のワインボトルが握られ、隣に立つアスフィの手には様々な種類のチーズが盛られた皿があったことに気づいた。

 ペニアは近くにあった空樽を転がして立てると、土埃をハンカチで払い落とす。

 

「これで我慢しな」

 

 ペニアが手で示すと、アスフィが樽に皿とフォークを置き、ワインボトルのコルクを抜く。

 

「それじゃあ。親父殿とレフィーヤちゃんの結婚を祝して、乾杯」

「乾杯」

 

 アスフィがグラスにワインを注ぐと、ペニアとヘルメスはグラスを合わせる。

 

「で、式の方はどうだったんだい?」

 

 チーズをつまみにワインを暫く飲んでいると、ペニアが口を開いた。

 

「そうだね……司会進行を務めるガネーシャが都市外の神々からの手紙を読み上げてたんだけど、アレスからの手紙が簡潔(シンプル)に親父殿とレフィーヤちゃんを祝福する内容が綴られていたから、えらく驚いていたよ。文章の最後の方に、オラリオへの宣戦布告の一文でも添えられているもんだと思ってたからね」

「『あの』アレスがかい!?」

「そう、『あの』アレスがね」

 

 驚愕に目を見開いたペニアは、すかさず空を見る。すっかり夜の帳が下りた空には無数の星がちりばめられ、月光が柔らかく地上を照らしている。

 

「明日は握り拳大の雹が雨あられと降るね」

 

 同郷の口から発せられた辛辣な言葉を聞き、ヘルメスは苦笑する。

 

「あとは……ディオニュソスが親父殿とタケミカヅチ、桜花を合わせた4名で『えびすくい』って極東の宴会芸を披露してたぜ」

 

 ヘルメスの言葉を聞き、ペニアはチーズに伸ばしていた手を引っ込め、半分ほどワインが残ったグラスを樽の上に置く。

 

「あっひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 その光景がありありと浮かんだのか、ペニアは腹を抱えて笑い転げた。

 

「ち、因みに、ディオニュソスに酒をたっぷり飲ませて『そういう気分』にさせたのは誰だい?」

 

 一頻り笑い転げて満足したペニアは立ち上がると、ヘルメスに問う。

 

「勿論、このヘルメスさ」

 

 ヘルメスは渾身のしたり顔を浮かべ、自らを指さす。

 

「パーフェクトだよヘルメス」

 

 ペニアはヘルメスに対して、惜しみない称賛の拍手を送る。

 

「……で、ペニアとしては二人の結婚についてはどう思っているんだい?レフィーヤちゃんに警告みたいなことを言ったそうじゃないか」

「ああ、その事かい」

 

 ペニアは頭をポリポリと掻いた後、ヘルメスの問いに答える。

 

「あの娘はとんだ大馬鹿者だよ。ヘラやアフロディーテは『なんて一途なの……っ!』って感涙していたけど、私からすれば『何度も人生を浪費した大馬鹿者』さ。どこかで諦めていれば、もっと人生を有効活用できたのにね」

 

 眉間に皺を寄せて、辛口な評価を口にしていたペニア。しかし、一呼吸置くと一転して穏やかな表情を浮かべる。

 

「だけど、それで親父殿が幸せになれたなら、費やした時間に意味があったなら、私は許すよ」

「……そっか」

 

 愛ゆえにグレイに対して厳しい態度をとっていたペニアの言葉を聞き、ヘルメスはホッと胸を撫でおろす。

 

「アスフィ、ワインは残っているかい?」

 

 その後、皿に盛られたチーズも無くなると、ヘルメスがアスフィに訊く。

 

「ええ。といっても、少量ですが」

 

 アスフィは月明りで中身が見えるようにボトルを傾ける。偶然なのか、それともヘルメスがそうなるように誘導したのか、二人で分ければちょうど一口分ずつになる絶妙な量が残っていた。

 

「じゃあ、オレとペニアに分けてくれ」

「分かりました」

 

 アスフィはボトルを傾け、ペニアとヘルメスのグラスに注ぐ。

 

「ペニア、〆の言葉を任せてもいいかい?」

「いいとも」

 

 ペニアがグラスを掲げると、ヘルメスも同じようにグラスを掲げる。

 

「親父殿とレフィーヤに月と太陽、そして火の導きがあらんことを」

「導きがあらんことを」

 

 二柱(ふたり)はグラスを合わせ、ゆっくりとワインを飲み干した。

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