【改稿版】ユグドラシルのNPCに転生しました。 作:政田正彦
「うん……傭兵NPCってこんな感じだったなあ」
現在、私はご主人様と共に、異形種のプレイヤー御用達の、発見済みダンジョンへと訪れている。見た目は本当に、石造りの遺跡という感じで雰囲気がある場所。
ご主人様は以前にもここに仲間と来たことがあるようで、出てくる低レベルなゴブリンなどを見る度に「おーっ、懐かしいなぁ」とうんうん頷いていました。
というか、もう既にご主人様はレベル100になっているのね。
もうちょっと早く出会えれば一緒に冒険、なんてことも出来たかもしれないのに……。
いや、過ぎたこと言っても仕方ない、か。
むしろレベル100で経験を積んでいるからこそ、今こうして安心して狩りが出来るわけだしね。
もし私一人だったら、とっくの昔に死んでいた。
そして蘇生してくれる人も居ないので本当に死ぬところだった。
今では死ねば蘇生(下級の蘇生アイテムで、使えば死亡状態からHPが5分の1位のところまで回復してくれる)アイテムを使用してくれるし、危ない時は一緒に闘ってくれる。(弓使いなのに普通にパンチしている)
……非常にありがたい。
「さて、ここらは大体済んだかな?……《集合》」
そして更に有難いのが、この『命令コマンド』である。
これの何が有難いって、まず『待機』だけど、これは実はご主人様がログアウトしている間は、ほかの人が私に干渉しない限り、私の意識もログアウトしているのです。
要するに、仮にご主人様がリアルのお仕事で一週間ログインしなくても、その間私はぐぅぐぅ何も考えずに寝ることが出来るというわけです。
実は怖かったんだよね。
ご主人様が辞めた後もずーっと意識のあるまま何年も待機モードだったら、と。
その懸念が無くなった時は思わず胸を撫で下ろしたくなった。
そしてもう一つに、《戦闘》
一口に戦闘といっても、戦闘系のコマンドって言って、色々あるんだけど……。
これのお陰で、喧嘩のけの字もした事のないド素人の私でも戦う事が出来る。
感覚としては何も考えていないのに身体が勝手に達人のような動きで戦闘をすると言えばいいだろうか。
「戦え!!戦うんだよ!!」
「(そんなこと言ったって私戦い方なんてわかんないよ!!)」
なんてことにならなくて本当に良かった。
命令コマンド様々です。
もうどんどん命令して下さい。
自分の体が勝手に動くのは、最初こそなかなか慣れなかったが、今では自分の体がスポーツ選手も真っ青な宙返りをしながらの攻撃をしたり、夢にまで見たスキルを使ったり、そういった戦闘の感覚が非常に心地良い。
それに、いずれ転移後の世界でも同じように戦う事になるだろうが、そこで命令コマンドが正常に作用する保証はない。
いや、アルベドの、指示を聞いているのかいないのか、いや聞いてはいるんだけど頭の中は常にアインズ様でいっぱい!というような言動の数々を含め、NPCは、命令コマンドを用いず、「自分で考え、自分で行動する」という者になっていた。
この事を踏まえるに、命令コマンドは転移後ではただの言葉でしかなく、現在のオート戦闘のような物は、使えない物と考える方が良いだろう。
今のうちに、この体での戦い方とか、スキルを発動する感覚を覚えておかなくっちゃ。
「どう?あとどれくらい?」
「うん、あと5個。順調だよ姉ちゃん」
加えて、今日はご主人様の姉であるぶくぶく茶釜さんも、仕事が休みだというので手伝ってくれている。
モンスターは攻撃する際に言わば『一番気に食わない奴』を標的にする。これを数値化したものが隠しデータである憎しみ、通称ヘイト値なのだが、彼女はギルドの中でもこれの扱いがトップレベルに長けている。
一度彼女がヘイトを稼ぎ出したら、モンスターは私には目もくれず、ぶくぶく茶釜さんの方へと向く。
その隙に、後ろからちくちく。
このお陰で今日は普段は手の出せない高レベルなモンスター達と戦えていたりする。
経験値が目的ではないのでレベルは未だに一桁台なのだが。
「で、結局、どういう構成にするの?」
「ん?あぁ……えっと、シャルティアはアンデッドとか異形種に対して特化した構成じゃない?だから、この子には人間種に対して特化した構成にしてあげようかな、と」
「なるほど、シャルティアとの対の構成となるわけね。いいんじゃない?」
そう、実は私のスキルや職業の構成なのだが、全てご主人様がそれを決めている。
傭兵NPCってそのへんどうなんだろうな~と思っていたが、むしろ私で決められることの方が少なかった……。
「でも、傭兵NPC、ねぇ~……AIのレベルが低くて使い物にならないって聞いてたけど、使いようによっては案外使えるかもね?この子」
「でしょ?傭兵NPC=使えない子みたいな固定観念みたいなものがあったけど、自動で狩りをしてくれるのはなかなかいいもんだよね」
これに関しては後で知ったのだが、傭兵NPCってそもそもAIがあまり優秀じゃなくて、ぼっちな人でもチームが組めたり、チームの人数の不足を補ったりとメリットがあるものの、中途半端なクラス構成のプレイヤーに劣るほど微妙で、高難度のクエストに同行させると足手まといにしかならない程度らしいんだよね。
その点私ってば中にちゃんと人が入ってますからね!
あれ?これもうNPCって言わなくない?
「これでそろそろ転職条件に必要なアイテムが揃ったんじゃない?」
「よしっ!最強ビルドにまた一歩近づいた!」
そして、今現在、狩りに来ているといったが、実はRPGよろしくレベルを上げるために来ているわけではない。
ユグドラシルでは転職条件が難しい職業である程、能力値の上昇も大きいというものがある。
であるので、対して難しくない職業でレベルをあげて100レベルにしてしまうと、それ以上能力値の向上が見込めず、100レベルなのに中途半端なステータス、ということになりかねない。
そのため、ユグドラシルでは、「強いキャラを作りたいなら、種族レベルは上げるな」という定説がある。
現在は私もそれに従い、できる限りレベルを上げないようにしながら頑張りつつ、できる限り転職条件が難しい物を選ばされている。
既に、『スピードスター』だの『ワルキューレ/ハルバード』だの見た事のない職業を取らされているのだが、その条件がまた大変で……いや、止そう、あの地獄のような日々を思い出したくない。
……まぁ、装備は流石アインズ・ウール・ゴウンというべきか、いま装備できるもので最高の物をつけているし、行く先々でつけるべき耐性を熟知しているからそこをカバーして、武器も本来初見でここに来るような人は後で製作に苦労するだろうなというものを最初から持って行けたりと「逆にこれで無理だったら猿でも無理」という程、いたれりつくせりな育成を行われている。
これって実は滅茶苦茶凄い事なんでは……?
そんな感じで、低レベルなのにも関わらず、転職条件の難しい職業を取り、私はガッチガチのガチビルドをさせられていた。
ちなみに、今回の転職に必要な条件は、《自分より格上の相手を30回倒し、転職に必要なアイテムを集める》であるので、その為にわざわざぶくぶく茶釜様に手伝って貰い、レベルの高いモンスターを相手にチクチクしていたわけである。
……とこんな感じで私一人では絶対に達成できない条件が延々と続く。
わぁい完成が楽しみだなぁ(白目)
「今日はここまでにして、一旦引き上げたら?」
「あ……そうだね、そろそろ帰ろうか」
こうして、私のご主人様によるガチビルドは、何ヶ月も続いた。
――――――――――――――――――――――――
「ペロロンチーノさん、どうです?調子は」
帰ってくるなり、ギルド長であるモモンガさんがご主人様の元へ訪れた。
彼は私のご主人様ととても仲が良い。
良くこうして二人で話している姿を見る。
「……この子ですか?いやぁ、流石に皆さんが手伝ってくれるだけあって、シャルティア以上にガチのビルドが出来てますよ」
この子、というのは私の事である。
……そう、実は未だに私の名前は決まっていないのである。
流石にそろそろ決めて欲しい所だが……。
「あれ以上にガチって……もうそれチートになるんじゃ」
「それ今更ですよ」
「それもそうですね」
「というか、そろそろ名前位決めたらどうです?」
「ん?んー……そうなんだよね……」
「吸血鬼の娘なのでキューコとか」
「まぁそれだけは絶対にありえないとして……」
「ナンデ!」
うん、私も流石にキューコは嫌だなぁ……。
吸血の吸に子供の子でしょ?
安直にも程があると思うんですがそれは。
「ウーーーーン……いや、実は候補はあるんですよ」
「へぇ?聞いてもいいですか?」
「はい、というかまず、ブラッドフォールンであるのはもうすでに決定済みなんですよ。問題は○○=ブラッドフォールンの○○の部分でして」
「あぁ、シャルティアと姉妹関係にしたいって言ってましたもんね」
「で第一候補が『ビビ=ブラッドフォールン』」
やばいって!!ちょっとまってそれは!怒られますよ!!
「え?いいんじゃないですか?」
「いや、でもこれルーマニアの血を吸う女の悪霊の一種で、背の高いやせた女性の姿で赤い服を着て、裸足というかっこうで現れるっていう物なんですけど……ほら、この子背が……」
「……あぁ……まぁ確かに」
えっ、本当にあるのそういうのが?
「でもこの際別にそういう伝承での姿形は気にしなくてもいいんじゃ?」
「そう……そうなんですよね、でもそれを踏まえてもまだ候補があるんですよ」
「どんなですか?」
「マサニ」
「え?」
「マサニ=ブラッドフォールン」
それはない。
「それはない」
「これはないですよね」
「分かってるんなら言わないでくださいよ!?」
「でもこれも一応伝承があって……女性の死者の霊魂が怪物と化したもので火葬したときに生じる灰の中から突如として現れるというもので、格好は真っ黒、恐ろしい顔をしているといいます」
あっ、それもまた何か実際伝承みたいのがあるんですね?
「あっ実際あるんですねそういうのが。てっきり、まさに!ブラッドフォールン!っていう意味かと」
ごめんなさい私もそうだと思っていました。
「これだとホラ、黒い武装に真っ黒なお面をつけてですね、敵と戦っている最中にその仮面が割れるんですよ、そうしたらこのメチャプリティーアンドビューティーアンドキュートな顔が見えてですね?」
要するに「メチャ怖いと思ってたやつが実は美少女だった」みたいのがやりたいって事ですか……。
「あぁはい言いたいことはなんとなく分かりました……でその二つだけですか?」
「実は最後にひとつだけ……」
まだあるんですかご主人様……私もう別に伝承とか関係なくていいんで普通の名前が欲しいです。
「エレティカ」
「エレティカ・ブラッドフォールン……今までで一番しっくりくるんじゃないですか?」
うんうん!もうそれでいいよご主人様!
あぁ!待機状態で動けない!!
動けたら全力で肯定の意を示したというのに!!
「でもこれ伝承には悪魔に魂を売った女性が死後なるとされていて、日中はボロをまとった老婆の姿で人の目を欺き餌食にする人間を選び、夜になるとその人間を仲間とともに襲う。更に、強力な邪眼をもち……」
「いやもうそういうの気にしない方向で……」
「あ、そう?やっぱり?なんか俺としてもエレティカが今んとこ一番かなぁと思ってたんだよね~」
じゃあ端からそうしろや!!
「じゃあ端からそうしろや!!」
「すみません、考えすぎてほんとにこれでいいか不安で」
「……ところで、いつからそういう伝承とかに詳しくなったんですか?」
「いやどうせならと思って吸血鬼で調べたら出てきただけです、詳しくは知りません」
「まぁそうですよね」
あ~……そういえばユグドラシルの世界の大元の元ネタは北欧神話だったっけ……。勉強したら分かることもあるのかな……。まぁ今じゃ原作読めないどころか原作の中にいるからあんまり意味ないんだけど……。
転移後に図書館で本があれば見てみるのもいいかも。
ともあれ、こんな感じで私の名前が決定され、私の名前の欄に《エレティカ=ブラッドフォールン》という名前が刻まれた。
……名前と言えば、私ってばいつからご主人様の事ご主人様と呼ぶようになったんだろう?
雇われる前は普通にペロロンチーノさんって呼んでいたような気がするから、雇われると主従関係みたいなものが構築されて、自動的にこういう風になるのかもしれない。
とはいえ流石に「ご主人様」はちょっと自分でもないかなと思うんだけど、転移後の世界まではそもそも口を開いてご主人様と呼ぶことは無いだろうから、あまり気にしないでいる。
……まぁ、そもそも転移後の世界にはご主人様は居ないしね。
『スピードスター』
【転職条件】:30レベル以下の状態で、素早さを規定値まで上げ、5分間直線上に速度を落とすことなく走り続ける
【備考】:素早さの上昇値が非常に高い職業であり、素早さに依存して攻撃力が増大するスキルや、素早さを上げる魔法等を取得することが可能である。
素早さを規定値とあるが、30レベル以下では到底到達できない域に設定されており、あえてこの職業を取ろうと思って取れる人は少ない。ただし、元々素早さに特化している種族であればその限りではない。
『ワルキューレ/ハルバード』
【転職条件】:武器種が《ハルバード》に該当する武器で、5体以上の、自分より格上(+5レベル以上)のモンスターを同時に倒す。これを15回繰り返す。
【備考】:名前のとおり、ハルバードを使ったスキルや魔法を覚える職業で、信仰系魔法詠唱者に属し、純粋な戦闘能力(能力値の向上具合)はシャルティアの『ワルキューレ/ランス』に並ぶ物があり、ランスの方が攻撃力の上昇が多いが、ハルバードは、スキルに多数の敵を同時に攻撃する物が多いという違いがある。