機動戦士ガンダムSEED DESTINY〜インフィニティー・セイバーズ〜 作:剣舞士
書きだめ第三弾。
コズミック・イラ70。
2月14日。
世界でも有名な日付だ。
《バレンタインデー》世界各地の恋人たちが愛を確かめあい、愛の誓いを行うという日だ。
大元の由来は、西暦269年にローマ皇帝の迫害の下に殉教した聖ウァレンティヌスの記念日に由来する。
しかし、西暦が過ぎたコズミック・イラにおいて、この日は忘れられない出来事があった。
《血のバレンタイン事件》
コーディネーターたちが築いた新たな生活拠点である宇宙コロニーに対して、地球連邦軍がMA部隊、及びそれを格納していた母艦が攻め入った。
その内の一つ、農業用コロニーの《ユニウスセブン》に、地球連邦軍の量産型MA《メビウス》の所持していた一発の核ミサイルが命中した。
それにより、農業用コロニー《ユニウスセブン》は完全に崩壊し、24万3721名の尊い命が失われてしまった。
それを機に、コーディネーターたちが集まるプラントと、ナチュラルたちの集まる地球連合軍による対立は、より一層深くなっていき、今では宇宙領域にとどまらず、大気圏内においても、戦闘が勃発している。
C.E70年 2月18日には、地球連合が南アメリカ合衆国に侵攻し、パナマ宇宙港を制圧。
南アメリカ合衆国を大西洋連邦が取り込んだ《南アメリカ侵攻》が起こる。
血のバレンタイン事件が起きた一週間後のC.E70年 2月22日。
L1のスペースコロニー《世界樹》で勃発した地球連合軍とザフトとの攻防戦。
《世界樹攻防戦》とよばれる宇宙域での戦闘。
結果的に《世界樹》は崩壊し、デブリベルトの塵と化して、戦闘は終結した。
C.E70年 3月8日。ザフトの地上侵攻戦初の軌道上からの地上降下作戦として、ビクトリア湖に開拓して建設していた宇宙港とマスドライバー施設『バビリス』に侵攻した戦闘《第一次ビクトリア攻防戦》。
C.E70年 4月2日。オーストラリアのカーペンタリア湾に、ザフトは軌道上から基地施設を分割降下させることで、48時間でカーペンタリアに軍事基地を築いた。
その際、地球連合軍は太平洋艦隊を向かわれたが、ザフトの開発した新型MSに大敗。後に、基地は翌月の20日に完成した。
ザフトによる《カーペンタリア制圧戦》と言われる戦闘。
そのほかにも、
C.E70年 4月17日 《第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦》
C.E70年 5月3日《グルマルディ戦線》
C.E70年 5月2日《第一次カサブランカ沖海戦》
C.E70年 5月30日《スエズ攻防戦》
C.E70年 6月14日《新星攻防戦》
そして年を越してC.E71年。
1月15日に、《カオシュン戦線》
世界各地、あるいは、地球の外、宇宙における宙域戦などなど、人類は戦いの歴史を歩んでいる。
そんな歴史の些細を記した資料を見ながら、一人の少年はため息をついた。
「はぁ……まったく、ISも、MSも、人を片付けるだけのものになり過ぎてるんじゃないのかなぁ……」
日本人特有の黒髪が、優しく吹いて来た風になびく。
少年は、手に持っていた電子端末を操作して、ある映像を出した。
そこには、宇宙に漂う無数の鋼鉄の残骸が映っていた。
(ヘリオポリスが崩壊……か……)
オーブの資源コロニー《ヘリオポリス》が、ザフト軍の奇襲を受け、その場にいた地球連合軍の戦艦と交戦し、完全崩壊したとのニュース映像だった。
そこで何があったのか、まだ詳しい情報は入っていない。
しかし、ここまでの資料を読む限りでは、おそらく軍事侵攻を行なったとみて間違いなかった。
このご時世においても、平和を求め、中立の立場にいるオーブの資源コロニーの破壊は、世界にどのような影響を及ぼすのか……。
「はぁ……」
「なぁにため息なんかついてるの?」
「うおっ?!」
一人、頭の中での会議に集中していたため、突然声をかけられて、思った以上に驚いてしまった。
うっかり持っていた電子端末から手を離して、地面に落ちそうになるのを、ギリギリでキャッチする少年。
どこも傷ついてないところを見て、一安心した後に、声をかけて来た主の方へと顔を向ける。
「ごめんごめん、まさかそんなに驚くとは思ってなくて」
「あぁいや、俺の方こそ……ちょっと考え込んでたんだよ」
「また戦争の資料? 物好きねぇ〜」
「今度の試験にも出るからな。予習復習は大事だぞ?」
話しかけて来たのは、長い銀髪に、蒼穹のごとく澄み渡った瞳を持つ女の子。黒いジャケットに、赤いチェック柄のスカート、黒いニーソックスを身に纏った少女だ。
名前は、アリサ・ラインハルト。
同い年の中等部二年生。
「それにしても、カオシュンで戦闘があったばっかりなのに、ヘリオポリスまで……」
「そうだな……」
「でも、ここは大丈夫よ。オーブは中立なんだし、軍だってあるんだし」
「それはそうだけど、戦争にならないのが、一番いいよ」
「それは……まぁ、そうなんだけど。私たちは私たちの生活の方が大事でしょうっ?
わざわざ外の戦闘に首を突っ込む必要はないんじゃない?」
「そうだな……もとより戦争なんて、どっちが勝とうが負けようが、後から後悔しか残らないんだし」
「はぁ〜……全く、この弟はどうしてこう、卑屈な考え方しか出来ないのかしら?」
弟。
そう、少年はこのアリサ・ラインハルトの弟だ。
名前は、イチカ・ラインハルト。
どうしてそうなったのか……?
順を追って説明すると、一夏が漂流し、アリサに助けられた後の話からになる。
一夏はアリサの父、医者をしているアッシュの手当てのおかげで、無事回復していき、アリサの母で、学校教員をしているユリスによって、なんとか生きながらえた。
そして、一夏の傷が完全快気しようとした時のとこだ。
今から数カ月前。
「イチカ君、少し話があるんだが……」
「はい、なんでしょうか?」
その日、アリサの部屋で世界情勢などの資料を読んでいた時のことだった。
いきなりアッシュに呼び出され、そのままリビングに集められた家族一同と、一夏の四人。
そこで、アッシュから口を開いた。
「体も完全に回復して、そろそろ話しておかなくてはと思ってね……君の今後のことだ」
「っ……」
それは、一夏の今後の人生の展開についての話し合い。
「現状、イチカ君はこの国に存在しない人間……ということになっている。そのままここで生活していく上で、それはあまりにも不便で、少々面倒な事態にならないとも限らない」
「えっ……? でも、イチカは別に、他の国からのスパイとかじゃないんだから、そんなのって……。
まさかイチカ、実はスパイだったりする?!」
「なんでだよ……それに借りに本当にスパイだったとしたら、「うん、そうだよぉー」なんて認めるわけないだろう?」
「ま、まぁ、それもそうか……」
「まぁ、それはともかくだ。今後、イチカ君はどうしていくつもりだい?」
「…………」
いきなりそんなことを聞かれても……と、いう気持ちではあった。
いきなり拉致られて、囚われていた場所から逃げようとしたら、襲われ、殴られ、吹き飛ばされ……死んでもおかしくなかった。
そして、目を開けた瞬間、そこは全く見たことのない未来の世界。
しかも、ISの存在がないことから察するに、全く違う異世界の、未来の世界に来てしまっている。
当然、日本でもないその国に、姉である千冬や他の友達、同級生たちがあるはずもない。
行くあてのない状態で一人……。
一体、何をどうすればいいのか……。
「正直、どうしたらいいのか……それがわかりません」
「…………」
「死んだと思って……でも、気がついたらここにいて……。アリサやアッシュさんに助けてもらったことにはすごく感謝してるんですけど……その、どうするべきなのか……」
「うん……僕も、自分から問いかけておきながら、すごく嫌なことを聞いているとは思うよ。
でも、今後の事を考えると、どうしても明確にしておかなくてはならない事だから」
「はい………」
アッシュの言葉に、一夏も真剣かつ神妙な顔になった。
それを横から見ているアリサと、妻のユリスも同様に……。
「何故、俺が生きているのか……」
「…………」
「本当に、あの時に死んでもおかしくなかったはずだった。でも、俺は生き残った……今、ちゃんと生きている。
なら俺は、生かされた意味、生きている意味を……知りたいです」
「生きている……意味……?」
「はい。本来ここは、俺が生きていた場所とは全く違う。それなのに、こうして俺がここにいる意味が、なんらかの理由があるんじゃないかって……ここ最近は思っていたんです」
どうしてこの世界に来たのか……?
どうしてまだ見ぬ未来の世界なのか……?
そして何故自分だったのか……?
ここ数日にわたって考えて来たことだ。
こうして生きているのは、何か意味があってのことなのではないのか? と………。
「だから、俺は生きている意味を知るために、この世界で生きていかなきゃならなんじゃないかって、そう思うです。
その……すみません。自分でも、まだ結論を出すには、考えがまとまってなくて」
「……いや、それだけ聞ければ十分だよ」
「え?」
アッシュはそう言うと、神妙な表情から柔らかく、優しげな表情へと変えた。
「ならその上で、ちゃんと生活できるような所が必要になってくるね? そこでなんだが……イチカ君、うちの養子になるって言うのはどうかな?」
「えっ?!」
「パパっ、それって………!?」
「もちろん、君が嫌ならば、新しい戸籍を作ることを考えるけれど、ここでの暮らしを、まだイチカ君はほとんど知らないだろう?」
「そ、そうですけど……でも………」
「あっはは……。また迷惑がかかる……なんて考えているのかい?」
「っ!?」
「君は、何でもかんでも気にしすぎだよ? 私は君を助けたことを後悔はしてないし、迷惑だとも思っていない」
「そうねぇ〜。イチカ君みたいな男の子がうちにいると、いろいろと助かる事もあるのよねぇ〜」
「ママのはただの願望でしょ?」
「あらぁ? アリサはイチカ君が居てくれら嬉しくないの?」
「そ、そうは言ってないけど……」
呆然とアリサとユリスの話を聞いていた一夏。
そんな二人を見て、微笑ましいと思うアッシュ。
「イチカ君も知っての通り、うちは夫婦共に共働きでね……娘を一人残しておくのも、結構心配なんだ。
アリサも、イチカ君が居てくれた方が、何かと安心だろ?」
「そういうものなのかなぁ?」
「そういうものなんだよ……。アリサはともかく、私たちはそう思っているんだ。
だからどうかな? イチカ君。ここ数日君と過ごして居て、君の事は、ある程度理解しているつもりだ。
君になら、アリサの面倒を見られるんじゃないかってね……」
「ちょっ、パパっ!? 私はそんな子供じゃーーーー」
「あらあら、いいわねぇ〜。イチカ君はお料理も上手だし、帰りが遅くなっても、アリサのご飯は問題ないわね」
「ちょっ、ママまでっ!? 私はそんな食い意地張ってないよぉー!!」
「……ははっ」
「イチカっ!? 何笑ってるのよ!」
「ごめんごめん……ぷふっ……!」
「もうっ!」
アリサは頬を膨らませ、完全にそっぽを向いてしまった。
そんな姿が微笑ましいと思いながら、一夏とアッシュは話を進めた。
「どうだろう。私達の家族になるという提案は?」
「…………俺は、家族というものが、どういうのかを、あまり知りません。
俺にとっての家族は、唯一残っていた姉一人です。だから、父と母……同い年の……まぁ、姉弟という感覚も、あまりわからないんです……」
「ふむ…………」
「けど、ここ数日一緒に過ごして、家族っていうのは、こういう感じなのかな? って思っちゃって……。
なんか、慣れてないからか、ちょっとむず痒いんですけど……」
「それが、家族の始まりでもあるんだよ……。初めは赤の他人同士なんだ……そこから、互いを理解していき、より良い関係を結んでいく。そうしていって、家族は作られていくんだから……」
「アッシュさん……」
幼いからから、千冬以外の家族に関する記憶はない。
両親はすでにおらず、姉しか知らなかった。
それから、姉経由で知り合った篠ノ之家の人々。学校でたくさんできた友達。
中学に上がってからは、新しい友達に、悪友とも呼べるような男友達複数に、小五の時に中国から転校してきた少女ともより一層仲良くなれた。
しかし、家族というものが何なのかは、知る事はなかった。
「なら…………俺に、もっと家族という物を教えてください。このラインハルトの家で……!」
「イチカ、それって……!」
「そうかっ、受けてくれるか……っ!」
「まぁ♪ 息子ができるなんて! 今日はお祝いね♪」
「ちょ、気が早くないっ?!」
「あら? アリサは嬉しくないの?」
「そ、そんな事はっ……! ないけど……」
「じゃあ決まりね! アリサ、買い物に行きましょう」
「はいはい、わかった」
「じゃあ、イチカ君は、私と役所に行こう。新たな戸籍を作って、改めてイチカ君は私達の家族だ。
では行こうか、イチカ君……いや、イチカ」
「はい……っ!」
「…………」
「まぁ〜た考え込んでる」
「っ……あぁ、ごめんごめん。っと、もうこんな時間なんだな……。そろそろ買い出しに行かないとな」
「そうそう。で、今日は何を作ってくれるの?」
「うーんそうだなぁ〜、アリサは何が食べたい?」
「うーん、悩むなぁ〜♪ イチカの作るご飯なら、どれも美味しいし……。強いて言うならぁ〜、お肉がいいかも」
「お肉かぁ……じゃあ、ハンバーグは?」
「ああっ、いいわね! チーズ乗せがいい♪」
「はいはい」
今現在の時刻は、午後4時15分。
学校での授業が終わり、大抵の学生たちは、部活動や同好会などのクラブ活動を行なっている。
そう、昔と何ら変わらない日常の風景。
あれから、オーブ連合首長国、オノゴロ島における役所に戸籍を作った一夏は、晴れてラインハルト家の養子として迎え入れられ、『イチカ・ラインハルト』という名前を名乗っている。
続柄としては、アリサの弟という事になった。
まぁ、年齢は同じなのだが、誕生日がアリサの方が若干速いという事で、『姉弟』という続柄になったのだ。
そして、今イチカは、アリサが通っている学校に編入しているという状態だ。
入学から大体半年といった所だろうか……。
当初、語学における壁が出てくるのではないかと思ったが、オーブ連合首長国自体、かつて多くの日本人が移住して発展した島国であるため、街中の看板などには、多くの日本語が使われている。
一応、英語もそこまで成績は悪くないのだが、会話をするにはまだまだ拙い感じだった。
そのほかに関しては、特に問題点はなく、編入試験も難なくクリアした。
そして、イチカは今、非常にハマっていることがある……それは……。
「うーん……この左脚のバランサーをもうちょっと鋭敏にできたらなぁ〜」
「また機械工学? ほんと好きよねぇ……」
「あっはは……まぁ、ハマり出したらこういうのも悪くないと思うけど」
「もうすっかり機械オタクになっちゃって」
「おいおい、最近だと、こういう機械工学の方が、就職率高いんだぞ?」
「もう就職のこと考えてるのっ?! 私達まだ中等部よ? 気が速いって」
「それでも、いい職場に行きたいのなら、もう考えていてもいい頃合いだと思うぞ?」
「ふぅーん」
妙に頑固なところがある義弟のことを思いながら、義姉は苦笑を浮かべた。
そして、二人が学校の校門を抜けようと思った時、まるで小学生のような茶化す言葉が飛んでくる。
「ヒューヒュー、相変わらず仲がいいですなぁ〜お二人さん♪」
「ほら見てぇ、ラインハルト家のご夫婦ですわ、新婚のっ」
「やぁ〜ん、見ていてとっても微笑ましいですわぁ〜」
「なっ?!」
三人の少女たちの声だった。
その声には、イチカも聞き覚えがある。
イチカの編入した学校の同じクラスになった子たち。
茶髪のポニーテールのミュア、青灰色の髪の短髪をしたクローディア、赤毛のセミロングのフレアの三人だった。
三人はクラスでも特に仲良しの三人であり、同時にアリサの親友でもある三人だ。
イチカがオーブでの戸籍を取得し、正式なオーブ国民となってから、アリサの通う同じ学校の編入試験を受け、晴れてこの三人とも出会った。
当初はラインハルトという名前から、アリサの親戚なのではないかと話題を呼び、親戚ではなく、養子として家族になったという話をした途端、今度はただの親戚ではなく、アリサの婚約者なのでは? という斜め上を行く噂が立っていた。
当初、イチカとアリサは頑なに否定していたのだが、その噂を、無理矢理にでも正当化させるような動きまであった。
それが、イチカとアリサが二人でいるときの隠し撮りなどだ。
大体犯人に目星はついているのだが、ここで強行手段に出ると、余計に噂が広がりかねないと、しぶしぶだが、アリサとともに静観している。
まぁ、その効果どうかは知らないが、噂は学校内だけにとどまっており、周辺でそのような噂は流れていない。
いや、もしかしたら、みんなが知っている上で、あえて何も言わないだけかもしれないが……。
「もうっ、そんなんじゃないってばっ!!」
「またまたぁ〜♪ この間だった仲良く手を繋いでたじゃない♪」
「あれはまるでカップルのようなぁ〜♪」
「いやいやっ! さながら新婚夫婦のようなぁ〜♪」
「い、いい加減にしなさいぃぃぃっ!!!!!」
「きゃあ〜♪ アリサが怒ったぁ〜♪」
「きゃあ〜♪ 怖いわぁ〜♪」
「イチカくぅ〜ん、助けてぇ〜♪」
「ちょ、ちょっと……っ!?」
三人揃ってイチカの背中に回り込み、イチカの体にがっちりとしがみついている。
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、顔を赤くして震えているアリサを見ている。
「ちょっとっ! 離れさないよっ!」
「いやよぉ〜、こんなイケメン君独り占めなんて許さないんだからねっ!」
「そうだそうだぁ〜! 我々にも占有する権利があるぅ〜!」
「それともなぁ〜に? やっぱり、アリサはイチカ君のこ・と・がぁ〜?」
「そ、そんなんじゃないって言ってるでしょうッ!!! もう、知らないっ!」
「あっはは、ごめんごめん。ちょっとからかいすぎちゃったね」
不機嫌極まりない。
そういった感じで、アリサは三人からそっぽを向く。
そのからかっていた三人もまた、そんなアリサに対して、謝罪しながらアリサを宥めようとする。
「ふんっ……」
「ごめんってアリサ。ちょっからかいたかっただけなのよ」
「だって、アリサ……反応が面白いんだもん♪」
「でもあの反応……もしかして、満更でもない?」
「なんでそうなるのよぉ〜!!?」
アリサもこの三人の事はよく知っているため、本気で嫌がっているわけではない。
いや、多少は嫌がっているかもしれないが、それでも、まだ冗談だと言い切れる範囲なのだろう。
この三人とは、初等部からの付き合いらしい。
「そういうイチカ君は、アリサの事どう思ってるの?」
「えっ?! 俺っ!?」
「あぁー、それ気になってたぁ〜!」
「好きな人とかいないのぉ〜? うちの学校だって、女の子いっぱいいるんだし」
ミュアの質問から始まり、クローディア、フレアも続いてイチカに詰め寄る。
「うーん、俺はそういうのはあんまり……」
「え? イチカ君って、こっち系?」
ミュアが右手をまっすぐ伸ばして、左頬のところに持って行く。
つまり、ホモなのではないかと聞いているようだ。
「それはない! ないないないないっ!」
「じゃあどういうことよ! 女の子に興味ないのっ!?」
「うーん……興味はあるけど……その、今はそんな願望がないっていうか……」
「「「……………」」」
イチカの答えに、三人はしばし黙って、三人でコソコソと話し出す。
「これって……」
「いわゆる……」
「マンネリ?」
「「違うわっ!!!!」」
イチカとアリサ、揃って叫んだ。
その後も、なんだかんだで三人にからかわれたイチカとアリサ。
二人は街に行き、行きつけのスーパーで買い物をする。
「うーん……粗挽きと合挽き……どっちがいいかな?」
「…………」
「アリサ?」
スーパーに入って、まずはハンバーグの材料を買う。
卵と玉ねぎ、そしてアリサのリクエストでとろけるチーズも……。その他に付け合わせの野菜を買い、あとはひき肉だ。
しかし、なぜだかアリサが黙ったままだ。
「アリサ? どうしたんだよ」
「えっ? あ、あぁ、ごめん……なに?」
「いや、粗挽きと合挽きのやつはどっち使おうかなって……」
「うーん……両方入れればいいんじゃないの?」
「まぁ、そっか……」
「…………」
そのほかにも色々と食材を買い込み、イチカはレジの方へと。
その後ろ姿を、アリサはずっと見ていた。
ーーーーヒューヒュー♪ 相変わらず仲がいいですなぁ〜、お二人さん♪
ーーーーラインハルト家のご夫婦ですわ、新婚の♪
「っ………!!!」
ミュアとクローディアの言葉が、アリサの頭の中で響いていた。
イチカの事は、確かにかっこいいと思っている。
しかし、イチカは家族になった少年だ。
だが周りはそうは思っていない……いや、本当は分かっているのだ。義理の弟として存在するイチカの事を。
大半は面白半分で言っている事なのだと……。
しかし、いつだったか……イチカが一緒にいると、時折胸が熱くなる。
鼓動が鳴り響く。
そんなこと、あるはずがないと思っていたが……これは……。
(嫌だっ、私すっごくいけない娘になっちゃうじゃないっ! イチカは今は弟なのよっ!? そんな、いくら血が繋がっていないからって………っ!)
三人が余計な事を言うから……。
しかし、編入したてのイチカは、ことの外周りの女子たちに人気なのだ。
顔はかっこいいし、性格は優しいし、何より料理洗濯と言った家事全般が得意というのが高いアドバンテージになっているようで、編入直後にあった調理実習の授業では、その手際の良さに、生徒だけではなく教師も驚いでいた。
そして、出来上がった料理をみんなで食すのだが、これがとても美味しいと評判に。
さらには、学校には食堂もあるので、学食を食べる生徒と、弁当を作ってくる生徒と分かれているのだが、イチカは毎朝自分とアリサの二人分の弁当を作ってくると言う嫁体質の行動を取るため、今まであまり居なかったタイプの男子に、青春真っ盛りの女子学生たちはメロメロになっていった。
そして、そこでアリサの存在が浮き彫りになってくるのだ。
毎朝弁当作ってもらい、一緒に登校し、同じ弁当を食べ、帰りも一緒に帰り、夜は一緒に料理をすると言う……。
その状況はまさしく新婚夫婦のそれだ。
しかも、アリサとて男子から絶大な人気を誇っている。
誰とでも気兼ねなく話し、勉強も上位に入るほどの成績。
運動神経も悪くないので、運動部からもスカウトが来るほどだ。
そんな人気の女子と、注目を集めている男子が一緒にいれば、からかいのネタにされてもおかしくはないのだが……。
「はぁ……本当にどうしたものかなぁ……」
「何がだ?」
「ふわぁっ!?」
いつのまにか会計を終わらせて、両手に買い物袋を持っているイチカが、目の前に立って居た。
いきなり声を掛けられたために、思わず変な声を出して驚いでしまった。
「ど、どうした?」
「いや、なんでもないっ! おおおお会計は終わったの?!」
「あぁ、今さっきな。じゃあ、帰ろうぜ」
「う、うん……」
イチカの後に続いて、アリサも店を出た。
帰り道は、登り坂も下り坂もない平坦な道のり。
ただ真っ直ぐ、海の見える場所に歩いて行くだけだ。
イチカの隣を歩くアリサ。
そんな時、ふと気付いたことがあった。
(あれ? イチカって、もっと歩くの速かったような……?)
学校で移動教室などがある場合では、クラスの男子達と一緒に行ってしまう。そんな時、やはり男の子ということもあって、歩くのは速いはずなのに、今はアリサと同じスピードで歩いている。
ということはつまり……
(もしかして、私の歩く速度に合わせてくれているの……っ!?)
無意識に、無自覚に、こういう気遣いをして来るのが、イチカの長所であり、また女の子を落としに落としまくる短所でもある。
それに付け加え、本人がそういう事に異常なほど鈍感な為、アリサを始め、多くの女の子達は呆気に取られたと言っても過言ではない。
(イチカに恋人……? 無いなぁ〜……無い無い無い)
「ん?」
こちらが一生懸命悩んでいるというのに、本人は「どうしたんだ?」と言ったような顔でこちらを見て来る。
それはそれで腹ただしい。
そんな感じで、なにやら納得のいかない不快感を保ったまま、アリサは帰宅した。
イチカはイチカで、不機嫌そうなアリサに疑問を感じているみたいで、腑に落ちない感じでの帰宅。
その後、イチカはそのまま調理に入って、アリサは一度自分の部屋へと戻る。
制服を脱いで、部屋着に着替える。
無地の半袖シャツに、パーカー。下は短パンというオーソドックスな部屋着。
それに着替えて、イチカのいる台所へと向かう。
「イチカ、あなたも着替えてきたら? そのままだと汚しちゃうわよ?」
「あぁ、そうだな……じゃあ、アリサは玉ねぎ切っててくれる? みじん切り」
「はいはい、わかったわよー」
「言っておくが、みじん切りだぞ?」
「わかってるわよ!」
「そう言って、この間、千切り出来なかったじゃないか……」
「ううっ……そ、それはそれ、これはこれよ……」
「本当かなぁ〜?」
「出来るわよっ! ほら、さっさと行った行った!」
「おう、じゃあよろしくなぁー」
イチカは階段を上がって、そのまま部屋へと入って行った。
イチカの部屋は、以前イチカが倒れていた時に、アリサが助けて、アッシュが手当てのために使った部屋。
そのままイチカの部屋にし、廊下を挟んで向かい側に、アリサの部屋がある。
アリサほど装飾系のものは飾っていないが、参考書やパソコン、音楽プレイヤーなどが置いてあり、いかにも中学生男子の部屋……と言った趣だ。
元の世界……ISが世界の中心にあった世界の自分の部屋へと、対して変わらない光景なため、時折昔の事を思い出すことがある……。
イチカは制服を脱ぎ、同じように部屋着になる。
イチカも無地の半袖シャツに、ハーフパンツという姿。
これの方が気が楽でいい。
その後部屋を出て、アリサが頑張っている台所へと向かう。
「アリサ、ちゃんとできてる?」
「ぐすっ、ううっ……!」
「アリサっ!?」
背中越しに見るアリサ。
その声は、泣いている……。
(もしかして、指を切ったんじゃっ!?)
イチカは慌てて台所に行き、アリサの後ろに立った。
「アリサっ、大丈夫かっ!? 指、切ったのかっ?!」
「ううっっ……イ、イチカァァ……」
「っ……!」
涙目で、充血した両目。
目の下は若干赤くなっており、しおらしくなったアリサが、こちらに向いた。
その表情は、まるで生後間もない小動物のような愛らしさが醸し出されていた。
一瞬ドキッとしたが、頭を横に何度か振って気を取り直す。
「ど、どうした……っ?」
「め、目がぁ……」
「目が?」
「目がしみるよぉ〜……!!!」
「……え?」
よく見ると、アリサの手は綺麗なままだった。
ではなぜ泣いていたのか?
答えは簡単だ……玉ねぎを切っているのだから。
「ううっ、目が痛い……っ、もう交代するぅ」
「あぁ、うん。交代するから、とりあえずここから離れよう……な?」
「うん……」
なんて可愛らしい反応をするのだろう……。
一緒に暮らし始めて、まだ間もないにしても、こんな表情のアリサはあんまり見たことがなかった。
とにかく手を洗わせて、アリサにハンカチを手に持たせ、イチカは調理に戻った。
やりかけだった玉ねぎを刻み込んでいき、フライパンに油をひいて、一度火を通す。
その後ボウルに移して、ひき肉と合わせていく。
ここで塩と胡椒を入れて味をつけておく。
同時にパン粉を入れて混ぜ混んでいき、最後に楕円に形を整えていく。
そこまでの作業をしていたら、玉ねぎならダメージから復帰したアリサが戻ってきた。
「ふぅ……」
「大丈夫か? もう少し休んでてもいいよ?」
「ううん、大丈夫。形作りくらならできるから」
「そうか? じゃあ頼むよ」
そう言って、イチカはハンバーグの形作りをアリサに任せて、自分は付け合わせの野菜などを調理していく。
近所付き合いで、お隣さんからもらったジャガイモを切り、フライドポテトの要領で揚げていく。
その他にも、生の葉野菜をちぎって、水に浸しておく。
「こんなもんかな?」
「アリサ、そっちは?」
「うん、あともう少しで終わるよ」
「ヘェ〜、上手くなったじゃん」
「いつの話をしてるのよ……私だって成長しますっ」
以前作った時には、形が不揃いで、イチカだけではなく、父のアッシュにも笑われた記憶がある。
「じゃあそれが終わったら、早速焼き始めるか……っと、オーブンの準備もしておかないと……」
「…………」
あまりにも手際のいいイチカを見ながら、アリサは深く考え込んだ。
(イチカって、ほんと嫁力高いわねぇ……)
家事慣れしている。
今までに本当にたくさん勉強して、実際にやって、その技術を身につけてきたのだろう。
そう思うと、ある意味誇らしくもなってくる。
そして、作る料理もうまいし、完成度も高い。
ほんと、どこにでも嫁に……いや、婿に出せるレベルだ。
(良い……お婿さんかぁ……)
ーーーーお帰り、アリサ。いつもお疲れ様。
ーーーーただいま、あなた。今日は何を作ったの?
ーーーーアリサがこの前美味しいって言ってくれた肉じゃが! 今回もいい出来だと思うんだけど
ーーーーほんと? 嬉しいなぁ〜♪
ーーーーよかった……じゃあ、代わりにご褒美が欲しいなぁ〜
ーーーーえっ?
ーーーーアリサからのご褒美……。もうわかってるんだろ?
ーーーーえっ!? そ、それは……だって……
ーーーーお帰りのチューもまだなのに……
ーーーーそ、そんなっ!? チ、チューだなんて……
ーーーー嫌?
ーーーーい、嫌じゃ、ない……
ーーーーじゃあ、目を瞑って……!
ーーーーは、はいっ……!
(はっ!!? いやいやいやっ!!! 何考えちゃってるのっ!? 私っ!!!)
脳内で溢れる妄想を急いでかき消した。
(イチカは……弟……そう! 弟なのよっ! ちょっとカッコいい、自慢の弟なんだわ! そうよそうよっ!)
必死に頭の中でイチカの存在を固定する。
しかし、またしてもミュア達の言葉を思い出す。
それを思い出してはいけないと、必死で思考回路を正常なものに移動させる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「アリサ? どうしたんだよ、すごく顔真っ赤だぞ?」
「な、なんでもない!」
「なんでもない事はないだろう……ほら、動かないで」
「ふぇっ?!」
両肩を掴まれたと思いきや、額に手が置かれた。
どうやら熱がないか計っているのだろうが、至近距離にイチカの顔があり、イチカは目を瞑っているのだが、その姿が、先ほどの妄想とがっちり当てはまるため、余計にドキドキが止まらない。
「あっ……ぁあ……!」
「うーん、やっぱりちょっと熱っぽいかな?」
「ち、違っ! こ、これはそのっ、ち、知恵熱みたいなものよっ! その、風邪とか、そんなんじゃないからっ! だ、大丈夫!」
「そ、そうか? まぁ、アリサがそう言うなら……でも、あまり無理はするなよ?」
「う、うん……」
イチカはそのまま作業に戻ったが、アリサは一旦自分の部屋に戻った。
悶々とする気持ち。
イチカを見ていると、どうも顔が火照る上に、動悸が止まらない。
(これって、まさか……っ!)
年頃の少年少女特有の現象。
(ち、違うっ、イチカは……!)
頭で否定していても、心は……。
「はぁ……これから、イチカのこと真っ直ぐ見れないかも……」
その心境がどういったものなのか、それはアリサ本人のみぞ知る事だろう……。
そんなほろ苦く、甘酸っぱい青春を謳歌するのは、若いうちの特権だ。
しかし、その後に起きた出来事が、イチカ、アリサ両名の運命を変えることになるとは、誰も思いつきもしなかった…………。
プロローグは次で最後になります。
そこからは本編突入します( ̄▽ ̄)
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