極東の地、日本の山間部にある一軒家。周囲は深い森に覆われ、人が出入りした形跡も見当たらない。
魔術工房があるとはいえ、ここまで人目を避けているとなると、交渉も難しいものになるかもしれないと、顔をしかめる。
しかし、この程度の障害に煩わせられる訳にはいかない。
人理保証継続機関カルデア、その更なる発展と栄光。そして何より、お父様から受け継いだこの組織を潰す訳にはいかない。
そのためには、優秀な魔術士によるマスター候補には精査と管理を徹底しなければならない。
魔術を生業とする家にとって、子孫がどのように成長し、どのような血族の配偶者と子を成すのか、というのは重要になってくる。それが名門ともなるとその傾向も顕著に現れるだろう。
その子孫である息子、それも兄妹の、跡取りとなる息子の身柄を預けてほしいと頼みに行くのだ。
それを思うと、此処までの道中で妨害、ないし攻撃を受けてもおかしくはない。それほどまでに無茶な要望をしたのだ。だとするならば、あの森を抜ける事。それこそが、私達を試す裁定だったのかもしれない。
所長を一人で行かせるわけにはいかない、僕も同行しよう。
そう言って私に付いてきた医療部門のトップは膝に手を付いてうなだれている。
交渉に来ている以上、身なりが乱れる様なことはしないでと、注意しようとしたら。もちろん、わかっているよ。と、タオルを渡された。
どうやら山道を越えたことで、私も汗をかいていたようだ。歩き慣れない道を歩いた事もあるが、所々に配置された魔術装置による幻覚、鏡像、他にも森林ならではの霧や距離感の狂い、磁場の乱れ等によって疲れが貯まっていたらしい。
とはいえ、目的地はもう目と鼻の先だ。先方も私達が森を抜けた事に気づいているだろう。
タオルを返しながら、気を引き締めるように促す。正直、あの深い森の中で迷う事無く進む事ができたのはこの男のおかげと言えなくもないが、それはそれ。
「気を引き締めなさいロマン。相手は日本でも有数の魔術の名門、藤見家よ。決して失礼のないようになさい」
古くから霊脈の管理を担うその家系は、魔眼と呼ばれる魔術を産まれ持つ者が比較的多く産まれたことで、富士見、節見とも呼ばれた。
富士山頂から視ているとも言い伝えられた視認能力や透視、時代の節目を予言するなどの未来視をしたという伝承も残っている。
人に害を加えたという話は聞かないが、警戒するに越したことはない。
魔眼には通常の魔術とは違い、神秘に近いものが多く。もし機嫌を損ねた際には、何もできずに殺されてしまうことも視野に入れなければならないのだ。
魔術を扱うことがあまり得意でないこの男は、なすすべなくやられてしまうかもしれない。
「ああ、わかっているよ。そのためにここまで来たんだ」
そのために?まるで私をフォローするために着いてきたとでもいうような口振りだ。
「どういう事かしら、私が交渉に失敗するとでも言いたいの?」
これまでにも何件か魔術士の名門を相手に交渉を成功させた私に何処か落ち度でもあるというのだろうか。
「とりあえず、髪に付いた蜘蛛の巣は取り除いた方がいいだろうね」
「っ!そういう事は早めに言いなさい!」
素早く手鏡を取り出して髪に付いているという蜘蛛の巣を取り除こうとするがなかなか見当たらない。普段から手入れを欠かさない自慢の銀髪も、今は少しその白さが腹立たしい。
気を取り直して、交渉に入ろう。
ちょっとしたアクシデントはあったが問題ない、二人で互いに服装に問題がないか確認しあったし、深呼吸もした。大丈夫、問題ない。私なら今回の交渉も成功差せることが出来る。
自分に鼓舞をして、意を決して玄関の呼び鈴を鳴らす。
「こんにちは、こちらは藤見さんのお宅で間違い無いでしょうか」
ここまできて、もし違う何て事になったら膝から崩れてしまいそうだ。ところで、なぜ、ロマンは笑いを堪えているのだろうか?
「はーい、合ってますよー、こんなところまで、どなたがなんのご用でしょうか?」
活発そうな女の子の声が後ろから聞こえて、少しビックリしたが、このくらいで取り乱す私じゃない。深呼吸しているのは空気が美味しいから。落ち着こうとしてるわけじゃないから。
「はじめまして。人理保証継続機関カルデアから参りました。オルガマリー・アニムスフィアと申します。先日送らせていただいた手紙に記させていただいた通り、藤見練さんの就職について、詳しい話をさせていただきたく参りました。家主様はいらっしゃいますでしょうか」
「いますよー、とりあえず上がって下さい。居間まではこの子が案内してくれますから。今、父を呼んで来ますので少々お待ちくださーい」
この子、と呼ばれた猫に付いていくと大きなテーブルと複数のソファにタンス、本棚といった調度品の数々が配置された部屋に着いた。扉は開いており、テーブルに男性が掛けているのが見えた。
「はじめまして、藤見練の父です。どうぞ、近くにいらしてください」
「はじめまして、オルガマリー・アニムスフィアと申します。藤見練さんの就職について、詳しい話をさせていただきに参りました。」
「いらっしゃい、立ち話もなんですし、お掛けください。わざわざ辺境の一軒家までようこそお越しくださいました。早速本題に入りましょう、跡取り息子の、将来について。」
その後の交渉はつつがなく終わり、藤見練はカルデアに2015年1月30日に正式な入社、事前知識の勉強やトレーニングのために1ヶ月前にはカルデアで生活、という形になった。
親御さんからは二つ返事で了承をいただき。拍子抜けしたところに、藤見練本人が登場。
なにやらロマンとの会話が盛り上がったようで、ロマンが終始楽しそうに話していた。マギマリとはなんなのだろう?
二人の会話に付いていけなかった私は、藤見練がどのような人間なのか、途中で参加した奥さんと妹さんに聞いてみることにした。
「練?練ねー、暇を見つけては魔術道具作って遊んでいるらしいよ?」
「兄さんはねー、気が付いたら何処かにいってて、気が付いたらそこにいるの、基本、何処にいるかわかんないんだよねー」
彼をマスター候補にしたのは正しかったのか、少し疑問に思ってしまった。
夜の森を帰るのは流石に危険だということで、一晩お世話になることとなった。あの森の中で一軒家、電気や水道は何処から引いているのかロマンが聞いていたが、すべて魔術でなんとかしているらしい。
「兄さんが作った魔術道具があれば何処に住むとか、ほとんど関係無いんだよねー」
「魔力使うだけだし、壊れもしないし、便利なのよ」
魔術って秘匿すべきものじゃなかったかしら?
主人公誰だっけ、俺だっけ、セリフ無いんだけど