【改稿版】ユグドラシルのNPCに転生しました。   作:政田正彦

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今回はエレティカサイドの話ですが、
ほぼ書き直したりしておらず、新規の話は今回はありません。
なので、既読の方はスルーでOKです。

調整中なので、次の話はもちっとお待ちを。


こんな夜更けにどこへ行くの?子猫ちゃん

 モモン達がカルネ村に到着する日より、しばし時は戻る。

 場面はエ・ランテルの街……『黄金の輝き亭』

エ・ランテルにおいて、貴族や裕福な商人、高名な冒険者などが使用する最高級の宿。

 この世界にしてはかなり豪華な部類にあたる装飾品や内装の数々が輝く様はまさに黄金の輝きの名を冠するに相応しく、リ・エスティーゼ王国の黄金の姫という異名を持つ第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと同じ黄金を冠するだけはあるというものである。

 

 

 「なんなのよ、この料理は!」

 

 が、しかし……今日はそんな場所で金切り声とテーブルを叩く音が鳴り響いた。

 声を発する先に居るのは、裕福な商人のご令嬢と思われる、可憐なドレスを身にまとう、金髪で、タレ目が特徴的な、十人居れば十人振り返るであろう程の、麗しい女性。

 ただ、その表情は苦悶、あるいは侮蔑、あるいは怒りがありありと現れており、その隣で、紳士服に身を包む白髪でヒゲを蓄えた、しかし服の上からでもその肉体の発達具合が分かるほど偉丈夫が困った声を発していた。

 

 「美味しく無いわ!」

 

 「お嬢様……」

 

 「セバス!すぐに出立の準備を整えなさい!」

 

 「……承知致しました」

 

 心底困った声でそう了承した男を傍目に、その勢いのままつかつかと速足で歩いていくと、その行き先に居た、小汚い格好の男性、ザックに怒鳴りつける。

 

 「ザック!」

 

 「へっ?へ、へい」

 

 「お前も馬車の準備をするのです。もうこんな街には居たく無いわ!」

 

 

 まさに、世間知らずな箱入り娘。いや、ワガママ娘と言った所か。

 一人で部屋へと戻っていく後ろ姿を見ながら、従者らしい紳士服の偉丈夫は頭を下げると「お騒がせしました、皆さま」と紳士的な対応を見せ、周囲の貴族や商人達は彼に同情的な目を向けていた。

 

 ただ一人、邪な視線を件のお嬢様に向けるザック以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 「どうかな?ソリュシャン?」

 

 「ええ……上手く釣れました、ペロロンチーノ様」

 

 

 部屋の中には、先ほどのワガママな商人の娘……”絶好の餌”を演出していたソリュシャン・イプシロンと、その従者役であり本来は彼女の上司でもあるセバス・チャン。

 

 そして彼らの報告を受ける、彼らの絶対的な四十一人の支配者が一人、ペロロンチーノの姿があった。

 

 「()()()()()けど、二人共すごい演技力だったからね(セバスは普段通りだったけど)」

 

 『もったいなきお言葉!光栄の到りでございます!』

 

 惜しみない賞賛の言葉……というか本心の言葉に感激し膝をついて傅き、見事なまでに同じセリフを同タイミングで放つ二人。

 

 彼らは「殺しても誰も困らない、食べたり拷問したり殺したり実験に使ったりしても良い人間」、一般的に犯罪者に部類される、盗賊や山賊といった輩を誘い出す為に、世間知らずでワガママ、だが商人の娘で、しかも見た目は麗しいという絶好の餌を演じており、ものの見事に成功。

 

 ザックという小汚い小悪党は今、山賊と場所と時間の指定、合図の再確認を行っており、「あの体を楽しむのが楽しみだ」と言っているのをソリュシャンのスキルで確認済みである。

 

 ちなみに、ペロロンチーノが側で見ていた、というのは、実は「この世界での食文化でいうところの最高級がどの程度か見てみたい」とのペロロンチーノの言から彼自身の弓使いのスキルの一種である、『闇に潜む弓兵(ハイド・アンド・アーチャー)』(弓を持っている時に使える専用スキルであり、次に攻撃を行う瞬間まで高度の不可視化状態になるスキル)によって姿を隠していた。

 

 ちなみにカルネ村でもこのスキルを使用、強化を行い、エレティカの戦いを見守っていたのだ。

 

 

 「じゃあ、準備が済んだら出発し……ん?」

 

 不意に、メッセージがかかる。

 誰だ?モモンガさんか?あるいは姉ちゃんか?とそれに応えると、意外な人物の声が聞こえる。

 

 『ペロロンチーノ様、エレティカです。ご報告がありまして連絡させて頂きました』

 

 「報告?」

 

 聞きながら、セバスとソリュシャンが餌になっている間、シャルティアは馬車の中で爪の手入れ。そしてエレティカは「待っているのも暇なので、こちらはこちらで山賊や盗賊といった下衆共を探してみようと思います」と、死んでも良い人間を探して別行動となっていた。

 

 見た目は変装してしまえばただの少女と見分けがつかないので、問題は無いだろうと思っていたペロロンチーノだった(というか、基本彼がエレティカやシャルティアの言う事に対し、余程の事で無い限りNOと言わないのが主な理由だ)が、今回の件は彼女が暇を潰したいだけだと思っていたので、報告等さらさら期待していなかったのだが……まさか、何か問題が?

 

 『まず、事後報告となってしまい申し訳ないのですが、”クレマンティーヌ”と名乗る武技を持った人間、そして、ズーラーノーンというアンデッドを使役する邪悪な魔法詠唱者によるテロリスト集団、その幹部カジット・デイル・バダンテールという男とその部下との接触と捕縛に成功しました』

 

 「…………うん??……えっ!?」

 

 行動早くない?アクティブ過ぎない?そう思うペロロンチーノだったが、彼女の報告はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 時は遡る。エレティカは今、街でかなりの高さを誇る建物の屋根から、優れた視力であるものをじっと見つめ続けていた。

 

 「うーん……もう襲っちゃおうかなあ」

 

 

 目線の先、そのさらに先、暗闇の中に潜みながら歩く、フードを被った何者か……その正体は、元漆黒聖典第九席次、クレマンティーヌその人であった。

 

 なぜエレティカが彼女を見つめながら物騒なことを呟いているかと言うと、簡単な話、この後エレティカはエ・ランテルを出立し、予定通り、山賊の襲撃を受け、その寝ぐらに殴り込み、その後も予定がぎっしり詰まっている現状。

 

 そして、クレマンティーヌという、原作通りに進めばこの後漆黒の剣という冒険者達を嬲り殺し、ンフィーレアという薬師の少年を拉致誘拐、着けると廃人になってしまうマジックアイテムを使い、アンデッドの大量発生という事件を起こす予定であり、人を殺したり痛めつけたりすることを心から愛している、英雄級の力を持つ性格破綻者。

 

 

 

 そんな問題児な彼女にエレティカが干渉出来るのは、今、このタイミングだけなのだ。

 

 

 

 感知スキルや探知スキルが無いエレティカだったが、今日このタイミングで「クレマンティーヌがザックとぶつかり、殺意を覚えたが、先を急いでいたので見逃した」という出来事があるのを知っていたので、ザックを観察していればそれとぶつかったフードを被った人物がクレマンティーヌであり、後はそれを目で追えば良いだけの話であったので、彼女の発見には特に困らない。

 

 現行犯で無いと犯罪者かどうか疑われても、彼女が身につけている、冒険者の証である、ドッグタグのようなものを殺した後に奪い、戦勝トロフィーか何かのようにアーマーに付けているのを見せれば、「彼女は冒険者を襲う殺人鬼です」という事実を言ったとして、誰が疑うだろうか?

 

 更に言えば、今回「死んでも良い人間の確保」と、もう一つ、「武技やタレントというこの世界特有の能力を持つ人間」の確保が目的でもあったので、その点クレマンティーヌは自身の身体能力を向上させる武技を持っており、本来の職業が魔法詠唱者であるのを加味しても大差のレベル差であるモモンの剣を難なく躱す事が出来るという身体能力を発揮できるという、まさに絶好の相手と言えた。

 

 

 と、ここまで条件が揃っているのであれば何故すぐに襲わないのか。

 

 

 それは、純粋に場所とタイミングの問題。

 クレマンティーヌがカジット・デイル・バダンテールと合流するのを待っているのだ。

 

 

 カジットとは、クレマンティーヌの協力者、いや、クレマンティーヌが協力する悪の秘密結社である、”ズーラーノーン”の者であり、原作通りだと、この後エ・ランテル墓地で行う儀式によりアンデッドの軍勢を作り出し、エ・ランテルを襲い、そしてモモンとナーベによって返り討ちにされる、死霊魔法詠唱者の、司祭風の服を着た男。

 

 エレティカが知る限りでは、この後カジットとクレマンティーヌは目的の達成の為、ンフィーレアの拉致の為に彼と彼の祖母が営む薬屋に行くのだが、ンフィーレアが不在だった為失敗する。

 

 エレティカには知り得ない事として、この為に、外に出ないよう、ンフィーレアが薬草採集などを行う際に普段依頼を出していた冒険者グループは今はクレマンティーヌとカジットの手によりアンデッドになっているが、それが原作で描かれなかっただけなのか、エレティカが居る事による想定外のバタフライエフェクトかは誰にも分からない。

 

 

 エレティカは出来るだけ音を出さないよう、民間人に気付かれないようにしながら、屋根から屋根へ飛び移りながら、クレマンティーヌを追い、彼らが合流する瞬間を待つ。

 

 もし、彼らを叩く前にペロロンチーノからメッセージで呼び戻されたら……この目論みは失敗に終わる。 

 

 

 だが、エレティカが望むその瞬間はそう時間をかけずにやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……?」

 

 「……どうした、クレマンティーヌ」

 

 

 予定通りの時間と場所、人知れずカジットと合流したクレマンティーヌだったが、合流した瞬間、彼女の人間離れした危機察知能力と戦士の勘が妙な胸騒ぎを起こす。

 

 「まさか、あいつらが追って……いや、そんな筈は……」

 

 本国の連中が裏切者である自分を処分しに来たのかと思ったが、それはあり得ない。

 たかだか自分如きの為に、こんなにも早く追っ手を、それも人間という部類の中では最強の戦士に近い自分を追える存在はそうはいない。

 

 そしてそういう奴は大抵もっと重要な任務についているものである。

 

 とすると、クレマンティーヌには心当たりがまるで無かった。

 たまたま殺した奴の知り会いが自分に恨みを持っている可能性はあったが。

 

 

 そして、勘は確信に。

 

 今までの人生において、これほどの濃密な殺気を感じた事は無い、と思う程に禍々しい気配が、自分を目掛けて一直線に”飛来”してくるのが見える。

 

 それは、少女の形をした化け物……本国に居る化け物とはまた別の類、いや、明確な殺意を向けられている分、アレよりも更に悍ましい。

 

 

 「おい!どうしたと……」

 

 「離れろ!カジット!!」

 

 

 ”カジッちゃん”と馬鹿に出来ない程の緊張がその顔と態度に表れているのを見て、カジットは訳は分からなかったが、引き連れていた弟子達と共に一気に臨戦態勢に入る。

 

 

 

 

 

 刹那

 

 

 

 

 エ・ランテルに一つの強風が吹き荒れる。

 誰もそれを発生させた本人の存在に気付かず、頭上を一瞬で過ぎ去っていくソレを視認すら出来なかった。出来たのは唯一それが移動する線ではなく飛来する点として見る事の出来たクレマンティーヌただ一人。

 

 ただし、見れたからといって、桁違いの化け物の中でも、特にその素早さの右に出る物は居ないと思われる程の規格外の攻撃に対応出来る筈もなく。

 

 

 クレマンティーヌは武技により自身の身体能力の向上及び高速化によって、体感する時間が大幅に引き延ばされ、モノクロとなった人外の世界で、まるで冗談のような速さで飛来し、音もなくその場に着地する少女の姿を見た。

 

 

 目線だけがそれを追えていた。

 クレマンティーヌはその場から動かなければならないと本能的にそう思った。

 

 だが動かない。

 否、動かないのではなく、酷く遅い。

 クレマンティーヌ自身経験した事すらない程の限界すら超えて加速化した世界で、少なくとも目の前の化け物を相手にするには、彼女は遅すぎた。

 

 

 そして、音速を優に超えた”殴打”、それが今、クレマンティーヌに向かって振り抜かれようとしている。

 

 

 迎撃、不可能、死ぬ。

 防御、無理だ、死ぬ。

 回避、出来ない、死ぬ。

 

 

 

 一瞬の視界の回転、明暗、明滅、意識の混濁。

 気付けば、否、瞬きをする間に、クレマンティーヌは空中を舞っているのだと理解する。何をされたのか全く分からないまま。

 

 敵襲、攻撃、そして空中で錐揉みされていく……ここに至るまで、0.93秒の出来事である。

 

 

 やがて、およそ攻撃の何倍もの時間をかけ、クレマンティーヌは地面に背中から受け身も取れずに衝突。

 衝突の瞬間、肺にかろうじて残っていた空気が内容物や血と共に吐き出され、何をされたのか、正しく理解する暇も無く、意識は暗闇に放り出された。

 

 

 「なん――」

 

 

 そしてエレティカの襲来からおよそ3秒。ここでようやく死霊魔法詠唱者のカジットは既に攻撃を受けているという事を悟る。

 

 だが彼が出来たのはそれだけだった。

 呪文を唱える暇も、宝珠を取り出す暇も、弟子達に肉壁になってもらう暇も無く、ただの一言を発する、その暇すらなく、カジットは顎、鳩尾、腹に殆ど同時に打撃を加えられ、無防備なそれは暴力によって呆気なく蹂躙され、地面に倒れる。

 

 そのほんの瞬き一回分に相当するかどうかという程度遅れて、弟子達がバタバタと倒れていくが、既にカジットは意識を失っており、それらを聞く事は無かった。

 

 

 

 

 「…………フゥ、目的達成!」

 

 

 

 

 ……遅れて、天高く吹き飛ばされたクレマンティーヌのスティレットがガツッと地面に突き刺さり、全てが回収された後、小さな罅の入った穴だけが、そこに残されていた。

 

 

 彼女が何をしたのかを説明すると、まずスピードスターと呼ばれるユグドラシルでも指折りの早さを誇る職業で主に手に入れた、守護者の中でも最速と思われる身体能力で、屋根からクレマンティーヌの居た場所に飛来、この際飛行スキル等は一切使っていない。

 

 

 音を立てないように着地、そしてハルバードでは音が鳴ってしまうので、素手で腹から顎にかけて高速のアッパーカットを放つ。

 誰かに目撃されてしまう危険性もあったが、壁や床に叩きつけて痕跡を残してしまうよりかは良いだろうと考えた。

 クレマンティーヌの武技によって鋼鉄並みの防御力を持っていた彼女の顎を打ち抜いた結果、それは天高く身体を打ち上げ、錐揉みしながら地面に衝突する、という結果になった。

 

 なお、これでも手加減をしている。

 していない場合、クレマンティーヌは首から上が爆発四散していただろう。

 

 後は純粋な身体能力だけでカジット達を圧倒。

 ただし素手とはいえ高速で殴れば死んでしまうのでかなり弱めに。

 

 カジットの持っていた死の宝珠が彼の手から禍々しい光を放ちながら転がり、そしてエレティカに回収される。

 

 こうして、クレマンティーヌにより漆黒の剣の四名は殺されず、ンフィーレアは誘拐されずに無事に過ごす事となった。

 

 

 コレがどう転ぶかは、まだエレティカにも分からない事だった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 「うっ……」

 

 全身に鈍く強烈な痛みを感じて目を覚ますクレマンティーヌ。

 

 自分は生きているのか?何故、殺されていない?ここは何処かという疑問の前に真っ先にそう疑問に思うクレマンティーヌは自身の身体の状態を確認しようとして、今自身が死ぬよりも屈辱的な状況にある事を知る。

 

 目を布か何かによって覆い隠されており、現状、周囲を視認することが出来ない状況であるが、常に振動していたり、時折ガタッと揺れたり、馬の蹄の音であったり、人の話し声が聞こえる事から、馬車の中に居るのではないか、と推定した。

 

 両の腕は、今は背中の後ろで繋がれビクとも動かず無理に動かそうとすれば鋭い痛みに襲われる。現状役に立ちそうにはなかった。

 

 脚も同じく、鉄製の枷か何かによって繋がれており、同じく動かない。

 

 もっとも、仮にそれらが付いていなかったとして、与えられたダメージのせいでここから逃げるにも逃げられないのは自明の理であったが。

 

 悪態をつこうとして、口につけられた……猿轡(さるぐつわ)、だろうか?球状で穴の空いた、ぐにぐにとした物が口に詰め込まれており、強い圧力によりうめき声かため息しか出ないようになっている。

 

 

 

 「ンンン(くそが)……」

 

 思わずそう悪態をつくが、くぐもった音としてでしか吐き出せず更に苛立ちが募る。

 

 

 「あら、人間が起きたようでありんすえ、姉上」

 

 「あら本当、ようやく起きたのね」

 

 聞こえてきた声は、意外にも少女のような声だった。それでいて、やたら色気を持ち、身体の隅々を撫で付けられるような冒涜的な声。

 

 そして彼女らによって目隠しを外されるクレマンティーヌ。

 その目に映ったのは、彼女の推測通り、馬車の内部……ただしかなり豪華な内装の、人が六人乗って尚余裕がある物。

 そこに、扇情的なドレスを来た金髪の女性と、白髪と整った髭を持ちながら、強い戦士の雰囲気を放つ偉丈夫と、鳥のような仮面を着けたバードマン、そして、先の少女の姉妹が床に転がされた自分を覗き込んでいる姿。

 自分の隣に、カジットが転がされているのも見えたが、まだ昏睡しており、目覚めそうに無い。

 

 漆黒聖典という人外共の集団、そして生物的に人外である亜人などを相手取っていたクレマンティーヌには彼らが全員人間ではないという事を本能的に悟る。

 

 「そんなに怯えなくても良いのよ?別に取って食おうって訳では……いや、ある意味取って食うつもりではあるけれど、殺す気は無いから」

 

 予想外の言葉に、クレマンティーヌは目を丸くする。

 このまま嬲られて死ぬか、弄ばれて死ぬか程度にしか考えていなかったため、殺す気は無いというのはあまりに予想外であった。もちろんブラフである確率が高く、信じてなどいないが、だが彼女達であれば自分にそんなまどろっこしいブラフを張る必要は無いとも考える。

 

 「まぁ、お前の出方次第で、死にたくても死に切れない生き地獄を味わわせる事になり兼ねないでありんすけどねぇ」

 

 声的に、姉妹でいう妹にあたるであろう少女がニヤリと笑いながらそう脅迫する。

 だが出方次第で、という事であれば対処を間違わなければ生きのびれる可能性があるという事か?

 

 「まぁ、まず貴方には現状を、私達が何で、どういう存在かを正しく理解してもらう為にも……ただ、今から起こる事をそこで見ていてもらうわ」

 

 「……?」

 

 「すぐに分かるわよ」

 

 

 彼女がそう言うと、馬車がピタリと止まる。

 だが、次の瞬間、「おい!ここを開けろ!死にたくなければな!!」という脅迫の怒鳴り声と、馬車の戸を強く叩く音が聞こえてきた事から、目的地に着いたという訳では無さそうだ。

 

 おそらくは野盗、山賊等だろう。

 

 ここが人外魔境でないのであればクレマンティーヌでも負けることはないだろうが、それでも、彼らはこれが計画通りだと言わんばかりの余裕の表情であり、先の姉妹の妹の方が、その戸を開く。

 

 

 そして、外から「ヒュゥ」「中々の上玉じゃねえか」と男達の下卑た笑い声が聞こえ始める。

 まさかこいつらに私をマワさせるって訳じゃねえだろうなと身構えていると、一人の男が薄笑いを浮かべながら口を開いた。

 

 「何も命まで取るつもりはねえよ。出すもんさえ出しゃあな……へへっ、しかし、ガキにしてはいいもん持ってんじゃ……」

 

 言いながら、半笑いで子供の割に異常なほど豊満な胸に手を伸ばした男だったがその言葉が最後まで続くことはなく、先ほどから一言も発していなかったバードマンの男がいつの間にか立ち上がり、弓に手をかけていた。

 

 「汚ねえ手で俺のシャルティアに触ってんじゃねえよ、ゴミが」

 

 そう言い放つと、今まさに愛おしい我が娘の胸に手を伸ばしていた男の身体を軽く蹴るバードマン。男の体はゆっくりと重力に従い地面に倒れる。

 

 

 

 その男の身体はいつの間にか頭部が消え失せていた。

 

 

 「ぺ、ペロロンチーノ様ぁん……」

 

 「大丈夫かい?シャルティア?」

 

 「はいぃ!勿論でありんす!妾の胸を触って良いのはペロロンチーノ様と姉上だけでありんすぇ!」

 

 「(エレティカも……!?)ん……そうか、良かった。じゃあ……そろそろ死のうか、お前ら」

 

 

 

 そして、馬車から彼らの下僕であろう白い肌を持つ美女、明らかに人間ではない彼女らが飛び出し、バードマンが今一度弓に手をかけ、姉妹が揃って飛び出し、金髪の令嬢が見覚えのある男に歩み寄っていた。

 

 

 「う、うわああああああ!!」

 「ば、バケモ……!!!」

 「俺の、俺の足があ!!げぼぼっ!!」

 「あああ!嫌だ!!死にたくねえ!!死にたく……!!」

 「誰か……頼む、明かり、を……何も、見えな……」

 

 

 結果、クレマンティーヌの目の前で行われたのは今まで見たどんな暴力より圧倒的で、理不尽で、残虐で、残酷で、非道で、それでいて美しい、暴虐の真髄。

 

 超越者による弱者への一方的な蹂躙であった。

 

 

 

 「ッ!?……フッ……ゥ!!」

 

 こんな奴らが、人間の世界に居て良いのか?

 いやそもそも存在していて良い物なのか?

 して良い訳は無い!こんな、こんな出鱈目が居て良い訳が無い!

 まるでこの世の不条理や不都合や理不尽から生まれたかのようだ。

 

 こんなの……めちゃくちゃだ。

 

 こんなのが表の世界に現れたりしようものなら、この世界はめちゃくちゃになるだろう。

 

 「フゥッ……!フーッ……!」

 

 

 見せかけの平穏な生活も、戦争も、人間も亜人もアンデッドもモンスターも、生と死も。

 王国も帝国も法国もどんな国も、自分を出来損ないだと虐げてきたあいつやこいつもそいつも。

 

 全部、めちゃくちゃに。

 

 

 「フーッ!!フーッ!!フゥヴッ……ン……!!」

 

 

 

 ……ゾクリ、と、下腹部に得も言えぬ、今まで感じたことの無い程の高揚感と悦楽、こんな存在が居ていいのかという憎悪が湧き上がるのを感じた。

 

 

 

 

 

 「さて」

 

 「…………ッ!!!」

 

 

 

 くるり、と怪物の内の一体、双子の姉妹のようなヴァンパイアの内の姉であるらしいそれが振り返り、クレマンティーヌと目を合わせる。

 

 

 

 「これが私達の言う事を聞かなかった場合のあなたの姿よ」

 

 

 

 クレマンティーヌは軽く失禁しかけた。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 「(う〜ん、いや、自由行動を許したけどまさかここまで自由に動くとはなあ……)」

 

 エレティカからもろもろの事情を聞いて、そこに不自然な点が無かったと言えば嘘になるが、どれも確証には至らず、エレティカだったらやりかねないなと納得できてしまう程度の物であり、結果として、ペロロンチーノはエレティカが齎した結果だけを受け入れ、その過程で、「襲撃する前に連絡だけでもして欲しかった」とか「戦闘まで許した覚えはない」と小言を飲み込み、ちょっとした注意程度で事を終わらせた。

 

 せいぜい「次からは相談してくれるともっといいかな」というやんわりとしたものであった。

 

 「これなら姉上に付いていけば良かったでありんす……」

 

 「まぁ、シャルティアは空になる馬車を見張る役割もあったから、今回は仕方ないね」

 

 問題は、任務開始早々、事実上の大手柄を挙げた姉を羨望と嫉妬の目で見つめむくれるシャルティアの方である。エレティカも流石にそこまでは想定外だったのか、苦笑いを浮かべ、「この胸か?やはりこの胸が姉の優秀さに一役買っているのか?」と訳のわからない推論を並べながら胸を揉みしだくシャルティアを止めようともしない。

 

 胸で機嫌が治るのであれば安いものであるとでも言いたげだ。

 見ているペロロンチーノとしてはたまったものではない。

 彼は百合もイケるクチなのだ。なんなら、柔らかいものだろうが、gifだろうがpngだろうが。

 まぁシャルティアの製作者なのだから当たり前である。

 

 「(まぁシャルティアは見た感じしばらくああしてれば大人しくなりそうだからいいとして、こっちはどうしたもんかな)」

 

 チラッと視界に入れないようにしていた方向に居る彼女。

 それは、エレティカが捕まえてきた件の犯罪者、クレマンティーヌとカジットである。

 クレマンティーヌはあれ以降すっかり大人しくなり、時々こちらを窺うように目線をよこすが、すぐに顔を背ける。カジットは既に目覚めているようだが、思いの外ダメージが大きかったのか、意識が朦朧としているようだ。

 

 そもそもの話、何故彼女達は捕まって即ナザリックの拷問用施設送りになっていないのか。

 

 それは純粋に、クレマンティーヌが武技を使え、カジットが何らかの秘密結社の幹部的存在である事が判明している為……端的に言ってしまえば、利用価値があるから生かされているのである。

 

 だがそれだけなら、別に彼女達を同行させる必要はない。

 情報を聞き出すなら拷問にかけて聞き出し、利用するだけならこちらの言う事を聞くように支配するなり調教するなりした方が手っ取り早いし確実だ。なにせこちらには言葉で人を操れる悪魔、などという存在も居るのだから。

 

 そうしないのは、エレティカが待ったをかけた為である。

 

 

 「これから行く王都もそうですが、この世界の地理や国について私達は詳しくありません。であれば、この世界の者に案内を任せるのがいいかと愚考します」

 

 「それは……うーん、どうなの?」

 

 「……現地で案内役を調達すればいいんじゃありんせんの?」

 

 「それでは私たちがこの国の事に詳しくないという弱みがその現地の者とやらにバレてしまうでしょう?」

 

 「でも、それならバレたら殺し」

 「てしまうのはダメよ。言われたじゃない、犯罪者等の殺したりしても良い人間以外は殺してはいけない……特に小さな子供、貧乳の女なんかは特に殺してはならない、と」

 

 

 それもそうだった、とシャルティアは思い返し口に手を当てた。ついでに黙って聞いていたソリュシャンも言われてみればそうでしたと思い出していた。不敬にあたったかと思いペロロンチーノを見るが「……ん?」と首を傾げていた。この二人もそうだが、こいつはこいつで話を聞いているのだろうか。自分が言い出したことだろうに。

 

 

 「その点、この人間なら……明確に裏切ったと判断すればその時は殺せばいいし、上手くいけばこの女や男の組織の仲間なんかが釣れる可能性もありますから……まぁこの様子ではそれは期待出来そうにないですが」

 

 「なるほど……じゃあ、クレマン……クレマンティーヌって言ったっけ?この子はそう言ってるんだけど、この話に乗るつもりは……あるみたいだな」

 

 

 ペロロンチーノが言い終わるより、というか言い始める段階からガクガクと首を縦に振るクレマンティーヌ。

 目には少し涙が浮かんでいるが、きっと至高の御方の役に立てる事が嬉しくて仕方がないのだろう。

 

 

 「ではそのボー……猿轡はもう取ってしまいましょう。あ、しかし許可無く口を開けばその都度お仕置きしますのでそのつもりで。発言したい場合は事前に発言の許可を求めなさい。いいわね?」

 

 こくこくと頷くクレマンティーヌを見て、ようやくその口にくわえられていた……というかこれは一体誰がいつ作った物なのか……いやまあそれはいいとして……ボールギャグ、もとい玉口枷を外す。

 

 つう、と銀色の糸が引く姿は割と扇情的だ。

 

 少しの間口をもごつかせた後、クレマンティーヌは少しの間発するべき、今聞くべき質問を脳内で吟味する。

 

 あの強さはなんだ、とか。

 これはどこに向かっているのか、とか。

 お前達は一体誰なんだ、とか。

 どうして私なんだ、とか。

 

 

 

 そして吟味し終わった後、クレマンティーヌは恐る恐る「発言しても、よろしいでしょうか」と口にする。

 

 エレティカがいいでしょうと促すと、クレマンティーヌはこう質問した。

 

 

 

 

 

 「あの、おま、いや、皆さまはぷれいやー……なのでしょうか?」

 

  

 

 

 

 爆弾が投下された。





ほぼ。つまり全てではないという事。





……まとめるために仕方なかったとはいえ、10910文字は流石に長すぎですね。
でもごめんなさい、削る元気がないので今は勘弁してください。

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